ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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190話 たった一つの正しい方法

 爆発の前後の事は、高い場所に居た先生たちにはよく見えた。

 

 恐らくは、スオウがシャーレから拝借したであろうヘイロー破壊爆弾。それが、カヤツリとホシノの方へ転がっていった。

 

 スオウがそうしたわけではない。本当に偶然なのか、スオウも一瞬、何が起こったか分からなかったらしい。

 

 先生も、転がっていったのが、ヘイロー破壊爆弾だとは。そうアロナに言われるまで気がつかなかった。

 

 あのヘイロー破壊爆弾はアリウススクワッドから回収した物だ。彼女たちとて、使う予定はないし、用途を知らない他人が入手したら事だ。早急に処分が必要だった。

 

 あれは、最後の一つだ。処分の際の爆破の範囲や場所の安全対策でここまで伸びてしまった。

 

 それが、引き起こす事態など。想像せずとも明らかで、先生は叫んだ。

 

 逃げろと。あれは、アリウスのヘイロー破壊爆弾だと。

 

 周りの生徒の反応は早かった。ゲヘナの二人は爆弾がどういった物かを知っている。それ以外もヘイロー破壊爆弾などという直球の名前で理解してくれた。

 

 爆弾を二人に到達する前に銃撃で撃ち落とす。それだけの事が、何故か出来なかった。

 

 シロコの精密射撃も、セリカの狙撃も、マトの早撃ちも、ヒナとノノミの掃射も。全てを爆弾は擦り抜けた。

 

 擦り抜けて、ホシノを強引に退避させたカヤツリに直撃した。カヤツリの身体が吹き飛んだのが見えて、急いだ先生たちの目に飛び込んで来たのは、聳え立つ赤い火柱だった。

 

 そして、立ち竦む先生達の前の火柱が収まる。

 

 そこに居たのは、姿だけならホシノだった。見慣れない服を着て、腰まで届く長かった髪は、首筋まで短くなっている。

 

 ホシノはこちらに背を向けて、座り込んでいた。カヤツリを抱えて、じっと動かない。

 

 

「……ホシノ先輩?」

 

 

 恐る恐る話しかけたシロコの声に、グルリとホシノの顔が向いた。

 

 それは、先生たちが知っているホシノの顔ではなかった。のっぺらぼうの顔に、赤い目だけが爛々と輝いている。先生にしか見えないが、頭上のヘイローも、獣染みた眼のような形に変わっていた。

 

 

「一体、何が……!」

 

『存在が反転しました』

 

 

 変貌したホシノの姿と、全く動かないカヤツリに困惑する先生の疑問に、プラナが悲痛な声で答えた。

 

 

「あれは、あの時のカヤツリと同じ……それに、服も……」

 

 

 その姿に先生は見覚えがあった。暴走したセトと同じ姿だ。

 

 服も、向こう側のホシノが着ていた物に似ているような気がする。

 

 反転という言葉には聞き覚えがあった。向こう側のシロコ。シロコ・テラーがそうだったはずだ。しかし、アレは色彩が何かしたせいだったはずだ。何が起こったか何も分からない。

 

 

『今のホシノさんは、恐怖に反転し、ホルスになりました。このままでは、本質に従って世界を破壊するでしょう。あの時のシロコさんと同じように』

 

「どうすればいいの?」

 

 

 何も分からない先生は、唯一知っていそうなプラナに助けを求める。彼女なら、シロコ・テラーと一緒に居た彼女なら、何か知っていてもおかしくはなかったから。

 

 

『……反転したら、もう元には戻りません。茹で卵を生卵に戻すような。死んでしまった人を生き返らせるようなものです』

 

「ホシノ先輩。カヤツリ先輩は……」

 

「カヤツ……リ?」

 

 シロコの、カヤツリと言う言葉に。ホシノはピクリと反応する。それと同時に、辺りから火柱が幾つも立ち上がった。

 

 

