ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「やっぱり、居ないよな」
配達が終わり、手ぶらになった青年は女生徒を探していた。
一瞬の隙で姿を消したらしい。完全に気を抜いていた訳では無かったのだが。流石に彼女自身が自慢するだけはあった。
一通り見回すのだが、姿は見えない。確かに青年の言った通りではあるが、礼位は言わせてほしかった。それを言って取引は終わりだと青年は思っている。勝手な青年自身の決め事だから、彼女にとっては知ったことでは無いだろうが。
「そういや何で、こんなところに居たんだ?」
治安が悪いと。あの女生徒自身がそう言っていたはずだ。こんなところは、青年ですら仕事でなければ来ない。
「うん? 何の音だ?」
考えごとをしながら住人の引っ込んだ家を中心に、もう一回りしたところで、青年の耳に聞きなれない音が聞こえた。
「エンジンの音?」
このアビドスでは珍しい。普通の、運び人が使うトラックの音ではない。でも、どこかで聞いたような……
通りの影から現れた車を見て、青年はそそくさと物陰に隠れた。
「装甲車?」
ガリガリと塀に車体を擦りながら現れた装甲車を見て、青年は疑問の声を上げた。
装甲車自体は珍しいものではない。このキヴォトス中にある。問題は、このアビドスに。よりにもよって、こんなところに居る事だ。
ここらは、木っ端の不良しか居なかったはずだ。あんな物を運用できる不良グループがあるなら、縄張り争いはとっくに終息している。
問題の装甲車は青年がこっそり覗いている場所から、少しばかり離れた家に止まった。
中からは、フルフェイスのヘルメットを被った集団がわらわらと出てきた。
「アレが、ヘルメット団ってヤツか?」
あの女生徒が言った事を思い出した。アビドスの外から来た集団だとか。外からなら、あの重装備も納得はできる。
彼女達は、停めた場所から何かを運び出している様子だった。複数人で運ぶところからして、重いか、余程重要なものかもしれない。もしかしたら、噂のお宝だろうか。
彼女達を尻目に、青年はこの場を離れることにした。あの女生徒は気にかかるが、もうここには居ないのだろう。今は青年自身の安全を確保するべきだ。
瓜田に履を納れず。李下に冠を正さず。勘違いされて襲われては敵わないし、怪しいところに首を突っ込んでいい事など何も無い。
そう思って踵を返す青年の視界の片隅に、何かが見えた。
一瞬、見間違いかと思って目を凝らす。
しかし青年が、しっかりと確認する前に、それは車内へと消えてしまった。
何かを収容した装甲車は、隠れている青年に気づかずに通り過ぎていく。
青年は物陰から出ることも忘れて、一瞬だけ視界に入った物について考えていた。
考え事は一つだけだ。最後に見えたもの。
──あれは人の身体ではなかったか?
──それは、アビドスの制服を着て居なかったか?
──それは、あの女生徒ではなかったか?
声をかけられた時に、珍しいと思ったのだ。
アビドスの制服を着た生徒など、青年以外には初めて見たから。
話に聞けば、まだ何十人かは残っているらしい。でも、青年は見た事がない。
「……追うか? いやでも」
青年は悩んだ。見間違いかもしれない。思い込みで突っ込んで迷惑がかかるのは青年自身だ。
跡をつけることは容易にできる。砂の上にタイヤの跡がはっきりとついている。今すぐに追えば間に合う。
だが急がなければ。風の音が強くなってきているから、直ぐに掻き消えてしまうだろう。
「……何か落ちてるな。手帳か?」
迷ううちに、パラパラと紙の捲れる音が聞こえた。その方向には風にページが捲られている手帳が落ちていた。
近づいて拾うと、それは確かに手帳だった。校章からしてアビドスの物。アビドスの生徒手帳だ。
生徒手帳を拾ってまず見る場所は決まっている。一番最後のページ。生徒の情報が載っているページ。
「……ああ、やっぱり」
外れていて欲しかった青年の予想は当たっていた。一年生という学年、梔子ユメの名前と一緒に、顔写真が載っている。それはまさしく、あの女生徒だった。
「攫われた? 何でだ? いや、まさか……」
あの女生徒、梔子ユメの様子を思い出す。ヤケに警戒していなかっただろうか? まるで、常々誰かに追われていたような。
──これでも隠れるのは得意なんだよ?
自信ありげな、あの一言は。これまでずっと、そうしてきたからではないのか?
だから、青年の目を掻い潜って、姿を消すことが出来たのではないのか?
