ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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178話 それぞれの目的

「カヤツリ先輩が怒ってるのは分かりましたけど……そこまですか?」

 

 

 アヤネちゃんを始め、後輩たちはどうにもよく分かっていないようだった。実を言うとホシノ自身も自信はない。ただ、今までの経験から自重はしないだろうなという確信はあった。

 

 

「……ゲヘナから、ここに来る前にマコトに一言言ってから来たんだけど……」

 

 

 少し眉をひそめて、ヒナちゃんは言葉を選んでいた。

 

 

「気持ち悪いくらいに機嫌が良かったわ。いつもの感じじゃなかった」

 

「それがどうしたんですか……?」

 

 

 アヤネちゃんの言うように、それだけなら、ただ良い事があったようにしか見えない。ただ、ゲヘナの二人にとっては違うらしい。

 

 

「私は対外的には、休暇の体でここに来てる。シェマタの事で休みますなんて言えないから」

 

 

 それはそうだ。シェマタは公にできないからだ。ヒナちゃんの立場は風紀委員長。休暇だと言って、プライベートでも無ければ、好きに動けない。

 

 納得して皆と一緒に頷いていると、ヒナちゃんは溜息をつく。

 

 

「なら、マコトの事だから。事情を知っていても嫌味の一つは言う筈。良いご身分とか。責任感が無いとか。予算を減らすとか」

 

 

 嫌な事を思い出したのか。ヒナちゃんの溜息が大きくなる。

 

 

「でもね。マコトが言ったのは労いの言葉だった。しかも、”楽しんで来い”よ?」

 

「いつかの催眠術にかかった時みたいだったねぇ……」

 

 

 二人の話と様子から察するに、確かに妙だが。カヤツリとの関連性が見いだせない。

 

 そして、今度は先生が口を開く。

 

 

「私はシャーレの件が騒ぎにならないように、連邦生徒会にお願いした。確実になる様に三大校にもね」

 

「だから、シャーレが爆発しても。クロノスしか騒いでないんだ」

 

 

 ホシノはなるほどと思う。ゲヘナは当然として、他の学園や連邦生徒会が騒がないのは、先生が頼んだのだろう。

 

 

「私が、話を通したのは連邦生徒会だけだよ」

 

「え? だって、三大校に話を通したって……」

 

「私が連絡した時には、もう話が通ってたんだよ。セミナーのリオとティーパーティのセイアにはね。多分マコトも」

 

 

 誰が連絡したかの答えは簡単だ。その二人の共通の知り合いなど、一人しか知らない。

 

 

「カヤツリが連絡したってこと? でも……どうやって?」

 

 

 タイミングからして、カヤツリが投降した後に連絡した事になる。ただカヤツリは通信機器を持っていない。それに投降したのだから、持っていたとしても取り上げられている筈だ。

 

 

「さあ? カヤツリの事だから、また変な手を使ったんだろうね」

 

 

 お手上げという言葉そのままに、マトちゃんが万歳のポーズをする。

 

 

「まぁ、マコトの様子は私が見た感じ。あの連邦生徒会襲撃の時くらいのテンションの高ささ。さぞかしマコト好みのお願いなんだろうね」

 

 

 連邦生徒会襲撃以上のインパクトがあることなど思いつかない。でも、あの時は結局大した被害は出ていない。風の噂でジェネラルが入院したと聞いたくらいだ。

 

 カヤツリは怒っているから、かなり派手にやるのは分かる。でも、ヒナちゃんの心配はそういったことではない気がした。

 

 

「ヒナちゃんは、何を心配しているの? カヤツリが考えていることがそんなに危険だと思うの?」

 

「カヤツリが人を殺すかもしれないのよ?」

 

 

 人を殺すと言う言葉に、ヒナちゃんとマトちゃん以外の全員が固まった。

 

 勿論、自分だって腹が立たないと言えば嘘になる。

 

 ユメ先輩の偽物は、ユメ先輩への冒涜だ。しっかりと落とし前はつけなければならない。それなりに酷い目には遭ってもらう。

 

 だが、それだけだ。殺すのはやり過ぎだ。

 

 このキヴォトスでは、死というモノは遠くにある。確かにありはするが、銃弾や車にはねられたくらいでは、大した傷にならないキヴォトスの住人にとっては縁遠いものだ。

 

 しかし幾ら頑丈な自分たちと言えど、限界はある。個人差はあるだろうが、至近距離で銃弾を数千発撃つか、数時間水に沈めるか、それこそ、ユメ先輩のようにするか。そこまでする必要がある。

 

 先生がいたと言う場所では、銃弾一発でも人は死ぬと聞いたことがある。でも、それとはわけが違う。

 

