ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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193話 振り切れぬ後悔

 いつの間にか、砂漠を歩いていた。

 

 山のようになった砂丘を歩きながら、これは夢だとホシノは理解していた。

 

 照り付ける日差しと、吹きすさぶ風、身体に当たる砂が嫌にリアルだ。沈み込んで歩きにくい砂地も完備ときている。夢のはずなのに、現実みたいだった。

 

 

「暑いよ……それに、喉が渇いたな……」

 

 

 何ともなしに呟く。しかし、自分の手元に水筒はない。武器も何もありはしない。着の身着のままの丸腰だった。

 

 遠くを見るが、果てしない砂漠が四方八方に広がっている。目印も何もない。ここがどこかも分からないし、どこを目指せばいいのかも分からない。結構な時間を歩いているが、もしかしたら同じところをグルグル回っているだけなのかもしれない。

 

 

「……行かなきゃ」

 

 

 口を閉じて、また前に進む。口を開けば開いた分だけ、足を止めれば止めた分だけ、時間が無為に過ぎていく。

 

 これは、罰だ。二人を殺した罰。何時までもここで、ホシノは彷徨うのだ。

 

 

「あれ?」

 

 

 一歩足を踏み出せば、いつの間にかホシノは電車の中に居た。見慣れた普通の電車だ。そこには、ノノミちゃんが立っていた。

 

 

「ホシノ先輩……」

 

 

 心配そうな顔でノノミちゃんはホシノを見つめている。よく見れば服装もどこか砂だらけだ。

 

 

「……ダメだよ。ノノミちゃん。こんなところに来ちゃ。早く帰りなよ」

 

 

 きっと迎えに来てくれたのだろうと思う。外で何が起こっているのかは何となく分かる。自分の事だからだ。

 

 

「カヤツリ先輩と梔子ユメ先輩。二人を殺してしまったと思ったからですか? だから、帰る資格がないと。そう思っているんですか?」

 

「……ノノミちゃんは何でもお見通しなんだね」

 

 

 ホシノが説明するまでもなく、ノノミちゃんは分かっているようだった。

 

 こんな自分が、どうして皆の所に帰れるだろう。どうしようもない自分は、ここで彷徨うのがお似合いだ。

 

 

「カヤツリ先輩は生きてます」

 

「! そうなんだ……! 良かった……なら、猶更帰れないよ」

 

「怒ってしまったからですか? あれは、私のせいです。ホシノ先輩のせいじゃありません」

 

 

 そう、悲しそうな表情でノノミちゃんは言う。けれど、そんな顔をする必要は無い。

 

 

「これは罰なんだよ。ユメ先輩を殺した罰」

 

「違いますよね?」

 

 

 静かに、何処か確信を持っているノノミちゃんにホシノは言い返せない。

 

 

「ホシノ先輩は、最期の会話が喧嘩に終わってしまった事を後悔しているんですよね? 本当の気持ちを言わないまま、もう会えなくなってしまった。それを罪だと思っているんです」

 

 

 一つの内心を言い当てられて、ホシノは少し驚いた。思わず、本音が溢れ出す。

 

 

「あんな会話が最期になるなんて……私は、ユメ先輩が大好きだったのに……私は酷い事をしたんだよ。それを知らないフリして前を向けない。向いちゃいけない。忘れちゃいけない。私は間違ったから」

 

「ホシノ先輩は、受け入れてますよ」

 

 

 ノノミちゃんはそんな事を言うが、それは慰めだ。それだったら、こんなところに居ない。

 

 

「ホシノ先輩は受け入れてる筈です。もう、梔子ユメ先輩は帰らない事は、受け入れているんです」

 

 

 ノノミちゃんは、震える声で続ける。

 

 

「だから喧嘩した事を後悔しているんです。そうでないなら、他の後悔になる筈です」

 

 

 それは、そうだ。

 

 ユメ先輩が死んでしまった事が悲しくて、それをどうにかしたかったなら。

 

 そもそも、行かせなければ良かったとか。カヤツリから、聞き出せば良かったとか。そうなる筈だった。

 

 喧嘩しなければ良かった。そんな後悔は、ユメ先輩が死んだ前提の後悔なのだ。

 

 

