ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
女生徒の後を追いつつ、知らない道を行く。青年とは反対に女生徒の足取りは迷いがない。むしろ機嫌が良さそうに軽やかだった。後ろに括った髪が何かの尻尾の様に揺れている。
助け起こした女生徒と一緒に歩いて数十分になるが、人気が全くない。住宅街ではあるのだが、ほとんどの家屋が砂に埋もれている。残った家も砂を被っているし、外観の荒れ果てようからして、空き家なのだろう。
ただ、道に雪のように積もった砂には、いくつもの足跡がついている。住人がいないはずなのに、これはどこか妙だった。
「これはね。宝探しの人達の足跡」
青年の視線に気がついたのか、女生徒は悲しそうに言う。
「宝探し?」
「そう、宝探し」
女生徒の軽い足取りは無くなっている。それに比例するような重い話題が飛び出す。
「ここは殆ど人が住んでないの。ここは砂嵐の被害が酷くてね。早々に皆出て行っちゃった」
それは元住人を責められないだろうなと思う。雪の如くに積もっているが、これは雪ではなくて砂だ。雪とほぼ同じくらい重いし、その証拠に幾つかの家屋は屋根が潰れている。ここに住み続けるのは命がいくつあっても足りない。
「……それで、この廃墟の中には、まだお金になりそうな物が残ってる。重くて持ち出せなかった金庫とか、砂に埋まっちゃった貴重品とか。ここが砂に沈んだのはかなり昔だから、骨董品みたいなものとか」
「それが、お宝だって?」
「うん、それだけじゃないんだけど。ここに来る人たち。……ヘルメット団だとか、あと……なんだっけ? その人たちにとってはそうなんだって。結構なお金になるって、大声で話してたよ。それに、噂もあるんだ」
「噂?」
青年が質問すると、女生徒は驚いたような顔をした。
「え? 知らないの? 背中のそれも、そのためじゃないの?」
振り返って、青年の背中のスコップを指差す。まさか、このスコップの用途が鈍器だとは夢にも思わないだろう。そもそも、スコップは地面を掘る道具だからだ。
「まさか、私を待ち伏せしてた?」
女生徒はさっきまでの朗らかさが鳴りを潜めて、怪しむような目で青年を見ていた。静かに、じりじりと後ずさっている。
女生徒の事情は知らないし、待ち伏せも何も、青年は女生徒とは初対面だ。しかし、女生徒は勝手に勘違いして逃げ出そうとしている。このまま逃げられると、目的地が分からない。
慌てたそぶりを隠しつつ、青年はやんわりと否定する。
「違う」
「じゃあ、何であんなところに居たの?」
それに対する弁明は簡単で、青年は背中のカバンを揺らす。
「これを見れば分かるだろ? 別に宝探しに来たわけじゃない。配達に来ただけだ」
「あ、荷物……いや、でも。そうやって、私を待ち伏せしてたんでしょう?」
ハッとした顔で、一瞬納得しかけた女生徒は頭を振って否定する。なんだか、必死にそう信じようとしているようにも見える。
前にそう言う手段を取られたことがあるのかもしれない。けれど、その考えには大穴がある。
「そっちの事情は知らないけれど、そもそも、声を掛けたのはそっちだろう? 引き留めたのもそっちだ」
女生徒は、今度こそ何も言えなくなった。立ち去ろうとした青年を引き留めたのは彼女だ。そのくせ、今更疑い出すのは、情緒不安定にもほどがある。
「別に、この荷物の届け先まで案内してくれれば、それでいい。その間の時間つぶしに話をするだけだ。着いたら、そこで別れる。どうだ?」
やっと納得したのか、黙ったまま女生徒はこくりと頷く。それを見た青年は話の続きを促す。
「で? 噂って?」
「アビドスのどこかに、宝物が埋まってるって。それは、アビドスの借金を返せるくらいの物なんだって」
