ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
17話 報酬
ビナーとの戦闘が終わってから大分経ち、季節は夏真っ盛り。カヤツリの城である空き教室のクーラーは今日も元気に仕事をしていた。そして今日のカヤツリは機嫌が良かった。ビナー討伐の報酬を口座に振り込んだとオーナーから連絡が来たからだった。
依頼を受けた時は報酬の話をしなかったし、カヤツリ自身も忘れていた。てっきり装備の無償提供が報酬の代わりだと思っていたのだ。電話での会話だったが、結局ビナーは回収できず、乗っていた機体と主砲も砲撃の余波でスクラップと化していたらしいのだが、オーナーの機嫌は電話口からでもわかるくらいに良かった。どうも、いいものが見れたようで好奇心が抑えきれないらしい。他にも色々アポピスがどうだのと喋っていたが、わからない単語ばかりのため半分以上は聞き流した。
上機嫌のままパソコンで自分の口座を開く。何時ものように振り込まれた額を見たカヤツリの喉から変な声が出た。
確かにオーナーの言うとおりに振り込まれていた。想定以上の額が。億には届かないが、利子を半年は払い続けられるほどの額だった。
「どうしたの!」
「どうもしないが。そっちがどうしたんだ」
声を聞きつけたであろうホシノが銃を構えて教室に飛び込んできた。カヤツリは緊急事態では無い事を伝えた後、画面を指さした。銃を下ろして訝し気に画面を見たホシノは少し驚いたようだった。
「へえ、結構お金持ちなんだね」
「そっちじゃない」
ホシノはカヤツリの貯金を見てそんな感想を漏らした。ただカヤツリが見て欲しいのはそこではない。改めて今回の入金額の欄を指さした。ホシノはそれを見て、ため息をついた後、カヤツリの肩を掴んだ。
「何したか正直に言って。銀行にハッキングでもしたの? それとも強盗? ユメ先輩の所に行くよ。今度は一緒に謝ってあげるから」
ホシノは勘違いしているようだった。肩に手が食い込んでとても痛い。銀行にハッキングなど、やれと言われたらできなくもない。ただ資金洗浄しないと使えない金など何の役にも立たない。ただアビドスの治安は終わっているので、個人でやる分ではバレないかもしれないが。そもそも、それをやっていたらホシノには教えない。
「んなわけないだろ。この前の報酬だよ。3人でビナーを倒したじゃないか」
「それにしては多いよ。私は相場をよく知らないけど桁が大分多いよ」
ビナー退治の相場などカヤツリも知る由もない。大体オーナーが報酬として振り込んだのだ。あの戦いにはそれだけの価値がオーナーにとってはあったのだろう。向こうが払ってくれたのだから、ありがたくいただいておけばいい。
たぶん、企業の横槍に対する補填のようなものも入っているのだろう。
「金額に驚いてるとこ悪いが、それの三分の一はホシノのだぞ」
「うへっ! なんでさ」
3人でやった依頼の報酬なのだから、きっちり三等分にするに決まっている。あまりは先輩の分に上乗せすればいいだろう。カヤツリとしては当然喜ぶと思っていたのだが、ホシノはこの額をどうすればいいのかわからないようだった。今も所在なさげに画面を見つめている。
「いや、貰えるのは嬉しいし、カヤツリが渡す理由もわかるけどね。額が額だからさ」
「先輩にも渡すから相談すればいいだろ。いや、逆に先輩が変なことしないか止めてくれ。詐欺に引っかかりそうだし」
その金額を何に使うのかは二人の自由だ。借金返済に全額突っ込んでもいいし、使い切る勢いで豪遊してもカヤツリは特に文句をつける気はなかった。詐欺に引っかかるような無駄遣いはやめて欲しかったが。ただ、今は先輩にもこれを伝えなければならなかった。