「まだ、前は向けないのかもしれません。でも、受け止める事は出来てると思うんです。ホシノ先輩は、自分の知らないところで納得している」

 

 

 カヤツリが教えただけあって、似たような事をノノミちゃんは話す。それがなんだか、心地良かった。ノノミちゃんの気持ちが伝わってくる。

 

 

「本当の気持ちを伝えられなかったことが、罪なわけないじゃないですか……!」

 

 

 ノノミちゃんは、漸くといった様子で声を絞り出した。

 

 

「だって、あんな会話が最後になるなんて、誰も分からなかったんですから……!」

 

 

 仕方がなかった。そんな事を多分に含んだ慰めの言葉にホシノは俯くしかない。

 

 そうだ。本来なら、帰ってきたユメ先輩に謝って終わる話だった。でも、そうはならなかった。そうはならなかったのだ。

 

 あれは、ホシノのせいだと、そう思わなければやっていられなかった。

 

 だってそれは……

 

 

「あれは、ただの事故だよ。先輩」

 

「シロコちゃん……」

 

 

 いつの間にか電車内から、外に出ていた。

 

 砂に埋もれたビルの群れ。この場所はアビドス郊外だ。そして、ホシノとシロコの二人はそこに立っていた。

 

 

「あれは、別に誰のせいでもない。ホシノ先輩のせいじゃない」

 

「そうだね。それは、頭では分かってるんだよ。受け入れられるかは……いや、分かってるんだっけ……」

 

 

 だからこそ、耐えられなかった。何かに八つ当たりしたくとも、誰のせいでもないから。

 

 

「ん。前にも言ったけど、ホシノ先輩はホシノ先輩が思うほど悪い人じゃない」

 

「そうかな……」

 

 

 ずっとそうだ。ずっと自信が持てない。ずっと誰かの後を追いかけている。

 

 それでも、シロコちゃんは言う。

 

 

「私を助けてくれた。何も、記憶すらない私を助けてくれた。ホシノ先輩がマフラーをくれなかったら、あそこで私は死んでた」

 

「それは、ユメ先輩が、そうしろって……私は褒められた人間なんかじゃない」

 

 

 ──ホシノちゃん。困っている人をみたら手を差し伸べるの。お腹を空かせていたり、寒さに凍えている人がいたら助けてあげるの。

 

 

 それは、ユメ先輩が教えてくれた事。ユメ先輩が大事にしていた事。だから、そうしたに過ぎないのだ。

 

 

「ん。なら、ホシノ先輩だけじゃなくて、梔子ユメ先輩にもお礼を言わないと」

 

「え……?」

 

 

 思いもしないシロコちゃんの言葉に、驚いた。でも、シロコちゃんは不思議そうに言うのだ。

 

 

「だって、私を助けたのはホシノ先輩。ホシノ先輩が私を助けたのは梔子ユメ先輩のおかげ。なら、梔子ユメ先輩にも言わないと」

 

「……そうだね。確かに、そうだよ」

 

 

 シロコちゃんは、自分が居なければここに居ない。だから、シロコちゃんは、ホシノにも、ユメ先輩にもお礼を言うのだと。

 

 シロコちゃんにとっては、動機などどうでもいいのだ。ただ、結果だけを見て物を言っている。

 

 それは、さっきのホシノの考え方と同じだった。

 

 あんな酷い言葉をぶつける。そんなつもりはなかったとしても、その後ユメ先輩は死んでしまった。

 

 悪気や動機はどうあれ、結果としてユメ先輩の死があるのなら、あんな言葉を発したホシノが悪い。自分は間違った存在なのだ。そういった結論だった。

 

 それが、シロコちゃんが言った事と衝突していた。同じ理屈で真逆の結果が出ている。

 

 ホシノは自分が罪を犯したと思う。悪気はなくとも結果がああだからだ。

 

 でもシロコちゃんを拾った事は、シロコちゃんにとっては命を救われたに等しい。動機はよろしくないものなのに。

 

 ホシノの持論を支持すれば、シロコちゃんの言ったことと衝突する。

 

 逆に否定すれば、ホシノは罪を犯していない事になる。

 

 ホシノは、何がなんだか分からなくなってきていた。

 

 

「ホシノ先輩……」

 

 

 また光景は変わっていた。今度は対策委員会の部室だった。アヤネちゃんがこれまでの二人と同じような顔でホシノを見つめている。

 

