ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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本作で登場する法解釈は実際の物とは
一切関係のないフィクションです。



179話 皆の帰る場所

 三人の準備は直ぐに終わった。準備と言っても、三人が三人とも紙の束を持っているだけだ。

 

 完全に頭脳労働の構えになっていて、セリカちゃんは顔が引きつっていた。逆にシロコちゃんは得意げな表情だ。暇さえあれば銀行強盗のルートを考えているだけはある。

 

 

「結論から言えば、ここにいる全員で総会の会場に突撃する。そして、カイザーの計画を阻止、続けて十六夜ノノミを奪還し、カヤツリと合流する」

 

「ちょっと待ちなさいよ……!」

 

 

 マトちゃんの言葉に早速とばかりにセリカちゃんが噛みついた。

 

 

「会場の前には私募ファンドの部隊が居るのよ? アンタたちがいくら強いと言ったって、限度があるんじゃないの?」

 

「誰も正面から突破するなんて言ってないだろう? 早とちりは良くないね」

 

 

 多分わざとそう言う風に言ったのだろうなと思う。だって、ニヤニヤ笑っているからだ。ムスッとしたセリカちゃんにマトちゃんは何かの紙を渡した。

 

 

「これを使えば、普通に入れるはずだよ。多少は変装しないといけないけどね」

 

「……何これ? 何かの証明書?」

 

 

 ムムムとセリカちゃんは唸っている。対策委員会の全員が脇からその紙を覗きこむ。

 

 

「会社の……開業届けですね。それと、こっちは事業計画書……」

 

 

 アヤネちゃんはその書類が何か分かるようで、つらつらと内容を読み上げていく。

 

 

「丁度一ヶ月前からの計画ですね。屋号はまだ正式には決まっていないようです。それで、主な事業内容はアビドス自治区内の運送、警備、その他諸々。及びアビドスの復興。事業主の名前は、兎馬カヤツリ……!?」

 

「びっくりしたかい?」

 

 

 セリカちゃんを揶揄った時のニヤニヤ笑いのまま、マトちゃんがこちらを見つめていた。マトちゃんだけでなく、先生やヒナちゃんですらそうだった。

 

 

「びっくりするどころか、何!? 私、何も知らないんだけど!」

 

「そりゃ、言ってないからね。私とヒナは知ってたけど」

 

「は?」

 

 

 ケラケラ笑うマトちゃんを睨みつけるが、彼女はどこ吹く風だ。またカヤツリの隠し事だが、規模がおかしい。マトちゃんには話したと言うのが腹立たしい。ホシノは内心むくれるが、マトちゃんは釘を刺してくる。

 

 

「ああ、カヤツリを責めるのは筋違いだよ。私は挙動不審な便利屋68から、強引に聞き出しただけだからね」

 

「カヤツリ先輩は、アルさんたちに起業の仕方を聞いたんですね」

 

 

 アヤネちゃんの言葉で納得できた。確か、便利屋たちは個人で起業したはずだ。まだ敵同士だった時にアヤネちゃんが調べている。カヤツリの事だから、経験者に聞くのは、カヤツリらしいやり方だった。

 

 

「本当に書類も良くできているんだよ。便利屋から聞いただけにしては、かなり出来がいい。これを銀行か何かに持ち込めば、すぐに融資は受けられるだろうね」

 

「でも、なんで、カヤツリ先輩は会社なんか作ったの?」

 

 

 感心したように言うマトちゃんに、セリカちゃんが質問する。それを聞いたマトちゃんは呆れた顔になった。

 

 

「はぁ……分からないのかい? アンタたちは愛されてるってことだよ」

 

「いや、理由を聞いてるんだけど」

 

「察しが悪いね。私はあんまり青臭い台詞は好きじゃないんだよ……」

 

「勿体ぶってないで、さっさと言いなさいよ」

 

 

 セリカちゃんはさっきから、自分が分からない話をされているのが嫌なのか必死だ。でも、中々言おうとしないマトちゃんを見かねたのか、先生が助け舟を出した。

 

 

「セリカ。今の季節はいつだい?」

 

「秋になったばかりよ。先生。それがどうしたのよ?」

 

「あと半年なんだよ。セリカ。あと半年しかないんだ」

 

「半年……?」

 

 

