ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
そのまま何も起きずに夜は明けた。念のためにカヤツリは徹夜で見張りをしていたが、全くの徒労に終わっていた。
空を見上げればもう日が出てきている。じきに気温も上がりだすだろう。カヤツリは車の中で眠っている先輩を起こすために窓ガラスを数回叩いた。返事はない。
しばらく叩き続けていると車が揺れた。やっと目を覚ましたようで、バタつく音がした後に、少したってから車のドアが開いた。身支度に時間がかかったようだった。
「カヤツリ君。おはよう。良い朝だね」
「おはようございます。先輩」
朝のあいさつの後、車内で二人、朝食代わりのカロリーバーを齧りながら話をする。予定が変わっていないのなら、残りの分館をしらみつぶしに探すことになるはずだった。
「昨日の足音は何だったんだろうね。ホントに幽霊なのかな」
予想とは違って先輩の第一声はそれだった。朝になったからか昨日の状態から多少は落ち着いたようだった。確かにカヤツリも昨日の足音の主が気がかりで先輩が眠った後、足跡を探して練り歩いたのだが何も見つからなかったのだ。徹夜で見張りをしたのも何かあるかもしれないと思ったからだ。
「少なくとも人間ですよ。館内の足跡は残ってましたから」
「でも何で、諦めたんだろうね」
「諦めた?あれは脅しじゃないんですか。本館から出て行けっていう」
カヤツリはどちらかと言えば、本館を縄張りにしているから追い出したかったのではないかと思うのだが、先輩は違うようだった。カヤツリが差し出した水筒を受け取りながら先輩は言う。
「他のドアが開く音がしなかったから、資料室だけが目当てだったんじゃないかな。それに鍵なんて壊して入ってくればよかったのに、すぐにいなくなったから。たぶん私とカヤツリ君がいたからだよ」
「おお」
今日の先輩の頭は冴えているようで、別視点の意見が飛び出してきた。それなら確かめる簡単な方法があった。もう一度戻ってみればいいのだ。鍵が壊れていなければ正しいのはカヤツリで、壊れていれば先輩が正しかった。
「先輩が正解でしたね」
「ふふん。そうでしょ」
得意そうな先輩とカヤツリの視線の先には壊れた資料室の扉があった。どうやらカヤツリの監視を潜り抜けて再度侵入していたらしい。あの幽霊はこの部屋に用があったようだ。ただ部屋の中を見てもそもそもの資料の数が膨大なので、どれが移動して、どれが無くなったかは分からない。幽霊の目的が資料であるのなら、少し困ったことになる。
「先輩。急いだほうが良いかもしれませんよ」
「そうだね。少し急ぐよ」
先輩がピックアップした分館に向かって車を飛ばす。幽霊がなんの資料を集めているかは知らないが、地質調査の資料を持っていかれれば面倒なことになる。そもそも、あの資料がなければ、どの土地を買えばいいのかわからない。先輩視点で見込みがありそうなら買えばいいし、そうでないなら買わないという選択もできないのだ。
──ひとつめ。資料室の扉が破壊されていた。もちろん目当ての資料は見つからない。
──ふたつめ。そもそも部屋が完全に埋まっていた。
──みっつめ。資料室は無事だが、目当ての資料はなかった。
全部外れだった。移動時間と資料を漁るだけで、もう今日が終わろうとしていた。かなり日が傾いてきている。
「優先度が高いところは、もうこれで最後だよ。残ったところは校舎として使ってる期間が短いから、そこには多分ないだろうね」
「もうこれは幽霊が持ってるんじゃないですか」
ひとつめの分校の資料室は扉が破壊されていた。ご丁寧に鍵だけ銃で吹き飛ばされているのは本館と同じだった。幽霊が来たのだろう。
今いるここはまだ部屋の扉の鍵が破壊されていない。幽霊が来る確率は結構あるのではないだろうか。待ち伏せして強奪すればいいのだ。寝不足でカヤツリはイライラしていた。普段よりも頭の回転が悪い。
そんなカヤツリの提案に先輩は渋い顔をした。
「幽霊が何かもよくわかってないのに戦うのはどうかと思うよ。案外話せば分かってくれるかもしれないよ」
「話せばわかるなら、昨日の夜の時点で友好的に接してきたと思いますよ。ドアノブをガチャガチャ回さずにね」