 

「どうして、ユメ先輩は死んでしまったんだろ……」

 

 

 何が何だか分からないまま、ホシノはぶつぶつ自分の考えを呟く。

 

 

「私がもっと、頑張っていれば……カヤツリやユメ先輩と、もっと話をしていれば……」

 

 

 ノノミちゃんは、伝えられなかったことは仕方ない事だと言う。シロコちゃんは、ホシノの事を悪くないと言う。

 

 じゃあ、どうすれば良かったのだろう。ユメ先輩は、どうすれば助かったのだろう。誰も悪くないのなら、何でユメ先輩は死んでしまったのだろう。

 

 

「ホシノ先輩!!!」

 

「アヤネちゃん……」

 

 

 少し怒った表情で、それでも心配の色を残したまま、アヤネちゃんが口を開いた。

 

 

「ホシノ先輩とカヤツリ先輩、梔子ユメ会長の事情に、私は口を挟むべきじゃないのかもしれません」

 

 

 アヤネちゃんは一年生だ。まだここに来て一年も経っていない。ユメ先輩とカヤツリを含めた事情に、一番縁遠い。それでも、アヤネちゃんは、こんな自分へ言ってくれるのだ。

 

 

「でも、そうやって、自分を苦しめていたら。ホシノ先輩はずっと苦しいままです。できなかった後悔をずっと思うのは、ただホシノ先輩自身を傷つけるだけなんです」

 

 

 そう、それが答えだった。ユメ先輩の死に原因はない。偶然が重なって、そうなっただけの唯の事故。だから、ホシノがしている事に意味はない。過去は変えられない。今更何もできはしない。後悔とはそういうモノだ。

 

 

「……ありがとね。アヤネちゃん」

 

「え……?」

 

 

 突然、感謝の言葉を述べるホシノに、アヤネちゃんは呆気にとられた様子だった。

 

 

「普段、カヤツリや私が手の回らない所をフォローしてくれるでしょ。いつか、言おうと思ってたんだけどさ」

 

 

 それなら、意味のあることをしてみてもいいのではないだろうか。ひとまずは自分ができなかったことを。日頃の感謝を、思った事を伝えてみるのもいいかもしれない。

 

 

「……」

 

 

 また場面が切り替わる。目を丸くしたアヤネちゃんの代わりに、今度は仏頂面のセリカちゃんが待ち構えていた。場所はいつか遊びに行った彼女自身の部屋だった。

 

 

「ふぅ……ごめん。上手く言葉にできないや」

 

 

 どうにも、仏頂面は上手く話を纏められなかったかららしい。セリカちゃんらしさが滲み出ていた。

 

 

「……早く帰って来てよ。先輩のバカ!」

 

 

 もう考えるのはやめたのか、思うままに振舞うことにしたようだった。いつもの、少し怒った表情で、セリカちゃんは喚く。

 

 

「それで、また一緒にラーメン食べに行くわよ! いつかノノミ先輩が言ってたアイドルもやってあげるから! だから……」

 

「……セリカちゃん」

 

 

 セリカちゃんの真っすぐな優しさに泣き出しそうだった。もう、帰れないと。あわす顔なんてないと思っていたのに。それでも、ホシノの居場所はここなんだと。この皆が居る対策委員会なのだと。そう言ってくれていた。

 

 

「やっぱり、セリカちゃんは可愛いねぇ」

 

「バッ……」

 

 

 だから、いつものように、揶揄って誤魔化す。バカじゃないのと言おうとしたセリカちゃんを置き去りに、また場面が切り替わる。

 

 

「もう一人の、シロコちゃん……」

 

 

 今度は屋外だった。時間帯すら違う。そこは夜空が広がる砂漠だった。星空には星が瞬いていて、そこに、もう一人のシロコちゃんが立っていた。

 

 

「もう、十分。過去は過去として、そのままでいい。無理に変える必要はない」

 

 

 シロコちゃんとよく似た。でも、それよりも大人びた憂いを含んだ表情。そんなもう一人のシロコちゃんは静かに話す。

 

 

