ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
日が暮れるアビドス砂漠。その麓に位置するカイザーPMC基地。その中のPMC理事室で、二人の大人が話し込んでいた。
「クックックック……上手くいかなかったようですね?」
そのうちの一人。黒服は、もう一人の大人に話し掛ける。
話し掛けられた方、細身のスーツを着たロボットは苛立たしさを隠そうともせずに言い返す。
「分かっていて止めなかったのか?」
「いいえ? 必死な貴方の現状には同情していますよ?」
言葉通り同情するだけだが。目の前のPMC理事の現状は、黒服にとって何の関係もないからだ。
姿勢を正して、黒服はPMC理事に本題を伝える。
「今回は忠告に来ただけです。プレジデントとの契約に影響が出かねないのでね」
黒服が契約したのはプレジデントだ。プレジデントはカイザーコーポレーションその物だと自認していたし、確認済みである。
だから、目の前のPMC理事の現状に協力すると言う義務はない。黒服が協力しなければならないのは、カイザーコーポレーションの仕事であって、PMC理事に振られた仕事ではない。
大筋の仕事に影響するから、口や顔を出しに来ただけだ。
「アビドスの生徒会長は、何も知らないと言ったでしょうに。彼女は全てを押し付けられた、哀れな生贄の羊なのですから」
眼前のPMC理事の仕事は他者のサポートだ。粛々とそれを全うすればいいものを、この人間はそれができない。
だから、余計なことをする。黒服のプランを無視して、勝手なことをするのだ。大きく事態は動かなかったが、また同じことをされても問題だ。今回は、その件で来ている。
「貴方の仕事は資金洗浄とアビドスの治安の調整だったはずです。決して、アビドス生徒会長の誘拐ではない」
唯々、事実を突きつけると、PMC理事は黙ったままだ。握った拳が細かく揺れている。それを見た黒服は内心でため息をつく。
本当にプライドというモノは面倒だと。
いい方向に持って行く事が出来れば、これ程良い起爆剤はない。
しかし、扱いや方法を間違えれば目も当てられない。今が正にそうだった。
「アビドスに眠る財宝。宇宙戦艦、アトラ・ハシースの箱舟。その場所の特定と発掘への協力。それがそちらの条件でした」
プレジデントの目的は、この箱庭の支配。その為の兵力としての箱舟だった。恐らくは、それの起動にはサンクトゥムタワーが必要だろうが、そこからは黒服の知った事ではない。契約外だからだ。
「対価として、貴方達カイザーには、アビドスの復興の妨害を条件にしました」
「だから、あの生徒会長を……」
「言い訳は聞きたくありません。貴方は分かっている。貴方は他者を出し抜きたかっただけだ。私が言ったのは妨害です。決して、終止符を打てという意味ではない」
ハッキリと黒服は、問題点を挙げる。
黒服が要求したのは現状維持だ。アビドスを生かさず殺さずの状況で維持する事。
これは黒服の都合であるが、カイザーの都合でもある。
「今すぐにアビドスを手中に収めるのは悪手です。なぜなら、連邦生徒会には、あの超人が居ますから。それに、ゲヘナには雷帝もいる」
超人、連邦生徒会長。中々のやり手だと知っている。ワンマンであるが故に、全ては救えないまでも。自身の限界の範囲で成果を出している。
彼女にとって、アビドスの優先度は高くない。アビドスの衰退は誰のせいでもなく、自然現象だからだ。住人が露頭に迷うなら話は違うが、そうでもない。自身で判断して他自治区へ移住している。そもそもが、これはアビドスが解決しなければならない問題なのだ。
それなのに、対処すべき権力者が雷帝の口車に乗せられて、シェマタの制作に舵を切る始末。これではどうしようもない。
資金提供や人手を出しても、それらは復興には使われない。全てシェマタへ流れるだろう。今はまだ技術が追いつかないためにガラクタと化しているシェマタも、資金投入され続ければ分からない。万が一、完成でもしたが最後。キヴォトスに戦禍を巻き起こす。
