ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「撤退の準備!」
リーダーはこちらに向かってくる不良の軍勢を見るなり、撤退を選択した。
応対していた窓の外からは、不良たちの雄叫びが聞こえる。外からは迎撃の銃声が聞こえるが、雄叫びは止む気配がない。直ぐに、外で戦っている戦闘員の悲鳴が聞こえる。
「ああもう! 早く入り口を塞いで!」
この部屋に続く扉を急いで塞ぐ。時間稼ぎにしかならないだろうが、今はこの時間すら惜しかった。廃墟と化した工場に立てこもる様は、まるでゾンビ映画だった。
手早く、この場の仲間たちと共に最低限の荷物を纏める。
「コイツはどうするんですか!?」
縛られて動かないアビドスの生徒会長を指差した仲間の質問に、連れていくのか、行かないのか、一瞬迷った。
「連れて逃げるよ!」
モゴモゴ言っているのを強引に立たせて、リーダーたちは、裏口へと向かう。
アビドスの生徒会長も不良に見つかればどうなるか分かっているのか、抵抗はしなかったのが救いだった。
「アイツ、頭がおかしいんじゃないのか?」
唯一の出口である裏口に向かいながら、リーダーは吐き捨てる。
不良たちの戦闘音が至る所で反響していて、頭がおかしくなりそうだった。普通は、何人かくらいは土壇場でケツを捲るものだ。
だが、今襲ってきている不良共にはそれが無い。一歩も引かない。ただただ熱に浮かされたように暴れ続けている。
異常だ。でも、自分は曲がりなりにもリーダーだから。どうしたら、ああなるのかは分かるのだ。
アレは、餌をぶら下げただけだ。自分や不良たちがずっと心の中で求めていて、けれど叶わないと思っていたモノ。好き勝手に生きたいと言う願い。
それは叶わぬ願いだ。それには障害物が多すぎる。ヘルメット団であるリーダーは噛み締めるほどにそのことを分かっている。
あの男が与えたのは、それに反逆する機会だった。
そう命令したわけではないけれど、自分たちが不良たちを虐げたのは事実。自分たちに反撃したところで、一時しのぎに過ぎない。自分たちを倒しても何も解決しない。
でも、あの男は、理由を作った。自分たちを殴って良い理由を。しかも、不良たちが正しいと言う免罪符まで用意して。
そんなことをされればこうもなる。
普通なら、戦力差や、先の事や、動機が邪魔をするのだが、それはあの男によって取り払われてしまった。
だから、外に居るのは、タガが外れた暴徒の群れなのだ。
自分が正しいと思っているから、話も通じない。自分が求めている物を追っているから、止まらない。自分を虐げた物に復讐しているから、手加減しない。
糞の様な三重苦で、リーダーは怒りに震えた。そこまでされる謂れはない。ここでは、弱ければ搾取される。そうならないようにしただけなのに。
「後ろは?」
「……大丈夫みたいですね」
裏口へと続く最後の扉の前までたどり着いた事と、仲間からの返答に、リーダーは安堵の息を吐いた。
不良に追いつかれやしないかとヒヤヒヤしたが、どうにかなったらしい。
着いてきてくれた仲間たちの同じような様子に、思わず顔を綻ばせる。
「最後だ。ここから逃げるよ」
ここから出たら、栄光の日々が待っている。輝く未来を想像して、薄い笑みを浮かべていたリーダーは、扉の先を見て固まった。
裏口への一本道。二人がすれ違うのが精一杯の通路の先。そこに、一人の人間が立ち塞がっていた。
「遅かったな。準備に手間取ったか?」
そんな事を言う男に、リーダーは半狂乱になりかけた。叫び出さなかった自分を褒めてほしいくらいだった。
「どうしてここまで……」
「分からないのか?」
完全に気圧された仲間の呟きを、男は拾ったらしかった。
「不良を集めて、扇動して、突撃させる。ここまでやったんだぜ? どうして、先に下調べしてないなんて思うんだ? 退路の確認は、基本中の基本だろ?」
その通りだった。ここまでやったヤツが、そこに手を抜くとは考えられない。
「……要求は? 悪いけど、宝物なんてない」
「知ってる。お前たちが、宝物なんて持って無いことくらいはな」
「じゃあ、なんなんだ!? 何のために、そこまでする!?」
仲間の大声に心臓が高鳴る。命とでも言われそうで、嫌な想像が止まらなかった。
「それとそれを、置いていけ」
「ハン。結局は金か」
アビドスの生徒会長と、自分たちの持つアタッシュケースを指差した男に、少しばかりリーダーは安心した。
金目当てと言う俗な理由に、目の前の男が人間に見えたからだ。