「……やる気みたい。先生。どうする? 早くしないと、カヤツリがどうなるか……」

 

 

 カヤツリを足元に置いたまま、ゆらりと立ち上がったホシノに、銃を構えるヒナが判断を仰ぐ。

 

 どうするか迷った先生に、プラナが言う。

 

 

『対処法は一つだけ。ホシノさんのヘイローを破壊するしかありません』

 

「そんな事。出来るわけが!」

 

 

 それは、ホシノを殺すと言う事だ。そんな事は、先生である自分は絶対に選択できなかった。

 

 

「来るわ! 先生!」

 

 

 ヒナの声に意識を戻すと、視界が真っ赤に染まる。ホシノの手には、ショットガンが握られていて、そこから熱線が叩きつけられていた。三度放たれたそれがバリアにぶつかって、バリアが赤熱していた。

 

 

「ヒナ! 嘘だろう!?」

 

 

 ようやく視界が晴れれば、ヒナは熱線が直撃したのか、吹き飛ばされて遠くで倒れ伏していた。その姿を見たマトが信じられないと言ったような声を上げる。

 

 

『ダメです! 先生。今の攻撃は、そう何度も受けきれるものではありません!』

 

 

 アロナが悲鳴のような声が先生に届く。巡航ミサイルすら防いだシッテムの箱のバリアですら抜きかねない威力だと言う事だ。しかも、それがホシノにとっては小手調べなのだろう。また銃が此方を向いていた。

 

 

「避けて!」

 

 

 全員が、その場から飛びのいた。短い音を立てて、そこにあった砂が抉れてなくなっている。まさかとは思うが、蒸発したのだろうか。下の方でガラス化した砂が、場違いにキラキラと光っていた。

 

 そして、飛びのいた全員も無事では済まなかった。直撃しなかったおかげで、意識は全員保っているが、余波だけで甚大なダメージを受けたのが、シッテムの箱で分かった。

 

 全員がせき込んで、膝をついている。苦し紛れにマトが早打ちを繰り出すが、弾丸はホシノに届く前に蒸発した。

 

 

『いずれにせよ、ホルスと化したホシノさんに匹敵する神性が必要です。それか、恐怖を越えた恐怖が』

 

 

 それは、この状況が示していた。全員がまるで歯が立たない。ホシノは戦うと言う意志すらないだろう。今だって、動かないカヤツリを脇に抱えたままの攻撃だ。攻撃ではなく、反射に過ぎないことが分かる。

 

 プラナが言う通り、ホシノのヘイローを壊すにしろ、壊さないにしろ。今のホシノを止められる人間が必要だった。

 

 

「そんなのどこにも……え?」

 

 

 ジャラジャラと音を立てて、ホシノの身体に鎖が巻き付いていた。ホシノは振りほどこうと暴れるが、鎖はびくともしない。

 

 

「そんな手で触らないで。熱いでしょ?」

 

 

 抱きかかえられていたカヤツリの方から、そんな声がした。でも、そこに居るのは、カヤツリでは無かった。声も姿も別人だ。

 

 声の主は、ホシノの側から離れて、そのホシノに相対する。

 

 

「さっさと、カヤツリを諦めて。それだけ持ってたって、仕方ないのが分からない?」

 

 

 そう言われたホシノは暴れまわるが、鎖は軋むだけでびくともしない。

 

 

「誰よ? カヤツリ先輩はどこに行ったのよ!?」

 

 

 セリカの言葉は尤もだった。先生も知らない生徒だ。今も、その生徒は鎖の端を片手に握ったまま、苦々しげな表情でホシノを見ている。

 

 

「あなたが、セトさんですか?」

 

「そうだよ。十六夜ノノミ。この姿じゃ、はじめましてだね」

 

 

 長い髪を振り乱して、何処かで、あの写真で見たような顔を歪ませて、ホシノを睨みつけながら、そうセトが言う。

 

 