だから、アビドスの復興に向けて労力と金銭を掛けるより、まだ雷帝の方に注力したいのだろう。エデン条約を推し進めるのもそのせいだ。
「それを分かっているから、プレジデントは長い時間を掛けて防衛室を切り崩しているのですよ」
防衛室を落としたところで、連邦生徒会長がいる今は意味がない。彼女は傑物だ。だからこそ意味がある。
きっと彼女は誰にも理解されない。周りから突き抜け過ぎて、同じ人間に見えないから。只人から見れば、化け物か何かにしか見えないだろう。今の防衛室はそれに睨まれているのだ。
だから、勝手な行動をしないし、小さな悪事で満足できる。
裏切り者を忍ばせる上で大事な事は、人選だ。
馬鹿では務まらない。かと言って賢すぎれば自己判断で行動する。頭が回り、こちらの判断を仰ぐ者が必要だ。
しかし、そんな人間は在野に転がっていない。黒服自身が欲しいくらいだ。
そこまで考えて、同じような事を言っている人間を思い出した。
頭の中で二人を比較する。
このままでは、眼前のPMC理事は暴走する可能性が高い。それは失敗に終わるのは間違いないが、タイミングによっては、黒服の計画に影響する可能性がある。
しかし、このPMC理事は黒服の言う通りには動かない。だが、方向の誘導はできる。黒服は、少しばかり撒き餌をすることにした。
「あまり私も、このような事を言いたくないのですが。彼に囚われすぎではありませんか? 足元にもう少しだけ、注意を向けた方がいい」
「……何のことだ」
あまりに分かりやすい反応に、黒服はウンザリする。それをひた隠して、言葉を紡ぐ。
「貴方の嫌う、あの男。貴方の同期でしたか。つい最近、カイザーコンストラクションとカイザーローンの理事に就任した男ですよ」
黒服の頭に恰幅の良いロボットが浮かぶ。きっとPMC理事も同様だろう。何も言わないが、黒服には彼の内心がよく分かる。
怒りに震えているのを、懸命に耐えているのが分かる。まずは、そこを突くとしよう。
「そういえば、ビナーの討伐に失敗したようですね。その辞令は、まだ宙に浮いているとか」
「あれは、お前の──」
「違いますよ」
強い口調で、PMC理事の言葉を遮って、黒服は断言した。
「私と貴方の契約は、ネフティスから盗み出した設計図から、現物を作り出すことです。ビナーを討伐することでは無い。そして私は契約を全うした」
列車砲シェマタ。それを威力をそのままに、サイズダウンしろなどと無理難題を言ってくれた物だ。対価は相応に要求したが、払われては仕方がなかった。
「あの設計図は、現行の技術を数世代は飛び越えた物を使用する想定です。裏技を使ってまで再現したのですから……納得がいかないからと、私の責にしないで頂きたい」
それは、黒服の誇りに関わる事だ。妙な勘繰りで疑われてはたまらない。思わず、関係ない話にしてしまった事を恥じて、落ち着いた口調を取り戻す。
「話が逸れましたね。ビナーの討伐ですが、次は貴方がご執心のあの男のようですよ?」
「……ッ!」
言葉を詰まらせて、カメラアイが点滅するPMC理事に、黒服は静かに畳み掛ける。
「ええ。成功すれば、貴方の面目は丸潰れ。今の地位から下ろされてもおかしくはない。プレジデントは失敗した部下には厳しいと専らの評判ですから」
黒服の言葉に震えるPMC理事を見て思う。
この類の感情など、黒服には縁遠いものではある。だが、察するのは容易だ。
自分よりも能力が、才能がある事への嫉妬。自分を下に見られたと感じた事による怒り。地位を追い落とされる事への恐怖。この嫉妬と怒りと恐怖がPMC理事の中で渦巻いている。それで、震えているのだ。
「……解決策は一つです。貴方が先にビナーを討伐すれば良い。プレジデントの辞令はまだですからね」
勢いよく黒服を見上げる男を見て、黒服はほくそ笑む。
プレジデントにはまだ余裕がある。PMC理事が危惧する事態にはまだ早いと黒服には分かる。しかし、PMC理事には分からない。
PMC理事はもう、一杯一杯だ。黒服がそうした。
これで、PMC理事の中に需要が生まれた。
後は、その
「しかし……私の部隊は手も足も出なかった。頼みの綱も起動しなかった。これ以上、払うものはない」
