ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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184話 裏切りの理由

「貴様! ジェネラルはどうした!」

 

 

 現れたカイザー元理事にプレジデントは大声で怒鳴る。

 

 本来なら、腹心であるジェネラルが来るはずだ。カイザー元理事が来るはずがない。

 

 大体が、理事は元だ。理事だったのは昔の話に過ぎない。何故なら、プレジデントが左遷したからだ。

 

 

「あの若造なら、今上がって来ようとしているところだ。まぁ無理だろうがな」

 

 

 理事はいけしゃあしゃあとそんな事を言うので、プレジデントの堪忍袋の緒が切れそうになる。

 

 

「貴様か、貴様が、その男をここまで連れて来たのか! 裏切っていたな! 最初から!」

 

「ハハ。気付くのが遅いな。プレジデント」

 

 

 理事は、プレジデントの指摘を否定しなかった。

 

 理事が裏切っているなら、この状況も頷ける。

 

 カイザーの内部からなら、債権の販売時期は分かる。債権を事前に確保する事も出来るだろう。

 

 理事はカイザーPMCの理事でもあった。なら、カヤツリが監禁された場所も分かる。そもそもが、PMCの隊員はかつての部下なのだ。彼らの幾人かも裏切っている可能性がある。

 

 そして、理事は左遷されたとはいえカイザーに席がある。護衛だと言って、カヤツリを侵入させる事も出来るだろう。

 

 

「ただ、勘違いは訂正しよう。このシェマタの件の最初からではない。もっと前だよ」

 

 

 理事の言う、もっと前。それは何時なのか。プレジデントは予想がついた。

 

 

「貴様! 左遷された恨みか? 失敗したのは貴様のミスだ! 逆恨みも甚だしい!」

 

 

 プレジデントは怒号をあげる。失敗したとはいえ、左遷で済ませたのが不満で、ここまでしたというのだ。当然の対応だった。

 

 しかし、理事は怯みもしない。怯えるどころか、憐れみを含んだ目でプレジデントを見ている。

 

 

「貴方は、そう思っているわけだ。これで一つ心残りが消えたよ。礼を言う。プレジデント」

 

 

 自分を見下した視線に、プレジデントは反抗する。反抗して、理事に食って掛かる。

 

 

「不満だから、裏切った。使ってやったこの私に、後足で泥をかける。道理に敵わないのは貴様だ!」

 

「あくまでも、自分は悪くないと。カイザーらしい……いや、カイザーは貴方そのものだったな。貴方らしい答えだ」

 

 

 口答えする理事に苛立ちながらも、プレジデントは、舌戦に終始する。

 

 兎にも角にも、プレジデントは時間を稼がなくてはならなかった。このままでは、奥の手を切る前に制圧される。

 

 ジェネラルは階下から、ここまで来ようとしているようだ。さっきから、断続的な地響きと、銃声が聞こえる。それは、段々と大きくなってきていて、声量を考えなければならないくらいには大きかった。恐らくは理事の手勢と戦闘中なのだろう。期待はしない方がいいかもしれない。

 

 プレジデントの勝ち筋は、奥の手を切った後に撤退する事。自分さえ残っていれば、カイザーは不死身だ。それに、奥の手は用が済めば使い捨ての予定だから、気にする必要は無い。奥の手を切れれば、シェマタの所有権は宙に浮く。逃げ出した後は、隠し場所を把握しているシェマタで蹂躙すればいい。

 

 チラリと腕時計で時間を確認する。正午まで、あと七分足らず。あと五分程度稼げばいい。二分あれば、宣言には充分で、訂正の時間もないだろう。

 

 そう思い直したプレジデントは、声を張るために、大きく息を吸った。

 

 

 □

 

 

「貴様が失敗したのは変わらん! 貴様が、アビドスを迅速に確保していれば! 今頃、あの宇宙戦艦もサンクトゥムタワーも、私の手の中だった! 私は、キヴォトスの頂点に立てていた!」

 

 

 そんな、プレジデントの癇癪じみた叫びを、ウンザリしながらも理事は耳に入れていた。

 

 