「カヤツリ先輩はどこに行ったの?」

 

「中で寝かせてる。私がそうした。だからシロコ。貴女たちは早く逃げた方がいい」

 

 

 逃げろと言われても、ホシノを放っておくわけにはいかない。その場から動こうとしない先生たちに業を煮やしたのか、今度は強めの口調でセトは警告する。

 

 

「……聞き分けが悪いね。さっさと逃げろと。そう言っているのが分からない? 私だって、そんなに保たないんだよ?」

 

 

 そう言ったセトの口からは血が溢れていた。よく見れば、着ているアビドスの制服も血が滲んで来ていた。

 

 

「ゆめせんぱ……かやつ……」

 

「しつこいね。名前が取られたのが効いてるか……負けたのもあるだろうけど」

 

 

 ホシノを縛る鎖が嫌な音を立て始めていた。舌打ちしたセトが、何かを呟くと追加の鎖がまたホシノを縛り上げる。今度はホシノの姿が見えなくなる程の数だった。そのおかげか、軋む音は小さくなった。

 

 

「……説明しないと、動かないってこと?」

 

 

 呆れ顔のセトの言葉に全員が頷く。それを見てセトは仕方なさそうに口を開いた。

 

 

「時間は稼げるけど、無限じゃない。さっさと聞いて」

 

「カヤツリはどうなったの? 大丈夫なの?」

 

 

 まずはこれだった。ヘイロー破壊爆弾が直撃したのだ。スクワッドや過去のゴルコンダの話では、即死するような代物だったはずだ。

 

 

「カヤツリは無事。暫く入院だろうけど五体満足。あのケイからの贈り物が守ってくれた。神秘の干渉に対する防壁なんて物をくれたの。名もなき神々の王女の従者だけあって太っ腹だね」

 

 

 先生の知る限り、セトとケイの接点はなかったはずだが、そんな事よりもカヤツリの無事が分かって、先生はひとまず安心する。

 

 

「……アンタ。ここからどうするつもりだい?」

 

「小鳥遊ホシノのヘイローを破壊する。おそらくは向こうの私が、向こうの世界でしたようにね」

 

 

 マトへの答えに、その場が騒めいた。

 

 

「このままってわけにはいかないんですか!? このまま、時間をかけて、元に戻す方法を探すんです!」

 

「無いよ。そんな都合の良い話は。先生、その箱の中にいる子なら分かるでしょ」

 

 

 セトにすげなくあしらわれたアヤネが、先生を見るが、セトの通りだった。先生には解決策は分からないし、唯一知っていそうなプラナの答えがセトと同様のものなのだ。

 

 プラナの答えが全員に周知され、その場の空気が死んでいく。

 

 

「……私らも歯が立たないが、アンタもそうみたいじゃないか。足止めが精々なら、アヤネの案でもいいんじゃないかい?」

 

「これを見て」

 

 

 セトが、鎖で絡まる腕をこちらに向けて突き出す。その腕は、鎖が巻きついた部分から、青く透き通ってきていた。

 

 

「ホシノと同じ……」

 

「そう。私が反転するのも時間の問題。まだ、小鳥遊ホシノが反転しきってないから、猶予があるだけ」

 

「何で、あなたまで……」

 

 

 ノノミの疑問に、セトがため息を吐く。

 

 

「この場面。見覚えがあるでしょ? 今年の春にさ」

 

「あなたが、ホシノ先輩にそうされてた時の?」

 

「そうだよ。黒見セリカ。あの時と原理は一緒。立場は逆転してるけどね」

 

 

 春先の、黒服が協力してくれて解決した件だ。あの時は確か、カヤツリとホシノの間の契約を利用したはずだった。

 

 

「それなら!」

 

 

 シロコが喜びの声を上げるが、セトは首を横に振る。

 

 

「できるのは足止めまで。あの時もそのはず。忘れた?」

 

 

 そうだ。アレは足止めにしか使えなかった。

 