「じゃあ一緒に戻るよ。ユメ先輩は生徒会室でなんかやってるから。あと急に変な声出さないでね。びっくりするから」
「ごめん。でもあの額はしょうがないと思うんだ」
生徒会室に入ると先輩がいつものように書き物をしていた。生徒会室もクーラーが効いていて、とても過ごしやすそうだった。
「あ。カヤツリ君。変な声出してたけど大丈夫?」
「大丈夫です。別に何かが出たとかそういうわけではないので。ただ先輩もびっくりするとは思いますよ」
教室を出るときにプリントアウトした紙を先輩に押し付ける。先輩はしばらく目を通した後に、優しい目をしてカヤツリの肩に手を置いた。
もうこの時点で、この先の展開が読めたカヤツリは先手を打った。
「先に言いますけど、別に犯罪行為で手に入れたわけじゃないですからね。この前の報酬が入ったから見せに来たんですよ」
「はぅ……そうだったんだね」
納得する先輩を見てカヤツリは不安になった。そんなに自分は犯罪に手を染める雰囲気をしているのだろうか。流石にオーナーみたいな雰囲気ではないはずだ。さっきからの二人の反応にカヤツリは不満だった。
「これはとりあえず全額を生徒会の口座に入れときますから、後で分けてください」
オーナーを通したオーパーツの売買の時は、買取金額をそのまま生徒会の口座に入れていた。その場合はアビドスの物を売却して得た金銭なのだから、それは当然だった。ただ今回は3人で働いた上で手に入れた金銭だ。まずは個人の裁量に任せるべきじゃないかとカヤツリは思っていた。まあ普通に借金の元金の返済に充てるのが無難だろう。毎月の利子も減るだろうし、日々の負担も減るはずだった。
「全額? カヤツリ君の分は?」
「使い道もないので、二人の好きにしてください。返済に充ててもいいし、プールしておいてもいいですから。巻き込んだ手数料とでも思ってください。俺にとっては降って湧いた金なので」
個人的には凄い欲しい。中々この金額は手に入らない。ただビナーの事で色々迷惑を掛けたことをふと思い出して憂鬱になるよりも、今ここで自分の中で清算した方がカヤツリの精神衛生上良かった。
「そこまで言うならいいけど。何かあったら言ってね。取っておくから」
「そうならないといいですけど」
返事をしながら生徒会室の窓の外を見るといい天気で、こういう日くらい、涼しい部屋でダラダラして居たかった。ビナー退治で得たものは今の報酬等、色々あったけれども、もうカヤツリは懲り懲りだった。あれで数年分の修羅場を潜った気がしていた。
先輩との話は終わり、伝えるべきことは伝えたので、エアコンの風下に椅子を引っ張ってきて、椅子の背に顎を載せて涼んでいた。ホシノと先輩は、報酬をどう使うかを話しているようだった。
「全部、返済に充てた方がいいと思うんですけど。ユメ先輩はどうですか」
「うーん。私はもっといい使い道があると思うんだけどな。何だったかな」
先輩は何かを悩んでいるようだった。”もっといい使い道”というのがなんだか気になるが、先輩の中でも考えが纏まっていないようで、うまく言語化できないようだった。ただいくら考えても出てこないようで、先輩は頭を抱えている。
ホシノはそんな先輩を見て時間の無駄だと思ったのか、外出の準備を始めた。パトロールにでも行くのだろう。壁の時計を見ると丁度そんな時間だった。
最近、ビナー退治の後から、またヘルメット団が湧き始めた。以前のような火器は持っていないがとにかく数が多い。二人で潰して回っているが、どうにも間に合わず交代でパトロールの頻度を増やしていた。
「一人で大丈夫そうか?」
「そんな遠くまで行かないから大丈夫。大変そうだったら呼ぶから」
「そうか、行ってらっしゃい」
「あ、ホシノちゃん。気を付けて行ってきてね。怪我しないようにね」
