ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「あ、先生! 来てくれたんですね!」
ようやく総会の会場についた先生を見たノノミが、喜びが籠った声を上げた。先生が返事をするよりも早く、先生の後ろから、大きな声がする。
「ノノミ先輩!」
対策委員会の皆が、ノノミの方へ向かって飛び込んでいく。攫われたのだから、当然の行動でもあるし、幾ら身内とはいえ、あの脅しだ。先生含めて全員心配していたのだ。
「ああ、遅かったな。先生」
対策委員会に、もみくちゃにされているノノミを眺めていれば、声を掛けられた。その方向を見ると。理事が、やってきた先生を見て、ため息をついている。
「遅かったって? カヤツリは? それに、プレジデントは?」
カヤツリが手配した大人は、カイザー理事だった。会場入り口までやって来た先生たちを忍び込ませてくれたのは彼だったのだ。
その時に、大体の事情は聞いている。理事は、総会にやって来ているであろうプレジデントと、カヤツリに用があると言って、別行動をとっていた。
辺りを見渡しても、理事と先生の目的であったカヤツリとプレジデントの姿は見えない。
「プレジデントは下だ。その汚れようから見て、外でPMCに襲われただろう?」
「そうだね。急に数が増えたんだ。……下って?」
総会会場への道中は、カイザーPMCがたむろしていた。理事と先生たちは総会が始まる直前に到着する予定だった。そのために、理事からPMCと鉢合わせしない道を聞いたのだが、どういう訳か、いないはずのPMCに襲われてしまったのだ。
「カヤツリのせいだ。奴が時間をずらした。そのせいでPMCの巡回ルートが狂ったらしい。先生のそれは、流石に誤魔化せなかったようだな」
理事はシッテムの箱を指差して、もう一つの理由を口に出す。
「あとはプレジデントが地面へと落とされたのでな。それの捜索もあるのだろう。災難だったな」
「……何があったの? カヤツリが突き落として、それで、逃げてるの?」
いつの間にか、ホシノが隣に立っていて、理事を問い詰めていた。最後に見たカヤツリの剣幕なら、元凶だろうプレジデントに危害を加えてもおかしくなかったし、ここに姿がない理由にもなる。
「いいや違うぞ。小鳥遊ホシノ。プレジデントを突き落としたのは、梔子ユメの偽物だ。カヤツリが居ないのは、奴を追っていったからだ。遅かったというのは、そういう意味だ」
それを聞いたホシノは黙っている。気持ちの整理がつかないのかもしれないし、別の理由かもしれなかった。
「監督官は〜? 監督官はどこ〜?」
理事と先生の間に、間伸びした声が響く。理事は、その声の主を見て、苦い顔をした。
「ハイランダーの小娘か……救援は上手くいったようだな。中々、酷な事実が待っているが」
そこに居たのは、ハイランダーのCCC幹部、橘ヒカリだ。側には、双子の妹である橘ノゾミもいた。
二人とも一昨日会った時の、ホンワカした様な表情や、相手を揶揄う様な表情は鳴りを潜めて、不安と心配が混じった表情をしている。
それは、カイザーPMCに襲われただけではない事は明白だった。
その証拠に、ノゾミが理事ではなく、ネフティスの執事に向かって、ヒカリと同じ事を問う。
「監督官はどこ? ネフティスの護衛でしょ? どこにいるの? まさか、怪我でもしたの?」
二人は、スオウを探しに来たと言う。部下と一緒に総会会場に来ていたのは、砂漠横断鉄道の利権を取得した者の確認の為だと。そこでカイザーPMCに襲われたのだから、心配になって、スオウを探しに来ても不思議ではない。
ノゾミに問われた執事は、言いにくそうに、口を開く。
「いえ、スオウさんは無事です。今のところはですが……」
「じゃあ、何で! ここに居ないの!?」
ノゾミの語気が強くなる。それでも、執事は中々口を開かない。先生には、執事が言葉を選んでいるようにも見えた。
「スオウさんは、ここから逃げました。ここに居ないのは、そういう意味です」
「? 何で? この様子なら、大したこと無かったんでしょ? 監督官なら、このくらい……」
「プレジデントを突き落としたのは奴だからだ。逃げる以外の選択肢は無い」
このやり取りを面倒そうに眺めていた理事が、はっきりと、そう言った。
固まる双子の代わりに、ホシノが理事へと確認する。
