ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「……図ったかのように出てきて、何様の台詞?」
セトちゃんは、現れたテラノへ向かって怒声を浴びせかけて来た。
タイミングがタイミングだ。疑われても仕方がない。しかし、こちらにも事情がある。
「ここまで歩いて来た訳じゃなくてね。シロコちゃんに連れてきてもらったんだよ。便利だよね」
「……この嫌な気配は色彩? それで? 何しに来たの? そんな余裕はないんだけど」
固まったまま動かないホシノを警戒しながらのセトちゃんは、殊更に機嫌の悪さを隠そうともしない。
「あー。そうだね。シロコちゃんが来るまで時間は稼ぐよ。ほら」
このままでは話が進まないから、テラノは片手を振る。とんでもない強さの砂嵐が辺りを覆った。
砂嵐がホシノを捉えて、彼方へと吹き飛ばしていく。それを見たセトは大体の事情を察したらしかった。
「向こうのカヤツリから力を借りたね? 二人分がグチャグチャに混ざってる。それで、空のアレも君をホルスと上手く認識できない。そして、小鳥遊ホシノも私と君を上手く判別出来ない……どうやったの?」
「違うよ。私は押し付けられただけ。ずっと、こっちのカヤツリを探してるの」
二人の住居を整えて、こっちのシロコちゃんにも会わないとね。そんな話をした矢先だ。
即席の住居で目覚めれば、カヤツリの気配は無くて。枕元に手紙が一つだけ。
──野暮用で少し空けます。目は借りていくので、代わりのものを置いておきます。
だから、これまでずっと、テラノはカヤツリを探していた。どうやったのかは分からないが、カヤツリは力のほとんどを置いて行った。あれでは存在が不確かで、幽かな幽霊と変わらない。薄いつながりを辿るが、途中で消えてしまう。
その最中に、こっちのシロコちゃんに会って、ここまで連れて来られた。不思議なことに、その瞬間からあの鳥でなくて、この姿で居られている。
「それで? こっちの事情も知らないんでしょ?」
よほどテラノの事が嫌いなのか、セトちゃんは怒り心頭だ。
「その顔で、そんな事言わないでよ……」
「前にも言ったけど。私だって、好きでこんな顔な訳じゃ無い。君には悪いけどね」
セトちゃんの顔は、ユメ先輩に似ていた。そっくりという訳では無いが、姉妹というくらいには似ている。身体の方は似ても似つかないが。余りに薄い。
セトちゃんの今まで会った時と顔が違う。どちらかといえばカヤツリ似だったが、それは多分、いじっていたのだろう。よっぽどユメ先輩が嫌いらしい。
でも、今のセトちゃんは生身だ。カヤツリの代わりにセトちゃんが出て来ている。相手が相手だから、そんな余裕がないのだ。
「事情だっけ? 大体分かるよ。カヤツリが眼帯ちゃんの自爆に巻き込まれた。違う?」
「は? 何を言って……」
「私の時とは違って、ギリギリ助かったみたいだけど? 違うの?」
テラノは不思議そうに首を傾げる。自分の所ではそうだったのだが。
「何だったかな……ああ。砂漠横断鉄道に私募ファンドとネフティスが絡んできて、手帳の事で喧嘩して……」
「全部説明するから待ちなさい。まさか、あっちで先生がああなったのは……シャーレは爆発した?」
その言葉に顔を顰める。あれが無ければマシだったかもしれない。
「したよ。ガス爆発だって。それで、先生は昏睡状態になった。だから、カヤツリは全部やったの。一人でね……」
「一人? 理事だとか、黒服だとか、三大校は?」
「先生が意識不明の重体だよ? それどころじゃない」
あの時は、大騒ぎだった。その時にシャーレビルにいたのがカヤツリだけというのも良くなかった。
「カヤツリが犯人扱いされてね。勿論、ヒナちゃんとかの知り合いは、そんな事はないと信じてくれたし、鎮火に動いた。でも、そのせいで、アビドスを手助けをする余裕はなかった」
セトちゃんの顔が真っ青になっていた。最悪の気分で、テラノは起きたことを思い出しながら口に出す。
