ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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194話 再会

 開いた扉の先は、記憶のままの生徒会室だった。

 

 現実世界では埃塗れで段ボールが積みあがっているはずの部屋には、机の上の書類の山や、書き物塗れのホワイトボードが鎮座していた。電気が消えているせいか薄暗く、外からの街灯の明かりだけが光源だった。

 

 

「誰もいない……」

 

 

 ホシノの呟きの通りに、部屋の中は物があるだけで、人の気配はなかった。カヤツリの言葉とはかけ離れている状況に首を捻る。

 

 入ってきた扉は開け放たれたままだ。そこから頭を突き出して、左右を見渡すが、がらんとした廊下が続いているだけだ。

 

 カヤツリの姿はない。だから、さっきの空間とは違うのだろう。外に出るのも不安要素が強い。まずはこの部屋から探すべきだとホシノは判断した。

 

 

「今は、何時(いつ)なんだろ」

 

 

 ふとそんな事を思って、窓の外を見る。日が落ちているせいか、外はもう真っ暗だった。壁の時計もそんな時間を指している。電気をつけようと、壁のスイッチを探す途中でカレンダーが目に入った。

 

 

「カレンダーは……あんまり意味がないか」

 

 

 今日がいつなのかを探そうとして、ホシノはすぐにやめた。壁にあるのは一年分の大判のカレンダーだ。探すだけ無駄だ。

 

 諦めたホシノは、机の上を見て固まった。そこにはビリビリに破られた紙が乗せられている。

 

 

「ポスター? ……砂祭りの……これって。じゃあ、今は、まさか……」

 

 

 ホシノは、そのポスターに見覚えがあった。なにせ自分で破ったのだから、見覚えがあるどころの話では無い。そして、これが、破れた状態でここにあると言う事は……

 

 

「誰……?」

 

 

 茫然と破れたポスターを持って立ちすくむホシノへと、声が掛けられる。その声は、とても懐かしくて、もう聞くことが出来ないと思っていた声だった。

 

 その声の主に、ホシノは振り向けなかった。だって、何を言えばいいと言うのだろう。

 

 ここは、過去だ。過去、ホシノがユメ先輩に当たり散らした、その日の直後。ポスターが修繕されていない事からもそれが分かる。

 

 そして、あの時の自分と今の自分。その姿は様変わりしている。きっと、声の主には不審者にしか見えないだろう。

 

 そして、ホシノが逡巡している間に部屋の電気が付けられた。電灯の強い光がホシノを照らす。

 

 

「ホシノちゃん……?」

 

 

 スイッチを付けたであろう声の主を見る。そこには、予想通り。あの日の、記憶のままのユメ先輩が居た。そのまま先輩は身構えるホシノへゆっくりと近づいてくる。

 

 

「ごめんね……私。ホシノちゃんが、あんなに怒るなんて思わなくて……でも、戻ってきてくれたんだ……よかったよぉ……」

 

「あ……」

 

 

 ごめんね、ごめんねと。そう涙声で謝りながら抱きしめてくるユメ先輩に、ホシノは何もできない。

 

 本物だと。そう確信できた。

 

 ユメ先輩の身体の感触も、匂いも、状況も、カヤツリが言っていたことも根拠にある。それでも、ただ、そうだと思ったのだ。

 

 

「……なんで、私だって、分かったんですか?」

 

「え……? ホシノちゃんだよね? あれ……? なんか、違うね……」

 

「はぁ……相変わらずですね。ユメ先輩は……」

 

 

 少し身体を離して、ユメ先輩はまじまじとホシノを見つめる。いまさらそんなことに気がついたのかと、徒労感がホシノの全身を襲っていた。あった瞬間泣いてしまうかと思ったのに。ここに来るまでの悲壮感とか、決意とか、覚悟とか。そういったものが台無しにされた気分だった。

 

 でも、嫌な気はしない。かつてのユメ先輩そのままだった。ユメ先輩の声はホシノを確かに癒してくれた。

 

 

「ホシノちゃん! どうしたの!? その髪! 私みたいに長いけど……」

 

「えーと……」

 