「そんなもの、あるとは思えないが。あれば、とっくに売っ払ってるだろう」
ゆっくりと女生徒は首を振る。
「昔のアビドスは、キヴォトスで一番だったから。今のアビドス生徒会が把握していない、その時代の何かじゃないかって。それで、皆血眼になって探してるんだ。ホントならアビドスの物だけど、黙って売り捌いちゃえば分からないからね」
「だから、治安が悪いんだな。やけに数が多いと思ってたが、場所取りをかねての縄張り争いだったのか……」
それでも、持っておきたいのだろう。結果は変わらないとしてもだ。そうしなかった時、何処かで人に取られたと言う意識が働くのかもしれない。
青年は頭の中で仮説をこねくり回しているうちに、嫌な考えに行きついて、顔を顰めた。
「……いや、通行料ってまさか、採掘料か? それとも……」
青年は縄張り争いだと思っていたが、現実は違うのかもしれない。
金になるモノが埋まっている地を独占したいが故の縄張り争い。争いには金がかかる。主に弾代だ。自販機で売っているくらい普及はしているが、高いものは高い。
でも、青年が何度もカツアゲに会う時、集団の武装は充実していた。集団は毎回違うのにだ。それなりに収入があることになる。カツアゲは獲物が居なければ話にならない。上手い事何か掘りだせているのだとしても、それは安定しているとは言い難い。
それなのに、安定した収入源があるかの様な事態になっている。
「宝探しって、かなりの人数で来るのか?」
「え? うん。外からも来てるみたい。ここは、昔の大災害で一番被害が大きかったから。皆、今はここを掘ってるんだよ」
「そうか……」
「……こんなところより、もっと埋まってそうな場所があるだろうに」
噂が本当だったとして、こんな住宅地の底に埋まっているとは思えない。そんなものが埋まっているなら、一番の候補はあそこだろう。
「アビドス砂漠でも掘ればいいだろう。場所の見当がつかないんじゃ、一生かかっても終わらないだろうが」
「やっぱり、そうだよねぇ……」
名残惜しそうに、女生徒は道の先を見つめている。考えていることは一目瞭然だった。
「何だ。欲しいのか。宝物」
「アビドスの借金を返せるほどの金額だよ? 欲しくない人は居ないと思うけど」
「確かに。そうだな。一理あるよ」
一理どころか万くらいあるのだが、今回の噂は乗らない方が良いと、青年は思っている。
だから、青年を手助けしたこの女生徒くらいには言ってもいいかもしれない。
「だけど、ここをうろついたり。まかり間違っても、宝物を探そうとしない方が良い」
「……それは、無理だから? そんなものは、存在しないから?」
女生徒はそんな事を言う。手を後ろに組んで、ゆっくりと先を歩いているから。彼女の顔は見えない。でも、何だか泣きそうな声のようにも感じた。
これは、そんな真剣な話では無い。宝物はあるかもしれないし、無いかもしれない。これは宝物の有無には関係のない、唯の注意喚起の話だ。だから、上を向いて軽い口調で青年は言う。
「危ないから」
「それは、外から来た人たちの事? 私は、これでも隠れるのは得意なんだよ?」
見つかるとか、見つからないとか。そう言う話ではないのだが。女生徒は、まだ前を向いたままだ。どうやら本気で言っているらしかった。
「……この噂はどこから出たんだ?」
見えないが、女生徒は頭の中で思考を回しているようだ。でも、時間の無駄なので、青年は答えを言う。
「予想だが、最初にここを掘り始めた奴が言ったんだろう。”アビドスに宝物が埋まっている”って」
先を行くだろう女生徒は黙っている。まあ、純粋無垢な夢を真っ向から否定しているから、こうなるのも無理はない。けれど、義理は返さなければならない。現実は苦いものだ。
「それには意味がない。儲け話は自分だけで抱えておく。当然の話だ」
