ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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196話 嵐の後に

 上空に浮かぶセトの憤怒の動きが止まった。

 

 カヤツリは、レールガンを構えたまま、セトの憤怒を睨む。

 

 レールガンのフルチャージを叩き込んだのだから、多少は効いていると思いたかった。カヤツリの手元のレールガンは煙を吹いている。瞬間火力を求めた結果の過充電の影響だった。

 

 

「やった……?」

 

「縁起でもない事を言うな……」

 

 

 セリカ後輩の喜びに思わず口を挟んだ、いつかのようにまた動き出されてはたまらない。

 

 

「いや……やったみたいだよ」

 

 

 隣のホシノが呟くと同時に、激しい揺れがこの場の全員を襲った。

 

 上空のセトの憤怒から、青い雷光で繋がれていた腕や顔、王冠のようなパーツが一つ一つ落下してきていた。砂漠に突き刺さった石柱も崩れている。今の揺れはそのせいだったらしい。

 

 揺れは、装飾に守られた、人間一人くらいの大きさの中心部分の落下を最後に止まる。

 

 砂漠に半分埋まったそれに、全員が固唾をのんで見守るが、特に何も起きない。セトの憤怒が再び起き上がる気配はない。しかし、何かの声を、その場の全員が聞いた。

 

 

「──!」

 

 

 緊張を切り裂くように、ピシリと何かがひび割れる音がした。中心部分の結晶体に一本の長い亀裂が入っている。亀裂はさらに大きくなり、大きく開いた亀裂の奥から何かが覗く。

 

 

「何よ、あれ……手……?」

 

 

 一本の手が突き出ていた。普通の人間に見えるそれは、何かを探るように動いて、縁を掴んだ。そのまま指に力が入るのが分かる。そのまま、肘あたりまで自らを亀裂から引きずり出した。

 

 

 ──何か、出てこようとしている。

 

 

 その事実に全員が身構えて臨戦態勢に入る。亀裂の暗闇から、もう一本の手が伸びてきている。そして、亀裂の奥から、強い敵意が撒き散らされる。その事実に、場の空気がまた張り詰める。

 

 

「気にする必要はありませんよ」

 

 

 が、それはこの場にいるはずの無い者の声で中断された。カヤツリ達の後方から、砂を踏みしめて、二つの人影が近づいてきていた。先生と黒服だ。

 

 

「……黒服? ここに居るのは別にいいですけど。気にする必要がない? それに、先生も……」

 

「ええ、そうです。ほら、ごらんなさい」

 

 

 黒服の指差す方向。セトの憤怒の残骸の後方。そこに、大穴が開いていた。穴の中は真っ暗で先は全く見えない。先生は見覚えがあるのか呟く。

 

 

「あれは、セトの憤怒が出てきた時の……」

 

 

 その穴はセトの憤怒の残骸を飲み込むように広がっていく。焦る様に謎の腕は縁を掴むが、黒服の言葉が止めだった。

 

 

「……貴方にこの場での第二ラウンドはありません。不承不承でしょうが、そのテクスチャーを被った時点で終わりです」

 

 

 暗闇に、セトの憤怒の残骸が吸い込まれていく。もう間に合わないのが嫌でも分かる。そのまま、全部飲み込まれていく。

 

 そして、全てを飲み込んだ大穴は、ガラスが割れた様を逆再生するかのように塞がった。

 

 もう、何の気配もしなかった。敵意も何もかもがきれいさっぱり、嘘のように無くなっていた。

 

 

「もう、終わったの?」

 

「そうだよ。終わったんだ。セリカ」

 

 

 先生の回答に、セリカだけでなく、他の全員が気を緩めた。カヤツリは、それが信じらない。ホシノを置いて黒服を問い詰める。

 

 

「アレはなんです。一回出てきたのなら……」

 

「絶対に二度はありません。物事があるべきところに収まったのです。ですから、もう心配はありません」

 

 

 黒服が言いきるので、カヤツリはこれ以上追及できなかった。絶対と。黒服が言い切るなど、珍しいことだと思うが、カヤツリには信用するしか選択肢が無かった。

 

 

「それよりも、何時までも、私にかかずらっていない方が良いと思いますよ? 理不尽な理由で、彼女に詰められたくはないでしょう?」

 

 

 黒服が、この場にしれっといること。それ自体が、カヤツリが対応している理由なのだが。黒服にとっては知ったことでは無いらしい。ホシノの方へと片手で促す。

 

 

「いいよ。私が見張っておくから。カヤツリは行っておいで」

 

