ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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201話 秘訣

「……ホシノ先輩だけが悪いわけじゃないと思うんですよね」

 

 

 黒服とホシノが居なくなったオフィスで、席に着いたアヤネが我慢の限界だと言うように口を開いた。

 

 

「大体、ホシノ先輩が、酷い目に遭ったのは黒服の人が原因じゃないですか! あそこまで言っていい道理は無い筈です!」

 

 

 アヤネは怒っていた。恐らくは、さっきの黒服のホシノに対する言葉責めだろう。先生も驚いたが、黒服にしては私情が混じっていたように思う。本当に信じられない事だが。

 

 

「アレは、女の子としては普通の感情ですよ! そして、カヤツリ先輩だって良くありません!」

 

「……でも、アヤネちゃん。カヤツリ先輩はあそこまでしてくれるのよ? それは、好きだからじゃないの?」

 

 

 セリカは、何だか気マズそうに言う。他人のそういった事情に立ち入るのは、良いことでは無いからだろう。

 

 

「やり過ぎなんですよ……!」

 

「やり過ぎって、何が?」

 

 

 シロコの純粋無垢な質問に、今度はノノミが険しい顔のまま解説する。

 

 

「シロコちゃんが、ホシノ先輩の立場だとします。家に帰ると、カヤツリ先輩は何でもしてくれるんです。家事も何もかも。頼めば何でもしてくれるんです。どうですか? 申し訳なくなりませんか?」

 

「ん。でも、それなら手伝えばいい」

 

 

 今度はシロコ・テラーが反論するが、ノノミは予想していたかのように迎撃する。

 

 

「カヤツリ先輩の方が速くて、正確で、出来が良いとしてもですか? 確実に邪魔になる事が分かっているのに、それでもと。そう言えますか?」

 

「あー……確かに、それは辛いねぇ……」

 

 

 今度はマトが、うんうんと頷きながら肯定した。

 

 

「ただでさえ低い、ホシノの自己肯定感が底を割るわね……」

 

 

 ヒナも同意するように頷いていた。先生は余りにもカヤツリが可哀そうになる。その証拠に、テラツリは耳を塞いで聞こえないふりをしている。

 

 

「先生とカヤツリ先輩は似ています。しかし、こんな先生のような隙がカヤツリ先輩にはありません!」

 

「うっ……」

 

 

 思わぬ流れ弾が飛んできて、先生は呻く。金銭管理を生徒にやってもらったり、間に合わない書類を手伝ってもらったりと、今までのツケがここに来ていた。

 

 

「ホシノ先輩が怖いのは、ああなるのは当たり前です! だって、ホシノ先輩は、カヤツリ先輩にとって自分が必要だって。そう自覚できないじゃないですか! もう一人のホシノ先輩! そこらへんはどうなんですか!」

 

「うへっ!? そうだねぇ……まぁ、そう思った事は何度もあるよ。私は本当に、カヤツリに必要なのかなって。カヤツリは親切心なんだけどね」

 

 

 テラノの言葉を聞いて、更にテラツリが小さくなっている。これ幸いと、テラノはテラツリを自身の膝に誘導しながら話す。

 

 

「こればっかりはね。私の気持ちの問題だから。カヤツリがどう言っても、どうしようもないんだ」

 

「テラノは、どうやって乗り越えたの? 今は、平気そうだけど……」

 

 

 先生はいい機会だと思って、二人に聞いてみた。残りのメンバーも興味深そうに、二人を見ている。

 

 向こう側の二人は、こちらの二人と違って、何処か余裕があるのだ。緩んでいると言ってもいいかもしれない。お互い許し合えるような。喧嘩していても、どこか繋がっているような雰囲気がある。

 

 

「……それは簡単だよ。二人とも一回は死んだからね」

 

 

 空気が重くなった。それを気にしないでほしいと、テラノは手を振って言う。

 

 

「お互い意地を張った結果があれだもの。でも、また会えたからね。それくらいカヤツリは頑張ってくれたし、その時にカヤツリは大泣きしてたからさ。ああ、カヤツリも失敗するし、私みたいになるんだって。そう思ったんだよね」

 

「……どういうことですか?」

 

 

 アヤネはよくわからなさそうな表情だ。テラノは面白そうに答える。

 

 