 

 なんて説明しようかとホシノは思う。未来から来ましたなんて言えるだろうか? それは言ってはいけないような気がする。

 

 イメチェンですとかで、誤魔化せるだろうかと。そんな事を真剣に考え始めたホシノに、ユメ先輩は何かを思いついたかのように言う。

 

 

「あ! 分かったよ! うん。あの時もそうだったんだもんね。そう言う事もあるよ。うん」

 

 

 うんうんと頷いて、ユメ先輩は何か一人で納得しているようだった。説明が省けて助かったが、何か釈然としない物を感じる。

 

 

「それで、ホシノちゃん。私に何か、用事があるの?」

 

「そうですね……」

 

 

 話がトントン拍子に進んでいて、ホシノは困惑するしかない。なんだか、とても都合が良い。けれど悪い事ではない気がする。

 

 でも、いざ言おうとすると、涙が止まらなくなる。もう会えないと思った人が目の前にいる。そして、妙な確信があった。多分その言葉を言えば、この時間は終わりだ。

 

 だから、声が上手く出てこない。

 

 

「……大丈夫?」

 

「だいじょうぶでず……ユメぜんぱい……」

 

 

 それが悲しくて、流した涙で顔がぐしゃぐしゃになっていたが、それをユメ先輩がハンカチで拭ってくれていた。

 

 

「ホシノちゃん。言いにくいなら、一旦は他の話にしようか」

 

「え……なんで……?」

 

 

 ユメ先輩の言葉に驚く。まるで、ホシノの事情を察しているような発言だからだ。

 

 

「私はホシノちゃんの先輩だもの。ホシノちゃんが考える事くらい分かるよ。上手く言葉にできないんでしょ?」

 

 

 そのユメ先輩の言葉に思わず、声が出た。

 

 

「どうして……」

 

「なぁに? ホシノちゃん」

 

「どうして、そんなに優しいんですか……私は意地の悪いことしか言わなかったのに……今になって、ようやく謝ろうとしているくらいなのに」

 

 

 あの時のホシノは酷かった。完全に八つ当たりだった。ユメ先輩が、絵空事みたいな今後の展望を語るのは当たり前の事だったのに。それを詰って怒った。

 

 ユメ先輩だって分かっていた筈だ。ホシノのアレがただの八つ当たりだと。

 

 そして、謝るのに今の今までかかっている。少なくともユメ先輩視点ではそうなのだ。それなのに、ユメ先輩は怒らないのだ。

 

 

「ホシノちゃんは、自分が意地悪な後輩だと思っているかもしれない。でも私は知ってるもの。ホシノちゃんがホントは優しい娘だって」

 

 

 ──だから、ここまで来たんでしょう?

 

 

 そんな、優しさに満ちた言葉にホシノは泣きじゃくる事しか出来ない。それでも、涙を啜りながらも、ホシノは踏み込む。

 

 

「私は、私は、ユメ先輩に文句ばかりだったのに……私は、ユメ先輩のこと、何も知らなかったのに……ユメ先輩は、あんな辛かったのに……」

 

「あー……見つけちゃったんだ。……最初のは本館に置いてきたと思ったんだけどな……ここまで来たのは、それのせいもあるのかな」

 

 

 軽くユメ先輩は流していたが、それは流して良いことではない。ユメ先輩だって辛かった。それをホシノは理解すらしようとしなかった。

 

 ユメ先輩がホシノに対してしてくれたことを、ホシノはユメ先輩にしなかった。

 

 ホシノに怒ってもいい筈なのに、そんな事をユメ先輩はしない。優しいと言わずして、何と言えばいいのだ。

 

 だから、ホシノはその優しさにこれ以上は甘えてはいけないのだ。

 

 それでも、ユメ先輩は優しい声のままだ。

 

 

「ねぇ、ホシノちゃん」

 

 

 少し困ったような顔で、ユメ先輩はホシノに聞き返す。

 

 

「私はホシノちゃんが、どれだけ先から来たのかは分からないけど……どうどう? 良い先輩になれた?」

 

「私は……失敗ばかりで……皆に怒られてばかりで……」

 