「おやおや。それでは、私は見張られているとしましょうか」

 

 

 先生が、そんな事を言うので、カヤツリはホシノの所へ戻るしかなくなってしまった。実際、ホシノが、こちらへ向かって手招きしている。

 

 

「「……」」

 

 

 お互い無言だ。カヤツリも、きっとホシノも、お互い言うべきことがあるはずなのに。周りの後輩たちや、マトやヒナが居ると言うのもあるが、中々言葉が出てこない。

 

 そんなカヤツリの耳に、何かがはじけるような音が聞こえた。

 

 

「電気の音……?」

 

 

 ノノミ後輩の言葉に、カヤツリの警戒レベルが跳ね上がる。すぐさま、周囲を警戒して。警戒レベルを下げた。

 

 シェマタの砲撃で穴だらけの砂原から、何か光り輝く何かが空へ向かって打ちあがっていた。一つだけではなく、至る所から、いくつもいくつも。

 

 それの正体をカヤツリは知っていた。それは、自分たちを結び付けたものだ。

 

 

「花火……?」

 

 

 パチパチと、電気のような音を立てて、見たこともない光り方で花火が上がっていく。

 

 魚や、鯨。様々な海の生き物を模した花火が空を彩っていく。海のような暗い空に、それは良く映えた。

 

 

 ──昔、アビドスの生徒会がオアシスに大量の花火を捨てたっていう話をユメ先輩がしてたよ。

 

 ──100グラムで100万以上の価値がある鉱物を使った花火らしいから。

 

 

 昔のホシノとの会話を思い出す。きっと、その花火なのだろう。恐らくは、セトの憤怒の雷撃に反応したに違いない。連鎖反応を起こして、上がる花火の数は加速度的に増えていく。

 

 

「……刺激でプラズマを発生させる鉱石を使用した花火か。贅沢な使い方だねぇ……」

 

「贅沢?」

 

 

 花火の本来の価値を知っているマトの台詞に、シロコが食いついた。もう一人のシロコも同様の様で、聞き耳を立てている。

 

 

「ヒナ。あの鉱石はグラム当たり一万円だったかね……?」

 

「え……?」

 

「へ!?」

 

 

 それを拾ってしまったのだろう。シロコだけでなく、セリカの顔が真っ青になっていた。確かに、この数であれば一財産築けるだろう。借金の心配はもうないはずなのだが、長年の問題は早々頭から抜けるものではない。それに、お金はあればあるほどいい。

 

 

「いいえ。確か、値上がりして十倍になったはずよ」

 

「……爆発を止める方法は?」

 

 

 さっきの戦いよりも真剣な表情で、向こうのシロコが聞くが、ゲヘナの二人は首を横に振る。

 

 

「もう、止まらないだろうね。火山の噴火と一緒さ。掘り出すよりも、全部着火する方が速い」

 

「ダメッ! お金がっ!?」

 

 

 それでも、諦められないのか、セリカは砂漠へと駆けだしていく。二人のシロコも同じだった。

 

 三人はシロコの呼び名がどうだとか、入れる袋がないとか。そんな事で言い争っている。アヤネ後輩とノノミ後輩は、もうどうしようもないと踏んだのか。ゲヘナの二人と、花火を楽しむ方向にシフトするようだった。

 

 ふと向こうの自分たちが居ない事に気がついて、周囲を見渡すと、二人は直ぐに見つかった。砂丘の影で、向こうの自分は、向こうのホシノに締め上げられている。数分後の自分の姿を幻視して、カヤツリは身震いした。

 

 それでも、このままという訳にはいかなかった。色々と感じ入るモノがあるのか、空を見上げるホシノに声を掛けるため、覚悟を決める。

 

 

「ホシ……何だ、今度は……嘘だろ」

 

 

 決めた覚悟は、無駄になる。再びの地響きに、中断せざるを得なかったからだ。悪態をつこうとした口からは、別の言葉が飛び出した。

 

 

「オアシスが……!」

 

 

 シェマタの砲撃の跡から、水柱が立っている。幾つもの水柱が天を突いて砂漠から噴き出していた。今も、水柱の本数が増えている。

 

 そして、流れ出した水は、砂に吸い込まれずに溜まり始めていた。それを見ながらホシノが言う。

 

 

「……ユメ先輩の言う通りだった。まだたくさんあったよ。砂漠のお宝。まさか、こんなものまでついてくるとは思わなかったけど」

 

「先輩の言う通りに、水着でも着てくればよかったな」

 