そして、今回捕まってしまったのは。青年のせいではないのか?
「最悪だ……」
そのことに思い至った青年は悪態をついた。
きっと梔子ユメだけなら、逃げ切っていただろう。でも、そうは出来なかった。それは何故なのか。
それは、青年から隠れるためだ。その隙を突かれたのだろう。
青年と一緒に歩く梔子ユメは目立ったに違いない。青年は梔子ユメの事情など知らなかったからだ。でも、それが彼女にとっては命取りだった。
結果としては、青年に付き合ったせいで梔子ユメは捕まったのだ。
「……どうする」
この
自己責任だと突き放すことはできる。それもまた正しいのだろう。冷たい考えだが、自分の事だけを優先する考えは嫌いではない。青年はその考えを否定はしない。
でも、梔子ユメはそうしなかった。
自分のせいで手詰まりになった青年を彼女は助けたのだ。
追われていることも、そうしなくていい事も、彼女は知っていたはずだ。それでも、それを飲み込んで、梔子ユメはそうした。
考えなしだったのだとしても、結果が全てだ。少なくとも青年は助けられた。これは恩だ。青年はそう判断した。
「少なくとも、手数がいるな」
音を立てて、青年の頭が回りだす。当てのない知識も総動員する。手段など選んではいられない。
これは、青年の信念に関わる。そんな記憶はないけれど、約束も守らず、その相手に不都合だけ押し付けて、のうのうと生きていくなど許せない。
何故か初めての事態のはずなのに、青年の中で、誘拐犯に対する怒りが燃え上がっていた。
「まずは跡をつけるか」
やることは決まった。後は、どうやって実現するかだ。
青年は静かに動き始めた。
□
暑いなと、女生徒──梔子ユメは思った。
意識を失っている間に連れてこられたのは、住宅地から遠く離れた廃工場だった。幸いにも知っている場所だ。ユメはアビドスの大体の場所を知っている。
元々は町の外にあった工場なのだが、とっくに砂に飲み込まれて、アビドス砂漠の一部になっている。人間を監禁するには、とても都合のいい場所だ。
こんな場所に、クーラーなど気の利いたものは無い。あるにはあるが、とっくにスクラップと化している。だから、茹だるような暑さが、工場内を覆っていた。
「ここまで連れてきて悪かった。ただ、聞きたいことがあってさぁ」
拘束されたユメの前で、ドカリと来客用のソファーに座った人間が言う。周りには部下だろう人間が五人はいた。工場の外にはもっと居た。
ヘルメットを被った面子の中でもリーダー格。この人間にずっとユメはつけ回されていた。
悪かったなど、一欠片も思っていない事をユメは知っている。何を聞きたいかも、大体の予想はついている。
「お宝はどこにある?」
「知らないよ……ひぃん」
ユメの、ため息交じりの答えが不満だったのか、いきなり発砲してきた。弾は当たらずに後方へと消えていったが、怖いものは怖い。
「知ってるはずだよ。アビドスの生徒会長なんだからね」
ぐりぐりとユメのこめかみに銃口を押し当てて、リーダーは恫喝する。
「知らないよ。私はお飾りだから。大体、お宝があったら、とっくに借金を返してるよ」
皆、ユメを襲う人は皆、聞いてくる。
恫喝して。親切を装って。偽りの、見せかけの、そんな笑顔を張り付けて。
皆、お宝にしか興味が無いのだ。それに、ユメはもう疲れてしまった。
「……フン。そんな強がりを言っていられるのも今だけだ」
リーダーが周りの部下に指示する。あっという間に、座った椅子に縛り付けられて、ユメはその場から動けなくなってしまった。丁寧に、口には猿轡まで嚙まされた。
「しばらく……そうだ。一日か二日間。ここに置いて行く。腹が減れば口も軽くなるだろう。それに、身代金の交渉も、弱弱しい声を聞かせれば有利になる。先方は生きてさえいればいいって言ってたしね」
それを聞いて、ユメは血の気が引いた。ユメの身にこれから起こる事ではない。リーダー格の無知さ故にだ。