 

 考えてみれば、失敗ばかりだった。今も昔も、暴力を振り撒く事しか出来ない。

 

 

「何だか……私みたいだね」

 

 

 少し驚いた表情のユメ先輩に、ホシノは首を振る。

 

 

「いえ、私はユメ先輩みたいに上手くはいかないんです……」

 

「……ホシノちゃんは、それが苦しいの? 何もかもが上手くいかなくて、皆に迷惑ばかりかけて、自分が何も返せない事が。だから、自分なんかって、そう思うの?」

 

 

 黙ってホシノは頷く。それを見たユメ先輩は、本当に嬉しそうに笑うのだ。

 

 

「ホシノちゃんは、良い先輩になったんだね」

 

「良くなんてありません……私は、空回りしてばかりで……」

 

「うん。そう思う事が、ホシノちゃんが良い先輩になれた証拠なんだよ?」

 

 

 優しい顔から、揶揄うような表情になったユメ先輩は、ホシノの頭を撫でる。

 

 

「だって、それだけ真剣に考えたんだもの。ホシノちゃんが言う皆。後輩ちゃんかな? その娘達に喜んでほしくて、笑っていてほしかったから。それだけ頑張ったんだよ。だから失敗したら悔しいし、苦しいの」

 

「でも、ユメ先輩は……」

 

 

 ユメ先輩は、上手くこなしていたように思うのだ。失敗はしたけれど、ホシノのような、多くの他人を巻き込む失態はしなかった。

 

 

「ホシノちゃんが上手くいかないのは当然なんだよ。私もそうだったもの。上手くいったように見えたのは、ホシノちゃん達がいたから。ホシノちゃんが何とかしてくれただけ」

 

 

 それは、そうかもしれない。いつもホシノとカヤツリが尻拭いしていた。

 

 

「私だって失敗は怖かったし、悩むこともあったよ。でも、ホシノちゃんやカヤツリ君が止めてくれるって信じてた。ホシノちゃんもそうでしょ? カヤツリ君や後輩ちゃん達が止めてくれるんじゃない? それは、それだけの信頼を積み上げて、良い先輩をホシノちゃんができてるってことだよ」

 

「でも、私はユメ先輩に酷いことを……」

 

 

 ユメ先輩の言う通りに、ホシノは良い先輩なのかもしれない。でも、ユメ先輩に八つ当たりをしたのは変わらない。あれは、確かにホシノの本心でもあった。

 

 ホシノは知らなかったのだ。ユメ先輩が本当は色々考えていて、辛い思いもしていたことを。

 

 

「初めて会った時のこと覚えてる?」

 

 

 罪悪感に俯くホシノに、ユメ先輩は聞いてきた。どこか、ユメ先輩は懐かしそうに見える。

 

 

「連邦生徒会宛ての、アビドス復興の署名集めですか?」

 

「そう。ちゃんと、覚えててくれてるんだね」

 

 

 あの時もホシノは酷い対応だった。ユメ先輩を邪魔者扱いしたのだ。だから、ユメ先輩が嬉しそうなのがサッパリだった。

 

 

「あれはね。賭けだったの」

 

「賭け?」

 

「うん。あれで、誰も署名してくれないなら、私は諦めるつもりだったんだよ」

 

 

 世間話の如くに飛び出した爆弾発言に、慌ててホシノは聞き返す。

 

 

「どうしてですか……!?」

 

「だって、誰もアビドスの復興を望んでいないって事だからね。一つもないなら、そこで諦めようって」

 

 

 ホシノは次の言葉が出て来なかった。結局、署名は唯の一つも集まらなかったからだ。ようやく反論を絞り出す。

 

 

「でも、ユメ先輩は、諦めなかったじゃないですか」

 

 

 それを聞いてユメ先輩は可笑しそうに笑って言う。

 

 

「奇跡が起きたんだよ。ホシノちゃん」

 

「奇跡……? そんな、珍しい事なんて……」

 

 

 必死に思い出そうとするホシノを、ユメ先輩は変わらずの笑顔で見つめている。しばらく考えて、ホシノはようやく答えに辿り着く。

 