「……そうかもね」

 

 

 お互い、水でずぶ濡れになった顔で笑う。

 

 

「……先輩には会えたか?」

 

「会えたよ。本物のユメ先輩に」

 

 

 振り切れたかとは、カヤツリは聞かなかった。そんなことは、もう聞かなくてもいいと思ったからだ。

 

 

「どう、カヤツリは大丈夫なの?」

 

 

 ホシノは、そんな事を聞いてくる。きっとカヤツリがした事を聞いたのかもしれない。けれど、それは、カヤツリにとっては答えにくい質問だった。会ったと言えば会ったし、会っていないと言えば会っていない。

 

 

「大丈夫だよ」

 

「……ユメ先輩に会えてないのに?」

 

「大丈夫……!?」

 

「へぇ……ふぅん……本当みたいだね」

 

 

 ホシノが顔を思いっきり、カヤツリに近づける。何かを確認したのか、顔を離して納得したようだった。なんだか、全部が見透かされているような気がして、カヤツリは気まずくなる。

 

 

「あの時に電話で怒ってごめんね。カヤツリ」

 

 

 突然にホシノが、目を伏せて謝る。カヤツリは黙って、ホシノの言葉を待つ。

 

 

「きっと、カヤツリは考えてたんだよね。私にいつ伝えるか。ずっと考えてた。私がしっかり受け止められるようになるまで、待ってた」

 

 

 黙ったまま、カヤツリは相槌を打つ。ホシノの言葉の邪魔はしたくなかった。しっかりとホシノ自身が考えた答えを聞きたかった。

 

 

「それを私は考えなかった。カヤツリの事なんか考えなかった。ただ、自分の苛立ちをぶつけた。怒った。だから、ごめんなさい」

 

 

 ホシノの言葉を聞いて、カヤツリは口を開こうとする。それを、続くホシノの言葉が遮った。

 

 

「それと、ありがとう。いつも私の事を考えてくれて」

 

「それは……」

 

「当然だって? でも、楽ではないでしょ。だから、私はありがとうって言うんだよ」

 

 

 満面のホシノの笑顔に、カヤツリはまた何も言えなかった。

 

 

「俺も、ありがとう」

 

 

 ホシノは黙っている。きっとさっきまでのカヤツリと同じように聞いてくれるのだろう。

 

 

「俺の事を信じてくれて、待っていてくれて。臆病な俺のやり方を受け止めてくれて、ありがとう」

 

 

 カヤツリは隠し事ばかりだ。信用していると言えば聞こえがいいが、その実甘えているだけなのだ。良い事ばかり言えればいいが、そんなことは無い。嫌なことを言わなければいけない事もある。

 

 知らない奴には普通に言うことが出来る。でも、ホシノには言えなかった。答えは単純で、嫌われたくなかったのだ。

 

 

「うん。どういたしまして」

 

 

 ホシノは、それを理解して飲み込んだらしかった。そう静かに笑うホシノを見て。何故だか、カヤツリはそれが妙に嬉しかった。

 

 

「……ホシノに言いたい事があるんだ」

 

「なぁに。カヤツリ」

 

 

 もう覚悟を決めなくとも、言葉が自然に出てきた。カヤツリは、ホシノをしっかり見つめて言葉を紡ぐ。

 

 

「俺は、楽しかったよ。ホシノと、先輩と会って楽しかった。良かったって思う。そうじゃなかった未来は考えたくないくらいに」

 

 

 きっと、色々な選択肢があったはずだ。アビドス以外に行く未来。黒服に拾われなかった未来。そもそも運び屋をずっとやっていた未来。

 

 でも、カヤツリは今が一番よかった。あの時みたいに、選び直せると言われても。もう一度この未来を選ぶだろう。

 

 

「俺は、誇れる自分でありたかった。だから、色々頑張った。俺は、ホシノだけには誇れる自分で居たかった。誰にも文句を言われないくらい」

 

 

 ホシノは強かった。多分、カヤツリが居なくても、何とかしたのではないかと思う事があるくらいだ。だから、カヤツリは頑張ったのだ。でも、完璧ではいられなかった。

 

 

「俺は一人で何でもできるように見えるかもしれないけど、そんなことは無い。一人でできる事は限られてる。はっきり物事を伝えることだって上手くない。正論なんかをいいように使っているだけだ」

 

 

 それは、カヤツリの弱みだった。誰にも知られないように、バレないように隠した部分。一番、ホシノに知られたくなかった部分。幻滅されたくなかった柔らかい部分。

 

