ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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181話 燻った燃え殻

 そこは、砂に塗れた住宅街だった。まるで人が住んでいるとは思えない有様だが、砂地に残された多くの足跡が、まだ住人がいる事を表していた。

 

 そんな、切り替わった場面とその場所を見て、スオウは顔をしかめる。何時の場面なのか、自分の想像通りだったからだ。

 

 ここはアビドス自治区だ。

 

 視線を覚えのある場所に向ければ、過去の自分が歩いている。

 

 しきりに辺りを見回して、誰かを探している様子だった。誰を探しているかと言えば簡単だ。

 

 

 ──十六夜ノノミを探しているのだ。

 

 

 別に探し出して、思い知らせてやろうとか。そう言ったつもりは全くなかった。ただ、気になっただけだ。少しは気が晴れると思った。

 

 過去のスオウは、まだ十六夜ノノミを見つけられないようで、ふらふらと当てもなく歩いていた。

 

 しばらくかかるだろうからと、この場面がいつごろか、スオウは物思いに耽る。

 

 あのネフティスとの話が破談になってから、とうに一年は過ぎているはずだった。季節は冬を通り越して、もう春だ。そろそろ新入生がやって来る季節になっている。

 

 その時期のスオウは、何とかハイランダーで学生生活を送ることが出来ていた。あの視線は煩わしいが、仕事を淡々とこなすのは得意だ。それに理事会も、スオウの強さを認めたのか、監理室の監督官という立場を寄こしていた。

 

 監理室の仕事は、今となっては慣れたものだが、あの頃は大変だった。

 

 CCCはハイランダーの行政を司るが、大体の活動は鉄道管理だ。そして、よくある事なのだが。鉄道を敷いた先と揉める事がある。

 

 CCCは鉄道と、それらの工事の事しか知らない。依頼者もそのことは知らない。だから、その自治区の校則やら、依頼者の事情やらが衝突して揉めるのだ。それを事前に調整するのが監理室だった。

 

 ここはキヴォトスだから、揉め事は最終的には武力衝突に発展する。そう言う時に、スオウの力は役に立った。

 

 そういえば、あの喧しい双子に初めて会ったのも、揉め事に介入した時だった気がする。ただ、仕事だから介入しただけだったのだが、あの時から妙に付き纏われるようになった。

 

 それは、彼女たちがCCCの幹部に就任した今も続いている。……どうせ、敵対派閥にしては話が通じるから、交流を続けているのだろうが。

 

 

「有り金全部置いてきな!」

 

 

 突然響いた怒号に目を向ければ、過去のスオウが不良集団──ヘルメット団と小競り合いを起こしていた。ヘルメット団からしたら、アビドスにしては身なりの良いスオウは美味しい獲物に見えたに違いない。なまじ慣れない様子で周囲を確認しているのも良くなかった。

 

 けれど、たかがヘルメット団だ。スオウの敵ではない。戦闘は数分も掛からず終わり、気絶して地面に倒れ伏すヘルメット団が転がっているだけになる。

 

 過去のスオウも、大した疲労は無いようだ。そのまま一息吐いていたが、コソコソと物陰に隠れた。ここに留まるのは得策ではないからだ。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 しばらくすると、その場に大きな声が響いて、二人の生徒が駆けつけて来た。この季節なのにマフラーを巻いている生徒と、カーディガンを羽織った生徒だった。

 

 二人は、住宅街の中。その内一軒の家のインターホンを押す。直ぐに中から、怯えた様子の住人が飛び出してくる。

 

 

「助かった! さっきまで、そこで小競り合いがあったんだ! このままじゃ、この不良共の仲間がここに来る! なんとかしてくれ!」

 

 

 住人の言葉がスオウが姿を隠した理由の全てだった。一時期は不良相手に戦っていたスオウは知っている。

 

 この手合いは何よりも面子を重んじる。だから、仲間が簡単に伸されたともなれば下手人を探す。下手人を倒して初めて、潰された面子を回復できるからだ。

 

 伸されたヘルメット団は、下手人であるスオウを探す為に、ここに居座る筈だ。住人にとってはたまったものではない。だから、この二人を呼んだのだろう。

 

 

「ん。分かった。私たち対策委員会が何とかする」

 

「早く、家の中に避難してください」

 

 

 住人から、事情を聞いた二人は、何事かを話し合っている。内容は分からない。だって、その時のスオウにとっては、どうでも良かったからだ。

 

 十六夜ノノミがそこに居た。ハイランダーの制服ではなく、アビドスの制服を着て。その上からカーディガンを羽織った姿で。

 

