ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「ん。間に合った。私も手伝う」
ガラガラと扉が開く音と共に、シロコ・テラーが部屋に入ってきた。彼女の後ろには、テラノとテラツリが居る。
「……何があった?」
思わず、カヤツリはテラツリの方を見た瞬間に、そんな言葉を漏らす。
テラツリの様子は何というか、干からびていた。どことなく疲れ切っているように見える。反対に、テラノはツヤツヤしていて、どことなく機嫌が良さそうだった。
テラツリは疲れた表情のまま、不満そうに言うのだ。
「……お前のせいだぞ」
「は? 何もしてないが?」
カヤツリのせいでこうなった。そんな事を言うので、少し強い声で反論する。砂漠横断鉄道の事件の事で締め上げられているのを見た。きっとそのせいだと思うのだが、テラツリは確信を持って言うのだ。
「いいや、お前のせいだ」
「俺が何したって言うんだよ?」
「ほら、昔あっただろ。ホシノとユメ先輩と──」
「カヤツリ。ダメだよ。それ以上言ったら」
テラノの一言で、テラツリは口を噤んだ。何やら口止めされているらしかった。でも、その様子を見て、何が起きたのかは大体のことは推測できた。
「テラノを怒らせたのか? この間は機嫌良さそうだったのに。何やらかしたんだ?」
「ホントに、お前……ハァ……」
ちらりとテラツリは、テラノとシロコ・テラーを見る。シロコとシロコ・テラーはまた、どちらが速く準備を終わらせられるかで、じゃれ合っていた。またぞろ、どっちが上かの小競り合いだ。それを、ホシノとテラノは、シロコを止められるように、お互い何かを話している。三人同士が会うと起こる、いつもの光景である。
「この前、三人で出かけたんだ。シロコが偶には三人で過ごしたいって言うからさ」
「いいじゃないか。楽しかったんじゃないのか」
テラノが注意を逸らした隙を見計らって、テラツリは話し始める。内容としては普通の物だった。三人でのおでかけも、テラツリなら上手くやるだろう。何しろ自分自身だから、何をするかは分かる。
「途中まではな」
でも、そうはいかなかったらしい。テラツリはため息と一緒に言葉を吐き出す。
「最初はさ。ミレニアムあたりまで行って、ウィンドウショッピングって奴か? そう言うのをしてたんだ。シロコの奴が、自転車を見たいのと、整備用品が欲しいって言うからさ」
聞いた感じは、本当に楽しそうだった。少しばかりカヤツリは、テラツリの事が羨ましくなる。そんなカヤツリを、テラツリは仕方なさそうに見るのだ。
「途中までって言ったじゃないか。俺も、その時までは楽しかったさ。問題はその後だ」
「その後? 食事くらいか?」
テラツリが下手を打つ要素はないようにも思う。でも、そうでは無かったらしい。その事が、テラツリのうんざりした顔でよく分かる。
「ああ、珍しくシロコが居るんだ。そこそこいい店に入った。服もこんなだしな」
黒いコートをテラツリは指でつまんでいる。コートの下からは、ぴっしりとしたシャツが覗いていた。思えば、シロコ・テラーも、テラノも、どこか礼服の様な服だから、良い店にも、そのまま入れるだろう。
買い物中の光景を想像すると、富裕層の買い物の最中に思えた。
「それで、店員が言うのさ。”三名様ですか?”ってな」
まあ、言うだろうなと思う。見たところ家族連れにしか見えないだろう。実際、テラノとテラツリはどうだか知らないが、さほど自分たちとは変わらないはずだ。だからこそ、こんな干からびた風になっているのだし。
「……まだ、思い出さないのか? 似たようなことが、前にあったろうに」
「前?」
「まだアビドスに来て、直ぐだ。ビナーの後だよ」
すぐ思い出せそうで、中々思い出せない。記憶の底に引っかかるものがあるのは確かなのに、その輪郭がおぼろげで、どうにも行かなかった。
テラツリは、カヤツリを見て察したのか、話を続ける。