 それは変えようのない事実だった。今年の春。理事がアビドスを確保できていれば。あそこで失敗しなければ。黒服に手を切られる事もなく、アビドスもここまで手強くなる事はなく、自分もこんな事をしなくて済んでいた。

 

 

「ああ、そうだ。私が失敗したのは変わらん。そこは認めるよ。プレジデント」

 

 

 急に殊勝になった理事に、プレジデントが黙り込む。

 

 

「貴方の横槍を予想して、制御できなかった。あの時、貴方の介入を許したこと。貴方を理解できなかった事。それは確かに私のミスだとも」

 

 

 嫌味をたっぷり込めた答えに、プレジデントの堪忍袋の緒が切れた音がした。

 

 事もあろうに、理事は自分のせいではなく、プレジデントのせいだと言ったからだ。

 

 

「貴様が! 飼い犬の手綱を握っておかないせいだろうが! 私は、貴様の代わりにやってやったまでだ! 感謝されこそすれ、この私を裏切る!? 許される事ではない!」

 

「返して貰いに来たと。そう私は言っただろう? プレジデント」

 

 

 理事は静かにそう言うだけだ。プレジデントには、その意味は分からないだろう。彼にとって、全ては自分の物で、返すものなど何もないからだ。

 

 

「私も、左遷は当然だと思ったとも。アビドスの計画は数十年前からだからな。それだけの費用と労力をかけた計画をしくじったのだ。誰かが、責任は取らねばなるまいよ」

 

 

 その時の事を思い出し、理事は宙を見ながら呟く。

 

 責任を取ることが、責任者の仕事だからだ。そうする事で、部下は安心して働く事が出来る。

 

 それが理事という役職に就いた者の仕事だと思っていたし、自分もそうだと思っていたのだ。

 

 

「空が赤く染まり、カイザーの作戦が失敗したあの日。あの宇宙戦艦は宇宙の藻屑に、カイザーPMCはD.U.地区からの撤退で大きな被害を出したな? アビドスの時の比ではない損害が出たはずだ。その時の責任者は誰で、そやつは今、何をしている?」

 

 

 その時の現場責任者はジェネラルで。ジェネラルは今、下の階で理事の私兵を突破しようと戦闘している。

 

 それが意味する事は簡単だった。

 

 

「ジェネラルは左遷されない。責任を取らない。失敗した条件は、私とほぼ同じだというのに。何故かな? プレジデント」

 

 

 半分は、理事の願望が入った問いに対しての、プレジデントの反応は冷ややかだった。

 

 

「指示に従わず、意見を言うような駒など、私には必要ない」

 

 

 その答えを聞いて、理事の心中には、やはりと言う思いが溢れていた。

 

 最初は、カイザーの末端。子会社も子会社であるオクトパスバンクへの左遷は、一時的な措置だと思っていた。

 

 何故かと言えば、解雇ではなかったからだ。だから、折を見て、戻してくれるのではないかと。そんな淡い期待を抱いていた。

 

 しかし、望んだ報せはいつまで待ってもやっては来なかった。それだけなら、自分のしくじりが重かったのだと、自分を納得させることができた。

 

 

「ジェネラルと私。その違いは何か? 従順か否か。それで良いのだな? プレジデント」

 

「その結果が、今の状況だろうに。命乞いなら、今更遅いぞ。理事」

 

 

 プレジデントの、その答えが全てだった。

 

 

 簡単な話だ。プレジデントは、理事の事が気に入らないから左遷したのだ。

 

 同じ失敗をしたジェネラルは左遷されないということから、それが分かる。

 

 そして、それはもう分かっていた事でもある。理事の最後の心残りは消えて失せた。

 

 

「私を上手く使ってくれると思っていたが……手に負えないからと、飼い殺しにする事にしたわけだ」

 

 

 プレジデントに言わせれば、今まさに裏切ったとでも言いそうだ。そんな顔をしているし、今も叫んでいる。

 

 でも、理事にとってはそうではない。カイザーには、自分を採用した恩がある。簡単に裏切りはしない。

 

 ただ、それを覆すほどに、プレジデントの対応は最悪だった。それだけの話だ。

 

 

