ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「もう少しで。この学校も終わりかぁ」
急に響いた声に身体が震えた。その声は誰かと話しているようで、他にも幾つかの別の声が聞こえてくる。
「あー……流石の私立ネフティス中学も、ネフティスの御令嬢が卒業したら廃校でしょ? まだまだ、ずっと先の話だけど、もう来るとこまで来たってことかぁ」
「もう、いよいよアビドスも終わりだね」
「どうする? どこに行く?」
「そろそろ、どこにするか決めないとね……」
いつの間にか、ガヤガヤと姦しい声で騒がしい教室の中に立っていた。
窓からは夕暮れのオレンジの光が差し込んで、放課後の時間帯である事を伺わせる。
これが、いつの話で、誰の話なのか。そんな事は直ぐに分かった。
これは夢だ。過去の、まだ自分が無垢で、何かを信じていた頃の夢。
この後、私はどうしたのだったか。私が頭を捻る前に放課後の教室は消え去って、また別の場所へと飛ばされる。
「君のその力。有効活用してみないか?」
気絶した不良達で作られた山の側で少女が一人。一兵卒だろう。武装した大人に話掛けられている。
その少女は、大人のその提案に一も二もなく即答していた。少女の気持ちはよく知っている。その少女は居場所が欲しかったのだ。誰にも脅かされることのない居場所が欲しかった。
そして、場面がまた切り替わる。今度は、さっきと違って直ぐだった。
「噂以上の実力だな。待遇を見合ったモノに変えるとしよう」
また別の大人に褒められた少女は無表情で、むしろ機嫌が悪そうだ。でも、私は知っている。その少女が内心は満足している事を。もっと欲しいと思っていることを。
自分の力を振るい、仕事をこなしては褒められ、待遇が上がる。そんな場面が幾度も繰り返される。
場面が繰り返されるにつれて、少女の装備は充実していき、身体も大きく成長していく。褒める大人も段々と地位の高そうな者に変わっていき、場所も外の廃墟から、どこかの基地の敷地へと移っていく。
その少女の内心は手に取るように分かる。
──嬉しいだろう? 他人に認められるのは。
──楽しかっただろう? 自分の価値を証明するのは。
──安心しただろう? 自分の居場所があるのは。
──選ばれている。そう思っただろう? 自分の哲学はここまでは正しかったから。
また、場面が切り替わる。それはさっきまでの場面と、あまり変わりはなかった。何処かの基地の敷地内で場所は同じだったからだ。違うのは、少女が相対する相手だ。
一人の薄汚れた外套を被った子供だ。背中には長物──対物ライフルを背負っている。
今までは不良の集団や兵器。つまりは数は多いが自分より弱い相手だった。でも今、少女の目の前に立っているのは一人だけ。少女は余裕そうに、その相手へと向かっていく。
私は、目の前を横切っていく少女を憐憫の籠った目で見つめる。この後どうなるか、その結果を知っているからだ。少女の願いは叶わないし、これからへし折られることを知っているから。
数秒後、さっき通り過ぎた少女が進んでいった方から吹き飛んできた。
吹き飛んだ勢いのまま、建物の壁に激突する。激突の衝撃で粉塵が立ち込める。粉塵の中から、追いついて来た相手の足が、壁を背に咳込む少女に蹴りを叩き込む。
「ゴブッ──」
濁った呻き声と共に少女は壁ごと蹴り抜かれ、さらに吹き飛んでいく。まるでゴムボールみたいだなと、場違いな感想が零れた。
しかし距離が離れた分、立て直す時間ができた。短時間意識が飛んでいたらしい少女は、何とか朦朧とする意識を持ち直したのか、二丁のショットガンを片手に一つずつ構えた二丁拳銃スタイルで、薄くなって消えかかった粉塵の中へと向かっていく。
少女の取り柄は、他人よりも頑丈な身体と、早く動ける足と、戦闘勘。少女の戦闘スタイルは、躱せる攻撃は躱して、躱せない攻撃は耐えて、距離を詰める。そして、ショットガンの圧倒的な瞬間火力で沈める。それが、少女の必勝法。
相手の得物はこの状況では不釣り合いな対物ライフル。セオリー通りなら、懐に潜り込んでの近接戦闘が正解だ。
何故かって、あの類の銃は銃身が長過ぎる。そして、普通の銃の何倍もの重さがある。遠距離への圧倒的な定点火力と引き換えに、機動性と取り回しを犠牲にする。そんな武器だから。
だから、目の前の少女は選択した。近接戦闘の適性が高い自分なら相性は良い。そういう選択を。それが最大の悪手だったことに気がつかずに。