「さっきは、ユメ先輩の偽物が突き落としたって……」
「ああ、同じ意味だ。梔子ユメの偽物の正体。それは、朝霧スオウだ」
「そんなわけない!」
ノゾミの方が、信じられないと大声を出す。少し、怒ってもいるのだろう。でも、理事は事実で殴り付ける。
「ならば、何故ここに居ない? 奴はネフティスの護衛の筈。何か、密命でも受けていれば別だがな」
「密命は出しました。お嬢様の護衛を。カヤツリさんが来るまでの。来ないなら、逃がすようにと」
その言葉で、ヒカリの顔が輝いた。心なしかノゾミも安堵した顔に見える。
「でも、お嬢様。カヤツリさんが迎えに来た時に、スオウさんに託されたと。そう言っていましたか?」
ヒカリは、ノノミの方を縋るような目で見るが、ノノミは申し訳無さそうな顔をして、口を開く。
「いいえ、カヤツリ先輩は、誰にも会わなかったと」
それは、朝霧スオウは執事の命令を守らなかったという事だ。
橘姉妹は黙り込む。二人はそのまま何も言わなくなってしまった。それを見た理事は、話にならないと思ったのか。先生へ向けて、さっきまでの出来事を説明してくれた。
カイザーが、シェマタを手に入れようとしていたこと。カヤツリと理事、ネフティスと私募ファンドの協力で、それを止めたこと。最後の切り札として、梔子ユメの偽物を使って契約を無効にしようとしたこと。最後の悪あがきも失敗したプレジデントが、偽物に突き落とされたこと。そして、その偽物がシェマタのある場所──生徒会の谷でカヤツリを待っていること。
ネフティスの執事や、私募ファンドも、同じような説明だった。
「カヤツリが来なければ、奴はシェマタを使うだろう。その可能性は半々だ。だから待てと、止めたのだがな……」
その最中に、どこか理事は悲しそうに呟いていた。
「なら、早くカヤツリを止めないと……」
「何故止める? 小鳥遊ホシノ」
理事は、静かに。ホシノに向かって問うた。ホシノは困惑の表情で答える。
「だって、カヤツリが一人でやる必要なんか……」
「そんな、ありきたりな答えでは、カヤツリは止まらんぞ」
理事は意地悪ではなく、真剣にホシノを見つめていた。そして、その理由も答える。
「カヤツリは、朝霧スオウを再起不能にするつもりだ。それほどまでに、奴はカヤツリを怒らせた。もう、カヤツリは止まらんよ」
「再起不能って……まさか」
思わず、先生は口を挟んでしまった。それは最悪の展開だからだ。同じことを想像したのか、ホシノも顔色が悪くなっている。
「お前たちの想像通りの事はするまい。カヤツリは、朝霧スオウの居場所を奪うと言った。命ではない」
その場の全員が、ほっと胸をなでおろしたのを見て、理事の言葉が厳しくなった。
「何を安心している。直接奪わないだけだ。それと同等の事をカヤツリはするだろう。恐らくは、ハイランダーに抗議するつもりだ。生徒としてではなく、砂漠横断鉄道の権利者として」
それが、何を意味するのか。執事と理事、橘姉妹以外は分からない。逆に四人は厳しい表情をしていた。
「お前の所の監察官が契約を妨害した。あまつさえ、自治区を滅ぼしかけた。企業と裏取引して、自治区を手に入れようとしたのか? テロリストを送り込んだのか? それくらいの事は言うだろう。私ですら思いつくのだ。カヤツリが思いつかないはずがない」
「そうすれば、ハイランダーは朝霧スオウを退学処分にするでしょう。そうしなければ、ハイランダーの存続すら危うい。テロリストを庇うようなモノです。下手を打てば、他の自治区からも撤退を余儀なくされる」
「それも、砂漠横断鉄道の利権をちらつかせてだ。断る選択肢は、ハイランダーに無いだろう。利権とテロリスト。どちらを取るかなど明白だ」
先生は、事態の深刻さを悟った。
学園都市であるキヴォトスで、退学処分というのはとてつもなく重い処分だ。学生証はその生徒の身分証明書だ。それが無くては生活ができない。
それなら、他の学園に入学する。そういった手もある。だが、彼女はテロリストだ。テロリストを入学させる学園などない。
「そのうえ、カイザーからの追っ手も掛かる。プレジデントは執念深い。裏切った相手を許さない。私なら何とでもなるが、朝霧スオウでは厳しいだろう。直ぐに野垂れ死にするだろうな」
学園に通わない集団もいる。ヘルメット団やスケバンだ。彼女たちの仲間になる。そういった手もある。悪名は何とかなるかもしれない。むしろ畏敬の目で見られるかもしれない。
