ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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200話 実家に帰らせて頂きます

「来ましたね。準備は出来ていますよ」

 

 

 オフィスにやって来たホシノたちを見て、黒服はそんな事を言う。黒服は、いつも通りの態度だった。薄笑いが文字通りに顔に張り付いている。

 

 

「機嫌が良さそうだな」

 

「ええ、勿論。貴方も分かっているでしょう?」

 

 

 黒服は機嫌が良さそうにテラツリと話している。そんな事はホシノにとってどうでもよかった。

 

 

「カヤツリは……?」

 

 

 ホシノはあたりを見渡しているが、カヤツリの姿はない。大体予想はつくけれども、ホシノは不安でたまらない。

 

 

「彼なら奥に居ますよ。ただ、今はまだ会わせるわけにはいきません。意味がありませんから」

 

「なんで?」

 

 

 怒りが滲んだ声で、ホシノが聞く。怒っている事が分かっているだろうに、黒服は飄々としたままだった。

 

 

「結果が目に見えているからです。そもそも、ホシノさん。貴女は何に怒っているのですか?」

 

「関係ないでしょ」

 

「いいえ。大ありですよ。何しろ、アレにサインしたのは私ですから。それは、ホシノさんも良くご存じのはずです。私は、貴女がなぜ怒ったのかが聞きたいのですよ」

 

 

 関係のない事だとすげなく断ろうとするが、言葉巧みに論破されてしまった。黒服に口で勝てるとは思っていなかったが、ここまで歯が立たないとは思わなかった。

 

 仕方がないので、よくよく考えてみる。

 

 隠し事をされたから腹が立ったのだろうか? それとも、ユメ先輩と何かをしていたから? あの映像を見た瞬間から、イライラが止まらないのだ。

 

 

「……分かりませんか? 怒ると言う事は、貴女にとって許せない事柄だったから。貴女は、何が許せなかったのですか?」

 

「それは……」

 

 

 言い淀むホシノに、黒服は先を促す。

 

 

「……梔子ユメ生徒会長でしょう? 彼女が絡んでいるから、貴女は怒った。彼女以外なら、きっと貴女は怒らなかったでしょう。でも、今回は違った。それは、何故でしょうか?」

 

 

 助けを求めるように先生を見るが、先生は何もしてくれなかった。もう一人の自分も、カヤツリも何も言わない。後輩たちやヒナちゃん達は心配そうに見ているが、先生が動かないのだから、動けないのだろう。

 

 

「だって……カヤツリが、私に黙ってユメ先輩と……」

 

「何かをしていた。貴女はそれが許せなかったと……ふむ」

 

 

 黒服は少し考えて、またホシノへと質問する。

 

 

「……なぜ怒る必要があるのですか? 彼は貴女から離れていかない。離れていこうにも、梔子ユメ生徒会長は故人です。彼はどこにも行けません。そもそも、彼は貴女しか見ていないのですよ。……それとも、貴女の感情の問題でしょうか?」

 

 

 黒服に、内心を推し量られるのはとても不快だった。……黒服だけの原因ではない事は薄々分かっているのだ。そのことをきっと黒服は分かっている。それを分かってはいても、黒服自身は理解できないだろうが。

 

 

 

「……そうだよ。私は勝ったわけじゃないから……」

 

 

 それは、言いたくなかったことだ。敗北宣言にも等しい。 

 

 

「勝たなかった? ……白黒つかなかったと? ああ、なるほど。そう言う事ですか。ホシノさん。貴女は、選ばれたかったのですね。不戦勝が嫌だったと……クックックックック、なるほど、なるほど……それなら、納得です」

 

 

 ホシノの気分は最悪に近かった。それと反対に、黒服は上機嫌だ。

 

 

「貴方は選ばれたわけでは無い。偶々、対戦相手が居なくなったから、勝利が手元に転がり込んだに過ぎない。だから、梔子ユメ生徒会長が絡むと腹が立つ。不安になる。彼を縛り付けようとする。彼に何と言われようと安心できない。もしもと言う仮定が頭から離れない。少なくとも貴女は、そう思っていると……なるほど、これは重症ですねぇ……いや、年頃の悩みとは、こういうものなのかもしれませんし、以前よりは良いのでしょうが」

 

「黒服。それ以上は……」

 

「おや、先生……ああ、すいません。他の皆さんも居たのでしたか。これは失礼を。他人の面前で、人の内心を暴き立てるのはあまり良くありませんからね」

 