 セリカちゃんはピンとこないようだが、ホシノには分かった。だって自分とカヤツリに関係がある事だからだ。

 

 

「セリカちゃん。半年たったら春だよ。それで、私とカヤツリは今三年生なんだよ」

 

 

 セリカちゃんは理解したようで静かになった。簡単な話だ。春は出会いの季節だが、別れの季節でもある。卒業の季節だ。

 

 留年すれば、いつまでも学生でいることはできる。けれど、カヤツリはその道を選ばなかった。

 

 

「この会社は、最初は小さな運送事業から始めるんだそうだよ」

 

「……砂漠横断鉄道があるのに?」

 

 

 先生へと、シロコちゃんが不思議そうに言う。

 

 これは、今の事態になる前から、カヤツリが計画していたものだ。なら、砂漠横断鉄道は開通する前提として計画した筈だ。

 

 砂漠横断鉄道と業務が被る。鉄道関連はハイランダーに丸投げしないといけない以上、別のやり方でやるのだろう。それが手間だとシロコちゃんは思ったらしい。自分だってそう思う。

 

 

「砂漠横断鉄道がまともに稼働するのに半年以上かかるんだって」

 

「そのはずだよ。別に完成してから放置された訳じゃない。作業途中で放置されたからね。先ずは砂漠横断鉄道を完成させるところから始めなきゃならない」

 

 

 マトちゃんの説明の後、先生はどこか優しい目をしていた。

 

 

「この会社の運送は砂漠横断鉄道とは役割が違うんだよ」

 

「物を運ぶのは同じじゃないの?」

 

 

 シロコちゃんの疑問に、いいやと先生は首を振る。

 

 

「鉄道は多くの積み荷を積んで、長い距離を移動出来る。そこが利点なんだけど、欠点もある」

 

「欠点……? お金がかかる事?」

 

「線路が通って、駅がある所にしか行けないところ。運送はそれで終わりじゃない。そこから先も運ばなきゃならない」

 

 

 つまりは、鉄道で運べるのは駅までだから、その先。受け取り主までの経路を担当するということだろう。

 

 そこで、アヤネちゃんからも疑問の声が上がる。

 

 

「でも、顧客がいません」

 

「仕事はある。砂漠横断鉄道の建設だよ。ハイランダーが主導するとはいえ、資材や食料、水、その他の雑貨が必要なんだ。列車で運ぶにしても、できるだけ資材を積みたいだろうしね」

 

 

 言われてみればそうだ。一昨日のハイランダーの工事現場は郊外に近い場所だった。工事が進めば、どんどん郊外から遠ざかる。だって砂漠横断鉄道だから。最初と終わりはいいかもしれないが、中間地点など地獄の現場ではないだろうか。

 

 何故かと言えば、何もない。何もないから、砂嵐が来れば遭難する。でも、彼女たちは分からないだろう。いつ砂嵐が発生して、どうすれば切り抜けられるのか。彼女たちはアビドスではなくて、ハイランダーだから。砂漠に慣れているとは思えない。

 

 

「それらを別口で、砂漠の中だろうと運搬できるなら。砂漠を熟知して、砂嵐を避けられるなら。引く手数多で、引っ張りだこだと思うよ。ハイランダーも、それ以外の人たちも、アビドスにやって来るんだから」

 

「まともに整備されない、砂まみれの道しかないのに?」

 

 

 シロコちゃんも不安そうな表情だ。荒唐無稽な話だった。砂まみれの何もないアビドス砂漠の中を熟知して、道無き道を行く。そんな事は普通は出来ない。

 

 でも、ホシノは知っているのだ。それを出来るのが誰なのか。よく知っている。だって教えてもらったからだ。

 

 

「できるよ。カヤツリなら、できる」

 

 

 思わず呟きが口から溢れる。全員がこっちの方を見ているのが分かるが、呟きは止まらない。

 

 

「カヤツリは、私に会う前、黒服に会うより前に。アビドス砂漠で運び屋をやってたって……」

 

 

 誰も通らない道なき道を、ビナーの追撃を振り切って。だから、カヤツリは知っているのだ。安全にアビドス砂漠を抜ける方法も、砂嵐をやり過ごす方法も。

 

 

「カヤツリしか出来ないんだよ。もうその道と方法を知ってるのはカヤツリしか居ないんだから」

 