「私は、何もできなかった。一生懸命追いかけたけど、追いついた時には全部終わってた。私のカヤツリとの最後の会話は、ユメ先輩の時と一緒だった」
「……それで、こうなったって? 憶測だけで、キヴォトス全てが敵に回ったようなものか。あっちの私が怒り狂うわけだ……その後は?」
引きつった顔で聞くセトちゃんに、簡単に答えた。
「死んでしまったカヤツリを見た私は、一瞬で完全に反転した。それで、こっちの半死半生のセトちゃんと戦闘になった。その時に、アレが乱入してきたの」
上空では、アレが滞空したまま全く動かないでいる。ホルスの気配が二つあるから、機能不全でも起こしているのだ。
「アレはセトちゃんでしょ?」
「私の大元の前のテクスチャー。名もなき神々に大立ち回りしてた時のね。別アカウントみたいなものとはいえ、私がまだここにいる以上は、出てこない筈。中身が無いから、逸話通りにしか動かない」
おかしいとセトちゃんは首を捻っているが、どうしてかは分からない様子だった。
「私の方のカヤツリが、何かやったのかも。私が、この姿なのも、アレがでたのも」
最近は、テラツリの方が表に出て来ていた。住居の整備の為だと、勝手に納得していたが、大間違いだったのかもしれない。
「黒服の所にも顔を出したけど、留守だった。……黒服なら、私とカヤツリの繋がりをどうにかできてもおかしくない」
「……君は、そっちのカヤツリが何を考えていると思っているの」
セトちゃんの方で起こった事を聞いて、少しテラノは考えて、憶測を口にする。
「知りたいんだと思う。どうして、あの時にああなってしまったのかを」
箱舟の件が終わって、テラノとテラツリはあの鳥みたいな姿で行動していた。混沌の領域ではないから仕方がない。
そのせいで、テラノには、テラツリの内心は筒抜けだった。
「ずっと、自分を責めてた。自分のせいで、皆がああなったって。私には何にも言わないけどね」
テラノからしても、仕方なかったと思う。でも、そんな事を言っても救われない事は、お互い分かっている。
でも、それでは皆に失礼だと思うのだ。
だから、テラノは割り切ろうとしていた。そんな事は出来ないのは分かるが、そうするしかない。
「黒幕を探してるってこと? どうやって?」
「それは分からないけど。私の時とは流れが違う。先生は無事だし、そっちの私は踏み止まってる」
テラノはホシノの事が羨ましかった。テラノ自身、今の状態が悪いとは思わない。
お互いの心は分かる。何をせずとも一緒。盗られる心配はない。死ぬまで、死んでも、ずうっと一緒。かつての望みが叶って万々歳だ。
でも、いい事ばかりではない。何もかもが筒抜けというのがそれに当たる。
日々に驚きがない。分からないからこそ良いのだ。むしろ、それが当たり前で、だからこそ人の為を思った行動に価値がある。
嬉しくないとは口が裂けても言わないが、物足りなさはある。
「……ああ、来たね」
気がつけば、いつの間か転移門が開いていた。そこから、次々と見覚えのある顔触れが現れる。
彼女たち、対策委員会とゲヘナの二人だ。先生と、最後にシロコちゃんが、ドレスを靡かせて降り立った。
「じゃあ、私は空のアレを相手するから。シロコちゃん達は、あっちの私をお願いね?」
「ん。分かってる」
シロコちゃんの返事を背に、砂嵐を解除する。それと同時に、自身の気配を全開にした。
「──────!!」
上空のアレが、テラノを見つけて、吠えた。先程と同じような砂嵐が辺りを覆う。
これで、横槍は入らない。シロコちゃん達は向こうの自分に集中できる。
「まだ、何も無くしてないんだから。早く戻ってきなよ。その資格はあるんだから」
砂嵐の向こうの自分へ問い掛ける。聞こえないだろうが、そうせずにはいられなかった。
「最後の最後で踏み止まる事が出来た。シロコちゃん達を置いて行かなかった。自分がされて嫌だった事をしなかった。それだけで十分なんだからさ」
それはテラノが出来なかった事だ。なら、結末まで同じである必要は無い。
内心のそんな言葉は、激しい砂嵐に呑まれて消える。
