ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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192話 廻る因果

 セトの憤怒が顕現した。

 

 先ほどとは違って、全身からは比べ物にならない神威が溢れているのが分かる。その証拠に、吹き荒れる砂嵐は勢いを増し、周囲に雷が降り注いでいる。

 

 その光景を見て、地下生活者は勝利を確信した。あれに勝てるものなど、何もいない。

 

 勝利の高揚感のままに、命令を発そうとした。が、それを黒服の一言が遮る。

 

 

「色々と聞き捨てならない発言がありましたが、地下生活者。それで、良いのですか?」

 

「ヒヒ、負け惜しみですか」

 

 

 上機嫌の地下生活者に、黒服は再度言葉を紡ぐ。

 

 

「今際の際ですよ。よく考えた方が良いと思いますが」

 

「小生の? それは小生でなく、そちらの方です。小生は考えを変える気はない。小生を惑わそうとしても無駄です」

 

 

 黒服はもう何も言う気はないようで、首を振っている。それすら、地下生活者の勝利を彩る添え物に過ぎない。

 

 

「オオオオオッ、セトよ! 雷撃の怒りよ……!」

 

 

 万感の思いを込めて、地下生活者は言葉を発する。

 

 待ちに待った瞬間だ。これで、自分を追放した黒服に勝つことが出来る。黒服の目的も代わりに叶えてやった。文句のつけようもないほどに地下生活者の勝利だ。

 

 

「敵を燃やし尽くせ! これで! 小生の勝──ガァッ」

 

 

 地下生活者はいつの間にか床に倒れていた。きっと殴られたのだろう。グラグラと視界が揺れている。

 

 

「は……!? 痛い……なぜ、小生にダメージが……!?」

 

 

 痛みでひりつく顔面に、地下生活者は驚愕の叫びを上げた。だってそれは、あり得ないことだからだ。

 

 

「まだキャンペーンの途中だ! 小生は──」

 

「無敵のはず。そうだったな」

 

 

 対戦者が、目出し帽の下でそう言った。いつの間にか、立ち上がっていて、拳を振りかぶっている。どう見ても、目の前のこの男が殴ったに違いなかった。

 

 

「お前は、キャンペーンの最中は無敵だ。キャンペーンの駒であるならば話は別だが、それではお前を認識できない。かといって、お前と同じ参加者の土俵に上がれば、キャンペーンのルールで直接攻撃は出来ない」

 

 

 そのはずだ。そのはずだった。だから、ここまで地下生活者は勝ちを確信していたのだ。となれば、方法は一つだけだ。

 

 

「チートか! 貴様には、ペナルティだ!」

 

「自分の理解できないものを一括りにチート呼ばわりするのは、どうかと思うぞ? 自分の頭の悪さを棚上げするのは良くない」

 

「ほざけ! よくも小生を!」

 

 

 この男は見たところ、特筆すべきものは無い。黒服の知り合いだけあって、口は多少回るようだが、それだけだ。ルール違反として、この場から追放することに決める。高高度から放り出して落下させれば死ぬだろう。チーターにはふさわしい末路と言える。

 

 そして、立ち上がった地下生活者は、そうしようとして出来なかった。

 

 

「何故だ!? ルール違反のはずだ!」

 

 

 何度も地下生活者は叫んで、目の前の男を追放しようと試行錯誤するが、ルールブックはうんともすんとも言わない。それが意味するのは、この男がチートどころかルール違反すらしていない。という事実だった。

 

 

「お前が言ったんじゃないか。()()()()()()()()って」

 

「何を……」

 

「ずっと、その言葉を待ってた。ようやく言ってくれたな?」

 

 

 それは、セトに言った言葉だ。決して目の前のコイツではない。

 

 

「地下生活者。貴方に攻撃を仕掛ける方法は少ない。一つは、キャンペーンの開始前に攻撃をすること」

 

 

 それは関係ない話だ。もう、キャンペーンは始まっている。今の状況には当てはまらない。それも、途中で口を挟んできた黒服は承知しているのか、話を続ける。

 

 

「もう一つは、貴方のキャンペーンに参加し、貴方に命令してもらう事です。そうすれば、ルール違反を犯さずに、貴方に危害を加えることが出来る」

 

 

 だから、そんな事をした覚えはない。怒りの感情とともに、目の前の男を睨みつける。

 

 

「ああ。これのせいで気がつかなかったのか。ほら、これで分かるんじゃないか?」

 

 

 非常に服装と似合っていない目出し帽を男が剥ぎ取って、その下の顔を見た地下生活者の口から罵詈雑言が飛び出した。

 

 

