ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「うあっ!」
ホシノは砂原に投げ出された。かなりの高さからだったから、背中を打って、呻き声が出る。
衝撃で視界がぐらついて、何が起きたか良く分からない。見えるのは暮れかかっている夕日だけだ。
「カヤツリ! 返事して!」
爆発にカヤツリは巻き込まれたはずだ。早く迎えに行かなければならなかった。大声を張り上げるが返事はない。
ホシノが放り投げられた場所からは、黒煙が立ち上っている。
あの程度の大きさの爆弾なら、カヤツリの耐久なら大丈夫だ。だから、カヤツリはホシノをここまで投げ飛ばしたのだろう。
大の字の状態から起き上がった。そんなホシノの隣から、なにかが落ちる音がした。
「え? 何のお……と……」
それは、何か重いものが落ちる音だった。固いモノではなく、重くて柔らかいモノ。水の入った袋を地面に落とした時のような音。
その方向を見たホシノは、声が上手く出なかった。
「あ……? え……?」
音の出所には、カヤツリが居た。ホシノと同じように、大の字で砂原に仰向けになっている。ただ、ホシノとは違って、身体に力はなく、カヤツリの下の砂はどんどん紅く染まってきていた。
「嫌だ! カヤツリ!」
ここまで爆発で飛ばされてきたのだろうカヤツリに、ホシノは飛びついて、悲鳴を上げる。
「なんで! こんなに傷だらけなの!?」
カヤツリの身体は傷だらけで血まみれだった。傷口には石や何かの破片が食い込んでいるし、熱で火傷をしているようなところもある。そんな事はあり得なかった。この程度の爆発はカヤツリにとって大したことは無いはずなのに!
「止まって! 止まってよ! お願いだから! 行かないでよ!」
血まみれになるのも構わずに、脇腹の大きな傷を抑え込む。でも、砂の上の紅はどんどん大きくなっている。
「カヤツリ!! 返事して! 私が分か……ああ!」
カヤツリの顔を見て、ホシノはまた悲鳴を上げた。カヤツリの目はホシノを見ていた。でも、その目を見て、分かってしまったからだ。
ユメ先輩を見つけた時と一緒だった。その時の目と一緒だった。がらんどうの、何にも感じない目がホシノを見つめていた。
「うううう……嫌だ。嫌だよ……お願いだから……」
もう、ここにカヤツリはいない。そのことを突きつけられても、ホシノは血を止めるのを止められない。
それは、諦めたことになってしまう。それは、ホシノがカヤツリを見殺しにするようなものだからだ。
──本当は分かっているのだろう?
自分の中の冷静な部分が声を上げる。でも、それは認められなかった。
だって、まだ、こんなに温かい。このまま抑え続けてさえいれば、先生たちがやって来て、何とかしてくれるはずだ。
──ここはどこだと思っている? あの列車でここに来るまで、どれだけかかった?
ここに来るまで数時間かかっている。総会会場から出たのが正午で、今は夕方だからだ。このままカヤツリが保つとは思えない。
──それに、医療知識を持つ人間も、それらを振るえる人間もいない。
希望的観測として、アヤネちゃんやヒナちゃん、マトちゃんは持っていそうではある。だが、ここまでの傷は範囲外だろう。
──もう死んでいる。その証拠に全く動かない。
「うるさい……」
頭に響く声に、反論する。それでも、その声は止んではくれないのだ。
──そもそも。こうなったのは、お前のせいだろう?
「……私の……せい……?」
ホシノは、何の言い訳も思いつかなかった。ただ、そこにある事実を反芻することしかできなかった。
あの爆弾は何か特別だったのだろう。それを先生は知っていた。だから、”逃げろ”とそう警告してくれたのに。
たかが爆弾だと。ようやくカヤツリと話せて、これから先の事を考えていたから、浮かれていたのだ。だから、盾で防ごうなんてしてしまった。
カヤツリは分かっていた。カヤツリは自分なんかより賢いから。だから、状況をあの瞬間に把握したのだろう。
ホシノに説明する時間はない。躱す暇もない。無傷ではいられない。だから、ホシノだけを投げたのだ。
もし。もし、ホシノが逃げる事を選択していれば。そうすれば、カヤツリはこうはなっていなかったかもしれない。そもそも、こんな場所なんかでなければ……
「あ……」
頭の声がぶつぶつ何か言っているが、ホシノは、もう、それどころでは無かった。
この場所に来ることになったのは、眼帯ちゃんの指定場所だったからだ。だから、カヤツリはここに来た。ホシノたちを置いて、一人で。
どうして一人で来たのか。カヤツリは自分のせいだと思っていたからだ。これ以上は、ホシノたちに迷惑を掛けられないと思った。
さっきまでのカヤツリは、ホシノに愛想を尽かされると思っていた。それは、どうしてか。
──自分が、電話口で怒ったからだ。カヤツリの事なんか気にもせずに、感情のままに怒ったからだ。あの日と。ユメ先輩に怒ったのと同じように。