「これからを、セリカやアヤネのような。彼女を知らない生徒が増える事を大切に。彼女が知らない子たちが笑顔で居られるのは決して悪い事じゃない。それは、彼女が望んだことじゃないの? そのことを先輩が一番知っているはず。だから、過去の思い出に、ずっと囚われるんじゃなくて。彼女の思い出も、皆の居る未来に連れて行ってあげて」

 

 

 その言葉は、まるで自分に言い聞かせているようにも、ホシノは聞こえた。

 

 

「だから、握り込んだその手を、放してあげて」

 

「……ありがとう。君の事は、そっちの私ほどよく知らないけど……分かるんだ」

 

 

 シロコちゃんは優しいから。きっと目の前のこの子もそのはずだった。

 

 

「君も、手放せてないんでしょ? ……皆が使ってた武器をさ」

 

 

 それは、咎めの意味では無くて、心配の意味を込めた言葉だった。図星だったのか、もう一人のシロコちゃんは俯く。

 

 彼女は持っている。向こうの世界で死んでしまった皆の武器を。皆の、遺品を。

 

 彼女が言った事は、そのまま彼女自身にも当てはまる。

 

 

「そう。難しいと思う。それは、とても難しい事。きっと簡単なことじゃない。私にとって、皆の事はそんなに軽い事じゃない」

 

 

 もう一人のシロコちゃんは俯くのを止めていた。難しいと言いつつも、それでも、前を向こうとしているように見えた。

 

 

「でも、私はまだここにいるから。皆の事を知ってるのはもう、三人しかいないから。だから、一緒に行こうと思う。悲しい事も嬉しかったことも、あの輝いていて幸せだった、優しさの記憶を。あの思い出をずっと抱えていく。皆が居ない事に、時には悲しくなることもあると思うし、耐えられない時もあると思う。でも、まだ私には二人の先輩がいるから。それは、きっと先輩も、そうだと思う」

 

「……私にできるかな」

 

 

 それを聞いたもう一人のシロコちゃんは薄く笑った。

 

 

「……私の方のホシノ先輩の伝言。”君には、カヤツリや後輩たちや先生がいる。まだ何もなくしていない”って」

 

 

 流石、自分なだけあって、こうなる事を見通していたらしい。言いたいことは分かる。それは、これまでに自分が通ってきた道だからだ。

 

 

「あ……」

 

 

 また、最初の場所に戻ってきていた。今度は誰もいない。

 

 

「探さないと……私には、できないよ……」

 

 

 また、ホシノは歩き出す。

 

 

「分かってる。分かってるんだけど……私は……」

 

「ホシノは、何を知りたい?」

 

 

 そこに居たのは、先生だった。草臥れたワイシャツが砂漠にミスマッチなのが、やけに印象的だった。

 

 

「ユメ先輩は、何を思ったんだろう」

 

 

 それが知りたかった。だって、それがないとどうしようもない。

 

 あのシロコちゃんは思い出を一緒に連れて行くと言った。彼女はそうするだろうし、できるだろう。

 

 彼女は居なくなってしまった皆のことを覚えている。きっと、それはありのままを覚えているのだ。だから、抱えていける。対してホシノはそうではない。

 

 

「私は、ユメ先輩に、どう思われてたんだろう」

 

「それを、一番知っているのはホシノじゃないの?」

 

「分からない。だって、私は口うるさくて意地悪な後輩だったから。思っていたことを、日頃の感謝を口になんて出さなかった」

 

 

 かつて学んだことだ。思いは口に出さなければ伝わらない。態度だけでは、思っているだけでは伝わりはしない。

 

 だから、ホシノがユメ先輩をどれだけ好ましく思っていようとも。ユメ先輩にとってそうだったかは分からない。

 

 

「私の思い込みの、私にとって都合の良いユメ先輩を覚えておくの? それは、ユメ先輩を殺すのと同じくらい酷い事じゃないの?」

 

「……カヤツリもそうだったよ」

 

「え……?」

 

 

 先生は、気まずそうに言う。きっとカヤツリには無断なのだ。

 

 

「同じようなことで、カヤツリも悩んでた」

 

「先生は、カヤツリになんて言ったの?」

 

 

 それが知りたくなった。経緯はどうだか分からない。でもカヤツリも同じ悩みを抱えたなら、それに対する答えが知りたかった。

 

 

