ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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207話 上手くいかない一日目

「ふんふーん」

 

 

 青年の目の前を、梔子ユメが歩いていた。とても機嫌が良さそうで、足取りも軽いし、鼻歌すら歌っている。

 

 

「朝とは大違いだな……」

 

 

 青年は梔子ユメの醜態を思い出して苦い顔をする。

 

 ぎゅるぎゅる鳴った腹の音を聞かれて、羞恥心でのたうち回っていたとは思えない。

 

 そこのコンビニで遅い朝食をとれば止まったが。コンビニの食事と言っても、塩おむすび一個とか言うふざけたチョイスだったので、多めに買った青年が数個寄こさなければならなかった。

 

 

「大丈夫か……?」

 

 

 青年の苦い顔は収まる気配がない。別に、青年の財布が軽くなったことに苦い思いをしたわけではない。朝の出来事と、これから先の事、梔子ユメの事で気が重いのだ。

 

 

「セン君。セン君。もう少しだよ!」

 

「はぁ……」

 

 

 セン君と言うのは青年の名前だ。梔子セン。それが梔子ユメが候補に出した名前だった。

 

 仮登録する際の名前を青年に聴いた梔子ユメが、名前がないと言った青年に対して、出した名前がこれだ。

 

 苗字は固定の上、碌な候補がない。他の候補は、ムヘだのヤムだのルレだのヨモだの、人間の名前とは思えない。

 

 苗字は”聞かれても親戚で誤魔化せる”とか何とかで、煙に巻かれてしまった。

 

 おじさん呼びも気に入らなくて反抗しても、”お兄さん”って感じじゃないとか根拠のない言い訳で跳ね除けられてしまう。

 

 全力で抵抗した青年に、スマホ片手に梔子ユメが提案した名前がこれだ。

 

 この名前が、青年は大いに不満だった。女みたいな名前だし、絶対にこんな名前では無かったように思うのだ。

 

 不満と言えば、朝の出来事もそうだ。

 

 

 ──ごめんね。セン君。

 

 

 申し訳なさそうな梔子ユメの表情を思い出して、苦みの段階が上がる。

 

 ”手伝って欲しい”そんな梔子ユメの頼み事。アビドスの生徒会長としての彼女の仕事は、アビドスの復興だった。

 

 そして、彼女が持ってきた朝一番の仕事は最悪だった。

 

 割のいい仕事だった。寧ろ良すぎるくらいの。募集人数も多めで、お得感が漂うそんな仕事。

 

 

 ──研修期間(アルバイト)ですから。

 

 

 こちらを謀る大人のバカにするような声が、センの脳内にリフレインする。

 

 集合場所についたセンたちに言った言葉がそれだった。

 

 紙に書いた給料は正社員の物で、バイトであるセンには、それより低い給金を支給すると。そのくせ、その給料は相場より安いときた。

 

 あまりにも露骨な詐欺で、呆れかえるしかない。

 

 だから、さっさと帰ろうとしたのだが、大人は契約書を突きつけてきた。

 

 

 ──貴方は兎も角、其方の彼女は契約済みです。しっかり働いてもらいますよ。

 

 

 その大人の物言いに、センはカチンときた。騙されたとかそう言った事ではない。

 

 その契約書に、正社員とかアルバイトとか、金額が書いてあるならいざ知らず、確認したところ全く書いていない。唯々、仕事をして給金を払うと、ただし出来高制みたいなことを書いてある。

 

 この調子では、マトモに仕事をしたところで、仕事の出来にケチをつけてタダ働きさせようと言う魂胆が透けて見えた。

 

 癪だ。

 

 契約は真摯でなくてはならない。騙された梔子ユメも悪いが、契約内容は守ってもらう。

 

 だから、()()()()()()だけしてやったのだ。

 

 正規の金額から引かれた分の仕事はしなかった。半分ほどで仕事を放棄した。

 

 同じように騙された、他の不良も巻き込んでストライキをしたのだ。

 

 何とか、やった仕事分の給金をもぎ取る事には成功したが、梔子ユメが心配だった。

 