ここは、殆どアビドス砂漠だ。夜は冷えるし、日が昇れば灼熱地獄。アビドスの外とは比較にならない。彼女たちは、外から来たゆえに。砂漠の事を、住人ですら遭難するアビドスのことを何も知らないのだ。
外の自治区なら、そうされたとしても。生徒なら疲弊する程度で済む。そこの認識は間違っていない。だが、ここはアビドスなのだ。
リーダーが言った事を実行すれば、ユメは死ぬかもしれない。死なないにしても、半死半生だろう。水もしばらく飲んでいないし、殴られたせいか、頭がガンガンと痛むのだ。
抗議しようと、口を開こうにも猿轡のせいで上手くいかない。モゴモゴと声にならない音を発するユメを見て、彼女たちは笑っているだけだ。
拘束を解こうと力を込めても、拘束はびくともしない。そもそも、解いたところで、ユメ一人でこの人数を何とかできない。よしんばできたとして、外には装甲車が停まっている。ユメが乗ってきたモノだけでなく、数台同じようなものがあった。それ相応の人数がいるのだ。
完全に詰みの場面に嵌まっている自分に、ユメの心を絶望が覆っていくのが分かった。
「じゃあ、また二日後に──」
「リーダー! 大変です!」
「なんだ? 今良いところなのに」
余裕たっぷりのリーダーの顔が歪むのが良く分かった。良い気分に水を差されたからだろう。機嫌悪そうに応答している。
「外に、不良共が……」
「追い出せばいいだろう? 私たちの方が数が多いし、装甲車もある。武器だって──」
「私たちよりも多いんですよ! あの数は、アビドス中の不良が集まっています!」
叫ぶような部下の声に、リーダーは黙り込んだ。部屋が静かになったおかげで、外の音が良く聞こえる。
ざわざわと人の声がする。一人や二人ではない。何十人もの声だ。
「一体どうやって……いや、向こうの動きは?」
「……今も叫んでますよ。話をさせろって」
部下の言葉の通りに、拡声器だろう。それを通した大声が響いて来た。
そして、その声に、ユメは聞き覚えがあった。何しろ、今日に聞いた声だからだ。忘れるはずもない。猿轡で、声にならない声で、確かにユメは呟いた。
「おじさん……?」
□
「話をさせろー!」
「宝物の独占を許すなー!」
「金返せー!」
「さっさと、出てこいー!」
場はかなり温まっていた。あの場所の不良共を全員かき集めたのだ。それに、燃料を投下してやったのだから、こうもなるだろう。何時火がついてもおかしくない。
手段は簡単だった。
装甲車を追う途中で、破壊されたバリケードや痛みに呻く不良たちが目立った。何が起きたかは簡単に想像がつく。
装甲車で、強引にバリケードを突き破ったか、追いすがる不良たちは銃撃で撃退したのだろう。それを見た時に、青年は使えると思った。
梔子ユメが連れていかれた場所を確認した後、不良たちに接触を図った。
──アンタたちも、アイツらにやられたのか?
そう言って近づいた。同じく被害者を装って、外套もわざとボロボロにして、分からないようにして。
そうして、話しかけながら情報を集めた。少し前から彼女たちは現れた事。時々、喧嘩を売ってきたり、カツアゲしてくる事。中々の戦力を持っているから、抵抗できない事。そのくせ、縄張りを主張しない事。
梔子ユメが目的だったのなら、その行動は分かる。下手な騒動を起こせば、梔子ユメは逃げ出してしまうだろうから。
でも、部下の統制は甘いらしい。リーダーの目を盗んで、羽目を外しているようだ。
だから、それを利用して。仮説を騙ってやったのだ。
──そいつらは、もう宝物の場所を見つけているんじゃないか?
──宝物を掘り出し終わるまで、それを隠したまま。ここを牛耳ろうとしているんじゃないのか?
──そして、自分達を追い出して。採掘料と言って、何もない場所を無駄に掘らせようとしているんじゃないのか?
──自分たちは、宝物がない事を知らないまま、このまま搾取されるんじゃないのか?