「そんな心配しなくても大丈夫ですよ。ユメ先輩。じゃあ行ってきますね」
そんなやり取りの後、ホシノはパトロールに出かけて行った。遠出しないと言っていたから一・二時間くらいで帰ってくるだろう。すっかり身体も冷えたカヤツリは仕事をしようと空き教室に戻ることにした。
「そうだ。砂祭りだよ!」
カヤツリが椅子から立ち上がろうとすると、先輩が何かを思い出したかのように叫んだ。
砂祭り? カヤツリには聞き覚えの無い言葉だった。響きからして何かしらの祭りだろう。カヤツリの頭にはお互いに砂漠の砂をかけあう絵図しか浮かばなかった。全身砂まみれになって非常に面白くなさそうだが。
「昔は大オアシスに他学区から人が集まるくらい大きなお祭りだったんだから。もう一回できれば一杯人が集まって、新入生も増えるよ! ね。良い考えでしょ!」
「まあ、良い考えではあるでしょうね。自分の分の報酬を使ってやろうっていうんですか?」
勢いよく頷く先輩にカヤツリは曖昧な笑みを浮かべた。何とも微妙な提案だからだ。実際、先輩の言う通りそれが出来れば確かに良い考えではある。ただオアシスは枯れてもうない。準備もどのレベルでやればいいのかもわからない。だから費用もわからない。先輩の言う通りの規模なら多分足りない。無いない尽くしだ。
やるにしても大きく規模を縮小して、此処の校庭で小さい出店を何個か出すくらいではないだろうか。それでやったところで、地図無しでは住宅地ですら遭難する今のアビドスに人が来るとは思えないが。
「”今”は無理ですよ」
「うん。だから、その準備をするの」
「ん?」
カヤツリは少し驚いた。
──いつもと違うな?
いつもなら、ここで先輩のふわふわな理想論が終わるのだが、今日はそうではないらしかった。真面目な話になるだろうから先輩の座っている机まで椅子を引っ張ってきて座る。先輩も本気らしい。
「準備って何ですか。先輩」
「たぶんカヤツリ君は知らないと思うんだけど、アビドス名義の土地ってあんまり残ってないの」
「急に重要な情報をぶっこんできますね。だからですか、案外店とか残ってるのに収入が増えないのは」
先輩の言葉に少し前に三人で水族館までバイクで行ったことを思い出す。あの時はアビドスを真っすぐ通り抜けたが、まともに経営している店がいくつかあった。いままでその店から場所代とかを取らないのは先輩の甘さか何かだと思って放置していたのだが、そもそも権利自体がなかったらしい。生徒会の主な金銭管理や手続きは先輩がやっているからわからなかった。今までの宝探しもグレーゾーンぎりぎりの行為かもしれない。
「うん。それでね。すごい額のお金が入ったでしょ。いくつか土地を買い戻そうかなって」
「準備として大オアシスを買い戻すんですか?」
「全部は無理だから、少しだけね。それと少し調べたいの。どうしてオアシスが枯れたのか」
本当に先輩にしてはいい考えだった。ちらりと机の上を見ると、やたらと分厚い学術書みたいなのが見えた。最近、ずっと書き物をしていたのは、勉強でもしていたのだろうか。
ホシノがいなくてある意味助かったとカヤツリは思う。先輩の”良い考えでしょ”の部分で怒るか呆れるかはしただろうから。呆れるならまだいいが、怒った場合はこの話は聞けなかったかもしれない。
最近目つきが初めて会った時から緩くなったとはいえ、怒るとまだ怖いからだ。間違えてカヤツリがホシノのアイスを食べてしまった時は、高めのパフェを奢るまで許してくれなかった。
「手伝って欲しいってことですか?」
「うん」
笑顔で先輩は頷くが、カヤツリは違和感を感じていた。調査の手伝いなら、それこそホシノの方が得意だ。大体さっきまで、オアシスの事で書き物をしていたのにあんなに悩むだろうか。
「で、ホシノがいなくなってから話をしたのは、狙ってやったんですか」