 その姿を見て、無性に腹が立ったのを思い出す。

 

 数分後、スオウの予想通りに攻めてきたヘルメット団を迎撃する十六夜ノノミだが、中々に梃子摺っていた。ヘルメット団からの攻撃を受けて、多少の擦り傷や痛みに歪む顔が見える。一緒にいるマフラーの、シロコとかいう同級生もそこそこやるようだが、人数差は倍どころの話ではないから限界はある。

 

 過去のスオウは物陰に隠れて、その様子を眺めている。

 

 その時のスオウは、どうすれば良いのか分からなかった。手を貸してもいいが、原因は自分だ。それに、どの面下げて十六夜ノノミの前に出ればいいのだ。絶対に聞かれる。どうしてこんなところにいるのか? そんな当然の疑問を。

 

 

 ──お前の我儘のせいで、私の学園生活は無茶苦茶だ。だから、お前が、どんな風に過ごしているか気になった。ケリをつけたかった。

 

 

 それが理由だった。本心はもっと酷い。

 

 アビドスなんて、滅びかけの土地だ。ハイランダーでの学園生活と比べるまでもない。雲泥の差だ。だから、自分を裏切った事を、ハイランダーに行けば良かったと後悔しているに決まってる。むしろ、もっと酷い目に遭っていて欲しかった。

 

 

 ──そう思っていた。そうであるはずだったのに。弱くて、何も知らなかった私はそうだったのに。お前は私と同じはずだったのに。何も知らない無知な子供のはずだったのに。私と同じ苦しみを味わうはずなのに。

 

 ──当然の話だろう? 我儘を貫き通して、他人に迷惑をかけたんだから。相応の目に遭うのが当然の筈。でも、どうだろう? 目の前の十六夜ノノミは? 後悔しているどころか。なんだか、とっても楽しそうじゃないか?

 

 

 スオウは、十六夜ノノミに後悔していて欲しかった。そうであれば自分の選択は正しかったと信じられるからだ。自分を納得させられる。

 

 スオウも辛いが、それは十六夜ノノミもだと。十六夜ノノミが我儘を言わなければ、二人とも幸せだったと。

 

 十六夜ノノミが後悔しているなら、自分は間違っていない。自分の選択は間違っていない。

 

 そう思えたのに。でも、現実は違った。

 

 十六夜ノノミは後悔どころか、満足している様子だった。彼女は間違えなかった。後悔しない選択をした。そして、それは正しかったのだ。

 

 なら、そうなら、間違っていたのはスオウだ。また間違えたから、こんな目に合っている。

 

 

「ん! 下がって! ノノミ! 来た!」

 

 

 隠れたままのスオウをよそに、マフラーの生徒の言葉の後、ヘルメット団へ爆弾が降り注ぐ。ヘルメット団の悲鳴が響いて、直ぐに止んだ。

 

 ヘルメット団の上空に複数のドローンが滞空していた。あそこから爆撃した事が想像できたが、誰が操作しているのかは分からない。そのドローンはマフラーの生徒の所まで降りてきたところで回収されていた。

 

 

「最近はこんなのばかりで嫌になる。でも、ありがとう。嬢ちゃん達のおかげで、これくらいで済んでる」

 

 

 戦闘が終わったのを察知したのか、住人が家から出て来ていた。その手には、数本のビンが覗く袋が握られている。

 

 

「これくらいしか出来ないけど、受け取ってくれ」

 

 

 無愛想に突き出されたビンは、汗をかいたように濡れている。それを見た二人は嬉しそうにそれを受け取っていた。

 

 

「わざわざ……ありがとうございます。人数分ありますし、冷やしてもくれるなんて……」

 

「……そろそろ見回りの頃だろう? ほら、迎えも来たみたいだし、早く帰りな。折角のが温くなる」

 

 

 その住人はそっぽを向いていたが、遠くから誰かが来るのに気がついて、二人に振り向くように促す。

 

 二つの人影が近づいてきていた。背の高い影と、それに比べて低い影。低い影の方が足が速い。

 

 

「ん。あれはホシノ先輩……巡回ルートは……」

 

「ほど近くですね。カヤツリ先輩のドローンも援護に来ましたし、偶々近くに居たんでしょうか?」

 

 

 あり得ない筈の名前が聴こえて、過去のスオウは固まっている。心配せずとも、答え合わせは直ぐだ。良くない予想というのは良く当たる。

 

 

「おじさんの助けはいらなかったかな……うん?」

 

 