「こんなのルール違反だ! このチーターが! コデックスに反している! ルールブックにも未記載だ!」

 

 

 覆面の下から出てきた顔は、セトとそっくりだった。そんなことはあり得ない。だって、同じ存在が二つ同時に存在するなど、全くあり得ないからだ。混沌の領域が展開されている今なら分かる。でも、この男が接触してきたのは、キャンペーンが始まる直前だ。なにか汚い手を使ったに違いなかった。

 

 それに、神秘を全く感じない。感じるのは幽かな気配だけだ。初めからこの男がセトだと分かっていれば、参加などさせなかった。ルールブックを見ようなんて思わなかった。

 

 そんな疑問に答えるように、セトが揶揄うように地下生活者に話し掛ける。

 

 

「そりゃあ、厳密に全く同じじゃないからさ。預け物をしてただけだよ」

 

 

 その言葉ともに、幽かだったセトの気配が復活した。それと同時に、地上の混じった方のホルスの違和感が消えた。ようやく地下生活者は絡繰りを理解した。

 

 

「まさか、融合していたと? ……あのホルスに混じっていたのは……」

 

「力の大半を預ければ、残りカスの俺が誰かなんて分からないだろ?」

 

「だが、だが! そんなに上手くいくはずが……!」

 

 

 理屈は分かる。あのホルスに神秘を預ければ、残りはガワだけだ。確かにそれならば、ルールブックを誤魔化せる。世界は案外大雑把だから、セトの力しか認識しないだろう。だが、それは後の事を考えればできないはずだ。

 

 だって、元に戻れない。恐らくは、ホルスとセトで融合したモノ。そういった存在といった形で世界に存在していたはずだ。ホルスの方に力を残せば、ホルスの方は一個体として安定する。しかし、安定するがゆえにセトは戻れない。

 

 同じ存在は同時に存在できない。それは絶対のルールだ。ここは混沌の空間だから平気だが、ここから出た瞬間消失する。

 

 

「お前が上手くやってくれたんじゃないか。あのセトを呼び出すために、上手い事書き換えてくれたろ? そうしてくれるって信じてたよ」

 

 

 あのセトの憤怒。アレを呼び出すために、地下生活者がやったことは単純だ。先ほども言った通り、世界は大雑把だ。余程の間違い──死者蘇生等を犯さない限りは、お目こぼしをしてくれる。

 

 何が原因か知らないが、ホルスとアヌビスが二柱いた。バグであろうそれを利用して、そういう物であると、世界を誤認させた。これはチートでは無くて、仕様。グリッチ。だから、地下生活者は嬉々として実行したのだ。

 

 それが、間違いだった。これでは、態々この男の為にお膳立てしたようなものだ。

 

 

「これで、閉じ込められなくて済むし、お互いのプライバシーが守られる。アレも悪くはないが、やっぱり、こうあるべきだよ。これだけは礼を言ってもいいかもしれないな」

 

 

 スッキリとした顔で笑うセトが腹立たしい。また罵詈雑言をぶつけようとするが、セトの手に発生した雷を見て、そんな気はどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 

「止めろ! 小生は、お前には何もしていない! こんなの! こんなの! 理不尽だ!」

 

 

 実に理不尽な話だと、後ずさりしながら地下生活者は思う。今も地上にいるセトと、ここにいるセトは関係ないはずだ。地下生活者は、目の前のセトに何もしていない。

 

 それなのに、この男は黒服と共謀して、地下生活者を嵌めたのだ。道理が通らない。

 

 

「よくもまあ、自分の事を棚上げしてそんな口が利けるもんだ。そこは感心するよ」

 

 

 槍のようになった雷を一振りして、セトが一歩近づいて来る。

 

 

「確かに。お前の言う通りだ。()()()()()()()、確かに、最初の時点。キャンペーンが始まる前までは何もされていない。そうだな。理不尽だろう。道理は通らない」

 

「そうだ! だから──」

 

「でも、お前は人の言う事を聞かなかったよな?」

 

 

 一瞬、何のことを言われたのか分からなかった。その地下生活者の反応を見て、セトは残念そうな顔をする。

 

 

「ああ、お前にはその程度の事だったんだな」

 

「待て、まさか、あれだけの事で!?」

 

 

 ──もう遅いかもしれませんが、死者の言葉を騙るのは止めておきなさい。

 

 

 黒服の忠告だった。それを守らなかったことを、目の前のセトは言っているのだ。

 

 

「小生は、何もしていない!」

 

「しただろう。小鳥遊ホシノへの追い打ちに、梔子ユメの幻覚を見せた。よりにもよって、恨めしそうな顔の」

 

