ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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182話 自ら選択し、手に入れたモノ

 そして、遂に総会の日となった。

 

 会場であるアビドス中央駅旧庁舎は、普段の様子とは全く違っていた。

 

 周囲の道路は戦車や銃を構えた警備兵でごった返し、入り口には簡易的な検査所まで設営されて、まるでイベント会場だ。

 

 検査所では参加者だろうスーツを着た大人たちが自分達の番を待つために、長い列をなしている。

 

 あの列はカヤツリ先輩の対策に違いなかった。細かくは見えないが、リストか何かを確認して会場に入れる人間を選別しているように見える。あれでは、正面からの侵入は難しいだろう。

 

 それを閉じ込められた部屋の窓から見たノノミはため息をつく。

 

 溜め息の理由は、この厳重な警備体制もある。でも、それだけではない。昨日、この部屋の中で執事が言った言葉が大いに関係していた。

 

 窓のカーテンを閉めたノノミの脳内に、それはついさっきに起こった事のように再生される。

 

 

 ──いいですか。お嬢様。明日の総会の結果いかんでは、ネフティスは終わりです。

 

 

 何を言われるか身構えていたノノミに向かって、執事はいきなりそう言ったのだ。

 

 執事は明日。今のノノミから見れば今日。その日に予想されることを細かく教えてくれた。

 

 車内で言ったことに加えて、総会にカイザーが乗り込んでくるであろうこと。ネフティスはおそらく勝てないだろうこと。勝ったところで私募ファンドに裏切られたネフティスは長く続かないこと。カヤツリ先輩と先生に状況を知らせるために、こんな手段をとったこと。

 

 

 ──ですから、お嬢様。お嬢様は逃げてください。

 

 

 一気に情報を詰め込まれて、言葉を詰まらせるノノミに、そう優しく執事は言うのだ。

 

 それは、車内で怒鳴っていた人物とは全く違うように見えた。それは、いつかのノノミの記憶の中のままの執事だった。

 

 どうしてそんな事を言うのかと。ノノミは執事に噛みついた。こんな自分でも、何かできる事はあるはずだと。でも、執事は首を横に振るだけだった。

 

 

 ──嫌味などではなく、お嬢様に出来る事は何もありません。だから、逃げてください。カイザーから、ネフティスから、お嬢様という立場から。ずっと、そうしたかったのでしょう?

 

 

 優しく微笑む執事に、ノノミは何も言えなかった。それは確かに、ノノミの本心そのものだったから。

 

 そうやって図星を指されて落ち込むノノミを見ても、それでも、どこか執事は嬉しそうだった。

 

 

 ──お嬢様は、逃げたとお思いでしょうが。それは違います。お嬢様は多くのご友人を持ちましたね。自分が本当に辛い時に助けてくれる。見せかけでない。本物の。そんな得難い友人を。

 

 

 執事の言葉に顔を上げると、執事は微笑んでいた。

 

 

 ──誰でも出来る事ではありません。そして、それは、お嬢様がご自身で手に入れた物です。我々の言う通りに、ハイランダーに行ったなら、そうはならなかった。今ならそう思えます。お嬢様に自覚は無くとも、そうなのですよ。

 

 

 執事の言っていることが分からなかった。それは、皆いい人達だからだ。ノノミ自身が何かやったわけでは無い。それでも、執事は首を横に振る。

 

 

 ──助けたいと。そうご友人に思わせる。それだけの信頼をお嬢様は積み上げたのです。それにネフティスの肩書は関係ありませんから。

 

 

 そして、執事は自嘲するように笑う。

 

 

 ──相手を信頼する。言葉では簡単ですが、実際は難しい事なのです。それには人物を見極める目と、信じて選択する勇気が必要なのですから。それは、人を束ねる上で必要な事です。そして、我々にはできなかったことなのですよ。

 

 

 それでも、執事の言う通りにはしたくなかった。こんな自分の事を想ってくれた人たちを放って等置けなかった。

 

 でも、執事はノノミに背中を向けて、部屋から出て行こうとする。

 

 

 ──お嬢様が気に病む必要はありません。お嬢様は、お嬢様自身が築いたもので助かるのです。我々は、自らの選択の。この事態を招いた責任を取らなくてはなりません。

 

 

 執事を止めようにも、ノノミはどうしようもできなかった。執事を納得させられるだけの案が思いつかないからだ。

 

 

 ──この扉の鍵は開けておきます。私の想像通りなら、きっとその方が良いでしょう。

 

 