 

 自分の内心が、他の皆に聞かれている。そんな事はどうでもよかった。隣のテラノが、自分と同じような、苦虫を嚙み潰したような顔をしているのも、どうでもいいのだ。

 

 図星だったからだ。見ないように、気がつかないようにしていた事。砂漠横断鉄道の事件でようやく振り切ったと思うモノ。

 

 ユメ先輩の後悔は振り切った。振り切れないのは、下らないものだ。喧嘩しなかったらと言うもしもではない。もしかしたら、それよりも確信があるものだ。

 

 ホシノとユメ先輩が、よーいドンで勝負したとして、ホシノは勝てたのだろうか。カヤツリは自分を選んでくれたのだろうか。

 

 ホシノとカヤツリの今までの歩みは、真っ当ではない。普通の青春を送ってここまで来ていない。

 

 今は良いだろう。まだ時間が経っていない。でも、その先は? 一年後は良いだろう。じゃあ、十年後は? 二十年後は? 三十年後は? 普通の人生を送る中で、カヤツリは今のままで居てくれるのだろうか。

 

 真っ当に青春して、カヤツリと結ばれたのなら。そうは思わなかった。それは、ホシノ自身の魅力で勝ち取ったものだからだ。

 

 でも現実は違う。カヤツリは違うと言ってくれるけれど、ホシノは半分以上は状況と環境のお陰だと思っている。これでも、まだマシになった方だ。ユメ先輩以外なら気にもしなくなった。

 

 でも、ユメ先輩だけは例外だ。昔は分からなかったが、今なら分かる。あの時のユメ先輩の言葉と表情の意味が。

 

 

 ──私も最初はこうじゃなかったってことだよ。

 

 

 あのレストランの事を思い出す。あの時のユメ先輩は、今の自分と同じ顔をしていた。つまりは、そう言う事なのだ。

 

 きっと、あのまま何も起こらなかったなら。ホシノはきっと負けていた。自覚すらないホシノでは、勝負すらさせて貰えなかったに違いないし、その後の事なんか想像したくもない。

 

 だから、怒っているのだ。あの映像でホシノの想像が真実だと証明されてしまったから。まだ、カヤツリの心の中にユメ先輩がいるから。ホシノ一色じゃないから。それが怖くて、不快で、仕方がないのだ。

 

 でも、どうしようもない。過去はやり直せない。

 

 

「ホシノさんが自覚したのなら、本題に入りましょうか」

 

 

 黒服をホシノは睨む。皆の前で内心を曝露される事に、何の意味がある。ただホシノが嫌な気分になっただけだ。

 

 

「……その自覚が必要なのですよ。貴女が何を不満に思っているのか。その自覚を持つ事がね。そうでなくては、意味がない」

 

 

 そう言って黒服は、大画面のモニターの電源を入れる。映るのは、ただの砂嵐だけだ。

 

 

「まずは、前置きから見て頂きましょうか。精々が数分ですから、時間の心配はいりません」

 

 

 黒服の言葉が終わると同時に、画面の砂嵐が晴れた。

 

 

「……アビドス校舎?」

 

 

 砂嵐が晴れた先は砂原が広がっている。近くには見覚えのある建物。ホシノ達が通うアビドス校舎だ。

 

 画面はどんどん、校舎に向かって進んでいる。恐らくこれは、カヤツリの視界なのだろう。

 

 そして、遂に校門まで辿り着くと、そこに誰かが立っていた。

 

 

『待ちくたびれましたよ。案外、来るのが遅かったですね』

 

 

 声の主をホシノは知っている。もしかしたら、一番知っているかもしれない。

 

 

「ホシノ……先輩……?」

 

 

 シロコちゃんの驚く声が聞こえる。それも、当然だと思う。そこにいるのは、かつてのホシノだったからだ。

 

 しかし、これがカヤツリの記憶だとしても、ホシノには覚えが無い。その答えは、画面のカヤツリが教えてくれた。

 

 

『お前、誰だ?』

 

 

 カヤツリの問いに、かつての自分の姿をした何者かは、ニヤリと笑う。

 

 

『私が誰か何て、どうでもいい事じゃないですか。貴方は、小鳥遊ホシノを助ける為に来たんでしょう?』

 

 

 このやり取りと、この話し方で、ホシノはこれがいつの事か分かった。

 

 自分が反転した時だ。コイツはあの時に出てきた正体不明の自分自身。

 

 