「次に店員が言った言葉が、良くなかった」
「なんて言ったんだ?」
大きなため息の後に、テラツリは言う。
「”テーブル席にいたしますか?”店員はそう言ったんだよ」
「別に普通じゃないか」
カウンター席もある店なのだろう。席に余裕があるから、聞くのは別に可笑しくはない。聞いてくれるだけ気が利いている。テラノが不機嫌になる要素はないように思う。
「店員は、俺とシロコを見て言ったんだぜ。つまり、そう言う事だろ?」
「あー。それは……」
確かに、それならテラノは不機嫌になる。店員は、シロコ・テラーとテラツリを見て、聞いたのだ。つまり、店員はシロコ・テラーとテラツリが決める立場にあると考えたのだろう。
あの三人が一緒に居るところは家族連れに見えると、さっき思ったばかりだ。だから、店員は、シロコ・テラーとテラツリが両親に見えたのだ。そして、テラノは子供にでも見えたのだろう。
そりゃあ、不機嫌にもなるだろう。その場では飲み込むし、シロコ・テラーにも隠し通すだろうが、テラツリと二人きりになってから、不満が爆発したのだ。
そして、それと似たような出来事をようやく思い出した。
「やっと、思い出したか?」
「あれだろ。あの密会用のホテルの……」
「そうそう、それだよ」
カヤツリの答えに、テラツリは満足そうに頷いている。
「それで、文字通り絞られたと……」
「そうだよ。お前も同じ目にあう」
「ハッ! 無用な心配だよ。そうしなきゃいいだけだろ? ……なんだよ。その目は」
哀れなものを見る目を向けるテラツリに、カヤツリは聞き返す。でも、テラツリは曖昧に笑うだけだ。その、先生と同じ笑みに何か嫌な予感しか感じない。
「……お前に非は無いのは分かってる。仕方が無かったって事もな。お前が頑張ったから、ここまで来れたのも分かってる」
「……」
碌でもない事を言うテラツリを睨む。でもテラツリは具体的なことは言わないのだ。小声で、テラノたちに聞こえないように何かを言う。
「俺は、お前の味方だとも。俺は自分に甘いからな。でも、悲しいかな。きっとホシノは納得しないし、お前に怒るだろう」
「それで? どうしろって? 全く覚えが無いんだが?」
「本当に? 俺と同じく、実感はないが、覚えだけはあるだろ? まだ、ホシノに言ってないことがあるだろう? 急に降って湧いた過去のせいで、とんでもないことになった。止めに、あのレストランの件だ。だから、お前のせいって言ったんだよ」
ある。あるが、それは夢のはずだ。アイツはそう言ったのを確かに覚えている。
──例えるなら、夢のようなものです。貴方と、彼女以外は覚えていない。夏の夜の夢のように、お伽噺の人魚の姫のように、儚く消えるひと夏の思い出。
そのせいもあって、説明しにくくて、ここまで引き延ばしている。言葉では上手く説明できないのだ。だから、黒服に頼んでいると言うのに。そこをとやかく言われるのは、とても気にくわない。
「まぁ、お前の事だから。何か考えてはいるんだろう。……そういや、ガレージのバイク。鍵が刺しっぱなし──」
「ん! 終わった!」
テラツリの言葉を遮って、シロコ達の声が響いた。そっちの方を見れば、シロコ達が準備を終わらせていた。テーブルの上には見やすいようにか、大きなモニターが設置されているし、それを囲むように、人数分の椅子が用意されていた。
「おお、準備できてるね」
「もう終わってるなんて……」
その間に、マトとヒナもやって来た様子だ。テラツリは、もう何も言う気はない様子だ。それは、近くにテラノが居るせいもあるのかもしれない。
「じゃあ、見ようか。ほら、カヤツリはここに座って? ホシノもね」
二人で最前列の席に座らされる。文句を言う暇もない。ホシノは、少し不安そうな顔をしてもいるから、言えるはずもないのだが。
全員が席につくと、モニターに映像が映し出される。
そこに居たのは、ユメ先輩だった。あの写真とは比べるまでもなく、本物だと確信ができた。どうして、こんな動画を残したのかを話してくれている。