 

「私と会った事ですか……?」

 

「そうだよ。私は、あそこでホシノちゃんに会ったから。もう少しだけ頑張ってみようって思ったの」

 

 

 分かる。先輩がそうだと思った理由は分かる。かつてユメ先輩が言った事だ。ホシノと会った事は奇跡なんだと。そう言ったのを確かに覚えている。

 

 

「私は、ただ……腹が立って暴れていただけなんですよ?」

 

「でも、アビドスの事を思ってたよね? 手段は褒められたものじゃなかったかもしれないけど、ホシノちゃんなりに何とかしようとしてた。私は、それが、とても嬉しかったんだよ」

 

 

 また、涙が止まらなかった。ユメ先輩がホシノの事を大切に思う気持ちが伝わってくる。表情から、声から、雰囲気から。本当に嬉しそうにユメ先輩は話すのだ。

 

 

「本当に嬉しかったの。ホシノちゃんが来てくれて、可愛くて、真面目で、真剣で、強くて。ちょっぴり意地悪だけど可愛い後輩ができた時。奇跡だと思ったの」

 

 

 ホシノにはそんなつもりは全くなかった。でも、ユメ先輩にとっては違ったのだ。ホシノの行為そのものがユメ先輩にとっては嬉しかったのだろう。きっと救われたのだ。ホシノと、カヤツリと同じように。

 

 

「そして、ホシノちゃんは生徒会に入ってくれた。私はそこで、ようやく本当の意味で先輩になれた。アビドスの生徒会長になれたんだよ。殆どの時間を一人で頑張り続けて、殆ど誰も手伝ってくれなかった私にとって、それは奇跡だったの」

 

 

 ユメ先輩にどう思われていたのか。その答えがここにあった。それでも、ホシノは分からない。それだけで、それだけの事で、あそこまでできるなんて。

 

 

「分からないって顔してるね。ホシノちゃん」

 

 

 ホシノの内心を見抜いたかのようにユメ先輩が言う。それにホシノは反論できない。それはホシノが居たから、辞められなくなっただけなんじゃないだろうか。そんな思いが、心にこびりついていたからだ。何時までも本当の事を受け止められない。ホシノはそんな臆病な自分が嫌になった。

 

 

「ホシノちゃん、先輩になったんでしょう? それなら、その時の私の気持ちが分かるんじゃないかな。今の私の言葉が分からなくても、自分の気持ちなら分かるでしょう?」

 

 

 それを見抜いただろうユメ先輩の回答は、核心そのものだった。

 

 それなら、分かる。それなら、理解ができる。他人の事は分からなくても、自分の事なら多少は分かる。

 

 シロコちゃん達なら、シロコちゃん達の為なら、ホシノはなんだってできるのだ。だって大切な後輩たちだから、着いてきてくれて、一緒に考えて、頑張ってくれる仲間たちだから。

 

 その気持ちを、ユメ先輩はホシノに持ってくれていたと言う。それなら、もう、怖いものは何もなかった。自分は確かに、大切にされていた。そう確信を持つことが出来た。

 

 

「ようやく、笑ってくれたね」

 

 

 微笑んだホシノを見て、ユメ先輩も笑みを深くする。

 

 

「こんなに悩むほど大変だったんだね。ずっと頑張ってきたんだね。ここまで大きくなったんだね……お疲れ様。ホシノちゃん」

 

「うっ……ううっ……! うあああああああっ──」

 

 

 笑うべきなのに、また涙が出てきた。張り詰めていた何かがちぎれて、もう止まらなかった。ホシノの泣き声が大きく響く。

 

 そんなホシノをユメ先輩は、しっかりと優しく抱きしめてくれていた。

 

 そして、しばらくホシノが泣いて、泣きつかれて落ち着いた時。ユメ先輩がポツリと言う。

 

 

「どう? ホシノちゃん。言いたいことは固まった?」

 

「はい……」

 

 

 幸せな時間が終わる時がやって来た。何時までもここには居られない。ホシノには帰るべき場所がある。

 

