ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「よし、何から話そうか?」
ホシノはそう言って、眼帯ちゃんから離れた場所。一本道の通路に、カヤツリを連れ込んだ。
カヤツリは、黙ってホシノに着いて来てくれていたが、何か気がかりなのか、上の方をちらちら見ている。
「先生たちは取り込み中。カヤツリが何もやることは無いよ」
ホシノの言葉の通りに、何十段も階段を上がった場所に、先生たちの姿が小さく見える。かなり遠くまで連れて来たから、先生たちの声は聞こえない。風も強いせいもあるが、ホシノたちの話を聞かれても困るから好都合だった。
「……何で来た?」
正面に立つカヤツリは、砂塗れだった。その上、破れた制服の脇腹には青痣が覗いていた。
昔によく見た傷だ。模擬戦でヒットアンドアウェイ戦法を取るホシノに一撃を入れそうになったやり方だ。結局カヤツリは六連射に耐え切れなくて、落ち込んでいたのを覚えている。今も正に、そんな顔だった。
ここに来るまでの列車の中で、ホシノたちは眼帯ちゃんの動機を聞いている。ホシノには何となく、カヤツリが一人で行った理由が分かった気がした。理事の言っていることもあるのだろう。でも、きっと、それだけでなくて、今もこんな顔をしている理由でもある。
「もう、良いって。そう言ったじゃないか。全部が終わるまでは、距離を置く。そういう話だったはずだ。態々、ここまで怒りに来たのか?」
カヤツリは張り詰めていた。戦闘の直ぐ後だと言う事もあるのだろう。でも、それだけではない事をホシノは知っている。
階段を利用して、二段ほど高い場所にホシノは陣取る。これで、カヤツリと目線があった。
「うん。怒ってるよ」
ホシノの言葉に、カヤツリは少しだけ震えた。カヤツリは自覚がある。自分が悪い事をしていると言う自覚。それだけではないけれど、清廉潔白で、一片の曇りもない。そう断言はできない。
だから、ここまで抵抗もせずに引きずられてきた。カヤツリは知らないから、カヤツリが最後に話したのは電話口だ。ノノミちゃんから話はある程度聞いているだろう。でも、ノノミちゃんとカヤツリが知らない事実は幾つかある。
「何で一人で行ったの? 理由は理事から聞いたけど」
「なら、分かるだろ。奴の心をへし折る必要があった。また、こんなことをされちゃ敵わない。対処できるときに、対処はすべきだ」
カヤツリからは予想通りの答えが返ってきた。それは、正しい。正しいが、それだけだ。
「そんなに、嫌だったの?」
「そりゃあ。そうだ。だれが、後輩たちの前で、こんな姿を見せたいと思うんだ? 最悪だ。人が気にしている過去を引きずり出された。全く愉快な気分じゃない」
「嫌だったのは、それじゃないよね。私が追いかけてくることくらいは分かってるはずだよ?」
ホシノの言葉でカヤツリは黙った。ホシノは、きっとカヤツリにとっての一番の理由を口に出す。
「嫌だったのは、全部カヤツリのせいってところでしょ。少なくとも、カヤツリはそう思った。違う?」
カヤツリは何も言わなかった。つまりは正解だと言う事だ。
さっきの発言も勿論、理由の一つではあるのだろう。ただカヤツリにとっては、比重はそれほど大きくない。
後輩たちの前で、過去の自分を見せるのが嫌だったと言う。そのカヤツリの気持ちは分かる。
あの夜。カヤツリが好きだと言ってくれたあの夜に言っていたことだからだ。ホシノはあの時の言葉を覚えている。
汚い大人の真似をするのが嫌だったと。それが恥ずかしかったと。そんな自分で居たくなかったと。
でも、今回は、それをしなければならなかった。それの元凶に怒っていたのは本当だ。カヤツリも最初はそうだったのだろう。
「思い出したんでしょ? 昔、眼帯ちゃんと会った事。それで、気づいたんだよね」
眼帯ちゃんはハイランダーを守りたかったんじゃないかと、先生は言った。
ハイランダーを守るためには、カヤツリの敵意を自身に向けなければならないとも。
一度、完膚なきまでに負けた相手と戦う。しかも、相手の土俵で、相手を怒らせて。負ければすべてを失う。その恐怖を塗りつぶすには、必死に思い込むしかなかったんじゃないかと。