 それこそ、先生の世界のように一発の銃弾で人が死ぬなら、一時の感情で殺すこともあるだろう。銃の引き金を引くだけなら、大した労力でもないし、お手軽だ。一時の感情でできる。

 

 だが、キヴォトスでは違う。頑丈であるがゆえに、長時間そう言った行為をしなけらばならない。

 

 ただただ殺意を持って、相手に向かって銃弾を撃ち込み続ける。それを長時間続けるのだ。並大抵の感情ではできない。普通はそこまでの強い感情を持てない。途中で感情が冷めてしまう。

 

 でも、ヒナちゃんは言うのだ。カヤツリなら出来ると。

 

 

「いい? ホシノ。貴女はまだ実感が湧いてない。多少なりとも梔子ユメのことを吹っ切ったのもあるのでしょうし、カヤツリのやっていたことを知らないのもある。だから、教える」

 

「教えるって……何を?」

 

「カヤツリの視点とホシノたちの視点。それと、先生と私たちの視点から見た。今回の件の全貌」

 

 

 ヒナちゃんの切れ長の目がじっとホシノを見ていた。それに対して一も二もなく頷く。カヤツリが何を考えていたのか知りたかった。それを知らなければ、止めるも何もないからだ。

 

 

「まず最初から。私募ファンドとネフティスは協力関係にあった。目的はカヤツリを抑え込むため」

 

 

 それは合っているはずだった。ノノミちゃんの録音で執事が叫んでいたからだ。あの取り乱しようからして、嘘をついているのは考えにくいし、実際ノノミちゃんを攫っている。

 

 

「かつて梔子ユメが結んだ契約。砂漠横断鉄道の売買計画。それを妨害し砂漠横断鉄道、ひいてはシェマタを手中に収めたい両社は、カイザーと取引して債権を売らせた。カヤツリを行動不能にすることを条件にね。だから、カイザーPMCはシャーレを襲った……まずここがおかしいわ」

 

「おかしいって、シャーレがカイザーPMCに襲われた事?」

 

「そうよ。カヤツリが狙いなら、シャーレに居る時を狙わなくていい。それこそ、一人で出歩いている時やハイランダーの件が出る前でいい。別の理由があるのよ」

 

「それは、カヤツリを怒らせたくないからって。だから、契約を盾にしたって……」

 

「だから、そこの部分からおかしいのよ。カイザーにはメリットがない。それに、カヤツリを刺激しないためにそうしたはずよ。カイザーに唆されたと言う私募ファンドも、このタイミングでシャーレを襲う事には意味がない」

 

 

 言われてみればそうかもしれなかった。カイザーはこんな取引をするほどカヤツリに困っていたのだろうか。ネフティスと私募ファンドを巻き込まなくても、カイザー単独で動いた方が効率がいい。実際、シャーレを襲ったのはカイザーPMC単独だった。

 

 

「答えは簡単よ。私募ファンドはネフティスを裏切ったわけじゃない。カイザーが独断で行動したのよ。先生はついでだった」

 

 

 その場が騒然とする。そして、ヒナちゃんは自分に聞き返す。

 

 

「ネフティスは裏切られたと言っていたわ。なら、今の状況を私募ファンドから見たらどうかしら。カイザーの事は抜きにして考えるの」

 

 

 ヒナちゃんの言う通りに、私募ファンドの気持ちになって考えてみるまでもなく、答えは一つだった。答えを即答する。

 

 

「そりゃあ、ネフティスが裏切ったように……そういうこと?」

 

「そう。カイザーは両社の関係に罅を入れたかった。いがみ合せたかった。答えは簡単よ。カイザーもシェマタが欲しいの」

 

 

 確かに、カイザーがシェマタを欲しがらない理由はない。ネフティスやカヤツリが、カイザーはサンクトゥムタワーに夢中だと。そう言っていたから、思考から排除していたが、ウトナピシュティムの箱舟を欲しがっていたカイザーが、列車砲であるシェマタを欲しがらないはずがない。

 

 

「債権を持っていてもカイザーには無用の長物だった。それだけではシェマタを動かせないからよ。シェマタを動かすには、二つの物が必要なの」

 

「ノノミちゃんのゴールドカードの事?」

 

 

 執事の言っていたことを思い出す。勝手に動かせないように対策されていると、それはノノミちゃんの持っているゴールドカードでしか解除できないと。

 

 

「そう。まずはゴールドカード。そして、もう一つ必要なのは、カヤツリよ」

 

「なんで? どうしてカヤツリなの? ……まさか、黒服がまた一枚噛んでるの!?」

 

 