「プレジデント。貴方は私の全てを否定した。貴方は私が裏切ったと言うが、私にとっては違う。貴方が先なのだよ」

 

 

 プレジデントの対応は、自分の好みで全て決めるということだ。そこに、理事のプレジデントに対する想いも、献身も、恩も。プレジデントにとっては何の意味も無い。だって、彼にとっては当然だからだ。

 

 ならば、理事の今までやって来た事は無駄だった。理事の努力も実力も。プレジデントの好み一つでひっくり返されるものでしかないのだ。

 

 それは、理事にとっては絶望だった。自分の人生を否定されたに等しい。そして、理事の築き上げた物は他人に放り渡され、価値を貶められ続けている。

 

 

「それが私の裏切った理由の一つだ」

 

「ほう。私を裏切った理由が他にもあると? ならば言ってみたまえ。その御大層な理由を聞いてやろう」

 

 

 プレジデントは話を聞いてくれるらしかった。時間を稼ぎたいのは見え見えだ。ただ、それはカヤツリにとってもそうらしい。だから、有り難く便乗する。

 

 

「手伝ってくれと。そう言われたからだ」

 

「……何? カイザーを裏切れと。そういう風にか?」

 

「いや、違う。そんな事なら、私は首を縦には振らなかった」

 

 

 理事は、くつくつと笑いながら、その時の事を思い出して答える。

 

 

「会社を興すから、助言をくれとな。そう言われた」

 

 

 理事は、ポカンとして、言葉が出ないプレジデントの顔を初めて見た。少しおかしくて、吹き出してしまう。

 

 

「ククク……私も耄碌したものだ。あんなことで満足するとはな」

 

 

 最初は、それを糸口に、何か情報を引き出そうとしているのかとも思った。だが聞いてくるのは、この書類はどう書けばいいとか、添削してくれだとか。そう言った、普通の事ばかりだった。

 

 時々、カイザーの情報を聞いてくることもあったが、深くは聞いてこない。本題はいつも、会社の方だったのだ。 

 

 その間だけは、カヤツリの質問に答えて、色々考えている間だけは、どこか満足している自分がいた。

 

 その理由は、後で気がついた。

 

 

「案外私も、甘かったらしい。まさか、自分が残した物があるだけで満足するなど、そんな風に思うようになるとは、思いもしなかった」

 

 

 初めて会った時は、適当に扱うつもりだった。黒服の頼みで押し付けられた子供に過ぎなかった。

 

 一番最初の仕事は、簡単なモノを振った。勿論、成功して帰って来る。

 

 次からは難しいものを振った。完璧にはいかないが、目標は達成して帰って来る。ここまでなら、何も問題はなかった。

 

 報告を受けて、退出するよう言う理事へ、あの時のカヤツリは聞いたのだ。

 

 

 ──どこが悪かったんですか? 教えてください。

 

 

 そこで、珍しいと思ったのだ。一応、目標は達成しているから、特に文句を言ったわけでは無い。ただ、この子供は理事の不満を見抜いて、何かミスをしたのだと判断したらしい。

 

 逆に聞けば、自覚があるのか。問題の箇所を言ってくる。そこは、理事の思った事と完全では無いものの当たっていた。軽く説明して、やり方を教えて帰す。次の仕事は完璧だった。

 

 そこで、面白そうだと思った。思ってしまったのだ。

 

 

「この子供は私が育てた。私が、ここまで、育て上げたのだ。私が居なければ、こやつはこうはならなかった」

 

 

 理事が経験したこと、失敗したこと、後悔したこと。それらをカヤツリに教えるのは楽しかった。日々変わっていくカヤツリを見るのが楽しかった。黒服が何も言ってこなければ、自分が居なくなった後、後釜に推薦してやるのも悪くないとも思っていた。

 

 

「後継者を育てる。貴方には分からない感情だろう? 全てが自己で完結する。そう思っている貴方ではな。案外いいものだぞ。世界に自分がいた証を残すと言うのはな」

 

 

 その言葉が全てだ。理事が、カイザーを裏切った理由の全てだった。

 

 プレジデントは理解ができなくて、何かを探ろうと理事をじろじろと見ているが、プレジデントが望んだ答えはない。プレジデントにとってそれは、決して理解できないだろうから。