 ホシノの答えを待つ、ニコニコと笑顔のユメ先輩に、ホシノは何を言うのかはとっくに決めていた。

 

 

「いつも……ありがとう、ございます。ユメ先輩……」

 

 

 ずっと、言いたかったこと。ずっと、照れくさくて言えなかったこと。そして、遂には言えなかったこと。ユメ先輩への感謝の気持ち。それを言った瞬間、何かが変わる音がした。

 

 

「……うん。どういたしまして。やっぱり、謝られるよりこっちの方が良いよ。ホシノちゃん。それに、そろそろお別れみたいだしね」

 

「ユメ先輩……」

 

「そんな顔しないの。ホシノちゃん。ホシノちゃんには、まだやるべきことが残ってるんでしょ?」

 

 

 ホシノの身体が透けてきていた。段々と自分の身体が薄くなっている。少し、ユメ先輩は悲しそうな顔をして、すぐさま笑顔に戻る。

 

 

「ホシノちゃん。良い先輩になれた? 守れるくらい頼もしい先輩になれたかな?」

 

「まだ、なれません」

 

「皆と協力はできてる?」

 

「これからしようと思います」

 

「困った時に手を貸してくれる友達はできた?」

 

「たぶん」

 

「ちゃんと未来に向かって進めてる?」

 

「進めそうです」

 

「ちゃんと、”うへ~”って笑えてる?」

 

「笑えそうです」

 

 

 ユメ先輩の確認は、ほとんどできていない事ばかりだった。でも、もう心配はない。これからしていけばいいのだ。だから、もう涙は出なかった。

 

 それを見たユメ先輩は最後に一つ聞いてくる。

 

 

「もう、忘れ物はない?」

 

 

 少しだけ、迷った。そして、答えを決める。

 

 

「はい。ユメ先輩も。また元気で」

 

「うん。行ってらっしゃい。ホシノちゃん!」

 

 

 薄くなりすぎて、遂には何も見えなくなった。どんどん、どこかへ引き寄せられていくのを感じて。気がつけば、誰もいない生徒会室に立っていた。

 

 生徒会室はこの散らかりようからして、さっきとは違って現在の生徒会室だった。

 

 

「どうして、言わないことにしたんですか?」

 

 

 突然、そんな声が響いた。その声は、聞いたことのない声で。カヤツリが話していた声だった。そして、今ならその声が誰の声なのか分かる。

 

 自分の声だ。

 

 ホシノの目の前には、一年生の頃の姿の自分が立っていた。

 

 

「彼女に、このまま行けば死んでしまう事を。それを言えば彼女の死が回避できるかもしれない事を。あの土壇場で思いついたでしょう? どうしてしなかったんですか?」

 

 

 一年の自分は、生徒会室の扉の前に立っている。この質問に答えなければ、通してくれない事が分かる。

 

 

「言ったらどうなったの?」

 

「それは、今は関係ないです。あなたが答えたら教えてあげますよ」

 

 

 全くの無表情で、淡々と一年の自分は話す。全く譲歩する気はない様子だ。

 

 

「だって、言ったところでさ。きっと変わらないよ。そんな確信があったし、言ったならさ。今の私を否定する事になるんだよ。折角、ユメ先輩が教えてくれたのに。それを無駄にすることになる」

 

 

 目の前の自分は答えないが、言ったらどうなるかは分かるのだ。きっといい事にはならない。元の世界に戻ったら、ユメ先輩が生きているなんてことにはならない。そして、その事を言うということは、過去をやり直すという事だ。それは、今のホシノの否定にしかならない。

 

 

「私は、ユメ先輩に言われたんだよ。良い先輩になったって。頑張ったんだねって。それは、私がやったことの積み重ねでそうなったんだ」

 

 

 ユメ先輩は言ってくれた。認めてくれた。ホシノが、成長したと。そう認めてくれたのだ。

 

 

「その積み重ねは、私の経験した全てなんだよ。三人で過ごした幸せな時間も、二人になってからの時間も、皆が来てくれてからの時間も。私がした過ちも後悔も幸福も。全部無駄なものは無くて、全部ひっくるめて、今の私なんだよ」