 そう言って、執事はノノミの目の前から居なくなってしまったのだ。

 

 

「また、私は見ているだけ……」

 

 

 ノノミは膝の上の手をぎゅっと握り締める。かつては、恨んだこともある。嫌いだと思った事もある。でも、それだけでは無かったはずだ。嬉しかったことや喜んで欲しいと思った事もあるはずなのだ。家族に居なくなって欲しかったわけでは無い。

 

 もしも、執事やネフティスを何とかしたいなら、今すぐに部屋を出るべきなのだろう。

 

 でも、その道をノノミは選べない。部屋を出て、そこから先が問題だった。

 

 総会を襲撃するだろうカイザーを止める方法が全く思いつかない。執事の言葉通りに、ノノミに出来る事は何もないのだろうか?

 

 

「……誰か、来ましたね」

 

 

 部屋の外から、エレベーターの到着する音が聞こえた。検閲を越えた総会参加者たちが、入場し始めたのだろう。

 

 部屋の中まで入ってくることは無いだろうが、見つかれば面倒な事態になる事は、簡単に予想できた。

 

 物音を立てないように電気を消して、休憩室であろう部屋の奥。置かれたソファーの影に隠れた。

 

 トン。トン。と規則的に床を踏みしめる音が近づいてきて、ノノミは息を小さくする。その時、違和感に気がついた。

 

 やたらと、足音が小さくないだろうか。足音の感じも、勢いよくと言うか、足音を出来るだけ殺そうとしているような音だ。

 

 部屋の中が一瞬明るくなった。それはつまり、音もなくドアが開いたと言う事だ。

 

 ノノミは拳を握りしめた。侵入者には悪いが、少しばかり気絶してもらおう。ソファーの前を通った瞬間に一撃入れれば、自分の力であればいけるはずだ。

 

 どんどん足音が近づいてくる。タイミングを計って、下から打ち上げるように拳を振るった。

 

 

「え!?」

 

 

 パン。そんな皮膚を叩く軽い音を立てて、ノノミの拳は止められていた。離れようと引っ張っても、逆に拳を握り込まれて、びくともしない。

 

 拳を止めたのは、黒い外套を被った人間だった。フードを被っていて、顔は見えない。でも、ノノミはなんだか知っている人間のような気がした。

 

 

「いきなり殴りかかるのは、酷いんじゃないか?」

 

 

 外套の人間から、ノノミにとっては聞き覚えのある声が響く。ノノミは、信じられなくて、恐る恐る当たっていて欲しい願いを口に出した。

 

 

「カヤツリ先輩ですか……?」

 

「見て分からない……ああ、これのせいか」

 

 

 フードが外れると、カヤツリ先輩の顔が露わになった。ノノミは驚きと安堵で、言葉が詰まった。どうやってとか、ごめんなさいとか。そんな言葉が、胸にあふれてぐちゃぐちゃで、ありきたりな言葉しかノノミの口からは出せない。

 

 

「執事さんから、話を聞いたんですか?」

 

「執事? いや? あの大人から話なんぞ聞いてないし、この建物に入ってから誰にも会ってない。ノノミ後輩が攫われたって聞いたから。人質として使うなら、この場所しかないだろ?」

 

 

 軽い口調で言うカヤツリ先輩は、今までとは反対に、ノノミへ聞いてくる。

 

 

「それで? 執事が何か言ったのか?」

 

 

 ノノミは昨日の事を、今までにあったことを全部話す。それを聞いたカヤツリ先輩の反応は、何だか妙だった。

 

 

「へぇ……やっぱりネフティスはシロか。となると、私募ファンドもないな。カイザーにしては、何だか手札の切り方が雑……」

 

 

 ぶつぶつと一人事を呟いた後、カヤツリ先輩は軽い口調で話しかけてくる。

 

 

「じゃあ、ノノミ後輩はここから逃げろ。逃げ道は確保してあるから──」

 

「助けてください。カヤツリ先輩」

 

 

 ノノミが、その一言を言った瞬間。カヤツリ先輩は黙った。黙って、ノノミに聞き返してくる。

 

 

「ノノミ後輩。その意味は、ネフティスを助けてください。そんな意味で合ってるか?」

 

 

 無言でノノミが頷くと、カヤツリ先輩は深いため息をつく。

 

 

「なんで、そんな事をしなくちゃならない。あれか? 見殺しにするみたいで嫌だからか? でも、それはノノミ後輩の事情だろう? 俺にそこまでする義理はない。ネフティスと戦って疲労したカイザーを殴る方が楽だ」