 

 それは大きな強みだった。砂漠横断鉄道が開通するまでは仕事に困らない。もしかしたら、開通しても困らないかもしれない。

 

 それだけあれば、何とかなりそうだった。全員が黙ったことで生まれた沈黙を切り裂いて、マトちゃんが声を上げる。

 

 

「納得できたなら話を戻すけどね。その会社名義でアビドスの債権の一部を購入済みさ。だから、その会社の一員なら邪魔されない」

 

「これに目を通して」

 

 

 ヒナちゃんが、後輩全員にまた紙を渡す。自分の分は無いらしかった。非難の気持ちを込めてヒナちゃんを見るが、ついと視線を逸らされた。

 

 仕方がないので一番近いシロコちゃんのを覗き見する。

 

 

「ん、採用通知書。これで総会に行ける」

 

「でも、このままで行ったら、止められるんじゃない? 顔はバレてるんだし……」

 

「それについては心配いらないよ」

 

 

 今度は先生が答えたが、それだけでは、セリカちゃんとアヤネちゃんの二人は納得できないらしかった。アヤネちゃんが自分の懸念を口に出す。

 

 

「私達と先生は顔が割れています。ヒナさんやマトさんは分かりませんが、生徒というだけで追い出されるかもしれません」

 

 

 マトちゃんは変装と言ったが、限度はある。いくらマトちゃんと言えど、流石に身長までは弄れないだろう。

 

 

「誰か、大人が必要です。身なりのしっかりとした、顔が向こうに割れていない、信用のおける大人の人が」

 

 

 ホシノは首を捻った。そんな大人など居るわけがない。けれど、ゲヘナの二人も先生も違った。

 

 

「大丈夫。アヤネの懸念は尤もだけど。準備は出来ているんだ」

 

 

 納得できなさそうな二人に、先生は更に言葉を重ねる。

 

 

「カヤツリが準備してる。皆も良く知っている人だよ。多分シャーレ襲撃が無かったら、この方法で総会まで行く気だったんだと思う。その人から電話が掛かって来たんだよ」

 

 

 それを聞いた二人は黙って、頷いた。カヤツリが用意したのなら、信用できるからだろう。

 

 少し静かになった部屋で、ホシノは発言する。気になることがあったからだ。

 

 

「その採用通知書だっけ、私のは?」

 

 

 先生とゲヘナの二人の様子がおかしくなった。ゲヘナの二人は顔が赤いし、先生は微妙そうな顔をしている。

 

 

「私……変なこと言った?」

 

「別に変じゃないんだけどね……だから、こんなのは、私の柄じゃないんだよ」

 

 

 少し心配になったホシノは三人へ確認するが、三人とも曖昧な返事をするだけだ。そのうちに、シロコちゃんも声を上げ始めた。

 

 

「これ、カヤツリ先輩がいないと意味がない」

 

 

 採用通知書をひらひらさせるシロコちゃんを見て、確かにとホシノは思う。自分たちは会社の一員ではあるが、責任者ではない。平社員が行った所で門前払いだろう。

 

 それでも、先生含めた三人は行けると言った。だから、それは真実のはずだ。だったら、三人はまだ話してない事があるのだ。対策委員会の、自分を含めた全員がマトちゃんを睨んだ。

 

 

「ああ、もう。そんな目で見るんじゃないよ。いいよ。降参だよ」

 

 

 その責めるような視線に、遂にマトちゃんが音を上げた。それを聞くと同時に、ヒナちゃんと先生も仕方がないといった雰囲気になる。

 

 

「でもね。ホシノ。後でうだうだ文句を言うんじゃないよ。私は止めたし、後でアンタだけに言おうと思ってたんだからね」

 

「? 何それ? どういう事?」

 

「もう遅いよ。アンタの後輩たちはもう聞くまで引っ込みつかない。墓穴を掘ったね」

 

 

 どこか可哀そうな、同情するようなものを見る目で見つめるマトちゃんに、ホシノは困惑することしかできない。そんなホシノを置いてけぼりに、マトちゃんは口を開いた。

 

 

「ホシノ。アンタは自分の分の採用通知書が無いことが不思議みたいだけど。ちゃんとあるんだよ。カヤツリ謹製の、特別製のヤツがね。それはさっきの後輩の疑問も解決する。ほら、受け取りな」