『ちょっとホシノちゃんと喧嘩しちゃって……予定の日は先なんだけど、先に行こうと思うの。やっぱり、実物があればホシノちゃんも喜んでくれるし、仲直りできると思うんだ。だから、先に行くね』
画面の中のユメ先輩は、申し訳なさそうな様子で話している。なんだか、昔を思い出して、懐かしい気持ちが沸き上がる。
『あとね。帰ってきたら、カヤツリ君に言いたい事と、聞きたいことが沢山あるんだ。だけど、幾つかはここで言っちゃうね? ホシノちゃんに対する言い訳の準備も必要でしょ?』
「ん?」
ユメ先輩の表情が申し訳ない表情から、どこか嬉しそうな表情に変わっている。喜びだけでなく、揶揄いの表情も混じっているような気もする。
ユメ先輩の言う、聞きたい事と言いたいことの予想が全くつかない。
そして、画面の中のユメ先輩が口を開いた。
『やっぱり、カヤツリ君が
懐かしい気持ちなど、瞬く間に吹き飛んでいた。ユメ先輩の言う、
『嫌だなぁ。ずっと黙ってるなんて。もしかしたら、今のカヤツリ君は知らないのかもしれないけど。二人だけの時を思い出した時、私は嬉しかったんだよ?』
半分くらいユメ先輩の言葉は頭に入ってこなかった。後輩たちが、ざわざわと動揺している。ヒナやマト、テラツリたちと先生は、内容を知っているのか静かに映像を見ているのが不気味だった。
『楽しかったよねぇ。一緒に宝探ししたり、一緒にご飯作ったり、一緒に暮らしたり……帰ってきたら沢山話そうね? 仲間外れは良くないし、公平じゃないから、ホシノちゃんも一緒にね? ……まだまだ、話したいこともあるけど。そろそろ時間だから、私は行くね?』
そこで、映像は終わった。後輩たちの困惑の声が、段々と大きくなっていくのを感じる。今すぐに弁明しなければならないが、カヤツリはそれどころでは無かった。
隣から、恐ろしい気配がする。そのせいで全く身動きが取れない。
「なぁに、これ?」
ホシノの、のっぺりとした平坦な声が、カヤツリに絡みつく。
「おじさん。何も知らないんだけど。ちゃあんと説明してほしいな?」
いつの間にか、ホシノが目の前に移動していて、カヤツリに正面から絡みついていた。強く抱き締められているわけでは無いのに、全く振りほどけなかった。
「……どうして黙ってるの? 何か疚しい事でもあるの? 大丈夫だよ。カヤツリ。怒らないから言ってみなよ。怒りはしないからさ。ただ、思い知っては貰うけど」
”ひゅッ”と嫌な音が喉から鳴った。ホシノの顔が首元まで、どんどん近づいてきている。このままでは良くない。ホシノは我を失っているし、ここでホシノの好きなようにやらせるわけにはいかなかった。
でも、身動きが取れない。何かホシノの気を逸らさなければならなかった。そうしなければ抜け出せない。
「トイレを借りるぞ」
そんな言葉と共に、ガラガラと扉の開く音がした。席を立ったテラツリが、部屋の扉を開けた音だった。全員の意識が、そこへ集中する。
「あっ……」
ホシノの腕から抜け出して、校庭へと飛び降りる。そのために、カヤツリは部室の窓ガラスを突き破った。
寂しそうなホシノの声が、嫌にカヤツリの心に刺さったが。それを振り払って、カヤツリはガレージまで駆けた。
□
「上手くいったか」
校庭から響くバイクのエンジン音に、テラツリは満足そうに頷いた。態々、面倒な話をした甲斐があったものだ。
「テラツリ。あれで、良かったの?」
「良いんですよ。先生」
テラツリと、話しかけてきた先生の眼前では大騒ぎになっている。向こうのホシノはカヤツリが逃げだしたことにショックを受けているようだし、後輩たちはシロコのワープホールでカヤツリを捕まえようと四苦八苦している。最後に、自分を睨みつける視線は知らないふりをする。
「向こうのホシノの気持ちは分かりますよ。浮気されたようなものですからね。全くもって事実とは違うんですが」