『私は、貴方に提案をしに来たんです』

 

『黒服みたいな事を言う……』

 

 

 黒服と聞いて、画面の中のホシノはキョトンとしている。

 

 

『あの大人のような悪意だけではありません。一緒にされるのは心外です』

 

『じゃあ、その提案とやらを言ってみろよ』

 

 

 イライラしているのか、カヤツリの口調が荒い。

 

 

『小鳥遊ホシノを、本物の梔子ユメに、会わせたくありませんか?』

 

 

 カヤツリが動揺しているのが分かる。それを察したように、短髪ホシノが話す。

 

 

『このままでも、過去の思い出から具現化させた梔子ユメに会う事は出来ます。話す事だって出来ます』

 

 

 そんな事を、自分の姿で事もなさげに話すのが少し恐ろしかった。ユメ先輩のことなのに、淡々と他人事のように話している。

 

 

『でも、それは、どこまで行っても偽物です。小鳥遊ホシノの知らないことは話せない』

 

『……方法は?』

 

 

 短髪ホシノは驚いた顔をする。

 

 

『提案した私が言うのも何ですが、決断が速すぎませんか?』

 

『どうせ、頷くまで御託を並べるんだろう? 方法と目的を聞いて決める』

 

『なるほど、貴方らしいと言えばらしい。分かりました』

 

 

 短髪ホシノが校門を指差す。

 

 

『そこを潜って下さい。そこから先は過去へと繋がっています。貴方には、そこへ行って貰います』

 

『ホシノが潜る訳じゃないのか?』

 

 

 それは、当然の疑問だった。カヤツリが過去に行く意味は無いように思える。

 

 

『時間遡行は、そんな単純ではありません。外に、過去から来た貴方がいるから出来る裏技です。この目を貴方も使ったし、初めてではないから分かると思いますが……ああ、違う世界の貴方と小鳥遊ホシノでしたか。困りましたね……』

 

『細かい理屈はいい。で? そっちの目的は?』

 

 

 またまた、短髪ホシノは唖然とした顔をする。そして呆れたのか、大きな溜息をつく。

 

 

『はぁ……貴方も大概です。それで、私の目的でしたね。事態の収拾と対策、そして試験です』

 

『事態の収拾は分かるが、試験?』

 

『ええ、私だけと言うのも不平等ですから。彼、いえ彼女も好き勝手言ってくれましたしね。それに、こういった事には試練は付きものですから』

 

 

 またぞろ、自分にしか分からないだろう単語で、短髪ホシノは言う。さっきとは違って、少し苛立ちが見えた。

 

 

『それで? 試験の目標は?』

 

『過去に行った後、私のタイミングで質問します。それに答えてくれればいいですよ』

 

 

 その答えに、カヤツリは不信感をあらわにした声で聞き返す。

 

 

『それだけか? 何をしろとか、その他の指示や期間は?』

 

『ありませんよ。貴方の好きなようにすればいいです。ちゃんと貴方が望めば戻してあげます。それで、どうしますか? 私の提案に乗りますか?』

 

 

 カヤツリが唾を飲み込む音が響く。

 

 

『ユメ先輩にホシノが会えるのはどのタイミングだ?』

 

『そうですね……貴方がそこを潜ったら確定しますよ』

 

『分かった。乗る』

 

 

 青い方の瞳を輝かせた短髪ホシノがそう言うと同時に、カヤツリは決断した。

 

 それを聞いた短髪ホシノは満足そうに頷くと、脇に避ける。

 

 

『それでは、どうぞ』

 

 

 その先には校庭が広がっているが、もうその先は過去なのだろう。

 

 それでも、カヤツリは進んで行く。短髪ホシノを通り越し、後一歩で校庭と言うところで、短髪ホシノの声が聞こえた。

 

 

『聞かれなかったので言いませんでしたが。記憶は置いて行ってくださいね? これは試験ですから、カンニングは禁止です』

 

 

 そして、カヤツリの視界は、文句を言う暇も無く真っ暗になっていった。

 

 

 □

 

 

「続きは!?」

 

 

 ホシノは文句を黒服へぶつける。画面が暗転したままになっている。黒服が止めたのだ。

 

 

「そんなに焦らないで下さい。……そもそも、続きを見てどうすると言うのですか?」

 

「それは……」

 

「彼の安否が心配ですか? しかし、カヤツリ君は戻って来ている。私は先に鑑賞させてもらいましたが、ホシノさんは耐えられますかね……?」

 