「今回の件は、全部。カヤツリのせいだって。砂漠横断鉄道も、私募ファンドもネフティスも、シロコちゃん達が傷ついたのも、先生が襲われたのも、私と喧嘩したのも、カヤツリ以外の全員に迷惑を掛けて、辛い思いをさせた。ぜーんぶ、カヤツリのせい。だから、一人で何とかする。これ以上は私たちを巻き込めない。そう、思ったんでしょ?」
だから、一人で行ったのだ。皆を、先生を、ホシノを置いて。一人で。自分が起こした不始末をつけるために。そうしなければ、顔を合わせられないと思って。
カヤツリは、そう言う所があるから。
「でも、そこまでしなくていいよ」
「あの時の良いよは、そういう意味か……愛想が尽きたか? なら、好きにすればいい。俺は、ずっと隠してたんだからな」
なんだか、急にカヤツリはボロボロに見えた。眼帯ちゃんの戦いのせいではないはずなのに、どこか絶望したかのような顔をしている。
手帳の事だ。カヤツリが隠していた手帳の事。それをホシノから隠していた事。
カヤツリは、ホシノが、そのことで怒っていると思っているらしい。ユメ先輩の事を隠していた。それは、確かに腹が立つ。
カヤツリはどうせ、ホシノに失望されると思っていたのだ。それで、こっぴどく振られるとでも。後先考えないで突っ走ったのもそうだ。一人で何とかしなければいけない。そんな事を思った。
先生は、カヤツリの事について、何も言わなかった。話は聞いているはずだが、何も。
きっと、それはホシノがカヤツリと話さないといけない事なのだ。
「そうじゃないよ。私が怒ってるのは、そこじゃない」
でも、そう思うカヤツリの方に腹が立った。もう怒っていると言われるかもしれないけれど。確かに取り乱すだろう。受け止めきれない自信がまだある。あのことはまだ呑み込めない。癒えない過去の傷。
ホシノがカヤツリの立場でも同じようにする。実際に、そうしようとした。
「ここまで、事態が拗れたのはカヤツリのせいかもしれないよ? でも、今回の事の発端はカイザーだよね?」
「そうだが……」
「皆に迷惑を掛けたからって? 一人で、全部、そうしなきゃいけないって。そう思ってる?」
カヤツリの思考は、手に取るように分かる。なにせ、ホシノと同じような感じがする。それが嬉しくもあり、悲しくもあった。
「カヤツリが会社を作ったことは聞いたよ。先生からね。その理由も、先生が推測してくれた。これから先の事を考えたので合ってる?」
何か訝しむ顔をしながら、こくりとカヤツリは頷いた。
「いつまで、カヤツリは他人の面倒を見るの?」
カヤツリはキョトンとした顔をしていた。きっと、そんなことを考えた事すらなかったに違いなかった。
先の事を考えているくせして、皆が、自分が大人になる事を考えているくせして。カヤツリは自分以外を、まるで子供みたいに思っている。
ずっと、自分の事は二の次だ。ホシノとて、人の事は言えない。少し前まで、そんな事すら気がついていなかった。
「もう、皆。私たちが付きっ切りで面倒を見なくてもいいんだよ。少なくとも、今日のノノミちゃんは、そうだったんじゃないの?」
ホシノたちが来る前に、総会の会場で起こったことを聞いた。
ノノミちゃんは、逃げないのだと言う。もう、ネフティスであることから逃げないし、その上で、アビドスに居ると。
それは、二年前のノノミちゃんとは違った。迷子みたいに、何かに迷うノノミちゃんは、もうそこには居なかった。
もう、ノノミちゃんは助けられるだけの娘ではない。そう、思ったのだ。
「それは、そうだが……他の後輩たちが……」
「シロコちゃんも、他の皆もそうだよ」
カヤツリの心配を、ホシノは優しく否定した。
「……何を」
「ノノミちゃんが攫われた後に、色々あったの。シロコちゃんが、アヤネちゃんやセリカちゃんも、私を止めたんだよ。私に大事なことを伝えてくれた。さっきの良いって言うのは、そういう意味で言ったの」
だから、もう、良いのだ。
「今までみたいに全部、一人で何とかしなくていいよ。もう、シロコちゃん達は、そこまでしなくてもいいくらいになったんだよ」