ケースの中には、残りの金が入っている。自分たちが半年は遊んで暮らせる額だ。マトモに使えば、増やすことだってできる。
そんな金を置いていけと言う男に、この場の雰囲気が張り詰める。
「渡すと思ってる?」
「話を聞けば、渡したくなると思うが?」
密かに、リーダーは後ろ手にハンドサインを出す。仲間の反応は見えないが構わない。外の連中とは違う。
「話?」
「そう。愉快じゃない話だ」
「そんなの……必要ないよ!」
後ろの仲間が、機関銃を構えている。ここは狭い通路だ。この弾幕からは逃げられない。始めから、簡単な話なのだ。目の前の男を倒せばいい。
リーダーの両脇で銃口が火を噴く。機関銃の掃射だ。普通は耐えられない。
その筈だった。
「盾だって!?」
男が足元の何かを蹴り上げる。それは、空中で組み上がって、一枚の盾になる。
あれは、アビドスの生徒会長から取り上げた物だ。逃げ出せないように別の場所に置いておいたそれを、男は回収していたらしい。
銃弾の嵐は、その一枚の盾に阻まれる。
リーダーは詰みを悟った。
暴徒化した不良が自分たちを探している。見つかるその前に逃げなければならない。でも後ろは不良の群勢、前は機関銃でも突破できない得体の知れない男。
時間をかければ、どうにかなるかもしれない。でも幾ら機関銃とはいえ、弾は無限ではない。その前に銃身が焼き付く。それ以前に自分たちには時間が無いのだ。
「あ!」
遂に機関銃がオシャカになる。このまま、不良たちの前に引き出されるのだ。全員が恐怖に震えた。
「……話を聞く気になったか?」
男は近づいて来ない。声が届く距離から、同じように話すだけだ。
男の狙いが読めないが、リーダーとしては仲間を守らねばならなかった。仕方なく静かに頷く。
それを見た男は、静かに聞いてくる。
「誰に、この金を貰った?」
核心を突く質問に、リーダーは反抗する気力が折れた。この男は全部知っているのだ。
「よく分からない大人……仕事があるからって言われたんだ」
大量の現金を前金だと言って、自分たちに渡した大人は、こう言ったのだ。
──アビドスに眠る宝物を探してほしい。アビドスの生徒会長が在処を知っている。聞き出せないなら、私の所に連れてきてほしい
それを聞いた男は納得したのか、少し優しい声で聞いてくる。
「本来は、この人数なんだろ?」
「そうだよ……」
元々のヘルメット団はこの人数だった。この十人ほどの人数が、本当の仲間たちだった。外の連中は、羽振りがいいのを見越して着いて来た奴等だ。数は力だと思って、そのままにしていたのだ。
男は次の質問をする。
「この金を持って、外に逃げて、どうするつもりだった?」
「あの大人に、指示を仰ぐつもりだった」
それを聞いた男はため息をつく。
「止めといた方が良い。そのまま借金漬けにされるぞ」
「え?」
とんでもない発言に耳を疑うが、男はなんでもないように続ける。
「戻ったところで、装備をもう一度整えたら金は直ぐに尽きるだろう。そうなったらどうする? 依頼してきた大人に泣きつくしかない。大人はこう言うだろう。”成功報酬からのツケにする”って。だって前金は、もう払ったからな」
男が語る事は、途中までリーダーが考えていた事と同じだった。違うのは大人の反応だ。嫌な予感しかしない。
「成功報酬からのツケ。つまり、成功しなかったら。全額借金ってことだ。後はどうなるかは分かるだろ?」
その先はあまり考えたくなかった。男が今度は、金を指差して言う。
「その金も、黒い金だろうな。真っ当な手段で稼いだものじゃない。まだ洗浄が済んでない金だ。だから、ポンポン渡せる。なにせ、お前らが洗浄してくれるんだからな」
「私らは何もしてない!」
「買い物をしただろ。その貰った金でさ」
仲間の反論に、男は冷たく言い放つ。
「安くなるとか言われて、店を紹介されただろう。そこで準備をした。その店が、その大人の息のかかったところだって考えなかったのか? 資金洗浄は犯罪行為だ。矯正局にぶち込まれたいのか?」
リーダーの想像を超えた事態に、今になって身体が震えてきた。
「……なんで、そこまでしてくれる? お前には何の得もないだろ?」
仲間の当然の疑問に、男は答える。
「外の騒ぎを抑えなきゃならない。そのためには成果がいる。それがこの金だよ。この金額なら、全員で分けても、そこそこだろう?」
「でも、これは危ない金なんだろ?」
「個人が一度に大量に使わなきゃ問題ない。そこまでは流石の超人も追えないだろう。それに、この顛末だ。金は奪われたと思って資金提供した大人も割り切るはずだ。見張りも引かせるだろうさ」
「見張り……?」
震える声の仲間に、揶揄うように男は言った。