「何?」
少女が思わずといった様子で言葉を漏らす。懐に入り込まれた相手が、妙な動きをしたからだ。
銃を構えているが、どう見ても射撃の構えではない。引き金に指がかかっていないし、銃の後部のストックと、上部の持ち手を握り込んでいる。
あの時は、せめてもの抵抗かと思った。少しでも被害を減らすための、半ば反射の、銃を盾にするというような無駄な抵抗だと。
でも、今なら分かる。抵抗などとんでもない。あれは攻撃だ。今なら相手の腰が落とされているのがよく見える。あれはカウンターの構えだ。
「グッ!?」
反撃とばかりに、蹴りが叩き込まれた腹部へと突き込まれた銃口に、少女が驚きと痛みが混じった呻きを上げる。
あれは相当なダメージだ。少女が飛び込んだ加速度と、相手の腰の入った突き。それらが合わさった上に、少女は飛び込みからの近距離射撃を選択したのが仇になった。滞空中に突き上げを食らったせいで衝撃の逃げ場がない。少女の腹部にライフルの銃身が食い込んで嫌な音を立てる。
流石の少女も堪えたのか、抵抗も無しに、そのまま空中から固い地面へ放り投げられる。
少女の口からはさっきと同じように、呻きと咳が出る。今度は口の中を切ったのか、赤いものが混じっていた。
「まだだ!」
それでも少女は諦めない。薄々気づいているからだ。ここで負ければ、全て失うことになると。
少女は飛び起きて、少女を見下ろす相手へと飛び掛かった。
また迎撃に銃が突き込まれるが、少女自身が驚くくらいに、綺麗に躱す事が出来た。
もう相手は目の前だ。相手は銃を突き込んだ姿勢のまま。もう反応できまい。そう思っただろう少女は、両手の銃の引き金を引こうとする。
「私の! 勝ちだ!」
けれど、その勝利宣言とは反対のことが起こる。少女は引き金を引くと同時に、足が何かに引っかかって転倒する。そのせいで当たる筈の銃弾は見当違いの方向へと飛んで行った。
両手のショットガンが直撃すれば、どんな相手も敵わない。それは純然たる事実だ。ただしそれは、当たればの話だ。外せば何の意味もない。
「え……?」
だから、少女の目の前にあったはずの勝利は、手の中から溢れ落ちていった。それが信じられなくて、地面に仰向けになった少女の言葉は不思議そうだった。
そして、そんな少女の頭に横合いから蹴りが入る。それは余りに強くて、視界も平衡感覚も滅茶苦茶だろうから、少女はもう立てもしなかった。
少女が戦闘不能になったことを確認したのか。外野から声が掛けられる。
「ほう? 上手い事やるものだな。あの突きはフェイントか。本命は次の引き戻しによる転倒とはな」
「……よく分かりますね」
「ふん。最初の直撃させた突きで、突きに対する脅威を上げたな? それを躱せば気が抜ける。そこを突いたわけだ」
少女のぐちゃぐちゃになった視界の中で、耳だけは冴えている筈だった。
相手の声と、その上司の声がよく聞こえてきて、少女の中に悔しさが溢れ出すのがよく分かる。
驚く程に綺麗に躱せた? 当たり前だ。相手は躱せるように、攻撃を置いただけだからだ。本命の攻撃を入れるためのフェイントにまんまと引っかかった。
溢れた悔しさに塗れる少女の上で、まだ二人の会話は続いている。
「そもそも、売られた喧嘩を買わなきゃ良かったんですよ。ああも煽られて腹が立つ気持ちは分かりますが、普段は無視できるでしょう?」
「なに。実に面白い事を言うのでな? 証明してやっただけだ。あの身の程知らずが、この子供が一番強いと言うから、どんなものかと思えば他愛無い。一番強いと言うのがこの程度であれば、君なら残りも片付けられるだろう?」
「やりませんよ。それは契約外なので。やらせたいなら追加料金です。値段は応相談ですが」
上司相手だと言うのに、相手は面倒そうな、咎めるような声だった。それなのに、相手の上司は気にした様子もない。少女がやれば叱られるどころか懲罰房行きだろう。
「今気がついたが、一番初めの蹴り。こやつを壁まで飛ばした蹴りだ。あの後、近づかずに、その銃で撃てば早かったのではないか? 粉塵があるとはいえ、あの距離なら当てられるだろう?」
「ええ、当てられますよ。気配が分かりやすいですから、朝飯前です」
相手の言葉を聞いた少女は怒りに震えている。当然の話だ。負けた相手に馬鹿にされている。機械的に淡々と、事象を話しているだけだが、それが一番辛い。その意味は直ぐに分かる。
「なら、何故そうしなかった? 無駄な手間は嫌いな筈だろう?」