 

 黒服は、指でトントンと机を叩く。

 

 

「私は、カヤツリ君と契約を結んでこの場に居ます。契約内容は、カヤツリ君の体験した事と、その時の選択の意味を、ホシノさんに知ってもらう事です」

 

 

 ホシノは耳を疑った。後ろからも息をのむ音が聞こえる。

 

 本気だった。カヤツリが黒服と契約したということは、それだけカヤツリは本気なのだ。

 

 

「……彼は悩んでいましたよ。ホシノさん。貴女にどうやって伝えるべきかとね。こうなる事を彼は分かっていた。口で言ったところで、彼の真意は伝わらない。貴女の問題は変わらない」

 

 

 黒服は、悩まし気に息を吐く。

 

 

「急に駆け込んできた時は、何が起こったかと思いましたが……相変わらずの様ですね。二回目までは良いですが、三回目は擁護できません。……だから、落ち着けと。そう言っているのですよ」

 

 

 三回目と言う言葉に、ホシノには覚えしかなかった。感情のコントロールの話だ。ユメ先輩の時と、砂漠横断鉄道の時。そして、今だ。

 

 この機会はカヤツリが用意したと言う。黒服に代償まで払ってだ。それをホシノの癇癪で台無しにするのは良くない。良くないどころか最悪だ。何も成長していない。

 

 

「分かったよ……」

 

「ふむ……いいでしょう。それでは説明です」

 

 

 そして黒服は、テラノの方を向く。

 

 

「以前した話を覚えていますか? 時間の話です」

 

「……電車に例えたヤツ?」

 

「ええ、そうです」

 

 

 テラノの答えを、満足そうに頷いて、テラノたち異世界組を見た黒服は口を開く。

 

 

「時間遡行というモノを、貴女たちは経験しましたね。貴方たちは世界を越えて、未来からやって来た」

 

「そうだね。私たちはちょうど今頃の時期から来たことになるから、確かに未来から過去に来ている」

 

 

 気にしたことは無かったが、そう言う事になる。でも、それに何の意味があるのかは、まだ分からなかった。

 

 

「貴女たちは、混沌の領域と箱舟と言う手段を使って、私たちの居る世界と言う列車に乗り込んできた乗客なのです。この手段は、今のカヤツリ君の手段とは大いに違います」

 

 

 違うのは分かる。同じ世界か、違う世界かだ。それがどれほど大きい問題なのかは分からないが、黒服にとっては大事らしかった。

 

 

「貴女たちは外からやって来た。だから、同一存在が居ても、直ぐには排斥されない。来た場所が違うという辻褄は合っていますからね。しかし、今回のカヤツリ君の場合は問題です。同じ世界から過去に飛んでいる」

 

 

 黒服は指を立てた。

 

 

「まず一つ。そもそも、同一存在ですから。何かの切っ掛けで消える可能性がある事。まぁ、これは跳んだ時期が良かったのでしょうね。もしかしたら、そこにしか跳べなかったのでしょうか」

 

 

 話しているうちに興奮してきたのか、黒服は早口になってきていた。

 

 

「次に二つ。この世界には世界ごとに大きな分岐点というモノがあります。線路で言うポイントのようなものですね。そこは時間遡行したとはいえ、絶対に変えられません。正確には変えられますが、リスクを伴う」

 

「変えたらどうなるの?」

 

「変えた時点で、そこから先が無かったことになります。過去の人間なら未来は分からないので問題ありませんが、未来の人間が変えた場合はそうなります。電車で例えましたが、通常とは違って、線路の上に車両がずっと続いているようなものですからね。電車が走るのではなく、残像のように車両が残る感覚でしょうか。未来とは過去の積み重ねですから。そして、ポイントの上に車両がある状態で切り替えれば、ポイントの先が脱線するでしょう?」

 

 

 さらりと恐ろしい事を黒服は言うが、明るい口調で先を話す。

 

 

「逆に言えば、それ以外なら変えても構わない。ホシノさんが梔子ユメ生徒会長と話せたのは、そこを突いたのでしょうね。()()()()()()()()()()()()()のです。いや、別世界の彼に記憶が共有された事からして、あるいは最初から、そう決まっていたのかもしれませんが」

 

「じゃあ、何でカヤツリが過去に行く必要があったの?」

 

「良い質問ですね。先生」

 

 

 まるで、先生のようなことを黒服は言う。

 

 