 

「違います。カヤツリ先輩」

 

「違う? ネフティスをカイザーから助けてほしいんだろ?」

 

「それは合ってます。だから、方法を教えてください」

 

 

 カヤツリ先輩は不機嫌顔から、キョトンとした。不思議そうな顔になった。それから、ノノミを見定めるように目を細めて、じっと見ている。

 

 

「無い。そんなものは無い。全部を救う方法はない」

 

「私は良いんです。カヤツリ先輩。私まで含めなくていいんです」

 

 

 カヤツリ先輩は舌打ちする。

 

 

「ノノミ後輩は実家が嫌いだっただろう。だから、アビドスまで来た。逃げてきた。一時の罪悪感に付き合うつもりはない」

 

「でも、私の家族なんです。カヤツリ先輩」

 

 

 ノノミの言葉にカヤツリ先輩は口を閉じた。

 

 

「確かに、嫌いでした。私にはネフティスの令嬢なんて立場は重荷でしかなかったんですから」

 

 

 だって、そうだろう?

 

 好きでその家に生まれたわけじゃない。自分が何もできない、何もあずかり知らない所で、勝手にそうだと決められたもの。

 

 そして、他人は言う。恵まれているとか、義務があるとか。そういったネフティスの令嬢にふさわしい姿を求めるのだ。

 

 他人にとって、それは別にノノミでなくてもいいのだ。ネフティスの令嬢というレッテルが貼られていれば。

 

 誰も、ノノミ自身を見ていない。見ているのは、自分が被った、他人が勝手に押し付けたレッテルだけだ。

 

 そのくせ、それを外れると、向こうの都合で叩いてくる。正論で、常識で。だから、綺麗事を言うのが上手くなった。皆は綺麗事が大好きだから。

 

 ノノミは、それが苦しかった。自分がいつかネフティスの令嬢と言う虚像に飲み込まれてしまうような気がした。

 

 生まれた時から、そこにあったネフティスの令嬢という肩書は、ノノミに救いのようなモノは何も与えてはくれなかった。家族は、一番近しいはずの人達なのに、家族の誰も自分を見てくれない。誰も分かってくれない。そこにノノミ本人に向けられた愛は無く、ネフティスの令嬢に向けられた愛しかない。そんなことを、今の今までそう思っていた。

 

 

「でも、そうじゃなかったんです。執事さんや私の両親は、あの人たちに許されたやり方で、あの人たちなりのやり方で、私を愛してくれていたんです」

 

 

 でも、違ったのだ。きっと執事や両親は分かっていた。だから、自分がアビドスに入学した時に、何も言わなかったし、何もしなかった。

 

 多くの損害が出たと執事は言った。ハイランダーとの取引もそうなのだろう。でも、それはノノミを捕まえて、強引に言う事を聞かせればいい話なのだ。ノノミを車で誘拐した、昨日のように。

 

 でも、そうしなかった。両親と執事は、その方法を選ばなかった。会社の利益よりも、ノノミの幸せを優先してくれていた。ずっと、見守ってくれていたのだ。

 

 なんて愚か者だろう。一番近くにあったはずのそれに気がつかなかった。憎しみと怒りで、見ようともしなかった。本当にただの我儘を言う子供だった。

 

 

「ここであの人たちの言う事を聞いて、あの人たちを見捨てたら。私はずっと引き摺ります! なんで、あの時ああしなかったんだろうって。そんなのは嫌です! そんな後悔をずっと引き摺って生きていくのは嫌なんです!」

 

 

 その言葉を聞いたカヤツリ先輩は、少しだけ目を見開いた。そして、どこか遠くを見て呟くのだ。

 

 

「そうだな。その気持ちは、よくわかるよ……でも、まだ、ノノミ後輩は間に合うんだもんな」

 

 

 そう呟いた後に、少し考え込んだカヤツリ先輩は、ノノミへと問いかける。

 

 

「流石に全部は救えない。そんな奇策はない。でも、王道の方法ならある。乗るか? ノノミ後輩」

 

 

 その言葉を聞いた時、ノノミは、かつて言われた言葉を思い出す。

 

 

 ──ノノミ後輩。王道が一番強いんだよ。

 

 

 自分へ教える事になったカヤツリ先輩が言った言葉だ。最初に言われた言葉。

 

 どうしてかと自分は聞き返したのだ。

 

 だって、カヤツリ先輩は自分が想像もつかない手段で、何度も場をひっくり返してきた。それを自分ができたら、きっとアビドスの、皆の役に立てるはずだから。

 