「私は、情報を提供するだけです。動くのは貴方だ。払うのは、その結果でよろしいでしょう」
まずは優しい毒を注ぐ。
どんな取引だって、最初の一口は美味しいものだ。基本毒とはそういうものだ。そうしなければ、致死量まで摂取してくれない。
だから、最初は甘いもの。心地いい情報から。
「貴方が依頼したアレ。アレなら、強固なビナーの装甲を貫通させる事が出来るでしょう。少なくとも、貴方の目は確かだったわけですね」
PMC理事の雰囲気が和らぐ、心なしかカメラアイの光が安定したようにも思う。……話の潤滑油代わりに、上手く持ち上げるのも楽ではない。
「アレが起動しないのは、以前に言った通りです。燃料を用意しなければ動きません」
「燃料? だから、私は──」
「ええ、分かっています」
黒服は話を先回りする。ここで、最初の話に戻ってくるのだ。
「燃料に、ヘルメット団を利用しようと考えましたね? よく考えたものです。質が足りなければ、量で補おうという訳ですか」
事前に説明したはずなのだが。やはり理解してはいなかったらしい。これは黒服のミスでもあるから、次からは専門用語を自重しないことにした。
「貴方は資金洗浄にヘルメット団を利用した。最終的に債務者にするために。彼女たちは掃いて捨てるほどいる
発想は良い。問題は何の意味もない事だが。幾ら消費しても無駄であるし、流石にこのペースで不良が消え続ければ、連邦生徒会も動きかねない。そもそもが量の問題ではなく、性質の問題だからだ。
多数の生徒から神秘を抽出して混ぜ合わせたところで意味はない。ガソリンと灯油と重油を混ぜたようなものだ。必要なのはガソリンで合って、原油から抽出したモノの混合物ではない。
そして黒服には、
だから、一人から目的の物を抽出するしかない。
「事前に説明したように、燃料として生徒の神秘が必要です。それも、高濃度で高品質の物がね。一山いくらのものを幾ら集めても無駄です」
「……それはどこに?」
「そうですねぇ……神秘の強さと生徒の強さは、ある程度比例しますから。戦えばわかります。せめて、各学園の特記戦力レベルは欲しいですね」
それを聞いた途端に、PMC理事の勢いがそがれた。
「それでは、本末転倒ではないか……」
そうだ。そこまでするのなら、そのレベルの生徒を拉致できるなら。その戦力でビナーと戦った方がよほど有意義だ。身体の大きさという相違点はあるが、そんな生徒を襲えば、所属の学園や連邦生徒会が動くだろう。デメリットがメリットを大きく上回る。
話は行き詰るが、ようやくここまで来れたことに黒服は満足する。
黒服の目的としては、余計な行動を止めて欲しいだけだ。PMC理事の行動は意味がないどころか、黒服の目的を阻害することになる。
黒服は、あと数年はアビドスに保ってもらわなければならなかった。そうしなければ、黒服の独壇場である契約にまで話を持っていくことが出来ないからだ。
黒服の目的は、神秘とは何かを解き明かすこと。そのために、キヴォトス最高の神秘である”暁のホルス”と契約する必要があった。
契約は双方が納得しなければ成り立たない。黒服に理由があっても、”暁のホルス”に理由が無ければ意味がない。
ならば、理由を作ってやればいい。
”暁のホルス”はアビドスを救おうとするだろう。それは、そういうものだからだ。であるからして、表面上はアビドスに保ってもらわなければならない。土台が手遅れになるまで腐り切っていたとしてもだ。
”暁のホルス”は独力はどうしようもできない。幾ら強くても、もしかしたらビナーを討伐できるくらい強大でも、これはそういった話では無いからだ。
お伽噺や神話のように、巨悪を倒せば終わりではない。暴力ではなく地道な作業が要求される。暴力で解決できることが多く、契約が絶対である、このキヴォトスでは難しい。
よって、アビドスの生徒会長を攫うと言う行為は、それを台無しにする恐れがあった。PMC理事からすれば、箱舟の在処を知っているとでも思ったのだろう。
残念ながら、箱舟はアビドス由来ではなく、名もなき神々由来の物だ。そこまで説明しなかった黒服のツケが来ていた。