 巻き込んだ事を、絶対気に病んでいるだろうに。そんな事を考えているセンに明るい声が掛けられる。

 

 

「着いたよ!」

 

 

 その元気な一言とともに、梔子ユメは眼前に広がった砂漠へと駆けだしていく。

 

 砂まみれの砂丘でそんな事をすれば、初対面の時のように派手に転びそうではあるが、青年は一々口を出す気はなかった。それよりも聞くことが沢山ある。

 

 

「それで? ここまで連れてきて何をさせたいんだ?」

 

「え?」

 

 

 それを聞かれた梔子ユメは、キョトンとした顔をしている。

 

 青年は二本のシャベルを下ろして、もう一度言う。

 

 

「目的は大体わかるけど。しっかりと説明をしてくれ。俺は、復興の手伝いとしか聞いてない」

 

 

 砂漠にシャベルとくれば、大方何をやらせたいのかは分かる。でも、それではいけない。朝のようなことになっては、お互いの為にもならない。他人に説明することで、忘れ物も減るだろうから。

 

 

「やらないって言ってるわけじゃない。対価は貰ったんだからな。そこまで恥知らずってわけじゃない」

 

 

 不安そうな梔子ユメに、青年は優しく言う。

 

 

「ただ、事前に言ってくれれば、何かできるかもしれないだろ?」

 

「うん……」

 

 

 静かに彼女は納得したのか、砂漠の一方を指差した。

 

 

「あそこらへんにね。昔のアビドスの建物が埋まってるの」

 

「何の?」

 

 

 思い出しているのか、宙を睨んで梔子ユメが言う。

 

 

「えっとね。倉庫なんだって。何かいいものが埋まってるかも」

 

「へぇ、調べたのか」

 

 

 コクコクと梔子ユメは勢い良く頷いた。彼女なりの配慮が見えて、センは嬉しかった。

 

 倉庫まで掘り進めるにも人手がいる。だから、今まで手を出せなかったのだろう。それに、それなりの利益も見込めそうだった。

 

 梔子ユメは、地図を片手にウロウロした後、一点を指差した。

 

 

「昔の地図と今の地図を比べたから、そこを掘れば、入口が見えると思う」

 

「よし」

 

「信じてくれるの?」

 

 

 素早くシャベル片手に向かうセンを見て、梔子ユメは、少し不安そうな表情だ。まあ、気持ちは分からないでもない。

 

 

「だって、調べたんだろ? 昔と今の地図まで用意して、しっかりと計画を立てた。違うのか?」

 

「ううん」

 

 

 首を横に振る梔子ユメを見て、センは笑う。それならいいのだ。

 

 

「やれることをやって、失敗したなら仕方ないだろ。それに出てこなかったとしても、梔子のせいじゃない」

 

 

 らしくない事を言ったと思う。仕事は真面目にやるのは、センのモットーであるが、ここまで肩入れする必要はないはずなのに。

 

 なんだか梔子ユメが見れなくて、センは発掘の準備を始めた。

 

 

 □

 

 

 ザクザクと砂を掘る音が、ユメの中で響いている。

 

 もう、人が丸々二人は入れる大穴が開いている。その穴の中で、ひたすらにユメは穴を掘っていた。

 

 太陽は頭上を飛び越えて、少し西へ傾き始めていた。このペースで間に合うのだろうか。ユメは不安になってきていた。

 

 だって、朝から失敗ばかりだ。折角、あのおじさん。セン君に手伝ってもらっているのに。

 

 このままでは、居なくなってしまうかもしれない。そんな不安が、ユメを襲っていた。

 

 張り切って用意した朝の仕事は詐欺だった。でも、セン君が何とかしてしまった。

 

 朝ごはんだってそう。ただでさえお金がないから、朝の仕事の給金で賄おうと思っていたから、安いのしか買えなかった。でも、セン君が自分の分を分けてくれた。

 

 

「迷惑かけてばっかり……」

 

 

 全てがユメの失策だ。その尻拭いをセン君にさせている。情けなさで消えてしまいたかった。

 