宝物の有無は別として、そんな事をする理由はあまりない。青年は、幾つか候補を口に出す。
「ここに大人数の外からの流入者が居る状況を作りたい。それか、ここに視線を釘づけにしておきたい。それか、ここに埋まっている何かを掘り出したいか、真偽を確かめたいから、人手集めの為に話をバラまいている。まぁ、こんなところだろう」
そして、どれにも共通するのは、資金力を持つ誰かの思惑があると言う事だ。それは、さっきの青年の仮説にも共通する。
「きな臭い。この噂が偶然の産物だとしても、そういった事からは距離を取るべきだ。危険に首を突っ込むのは、バカのすることだからな……ん?」
気がつけば、かなり遠くまで女生徒は進んでいた。まさか、今の話を聞いていなかったのだろうか。沈んでいるだろう顔を見せたくなさそうだったし、あまり探られたくもなさそうだったから。気を使って、見ないようにしてやったと言うのに。
だが、もういい。これは話を聞かなかった彼女の自己責任だ。なんだか損をした気分だった。
「こっちだよ!」
目的の家だろう。少しばかり小奇麗な家屋の前で、女生徒がぶんぶんと手を振っている。
本当かどうか、半信半疑で、青年はインターホンを押す。
「何の用……おお、待ってたんだ!」
出てきた住人の反応からして、どうやら本当に正解だったらしい。これで、今日の青年の仕事は終わりだ。
女生徒に感謝の言葉を伝えようと、周りを見渡すが。女生徒は居なくなっていた。隠れるのが得意と言うのは本当だったらしい。
青年は気を取り直して、届け主の応対へと集中する。あの女生徒の事が引っかかっているのは気にしないように努めながら。
□
「……あんな大人もいるんだ」
そそくさと物陰に隠れた女生徒は、驚きと期待が混じった言葉を漏らした。
こっそりと物陰から、案内した場所を覗き見る。
そこの家の住人と荷物のやり取りをしている。どうやら、あの
砂避けと日差し避けだろう、外套を着て。フードの影から剃り残しの髭が見える大柄な男の人。それが、女生徒から見た
見慣れぬ大人──ヘイローの雰囲気がしたが、男子生徒など女生徒は実際に見たことは無いから気のせいだろう。ではあったが、困っていそうだったから話しかけた。普段は声を掛けても、ここまで案内などはしない。でも、あんな対応は久しぶりだったから、ここまで来てしまった。
「ありがとうだって……そんなこと言われたの、いつぶりだろ」
なんだか胸がポカポカする。それはアビドスに入学してから、初めて言われた言葉かもしれなかった。
礼の言葉などは何度も言われた事はある。でも、アレは違う気がする。いつもの、嘲りや、道化を見るような、憐れみは何もなかった。
形や言葉だけの物でなく、そこに込められたものが僅かであっても。本当に自分へ感謝していると思ったのだ。あの言葉には、純粋な感謝の言葉だった。
「それに、あの忠告……」
聞こえていないふりをしたが、しっかりと忠告は聞いていた。実に理にかなっているし、女生徒を心配しての言葉だと分かる。
他人にそこまでする義理はない。特に、ここアビドスでは。皆、自分の事で精一杯なのだ。他人に構う余裕のある人間はここには居ない。
でも、あのおじさんはそうした。
配達の仕事をやっていると言う事は、お金に余裕があるという訳ではないのだろう。それに、外套も端がボロボロだ。金持ちの道楽でもない。
そして、今見ている限り。仕事を真面目にやっている。配達の仕事自体が仕込みという訳でもないようだ。
「悪い大人でもない……」
女生徒は狙われる身だ。女生徒自体が特別な存在だからではない。自身の役職が目当てなのだ。この役職に何もいいことは無いのだが。
権利はある、それを振るうこともできる。ただ、言うことを聞いてくれる人。女生徒を手伝ってくれる人がいないだけだ。そんな役職に何の意味があると言うのだろう。女生徒が欲しかったそれは、彼女が思った通りの物では無かった。