 

「……俺は間違えるだろう。これまでにも間違えたし、これから先も間違える。それでも……それでも。俺は、ホシノと一緒に居たいと思うんだ。そうできたら、きっと幸せだと思うんだ」

 

 

 だから、あの書類を黙って作ったし、会社も作った。卒業しても、学生じゃなくなっても、一緒に居られる場所を作った。正直、自分でも、かなり気持ち悪いと思っているが、後悔はしていない。

 

 

「だから……だから、これからも、一緒に居てほしい。これからも、ずっと」

 

 

 言ってしまった。そうカヤツリは思う。なんだか、胸がざわつく。ホシノは目を閉じて、カヤツリの言葉を反復しているようだった。

 

 

「……私が聞きたいのは一つだけ。一回しか言わないから。よく聞いて」

 

 

 真剣な表情のホシノに、カヤツリは頷いた。ホシノは、意を決したように口を開いた。

 

 

「本当にどうしようもなくなった時。……私もそうならないようにするけど、もしそうなった時。カヤツリは、私と一緒に、ぐちゃぐちゃになってくれる?」

 

 

 それは、あの日の問いだった。意味は大分違う。

 

 あの時の問いは、やけくそになったホシノの問いだった。あれは、逃避の質問だった。

 

 でも、今のは違う。

 

 ホシノは他人を巻き込むことを恐れる。自分のせいで、誰かが傷つくこと。それにホシノは耐えられない。

 

 

 ──私と一緒に、ぐちゃぐちゃになってくれる?

 

 

 それは、ホシノの事情に、ホシノの間違いに、カヤツリを巻き込んでいいのかと言う問いだ。

 

 そして、もうどうしようも無くなって、もう諦めるしかない時。それでも、ホシノの傍に居てくれるのか。ホシノの問いはそんな問いだった。

 

 その問いをするという事は、ホシノにとっては勇気がいる事だ。ホシノは言わなくてもいい事だ。それでも、ホシノは言ってくれたのだ。ちゃんとカヤツリに聞いてくれた。

 

 カヤツリに迷惑を掛けてもいいのか。そして、私はそうするかもしれないけどいいのか。それで後悔はないか。そして、もし()()()()()時、一緒に足掻いてくれるのか。

 

 よくよく考えて、カヤツリは返事をする。

 

 

「いいよ。一緒にぐちゃぐちゃになってやる」

 

 

 その答えを聞いたホシノは、()()と息を吐いた。

 

 

「じゃあ、これからもよろしくお願いね?」

 

「よろしくお願いします……」

 

 

 なんだか気恥ずかしくて、カヤツリは言葉が詰まってしまった。何かが、目に見える物が変わったという訳ではない。何だかとても照れ臭かった。

 

 

「じゃあ、はい」

 

「あー……ここで?」

 

「うん」

 

 

 両手を広げるホシノを見て、カヤツリは察した。周りをきょろきょろ見回すカヤツリに、ホシノは笑う。

 

 

「ああ、大丈夫だよ。皆オアシスに夢中だから。最後まで締まらないのは私たちらしいし……今度は何味だろうね? また今度した時に教えてね」

 

 

 そう笑って近づくホシノに、カヤツリはそっぽを向いた。

 

 

 □

 

 

「ふむ。最後の花火が、文字通りの起爆剤になりましたか」

 

 

 降り注ぐ大量の水に、ずぶ濡れになりながらも黒服は呟く。砂漠の至る所から、水が噴き出していた。

 

 

「起爆剤? どういうこと?」

 

 

 オアシスが蘇るなどという突然の事態に、先生は目を白黒させている。それは黒服が見る限り、アビドスやゲヘナの面々もそうだった。

 

 ただただ、茫然と溢れる水を見ている生徒たちを視界にとらえながら、黒服は話題を振る。

 

 

「先生は、オアシスがどうやって形成されるか。ご存じですか?」

 

「……確か、地下水が湧き出てくるんだっけ。広い地域から溜まった地下水が一番低い場所に溜まるんだ」

 

 

 黒服は黙って肯定する。流石の先生だった。教職なだけの事はある。

 

 

「そう。オアシスの条件として、どこよりも低地であることが求められます。ここは、かつての大オアシスですから、そこはクリアしていますね」

 

「でも、ここは大昔に枯れたって」

 

「その通りです。湧き出す地下水が無くなれば、オアシスは枯れる。当然の帰結です。では、何故、地下水は枯れたのでしょうか?」

 