そうしなければ、カヤツリは、待ってくれたかもしれない。ここまで全員で一緒に来たかもしれない。そうすれば、あんな逃げられない場所で話すこともなかったかもしれない。
そして、カヤツリに謝れなかった。カヤツリは、ホシノの気持ちを何も知らないまま、こうなった。
「あ……あ、嫌だ。私は、また……」
もう砂の紅は広がらない。いつの間にか、出血は止まっていた。それは、きっといい意味ではない。一旦流れ出した血が勝手に止まるなんて。あの量の出血だ。傷口が塞がったのではなくて、流れるものがなくなったのだ。
カヤツリの目が、ホシノを見つめている。爆発の前の優しい眼差しでなくて、責めるような目だった。さっきと変わらないはずなのに、ホシノにはそうとしか思えなかった。
「ああ……ユメ先輩も……」
今度こそ、目の前のカヤツリと、過去のユメ先輩が重なって見えた。そのユメ先輩も、がらんどうの目で、責めるようにホシノを見ている。
「私のせいだ……」
まだ、先生と皆は来ない。それなのに、ホシノの手を汚す血は乾き始めている。もう、手遅れだ。
ホシノのせいで、カヤツリはこうなった。ユメ先輩も、ああなった。
ホシノが、自分を律することが出来ずに、感情のままに怒ったせいで。
ちゃんと、落ち着いて、話すことが出来ていたら。そうすれば、二人ともホシノを置いてどこかに行ったりはしなかった。行った先で、こんなことになりはしなかった。
そして、いつも自分は間に合わない。いつも手遅れになってからだ。そして、謝る事さえできやしなかった。
「私が、私が……」
もう、誰も居なくなってしまった。
もう、ホシノ自身を対等に見てくれる。見守ってくれる。一緒に歩いてくれる人は。全員居なくなってしまった。ホシノが全員そうしてしまった。
苦しい。もう、あの二人に何も伝えられない事が。
苦しい。もう、あの二人に会えない事が。
苦しい。もう、隣に誰もいない事が。
でも、それはホシノ自身のせいなのだ。誰のせいでもなくて、ホシノ自身の選択が招いた事なのだ。
「私が、私が、私が」
どこからか、何かがひび割れるような音が聞こえる。それは、爆発の時に聞いたような気がするが、そんな事はどうでもよかった。
もう、何もいらなかった。もう、ホシノには、一つを除いて、何も残っていなかったから。
いらない。もう、いらない。もう少しで手に入るはずだった、二人で生きていく。そんな、ささやかな未来の夢は零れ落ちてしまったから。
そんなものは、もう訪れない。自分の選択で台無しにしてしまったから。
そんな資格はない。このまま自分が居れば、後輩たちの未来を台無しにするだろうから。
自分は間違えてばかりだったから。間違えた責任が他人へと降りかかる。きっと自分はそういう人間なのだ。それなら、いない方が良い。
だから、そんな自分には、この事実しか残っていないのだ。
「私が、二人を殺したんだ……!」
何かが砕け散る音と共に、ホシノの視界は閉ざされて。意識は深く沈んでいった。
□
「ウオオオオオオオオオ──!」
地下生活者は歓喜していた。柄にもなく大声で歓声を上げてしまう。
それも仕方がない。思ったように事態が進んだからだ。
「いやはや……後一秒遅かったら、小生の負けでした。まさに紙一重の勝負……!」
本当に危なかった。地下生活者は迷っている者。自己を確立していない者しか駒に出来ない。これは、地下生活者の能力ではないからだ。ただ混沌の領域の性質を悪用しているに過ぎない。
混沌の領域は確定しない空間だ。だからこそ、あらゆるものに干渉できる。時間や空間、次元すら超えて。ただし、欠点が一つだけある。
確定したものは干渉できない。迷っていて、選択できない者しか、選択を誘導できない。
本当に危なかった。あそこで先生の説得に駒が答えていれば、もう地下生活者は干渉できなくなっていた。キャラクターロストで負けになっていた。
「テメェ……何が紙一重だ。負けみたいなもんだろうが。……なんだ。あの、クリティカルの連発は。よっぽど負けたくないのか。議論の体を為してない。それに、直接干渉したな? ライン越えだぞ」
「フフフ。負け犬の遠吠えですか。ですが、ダイスの結果です。あの狭い判定を潜り抜ければ文句はないでしょう? それに、このキャンペーンが終わるまで小生に手出しはできない。そして、キャンペーンが終われば、貴方にも黒服にも帰る場所はない。小生は別ですが」
「このマンチキンが……!」
対戦者がとても不満そうな顔で、文句を言っている。それが更に、地下生活者を上機嫌にさせる。
確かに、多少雑ではあるが勝ちは勝ちだ。ダイスの結果は覆せない。五回ほど連発すれば、偶々懐から爆弾が落ちて。偶々、セトとホルスの方へと転がって。銃弾も全部躱して。直撃するくらいはするだろう。ここは混沌の領域だ。そう言う事もある。
「しかし、ヘイロー破壊爆弾ですか。匿名の行人も中々の物を作ってくれました」
キヴォトス。今は学園都市だったか。前のテクスチャと違って、今のテクスチャは脆そうに見えるが、中々よくできている。