あれは、ひと夏の夢だ。あのカヤツリは、あそこだけのカヤツリなのだ。それはテラツリもカヤツリも、お互い分かっているし、それでいい。けれど、ホシノとテラノにとってはそうではないし、後輩たちにとってもそうだろう。
「正直に言えば絶対にタコ殴りですよ。何を言っても、言い訳にしか聞こえない。俺は一体化なんていう裏技で納得してもらいましたが、アイツにはそれが無い。あんまりにも可哀そうでしょう? 自分くらいは味方をしてやらないと。それに、先生もそのつもりだったでしょうに」
「そうだね。最悪の事態に備えて、マトたちに手伝いを頼んだけど……カヤツリにも、何か事情があったと思うんだ。だって、カヤツリだよ? 君に言うのは変な気持ちになるけど」
あの動画を最初に見たのはマトたちだ。見れば、まず疑問に思う。”二人だけの時”、”二人で一緒に”。ユメ先輩はそう言っていることから、少なくともユメ先輩が、一年生か二年生の頃だと推定できる。ホシノを仲間外れにしたと言う話では無い。多分、ホシノが来るより前だ。
でも、その頃カヤツリはアビドスに居ない。もしかしたら黒服たちとすら会っていない。
だから、先んじて動画を見た先生が、プラナ経由で連絡してきたのだ。確かに、これをそのまま見せればどうなるかは想像がつく。今、目の前で繰り広げられている光景がそうだ。
まだ、シロコの能力に頼る分だけマシともいえる。最悪はホシノが、この場であの夜の再現をすることだったからだ。だからこそ、自分たちとマトたちが来たのだから。
テラノは、ホシノを慰めているし、マトたちは後輩たちが行きすぎないようにコントロールしている。中々上手いところに収まったように思う。
「隠し通すのは良くない。かといって、話したところで上手く伝わるとは限らない。だったら、体験してもらえばいい」
テラツリはテラノに説明する際に、一体化という禁じ手を切った。でも、カヤツリにはそれが無い。
このまま放っておいても、何とかなるだろうが。それは余りにもカヤツリが哀れだと思った。行動の結果を責められるとしても、その理由と背景は知るべきだからだ。それなくして一方的に責め立てるのはフェアではない。二人の将来的にも良くない。
今は良いだろう。まだカヤツリにも余裕がある。ホシノの我儘にも対応できる。でも、いつまでもそうはいかない。ホシノも、ただ感情のままに動くべきではない事を知るべきだ。カヤツリ相手でもだ。
甘えてもいい、縋ってもいい。でも、相手も人間だ。ホシノだけがそうしていいわけでは無い。一番近くに居る存在だから、甘えたくもなるだろうし、それが許される。でも、一番近くに居るからこそ、一番それは大事なのだ。逆に、カヤツリだってそうする時もあるかもしれないのだ。
あくまで、結局は他人なのだ。限度はある。だからこそ、今回の事を計画した。
「テラツリの考えは分かったけど、どうするの? そんな手段がないから、私は困ってた。これが、テラツリの考えなの?」
「まさか。俺はケツを叩いただけです。何時までもチンタラしてるから、こんなことになるんですよ」
恐らくは、どうにかしようとカヤツリも動いていたはずだ。これを黙ったままなのは不義理が過ぎる。例え、自分がやったと言う実感が無くてもだ。テラツリの様な、一体化の禁じ手がないカヤツリがどうするかは簡単に想像がつく。
「どうせ、黒服に頼んでいるでしょう。代償は、夢の内容の提供でしょうね。今頃バイクを走らしてオフィスに向かっているでしょうね」
「……珍しいね」
「珍しい?」
テラツリは聞き返すと、先生が意外そうに言う。
「だって、ここまで引き延ばさなくてもいいんじゃない?」
「あー……」
これまた、核心をつくものだと舌を巻いた。
「まぁ、良いじゃないですか。先生の疑問も分かりますが。それは黒服の所に行けば、嫌でも分かりますよ」
兎にも角にも、まずは、この騒ぎを治めなければならなかった。その手間と労力を想像して、テラツリは今日一番になるだろうため息をついた。