ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「貴様! ジェネラルはどうした!」
現れたカイザー元理事にプレジデントは大声で怒鳴る。
本来なら、腹心であるジェネラルが来るはずだ。カイザー元理事が来るはずがない。
大体が、理事は元だ。理事だったのは昔の話に過ぎない。何故なら、プレジデントが左遷したからだ。
「あの若造なら、今上がって来ようとしているところだ。まぁ無理だろうがな」
理事はいけしゃあしゃあとそんな事を言うので、プレジデントの堪忍袋の緒が切れそうになる。
「貴様か、貴様が、その男をここまで連れて来たのか! 裏切っていたな! 最初から!」
「ハハ。気付くのが遅いな。プレジデント」
理事は、プレジデントの指摘を否定しなかった。
理事が裏切っているなら、この状況も頷ける。
カイザーの内部からなら、債権の販売時期は分かる。債権を事前に確保する事も出来るだろう。
理事はカイザーPMCの理事でもあった。なら、カヤツリが監禁された場所も分かる。そもそもが、PMCの隊員はかつての部下なのだ。彼らの幾人かも裏切っている可能性がある。
そして、理事は左遷されたとはいえカイザーに席がある。護衛だと言って、カヤツリを侵入させる事も出来るだろう。
「ただ、勘違いは訂正しよう。このシェマタの件の最初からではない。もっと前だよ」
理事の言う、もっと前。それは何時なのか。プレジデントは予想がついた。
「貴様! 左遷された恨みか? 失敗したのは貴様のミスだ! 逆恨みも甚だしい!」
プレジデントは怒号をあげる。失敗したとはいえ、左遷で済ませたのが不満で、ここまでしたというのだ。当然の対応だった。
しかし、理事は怯みもしない。怯えるどころか、憐れみを含んだ目でプレジデントを見ている。
「貴方は、そう思っているわけだ。これで一つ心残りが消えたよ。礼を言う。プレジデント」
自分を見下した視線に、プレジデントは反抗する。反抗して、理事に食って掛かる。
「不満だから、裏切った。使ってやったこの私に、後足で泥をかける。道理に敵わないのは貴様だ!」
「あくまでも、自分は悪くないと。カイザーらしい……いや、カイザーは貴方そのものだったな。貴方らしい答えだ」
口答えする理事に苛立ちながらも、プレジデントは、舌戦に終始する。
兎にも角にも、プレジデントは時間を稼がなくてはならなかった。このままでは、奥の手を切る前に制圧される。
ジェネラルは階下から、ここまで来ようとしているようだ。さっきから、断続的な地響きと、銃声が聞こえる。それは、段々と大きくなってきていて、声量を考えなければならないくらいには大きかった。恐らくは理事の手勢と戦闘中なのだろう。期待はしない方がいいかもしれない。
プレジデントの勝ち筋は、奥の手を切った後に撤退する事。自分さえ残っていれば、カイザーは不死身だ。それに、奥の手は用が済めば使い捨ての予定だから、気にする必要は無い。奥の手を切れれば、シェマタの所有権は宙に浮く。逃げ出した後は、隠し場所を把握しているシェマタで蹂躙すればいい。
チラリと腕時計で時間を確認する。正午まで、あと七分足らず。あと五分程度稼げばいい。二分あれば、宣言には充分で、訂正の時間もないだろう。
そう思い直したプレジデントは、声を張るために、大きく息を吸った。
□
「貴様が失敗したのは変わらん! 貴様が、アビドスを迅速に確保していれば! 今頃、あの宇宙戦艦もサンクトゥムタワーも、私の手の中だった! 私は、キヴォトスの頂点に立てていた!」
そんな、プレジデントの癇癪じみた叫びを、ウンザリしながらも理事は耳に入れていた。
それは変えようのない事実だった。今年の春。理事がアビドスを確保できていれば。あそこで失敗しなければ。黒服に手を切られる事もなく、アビドスもここまで手強くなる事はなく、自分もこんな事をしなくて済んでいた。
「ああ、そうだ。私が失敗したのは変わらん。そこは認めるよ。プレジデント」
急に殊勝になった理事に、プレジデントが黙り込む。
「貴方の横槍を予想して、制御できなかった。あの時、貴方の介入を許したこと。貴方を理解できなかった事。それは確かに私のミスだとも」
嫌味をたっぷり込めた答えに、プレジデントの堪忍袋の緒が切れた音がした。
事もあろうに、理事は自分のせいではなく、プレジデントのせいだと言ったからだ。
「貴様が! 飼い犬の手綱を握っておかないせいだろうが! 私は、貴様の代わりにやってやったまでだ! 感謝されこそすれ、この私を裏切る!? 許される事ではない!」