 そう意気込む自分へカヤツリ先輩は困ったような顔で言ったのだ。

 

 

 ──まあ、派手で見栄えは良いかもしれないな。でも、それだけだ。

 

 

 何故と食い下がると、カヤツリ先輩は言うのだ。

 

 

 ──求める結果を出すための手間が、王道の方法と比べて格段に多い。逆に王道には王道なりのデメリットがあるんだが。

 

 ──王道の方が楽で、正しくて、一番結果が出しやすい。だから、王道って言うんだ。

 

 ──だから、ノノミ後輩には王道の方法を教える。その方がきっとノノミ後輩に向いていると思うよ。

 

 

 最後に薄く笑って、そう言ったカヤツリ先輩を覚えている。

 

 あの時、カヤツリ先輩が言った王道のデメリット。あの時には分からなかったが、今なら分かる。

 

 王道は王道であるが故に、言い訳できないのだ。

 

 不都合な、予測できない事態があったとか、そんな制御不能の事態は起こる。奇策は不安定であるが故に、それで失敗することもあるだろう。

 

 でも奇策はそれで言い訳できるのだ。

 

 そもそも不安定だったから、土台無理な作戦だったと。だから自分は悪くない。そういう風に言い訳ができる。

 

 でも、王道はそうもいかない。王道は真っ当な方法だ。普通に考えれば絶対に失敗しない方法だ。それでも失敗すると言う事は、それ以外の原因しかない。

 

 失敗するなら自分のせいで失敗するのだ。だから、失敗の原因は全部自分が負う事になる。

 

 

「乗ります。カヤツリ先輩」

 

 

 即答するノノミに、カヤツリ先輩は再度問いかける。

 

 

「失敗の責任だけじゃない。ノノミ後輩が自分で選んで、その責任も負うんだ。もしかしたら他人の責任もな。そして、俺は方法しか教えられない。この方法は、ノノミ後輩が一番頑張らなくちゃいけない。そして、失敗してもしなくても、ノノミ後輩はもう、ネフティスの令嬢から逃げられなくなる」

 

「いいんです。私はそれが良いんですよ。カヤツリ先輩」

 

 

 全部は救えないとカヤツリ先輩は言う。その全部の中に、きっとノノミの事も入っているのだ。

 

 

「私は、十六夜ノノミです! ネフティスの令嬢なんて、唯の肩書きにすぎません! ネフティスの令嬢で、対策委員会所属のアビドス高校二年生! それが私です!」

 

 

 カヤツリ先輩は優しいから。きっと、今までのノノミで居られるように、そのままの立場で居られるようにしてくれようとしたのだろう。確かに、ネフティスの令嬢という目で見る人はいるだろう。でも、自分を見てくれている人は、きっと沢山いる。だから、もういいのだ。本当に欲しいものは、本当にやりたいことはもう見つけたから。

 

 

「だから、私があの人たちを助けるんです! 私がやらなきゃ意味が無いんです! 私がそうしたいと、自分で決めたんです! 私が欲しいものは、私自身の手で手に入れます! 私はそんな私でありたいんです!」

 

 

 でも、それは今日で終わりにするのだ。もう、守られるだけの、与えられるだけの、我儘な子供は終わりにする。

 

 だって、そうだったから、ノノミはネフティスでずっと苦しかったのだ。自分が望む物は自分でなくては分からない。だから、他人から与えられる物だけでは満足できなくて、ずっと苦しかったのだ。

 

 アビドスで手に入れた物は全て、ノノミの力で手に入れたものだ。ノノミが選択して、そう決めた道で手に入れた物だから。だから、ノノミはアビドスでは楽しかったのだ。そのことを執事に言われてようやく分かった。

 

 ただただ、欲しいものを与えられるだけでは嫌になった。欲しいものは自分で手に入れたくなった。その方がずっといいことを、ようやくノノミは知ったからだ。

 

 

「だから、教えてください! あの人たちを。私の家族を助ける方法を!」

 

 

 そうノノミは叫ぶ。それを聞いたカヤツリ先輩は、どこか眩しいモノを見るように目を細めて、口を開いて、その方法を口に出す。

 

 それを聞いたノノミは、少しだけ身震いする。確かに、これをすれば今まで通りではいられない。カヤツリ先輩が、確認を取った理由も分かる。

 

 でも、もう怖くなんてないのだ。そうしない方が、ずっと怖い事をノノミはもう知っているから。

 

 だから、カヤツリ先輩の最後の確認に、ノノミは大きく頷いた。

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