ガワと中身が連動している。中身の神秘の強度が、生身の身体に反映されている。身体を幾ら傷つけようと、中身の神秘が揺るがなければ外側も無事という理屈だ。
外側の原型をとどめないほどのダメージを与えれば、神秘との連動が解除されるようだが、それは現実的ではない。中身の神秘は物理的なダメージを受けないから、手が出せない。
しかし、あの爆弾はそれに対する特攻だ。神秘と身体の連結を阻害する効果が付与されている。そうすれば、身体の耐久は見た目通りの物に成り下がり、爆発によってダメージを受ける。えげつない兵器だった。
逆に先生には効かないだろう。爆発自体がシッテムの箱の障壁で無効化されるし、かの者は神秘を持っていない。それか、黒服あたりなら防御策を用意できるかもしれない。
「列車砲は囮にすぎません。セトが、ホルスの前で死んでくれれば、それでよかった」
地下生活者の目的は最初からそれだ。カイザーも、ネフティスも、私募ファンドも、シェマタも全部囮だ。
「死によって反転するのは当然です。しかし、苦しみで反転したのであれば? 苦しみは、死と並びうる概念だと、そう言えるのではないでしょうか」
これが、地下生活者が欲しかった答え。古則の答え。
「非有の真実は真実であるか? これが古則の答えだ! 死は苦しみだ! 死は苦しみによって代替できる! 苦しみで反転したホルスによって、これは証明された!」
対戦者、黒服、地下生活者の視線の先には、地上の様子が映し出されていた。
そこには、反転したホルスが、空に向かって慟哭している。セトの名前を呼びながら、亡骸を抱きしめているが、無駄な努力だ。反転したホルスでは焼き尽くすことくらいしかできないだろう。
このまま、ホルスは反転した自身の本質に従い、このキヴォトスを滅ぼすだろう。
そして、先生はキヴォトスごと死に、黒服と対戦者は帰る場所を失い、地下生活者がここから二人を追い出せば、二人も死ぬだろう。地下生活者の勝利だ。後もう一つのイベントをこなせば、完全勝利となる。
「いささか、勝利宣言には早いと思いますが」
地下生活者は、いい気分に水を差された様な気になって、黒服を睨みつける。
「まだ、完全には反転していません。今一歩のところで踏みとどまっている。これでは、完全に証明したとはいえませんね」
「……時間の問題ですよ。黒服。じきにアレが来る。貴方がやろうとしたことを、小生が達成する」
「果たして、そう上手くいくでしょうか」
感情の読めない声で言う黒服を不審な目で見る。何かを企んでいる。そう言っているような口ぶりだからだ。
「来るはずです。ホルスの神性がむき出しになっている今。宿敵である彼が来ないはずがありません」
神性の頂点に立ち、最も古く、もっとも偉大な神々の原点。ホルス。
それの敵対者。ホルスの宿敵。王権の簒奪者。セト。
ホルスが居るなら、来るはずだ。戦いを挑みに、この世界の覇権争いに負けたリベンジに来るはずだ。アレは、そんな諦めの良い存在ではない。
「何故? 何故彼は現れない!? 邪魔な今のテクスチャは破壊した! もう、彼を阻む者は何もない! 何故!?」
この世界に同じ存在は一つだけ。それは絶対の決まり事だ。だから、あのセトが居る限りは、生きている限りは現れない。
忘れられた神々は死なない。死などとは遠い存在たちだ。死んでもこのキヴォトスから退去するだけだ。だから、アレが死ねば。そうすれば、また来るはずだ。
ここでの記録が全てが漂白された、ホルスの敵対者。セトがやってくるはずなのに。
これでは、黒服の意趣返しができない。黒服のやりたかったことができない。
「さぁて、何故でしょうね?」
黒服は、今度は面白そうに地下生活者を笑うだけだ。地下生活者の苛立ちが募るが、それは対戦者の言葉でさらに増幅する。
「ネフティスの執事が言ってたろ。自分が積み上げたもので助かるんだと。つまりは、そう言う事だよ。そして、それは奴も一緒なんだ。お前には、縁のない話だろうけど」
「何を……」
反論する地下生活者を睨みつけながら、対戦者は言う。
「お前。何か勘違いしてないか? お前の対戦相手は先生だろ? 俺じゃなくてさ。なに勝ち誇ってるんだ? だから、足元を掬われるんだぜ」
「それは小生の台詞です。私の勝ちは揺るがない」
また訳の分からない事を言うものだと思う。そんな事は百も承知だ。しかし、先生はこちらを認識できない。足元を掬うどころか、認識する事さえできない。
「そもそも、勝負の場に立たないお前に、積み上げたものがないお前に。勝ちだとか負けだとか、そんな事を言う資格はないと思うが」
対戦者の言葉を無視して、地下生活者は考える。考えて、一つの結論に達した。これなら、二人に余裕があるのが分かる。
もう答えは一つだけだ。敵対者であるセトが現れない。それなら、もう一つしかない。
「まさか、まだ生きているとでも!?」
その地下生活者の叫びに答えるように、映像から数多の鎖の音が響いた。