「それは、分からないって。彼女がもういない今。それは誰にも分からない。私たちに許されることは唯信じること。想像することしかできない。その人がした行動や、発した言葉や、その状況から、その人の気持ちを推し量る事しかできないんだ。でも、それだけで十分なんだよって」

 

 

 それは、ホシノが期待した答えでは無かった。それを察して、先生は静かに言う。

 

 

「だから、カヤツリに会っておいで。きっと、それがホシノにとって必要だと思う。もう、梔子ユメさんの事を知っているのは、二人しかいないんだから」

 

 

 そんな言葉を残して、先生は消えてしまった。先生にしては珍しかった。いつもは一緒に考えてくれるのに、カヤツリに丸投げだったからだ。

 

 先生が消えた後も、歩くのを再開する。しばらくすると、見覚えのある建物が見えてきた。

 

 

「ここは……」

 

 

 アビドス分校だった。砂で汚れた校門が遠くに見えて、その近くに一つの人影が立っている。

 

 

「──」

 

「──」

 

 

 誰かと話しているような声が聞こえた。遠いからホシノの耳でも微かにしか聞こえない。片方は聞き覚えのある声だが、もう片方は聞いたことのない声だった。

 

 近づいていくと人影の正体はすぐに分かった。おずおずと声を掛ける。

 

 

「カヤツリ……」

 

「ホシノ……思ったより大丈夫そうだな。後輩たちに会ってきたのか?」

 

「うん……」

 

 

 なんだか、胸がいっぱいで大した事は言えなかった。その間にもカヤツリは校門を開けて、手招きしている。

 

 

「後悔は無くなったか?」

 

 

 追いつくと、校庭を歩く隣のカヤツリがそんな事を聞いてくる。その質問に胸が暖かくなる。それは、大体の事情を聞かずとも察してくれたからだ。

 

 

「……まだだよ」

 

 

 それに、カヤツリは何も言わなかった。だから、ホシノの方から聞いてみる。

 

 

「カヤツリもそうだったの?」

 

「……先生に聞いたのか? 何が聞きたい?」

 

 

 答えなど一つだけだ。カヤツリの問いに迷わず答える。

 

 

「カヤツリは、何に悩んだの? 私と同じだって聞いたんだけど……」

 

「……色々あるよ。何もできなかったことや、俺は、先輩をどう思っていいのか分からなかったこと。手帳を見たんだろう?」

 

 

 また、おずおずと頷く。それはカヤツリの見てほしくない物を勝手に見たからだ。

 

 

「俺は、意味が欲しかった。ユメ先輩が死んだのは事故だ。誰のせいでもない。それが耐えられなかった。だから、砂漠横断鉄道に縋りついた」

 

 

 それは、ホシノと似たような思いだった。ホシノは自分のせいにしたが、カヤツリはそうしなかったらしい。

 

 

「俺は、そうすれば、ユメ先輩の死に意味が与えられると思った。砂漠横断鉄道でアビドスを復興する。それができれば、何もできなかった俺の罪が軽くなると思った。もうホシノも悩まなくていいと思った。でも、それは……」

 

 

 カヤツリらしいと言えばらしい。でも、それは、上手くいかなかったのだろう。

 

 

「手帳の内容?」

 

 

 カヤツリは何も言わなかったが、きっと正解だ。アレの中身は悲しみと後悔、無理解への怒りに満ちていた。自分たちの知るユメ先輩のイメージとはかけ離れたものだ。

 

 

「俺の中のユメ先輩のイメージが粉々に破壊された。それに、あの偽物もいた。ホシノもそうだろ?」

 

 

 それで、カヤツリは分からなくなったのだろう。ユメ先輩の望みが、ユメ先輩がどう思っていたかが、分からなくなった。ホシノと同じように。

 

 

「それで、先生から言われたの? 不確かでも信じるしかないって。それで、カヤツリは納得できたの?」

 

 

 そんなホシノの問いに。カヤツリは、廊下を眺めつつ、ゆっくり話す。

 

 

「完全には出来ない。でも、そうするしかない。俺は、俺の知っている。俺の前で見せてくれていた先輩を信じる事しかできない……」

 

 

 悲しそうに言うカヤツリに、ホシノは声を掛けられない。そして、どうしようもない。

 

 

「じゃあ、私は、記憶の中のユメ先輩を信じるしかないってこと?」

 