というか、なぜ今になって幽霊が出てきたのだろうか。先輩の話では以前はなかったという話だった。わざわざ、アビドスの放棄された校舎を回って資料を回収しているのも意味が分からない。幽霊は何が欲しいのだろう。
「たぶん、生徒だとは思うんですよね。幽霊」
「どうして、そう思うの?」
「消去法ですけど」
カヤツリは眠くて回らない頭で考えたのだ。
幽霊と便宜上呼んではいるが、本物ではない。実体がある以上人間だし、鍵をわざわざ壊して侵入している。靴の大きさからして小柄。本館の時は追い出すために自身の存在をアピールしたが、本館までの出入りや、分校への侵入は気づかれないようにしている。
候補はいくつかあった。まずは企業、他校の生徒、ヘルメット団。
「まず企業はないです。回りくどすぎるので」
カイザーならコソコソやる必要が無い。土地の権利者だからだ。大体、資料室の中に人がいたとしても諦める必要が無い。不法侵入しているのはこっちだからだ。
「やたらと気づかれない様にしているので、ヘルメット団も無いです」
奴等に隠密行動ほど似合わない言葉もないだろう。基本的に彼女達は集団行動だから、足跡の数が合わない。
「生徒なら、単独行動も分かります。俺達と同じように、不法侵入だから気づかれないようにしているんでしょう」
先輩は納得したように手を叩いた。
「だから、私たちを驚かしたんだね」
「同じ不法侵入者同士なら遠慮はいりませんから」
向こうの狙い通りに、二人共資料室から引き上げてしまった。案外すぐ近くに潜んでいたのかもしれない。
「じゃあ、話せば分かってくれるかも知れないよ」
「相変わらずですね先輩。何を話せば良いんです?タダで持っているかもわからない資料を寄越せって言うんですか?それこそ戦闘になりますよ」
「でも、話すだけでも良いから試して欲しいな。ダメだったらしょうがないけど」
何故だか先輩がしつこかった。よっぽど、幽霊が気に入ったのだろうか。
「幽霊さんは、穏便な方法を使ってくれてるから。私たちが資料室にいた時だって、別に押し入っても良かった筈だよ」
「それで、ダメだったらどうします。先輩は戦うの得意じゃあないでしょう?今はホシノもいないんですよ。先手の利点を捨ててまでやる事だとは思いませんよ」
「でも、カヤツリ君ならできるでしょう?」
確信した様に言う先輩にカヤツリは特大のため息をついた。出来ないとは確かに言ってない。大変だが確かに出来はする。出来ないと言うのは簡単だ。ただこういう言われ方をされると、期待を裏切るようで断りにくかった。この先輩はホントに人を乗せるのが上手かった。
□
『誰か来たよ』
インカムからの先輩の声で目を覚ました。先輩には外で誰か来ないか見張ってもらっていた。カヤツリは資料室の中で幽霊を待っていた。時間を見ると昨夜と同じく真夜中で、そういう所は幽霊そっくりだとカヤツリは思った。暗闇の中に潜むカヤツリの前で扉の鍵が銃声と共に吹き飛ばされる。やり方を見るに昨夜はやっぱり本館の資料室内にいたのはバレていたようだった。
棚を漁っている幽霊に気づかれないように、資料室の扉の前に移動して扉を閉めた。その音に振り向く幽霊に向かってレールガンを向けて、カヤツリは口を開いた。
「逃げるな。逃げたら資料室ごと吹き飛ばす。それはアンタにとって、凄く困るんじゃないか?」
インカムで先輩が”それは脅しだよ。カヤツリ君”と叫んでいるが無視する。こういう時に下手に出てもいいことなんてないのだ。幽霊はこちらを向いたまま反応しない。見た目はホシノくらいの背丈で、防砂用のマントをかぶっていて顔はよく見えなかった。ただ頭の上のヘイローは隠せない。
「アンタが持っているであろう資料を渡してくれ。そうしてくれたら、後は好きにすればいい。こっちはもう関与しない」
相手の目的が分からない以上、此方が出せる条件は放置することだけだった。これの問題点は相手がカヤツリよりも強い場合は全く意味がないということだ。幽霊がマントで隠れた胸元に手を突っ込んだ。拳銃か何かが出てきたら交渉は決裂になるだろう。懐から出てきたのは纏められた紙の束だった。幽霊はマントを脱いだ。
「ゲヘナがこんなところに何の用だ」