 

 

「貴方には感謝している事もある。私を雇い、理事として重用されたこともそうだが、左遷された先で、思い知ったこともあるのだよ」

 

 

 階下からの戦闘の音が止んだ。その中で、理事の声が響く。

 

 

「人は一人では限界がある。プレジデント。例え、シェマタやサンクトゥムタワーを手に入れたとしてもな。貴方一人でそれを運用出来る訳ではない。そして、それは私もそうだ」

 

 

 廊下の奥から、規則正しい足音が聞こえてくる。

 

 

「返して貰いに来たと、さっき言っただろう? もう分かるのではないか?」

 

 

 理事の後ろに、彼らが並ぶ。

 

 

特殊部隊員(Special Operation Forces)。任務完了のうえ、全員帰還しました。我々一同。帰りを待っていました。理事」

 

 

 返して貰うモノとはこれの事だ。理事であった自分が作った、カイザーPMCの特殊部隊員(Special Operation Forces)。左遷されてから、ジェネラルの手に渡った。理事の残したものの一つ。

 

 全員に秘密裏に声を掛けた時。全員から、自分の提案に乗ると返事が来た時。その時の想いを噛み締めて、理事は高らかに宣言する。

 

 

「我々は、カイザーから退職し、独立する! 私は、私の好きなようにやらせてもらう! 受け取るがいい。プレジデント!」

 

「貴様ら! 貴様らを雇用するものなど、どこにもいない! 退職しても貴様らはカイザーだからだ! この私以外に貴様らと取引する者など! 存在するはずがない!」

 

 

 全員分の退職届を投げつけられたプレジデントがまた怒鳴るが、もう恐れることは無い。

 

 

「いるだろう? 目の前に。ついさっき、企業の協力者を募っていたのを聞かなかったのか?」

 

 

 誰が、カヤツリの事業計画書と開業届を添削したと思っている。自分の身の振り方くらい計画している。それに、カヤツリなら、カイザーだとか元理事だとか。そんな情報は抜きに考える。なぜなら、自分がそう教えたからだ。それくらいには、理事はカヤツリのことを信用していた。

 

 

「もういい……! 貴様らの御託にはうんざりだ!」

 

 

 理事たちがいる会議室。その部屋の大きな窓の外に、カイザーのヘリが滞空していた。それを見て、プレジデントは嗜虐的に笑っていた。

 

 

「君たちに紹介したい人間がいてな。今、到着したようだ」

 

 

 窓がヘリからの銃撃で割られ、部屋の中にヘリのローターの音が響いていたが、大声を出すのに慣れたのだろうプレジデントの声は良く通った。

 

 

「二年前。我々は一人の生徒を保護した。可哀想に、アビドス砂漠で遭難でもしたのか、記憶を失っていた」

 

 

 ヘリの側面のドアが音を立てて開く。そこには一人の、アビドスの制服を着た生徒が立っている。

 

 

「貴様らが縋る契約。それに対して一番の決定権を持つ者。梔子ユメを忘れては困るな」

 

 

 理事は、ヘリの搭乗口に立つ梔子ユメに似た誰かを見て、ため息をつく。

 

 確かに、それなら全てをひっくり返せるだろう。あの契約は梔子ユメが結んだものだ。代理人であるカヤツリよりも、権限は上だ。

 

 このまま、この梔子ユメが、契約の破棄を宣言すれば。売買契約は消滅する。そうすればシェマタの権利は、債権を持つ者同士の奪い合いだ。

 

 今の時点ではまだ、カイザーは債権を持っている。だから、このまま先にシェマタを確保すれば、シェマタの火力で全てを有耶無耶にできる。

 

 プレジデントが話に乗ったのも、このための準備だろう。もう、プレジデントが取れる手段は、これしか残っていない。もう一つあるが、それを選べばカイザーは終わりだ。

 

 

「フフ……何も、言葉がないようだな? 再会の挨拶でもしたらどうかね。君の事など覚えていないだろうがな」

 

 

 プレジデントは黙りこくったカヤツリに勝ち誇る。

 

 

「カヤツリ先輩……」

 

 