「それで、代替案はないのか?」
PMC理事の問いかけに黒服は我に返る。本題である”ある物を”懐から取り出した。
「これが、代替案になります」
「なんだこれは……初めて見るが」
PMC理事が摘まんで透かしているそれは、正確に六角形を成す薄紫色の結晶だった。
「それは、神秘の結晶体です。私はそれを神名文字と呼んでいます」
これは、神秘の欠片だ。”忘れられた神々”にちなんで、神名文字と黒服が勝手に呼んでいる。”忘れられた神々”の名前の欠片だけあって。相当の数を集めれば、その名前の持ち主の本体を呼ぶことはできないだろうが、器くらいは作れる代物だった。
「丁度三年ほど前でしたか、アビドス砂漠に何かが落下したでしょう?」
「ああ。調査結果では何も出なかったと聞いている。落下物は無く、あったのは巨大なクレーターだけだったと」
黒服はPMC理事の声に頷く。
「それ以降、アビドスではこの”神名文字”が発掘されるようになりました。非常に珍しいものですが、これなら燃料の代わりになり得るでしょう」
「必要数は?」
「そうですね……七百から八百程の数が必要でしょう」
「八百!? 正気か?」
驚愕で目を丸くするPMC理事に、黒服は安心させるように言う。
「幾らか数を調達して下さるなら複製しますよ。しかし、複製には時間が掛かります。辞令が下りるまでの期間を考えれば……三、四回が限度でしょう」
「……つまり、百ほど集めればいいと?」
「そういうことになりますね」
PMC理事は唸っていたが、渋々と言ったように頷いた。それに、黒服は満足する。
これで、PMC理事は余計なことをしなくなるだろう。この神名文字を掻き集める事に躍起になるはずだ。非常に珍しいと言う言葉の通りに、これを百も集めるのはカイザーと言えど時間が掛かる。
本当は複製も直ぐにできるのだが、それでは時間稼ぎの意味はない。黒服の都合で三、四回が限度なのだ。
別に、PMC理事がどうなろうと興味はない。カイザー内での権力闘争の結果は黒服に関係がない。契約さえ果たされればそれでいい。自分の作品がどこまでの働きをするのかの興味もある。
「それでは、用事も済みました。私は失礼するとします」
「待て。黒服。頼まれていた件だ」
用事は終わり、踵を返そうとした黒服はPMC理事に呼び止められた。
「ああ、分かったのですか? あの騒動を扇動した者が」
それは、黒服の頼み事だった。黒服も情報収集能力は十分に持っているが、それは企業や学園の機密等のセキュリティが高い物に特化している。地域の細かな噂等の物は不得手だ。その点はアビドス中に展開しているカイザーの方が優れていた。
「姿を眩ませるのに慣れている。名前しか分からなかった」
「ふむ……なるほど。そんな人間がこのアビドスに居るとは……場合によっては対処が必要ですか」
カイザーの情報網から姿を隠せるなど、かなりのやり手だ。最悪、黒服自身が出張る必要があるかもしれない。少し思考を回して聞き返す。
「それで、名前は?」
「テホンだとか、テュホンだとか、ティフォンだとか……そう名乗っていたらしい。戦闘時にそう叫んだと」
「ティフォン……テュポーン? まさか、いや、ここはアビドスのはず……」
信じられない名前が聞こえて、黒服はPMC理事の前だと言うのに思索に入る。
三年前の行方の知らない落下物、それから発掘されるようになった神名文字。神名文字に込められたことさら濃度の高い神秘。そして、この場所はアビドス。該当するのは一柱だけだ。
さっきまでは、気の進まない用事で来ることになって気分が良くなかった。しかし、こんな興味深いことがあるとは。あまりの興奮に、いつもの笑いが口から漏れるのを嚙み殺す。
「……情報提供ありがとうございます。それでは、準備ができたなら、また連絡を」
「ああ、分かった」
黒服はPMC理事の返事を受けて部屋から出る。出口まで護衛の兵士に連れられながら、黒服は噛み殺していた笑いを解放する。
「クックックック……なるほど。なるほど。面白くなってきましたね。名付けるなら”黄昏のセト”でしょうかね」
窓の外の沈む夕日を眺めて、黒服はそう呟いた。