全ては想像だ。幾つかの事実を繋ぎ合わせて、信じやすいような、信じられるようなものを作った。
彼女たちにとって、内容はどうでもいいのだ。
自分たちが騙されて、不当な目に遭わされて、搾取されようとしている。現に今、酷い目に遭った。それだけで十分だ。
彼女たちは、不良をやっている。日常生活を思い通りにしたくて、そうしているのだ。だから、ただ、自分たちの邪魔をする。それだけの事実が許せない。でも、相手の方が強いから、言うことを聞くしか無かった。
そこで、青年が提案すればいい。
──皆で立ち向かおう。自分が指揮をしよう。先頭に立とう。自分たちの権利を取り戻そう。
怪しむ彼女たちには、途中のヘルメット団を指揮で撃退すればいい。自分たちがここまでできると、そう信じて彼女たちは着いてくる。
他の不良の説得も彼女たちが手伝ってくれる。難しいのは最初だけだ。数が増えれば増えるほど、人間は集まりやすくなる。その理由が彼女たちにとっての正義ならなおのことだ。
あとは、最後に火を付ければいい。その火種は、相手が作ってくれる。正確には青年がガソリンをまき散らした場所で、彼女たちが火花を起こすと言う方が正しい。
「なんだ!? 何の用でここまで来た! さっさと出て行かないと、痛い目に遭わせるぞ!!」
リーダーだろう。ヘルメットを被った人間が出てきた。周りには、多くの部下がいる。見たところ数は同じくらいだが、武器の質は向こうの方が良い。このまま、まともにぶつかれば負けるだろう。
相手もそれは分かっているが、話に乗るしかない。その筈だった。
「宝物を隠してるだろう!?」
青年は拡声器を手に前に出て叫んだ。青年を見たリーダーは鼻で笑うだけだ。
「隠した宝物を掘り出した後、俺たちをここから追い出して! 何もないところを俺たちに掘らせようってわけだ! 丁寧に金まで巻き上げて!」
青年の言葉をニヤニヤしながら、リーダーは聞いていた。そして、口を開く。
「出鱈目を言う。いいか? この私たちの根城を見てもらっても構わない。代表者を募ってもらう」
場の空気が冷めてくる。向こうのリーダーが余裕綽々なのもあるし、向こうの武装や人数が多いのもある。こういった集団は崩れると脆い。
それを向こうは知っているのだろう。リーダーをやっているだけはある。
「どうした? まさか、それしか考えてない? ほら、早く代表を選んで。それで、何も無かったら。分かってるだろう?」
黙る青年に、調子よくリーダーは煽る。
「私たちには、隠し事はなにもない! 何だって答えてやる!」
こういうパフォーマンスは、リーダーに必要だ。士気は大事だ。それを保つのが、リーダの役割だ。彼女たちは大口を叩いてなんぼ。部下にとって、リーダーがカッコよくて、頼りになればいい。そうでなくては引き摺り落とされる。
部下にとって、頭は誰でもいいから。自分達を喰わせてくれて、良い思いをさせてくれる限りは着いていく。出来なくなれば用はない。
相手は、力や絆で仲間を縛っていない。利益で縛っている。
だから、相手は逃げられない。今は、自分の力を示す絶好の機会だからだ。ここを逃せば、次の機会はいつ来るか分からない。
あははと、静かに笑いながら紙袋の少女も、青年の記憶の中でそう言っている。
「じゃあ、どうして。そんなにいい装備なんだ?」
思いっきり、青年は相手の急所を刺した。
「装甲車が何台ある? 燃料や弾薬、食料。それをどうやって捻出した? 宝物を見つけていないのに?」
「それは……」
必死に、言い訳を考えているのだろう。相手が言葉に詰まった。
「ん? 何でも答えるって言ったよな? 言葉を違えるのか?」
相手は焦っているが、これの答えはない。宝物を見つけたわけでは無いのは分かっている。でも、この場では、それは重要ではないのだ。
全員が納得できる。その金の出所を言わなければならない。下手な言い訳は通用しない。
だって、金がある証拠は目の前にあるからだ。そして、その金の出所を証明するものは何もないからだ。
何を言ったって、この場の不良たちは財宝を隠していると思うだろう。隠した財宝を使って、その装備を整えたと。
だから、穴だらけの理論を振りかざしたのだ。勝手に向こうが甘く見積もって、乗ってくれると思っていた。下手な自信を持っている奴ほど危ないのだ。生兵法は怪我の元ともいう。
彼女たちは最初から、物量で押せばよかったのだ。ただ有利だったから、優越感と仲間への見栄を優先したから、こうなった。
後は、青年が火を広げるだけだ。不良たちを怒りに燃える暴徒に変える。拡声器を手に大声で叫ぶ。
「見ろ! 強欲な嘘つきが、正体を現したぞ!!」
不良たちが湧き立った。大声が、怒りが、熱狂が、彼女達の正義が。あっという間に広がっていく。
「俺たちは、俺たちの自由を取り戻すまで、闘争を止めない!」
何か向こうが何か喚いているが、不良たちには聞こえない。全員が、青年の号令を待っている。
「俺が手本だ! 全員、突撃しろ!!」
先陣を切る青年の大声と共に、不良たちがヘルメット団へと雪崩の様に襲い掛かった。