「羽振りがいいからって、着いて来た奴らの中に居るだろうな。雇いの監視位はつけるさ。今なら騒ぎの最中だから気にしなくていいぞ」
さっきまで輝いて見えたアタッシュケースは、今になっては忌々しいものにしか見えなくなっていた。リーダーはアタッシュケースを放り捨てる。
「そうだ。運のいい事にヘルメット団なんだろ? ヘルメットで顔なんて分かりゃしない。さっさと半分だけ持って、使い切ってしまえ。そのまま姿を眩ませろ」
それを見た男はそのまま身体を脇にどけた。一目散にリーダーと仲間たちは半分の金だけ持って駆け出す。
「ありがとう……!」
すれ違いざまに、リーダーは呟く。答えは何もなかったが、それは期待していなかった。ただただ、そう言いたかったのだ。
なんだか、外の天気と同じように気分が晴れやかだった。リーダーは仲間たちと共に、アビドスの外へと向かって駆け出した。
□
「あれ、私は……」
ユメが目を覚ますと、知らない天井が広がっていた。
重い身体を何とか起こすと、頭がなんだかくらくらする。前後の記憶がどうにも曖昧だった。
「そうだ。私……」
ユメは攫われたのだ。そして、助けられた。あのおじさんに。
ヘルメット団がユメを放り出してからの記憶がどうにも曖昧だ。あのあと、どうなったのだろう。
「おや。目が覚めましたか」
急にかけられた声に、ユメは飛び上がった。振り返ると白衣を着た獣人が立っている。立ち振る舞いを見るに、医師に見えた。
「気分はどうですか? 貴女は熱中症で倒れたんですよ?」
熱中症と聞いて、水をずっと飲んでいなかったことを思いだした。腕を見れば点滴が繋がっている。あんな熱い場所に閉じ込められたのだ。気が抜けた瞬間に倒れたらしい。
「私は、どうやって……」
「アビドスのこの病院に、貴女は運ばれてきたんですよ。不良たちも大勢来ましたね。皆さん軽傷でしたが、治療を痛がって大暴れでしたよ……」
医師はどこか疲れた様子だった。病室を見ると大部屋で、ベッドの上は散らかっている。まるで誰かが暴れたみたいだ。ユメと医師以外誰もいない部屋を見て、ユメは電撃が走った。
「おじさんは!? 私を運んできた人は!? どうしたんですか!?」
大事なことを思い出して、医師にユメは掴みかかる。
あの人の居場所を聞かなければならなかった。あれだけの事をして、ユメを助けてくれたのに。ユメは何もできていないのだ。
「おじさん!? 貴女を運んできた人ですか!? もう居ませんよ! 不良たちと貴女の治療を申し込んだ後、出て行きましたよ! 料金はちゃんともらいましたから! そんなに焦らないで下さい!!」
ガタガタ揺らされた医師の焦ったような言葉に、ユメはショックで固まった。
ユメはおじさんの居場所を知らない。今日会ったのは偶然だからだ。また同じ場所に行ったとして、また会えるとは限らない。
もう二度と会えない。そう思った瞬間、ユメの胸に痛みが走る。こんな痛みは初めてで、口から思わず呟きが零れる。
「そんな……」
「……ああ、そういえば。貴女が目を覚ましたらと頼まれていたことがありましたね」
医師の言葉で勢いよく顔を上げるユメに、一歩引きながらも医師は床の籠を指差す。
「貴女の荷物だそうですよ。”勝手に使って悪かった”と」
そこに入っていたのは、ユメのカバンと盾だった。それは嬉しいが、ユメの求めていたモノではない。
続きを促すユメの視線に急かされたのか、医師はアタッシュケースを持ってきた。
「彼女たちと貴方の分の合計、今回の治療代のお釣りです。それと、貴女の取り分だそうです。”一度で派手に使わないように”と」
信じられないような額のお金が、ユメの前にあった。以前なら、利子の足しになると喜べただろうが、今はそれほど喜べなかった。
お金よりも、何よりも、今はあのおじさんと話してみたかった。
だって、あんな人は初めてだったからだ。まるで魔法使いだった。
下心なしにお礼を言ってくれた。一度、道案内をしただけなのに助けてくれた。
あの場の全員を納得させた。騙しているのもあるが、全員が利益を受けている。
ユメを攫ったヘルメット団は、大人の企みから抜け出すことが出来た。お金も半分あれば当分は困らない。
不良たちは、働いた分のお金を手に入れた。暴力はあまりいい事ではないけれど、この医師の話では大した怪我では無かった。
ユメは言うまでもない。命を助けてもらったし、お金も貰った。
じゃあ、おじさんは? おじさんは何かを手に入れたのだろうか? なんで、あそこまでやったのだろうか? あの人は、何のためにここまでしたのだろう?