 

 

 そうでなければ、今のホシノはここに居ない。あの幸せがあって、あの後悔があって、それら全てが今のホシノを形作っている。それが、今のホシノなんだと、ユメ先輩が認めてくれた。それが良いよと、そう言ってくれた。そして、カヤツリや後輩たちも、そんなホシノを助けてくれる。いつか、ホシノとカヤツリがユメ先輩を助けたように。

 

 もう、幸せだったあの日には戻れないけれど、これまでの全てに、ユメ先輩やカヤツリや後輩たちがいる。小鳥遊ホシノは、それらで形作られている。これまでの全てを大切にすることが、ユメ先輩がいた証になるのだ。だったら、ホシノが前に進むことで、ユメ先輩の残した物は未来へと連れて行けるのだ。そして、ホシノは、ユメ先輩が信じた物を未来へ繋いでいきたいのだ。

 

 

「あそこで、そんな事を言えば。ユメ先輩が認めた私を、ユメ先輩ごと私が否定することになる。私は、今までの私を作った全てに報いるために、前を向くって決めたの。だから言わなかった。それに、本来なら謝るのは、あの時の私がすべき事なんだから。これで満足?」

 

「……良いでしょう。合格です」

 

 

 そして、先ほどの答えを言う。内容は恐ろしいものだったが。

 

 

「先ほどの答えですが。言っても何も変わりません。貴女の世界線は言わなかった世界の地続きですから。まあ今回の介入で多少は変わったかもしれません。運悪く死んだのなら、運良く生き残る事もある。その世界を、私たちは観測は出来ません。それをあなたは薄々分かっていたようですけど」

 

 

 しなくてよかったと、胸をなでおろすホシノに。一年の自分は釘を刺す。

 

 

「そして、そうしたなら。私は、あなたを戻す気はなかった。またこんな事態を起こされてはたまりませんから。それでは、どうぞ」

 

 

 一年の自分は脇に避けて道を開けた。

 

 

「そこを通れば、現実世界です。反転した身体の事は心配ありません。私が全部やっておくので」

 

「君は何?」

 

「そんな事はどうでもいいじゃないですか。どうせ、もう何度も会うことは無いんですから。私は、今回の後始末に来ただけです。それと確認ですかね」

 

「確認? カヤツリに何か吹き込んだでしょ」

 

 

 カヤツリの名前を出した途端に、一年の自分は渋い顔になる。

 

 

「ええ。吹き込みましたよ。あなたがここで、本物の彼女に会えたのは、あの男のお陰ですから」

 

 

 そして、渋い顔から感心したように言うのだ。

 

 

「あれだけ試して、最後の瞬間まで記憶も封印したと言うのに。まさか、最後の最後まで、あなたを選ぶとは思いませんでした。そして、無自覚でしょうに、全部の帳尻を合わせた。いや、最初から決まってたのか、これが最初なのかもしれませんが。そうだとしても、結果として仕事を手伝ってもらったようなものですし、これは認めざるを得ません。私の負けですよ」

 

 

 ホシノには何を言っているのか、さっぱり理解ができなかった。埒が明かないので、扉に手を掛けて開け放つ。もう、なにをすべきか、ホシノには分かっていた。迷う事は何もない。

 

 

「それでは、彼と共に、良い人生を」

 

 

 そんな声を振り払って、ホシノは現実世界に戻っていく。先へ先へ。過去ではなく未来へ。皆が待つ世界へと。

 

 

「みんな、大丈夫!?」

 

 

 飛来するセトの憤怒の雷撃を、盾で打ち払って。ようやく、ホシノは皆の待つ世界へと帰ってきた。

 

 

 □

 

 

「行っちゃったね……」

 

 

 ユメの目の前で、ホシノちゃんは消えて行った。最後は何かを振り切ったような顔だったから、大丈夫だと思う。

 

 

「ちゃんと仕舞ったと思ったんだけどなぁ……まさか、見つけられちゃうなんて」

 

 