 

 

 マトちゃんが顔を背けて渡した紙を見る。シロコちゃんの物よりも紙が大きい。おおよそ横に二倍は大きい。

 

 紙の左右には、これまた二つずつの欄がある。その内片側はすべて埋まっていた。

 

 

「これ、まさか……」

 

 

 急に周りの音が遠くなった気がする。なんだか頭が上手く回らない。だから、後輩たちが心配して近づいてくるのに反応できなかった。

 

 

「ん。見せて、ホシノ先ぱ……」

 

「何よ。シロコ先輩。固まっちゃって……」

 

「初めて見ました……」

 

 

 紙を見たシロコちゃんが固まった。続けて寄ってきたセリカちゃんが、最後にアヤネちゃんが同じ末路を辿った。

 

 

「ほら、言わんこっちゃない……」

 

 

 呆れたようにマトちゃんはため息をつくが、それどころではない。定まらない口調で、三人に問いただす。

 

 

「ここ、こ。これ……」

 

「ああ、婚姻届けだね。半分記入済みの」

 

 

 あっけらかんというマトちゃんへ叫びそうになるが、直前の言葉を思い出して、踏みとどまった。代わりに先生へ叫ぶ。

 

 

「先生! カヤツリに頼まれて書いたんなら、先に、こっそり教えてくれてもいいじゃない!」

 

「私は書いてないよ」

 

 

 そんな事はあり得ない。保証人の欄は埋まっている。これは先生くらいしか書けないはずだ。冷静になれないままの自分へ、先生は静かに言う。

 

 

「そんな事したら、ホシノの時に私が書けないだろう? カヤツリの分は私よりも、ふさわしい人が書いたんだよ。少なくとも、カヤツリはそう思ったんだろうね」

 

「そんな人いるわけ……」

 

 

 ない。そう言いかけて、そんな事はないと思い直す。一人だけいる。人間と言ったらいいかは怪しいが、一人だけ。

 

 外れていて欲しいと言う気持ちで見るが、そこには予想通りの名前が書いてあった。

 

 

 ──黒服。

 

 

 無機質な字体の、黒服のような黒い文字だった。でも、現実は変わってはくれないのだ。

 

 何だこれは、じゃあ私は、黒服を、あんないけ好かないヤツを、別の呼び方で呼ばなければならないのか?

 

 

 ──クックックッ……私をお義父さんと呼んでもいいのですよ。ホシノさん。

 

 

 有無を言わさずに脳内の黒服を銃撃で吹き飛ばす。もう、心の中は滅茶苦茶だった。

 

 

 ──いや、嬉しいけどさ。もっとタイミングとかあったんじゃないの。もっとこうあるはずだよね。それに、よりにもよって黒服に頼むなんておかしいんじゃないの。バカだよ。カヤツリは本当にバカだよ。頭のネジが何本か抜けてるんじゃないの。大体、カヤツリの誕生日はいつなのさ。私は良いけど……砂漠で初めて会った日にしてるとかさ、何なの!? こういうのは相談してしかるべきなんじゃないの!? しかも、シロコちゃん達やヒナちゃんにも見られたんだよ。ふざけないでよ。しかも、正面から言ってくれないとかさ。状況が状況だし、カヤツリも最初から、こういう使い方を想定した訳じゃなさそうだから。しょうがないけど、いや、しょうがなくないよね。どうせ、あれでしょ。一昨日の朝に言ってたやつだよね。その時に言ってくれたら一番よかったのに。ああもう何でこんな思いをしなきゃいけないのさ。

 

 

「これで、アンタは事業主の親族だよ。アンタが来ればカヤツリの代理として振舞える。後輩たちも連れて中に入れる。ネフティスが十六夜ノノミとの政略結婚を持ち出してきても拒否できる」

 

 

 マトちゃんがつらつらと利点を言うが、頭に入ってくるのは言葉だけで、内容は中々入ってこなかった。

 

 

「……そういえば、どうしてカヤツリ先輩は会社を作ったの? 卒業するから? でも、愛されてるって?」

 

 

 シロコちゃんが、もう一度先生に聞いていた。てっきり卒業するからだと思っていたが、今になって思えば、それだけが理由ではないような気がする。

 