だが、カイザーの追手がいるとなれば話は別だ。途端に疫病神扱いになるだろう。だれも、彼女を受け入れる集団などない。最初は良いだろうが、最後までは逃げきれない。最後は一人で死ぬしかない。
「その事実を、カヤツリは朝霧スオウに突き付ける。恐らく戦闘不能にした後にな。朝霧スオウの選択の結果を突きつける」
「何で、そんなことを……」
思わずと言った様子で言葉を零したアヤネに、理事は厳しい目を向けた。
「お前たちを守るためだ。そのために、カヤツリはここまでする必要があると判断した」
「やり過ぎじゃない! そこまでいったら……」
「それでは、朝霧スオウのやったことはなんだ? 自身の目的の為に、アビドスの復興を妨害した。今もシェマタで何かをしようとしている。そして、カヤツリの思い出を汚した。それは、お前たちの言うやり過ぎには、入らないのか?」
セリカは言葉を詰まらせた。理事の言いたいことが、カヤツリが思った事が。ようやく分かり始めてきた。
「プレジデントは分かっていた。ああは言っていたが、カヤツリの危険性は認めていた。だから、あの手段は最終手段だった。恐らくは事前に説明されただろうそれを、朝霧スオウは台無しにした。それはつまるところ、朝霧スオウは何も分かっていないと言う事だ。よく言うだろう。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶとな」
「また、同じことをするかもしれない。そう、カヤツリは思ったんだね?」
理事は無言でため息をつく。それは、正解だと言う事なのだろう。
「朝霧スオウは愚者だ。それも、とびきりのな。力があればなんとかなると思っている。それの矯正には、相応の
理事の言葉に先生は、どうしたものかと考え込む。
カヤツリの懸念は分かる。朝霧スオウはやり過ぎた。もう、見逃すという選択肢をカヤツリは取れないのだろう。あのシャーレで聞いたカヤツリの想い。それらをすべて踏みにじる行為だからだ。
かといって、カヤツリにそんな手段をとってほしくはない。これは個人的な感情だが、それでもだ。そしてセイアから言われた言葉を思い出す。
──カヤツリを気に掛けてやってほしい。あの時のミカのような感じがした。
セイアが言うミカは、彼女の友人だ。そして、トリニティでクーデターを起こした人間でもある。
今はもう和解しているが、その間に様々なことがあった。セイアが言ったのは、その内の一つだろう。ミカは、全ての元凶だと思った相手に復讐しようとした。それこそ、その人間の大事なモノ全てを奪おうとした。
その件はもう解決している。復讐は未遂で終わり、ミカはそれを飲み込むことが出来た。セイアが言ったのは、復讐に走った時のミカだろう。
カヤツリも似た状態なのだ。そして、それを取ったカヤツリは、どうするつもりなのか。理事をちらりと見ると、理事は言葉少なく答えた。
「……アビドスからは出て行かないだろうが、対策委員会には顔を出さないだろう。怒り狂いながらも、自分と、お前たちを天秤にかけて、お前たちを取った。一人で行ったのは、止められるのが分かっているからだ。バカ者め……」
そこで、理事がホシノに掛けた言葉の意味がようやく分かった。きっと、カヤツリを止められるのは、ホシノだけなのだろう。
理事は、またため息をつくと、ホシノを正面から見た。
「私はお前が嫌いだ。それと梔子ユメもな。お前たちは、私からカヤツリを奪った。今も、お前たちのせいで、カヤツリはこんなことをしている。それでも、認めねばなるまいよ。カヤツリを止められるのは、お前だけだ。小鳥遊ホシノ」
ホシノが目を見開いていた。理事が、そんなことを言うとは思わなかったからだろう。実際、先生も驚いた。
「過去のカヤツリを導いたのは私と黒服だ。しかし、今はお前たちなのだろう。私だけでは、ああはならなかった。それは、カヤツリも分かっているはずだ。だからこそ、ここまでしている。お前たちとの日々は、何よりも大切なのだろうよ。だから、お前の言葉で納得させられれば、カヤツリは止まるだろう」
ホシノは理事の言葉を聞いて、何事かを考えているようだった。そして、理事に向かって答える。
「分かった。私が思う事を言えばいいんだね」
「そうだ。先ほどの行儀の良い答えではなくだ。梔子ユメが居ない今、お前の本当の言葉でなければ届かない。用意は出来ているのか?」