「弾が勿体ないでしょう?」
残酷な一言だった。その言葉に少女は打ちのめされている。そして、追撃の言葉が続く。
「こんな私闘で使えば経費じゃ落ちない。それに私闘で発砲なんかしたら、始末書を書かなきゃならない。嫌ですよ。そんなの」
つまりは手加減していたのだ。勝つのは当然で、勝った後の事を考えて、勝ち方を考えていた。どれだけ面倒を掛けずに終わらせるかを。全く少女の事なんて気にも留めていなかったのだ。
「……ククク……ハハハッ! コイツらは、君にとって弾代と始末書の手間未満と言うわけか! これは傑作だ! 君もこちらに染まってきたようで何よりだ!」
相手の上司は大笑いしている。自分を舐めた相手が身の程知らずだったと、そう自覚する場面を見るのは楽しいのだろう。上機嫌の声で上司は相手へと声を掛ける。
「それでは、格付けも済んだことだ。我々は帰るとしよう。行くぞ。カヤツリ」
その声と、少女に背中を向ける相手の姿を最後に場面は終わった。少女の意識が落ちたからだろう。
──あの日の少女──朝霧スオウは知っている。
その日はスオウがいた基地──カイザーPMC基地に、新しく理事になる人間が視察に来たのだという。
その理事になる人間は、かなりのやり手だったらしい。その人間と同期であったスオウの上司は、その人間へ嫌味を言ったのだ。
──大勢の護衛でなく、そんな子供一人しか連れられない。そんな度量の小さい人間に、このカイザーPMCを任せるのは不安だ。そんなみすぼらしい子供など、私の手勢の一人にさえ、手も足も出ないだろうに。
同期に追い落とされたような形だ。そのくらいの嫌味を言いたくもなるだろう。スオウを含めた護衛を連れたスオウの上司──前PMC理事は、一人の護衛しか連れていない同期を見て、そんな事を言ったのだ。
──下手な挑発だ。よかろう。乗ってやろうではないか。掛かってきたまえ。そちらの護衛全員でもいい。ここらで格付けを済ませるのも悪くはない。
度量が小さいと言った相手に、全員で掛かるほど、スオウの上司はプライドがないわけでは無かったらしい。護衛で一番強かったスオウとの一対一の勝負になった。その勝負の結果があれだ。
そして憧れたのだ。カヤツリに憧れた。カヤツリの強さに憧れた。
それだけの強さがあれば、あれだけのものを手に入れられるのだと。そう自分に教えてくれたからだ。自分の哲学は正しかったのだと保証された気がした。
だから、跡を追い続けた。何ができて、どれだけの事ができるのか。カイザーPMC基地に、カヤツリが現れるたびに覗き見した。カヤツリのようになりたくて、同じものを手に入れたくて。スオウはカヤツリみたいになりたかった。
そして、いつかは再戦して、勝ちたかった。勝てなくとも、少しは認めて欲しかったのだ。そうしたら、そうできたなら、スオウは自分が強くなったと思えた。
でも、スオウのその願いは叶わなかった。
──護衛の枠が空いた。代わりの者を募集する。我こそはと思うものは名乗り出るといい。
そのお触れというか、報せが回ってきたのは。あのスオウが惨敗した戦いからしばらく経ってからの事だった。その知らせが意味するところは、カヤツリが居なくなったという事だ。
突然のそんな報せだ。何人もスオウと同じような、生徒上がりのPMC兵が名乗り出て、儚く玉砕していった。
勿論スオウも名乗り出た。結果は言うまでもない。しかし、スオウにとってショックだったのは、落とされたことでは無かった。
──ダメだ。不合格だ。早く退出したまえ。朝霧スオウ。君の事は覚えている。相も変わらず、視野も狭く力押しで、頭が固い。君ではカヤツリの代わりにはなれない。……全く、カヤツリには、ほど遠い。
この理事の言葉だ。この言葉を未だにずっと覚えている。
あの時、上司の同期──カイザー理事が何故挑発に乗ったのか。その理由は、その時に分かった。
カイザー理事は、全く自分を見ていなかった。ずっとカヤツリの幻影を見ていた。それほどまでに、理事はカヤツリを気に入っていたのだろう。だから、あの時に売られた喧嘩を買ったのだ。
そして、最も嫌だったのは、二つの言葉だった。
──
──
スオウが求めていたことは、理事にはお見通しだったのだろう。
かつて、カヤツリが居た場所で、そこでカヤツリ以上に成果を上げれば。そうすればカヤツリに勝ったことになるのではないか? 自分の哲学は間違っていなかったと証明できるのではないか? カヤツリの居た居場所を手に入れることが出来るのではないか?