「まだ、アヤネちゃんには早かったかな。私はさ。カヤツリは何でもできると思ってたんだよ。私なんかより出来が良くて、私なんか引っ付いているだけで、ただの偶然でこの位置にいるんだって。ボタンの掛け違い一つで、ユメ先輩が生きてたら、こうはならなかったって。だからさ。こっちの私の気持ちは痛いほどに分かるよ」

 

 

 それは、怖いはずだ。自分の立ち位置や居場所が、他人の気分一つで変わるのだ。そうはしないと信じてはいても、信じきれない気持ちは拭えないだろう。

 

 でも、テラノはもう、そうではないのだ。

 

 

「でもね。必死に頑張るカヤツリをさ。中から私はずっと見てたんだよ。……ずっと、後悔してたし、泣いてた。私にあった時なんか酷い顔だったし、私に抱き着いて泣いちゃってさ。いつもと比べて情けなかった」

 

 

 ボロクソだった。またテラツリが小さくなる。このまま行くと消えてしまうかもしれない。

 

 

「でもね。そこには、普段の、私の思ってたカヤツリとは違うカヤツリが居たよ。私と大して変わらない。そんなカヤツリが居たの。カヤツリも私と同じように悩んで、苦しんで、失敗するんだって。そしたらさ、簡単な話なんだよ」

 

 

 テラノは幸せそうに笑って言うのだ。

 

 

「私とおんなじならさ。言う事は本当だし、もしもは無いんだって。私は今が全てなのと同じように、カヤツリもそうなんだなって。そしたら、楽になったよ。カヤツリは私が好きだからそうしてくれるんだって。言えば一緒にやってくれるし、逆に私にやってほしい事もあるんだよ」

 

 

 ねー? と。小さくなったカヤツリをテラノは慰めていた。

 

 

「もっと、弱みを見せろってこと?」

 

「そうだねぇ。そうかな。ありのままのカヤツリを見せてあげればいいと思うんだ。カッコつけたのじゃなくてね。それが、これなんだろうけど」

 

 

 カヤツリが、アビドス校舎の掃除をしている画面を見ながら、テラノは話を終えた。

 

 

「それで、そっちのカヤツリ先輩は? どうしてカッコつけるの?」

 

「セリカ。それは勘弁してあげてよ」

 

 

 先生はセリカを止める。この理由は分かりやすい。同じ男だ。気持ちは分かる。

 

 

「……それはな。契約と同じだと思ったからさ。俺は、やり方を最初それしか知らなかった」

 

 

 セリカはさっきの勢いが嘘のように黙った。多分、マズいものを踏んだと思ったのだろう。その予想は多分正しい。

 

 

「好意を抱く以上は、一緒に居て拘束する以上は、利益を提示しなければならない。そう思っていたってことかい?」

 

「……そうだよ。最初はな」

 

 

 あちゃあ、とマトは天を仰ぐ。先生も内心同じ反応をしている。

 

 それは良くない。マコトとか、ティーパーティとか。そういったビジネスライクならいい。ただ男女間でそれは良くない。確かに、そんな側面もあるかもしれない。でも、それが全てじゃないから。

 

 

「大人相手にやるように、喜ぶ反応をみて、アリスたちがやるゲームみたいに、好感度が上がる反応だけを選び続ける。できるよ。そんな簡単なことは。息をするようにできるさ。ホストに向いてるって黒服や理事のお墨付きだ。でも、俺は、皆に対してはできなかったんだ」

 

 

 何となく、先生はカヤツリの思う事が分かった。多分、嫌だったのだ。大人相手にはできるだろう。何とか理由をつけて頑張れば生徒相手にもできるかもしれない。でも、ホシノ相手にはできなかったのだろう。

 

 

「それは、俺がされたくない事だから。俺がされて嫌だった事だ。能力目当てで、真にその人を見ていない。大人相手にそうしたのを側からホシノは見た事がある。そりゃあ怖い。俺にはそんなつもりが毛頭無くても。ホシノからしたら、それが、いつ、自分に向くかわからないんだからな。でも、ありのままの自分を見せるのは、もっと無理だった。だから、カッコつけた。見せていいと思ったところしか見せてない」

 

 

 その理由を聞こうとして、先生はためらった。それを先生の代わりに答える声があった。

 

 

「貴方は失敗して、捨てられたから。……無意識の防衛反応ですか」

 

 