 あの時の事を必死に先生は思い出す。

 

 ずっと一緒にいる。そんな単純な契約だから、色々解釈ができた。あの時もそのはずだった。それならと先生は考えを口にする。

 

 

「ホシノをカヤツリの状態に合わせられたりしないの?」

 

「いい考えだけど、無理。だから、私が出てきてる」

 

 

 苛立ちを隠さずに、セトは吐き捨てる。

 

 

「元々の格が向こうの方が高い。今ですら私が間に挟まらないと、カヤツリの方が引きずられて反転する。あの書類で契約の効力が上がったのもよくない。逆にこうして今、ホルス相手でも抵抗できてるのは皮肉かな……」

 

 

 そのまま、セトはホシノの足止めに意識を戻す。

 

 

「このまま、大オアシスまで誘引する。そこで、私が反転して仕留める。最期の後始末はシェマタを打ち込んで。朝霧スオウがやり方を知ってるから」

 

 

 スオウと橘姉妹は、満身創痍の状態もあって、最初の場所で待機している。彼女たちなら、列車砲を使えるだろうが……

 

 言い返そうとも、説得の糸口が掴めない。先生は何も知らないのだ。

 

 そして、我慢の限界だと、シロコがセトに向かって怒る。

 

 

「どうして勝手にあなたが決めるの!? あなたはホシノ先輩が嫌いなのかもしれないけど! カヤツリ先輩は、そんな事──」

 

「シロコ。貴女は、小鳥遊ホシノが世界ごと貴女たちを殺すのを黙って見ていろ。カヤツリにそう言っているの?」

 

 

 冷たい声にシロコは黙った。声だけでなくて、表情も見たからだろう。

 

 

「私だってこんな事。カヤツリに黙ってやる事じゃないと分かってる。でも、私がやらなきゃ、誰がやると思うの?」

 

 

 そんなのは決まってる。誰もが答えを分かっていた。

 

 

「カヤツリだよ。カヤツリなら悩む間も無くやるでしょう。心を殺して、正しさを盾にしてね。そして、一人で生きていくの。そんなの、死んでるのと同じ。梔子ユメの時みたいな事をやらせられない」

 

 

 冷たい声とは裏腹に、梔子ユメに似たセトの顔は悔しさで歪んでいた。本意では無いのがこれ以上ない程に分かる。

 

 

「都合の良い話は無いって、そう言ったね? なら、そうじゃない話はあるの?」

 

「先生……耳ざといと思ったけど。相当だね。否定材料が増えるだけだよ?」

 

「聞かせてほしいんだ。諦めたく無いのは。それは、君だってそうだろう?」

 

 

 そう言われて、セトは黙った。黙って、静かに口を開く。

 

 

「小鳥遊ホシノは、反転しきってないって言ったね。だから、まだ手はあるんだよ。完全に反転していないのなら、まだ戻れる可能性はある」

 

 

 それは、その話だけなら朗報だった。でも、それだけなら、セトはここまで言い淀まない。

 

 

「今回の反転は、誰かの差し金。ずっと誰かの視線を感じてた。だから、シェマタも、私募ファンドもネフティスもカイザーも。全部囮だったんでしょう。全部は、小鳥遊ホシノを反転させる。そのための布石だった」

 

「そいつが、ゲマトリアの誰かが邪魔をするってこと?」

 

 

 橘姉妹の運転する高速列車に乗車中。窓からシェマタが良く見えた。その時にアロナが言ったのだ。”あれには、現行のキヴォトスではありえない技術が使われている”と。プラナも、シャーレ爆破の時に、嫌な視線を感じるとも言っていた。

 

 考えればおかしいのだ。カヤツリも言っていた通り、何もかも都合が良すぎる。それはさっきのヘイロー破壊爆弾の軌跡からしてそうだった。

 

 キヴォトスに現存しない超技術を操る者。そんな人間の心当たりは一人だけだ。

 

 黒服。

 