 ほどなくしてやって来た、小さな桃色の髪をした生徒が辺りを見渡した。その生徒に見覚えがあったスオウは、全力で気配を殺している。彼女に、カイザーPMCで噂の小鳥遊ホシノに見つかるのは最悪の展開だからだ。

 

 

「どうした?」

 

「何でもないよ。カヤツリ。……おじさんの勘も鈍ったかな」

 

 

 見つからなかったことに対する安堵よりも、驚きに近い衝撃が過去のスオウを襲っている。

 

 声がしたからだ。聞き覚えのある声だ。一時期つけ回していたから、すぐに分かる。

 

 気配を殺したまま、こっそりと声の方角を確認した。

 

 住人とカヤツリが親し気に談笑している。

 

 

「最近、不良が急に増えたな。坊主も気をつけろよ」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、また。次回の巡回で」

 

 

 スオウは信じられなかった。カヤツリが理事の護衛をしていた時とはまるで別人だったからだ。声と名前を知らなければ、気のせいだと思うだろう。

 

 カヤツリと十六夜ノノミを含めた四人は、住人から貰った良く冷えたジュースを飲みながら、恐らくはアビドス高校へと帰っていった。それは、傍から見れば、幸せな家族の様だった。

 

 だから、凄まじいまでの敗北感が過去のスオウを襲っているはずだった。

 

 

 ──何故? どうして、あんなに幸せそうなんだ? 間違った選択をしたはずだ。折角の力と立場を捨てるような選択をしたはずなのに。

 

 ──何故、私はそうじゃなかった? 力がないから、大人の都合で、自分の居場所は無くなってしまったのに。大人の言うことを聞いて、大人のようになれれば、大人の力があれば、何も失わないと思っていたのに。

 

 ──なんで、私はああなれないんだ? 弱いからか? 負け犬だからか? 一番最初に負けたままだからか?

 

 

 でも、そんな思いを心の中で叫んでいても、救われないし、羨むことしかできないのだ。

 

 だから、過去のスオウは、トボトボとハイランダーの方へと踵を返していくしかなかったのだ。

 

 

 □

 

 

 気がつけば。スオウは部屋の前で立ったまま眠っていた。

 

 スオウは、苦虫を噛みつぶした表情で時計を見る。十六夜ノノミを誘拐して、ネフティスの執事が確保した部屋に閉じ込めてから、大して時間は経っていなかった。

 

 皺の寄った眉間を揉みほぐしながら、スオウは思う。あれが止めだった。あそこでスオウは完全に負けたのだ。負けたから、自分は弱いと思ったから。これから先、良い事など一つもない。奪われるだけの、自分の想い通りには何一つならない。そんな人生が待っている。そのはずだった。

 

 でも、挽回のチャンスがようやく巡ってきたのだ。

 

 

「チッ……まだ、振り切れんとはな」

 

 

 舌打ちをして、部屋の扉を見る。部屋の中では十六夜ノノミが項垂れているだろう。部屋へと放り込んだ時、彼女の顔は絶望しきっていし、誰かに謝っていた。そのせいで、あんな夢を見たに違いなかった。

 

 廊下を見渡して、ネフティスの執事を探すが、姿が見えない。部屋で十六夜ノノミと何事かを話した後、ここで見張りをするようにと言い残して、どこかへと消えている。

 

 スオウは執事に色々と聞きたいことがあった。これからの十六夜ノノミの処遇についてと、どうしてこの場所を監禁場所に選んだかだ。

 

 ここは総会の会場だ。正確にはアビドス中央駅旧庁舎。その内部。こんなところに監禁する理由が全く分からない。

 

 だって十六夜ノノミがハイランダーへ行くことは、ほぼ確定している。なら、もっと別の場所で良いはずだ。シェマタの起動に必要なのは、十六夜ノノミが持つゴールドカードであって、十六夜ノノミ本人ではないのだから。

 

 不信感を募らせながら、待ち続けるスオウにようやく声が掛けられた。

 

 

「お待たせしました。スオウさん」

 

「遅い。何をそんなにも話していた」

 

 

 機嫌の悪さが滲み出たスオウの言葉に、執事は動じない。

 

 

「これからの動きをどうするかの話し合いです。概ねの方向性がようやく決まりましたので」

 

「……十六夜ノノミを、この場所に連れて来た事に関係があるのか?」

 

 

 スオウの質問に執事は頷く。

 

 

「ええ。お嬢様には、彼に対するメッセンジャーになって頂きます」

 