幽霊は女だった。背中の翼と頭の角が見えた。それはゲヘナ学園の学生に多く見られる特徴だった。ゲヘナの女生徒はカヤツリを見て口を開いた。
「そういうアンタはアビドスだろう?何の用かって質問はお互い様だと思うけどね」
女生徒はニヤニヤ笑ってカヤツリに言い返した。そのままカヤツリが要求した資料を投げ渡してきた。受け取ると確かに地質調査の資料だった。やはり回収していたらしい。案外スムーズに話が進んでカヤツリは拍子抜けした。ゲヘナはたいそう治安が悪いと噂で聞いたが話が通じる奴もいたようだった。
「資料は手に入りました。あとちょっとインカムの調子が悪いので切りますよ。話が付いたら戻ってきますから」
そのままカヤツリはインカムの電源を切った。それを女生徒は確認した後、大きく頷いた。
「これでいいか」
「いい」
さっき、女生徒が懐から取り出して投げ渡した資料に付箋が付いていた。そこには”インカムを切って二人だけなら全部話す”と書いてあった。とてつもなく怪しかったが、カヤツリは情報が少しでも欲しかった。
「一つ聞くがアビドスは戦争の意思があるのか?」
「アンタ何言ってるんだ。自分がそんな重要人物だと思ってるのか」
女生徒は訳の分からないことを言い出した。さっきレールガンを向けて脅したことへの嫌味だろうか。女生徒は信じられないものを見る目でカヤツリを見た。
「ふた月ほど前、アビドス砂漠で異常な雷光が観測された。それはアンタが一番良く知っているだろう?兎馬カヤツリ。レプリカとはいえ”アレ”を使っておいて。起動できたこと自体が驚きだが、それの所為で今こっちは大変なんだよ」
「あのよくわからない主砲の事を言ってるのなら、そうだ。だが壊れてもう無い。そもそもこっちは戦争なんぞやっている余裕はない」
「それは、私らにとっては良い報せだね。その言い方なら戦争する気はないようだ」
女生徒は何か安心したような雰囲気だった。ビナー退治に使ったあの奇妙な主砲のことを言っているのだろう。あれを異常に恐れる気持ちは分かるが、レプリカというのが気になった。それは元になった兵器があるということだ。
「そう、話をしたいのはそのレプリカの元になったものについてさ。苦労したよ。調べ物をするのに砂漠を文字通り飛び回るのはね」
女生徒は背中の翼を羽ばたかせて説明を始めた。どうやらカヤツリにやってほしいことがあるようだった。
「切っ掛けはあれさ、あの雷撃でね。アビドスにいるアンタは知らないかもしれないが、他の学園の上層部では大騒ぎになったんだよ。借金に苦しんだアビドスが一発逆転を狙って、あれをこちら側に撃ち込んでくるんじゃないかってね」
カヤツリは納得した。だから女生徒は最初に聞いたのだろう。戦争する気か、と。先輩と切り離したのも本当にカヤツリだけと話したかったのだろう。理由はよくわからないが。
「まあ、こっちもアビドスに拘っている暇はなくてね。元の兵器をなんとかして欲しいのさ」
カヤツリはその話に乗る気はなかった。利益が釣り合っていないし、話を聞けば全て向こうの都合だったからだ。そんなカヤツリを見て女生徒は忠告する。
「アンタは関係ないって顔をしてるけどね。そうもいかないよ。今、私はアビドスが戦争の意思がないことを知っているが他の学園はそうじゃない。今はお互い睨みあいで手が出てないだけさ。それにレプリカを作ったのはどこだと思ってるんだい?アンタらが借金してるカイザーだよ。嫌な予感がしてこないかい?」
確かにその兵器とやらをカイザーが見つけた場合、碌なことにはなりそうになかった。
カヤツリの顔を見て、女生徒は満足そうに頷く。
「いいね。アンタは話が早くていいよ。他の二人とは大違いだ」
「もし二人に手を出したら、生きていることを後悔させるぞ」
「おお怖い。アンタこっちでもやっていけるよ」
カヤツリの脅しに、女生徒は両手を挙げて怯えるふりをした。全く堪えていない。むしろ顔のニヤつき具合を深める始末だった。この逃げ道を潰される感覚は大人みたいで気にくわなかった。さっきから舐めた態度なのも、断る選択肢がないのを分かっているのだ。
ただこのままやり込められるのは、あまりよろしくない。多少はやり返す必要があった。
「ある程度はそっちの提案を飲んでやる」