「恐らくですが、梔子ユメ生徒会長の死が、この世界の分岐点なのでしょう。悲しい事ですが、この世界を続けるなら、そこは絶対に変えられない。だから、その未来を変えるような事は出来ない。つまり、未来から来たことや、その経緯を詳しく説明することは許されないのです」

 

「でも、ユメ先輩は……」

 

「ええ、ホシノさんが詳しく説明しなくとも理解していた。目の前の少女が、未来のホシノさんであることをね。それは、彼女の性格や資質もあったのでしょうが。それだけでは不可能だった。過去に似たようなことがあったから、彼女は理解したのですよ」

 

「だから、カヤツリは過去に?」

 

 

 ホシノの呟きを黒服は頷いて肯定した。

 

 

「ええ。カヤツリ君は、過去の梔子ユメ生徒会長に会ったのでしょう。そして、ここまで帰ってきた。だから、ホシノさんは過去に戻り、梔子ユメ生徒会長と話すことが出来た」

 

 

 話し終えた黒服は、ホシノをじっと見つめた。

 

 

「ここまで話しましたが、理解は出来ましたか?」

 

「出来たよ……それで、私にどうしろって?」

 

 

 半分くらいは、怒りが渦巻いていた。中々変われない自分自身にだ。残り半分は未だに燻る嫉妬心だ。

 

 自分は本当にどうしようもない。あんなにカヤツリは色々してくれているのに。プロポーズまでしてくれたのに。ホシノは何も返せないどころか、自分を納得させることすら出来ないのだ。カヤツリみたいに、全力で向き合えていない。

 

 ずっと、黒服の咎めるような視線が痛かった。

 

 

「私がお聞きしたいのは、この映像の続きを見るかどうかです。見たいと言うのなら、編集していない物は中々の長さですから、ミレニアムから設計図を拝借した精神ダイブ装置を用意しています。今日中に見終える事が出来るでしょう」

 

「見ないと言ったら?」

 

「このままお帰りになる。そう言った形になります。カヤツリ君との契約では、そこまでは強制していませんから。しかし、暫くは距離を置かせます。俗に言う”実家に帰らせて頂きます”ということです。このままでは、何も変わらないので。強行手段を取ります。……責任の無い優しさは優しさではありませんからね。そして、私は彼ほどは優しくありません」

 

 

 含みをたっぷりと感じる黒服の言葉に、ホシノは嫌な顔になる。

 

 ”いつまでそのままなのか?”、”また逃避するのか?”そんな風に言われている。

 

 

「見たら、どうなるの? カヤツリの選択って? どういうことなの? 分かりやすく言ってよ」

 

 

 黒服の言葉は小難しいのだ。頭が良いなら、分かりやすいように言ってほしいものだ。

 

 

「分かりやすく言う事は出来ます。私でなくとも、カヤツリ君の方が上手いでしょう。しかし、それでは意味がない。カヤツリ君は、それではホシノさんに届かないと考えたのです。ああ、信用できないとかそういった話ではありませんよ」

 

 

 黒服は、真剣そのものだった。それは契約だけではないような気も、ホシノは感じたが、断言はできなかった。

 

 

「カヤツリ君の望みは、自身が経験したことをホシノさんに感じて欲しいのですよ。その上で、自身の選択を理解して欲しいのです」

 

 

 その言葉に嘘はないように感じた。ダメ押しのように、黒服は告げる。

 

 

「この世界がまだ続いている。カヤツリ君がここにいる。それこそが、証明なのです。あの意地悪な、悪意すら感じる選択を彼は選んだのです。全てを理解しても、全てが手に入るのだとしても、貴女を選んだのですよ」

 

 

 それは、懇願のようにも聞こえた。黒服の口調も表情も、そうとは聞こえないはずなのに。そうだとホシノは感じた。

 

 

「見るよ。だから、連れて行って」

 

 

 黒服は、ホシノの答えに頷くと、席から立ち上がった。

 

 

「着いてきてください。ダイブ装置までお連れします。他の皆さんは……」

 

「ここで待ってるよ。こっちでも流すんだろう?」

 

「……AIに編集させたものでも上映しましょうか。中々よくできていると思いますから、退屈はしないと思いますよ? ……ポップコーンの準備はありませんがね」

 

 

 先生の軽口に、黒服はクツクツと笑っている。もう、普段の黒服に戻っていた。ダイブ装置に着いても、さっきの様な、まるで先生の様な黒服はどこにもいなかった。

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