 

 地下生活者は言葉に詰まる。アレが無ければ反転させられなかった。それに、言葉を喋らせたわけでは無い。しかし、そんな言い訳も通用しないだろう。

 

 

「俺がお前をこうする理由は、確かにお前にとっては理不尽だ。だからさ。線引きをしたんだよ。それさえ守れば、手出しができないようにするだけで許してやろうと思っていた。ある程度は飲み込んでやろうってな」

 

 

 そう言うセトは穏やかな顔をしているが、それと反比例するように手元の槍が不気味な音を立てている。

 

 

「だから、正面からやってやることにした。黒服に頼んで、ここまで連れてきてもらった。あの時、何が起こって、なぜそうなったのか。それを陰から企んだ者がいて、そいつはどんなつもりだったのか」

 

 

 一歩、セトが地下生活者に近づく。逃げるように地下生活者は後ずさるが、逃げ道はあまりにも短かった。

 

 

「そして、お前の対戦者の代理として入り込んだ。まあ、好き放題やってくれたもんだよ。動機も、目的も、方法も、スタンスも、カスみたいなもんだったしな。本来の対戦者である先生が来た今、俺はもう自由だ。行儀の良い振りは、もうしなくていい」

 

 

 セトの纏う気配が殺意を増した。牙を剥き出した獣の顔を幻視して、恐怖のあまり地下生活者は助けを求めて辺りを見回すが、答えは一つだけだ。

 

 地下生活者が助かる方法は残されていない。黒服は興味なさそうにしているし、先生は黒服に何事かを囁かれている。両者の助けは望めない。

 

 目の前のセトを倒せば助かる。しかし、その手段はない。もう地下生活者には駒が残っていない。地上のセトの憤怒が居るが、中身が降臨した今。もうどうしようもできない。そんな現実に半狂乱になりながらも地下生活者は叫ぶ。

 

 

「何故だ! セトであるお前が、なぜそんなに小生を恨むのだ!」

 

 

 今まさに振り下ろされようとしていた槍が、ピタリと止まった。

 

 

「お前はセトだろう!? オシリスも、ホルスも。お前にとっては敵のはずだ。そのほかの忘れられた神々もそうであるはずだ! ネフティスも、アヌビスも、トートも!」

 

 

 オシリスは、セトの欲しがった王の座を奪った。ホルスには、その王の座を取り返されたうえに、切り刻まれている。

 

 ネフティスはセトを裏切ったし、アヌビスは不義の子だ。トートはセトに不利になる作戦をホルスに伝授している。何もしていないのはセクメトくらいだ。

 

 でも、きっと自分以外の全てが嫌いなはずなのだ。誰もセトには味方しなかったのだから。

 

 遥か昔に起こったことだ。その因縁は未だに続いている。

 

 だから、セトが地下生活者に怒るのはおかしいのだ。敵を減らしてやったに等しいのだから。むしろ感謝してもいいはずだ。

 

 けれど、セトは地下生活者に吐き捨てる。

 

 

「……誰の話だ? 俺の知っている人間じゃない奴の話を、もう終わったことの話を、俺じゃない奴の話を、今更されても困るんだよ」

 

 

 そのまま、槍を地下生活者に向けてくる。もう地下生活者に逃げ場は存在しなかった。

 

 

「お前のオーダーは焼き尽くせだったか? じゃあ、ミディアムとは言わず、ウェルダンといこうじゃないか」

 

「止め──あ゛あ゛あ゛あ゛ッ」

 

 

 身体を貫く灼熱に叫ぶ地下生活者の声が、大きく響いた。

 

 

 □

 

 

「止めないと……!」

 

 

 先生は、もう一人のカヤツリ、テラツリを止めようとする。さっきまで響いていた地下生活者の悲鳴は、もう小さくなっていた。それでも、何かが焼ける嫌な匂いは薄くなっていない。

 

 

「……止めておきなさい。先生」

 

「黒服! でも!」

 

「止めてどうすると言うのですか?」

 

 

 そんな先生を止める黒服に反抗するが、揶揄いを捨て去った黒服の言葉に反論できなかった。続く黒服の言葉にもだ。

 

 

「地下生活者は、それだけの事をしました。このまま無傷で帰す。または情けをかけると言うのはお勧めしません。彼の性格は十分に良く分かったでしょう?」

 

 

 それもそうだ。このまま帰せば、放置すればどうなるか。地下生活者の性格上、このまま諦めると言う選択は取らないだろう。

 

 負けた腹いせに何をするか分かったものではない。これまでの事件も地下生活者の仕業に違いないが、あれでも地下生活者なりの”ルールを守る”と言う縛りがあった。それを捨て去った場合の危険性は計り知れない。