「返して貰いに来たと。そう私は言っただろう? プレジデント」
理事は静かにそう言うだけだ。プレジデントには、その意味は分からないだろう。彼にとって、全ては自分の物で、返すものなど何もないからだ。
「私も、左遷は当然だと思ったとも。アビドスの計画は数十年前からだからな。それだけの費用と労力をかけた計画をしくじったのだ。誰かが、責任は取らねばなるまいよ」
その時の事を思い出し、理事は宙を見ながら呟く。
責任を取ることが、責任者の仕事だからだ。そうする事で、部下は安心して働く事が出来る。
それが理事という役職に就いた者の仕事だと思っていたし、自分もそうだと思っていたのだ。
「空が赤く染まり、カイザーの作戦が失敗したあの日。あの宇宙戦艦は宇宙の藻屑に、カイザーPMCはD.U.地区からの撤退で大きな被害を出したな? アビドスの時の比ではない損害が出たはずだ。その時の責任者は誰で、そやつは今、何をしている?」
その時の現場責任者はジェネラルで。ジェネラルは今、下の階で理事の私兵を突破しようと戦闘している。
それが意味する事は簡単だった。
「ジェネラルは左遷されない。責任を取らない。失敗した条件は、私とほぼ同じだというのに。何故かな? プレジデント」
半分は、理事の願望が入った問いに対しての、プレジデントの反応は冷ややかだった。
「指示に従わず、意見を言うような駒など、私には必要ない」
その答えを聞いて、理事の心中には、やはりと言う思いが溢れていた。
最初は、カイザーの末端。子会社も子会社であるオクトパスバンクへの左遷は、一時的な措置だと思っていた。
何故かと言えば、解雇ではなかったからだ。だから、折を見て、戻してくれるのではないかと。そんな淡い期待を抱いていた。
しかし、望んだ報せはいつまで待ってもやっては来なかった。それだけなら、自分のしくじりが重かったのだと、自分を納得させることができた。
「ジェネラルと私。その違いは何か? 従順か否か。それで良いのだな? プレジデント」
「その結果が、今の状況だろうに。命乞いなら、今更遅いぞ。理事」
プレジデントの、その答えが全てだった。
簡単な話だ。プレジデントは、理事の事が気に入らないから左遷したのだ。
同じ失敗をしたジェネラルは左遷されないということから、それが分かる。
そして、それはもう分かっていた事でもある。理事の最後の心残りは消えて失せた。
「私を上手く使ってくれると思っていたが……手に負えないからと、飼い殺しにする事にしたわけだ」
プレジデントに言わせれば、今まさに裏切ったとでも言いそうだ。そんな顔をしているし、今も叫んでいる。
でも、理事にとってはそうではない。カイザーには、自分を採用した恩がある。簡単に裏切りはしない。
ただ、それを覆すほどに、プレジデントの対応は最悪だった。それだけの話だ。
「プレジデント。貴方は私の全てを否定した。貴方は私が裏切ったと言うが、私にとっては違う。貴方が先なのだよ」
プレジデントの対応は、自分の好みで全て決めるということだ。そこに、理事のプレジデントに対する想いも、献身も、恩も。プレジデントにとっては何の意味も無い。だって、彼にとっては当然だからだ。
ならば、理事の今までやって来た事は無駄だった。理事の努力も実力も。プレジデントの好み一つでひっくり返されるものでしかないのだ。
それは、理事にとっては絶望だった。自分の人生を否定されたに等しい。そして、理事の築き上げた物は他人に放り渡され、価値を貶められ続けている。
「それが私の裏切った理由の一つだ」
「ほう。私を裏切った理由が他にもあると? ならば言ってみたまえ。その御大層な理由を聞いてやろう」
プレジデントは話を聞いてくれるらしかった。時間を稼ぎたいのは見え見えだ。ただ、それはカヤツリにとってもそうらしい。だから、有り難く便乗する。
「手伝ってくれと。そう言われたからだ」
「……何? カイザーを裏切れと。そういう風にか?」
「いや、違う。そんな事なら、私は首を縦には振らなかった」
理事は、くつくつと笑いながら、その時の事を思い出して答える。
「会社を興すから、助言をくれとな。そう言われた」
理事は、ポカンとして、言葉が出ないプレジデントの顔を初めて見た。少しおかしくて、吹き出してしまう。
「ククク……私も耄碌したものだ。あんなことで満足するとはな」
最初は、それを糸口に、何か情報を引き出そうとしているのかとも思った。だが聞いてくるのは、この書類はどう書けばいいとか、添削してくれだとか。そう言った、普通の事ばかりだった。