──儲け話は自分だけで抱えておく。当然の話だ。
あの言葉は耳に痛かった。まだ一年生の女生徒へ生徒会長の役職を譲るなど。そんな旨い話は無かった。これに任命した人たちは、彼女を体の良いスケープゴートにしただけだ。
生徒会長というのは、学園の、自治区の最高権力者。もしもの話、そんな人物を攫うことが出来れば、身代金を取ることが出来るだろう。アビドスにそんなものは無いが。
でも、そんな事情を知っているのは内部の人間だけだ。外部の人間、特に今大量にいる、外から来た人間は知る由もない。
だから、女生徒はよく狙われていた。そのせいで隠れるのが嫌に上手くなってしまった。肩に掛けた盾の使い方も上手くなった。銃の方はからっきしだけれど。
「……あれ、どうしたんだろう」
荷物のやり取りが終わったのだろうに、あのおじさんがきょろきょろと周りを見渡している。まるで、誰かを探しているような……
女生徒は思う。やっぱり悪い大人だった? そんなことは無い。おじさんは女生徒の身分を知らないはずだ。知っているなら、攫うチャンスは幾らでもあった。でも、そんな素振りは欠片もなかった。
残る事実は一つだ。女生徒の口から、期待が滲んだ言葉が飛び出す。
「まさか、私を探しているのかな」
捕まえるためでなく、攫うためでもない。きっと、案内のお礼を言うために。
聞いたわけでもないのに。何故だか女生徒はそう思った。
女生徒の心の中で、欲求が暴れていた。それは、女生徒が望んで、手に入らなくて、諦めていたモノ。
浮かれて転んでしまったのを、あのおじさんは助け起こしてくれた。
疑った女生徒を、怒りもせずに事実のみで諭した。
アレこそが、女生徒の求めた人間だった。普通にいると信じて、アビドスには居なかった人間だった。女生徒と一緒に頑張ってくれるかもしれない人間だった。
あのおじさんが、生徒だったなら。そんな奇跡があったらいいなと思うが、そんな話はないだろう。もしあったなら、恐らく女生徒はおかしくなる。
「……誘って見ようかな」
正直、怖い。きっと迷惑だ。あのおじさんにも自分の生活がある。アビドスに居るのだって、仕方がなくなのかもしれない。
でも、女生徒は一人で頑張り続けるのは、人を疑い続けるのは限界だった。これ以上続ければ、人を信じられなくなりそうだった。
そんな風になってしまったら、もう自分が自分で無くなる気がする。それは、女生徒にとって、何より恐ろしい事だ。
だから、聞いてみようと思った。
お金も出すから、時々、女生徒の活動に手を貸してくれないかと。
そうできたら、もう少しだけ女生徒は頑張れそうな気がするのだ。生徒手帳を見せれば、身分証明には十分だ。久しぶりに手帳に良い事を書けるかもしれない。
断られたとしても、そんな人がアビドスにいるというだけで、女生徒にとっては救いになる。
「よし……行こう」
そう自分を奮い立たせて、女生徒は物陰から出ようとした。でも、なんだか身体が上手く動かない。
「あれ?」
なんだかふらふらするし、頭がガンガンする。足に全く力が入らない。ヨタヨタと塀に手をつくが、とうとう座り込んでしまう。
「何……?」
痛む頭を押さえると、何だか膨れていた。しかも熱を持っている。そして、今更になって、女生徒は自分の状況に気がついた。
囲まれている。目の前には銃を持った不良が複数人。そのうちの一人が、銃床を振り切った姿勢になっていた。
単純だ。女生徒は殴られたのだ。おじさんに夢中になり過ぎて、普段なら気が付けた事に気が付けなかった。
女生徒は自分の迂闊さを呪うが、もう遅かった。もう一度、女生徒は殴られる。
女生徒の手から、生徒手帳が零れ落ちたのを最後に、今度こそ女生徒は意識を失った。