どうして、あそこまでできるのだろう? どうやったら、ああなれるのだろう?
知りたかった。もっと話してみたかった。もしかしたら、ユメの期待通りの人かもしれない。
でも、ユメはおじさんの居場所を知らないのだ。そのことを思うだけで、ユメの気持ちがどんどん沈んでいく。
「……貴女、あの男の子の知り合いではないのですか?」
「男の子……?」
まさか、おじさんの事を言っているのだろうか? 困惑するユメに、医師は不思議そうに言う。
「ええ。青年と言っても良いかもしれませんが。貴女と同じくらいか、少し年上でしょうかね。それくらいなら、髭位生えますよ。確かにここでは珍しいですから、勘違いするのは分かりますが」
”それで、おじさん呼びは可哀そうです”そんな医師の言葉は上手くユメの耳には入らなかった。
貴女と同じくらいの男の子。その言葉を聞いて、何だかおかしくなった。なんだか胸がドキドキする。身体が熱い。
「それに、居場所くらいは直ぐに分かるのでは?」
「え? どうしてですか?」
動機を抑えようと四苦八苦するユメの疑問に、本当に不思議そうに医師は答えた。
「どうしても何も。あの子は外套の下に制服を着てましたよ。それも、アビドスの。それは貴女と同じ学生と言う事でしょう? 学校に行けばすぐに会えるのでは?」
それを聞いた途端に、ユメの胸の動悸が悪化した。
大人のおじさんでなくて、同年代の男の子と知っただけなのに。どうしてかユメの胸の動機が止まらない。少し苦しいくらいなのに、それが心地よいのだ。そんな事は初めてだ。
そして、沈んだ気持ちは、逆に持ち上がってきていた。
それは、おじさんの手がかりを掴んだからだ。同じ学生なら、どうにでもなる。何たってユメはアビドスの生徒会長なのだから。本当はいけない事だが、生徒の記録を漁って、住所くらい調べるのは訳はない。
「……いや。大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですよ? まだ身体の熱が引いていないのでは?」
「あ! 大丈夫です!!」
「本当に……?」
急に元気になったユメに、医師は訝し気な視線と体温計を向けるが、体温は平熱だったようで保留にするようだった。
夜になるし、念のため明日の朝まで泊まれと言う医師の言葉にも、一も二もなく頷く。
それを見た医師は部屋から出て行く。ユメ一人になった部屋はがらんとしてどこか寂しげな雰囲気になる。
それなのに、気分は晴れやかだった。そんな気持ちでカバンを探って、手帳を取り出す。お気に入りのバナナとり手帳だ。
それを開いて、ペンを片手に考える。いつもは直ぐに書ける出だしが、なかなか出てこなかったが、それすらユメの気分を落ち込ませるには足りない。
胸の動機は止まらないし、顔も何だか熱いし、気分がふわふわする。足元もおぼつかない。こんなに楽しみな気分になったのは、本当に久しぶりだった。入学の時以来かもしれない。
好奇心というには強すぎて、憧れというには似ていない。それが何で、これからどうなるのか。ユメはまだ分からない。
でも、ユメにとっては、暗い気分を吹き飛ばしてくれたから。それだけで嬉しいのだ。
だから、ユメはその感情に従って、紙の上にペンを走らせた。