 

 

「でも、私はあの子に他人を殺してほしくない。例え復讐だとしても、正当なものだとしても、あの子の気が済まないのだとしても。あの子はきっと引きずるし、私は生徒に人を殺してほしくない」

 

「なるほど。貴方らしい答えだ。実に、先生らしい」

 

 

 先生の答えに満足そうに頷いた黒服は、普段の口調に戻っていた。

 

 

「彼が、地下生活者を殺害する心配はありませんよ」

 

「でも……」

 

 

 ちらりと二人の方向を見やる。地下生活者の四肢に槍が何度もねじ込まれている。肉が焼ける臭いと何かがはじける音。痙攣で地下生活者が床へ身体を打ち付ける音。地下生活者のくぐもった呻き声。それらが嫌なハーモニーを奏でている。

 

 それを実行しているカヤツリの顔は悲しいほどに無表情だった。淡々と槍を突き込む。そんな滲み出る作業感がそれらを際立たせている。

 

 

「地下生活者には、死よりももっと恐ろしい最期が待っています。そして、それは地下生活者自身で招き、望んだものです。これから地下生活者が経験するだろうことは、我々が無自覚ながらやっていることなのです。見えない、気がつかない、知らないと言うのは実に幸福なのですよ。彼はただ、これ以上邪魔されないように痛めつけているだけですとも」

 

「本当に?」

 

「ええ、本当です。私は嘘はつきませんし、本当のことしか言いませんから」

 

 

 黒服から、事のあらましは聞いている。

 

 黒服はテラツリに依頼されたのだと言う。このままでは世界が滅びる可能性があるから、協力しろと。

 

 黒服は断る理由もなかったらしく、そのままここまで来ているらしかった。

 

 

「……どうして、あの子に協力したの? 黒服が一人で動いても良かったんじゃないかい?」

 

 

 それは、ふと湧き出た疑問だった。どうにも最初に会った時の黒服と、今の黒服は印象が違うような気がするのだ。それが、ただただ気になった。

 

 

「そうですね……確かに先生の疑問は当然です。契約の事があったとはいえ、私一人で動いても良かった。彼の話では、マダムが引き金のようでしたからね。彼女がもういない以上、それらの確認だけすればいい」

 

 

 それなら、猶更動く理由はないように思う。ベアトリーチェの事は初耳だが。黒服とテラツリが動くのは、それなりの手間が掛かっているはずだ。

 

 

「……先ほど地下生活者が言っていたでしょう。世界の滅亡が私の見たかった光景だと」

 

「そうなの?」

 

「まさか。全く違いますよ」

 

 

 分かり切ったことを先生は聞く。黒服は心外だと言うように答えた。

 

 

「私は、知りたかっただけです。神秘。それがいったい何なのか。何故、忘れられた神々が、このような、学園都市などと言うテクスチャーを作ったのか。それが知りたかった」

 

「だから、ホシノに目をつけたの?」

 

 

 ホシノの事を、キヴォトス最高の神秘だと、かつて黒服は言った。地下生活者もそれが目的で介入したのだろう。

 

 黒服のアプローチと地下生活者のアプローチは違うと思う。でも、結果は似たようなものかもしれなかった。地下生活者は勘違いしたが、似たようなことが起こるから、ああ言ったに違いなかった。

 

 

「そうです。彼女と彼女を取り巻く環境と人々。それは私が知る物と酷似していました。だから、それに則るように誘導したのです」

 

「カヤツリも?」

 

 

 カヤツリの名前を聞いて、黒服は薄く笑う。

 

 

「そうですね。最初は何かに使えるだろう。少し面白そうだ。そういった感情があったことは否定しません。彼自身もホシノさんに関わる重要な因子でしたからね」

 

 

 黒服は地上の様子に目をやる。そこでは、セトの憤怒と呼ばれた巨大な何かが暴れ狂っていた。まだ、ホシノは戻ってこないらしく、テラノが手を焼いている。

 

 

「本来なら、今地上で起きているようなことになるはずでした。セトとホルスは宿敵同士。何時かは争い、片方が倒れる運命。そうなるはずでした。あくまで、彼はホシノさんのストッパーの役割しか期待していませんでした」

 

「でも、そうはならなかったんだね」

 

 

 先生は黒服の想定した未来がどのようなモノかは知らない。でも、予想が外れたことは知っている。黒服はそう言われて、いつもの笑いで返してきた。

 

 