 でも、黒服にしてはやり方が妙だった。黒服なら、ここまで姿を隠さない。それか、もっと上手くやるだろう。なんたって、カヤツリの親のようなものだ。

 

 マエストロも、正面から来るだろう。彼は、自らの芸術の感想を聞くのが目的だから。

 

 ゴルコンダは居なくなって、フランシス。フランシスは色彩事件の時に正面から来た。ここまで来て姿を見せないのは気にかかる。

 

 ベアトリーチェは、まずありえない。一度負けたのだから、リベンジとして宣戦布告位はする。あのプライドと自信の高さは知っているから。

 

 そして、ゲマトリアは壊滅したとも言っていたはず。再開するにしても、黒服のことだから挨拶くらいはするだろう。

 

 つまりは、先生の知らないゲマトリアの誰かだ。それが今回の黒幕なのではないかというのが、先生の考えだった。

 

 

「そいつが黒服の同僚かは分からない。でも、視線はまだ感じる。姿は見えないが見てはいるんだろうね。だから、まずは、そいつの妨害を潜り抜ける必要がある」

 

「まずはって……まだあるの?」

 

「あるよ。だから、都合の良い話じゃないって言った」

 

 

 また緩み始めた鎖を追加しながら、セトは話し続ける。

 

 

「そして、小鳥遊ホシノがこうなった原因だけど。恐らくは強烈な自己否定。自分を殺してしまいたいくらいの、強い死の念。それで反転した。だから、それを撤回させればいい。まだ生きていたいって、そう思わせればいい」

 

「なんだ。カヤツリ先輩がいれば簡単じゃない」

 

「……馬鹿を言わないで。もしかしたら、一番難しいのは、これかもしれないのに」

 

 

 セトの言う事は、先生にも分かった。ホシノの身に起こったことを考えれば、それは、とても難しい。

 

 

「確かに、カヤツリが死んだと思ったのが引き金。でも、この下地は前からあった。カヤツリだって、それを何とかしようとしてた。でも、出来なかった。カヤツリでも時間に縋るしかなかったモノを、この短時間で何とか出来るって言うの? 梔子ユメの死の後悔を晴らせるって?」

 

 

 ホシノの後悔は、ホシノにしか分からないのだ。想像することはできても、真に理解はできない。それは先生がカヤツリへ語ったことだ。

 

 きっと、ホシノのそれは、梔子ユメ本人しか晴らせない。それか長い長い時間。

 

 カヤツリは後者を取るしかなかった。でも、それは失敗に終わってしまった。今回の件はホシノの古傷を抉るモノばかりだった。きっと黒幕も、それが目的だった。

 

 

「小鳥遊ホシノの全ては、梔子ユメだけじゃない。カヤツリだって、先生や貴女達だって、新しくできた友人の事もある。だから、今ここで踏みとどまっているの。それ以上を求めるなら、あの古傷を何とかするしかない。そして、それだけじゃないかもしれないの。他の理由だってあるかもしれない」

 

 

 そう話す間にも、ホシノを拘束する鎖は追加が追い付かなくなっていた。焦ったようにセトは対応しながら、続きを話す。

 

 

「そして、今の状態の小鳥遊ホシノに話しかけるには、並の手段じゃいけない。それこそ、黒幕が使ったような手段。心に直接語りかけなきゃいけない。それか、私の時のように直接乗り込むか」

 

「カヤツリなら行けるんじゃ?」

 

 

 確か、ホシノはカヤツリの心象世界に入ったはずだ。もしかしたら、その逆も行けるはずだった。それは、その通りの様で。セトは頷いていた。

 

 

「カヤツリなら、小鳥遊ホシノの心象世界へ行ける。そのためには、小鳥遊ホシノの動きを止めなきゃいけない。今みたいにね。そして、カヤツリが心象世界に行ったなら、私は戦えない。私抜きで、これを止める事になる。それができるの?」

 

 