もう、シロコちゃん達は、大丈夫だ。もしかしたら、自分たちよりも。
話の途中から、カヤツリの視線を感じる。何となく、言いたいことは分かる。
「私は、大丈夫かって? そう言いたいの?」
「そうだ。誰の面倒も見なくていいんだろ」
内心で、ホシノは大きなため息をついた。完全に、思い込みが入っているからだ。悪いよう、悪いように考えている。それは、今までの不運の数々を考えれば仕方ないのかもしれない。
そうでない。そう言うのは簡単だ。でも、それでは、カヤツリの心に届かない気がする。たぶん、ホシノの心の内を話さないと駄目なのだろう。あの時のシロコちゃん達のように。
「まず、言うけど。怒ってるのはね。私を置いて行ったこと。何も言ってくれなかったこと。信用してくれなかったこと」
何となく、分かる。あの時の電話口での、カヤツリの言葉を思い出せばわかるのだ。
「手帳の中身を読んだ今なら分かるよ。私はアレに耐えられないって」
「それで、怒ってるのか? 俺の気持ちを、配慮を、分かったうえで。それでも気に入らないって?」
「うん。だって、待ってくれなかったでしょ」
今すぐでなくとも、話そうとはしてくれていた。理由は、ホシノの事を考えてくれていたから。勿論、ユメ先輩の事もあるのだろう。百パーセント、ホシノだけが理由ではない。それが、ホシノは嫌だった。
だから、電話口で怒った。八つ当たりだ。
でも、総会の会場で待っていてくれても良かった。それか、伝言でも、それすらなかった。
「何も私に言ってくれなかった。理屈と正しさで武装して、その機会も設けてくれなかった。あまつさえ、アレは、何?」
思い出して、ムカムカしてきた。
ホシノは、カヤツリと話したかった。その内容が、罵倒でも、恨み事でも。それでも話したかった。
「紙じゃなきゃ、話せなかった? ああいう物じゃないと、私が納得しないと思った? アレを渡されて、私が喜ぶとでも思ったの?」
それなのに、カヤツリが寄こしたのは、あんな紙切れ一枚だ。
「ああでもしないと、話を聞かないと思ったの? 私は、そう思ったよ。信用してくれないのかって」
「違う。そんな意味じゃない」
ずるいなと、ホシノは思う。カヤツリがそう思っていないのは、最初から分かっているから。これでは誘導尋問だ。
ようやく、カヤツリが口を開くのを見て、ホシノは笑う。
これだけの事をするのに、長い時間と、手間と、迷惑が掛かった。何とも、自分たちはどうしようもないからだ。
「どういう意味?」
「あれは、その場で用意したんじゃないし……本当は、ちゃんとするつもりだったんだよ」
知っている。それなら、初志貫徹してほしかった。
「じゃあ、後で渡せばよかったよね。なんで、先生伝手なのさ」
「アレは、先生ならうまく使えるかもしれないと思った。俺が居ない中で頼れるのは先生だけだ。だから、役に立ちそうなのは全部渡そうと思った。いや。言い訳か。本当はホシノに対して、どうすれば良いのか分からなかった。俺は酷いことをしたから」
「手帳の事?」
カヤツリは落ち込んだように頷いていた。
「事情があって忘れてたとはいえ、ちゃんと話さないといけない事だった。でも、俺は。砂漠横断鉄道の件が終わってからとか、今はごたついてるからとか。会社のことだって、皆の驚く顔が見たかったとか。色々な理由をつけて先延ばしにした」
またのため息とともに、カヤツリは天を仰いだ。
「その結果がこれだ。起きて欲しくない事が、最悪のタイミングで起爆した。一人でやったことが、全員に迷惑を掛けた。……こんなの俺は初めてで、どうすれば良いのか分からなかった」
「だから、私と顔を合わせなかったの?」
「そうだよ。俺は、何度も言われてたのに。ホシノは頼られてほしい事を知っていたのに。そうしなかった。そのせいで、迷惑を掛けて傷つけた。合わせる顔なんかないし、愛想をつかされるのが怖かった」
それは無用の心配なのだが、カヤツリはそうでないのだろう。ホシノは、一応の確認をする。
「それで、さっき面倒を見なくていいよって言われて、あんな酷い顔になったの?」