 

 先生は少し腕を組んで考え込んでいる。真剣に考えてくれると、話す黒服としても気分がいいものだ。

 

 

「水源から大量の水がなくなった?」

 

「惜しいですね。確かに水源から一度に大量の水を引けば、オアシスは枯れます。しかし、当時のアビドスの住人は、そんな事は承知だったはずです。そして砂嵐が悪化したとはいえ、この地域の降水量は変わらない。だとすれば、答えは一つ」

 

 

 黒服は自分の真下を指差す。

 

 

「地下の環境が変わったのでしょう。だから、オアシスの地下に存在した水源は消失した。いえ、更に地下へと姿を消したのです」

 

 

 幾つもの地下水脈から流れた地下水は、水を通さない地層の上に溜まる。そして、それが地上に沁み出したのがオアシスと呼ばれるのだ。幾つか種類があるが、アビドスの大オアシスはこのタイプだった。

 

 そして、その地層や水脈が破壊されてしまえば、地下水は下へと消えるだろう。底の抜けたバケツのようなものだ。ルートを変えて水を受け止める地層まで地下水は消える。何かがあって、地層が破壊されたのだ。

 

 

「地下の環境が変わった原因。それは、先生も知っているはずです。何しろ、近くで目撃したどころか、撃退したのですからね」

 

「まさか……ビナー?」

 

「ええ、恐らくは」

 

 

 ビナー。かの預言者は砂漠を放浪していた。あの巨体だ、盛大に地層を掘り進めていたに違いない。初めは影響はなかったのだろう。しかし、塵も積もれば山となる。いつかの時点で、地層が破壊されたに違いなかった。

 

 

「でも、今更になって? 過去のアビドスも地質調査をしたはずだ」

 

「ええ。私も調査しました。予想通りに巨大な水源がオアシスの地下に存在しましたとも。しかし、その上にはビナーによって押し固められたであろう巨大な岩盤層が存在したのです。それを排除しなければ、どうにもなりません」

 

 

 地下の巨大な地層を、全て破壊するのだ。尋常な手段ではない。けれど今回は違う。

 

 

「けれども、今回は条件が揃いました。先生は虚妄のサンクトゥムを覚えていますか? どうやって現れたか?」

 

「うん。空から落下して……!」

 

 

 先生は驚きで口を開けている。そうだ。虚妄のサンクトゥムは巨大な建造物。それが高度から落下すれば、地層に穴位は開けられる。それに、アビドス砂漠では大きな戦闘がいくつも起こっているから、地層にはかなりのダメージがあっただろう。

 

 

「そして、セトの憤怒の攻撃の余波。ああ、あのオベリスクもそうですね。シェマタの爆撃。最後に、押し固められた地層に紛れた大量の花火の起爆。虚妄のサンクトゥムの落下で、ひびの入った地層を破壊するには十分でしょうね」

 

 

 原理としては単純だ。岩に撃ち込まれた楔に、衝撃を加え続けているのと同じ。いつか岩は耐えきれなくなって割れる。それと同じことが、地層に起こった。楔が虚妄のサンクトゥムで、衝撃が今日起こったことだ。

 

 

「もしかして、アビドス生徒会がシェマタを作ったのって……」

 

「さぁ? それは分かりません。文字通り、シェマタの()()で地層を破壊しようとしたのか。それとも、雷帝に言いくるめられて列車砲と言う兵器になってしまったのか。初めからそのつもりだったのか」

 

 

 ただ、あり得そうな話ではある。打ち出せる爆弾の量が、戦闘用としては少なすぎる。そして、射程距離だけを重視した設計。補給基地からアビドス砂漠の至る所に、地層へ撃ち込む楔として爆弾を撃つのなら。射程距離は何より大切だろう。

 

 

「天災の後には、豊穣が約束されているものです。氾濫の後に肥沃な土壌が残るように、雷光の落ちた地では作物が豊作になるように。嵐を代表する天災も、決して悪の面だけではない。彼らはそういう役割で、一方からそう見えると言うだけなのですから」

 

 

 それは、今回の事件の締めくくりとしてはぴったりではないだろうか。嵐の季節は終わり、後は豊穣の季節がやって来る。オシリスからセトへ、セトからホルスへ。王権を巡るあの名高い争いは、今終わったのだろう。

 

 朝日に照らされながら互いに寄り添う二人を見て、黒服は妙な満足感があった。理由は分からない。それを知っているだろう先生の視線には、気づかないフリをした。きっとそれがいいだろうから。

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