 それは、厳しいと言わざるを得なかった。こちらの最大戦力はヒナだが、直撃を受けて気絶している。命に別条がない事はシッテムの箱で分かるが、一撃も被弾が許されないと言う事は難しい。ヒナは、受けて反撃するタイプだ。ミレニアムのC&Cのネルのように、躱すタイプではない。

 

 

「もう限界か……」

 

 

 ホシノを拘束する鎖がちぎれ始めていた。もはや最初の耐久力が嘘のように引きちぎられて、奥から爛々と光るホシノの眼が見えた。セトをじっと睨んでいる。

 

 

「……先に大オアシスへ行ってる。時間は出来るだけ引き延ばしてあげる。ただ、覚悟は決めて。……さあ来なよ。あんたの片割れはこっちだよ!」

 

 

 一足で遠くまで跳び去るセトを、ホシノは赤い残光を残して追って行った。もう、あまり時間は残されていなかった。

 

 

「どうするんだい。先生。私らには何もない。ホシノを足止めする人材も、語りかける手段も、説得する材料も」

 

 

 ヒナを介抱しながらのマトが、落ち着いた声で、必要なものを言ってくれた。けれど、そのどれもが直ぐには用意できないものだった。

 

 

『ホシノさんへ語りかける方法はあります。黒幕が干渉した方法も予測がつきました』

 

 

 プラナが、真剣な眼差しでその方法を口にした。

 

 

『混沌の領域です。そこからなら、全ての説明がつきます。そして、その場所を経由すれば、ホシノさんへこの場の全員が語りかける事も可能でしょう』

 

『ですが、プラナちゃん。箱舟は無いんですよ! どう考えてもあの時の再現は出来ません!』

 

 

 アロナが言っているそれは、箱舟から脱出する時の事だ。箱舟の残された演算装置を使って、混沌の領域を展開した。

 

 でも、プラナは心配ないと言う。しっかりと先生を見て言うのだ。

 

 

『大丈夫です。私が何とかします。して見せます。もう、あんな事はごめんです。私は、今、ようやく、やりたかったことが出来る。その場所にいるんです』

 

 

 それは、前の世界の事だ。もう滅びてしまった。プラナの居た、プレナパテスの居た世界。その時に、プラナは何もできなかったと言う。プレナパテスにとってしてみれば、そんな事はないと思うのだが、こればかりはプラナの主観の問題だった。

 

 だから、先生はプラナを信じることにした。そんな先生を見て、プラナは満足そうに微笑んで、画面から姿を消す。

 

 

「……説得はどうしましょうか? いえ、それは考えなくてもいいですね」

 

 

 困ったように、ノノミが言うが。自分でそれを言い直した。アヤネとセリカは特に異論なく、それを肯定する。

 

 

「そうです。私たちは、ホシノ先輩の気持ちは分かりません。だから、説得は出来ません」

 

「私たちが思う事を。言うしかないのよね。あの時と一緒よ」

 

 

 ただ、シロコだけが、何も言わなかった。

 

 

「シロコ。どうしたの。何か……」

 

「私が戦う。私が余計なことをしたせいでこうなった」

 

「それは、シロコがホシノと戦うってこと?」

 

 

 頷くシロコを見て、先生はそれを了承すべきか迷った。勿論、信じたい気持ちはある。当のホシノも、いつか自分は越えられると言っていたくらいだ。でも、それはまだのはずだ。

 

 

「私に秘策がある。今の私なら勝てない。でも、未来の私なら、勝てる」

 

 

 一瞬、シロコが何を言っているのか分からなかった。数舜の後、ようやくシロコが何を言っているのか、先生は理解した。それと同時に、アロナが大声を出した。

 

 

『先生! 色彩です! 色彩が上空に!』

 

「シロコ。ダメだよ! それは、反転するなんて!」

 

 