「ホシノは、先輩がどう思ってたかを知りたいのか?」

 

「そうだよ。私はそれがなきゃ……抱えられない。私は、本当のユメ先輩を知りたい」

 

 

 そんなホシノを見て、カヤツリは足早にどこかへ向かいながら、ホシノへ語る。

 

 

「俺はホシノほどじゃないが、先輩を知っている。そして、俺から見た、その時の先輩の気持ちを推察することが出来る。それをホシノに教えてもいい。……でも、それじゃ満足できないんだろ?」

 

 

 ホシノは情けなさに泣きそうだった。先生だって言っていたことだ。他人の気持ちは、ユメ先輩の気持ちは、今となっては推察することしかできないと。それだけで十分だと。そう言われても、心の底から納得できないのだ。

 

 

「ホシノ。俺と会話して、俺の気持ちがわかるか?」

 

「……分かるよ」

 

「全部か? 心の奥底まで、善悪、好悪関係なく。全部が分かるか?」

 

「そんなの……」

 

 

 分かるわけがない。ホシノは、あっちのホシノではないのだから。ホシノの答えにカヤツリは頷く。

 

 

「そうだ。人の事なんて完璧には分からない。面と向かって話してもな。本当の先輩なんて、先輩自身にも分からない」

 

「……それは、どうしようもないから、諦めろってこと?」

 

 

 答えは分かり切っているが、ホシノは聞き返す。でも、カヤツリの答えは予想外だった。

 

 

「違う。俺が言いたいのは、人と話して、その人の思った真意。それはホシノの受け取り方次第ってことだ。ちゃんと話して、その結果を受け止められるかってことだ。その答えが、ホシノの望む物じゃないことだってある。俺たちは、ただある事実から、それぞれにとっての真実を解釈するしかない。それが、真実なんだと。そう信じるしかない」

 

「何を言ってるの……?」

 

 

 カヤツリが何を言っているのか分からなくて、ホシノは困惑する。そして、カヤツリは優しい顔でホシノに言うのだ。

 

 

「先輩はこの先にいる。この先の先輩と会って、話すんだ。ホシノにとっての真実を、ホシノが思う先輩を見つけてくるんだ」

 

 

 辿り着いた場所は、アビドス生徒会室だった。三人の思い出の場所。全てが詰まった場所がそこにあった。

 

 

「……でも、それは」

 

 

 この先に、ユメ先輩は居るのだろう。ホシノが思い浮かべた、ホシノが思うユメ先輩が。きっと、ホシノが望む通りの言葉を話す先輩が。

 

 躊躇うホシノに対して、カヤツリははっきり言う。

 

 

「その扉の先の先輩は、本物だ。俺が保証する」

 

「えっ……」

 

 

 カヤツリの表情を見るが、真剣そのものだった。理屈は分からないが、カヤツリはそう信じているらしかった。

 

 でも、それなら、カヤツリのさっきの会話は理解できる。

 

 だから、本人と話しても、その人の真意は分からないと言ったのだ。それは、ホシノの受け取り方次第だと。全てはこのための前振りだった。

 

 

「どうやったの?」

 

「……俺はバカだからな。好きな娘のためなら、なんだってできるんだよ」

 

 

 そっぽを向いて、カヤツリはそう言う。きっとカヤツリなりの誤魔化しだ。だから、ホシノはそう思う事にした。

 

 

「分かった。カヤツリは?」

 

 

 生徒会室の扉に手を掛ける。カヤツリも話したいはずだと思って聞くが、カヤツリは首を横に振った。

 

 

「俺は行けない。そこはホシノしか行けない。あの日から三日間。誰にも会わずに、誰にも目撃されなかった、ずっと部屋に閉じこもってたホシノしか行けないんだよ」

 

 

 また変なことを言うカヤツリに苦笑する。そこまで変な理屈を並べなくても、ホシノは行ける。この先に待つのが、自分の想像のユメ先輩だとしても。

 

 カヤツリがそこまで言うのだ。カヤツリはそう信じる事にしたのだろう。なら、ホシノも信じて見ようと思う。

 

 

「そう。じゃあ、行くね」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

 

 そんな、カヤツリの声に背中を押されて、ホシノは生徒会室の扉を開いた。

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