 

「……想像だけど、それでもいいかい? 本心はカヤツリに聞かないと分からないけど、多分合ってると思うんだ」

 

 

 シロコちゃんは凄い勢いで首を縦に振っている。気になってしょうがないのだろう。ホシノとしても、今胸の奥で暴れ狂っている感情から目を逸らすためにも、先生の言葉に耳を澄ませる。

 

 

「多分、帰る場所を作りたかったんだと思うんだ」

 

「帰る場所? アビドス校舎があるし、私たちはアビドスに居るから、いつでも会える」

 

 

 そんな事を大真面目に言うシロコちゃんに、先生は苦笑しながら答える。

 

 

「シロコはそうかもしれない。けど、ずっとそうかな? 何時までも学生のままじゃいられないし。やりたいことが出来て、少しの間アビドスを離れる事があるかもしれない。それに、いつまでもそのままとは限らない。目標は同じでも、それぞれが別の道に進むことだってあるかもしれない」

 

「……それは、怖い。私はこのままが良い」

 

 

 どこか、シロコちゃんはショックを受けたようだった。その気持ちは分かる。だって、シロコちゃんの全てはアビドスにあるから、それ以外の事は全く想像できないのだろう。分からないから、知らないから、今までそれと無縁でいられたが、そのままという訳にはいかないのだ。

 

 でも、未来への恐怖に震えるシロコちゃんに、先生は言うのだ。

 

 

「だから、カヤツリは会社を作ったんだよ。そこに行けば、少なくともカヤツリかホシノはいるだろうからね」

 

 

 何となく、ホシノはカヤツリの気持ちが分かったような気がした。

 

 先生の言うように。全員がずっと一緒という訳にもいかない。カヤツリにはカヤツリの人生があるし、シロコちゃんにもシロコちゃんの人生がある。アヤネちゃんやセリカちゃん。ノノミちゃんだってそうだ。

 

 カヤツリは何も持っていなかった。ずっと、居場所を探していた。今はこのアビドス校舎が、対策委員会がカヤツリの居場所なのだ。

 

 でも、その居場所は期間限定だ。留年という裏技を使えば、幾らでも引き延ばすことは出来るが、カヤツリが求める物は、そういうものではないのだ。

 

 カヤツリが求めている物は帰る場所だ。何時でもそこにあって、好きな時に帰れる。何時でも受け入れてくれる。そういう場所。それがもうすぐなくなってしまうから、カヤツリは、帰る場所がない、寄る辺がないと言う辛さを身に染みるほどに知っているだろうから。それを、後輩たちには味わわせたくないと思ったから。だから、カヤツリは新しく作ることにしたのだ。

 

 好きな時に帰ってきて仕事をしてもいいし、初めからそこで仕事をしてもいい。勿論、離れて好きなことをしてもいい。何時でもそこにあり、自分たちと後輩たちが、いつでも帰って来れる場所。それが、この会社なのだろう。

 

 

「……ホントに回りくどいと言うか、なんというか……変わらないね。カヤツリは」

 

 

 思うままにホシノは呟く。

 

 言ってくれれば手伝ったのに。言わない理由は何となく分かる。驚かせたかったのもあると思うし、気恥ずかしかったのかもしれない。

 

 ちらりと、シロコちゃん達の方を見れば、先生とさっきの話の続きを話していた。おおよそは自分の想像と同じだったから、目の前の紙に向き合う。

 

 

「ほら、いるだろう? 使いな」

 

 

 脇から、ズイとボールペンが差し出された。マトちゃんが笑って、ボールペンを差し出していた。

 

 

「総会への出発は明日の早朝だよ。それまでに書けばいいし、書かなくても何とかしてやるさ。しっかり考えな」

 

 

 もっともらしい事を言うが、頬の赤さが隠せていない事をホシノは分かっている。ヒナちゃんはもっとすごい。顔が真っ赤かだ。顔を背けているが、湯気が出ているかの如くに茹っていた。

 

 自分だって多分同じ顔なのだろうなと、ホシノは思う。まあ、でも許してやろうかと思うのだ。

 

 そんな甘っちょろい自分と、こんな状況にしたカヤツリに、心の中で文句を言いながら、ホシノはボールペンを手に取った。

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