 ユメの昔の手帳だ。あんまり気持ちのいい事は書いていないから、もう着ることは無いだろう旧制服の段ボールに仕舞ったはずだ。まさか、本館からの移転の時に間違って持ってきてしまったのかもしれない。

 

 

「ホシノちゃんには悪いことしたなぁ。すっごい気に病んだんじゃないかな。未来からやってくるくらいだし……」

 

 

 たぶん、未来の自分には聞けなかったのだろう。たぶん卒業しているだろうし、会いには行くつもり満々だが、ホシノちゃんは聞けないだろう。だから、態々ここまで来たのだ。あの喧嘩。ユメにとっては、ついさっきの喧嘩を気に病んで。

 

 友達の件も、”たぶん”と言っていたから、ミレニアムでタイムマシンでも出来たのかもしれない。それ使わせてくれるのをミレニアムの友達に頼んだりしたのだろう。

 

 

「全く……カヤツリ君も分かってるなら、もっと早く言ってくれればいいのに。いや、今のカヤツリ君は知らないのかな? うーん。ややこしいね」

 

 

 プリプリとユメは憤慨する。カヤツリ君はやっぱりズルいからだ。どれだけユメの事をやきもきさせるのだ。勘違いだと思っていたのに、実際はそうではないのかもしれない。

 

 

「でも、ホシノちゃんに公平じゃないよね。カヤツリ君にはホシノちゃんを、もっとちゃんと見るように言っておかないと」

 

 

 砂祭りのポスターを修繕しつつ、これからの事を考える。

 

 砂漠横断鉄道の契約は早めに行かなくてはならない。これは、ユメの我儘だから、自腹を切るべきだ。カヤツリ君に頼めば何とかお金を捻出するだろうが、それは大変だと思う。今も頑張って仕事をしているのだろう。

 

 頼まれたのに、ホシノちゃんと喧嘩をしてしまった。仲直りは出来ると思うが、何かお詫びは必要だろう。

 

 そのためにもこっそり行って、二人をびっくりさせるのだ。きっと二人とも喜んでくれる。

 

 

「それにしても、ホシノちゃん。忘れ物で考え込んでたけど。何を……あ!? しまった……ホシノちゃんに返事してないよ……」

 

 

 とんでもないことに気がついてしまった。ホシノちゃんの”お元気で”という言葉に返事をしていない。

 

 手帳のことを気に病んでタイムスリップしてくるくらいだ。またやってくるかもしれない。

 

 でも、朝にはユメは出かけなくてはならない。このままでは入れ違いになってしまうだろう。

 

 

「うーん……どうしよう。手紙を残すにしても、今のホシノちゃんには内緒にしたいし……そうだ!」

 

 

 名案を思い付いたユメは、歓声を上げる。そして早速、準備を始めた。

 

 

「えっと……カヤツリ君はメモと、あの時の手帳と、監視カメラでいいかな。それと、あのことも言っておこう。ホシノちゃんにも話さないと公平じゃないし、少しは痛い目を見るべきだと思うな。乙女心を弄んだ罪は重いよ」

 

 

 カヤツリ君の焦る顔を想像して、少し笑う。その間にも、ホシノちゃんの分の準備を進める。

 

 

「文章はどうしようかな。それと、あのホシノちゃんは何年生なんだろ。髪の長さからして、一年二年じゃないよね……三年生かな」

 

 

 どうにか頭をこねくり回す。絵と、さっきの会話を入れれば何とかなるだろうか。とりあえず書いてみて、会心の出来に頷く。これなら、問題ない。元々、一年生のホシノちゃんにも伝言を残すつもりだったし、丁度良い。少し文面はあれだけども、帰ってからの話の種にはなるかもしれない。

 

 

「それじゃ、今度は外の監視カメラだね! ……でも、暗いから明日にしようかな。よし、ポスターもできた!」

 

 

 ユメは、直ったポスターを置く。そして、カヤツリ宛のメモを置いて行くのに、意気揚々と部屋の外へと出て行く。

 

 誰もいない生徒会室の机。そこに残されたメモには、三つの星のマークと共に、こう書かれていた。

 

 

 ──いつもありがとう、ホシノちゃん!! お元気でね!

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