時々、カイザーの情報を聞いてくることもあったが、深くは聞いてこない。本題はいつも、会社の方だったのだ。
その間だけは、カヤツリの質問に答えて、色々考えている間だけは、どこか満足している自分がいた。
その理由は、後で気がついた。
「案外私も、甘かったらしい。まさか、自分が残した物があるだけで満足するなど、そんな風に思うようになるとは、思いもしなかった」
初めて会った時は、適当に扱うつもりだった。黒服の頼みで押し付けられた子供に過ぎなかった。
一番最初の仕事は、簡単なモノを振った。勿論、成功して帰って来る。
次からは難しいものを振った。完璧にはいかないが、目標は達成して帰って来る。ここまでなら、何も問題はなかった。
報告を受けて、退出するよう言う理事へ、あの時のカヤツリは聞いたのだ。
──どこが悪かったんですか? 教えてください。
そこで、珍しいと思ったのだ。一応、目標は達成しているから、特に文句を言ったわけでは無い。ただ、この子供は理事の不満を見抜いて、何かミスをしたのだと判断したらしい。
逆に聞けば、自覚があるのか。問題の箇所を言ってくる。そこは、理事の思った事と完全では無いものの当たっていた。軽く説明して、やり方を教えて帰す。次の仕事は完璧だった。
そこで、面白そうだと思った。思ってしまったのだ。
「この子供は私が育てた。私が、ここまで、育て上げたのだ。私が居なければ、こやつはこうはならなかった」
理事が経験したこと、失敗したこと、後悔したこと。それらをカヤツリに教えるのは楽しかった。日々変わっていくカヤツリを見るのが楽しかった。黒服が何も言ってこなければ、自分が居なくなった後、後釜に推薦してやるのも悪くないとも思っていた。
「後継者を育てる。貴方には分からない感情だろう? 全てが自己で完結する。そう思っている貴方ではな。案外いいものだぞ。世界に自分がいた証を残すと言うのはな」
その言葉が全てだ。理事が、カイザーを裏切った理由の全てだった。
プレジデントは理解ができなくて、何かを探ろうと理事をじろじろと見ているが、プレジデントが望んだ答えはない。プレジデントにとってそれは、決して理解できないだろうから。
「貴方には感謝している事もある。私を雇い、理事として重用されたこともそうだが、左遷された先で、思い知ったこともあるのだよ」
階下からの戦闘の音が止んだ。その中で、理事の声が響く。
「人は一人では限界がある。プレジデント。例え、シェマタやサンクトゥムタワーを手に入れたとしてもな。貴方一人でそれを運用出来る訳ではない。そして、それは私もそうだ」
廊下の奥から、規則正しい足音が聞こえてくる。
「返して貰いに来たと、さっき言っただろう? もう分かるのではないか?」
理事の後ろに、彼らが並ぶ。
「
返して貰うモノとはこれの事だ。理事であった自分が作った、カイザーPMCの
全員に秘密裏に声を掛けた時。全員から、自分の提案に乗ると返事が来た時。その時の想いを噛み締めて、理事は高らかに宣言する。
「我々は、カイザーから退職し、独立する! 私は、私の好きなようにやらせてもらう! 受け取るがいい。プレジデント!」
「貴様ら! 貴様らを雇用するものなど、どこにもいない! 退職しても貴様らはカイザーだからだ! この私以外に貴様らと取引する者など! 存在するはずがない!」
全員分の退職届を投げつけられたプレジデントがまた怒鳴るが、もう恐れることは無い。
「いるだろう? 目の前に。ついさっき、企業の協力者を募っていたのを聞かなかったのか?」
誰が、カヤツリの事業計画書と開業届を添削したと思っている。自分の身の振り方くらい計画している。それに、カヤツリなら、カイザーだとか元理事だとか。そんな情報は抜きに考える。なぜなら、自分がそう教えたからだ。それくらいには、理事はカヤツリのことを信用していた。
「もういい……! 貴様らの御託にはうんざりだ!」
理事たちがいる会議室。その部屋の大きな窓の外に、カイザーのヘリが滞空していた。それを見て、プレジデントは嗜虐的に笑っていた。
「君たちに紹介したい人間がいてな。今、到着したようだ」
窓がヘリからの銃撃で割られ、部屋の中にヘリのローターの音が響いていたが、大声を出すのに慣れたのだろうプレジデントの声は良く通った。
「二年前。我々は一人の生徒を保護した。可哀想に、アビドス砂漠で遭難でもしたのか、記憶を失っていた」
ヘリの側面のドアが音を立てて開く。そこには一人の、アビドスの制服を着た生徒が立っている。
「貴様らが縋る契約。それに対して一番の決定権を持つ者。梔子ユメを忘れては困るな」