そんな考えを見透かしたのだろう。部屋に入って、面接が始まって、一言二言話すなり、あの言葉を叩きつけられた。
その日から、スオウはカヤツリが嫌いになった。
自分を負かしたのもそうだが、自分が欲しいものを全部持っていたからだ。居場所も、強さも、大人の信頼も。
そして、それを何のためらいもなく捨てて行ったからだ。自分が欲しいと思って、ついぞ手に入らなかったモノを足蹴にして、再戦の機会のないままに、スオウの前から姿を消した。
スオウが最悪の気分だったことを思い出しているうちに、場面がまた切り替わる。
あの戦いから、随分と時が経っているのが分かる。またこの場面にも見覚えがあったし、ここまで時間が掛かったのも、時が跳んだせいだろう。
「朝霧スオウさん。腕利きだと評判の貴女に、仕事を頼みたい」
過去のスオウの前に、スーツを着た大人が立っている。ネフティスの人間だ。
この時のスオウは、とっくにカイザーPMCを辞めていた。あんなことを言われたのもあるし、居るだけでカヤツリに負けたことを思い出すからだ。それは自分が負け犬だと。毎日言われているに等しい。
毎日、学校にも行かず。その日、その日を依頼で食いつなぐ。そんな生活をしていたスオウに、ネフティスの人間が声を掛けてきたのだ。
「わが社のお嬢様が、近々ハイランダー鉄道学園へ入学します。三年間の間、貴女にはお嬢様の護衛を頼みたいのです」
スオウはその提案に飛びついた。それは、スオウにとって渡りに船の依頼だったからだ。
自分の強さを振るい、それが肯定される居場所が手に入る。それに護衛と言う事は、誰かに必要とされると言う事だ。スオウの望みが全て叶う。ネフティスの依頼はそんな依頼だった。
そして、これはスオウ自身の強さが引き寄せた依頼だった。それは、スオウの哲学を証明することに他ならなかった。だから、高校の三年間をそれに費やすのも後悔はなかった。それに、自分の青春を費やしても良いと思っていたのに。
「貴女とお嬢様の分の、ハイランダーへの枠を確保しました。後は時期が来るまで待っていてください」
その言葉を信じていたのだ。やっと自分の居場所が、自分ではどうしようもない事で奪われた居場所が、幸せがやってくるのだと。そう信じていたのに。
「ノノミお嬢様はアビドス高校に入学しました。ハイランダーには貴女だけで行ってもらう事になります」
スオウのささやかな望みは裏切られた。たった一人の、十六夜ノノミの我儘で。
ネフティスはハイランダーには入学させてくれた。それは、ネフティスなりの詫びだったのかもしれない。しかし、それはスオウの望んだものではない。
だって、視線で分かる。入学したハイランダーの理事会の視線。
──十六夜ノノミではないのか……。
自分を求めない。自分を通して誰かを見ている。そう言う視線だった。
そんな視線を向けられる場所が、自分の居場所であるわけがない。
でも、カイザーPMCの時の様に、ハイランダーを飛び出すこともできないのだ。そうしたら、今度こそ何もかもを失ってしまうから。
そうして、死んだように生きていた自分の前に、悪夢が降りかかる。
それを突きつけるかのように、また場面が切り替わるのを。スオウは諦めの瞳で見つめて思う。
もしも、あの噂を聞いていなければ。あの時に思い出さなければ。
もしも、あの時。気紛れに休みを取って、アビドスなんかに行かなければ。
そうしなければ、こんな思いをする事なんてなかったのにと。