 カヤツリに興味があって、カイザーを動かせるのは黒服位だ。でも、ヒナちゃんは違うと言う。

 

 

「貴女とカヤツリが、昔起動させてビナーを撃退した兵器。あれは、カイザーがネフティスから盗み出した設計図で作ったシェマタのデッドコピーなの」

 

 

 あまりの事実に言葉が出なかった。そうなると、前提条件が変わってくるからだ。カイザーはシェマタの事を最初から知っていたことになる。これを知っていたから、ヒナちゃんはカイザーを怪しむことが出来たのだろう。逆にカヤツリは出来なかった。何故なら、ノノミちゃんが誘拐されたことを知らないから。カイザーが最初から噛んでいたことを知らないのだ。

 

 

「シェマタの起動には適性のある生徒が必要らしいわ。その基準は分からないけど、カヤツリにはシェマタのデッドコピーを起動させたという実績がある。だから、カイザーはシャーレを襲ったの。狙いは先生じゃなくて、初めからカヤツリだった。それと、私募ファンドとネフティスに、シャーレ襲撃の責任を擦り付けるのもあったんでしょう」

 

「じゃあ……カイザーの目的は……」

 

「そう。初めから変わらないわ。シェマタを手に入れる事よ」

 

 

 そして、今はカヤツリを手に入れたと思ってほくそ笑んでいるのだろう。そのうちにホシノは、もう一つの問題点に気がついた。

 

 

「でも、シェマタ本体はどうするの? カヤツリに何かするわけじゃないんなら、どうやって? 契約はどうしようもできないんじゃ?」

 

 

 シェマタの権利は私募ファンドとネフティス、カヤツリの間で揺れている。カヤツリを確保したところで、権利が私募ファンドとネフティスに流れるだけだ。必要なモノの内二つはネフティスが持ったままだ。

 

 

「そこで、梔子ユメの偽物の出番なの。シャーレの襲撃は、私募ファンドとネフティスに対しての目くらましの側面もあった」

 

 

 それを言うヒナちゃんの顔は嫌悪感で歪んでいた。それが声にも表れていた。

 

 

「問題の契約は梔子ユメが結んだモノよ。だから、梔子ユメがあの契約においては絶対の権利を持っているの。なら、総会で契約の継続を宣言できる。そして、梔子ユメがいるなら代理人であるカヤツリは必要ない上に、代金はカヤツリによって支払い済み。アビドス生徒会はもう存在しないから、権利は偽物の物。だから、後は偽物にこう言ってもらえばいい。砂漠横断鉄道をカイザーに売却するって」

 

「待って、待ってよ。そんな酷い事……そこまでするの!?」

 

「そう。カイザーは言わせるつもりよ。梔子ユメの偽物に言わせるつもり。梔子ユメが残してくれたモノを台無しにするようなことをね。そして、それをカヤツリは許さないでしょう。絶対に」

 

 

 ここまで言われれば嫌でも分かる。カイザーが企んだことが。それは本当に自分とカヤツリの心を踏みにじるものだったからだ。

 

 そんな事をされてしまえば、カヤツリの計画は水の泡だ。そして、売却すると言ってもそのお金は偽物の手に入るだけだ。アビドスの状況は何も変わらない。

 

 なら、カヤツリならやるかもしれない。だって、カヤツリの視点から見れば最悪だ。

 

 長い間温めていた計画を邪魔された。ユメ先輩への気持ちを利用された。ユメ先輩の願いを踏みにじられた。後輩やホシノを巻き込んだ上に苦しめた。

 

 そして、それはカイザーと偽物が居る限り続くかもしれない。手を変え品を変え、ずっと。

 

 永遠にユメ先輩の想いを踏みにじられる。実際に自分の中では腸が煮えくり返っているし、カヤツリもそれ以上だろう。

 

 でも、続くヒナちゃんの言葉でそれは気にならなくなってしまった。

 

 

「そして、梔子ユメの偽物。彼女の思惑も別にあるんでしょうね」

 

 

 それは、自分の考えとは全く違うものだったからだ。偽物はただの駒に過ぎないはずだと思っていたからだ。偽物の中身はどうでもいいはずだった。でも、それだけでは無かったらしい。

 

 

「カイザーは梔子ユメの偽物を出来るだけ温存したいはずよ。それが露見してしまえば狙いはバレてしまうし、本物はもう亡くなっている事実は変わらないから。でも、どうかしら。偽物は二回も姿を晒しているのよ? リスクが高すぎると思わない?」

 

「それは、ノノミちゃんを釣りだすためなんじゃ? それにカヤツリを……待って、変だね」

 

 