「へえ、聞かせてごらんよ。採点もしてやろうか?」
「俺がやるのはカイザーの対処だけだ。見つけたら兵器も対処はしてやるが、優先はカイザーだ。もちろんゲヘナにも協力してもらう」
「0点だね。ギブ&テイクってもんが分かっちゃいないよ」
呆れて肩をすくめる女生徒にカヤツリは突きつける。コイツは多分嘘はついていないが、本当の事を話してもいないのだ。オーナーが良くやる手だった。
「その兵器は起動しないんだろう?いや、できないのか。そもそも今のところだれも扱えないんじゃないのか。あんたはそれが起動するのも、それが自分以外の誰かの手に渡るのも困るんだろう?それだったら起動しないものに固執するよりも、起動させようとするものに対処した方がいいだろ」
あまり女生徒は焦っている様子はなかった。たぶんカイザーが狙っているのは確かなのだろう。レプリカを作るくらいだ。
ただ優先度はかなり低い筈だった。そうでなければ、あの主砲が三年も放置されている筈がなかった。
コイツは危機感を煽って、捜索も対処も自前で全部やらせようとしたのだ。やったところで大したものも出さないだろう。たぶん息切れしたところで、貸しを押し付けてくると見た。それで最後に全部、搔っ攫う気なのだ。向こうにとって困るのは、その兵器を起動されて、それが自分の手元にないことなのだから。
「カイザーやその他の企業連中は対処してやる。兵器も見つけたら、交渉次第で破壊もしてやろう。ただアンタらも相応の物を出せ」
女生徒は急に笑い出した。大笑いだ。本当に愉快そうに笑っている。
「いいね、アンタ。高得点をあげるよ。あんまりだめなら鴨にしようかと思ったけど、案外やるじゃないか。そうだね。あれは私達にも起動は出来ないし、もし他の奴の手に渡ったなら困るのも確かだ。それは正しい。認めるよ」
急に素直な様子になった女生徒にカヤツリは驚いた。大した変わり身だったが顔と口調は真剣だった。”ただね”と女生徒は続ける。
「あれはこのキヴォトスの火種でしかないんだ。誰の手にも渡ってはいけないのさ。大幅にスペックダウンしたレプリカとはいえ、使えてしまったアンタなら一番それが分かってるんじゃないかい?」
そういって、女生徒は付箋に何か書き付けるとカヤツリによこした。連絡先のようだった。
「合格だよ。兎馬カヤツリ。私の事は幽霊とでも呼びな。中々いい名前だからね。気に入ったよ」
「盗み聞きか。で、幽霊。この紙は何だ」
「用があるときは、それに連絡しな。私はもうアビドスを離れる。たまに私の後輩が出るかもしれないが、私の名前を出せばいい」
提案というが向こうの要求が分からなかった。さっきよりはましだと思いたかった。
「私が資料を漁ったのは、兵器の場所を知りたかったからさ。大オアシスのどこかにはありそうという予測は立ったんだが細かい場所が絞れなくてね」
「さっさと要点を言え。幽霊」
「せっかちは嫌われるよ。アンタらアビドスには、大オアシスの土地を一部、買い戻してほしいのさ。一部でも土地の権利さえ持っていれば、話し合いの場には食い込めるからね」
計画自体は理にかなっているが、問題点があった。金がないことだ。それを言うと、憐れみの眼差しで見つめられた。
「流石に私らも億単位の金をなんの根拠もなしには動かせない。あとは、多少の金銭援助と情報を教えることくらいかね」
「壮大な話の割には手助けが情けなくないか」
「莫大な負の遺産を残した先達を恨むんだね。これでも応援はしてるのさ。まあ、そうだね。他の学園は何とかしようじゃないか。アンタは土地に集中しな」
そう言うと幽霊は立ち去った。しばらくして羽ばたく音が聞こえた。
また隠し事が増えたことにカヤツリは気が重くなった。
・幽霊
ゲヘナ学園情報部所属。実働部隊を担当している。毎回禄でもないコードネームをつけられるため、今回の幽霊の名前はかなり気にいっている。
ビナー戦の最後の雷撃は、彼女の言う通り、各学園上層部で問題になっているのは本当。ただお互い動けずに睨みあっているだけで、再度あの雷撃でも起きない限り大した緊急性はない。
あの雷撃の調査のため派遣された。ビナー戦の跡地を確認し主砲を発見したことで、あることを確信し今回の件に至った。