「私も見たいんだ。あんな結末だけが待っているだけじゃないって。私たちだって幸せになっていいんだって! だから、ここは通さないよ!」
そう言って、テラノは獰猛に笑った。
□
「は? ……チートだ! チートォッ!!」
地下生活者の口から、怒号が放たれる。重大なチート行為。ズルを目撃したからだ。
「色彩!? アヌビスとホルスが二柱!? それに、なんだあの防壁は!? 名もなき神々の王女から? あり得ない! コデックスに反している! そんなの……そんなのチートだ!」
あり得ない事が連続で起きていた。同一存在がいる事も、それが排除されていない事もそうだが。名もなき神々の王女が、セトに贈り物? よりにもよって、必ず一回は命を守る代物だ。そんな物を宿敵に渡すなど、信じられない。
「あり得ないことはあり得ない。地下生活者。貴方が散々利用した概念ではありませんか。今になって、自分が不利になってから文句を言うのは感心しませんね」
「匿名の行人め!! あの役立たずが!! あんな存在がいるなら、先に言えよッッ!!」
「言う前に、お前が撲殺したんじゃないか……? 縛りプレイか何かだと思っていたんだが……」
煽るような二人の言葉に反応する余裕は地下生活者には無かった。焦燥感が全身を襲っていて、考えが纏まらない。
「そういえば。あれにサインした時どんな気分だったんだ?」
「ああ、あれですか。私の場合は、面白そうでしたから。非常に興味深いと思ったのですよ」
「面白い? あの紙を持ってきたことが?」
「いえ。私は、彼を拾った時の事を思い出しただけです。契約の通りに、彼は見つけたのでしょうね。私の予想を超えてきた。案外、成長を見守るのも悪くない。一人増えましたしね。それは貴方の所も同じでは?」
「……俺はそれを渡せなかったからな」
「……何を渡したのです?」
「……退部届と退学届」
「ああ。それは良くない。その選択は分かりますが、彼女と同じではないですか。この世界に来て、彼女に暫く絞られたでしょう?」
「あの日の事を思い出したよ。説得に失敗したら、ああなったんだな」
「彼女にとって、家族は貴方ともう一人しかいませんからね。そうする気持ちは理解できるのでは?」
「今のこれも怒られる。きっと、しばらく出られない」
「クックックックッ……貴方も大変ですねぇ」
「五月蠅い!!! 思策の邪魔だ!!!」
あまりにも二人の会話が耳障りで、地下生活者は怒鳴るが、それで、名案が浮かぶわけでは無い。
このままでは負けかねない。そう地下生活者が思った時に世界が揺れた。
「オオオオオオッ──! ホルスの神格に応じて!? セトの憤怒が!? これなら──」
世界を裂いて現れた存在に、地下生活者は歓声を上げた。これなら、何とかなるかもしれない。しかし、その地下生活者の期待は儚く消えた。
「クソが! 中身が空っぽだ! これでは何の意味もない!!」
この異常事態の不具合か何だか知らないが、セトの憤怒は期待外れだった。
全く神威を感じない。あれではガワだけだ。肝心の中身がない。一応はガワがガワだから、多少はやるだろうが。ホルスに歯が立つとは思えない。
現に今も完全に足止めされている。そして、反転しかけのホルスも、アヌビスと他の生徒に抑え込まれ始めていた。しかも、ホルスに近づく先生のシッテムの箱が不吉な光を放っている。ホルスに直接何かするつもりだ。
「マズイ、マズイ、マズイ……何とかして、セトの憤怒を完全体にしなければ……その手段は……待て。何故、混沌の領域が地上に展開している? 小生は、そんな事をした覚えは……」
「ああ、それは、俺がやった」
そう対戦者から発された言葉に、地下生活者は怒髪天を突いた。
「貴様!! 小生の許可なく勝手なことを!! これは不正行為だ!!」
「ふざけてるのはテメェだ。ダブスタクソ野郎。今のお前の立場はプレイヤーだろうが。何をGM気取りに話している。何度も俺は言っただろう。だから、混沌の領域を展開した。そうしないと、ここまで来れないからな。こういうゲームは、面と向かってするもんだろ?」