 黒服だった。丁度戻ってきたところだったらしい。”捨てられた”その事実に、テラノが悲しそうな顔をしていた。きっと彼女は知っていたのだ。

 

 

「そうだ。俺は失敗するのが怖かった。俺にとって、失敗は全てを失う事と同じだった。だから、格好をつけ続けるしかなかった。俺は、ホシノに捨てられたくなかった。それは無用の心配だったのにな」

 

 

 自嘲するように、テラツリは呟く。そして、感心するように言った。

 

 

「こっちの俺も同じだ。俺みたく失敗したことがない。というか、失敗が許されなかった。でも、あのオアシスが湧いた時の言葉。盗み聞きは悪いと思ったがな。”俺は弱い”だってさ。アイツは、俺が死ぬまで言えなかった弱音を言えたんだよ」

 

 

 それは、カヤツリにとってかなりの勇気を振り絞ったのだろう。話を聞いた今なら分かる。そして、それはホシノには伝わらなかった。カヤツリの言った事、その本当の意味が。

 

 

「だから、こんな手段を?」

 

「ええ、そうです。先生」

 

 

 黒服が静かに頷いた。さっき迄の強い感情は感じられなかったが、あそこまでの私情を見せた理由は分かる。

 

 ホシノのあの怒りは、カヤツリの真意が全く伝わらなかったと言う事だ。伝われば、あそこまでの事にはならない。言葉がかなり足りないが、足りない分は今回のこれで補完する予定だったのだろう。

 

 

「また、邪魔しちゃったってことかい?」

 

「いや、気にしないで下さい。いつかはくる未来です。うだうだしていたアイツも悪い。だから、俺たちはこの顛末を見届けるしかないんですよ」

 

 

 画面の中の、アビドス校舎から出かけるカヤツリを見て、テラツリは話を締めた。

 

 

 □

 

 

 薄暗い部屋で、青年は目を覚ました。壁の時計を見れば、朝の五時を指している。

 

 部屋の教室の窓を開け、換気を開始。その間に、布団代わりの体育マットを畳む。そして、水道があるはずの校庭へと向かう。

 

 

「……クソ」

 

 

 水道で顔を洗って、サッパリしたはずなのに、青年は不快感で一杯だった。きっとそれは、剃り残った髭だけではないのだろう。

 

 それを振り払うように空を見上げれば、太陽が東の空に見える。この光景は見慣れてはいないはずなのに、新鮮さが感じられないのも憤りを倍増させていた。

 

 全てが不自然だからだ。さっきの寝起きの片付けは、全部無意識のうちにやっている。考えるまでも無く手が出る。そんな記憶や経験は欠片もないのにだ。

 

 このアビドス校舎もそうだ。初めて来た建物の筈なのに、全てが分かる。ここに何があるとか、ここなら水道が通っているとか。

 

 自分の中にそんな知識だけがある。でも、それに付随するはずのエピソードがない。肝心の青年の名前だとか、以前はどんな事をしていたのかとか。

 

 そもそも一番不快なのは、居場所がない事だ。ただただ、こんなところに放り込まれたという憤りがある。

 

 青年がここに来てから、おおよそ七日だろうか。そのくらいの時が経っている。

 

 経緯と言えば簡単だ。気がついたら、ここの校庭に立っていたのだ。

 

 それから、今までこの校舎を仮住まいとしている。仕事には案外困らなかった。何故かって、エビデンスのない知識が教えてくれる。

 

 ここはアビドス。借金で滅びかけの土地。そんな土地には、碌でもない奴らが集まるものだ。それ相応の仕事というモノがある。

 

 それを受けられる場所も、危ない依頼の見分け方も、それら全てのやり方を知っている。だから、ここから出て行くのも、それだけの金銭を稼ぎ出すのも容易ではあった。

 

 でも、そうは出来なかった。暗い仕事をしようとすれば手が止まるし、アビドスから離れようと言う気にならない。だから、何時までもここでグダグダと暮らしているのだ。

 

 

「時間か……」

 

 

 気がつけば、また準備が終わっていた。考え事をしていても、ルーチンワークのように手が動くのは便利だが、不便な点もある。

 

 

「また、やっちまったな……」

 

 

 青年の目の前には二人分の朝食がある。何故だか分からないが二人分を作ってしまうのだ。今回は昼に回せばいいが、夕食でやらかすと悲しい気持ちになる。

 