「兎馬カヤツリに対するか。しかし、奴は私募ファンドに捕まっているのだろう? 気にする必要はないのではないか? 十六夜ノノミは人質なのだろう?」

 

 

 実際には違うことをスオウは知っている。しかし、結果は変わらない。PMCに引き渡されたのをこの目で見た。奴はもう終わりだ。

 

 正面から戦って勝ったわけでは無いことが大いに不満だ。あの夢を見たのはそのせいもある。けれど、勝ちは勝ちだし、カヤツリはもう動けない。それなのに、あの時から抱えている胸の靄は晴れてくれなかった。

 

 

「いいえ。彼が捕まったにしては静かすぎる。先生も誰も騒いでいない。それなら、お嬢様にはここに居てもらう方が良いのです」

 

 

 執事の言葉で胸の靄が濃くなったのを感じる。執事は信じているのだ。この状況下でも、カヤツリは何かをやってくると言う事を。そこまで評価しているのだ。自分はそこまで評価されていないのに。そこまで評価しているなら、ここまで待たされることもなかっただろう。

 

 

「……十六夜ノノミはハイランダーに転校するのだろ? それなら、先にハイランダーに……」

 

 

 もう、確定したことを口に出す。あそこまでやれば、ネフティスは十六夜ノノミと対策委員会への脅しとして、それを持ち出すことは予想できたからだ。

 

 そうなれば、そうすれば。ようやく負けを取り返せる。ようやく解放される。ようやく勝てる。もう悪いことは起こらないし、幸せを手に入れられる。

 

 

「しませんよ。あれは我々の覚悟を示すものです」

 

 

 スオウの、そんな考えは、執事の一言で砕け散った。

 

 

「……責任を取らせるのではなかったのか? それに、私募ファンドにどうやって対抗するつもりだ」

 

「だからこそ、彼に協力を求めるのです。相手は私募ファンドと()()()()()()()()()()()()です。カイザーの危険性を彼は良く知っている。カイザー相手なら、その間だけなら、我々は手を取り合える」

 

 

 スオウは失策を悟る。カイザーはやはり強すぎた。脅威度が高すぎて、ネフティスに方針転換を決断させてしまった。最悪だった。独断でシャーレ襲撃の指示を偽装するのではなかった。このままでは私募ファンドもどういう選択をするか分からなくなってきている。

 

 

「なら、何故。十六夜ノノミを攫った。それは、兎馬カヤツリへの挑発行為だ。協力など……」

 

「そうでもしなければ、彼はここまでやってきませんよ。我々ネフティスの意思を伝えるタイミングがない。対策委員会にも伝えれば、先生の耳にも入るでしょう。ネフティスが終わっても、お嬢様だけは助けられる」

 

「待て……何を言っている?」

 

 

 困惑して、言葉が上手く出てこないスオウに、執事は告げる。

 

 

「債権の資金のせいで、ネフティスのダメージは計り知れません。私募ファンドと協力するのが前提の作戦はもう瓦解している。だから、私募ファンドが裏切った時点で、負け方を考える必要がありました」

 

「まだ、負けていないだろう?」

 

「ほぼ負けですよ。元よりあの資金はギリギリで捻出したモノです。シェマタを手に入れ、そのテクノロジーを解析し、新技術の投資を募って凌ぐ。そういう算段でした。それは私募ファンドでなくては出来ないのです」

 

 

 スオウは、そんな事は知らない。それなら、私募ファンドが裏切ったと執事が誤認した時の狂乱ぶりも頷けたが、今はそんな事はどうでもよかった。

 

 

「カイザーにシェマタが渡る事だけは避けなくてはいけません。我々も抵抗はしますが、正直厳しい。そのためには彼と、シャーレの先生の力が必要です。彼らはその危険性を知っているでしょうしね」

 

「十六夜ノノミは……? 彼女に対するあの怒りは?」

 

 

 執事の怒りは本物だった。そのはずだ。でも、執事は疲れたように首を横に振るだけだ。

 

 

「アレは私の本心ですよ。間違いなくね。でも、お嬢様をそう育てたのは我々です。お嬢様に理想ばかり教えて、責任の取り方を教えなかった我々の不手際なのです。それを責めるのは筋違いでしょう。だから、最後に知るべきことを、これから生きる上で、お嬢様が自覚しなければならない事を伝えたのです。お嬢様はアビドスに残り、後は先生と彼が上手くやるでしょう」

 

 

 落ち込んだ十六夜ノノミを見て、晴れたはずの胸の靄がまた噴き出していた。悪い事に最初よりもずっと多い。

 