理事は、ヘリの搭乗口に立つ梔子ユメに似た誰かを見て、ため息をつく。
確かに、それなら全てをひっくり返せるだろう。あの契約は梔子ユメが結んだものだ。代理人であるカヤツリよりも、権限は上だ。
このまま、この梔子ユメが、契約の破棄を宣言すれば。売買契約は消滅する。そうすればシェマタの権利は、債権を持つ者同士の奪い合いだ。
今の時点ではまだ、カイザーは債権を持っている。だから、このまま先にシェマタを確保すれば、シェマタの火力で全てを有耶無耶にできる。
プレジデントが話に乗ったのも、このための準備だろう。もう、プレジデントが取れる手段は、これしか残っていない。もう一つあるが、それを選べばカイザーは終わりだ。
「フフ……何も、言葉がないようだな? 再会の挨拶でもしたらどうかね。君の事など覚えていないだろうがな」
プレジデントは黙りこくったカヤツリに勝ち誇る。
「カヤツリ先輩……」
十六夜ノノミや、私募ファンドとネフティス。彼らがカヤツリを心配そうに見つめている。
カヤツリは、静かに見える。落ち着いているように見える。けれど、理事には分かる。
アレは激怒している。怒り過ぎて、もう怒鳴るとか、怒りの表情をだすとか。そういった段階を通り過ぎているのだ。
「ネフティスとアビドス生徒会の売買契約は、破棄する」
カヤツリが黙っている間に、その梔子ユメに似た誰かが、良く響く声で宣言した。
それを聞いたプレジデントは笑いだす。
「ハハハハハ! これで、売買契約は破棄された! シェマタはカイザーが頂戴する!」
勝ち誇るプレジデントを見て、理事は思う。
状況は、はっきり言って微妙だ。あの梔子ユメは偽物だろう。けれど、今の段階では、それはどうでもいいのだ。
プレジデントにとっては、今だけ契約をひっくり返せればいい。梔子ユメが偽物でも構わない。宣言だけさせてしまえばいい。梔子ユメが偽物だと、そう証明するのは時間が掛かる。その間にシェマタを確保すればいい。
契約破りをしたところで、賠償相手を消し飛ばせばいい。そう、プレジデントは思っているのだろう。ある意味それは正しい。
でも、その程度の事はきっと、カヤツリも分かっているのだろう。きっと、何かを企んでいる。三大校に頼んだことが、融資だけなど考えられない。それだけなら、カヤツリは理事に、ここに来る時間を細かく指定はしなかったに違いないのだ。
「それは、正午前に宣言した場合の話だろ?」
カヤツリは落ち着いた、さっきとは違った、感情が読めない声で言う。
カヤツリの言う事は正しい。正午を過ぎれば、梔子ユメの持つ権利は失効する。権利は代理人であるカヤツリへと移行する。だから、この梔子ユメが正午以降に宣言しても、その宣言は意味を持たない。
「ハッ……遂に気が触れたか? 現実逃避で時計が読めなくなったか?」
プレジデントも、そのことは承知している。だからこそ、時間を稼いでいたのだ。理事がここに来てから、正午まで五分あるかないかだった。
「フフ。貴様の代わりに私が教えてやろう。今は正午一分前だ。もう、分ではなく、秒だがな」
プレジデントが、自らの腕時計とこの部屋の時計を指差して勝ち誇る。その間に、時計は正午を指してしまった。
「これで、私の勝ちだ!」
「何か、足りないと思わないか?」
「悪あがきか? 醜いな? 何が足りないのだ? 貴様の理解力か?」
プレジデントが、カヤツリを煽る。けれど、カヤツリは静かに言うだけだ。
「そうだな……正午のチャイムとか。なんか静かじゃないか?」
「それは聞こえないだけだ。ここから、貴様のアビドス高校まで距離がある」
それにカヤツリは頷いて、余裕たっぷりに言う。
「そうだな。何か大きな音。例えば階下で銃撃戦をしていたり、大声で言い合いでもしていれば、聞こえない事もあるだろうさ。今もヘリのローターが五月蠅いことだしな。そして、そろそろ魔法が解ける時間なんだよ」
「何を訳の分からない事を! チャイムが何だと言うのだ! もう一度確認するがいい! まだ正午丁度……」
部屋の時計を指差したプレジデントが、そのままの姿勢で固まった。それは、プレジデントだけでなく、カヤツリ以外の全員が固まっていた。
時計の長針が動いていた。時計の12の文字盤から、ゆっくりと進んでいる。そのまま1の文字盤を通り過ぎて、2の文字盤で針は止まった。
プレジデントは焦ったように、自分の腕時計を確認するが、結果は同じだったようで、茫然としている。
「鐘の音はないが、魔法は解けた。それで、正午がなんだって?」
そんな、カヤツリの言葉と共に、遅れていた時間が正しく動き出した。