 しかし、やらかしたものは仕方がない。手早く食事と身仕度を済ませて、二人目の物は氷と一緒に鞄へと突っ込んだ。

 

 

「今日の仕事は配達だぞ……チッ」

 

 

 出かける前の最後の確認。今日の予定の確認だ。誰もいないのに、また誰かに確認してしまう。

 

 胸に過ぎる寂寥感を見ないようにして、日除けの布を被った青年は仕事に向かう。

 

 荷物の受け取り場所は近いが、配達場所までには距離がある。砂まみれの道を歩くも、人影などない。

 

 時間が大分早いのも、場所が悪いのもあるだろうが、純粋に人が居ないのだ。恐ろしいことに、青年の足音が遠くまで響いているのが分かる。それは、つまり、生活音すらないということだ。

 

 だから、遠くの音も良く聞こえる。

 

 

「全く、商売上がったりだぜ!」

 

「そんな事言っても、仕方ないじゃないですか……」

 

「仕事は沢山ある。需要もある。ルートも知ってる。金の成る木が目の前にあるのに。ただ指を咥えて見ていろってか!?」

 

 

 複数人が話す声だ。どうにも、荷物の受け取り場所の方らしい。あそこは集積所になっているから、変な話ではない。

 

 自分と同じような運び人が、仕事探しと受け取りで屯しているのだ。だから、周りには出店や屋台も出ているし、トラックもいくつも停まっている。

 

 恐らく、夜の配達終わりでの遅い夕食をとっているのだろう。酒でも入っているのか声が大きい。

 

 

「隊長の気持ちは分かりますけど、あの方面は、あの大蛇が出るじゃないですか。単身で逃げ切るだけなら兎も角、荷物まで運ぶ何て、命が幾つあっても足りませんよ」

 

「また、こないだみたいに。不良を金で釣ればいいだろ。奴らも死ななかったみたいだしな」

 

「……それは、運が良かっただけですよ。俺たちは荷物を運びきり、あの不良も命は拾った。でも、あの大蛇の恐ろしさは身に沁みた筈です。他の不良にも話をするでしょう。もう誰も受けませんよ」

 

「……だよなぁ」

 

 

 中々、物騒な会話だが。ここでは普通だ。アビドスという意味ではなく、こういった無法地帯ではという意味でだ。実感はないが、ブラックマーケットでは良くある光景である。

 

 全てを自分で決められて、自分が頑張った分は全てが自分の物。その代わりに全てが自己責任。騙される奴が悪いし、それを乗り越えられなかった奴が悪いのだ。

 

 話の不良も命は拾っただけ運がいい。次は失敗しないだろうから。

 

 集積所まで着くと予想の通りに、屋台で複数人が気炎を上げている。まだ、大蛇がどうのこうのと言っているから、経営が厳しいのかもしれない。

 

 廃墟になったホームセンターを再利用した受付に向かい、呼び出しのベルを鳴らす。

 

 担当の獣人が、眠そうな顔で青年が言った番号を照会して、奥から荷物を持って来た。

 

 持って来たそれを青年も確認しながら、鞄に詰め込む。青年が行く方面は数が多いのだ。理由は直ぐに分かる。

 

 

「荷物を置いてきな!」

 

 

 答え合わせの時間は直ぐだった。集積所から出て、しばらくすると。不良がこう脅してくる。

 

 道はゴミや廃車などで作られたバリケードで塞がれている。その脇から、ゾロゾロと不良が夏場の虫の如く湧いて来ていた。

 

 荷物が余る理由がこれだ。

 

 不良達が、勝手に関所を敷いているのだ。通行料と言って、有り金を集ってくる。

 

 なら、数をこなして利益を増やし、通行料を払って通して貰うという手もある。

 

 しかし、関所は一つだけではなく、不良の派閥毎に幾つもあるのだ。一々払っていたら干上がってしまうのはこちらだ。

 

 それに、甘い顔をすれば彼女達は付け上がるだろうから。手段は一つだ。

 

 

「うあっ!?」

 

 

 体育倉庫から引っ張り出した背中の。カバンに括りつけたスコップで、青年は抜き打ちざまに不良を殴った。

 

 この距離で銃は使わない。持っていないし、こっちの方が速いし、弾が勿体ない。こんな奴らに使うくらいなら、食事に回した方が建設的だ。

 