「それ以外の何がある? 実際、シロコやノノミ後輩は自分で乗り越えたんだろ。もう、俺はいらない。それなら、後始末だけすればいい」
顎をしゃくって、先を促す。凄い言いにくそうにカヤツリは話す。
「だから、ここまで来た。全部終わらせた後の事は何も考えてない。嫌で、考えられなかった」
珍しい、カヤツリの年相応の姿だった。そのせいか、いつもの勘の良さが全く発揮されていない。いや、ホシノ相手じゃ勘は悪いのがいつもだった。
後輩たちの面倒は見なくていいと言った。確かにそれはそうだ。でも、まだカヤツリが面倒を見るべき人間は残っている。
「私は、カヤツリに言わなきゃいけない事があるんだ。聞いてくれる?」
カヤツリは何も言わない。少しばかり怯えているように見える。最後の会話が喧嘩別れだからだ。そして、カヤツリはホシノが怒っていると思っている。そして愛想をつかしたと思っている。
ホシノは愛想をつかしていない。
だから、あの時にペンを手に取った。
カヤツリが心配することは何もない。ホシノが、あの電話口で怒ったままなのが悪いのだから。
それを謝ってからが本番だ。そうしてから、ようやく本題に入ることが出来る。
「私はね。カヤツリ」
それは、かつてホシノができなかったことだ。ユメ先輩にできなかったこと。それは、もう取り返せない。まだ癒えない傷として残っている。この傷は一生付き合っていくしかない。一人では向き合えない。過去のホシノはそうだった。
でも、今は違う。カヤツリが居てくれる。ホシノの事を分かってくれようとしている。同じ苦しみを味わったカヤツリが居てくれる。
二人なら何とかなる。そう思える。今回はカヤツリが失敗したと、カヤツリが思っているが、ホシノだって悪いところはあるのだ。まずは、それを謝らなければならない。
同じ傷を持つ者同士。こうして、持ちつ持たれつでやっていば良い。それが、ホシノは良いのだ。
こうすることで、ようやく前が向けるような気がするのだ。いつかは、完全に前を向ける日が来るかもしれない。
「電話で怒ってご──」
「二人とも!! 逃げて!!」
ホシノの言葉を遮って、先生の大声が響いた。
声の方を見やれば、先生たち全員が。眼帯ちゃんですら、必死の形相でこちらに叫んでいる。
逃げるも何も、何が起こっているのか理解が及ばないホシノは、ようやく何かに気がついた。
「何? あれ?」
先生たちの居る高所から、包みに端末が巻き付けてある何かが転がってきている。
かなりの距離を転がってきたようで、かなりの速度でこちらに近づいてきていた。何とか止めようと、シロコちゃん達が銃を向けているのが見えた。全く当たっていないけれど。
「リモコン爆弾? ……カヤツリは後ろに居て。シールドで防いで、やり過ごすよ」
ここは狭い通路だ。しかも一本道の階段。左右に避けても、途中で爆発すれば爆風に飲み込まれる。下に逃げても加速がついた爆弾に追いつかれる。
それなら、シールドで防いだほうが問題はない。ビナーの砲撃すら防げるのだ。心配はない。それに爆発せずに通り過ぎるかもしれない。
「ダメだ! ホシノ! それはアリウスの──」
風が急に強くなって、先生の声が最後まで良く聞こえなかった。気にはなるが、もう逃げる余裕はないし、逃げるにしても場所が悪すぎる。
「何!? カヤツリ!? どうしたの?」
先生の声を聞いた瞬間。後ろにいたはずのカヤツリが、ホシノを抱きかかえていた。これでは、シールドを構えられない。困惑が勝って、カヤツリに抵抗する。
けれど、カヤツリは放してくれなかった。そのまま、通路から、ホシノを放り出そうとしている。
「何考えてるの! 止めて! カヤツリ!!」
「いいか、ホシノ。これはホシノのせいじゃない。これは、俺がやりたいからやるんだ」
訳の分からない言葉を、優しい口調で言ったカヤツリが、そのままホシノを爆弾から遠ざかる様に投げ飛ばした。
かなりの加速度と共に、その場からホシノは遠ざかる。
さっき迄いた場所に、リモコン爆弾が到達する。それと同時に、カヤツリが爆風に飲み込まれるのが見えた。
そして、何かが割れるような。そんな不吉な音が、ホシノの耳に残った。