手前勝手な理屈を並べる相手に、地下生活者は食い下がるが、どうにもならない。
「いいか。これは小生のキャンペーン! 勝手は──先生! 貴様!」
地下生活者が、意識を外した瞬間に、地上のシッテムの箱が一際強く光り輝く。そして、少女の声が響いた。
『準備完了です! 先生! 対象はホシノさんの深層! そこへ生徒の皆さんの声を転送します! 展開された混沌の領域。ここからなら、絶対に届くはずです!!』
「待て──!」
地下生活者の叫びも虚しく、地上の反転途中のホルスの動きが止まったのが分かった。
「しかし、しかし! 他者の心は理解できない! 反転は不完全とはいえ、戻せるはずがない! そんな事は不可能だ!」
尚も食い下がる地下生活者だったが、自身の背中に何者かの気配を感じた。
「お前の本来の対戦相手が来たみたいだ。ようやくキャンペーンの開始だな。どうした。そんな焦った顔して。お前の好きなキャンペーンだぞ。それとも、まさか、相手と正面切っての戦いは初めてか? 戦場童貞」
「あり得ない! お前は唯の負け犬のはずだ! 何故、ここにいる先生!!」
ここに現れた先生に、地下生活者は叫ぶ。もう、先生との勝負は終わったはずなのだ。後は、ホルスの反転を待つだけだ。それだけで、この男には何もできることは無いはずなのに!
「初めましてだね。地下生活者。早速で悪いけど、君に会いに来たわけじゃないんだ」
「なら、何をしに来たと言うのだ! 小生の邪魔をしに来たのだろう! 小生に勝つために来た! それが邪魔でなくてなんなのだ!!」
叫ぶ地下生活者に、先生は強く言い返したりはしなかった。ただ、淡々と事実を述べただけだ。それだけの事が、地下生活者には何よりも効いた。
「ただ、私は自分の生徒を助けに来ただけだ。君に勝つためじゃないし、そもそも勝負を仕掛けられた覚えもない。ここに来たのだって、誰かの助けを借りてだし、必要なことだからだよ。君に会いに来たわけじゃない」
「貴様……!」
それは、地下生活者にとって、何よりも屈辱だった。ゲマトリアを追い出された時以上かもしれない。この男は地下生活者を路傍の石扱いしたのだ。
「対戦相手がキャンペーンの参加を拒否したな。だったら、このキャンペーンは解散だ。メンバーが足りないんじゃ成立しない」
「待て! やめろ!」
それは、マズイ。そんな事をされてしまえば、地下生活者は本当に何もできなくなる。制止の声を上げれば、キャンペーンの中止は中断された。しかし、まだ終わったわけでは無い。何か弁明をしなければならない。
「いや、待て……ヒヒヒヒッ。やはり小生の勝ちだ!」
必死に頭を回転させる地下生活者に天啓が舞い降りた。ホルスやアヌビスが二柱。それなら、セトが二柱いてもいいのではないか?
そもそも、張りぼてのセトの憤怒。アレが現れたのは、ホルスとアヌビスが二柱いたからではないだろうか。現れたはいいが、セトが居るから張りぼてになった。席が無くて、中身だけは、来たくとも来れなかった。片方が完全なら、もう片方は不完全である必要がある。
だってホルスとアヌビスを観察すれば、なんてことはない。全く同一ではない。ホルスは反転途中とそうでないもの。アヌビスは反転しているのと、していないもの。
そして、今。セトも完全ではない。きっかり半分が反転途中のホルスの中にある。さっきとは違う。
だから、今なら喚べるはずだ。完全なるセトを。暴虐の化身。セトの憤怒を。逆転の手段はこれしかない。
「最後の攻略法! チートにはチートで対抗する!」
あのチートがどういったモノかは分からない。だが、関係ない。ここは混沌の領域。何でもありの空間だ。過去だろうと未来だろうと、別世界からだろうと、何でも呼び寄せられる。
「ヒヒヒヒヒヒッ。これで、終わりだ! これで世界は滅亡する! 黒服! これが、貴様の見たかった光景。世界の滅亡だ!!」
先ほどとは比べ物にならない神威を放つセトの憤怒を眼下に、地下生活者は勝ち誇った。