 ようやく、執事の言葉に納得がいった。あの時のあの言葉はそう言う事だったのだ。

 

 

 ──これは、ネフティスの話です。貴女には関係がない。貴女は唯の雇われでしかない。

 

 

 あれは、家族間の話だった。だから、口を出したスオウに執事はああ言ったのだ。

 

 そして、ハイランダーの話も出鱈目だ。ネフティスの目的は、先生とカヤツリに、ネフティスが切羽詰まっている事を伝える事。メッセンジャーというのは人質の言い換えでは無かった。文字通りの意味だ。

 

 まだ分からないが、脱出したカヤツリはネフティスがやったことを知るだろう。そうすればどうするか、まずは総会の会場へ向かうだろう。契約の優先度が一番のはずだからだ。そこに事情を知らされた十六夜ノノミを配置しておけば、スムーズに情報が伝わる。執事では話にならなくても、十六夜ノノミの話なら耳を貸す。

 

 そして、対策委員会も総会へと乗り込んでくるだろう。先生は取り逃がしてしまったから、まず間違いない。

 

 

「こうなるなら、初めからこうするべきでしたか……初めから、疑いなど持たずに腹を割って話していれば……」

 

 

 執事はため息をついて、肩を落としていたが、スオウにとってはそれどころでは無かった。計画が破綻する音があちこちから聞こえ始めていたからだ。

 

 ネフティスも私募ファンドもカイザーも。全員を、自分の立場を使って誘導して、望みの状況を作りだしたはずだった。カヤツリに勝って、十六夜ノノミをハイランダーに転校させる。自分もようやく居場所を手に入れる。アビドスを思い出さなくても良いようにする。それだけのはずだったのに。

 

 スオウの願った全てが叶っていない。カヤツリの決着は納得がいかないし、十六夜ノノミのハイランダー行きは無しになった。結局自分は、どこまでも部外者で、根無し草のままだ。

 

 そして、嫌な予感がさっきから止まらない。それを解消したくて、スオウは口を開く。

 

 

「それで、明日はどうするつもりだ?」

 

「総会を襲撃します。潜ませたネフティスの手勢で、私募ファンドを制圧します。しかし、それは上手くいかないでしょう」

 

「カイザーか……」

 

 

 ネフティス視点ではカイザーは私募ファンドと組んでいる事になっている。事実は違くとも、その日に起こる事は変わらない。

 

 総会にカイザーが攻めてくるだろう。ネフティスの強さがどれ位かは未知数だが、勝てそうにはない事は分かる。

 

 

「恐らくカイザーは私募ファンドの護衛として紛れ込んでいるはずです。それで総会に乗り込んでくるつもりです。我々も抵抗はしますが、時間稼ぎにしかなりません。その間に、先生か彼が来ることを祈るしかないのです」

 

 

 ですからと。執事はスオウに頭を下げた。

 

 

「お嬢様の護衛をお願いします。彼が来るまで、来なかった場合は守り切って、お嬢様を先生の所まで逃がしてほしいのです」

 

 

 執事のそんな頼みは、スオウの頭には中々入ってこなかった。今あるのは怒りだけだ。結局また大人に騙されたのだ。餌をぶら下げられて、体よく使われただけ。

 

 それに、今もハイランダーは現場から撤収してはいないはずだ。工事は止まってはいるが、明日の総会の結果次第では再開する恐れがある。なら、あの双子なら、あの真面目な二人なら、まだアビドスに居るはずなのだ。

 

 きっと明日の騒動に巻き込まれるだろう。そして、今から連絡したところで間に合わない。事情は詳しく言えないから、あの二人はそれで帰ってはくれないだろう。

 

 そこまで考えて、もう、スオウはどうでも良くなっていた。だって、また間違えたからだ。今度は自分の手で壊してしまった。もう自分の物は一つしか残っていない。あるのは胸の中で、燃え残って燻り続ける後悔だけだ。

 

 あの日、双子とカヤツリの争いに介入した時。そして、カイザーのプレジデントから、カヤツリがやろうとしていることを聞いた時。その時から、抑え込んでいた、気にしないでいられた燃え殻に火がついてしまった。もうその火は大きくなりすぎて、スオウ自身を焼いていた。

 

 それから、もう思い出せないのだ。スオウの最初の願いは何だったか。もう思い出せもしない。だから、もう突き進むしかないのだ。道は前にしか残されていないし、それしかできることはないのだから。

 

 そんな事を思いながら、スオウは執事の頼みにゆっくりと頷いた。

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