 

「止め……ガッ」

 

 

 最初の奴は見せしめだ。少しばかり痛い目に遭って貰う。

 

 よろけた不良を、肉の下準備の如くに叩く。スコップの角は使わずに腹で、けれども力を込めて。

 

 数回叩くと、反応が薄くなった。三日目のメニューよりも歯ごたえがない。途中で邪魔が入ると思ったのに、遠巻きに見ているだけだ。

 

 彼女達が銃を向けたので、叩いた奴を盾にした。

 

 

「通るだけだ」

 

 

 片手に掴んだ不良をブラブラ揺らす。ざっと潮が引くように開いた道を歩いて、最後に盾を放り捨てた。

 

 追撃は来ない。そうした一昨日の奴らは全員()したからだ。ここまで連続で暴れれば、流石に今度こそは顔パスできるはずだ。

 

 そんな考えを巡らす内に、目当ての区画に到着する。

 

 漸く、本来の仕事の時間になる。一件一件、荷物の宛先を回っていく。

 

 

「何だ、これは……」

 

 

 そして、最後の宛先で、青年は呻いた。宛先の名前と、目の前の表札の名字が合わない。

 

 住所は合っているから、ここで間違いないはずだが。インターホンを押しても反応がない。

 

 置き配などという、システムはアビドスにはない。あるにはあるが、十中八九奪われるからだ。それなら、家に居て直接受け取る方がいい。それは、これまでの家もそうだった。

 

 だから、恐らくはこの家ではない。

 

 

「戻るか……? いや……」

 

 

 戻ってもいい。向こうの不手際だ。青年に責任はかからない。が、癪だった。たった七日間ではあるが、これまで完璧に仕事をこなしてきたのだ。自分のミスではなく、向こうのミスで、それがフイになるのは腹が立つ。

 

 手段はある。そこらの不良に話を聞けばいい。スコップをちらつかせれば、話くらいはしてくれるだろう。

 

 しかし、その場合、これまで頑張って築いた”道を通せば何もしない人間”というレッテルが剥がれてしまう。翌日以降どうなるか予想がつかない。

 

 

「悩ましいな……どうする? 結局は自己満足だしなぁ……」

 

 

 暫く考えて、仕方ないと割り切ることにした青年に、様子を伺うような声が掛けられた。

 

 

「あのー……」

 

「あ?」

 

 

 思わず、ドスの利いた声を出してしまうが、声の主は逃げなかった。それどころか、こんなことを言うのだ。

 

 

「そこの家の人を探しているんですか? その人なら知ってますよ。治安が悪くて、別の区画へ移ったんです」

 

 

 

 アビドスの制服を着た、緑の髪を後ろで括った女生徒だった。一目見て、青年は警戒レベルを下げる。余りにも隙だらけだったからだ。肩に何かを掛けているが、姿勢は普通だし、靴紐は解けているし、ソックスなんかダルダルだ。

 

 ただ、だらしなさは感じなかった。だらしないのはそこだけだからだ。制服は洗濯してあるし、身綺麗だ。だから、足元はどうにも気がついていて、そのままにしていると言ったような雰囲気を感じた。

 

 

「……そうか、教えてくれてありがとう」

 

「っ!? ……案内しましょうか?」

 

 

 とりあえずの青年の感謝の言葉に、その女生徒は驚いたようだった。けれど、それを隠して、おずおずと青年に尋ねてくる。

 

 

「大体の場所だけでいい。そっちにも都合があるんだろう?」

 

「いいんです。いいんです! 暇だったので!」

 

 

 断ったのに、急に笑顔になった女生徒に、青年は一歩引いた。テンションの乱高下が過ぎる。何か危ない薬でもやっているのかと思うほどだ。しかし、それにしては話が通じる。この女生徒が腹に一物抱えていたのだとしても、切り抜ければいい。

 

 

「じゃあ、お願いしてもいいか?」

 

「はい! じゃあ、着いてきてください!」

 

 

 そう言って駆け足になった瞬間、女生徒は足元の砂で滑る。そのまま身体を地面にしたたかに打ち付けている。あれは、相当痛いだろう。

 

 

 ──やっぱり、気にしすぎかもしれないな。

 

 

 痛みに呻いて蹲る女生徒に手を貸しながら、青年はそう思い直した。

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