「うん。とびきりのがある。安心していいよ」
「フン……」
理事は、もう何も言わなかった。もう、言うべきことは言った。そういった様子だった。
しかし、もう一つ問題がある。カヤツリは止まるだろうが、朝霧スオウの方だ。彼女を止めなければならない。それには、彼女の目的を知ることが必要だった。
「執事さん。スオウさんは何者なんですか?」
同じことを思ったのか、ネフティスの執事に向かって、ノノミが質問していた。彼女を連れてきたのはネフティスだ。一番情報を持っているだろう。
ヒナとマトは、部下から情報が来たとかで、席を外している。二度手間になってしまったなと、先生は思った。
「彼女は、学校に通いもしないで、辺りを彷徨っていた流れ者でした。そこをスカウトしたのが始まりです」
執事は語る。ハイランダーへ入学するノノミの為の護衛。それが、スオウだったと。
「ハイランダーは、我々ネフティスの手が及ばない場所です。彼女は、その為の護衛でした。流れ者ゆえ、どこにも靡かない。実力を買われていた筈のカイザーまで辞めたくらいの筋金入り。我々が求めている人材でした。しかし、その話はなかった事になりました」
「私が、逃げ出したから……」
執事は、何も言わなかったが。その通りなのだ。ノノミのせいで、スオウは役目を果たせなくなった。
時々ノノミを見る恨みがましい目。あれは、きっとその事だろう。
「じゃあ、それの復讐ってこと? だから、ノノミ先輩を誘き寄せたの? こうなったのはノノミ先輩のせいだぞって」
セリカが、頭に思ったであろうことを言うが、先生としては違うと思った。
スオウの目的が、かつて、反故にされた約束の履行であると仮定する。それだと、カヤツリを挑発する理由がない。どうにも行動が一貫していない。まだ情報が足りない。
「スオウさんは、カイザーPMCに居たんですか?」
アヤネの質問に理事は頷く。だから、カヤツリの過去を知っていたのだろう。
「ああ、居たとも。中々の実力者だった。カヤツリに叩きのめされたがな。しばらくは、カヤツリについて回っていた。黒服の指示で居なくなってからは逆転したが」
「逆転?」
「ああ、見限ったのだろうよ。朝霧スオウは力の信奉者だ。自分が欲しくてたまらなかった、カイザーPMCの最強の座。自身が至れる最高の座である私の護衛。それを捨てたカヤツリが信じられなかったのだろうさ。私が護衛を断った後、直ぐにカイザーPMCを辞めた」
そこに、ネフティスが接触したのだろう。どことなく、スオウの目的が見えたような気がする。
「彼女は、認められたいのかい? その方法が力だと? そう思っている?」
先生は仮説を口に出す。どうにも力に拘っているように見える。カヤツリに負けた後、執着したのもそれが理由だろう。だが、それが解せない。力は手段だ。何かを手に入れるために使う物のはずだ。目的、それが承認欲求なのだろうか?
「少なくとも、カイザーPMCに居た時はそうだったはずだ。ネフティスの時もな。しかし、奴は裏切り続けている。ネフティスもプレジデントもだ。承認欲求とは真逆の行為のはずだ」
裏切るという事は、目的から逸れたから裏切ったのだろう。ネフティスが最初で、カイザーが後だ。
ネフティスは最初、私募ファンドと共謀し、カヤツリから砂漠横断鉄道の権利を奪おうとした。途中でカイザーが介入。シャーレを襲撃し、カヤツリを襲う。そこで、スオウは介入している。
つまりは、カイザーにカヤツリを捕まえて欲しかったのだ。
その後、ノノミをネフティスの待つ場所まで誘引した。ネフティスにノノミを捕まえて欲しかったことが分かる。
その後、ネフティスを裏切っている。
「ノノミに、ハイランダーに来てほしかった?」
執事の真意は違ったが、命令されるまではそう思っていたはずだ。それで、命令を受けた時にそれを知ったのだろう。ノノミを逃がせと言う事は、ハイランダーには行かないと言う事だから。
その後、カイザーに寝返っている。何時からというのは簡単だ。最初からだ。アビドスの債権が売られた時から誘いがあったはず。その時に、なんと言われたのだろうか?
「カヤツリが捕まればどうなる?」
カイザーがシェマタを手に入れる。そうでなくとも、私募ファンドかネフティスが手に入れるだろう。カヤツリにだけは渡すわけにはいかなかった? その違いはなんだ?