 十六夜ノノミや、私募ファンドとネフティス。彼らがカヤツリを心配そうに見つめている。

 

 カヤツリは、静かに見える。落ち着いているように見える。けれど、理事には分かる。

 

 アレは激怒している。怒り過ぎて、もう怒鳴るとか、怒りの表情をだすとか。そういった段階を通り過ぎているのだ。

 

 

「ネフティスとアビドス生徒会の売買契約は、破棄する」

 

 

 カヤツリが黙っている間に、その梔子ユメに似た誰かが、良く響く声で宣言した。

 

 それを聞いたプレジデントは笑いだす。

 

 

「ハハハハハ! これで、売買契約は破棄された! シェマタはカイザーが頂戴する!」

 

 

 勝ち誇るプレジデントを見て、理事は思う。

 

 状況は、はっきり言って微妙だ。あの梔子ユメは偽物だろう。けれど、今の段階では、それはどうでもいいのだ。

 

 プレジデントにとっては、今だけ契約をひっくり返せればいい。梔子ユメが偽物でも構わない。宣言だけさせてしまえばいい。梔子ユメが偽物だと、そう証明するのは時間が掛かる。その間にシェマタを確保すればいい。

 

 契約破りをしたところで、賠償相手を消し飛ばせばいい。そう、プレジデントは思っているのだろう。ある意味それは正しい。

 

 でも、その程度の事はきっと、カヤツリも分かっているのだろう。きっと、何かを企んでいる。三大校に頼んだことが、融資だけなど考えられない。それだけなら、カヤツリは理事に、ここに来る時間を細かく指定はしなかったに違いないのだ。

 

 

「それは、正午前に宣言した場合の話だろ?」

 

 

 カヤツリは落ち着いた、さっきとは違った、感情が読めない声で言う。

 

 カヤツリの言う事は正しい。正午を過ぎれば、梔子ユメの持つ権利は失効する。権利は代理人であるカヤツリへと移行する。だから、この梔子ユメが正午以降に宣言しても、その宣言は意味を持たない。

 

 

「ハッ……遂に気が触れたか? 現実逃避で時計が読めなくなったか?」

 

 

 プレジデントも、そのことは承知している。だからこそ、時間を稼いでいたのだ。理事がここに来てから、正午まで五分あるかないかだった。

 

 

「フフ。貴様の代わりに私が教えてやろう。今は正午一分前だ。もう、分ではなく、秒だがな」

 

 

 プレジデントが、自らの腕時計とこの部屋の時計を指差して勝ち誇る。その間に、時計は正午を指してしまった。

 

 

「これで、私の勝ちだ!」

 

「何か、足りないと思わないか?」

 

「悪あがきか? 醜いな? 何が足りないのだ? 貴様の理解力か?」

 

 

 プレジデントが、カヤツリを煽る。けれど、カヤツリは静かに言うだけだ。

 

 

「そうだな……正午のチャイムとか。なんか静かじゃないか?」

 

「それは聞こえないだけだ。ここから、貴様のアビドス高校まで距離がある」

 

 

 それにカヤツリは頷いて、余裕たっぷりに言う。

 

 

「そうだな。何か大きな音。例えば階下で銃撃戦をしていたり、大声で言い合いでもしていれば、聞こえない事もあるだろうさ。今もヘリのローターが五月蠅いことだしな。そして、そろそろ魔法が解ける時間なんだよ」

 

「何を訳の分からない事を! チャイムが何だと言うのだ! もう一度確認するがいい! まだ正午丁度……」

 

 

 部屋の時計を指差したプレジデントが、そのままの姿勢で固まった。それは、プレジデントだけでなく、カヤツリ以外の全員が固まっていた。

 

 時計の長針が動いていた。時計の12の文字盤から、ゆっくりと進んでいる。そのまま1の文字盤を通り過ぎて、2の文字盤で針は止まった。

 

 プレジデントは焦ったように、自分の腕時計を確認するが、結果は同じだったようで、茫然としている。

 

 

「鐘の音はないが、魔法は解けた。それで、正午がなんだって?」

 

 

 そんな、カヤツリの言葉と共に、遅れていた時間が正しく動き出した。

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