「ええ、私の予想通りにならないどころか、それを越えてきた。私の教えたことを吸収し、私の想定外の動きを見せた。決められたはずの自らの運命を自分で決めた。それは……非常に興味深いと。私は、そう思ったのですよ。もう少し見ていたい。そう思ったのです」

 

 

 その感情を言葉で表すのは難しい。先生も存在は知っているが、実感はない。でも、先生は黒服がテラツリの頼みを聞いた理由が分かった気がした。

 

 

「それで、ここからカヤツリの動きを見てどうだったの?」

 

「ええ。実に満足できる物でした。ルールの範疇で努力する彼は、期待以上でしたとも。望む物の為に、使えるものはすべて使う。過去の因縁も飲み込んだ。飲み込むことが出来た」

 

 

 今まで見たことがない、薄く満足そうに笑った表情で黒服は、呟く。

 

 

「きっと、忘れられた神々もそうだったのでしょう。そのために神秘は最小限にした。強大な力を捨てた。逸話の通りに動かなくて済むように。自分自身の人生を生きたくなった。……些かロマンティックな考えですがね」

 

 

 先生の方を見る黒服の表情は、すっかりいつものモノに戻っていた。懐かしむように、先生へ昔の思い出を語る。

 

 

「今なら、あの時の先生の勧誘の言葉も別の物になったでしょう。それでもきっと、先生は頷きはしないでしょうが」

 

 

 しみじみと言う黒服に、先生は何も聞かなかった。あの時の言葉とは、黒服のオフィスに乗り込んだ時のだ。

 

 力や金や知識や権力。それら全てを先生は跳ね除けた。それが、黒服は理解できなかったのだろう。そして、今でも完全には理解できないのかもしれない。

 

 でも、その黒服の新たな勧誘の言葉を聞く機会は、次回に取って置くことにした。また近々会う事になるし、嫌でもその機会は巡ってくるだろうから。

 

 

「……終わったようですね」

 

 

 いつの間にか、地下生活者の立てる音がやんでいた。床に転がった地下生活者からは煙が上がっているが、まだ恨み言を呟きながら動いているし、息もしていた。死んではいないようだ。

 

 

「外の、セトの憤怒だっけ。あれはどうするの?」

 

「俺が外に出て。こっちの俺が戻ってくれば解決しますよ」

 

 

 テラツリが戻ってきていた。テラツリは、あまり嬉しそうではない表情で説明する。

 

 

「セトの席は二枠だけです。俺が戻って、こっちの俺が戻れば、三枠になる。後は席取りゲームになります」

 

「倒さなきゃいけないってこと?」

 

 

 先生の疑問に、今度は黒服が答える。

 

 

「その必要はありません。この世界に最も縁遠いのは外にいるセトの憤怒です。そこの彼が戻り、混沌の領域を解除すれば、この世界からはじき出されるでしょう」

 

「そう言う事です。だから、今から戻ります。黒服……」

 

「少し待ってください……おや? 妙ですね」

 

 

 そう言って戻ろうとしたのか、地上の様子を見たテラツリに黒服は待ったをかけた。そして、端末を弄るが、上手くいかないのか。操作を止めて、そのまま考え込んでしまう。

 

 

「どうしたの?」

 

「やはり、このままでは戻せませんね……妙な抵抗を感じます」

 

 

 黒服も予想外なのか、真剣な眼差しで考え込んでいる。

 

 

「地下生活者が何かしたの?」

 

「いえ、そうではありません。これは、セトの憤怒の問題でしょう」

 

 

 仮説が出来上がったのか、黒服が難しい顔で先生の疑問に答えた。

 

 

「原因は不明ですが、そこの彼よりもこの世界に対する縁が強いようです。このまま混沌の領域を解除すれば、そちらのカヤツリ君がはじき出されます」

 

「どうすれば良い?」

 

「そうですね……」

 

 

 少しまた黒服は考えて、テラツリへ告げる。

 

 

「この世界のカヤツリ君が戻ってくるのを待つしかないでしょう。ホシノさんが反転した姿。ホルスの縁で来ているのかもしれません。彼女が戻れば、セトの憤怒は縁を失い退去するかもしれません」

 

 

 それは、ここにいる面々では、もう何もできない事を意味していた。ホシノの深層へは、対策委員会と先生が声を届けた後だ。しかし、まだ戻らないと言う事は、何かがあるのだろう。

 

 それは、ホシノが自分で解決しないといけない事なのだ。そして、一人では乗り越えらないモノなのだろう。

 

 だったら、もう何かできるのは一人だけだ。そして、先生は、その誰かがどうにかすると信じるだけだ。そう思って、先生は静かに願いを込めて呟く。

 

 

「ホシノを頼んだよ。カヤツリ」

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