 ノノミちゃんは分かる。ユメ先輩を知らないから、遠目であれば騙せるだろう。だが、カヤツリは無理だ。実際直ぐ見破られている。それに、目的も良く分からない。

 

 カイザーの手先であれば、ノノミちゃんを釣りだす理由がない。カヤツリの前に姿を現したところで、カヤツリを怒らせるだけだろう。現にヒナちゃんも同意するように頷いている。

 

 

「そう。カイザーと梔子ユメの偽物の認識には齟齬がある。偽物にも、偽物なりの思惑があっての行動をしているの。そして、それはカヤツリを煽って怒らせることだと思うの」

 

 

 ヒナちゃんは妙な顔をしている。きっと自分含めた全員が同じような顔をしているはずだった。それはカイザーの目的と真っ向から相反するものだから。でも、良く考えれば辻褄は合うのだ。

 

 時系列で考えれば、偽物はカヤツリの前に姿を晒してから、ノノミちゃんの前に姿を現している。それは、思った通りの反応では無かったからではないだろうか。

 

 ユメ先輩の姿でカヤツリの前に姿を晒せば、カヤツリは激怒するだろう。実際にしている。ただ、それは内心だけだ。外面はおとなしく捕まったに違いない。外から見れば、まるで先輩が敵に回ったか、人質に取られているように見えたから抵抗を止めた様に見えたのかもしれない。

 

 だが、それは偽物には分からない。だから、ノノミちゃんを攫うように仕向けたのではないのだろうか。それを知れば、カヤツリは怒るだろうから。

 

 

「でも、そんな事をして何になるの? カヤツリを怒らせても、何もいいことがないのに……」

 

「一つある。あくまで推測だけどね……」

 

 

 今度はマトちゃんが口を開いた。この自信なさげな様子からして、本当に推測なのだろう。

 

 

「きっと、昔のカヤツリに戻ってほしいんじゃないかい?」

 

「昔? そんなに変わらないよ」

 

 

 昔と言っても、そんなに変わっていないような気もする。他人に対する態度は違うが、根っこは変わらない。ユメ先輩が信じた頃のままだ。

 

 

「ホシノ。アンタが知らない頃のカヤツリにだよ。まだ、あのカイザー理事の所に居た時の頃さ。その時のカヤツリがどうだったかなんて、アンタは知らないだろう?」

 

「……それがどうしたの」

 

 

 ”察しが悪いね”とマトちゃんはため息をつく。それが妙に癪に障った。

 

 

「偽物は知ってるんだよ。その時のカヤツリを知ってる。今のカヤツリじゃなくて、昔のカヤツリに会いたいのさ。だから怒らせてる。怒らせて、本気のカヤツリを引き出そうとしてる」

 

「そこまで言うってことは、偽物の正体を知ってるの?」

 

「おおよそはね。ただ、まだ確証が持てないし、動機も今以上の事は分からない。情報が足りなさすぎるんだよ。だから、調べさせてる追加の情報が来るまでは、まだお預けだね」

 

 

 マトちゃんは言う心算はまだない様子だ。問いただしても答えてはくれない事が、嫌でも分かった。

 

 

「じゃあ、いいよ。そんなどうでもいい事は」

 

「聞かないのかい?」

 

 

 少し揶揄うようにマトちゃんがホシノへ問いかけた。それに対する答えなど一つだけだ。

 

 

「聞いたって、答えないでしょ。カヤツリとおんなじ。確定するまで答えない。思考が歪むから。だから聞かないし、もっと大事なことがあるよね」

 

 

 砂漠横断鉄道の事は心配だが、カヤツリの事だから手は打っているはずだ。三大校に連絡しているのがその証拠だろう。

 

 

「私たちが出来る事は何? ノノミちゃんを助けて、カヤツリを止める方法を教えてよ。だからここに来たんでしょ」

 

「……やっぱり人は変わるもんだね。じゃあ、本題に入ろうか。少し待ってほしいね」

 

 

 ごそごそと準備を始める先生とゲヘナの二人を見て思う。

 

 別に、カイザーの目的とか、偽物の目的とか。そんな事は自分にとってはどうでもいいのだ。大事なのはノノミちゃんとカヤツリの事だけだ。二人が無事で帰ってきてくれるなら、皆が居て、今までの日常があるなら。それでいいのだ。

 

 皆が普通に思う事が当たり前にあって、それが毎日訪れる事。かつて、三人だった頃に自分が感じていた事。

 

 それが幸せなのだと、シロコちゃんが教えてくれた。落ち着いた今なら、その意味が分かる。

 

 だったら、そのために頑張るべきだ。今なら、自分は間違っていないと確信できた。だから、もう怖くなんてなかった。

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