 シロコが言う方法とは、反転して、シロコ・テラーになると言うことだ。確かに戦えるだろう。向こうのカヤツリとホシノが、手加減していたとはいえ手を焼いたのだ。十分だ。

 

 しかし、それは、どんな副作用があるか想像もつかない。最悪、ホシノの二の舞になる可能性だってある。

 

 その場の全員が、シロコを止めようとする。でも、間に合わない。シロコの真上にある色彩に、シロコが触れる方が速い。

 

 

「……そんなものに、手を出しちゃダメ。ましてや、自分からなんて」

 

「あ……」

 

 

 色彩に触れようとしたシロコの手を誰かが止めていた。

 

 

「あなたは強い。だって私だから。ただ、それはまだ先」

 

「もう一人の、シロコ先輩……」

 

 

 セリカの呟きが表すように、そこに立っていたのは、シロコ・テラーだった。いつもの黒いドレスと黒い銃を携えて、砂原に立っている。

 

 

「ん。大丈夫。何が言いたいかは分かってる。心配しなくていい」

 

 

 口を開こうとした先生をシロコ・テラーは手で制止する。そして、こう言うのだ。

 

 

「もう、向かってる」

 

 

 □

 

 

「相も変わらずしつこいね! ベタベタベタベタ、カヤツリに引っ付いてさ!」

 

 

 風に乗って、宙を駆け、雷の槍で切りつける。ただ、あまり効いていない。

 

 炎の鎧を雷が抜けるものかよ。そんな漫画の台詞を思いだす。

 

 全力を出せば抜けるが、それはセト自身が反転することを意味する。カヤツリも巻き添えにだ。

 

 それは、今の所は何としても避けたい事態だった。そうすれば、待つ未来は碌でもない。お互い殺し合って、残った方がキヴォトスを破壊するだけだ。シェマタもどれだけ効くか怪しい。

 

 

「ホントにイライラする。そんな事で、カヤツリがアンタを恨むと思ったわけ!? なにがごめんなさいよ! カヤツリの言葉を忘れたわけ!?」

 

 

 正面のホルスに文句を垂れる。どうせ聞こえていないが、言いたくもなろうものだ。

 

 ぶつぶつと、切れ切れの名前と謝罪が聞こえる。そして、セトを追う理由も苛立ちの原因だった。

 

 

「……? 何?」

 

 

 すれ違いざまに、また攻撃を入れようとしたところで、何かが揺れた。

 

 相対するホルスも、上空を見上げている。

 

 感じたものは、揺れというか、何かを叩く振動だった。まるで何かを叩き割ろうとしているような。そんな振動だ。しかし、音が聞こえない。

 

 叩いている物も、何か知覚できない物を叩いている。そこにあるのに見えない物を。そして、それはすぐに分かった。

 

 

「空が割れた? ……何で? 何で、アレが……?」

 

 

 空がガラスのように割れて、そこから黒い空間が覗いていた。そして、その縁に手が掛かった。

 

 バリバリと亀裂を裂いて、そこから、何かが下りてくる。

 

 宙に浮く幾つもの鈍色の部品に、そこを繋ぐ青い雷光。円錐形の本体から二つの手だけが浮遊している。

 

 それの正体を、セトは知っていた。だって、アレは自分自身だから。アレは、まだここに存在してはいけないものだから。

 

 

「前のテクスチャーが、何で……」

 

 

 面倒なことになったと思う。おそらくアレに大した自我はない。唯の力の塊だ。そうあるべきだと、そう神話に描かれたものをなぞるだけの張りぼて。

 

 ただ今の状況だと面倒にもほどがあった。アレはホルスを襲うだろうから。ここまでやって来る。

 

 覚悟を決めて、雷槍を再展開する。そんな、セトに聞きたくもない声が掛けられた。

 

 

「お困りみたいだね。助けがいるんじゃない?」

 

 

 セトが振り向くと、ホルスと同じような姿。しかし、表情は分かる。にっこり笑った顔で、テラノがそこに立っていた。

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