「ノノミがハイランダーに転校すればどうなる?」
かつての依頼がようやく果たされる。あの依頼を何とかして果たしたかった? それとも、ただハイランダーに居て欲しいだけなのだろうか。
そこまで考えて、一つの考えが浮かんだ。それは、ありふれた、ありきたりな願いだった。子供なら持って当然の願いだ。
「ねぇ、ヒカリとノゾミは、どうしてここまで来たの?」
先生は黙ったままの二人の姉妹に聞いた。二人は落ち込んでいたが、ヒカリの方が、先生に答えてくれた。
「連絡が来たのー……今日のこの時間。総会が始まる時間は、来るなって。危ないからって。だから、帰れって。私は強いから、心配いらないって。でも、ヒカリたちは心配だったから……」
「二人にとって、スオウは仲間なんだね……」
続けて、二人に聞く。
「いつもスオウと一緒に仕事してるの?」
「そうだね……他の奴らは仕事が適当だし、監督官が一番組むのが多いかも。敵対してるって監督官は言うけど……あの人は真面目だからさ。毎回助けてくれるんだ。今回の仕事だって、急に担当になるって……急だから、余程無理したと思うんだ。けど……」
それは、このためだったのかな。そう寂しそうにノゾミは呟くが、先生は首を横に振る。
先生の考えが正しければ、それは違う理由だ。ノゾミの言う理由もあったのかもしれない。けれど、本当の理由は違うはずだ。
「いつ、この仕事の担当に決まったの?」
「えー? ヒカリたちがアビドス砂漠で工事をした日だよー」
「他の幹部はテキトーだからね。私たちしか空いてなかった。しかも当日だよ? 信じられる? 行き違いとか、伝達ミスなんか仕方ないと思うんだけど」
その日のスオウの様子を思い出す。いいタイミングだったとカヤツリは言った。近くで見ていたに違いないと。でも、本当は違うのではないか? 必死に急いで、本当にギリギリで間に合ったのではないか?
あと一つだけ、材料が必要だった。それがあれば、スオウの目的は分かるはずだった。
「……どうしたの?」
静まり返った会場に入ってきたヒナが目を丸くしていた。後から来たマトも、同じ様な事を言う。
「どうしたんだい? カヤツリの跡を追わないのかい? ここに居ないってことは何か、あったんだろう?」
「うん。その前に、何か連絡があったんだろう? スオウの事に関してなら教えて欲しいんだ」
「え? 朝霧スオウがどこの中学出身だったか。それだけだよ。それを知ったところで……」
「それが大事なんだ」
真剣な顔で言う先生に、マトは困惑の表情で答えた。
「私立ネフティス中学だよ。そこは、十六夜ノノミの出身校さ。彼女の卒業と同時に、廃校になる事が決まってた」
「ええ、その通りです」
執事が同意して、続きを話す。
「もう、あの時のアビドスは限界でした。新入生もいない。あの場所は、お嬢様の為だけに存在していたのです」
「他の在校生は?」
「他の学園に転校しました。そのための手配はさせてもらいましたが……」
何人かは拒否したのだろう。その中の一人がスオウだった。自分がいた場所が、大人の都合で奪われて、その理由がどうしようもないものだったと知った時。その場所が、たった一人の為に存在していたのだと知った時。殆どの同級生が故郷を捨てた時、彼女はどう思ったのだろうか。
彼女には、力への渇望しかないのだろうか。そんな空っぽな人間は存在するのだろうか。
先生は、そうは思わない。もし、そんな人間がいたとして。そんな人間は、心配などされないからだ。そこまでの物を積み上げられない。
だから、スオウはハイランダーで何かを手にしたのだろう。それが壊れそうになっているから、若しくは壊れたと思ったから、ここまでの事を仕出かした。
スオウの求める物はある程度予想がついた。それをきっと、今の彼女は忘れてしまったのだ。手段と目的が入れ替わって、彼女自身ではどうしようもないところまで来てしまった。
──捻じれて曲がった嫌な気配を感じます。先生。何かがおかしいです。私も調べますが……どうか、お気をつけて。
シャーレから脱出した直後のプラナの言葉を思い出す。そして、この騒動で出会った人々も。
どこか、視野が狭くなっているような気がした。プレジデントも話を聞く限り、そんな感想を抱く。それに、奇妙な偶然が頻発している。
カヤツリも言っていた。誰かが裏で動いていると。カヤツリは、それがスオウだと思ったようだが、もう一人いるのかもしれない。
「ヒカリ、ノゾミ。協力してほしいんだ。スオウも止められるかもしれない」
「生徒会の谷だっけ。そこまで連れて行けって言うんでしょ。そこの執事さんの話じゃ線路も繋がってるみたいだし、いいよ。恩もあるから連れて行ってあげる」
言う事を先回りされた先生に、ノゾミは、真剣な顔で言う。
「その代わりに、約束して。監督官を止めて。あの人は、監督官は、それだけの人じゃないって……」
「もちろんだよ。私は先生だからね。絶対に止めてみせるよ」
安心したように笑う、ヒカリとノゾミを見て、先生は決意を新たにする。全てが終わるまで、あともう少しだった。