「え? 偶然だよ? 急に思い出したの」
カヤツリの疑いの視線を受けて少し挙動不審な先輩に、カヤツリは意地悪な口調で言う。
「じゃあ、ホシノが帰ってきたらこの話をしてもいいんですね。偶々だって言うのなら何も困らないでしょう?」
「うっ……それは」
「やっぱり、わざとじゃないですか」
図星なのか呻く先輩にカヤツリは畳みかける。また変なことを考えているに違いなかった。
「土地はホシノちゃんの為に残しておきたいの。ホシノちゃんは借金を返していけば良いと思ってるけど、きっとそれだけじゃダメなんだよ」
奇跡が起きて借金を返済できたとしても、アビドスが衰退したそもそもの原因は砂嵐だ。砂嵐の被害で借金が生まれ、人がいなくなった結果が今だった。だから完全にアビドスを救いたいなら、借金はもちろん、人を何とかする必要があった。なんで人がいなくなったかと言えばオアシスが枯れ、企業が撤退し、インフラが死んだからだろう。基本人はそんなところに住みたがらない。
オアシスがまた蘇れば、少しの希望が見えてくる。人もある程度戻ってくるだろうし、それにつられて企業も来るかもしれない。そうなれば後は流れだ。経済が回り、土地の所有者である生徒会にも金銭が落ちるようになるだろう。復興が借金返済と同時並行で行えるようになる。
「私はもう3年生だし、次の生徒会長はホシノちゃんだから、少しでもいいものを残してあげたいの」
先輩はずっと待っていたのではないだろうか。書き物もカヤツリが来た頃からやっているし、この計画自体ずっと前から考えていたのかもしれない。ホシノに言わないのも、オアシスから水が出なくて肩透かしになったら嫌だとか、2年生のホシノに生徒会長を押し付ける罪悪感とか、借金返済では終わらないアビドスの現実を見せたくないとか、そういったものもあるのかもしれない。
「分かりましたよ。ホシノには出来るだけ秘密にしときます。バレたら一緒に怒られてくださいよ。主犯は先輩なんですから」
「いいの?」
先輩は意外そうにカヤツリを見ていた。カヤツリだって真面目な理由なら反対することはない。ふざけた理由なら怒るが。
「カヤツリ君。他人を巻き込むのも巻き込まれるのも嫌いでしょ。ホシノちゃんに話すまで手伝いません。くらいは言うと思ったから」
「別に急ぎじゃないですよね? 結果が出てからの方が言いやすいなら、そうすればいいじゃないですか。ビナーの時みたいに生死にかかわる事でもないでしょうし」
カヤツリは別にホシノに全部正直に話すことが正解だとは思わない。カヤツリが思うに、ホシノは大体のことが出来るせいで、自分の限界を見誤りがちだ。ダメ押しにその限界までの水準も高いときている。下手に大量の情報を入れるとなんか自己解決して突っ走るのだ。初めて会った時もそうだったんじゃないかと、カヤツリは思っている。
急ぎでないのなら、落ち着いた時に話せばいいのだ。今回ならオアシス調査の結果が出た時だろうか。
「それにね……」
「なんですか。まだあるんですか」
まだ、ぐちぐちいう先輩にカヤツリは段々疲れてきた。秘密にして手伝うと言ったのだから、それでいいだろうに。
「カヤツリ君には、色々頼っちゃってるけど、特に残せるものは無いの」
「いりませんよ。まだ手伝いですし。もう貰ってますから」
カヤツリの肩書は生徒会手伝いのままだ。特に肩書に興味はない。それに、肩書があったからと言ってホシノや先輩の代わりに、生徒会長をやれと言われても御免だった。やれはするだろうが、うまく回らないだろう。きっとカヤツリは、手伝いぐらいがちょうどいいのだ。
「ほら、先輩。ホシノが帰ってくる前にどうするかを考えますよ」
カヤツリは時計を見ながら先輩を急かす。そんなカヤツリを見て先輩は照れくさそうに笑った。