 本来なら、これで楽しい体験をしてもらう予定だった。何時までもセン君をあの条件で引き留められるとは考えていない。

 

 事情を聴いた時、セン君は分からないと言った。何でここに居るのかも、何をすればいいのかも。何も覚えていないと。

 

 でも、セン君は一人で生きていける人間なのだ。覚えていなくとも、そうしてきたに違いない。朝のやり取りだけでも、それが分かる。

 

 きっと彼が欲しいものは、全部自分で手に入れられるに違いない。ユメが引き留めるために出来るのは、身分を対価にすることだけだった。

 

 

「出来れば、ずっといて欲しいな」

 

 

 どうして、ユメを助けてくれたのか。その理由は、あの問答ですぐに分かった。

 

 ユメがしたことを、そのまま返してくれたのだ。他者が当然だと思って受け取ったものを、セン君だけは、大事なものだと感じて、返してくれたのだ。

 

 それは、とても嬉しかった。ユメが心を砕いたものを、そうだと理解してくれたのだから。

 

 それを思うだけで、胸が暖かくなる。二人で一緒に何かできれば、それはきっと楽しいだろう。

 

 そのための策は、全くうまくいっていなかったが。

 

 

「休憩時間だ」

 

 

 穴の上から、そんな声が聞こえた。見上げると、セン君が穴の縁から見下ろしていた。

 

 交代の時間だった。初めは二人で掘ろうと言う話になったのだが、効率が悪いと言う事で、ユメが穴を掘り、その間にセン君が休憩スペースを作ってくれると言う。

 

 

「うわぁ……」

 

 

 穴から這い出たユメが見たのは、急造にしては中々の物だった。

 

 荷物を使って作った日よけに、砂地に引かれたシートの上には水筒が何本も用意されている。

 

 

「ほら」

 

 

 休憩していたセン君が水筒を放って来る。受け取って中の水を飲む。冷たい水が、乾いたのどを潤していくのが心地よかった。

 

 

「あ、お金……」

 

 

 飲んだ後で、ユメはこの水筒がセンの物であることに気がつく。そもそも、ユメは水筒を持ってきていない。気分が浮ついていたから、全部忘れてしまったのだ。

 

 それを多分、セン君は途中で気がつきながらも、言わなかった。水を差さないように気を使ったのかもしれない。

 

 慌てて懐を探るユメに、セン君はなんでもないように言う。

 

 

「いらない。早く休憩しな」

 

 

 そのまま、セン君はシャベル片手に穴の中に消えてしまった。

 

 穴掘りで加熱された身体が、冷たい水と風で冷えていく。ユメの気分も同じくらい冷えてきていた。

 

 

「私は、何ができるんだろ」

 

 

 アビドスを何とかしたいと思っても、何もできていない。場当たり的な事しかできないのだ。

 

 勉強しても、何をしても、アビドスは先がない事しか教えてくれない。でも、何かをせずにはいられない。けれど、やったことは全部空回りしているのだ。

 

 それで、一人じゃどうしようもなくなって。一人じゃ立てなくなっていた。

 

 この胸の温かさも、縋るモノが出来たからにすぎないのだろうか。そうだったのなら、何だかユメは悲しくなった。

 

 

「少なくとも、何かは出来ているだろ?」

 

 

 穴の中からの声に、ユメは身体を震わせた。セン君の声だ。自分の独り言は、随分と大きかったらしい。

 

 掘られた土砂と一緒に、セン君の声が穴の外へと飛び出してくる。

 

 

「何もしないで、ぶつくさ言うよりも。行動するだけ良いと俺は思うがね?」

 

 

 慰めるでもなく、同情するでもない。いたって普通の事を言うような声がユメに届く。

 

 それは、ユメの心を少しだけ温めてくれた。少しだけユメの口が緩む。だから、愚痴ともつかない弱音がユメの口から零れる。

 

 

「でも、朝のを見たよね。いつも、あんな風なんだよ。私は」

 

「あれは、相手が悪い。そもそもが、騙そうとしてくるヤツが悪いんだよ。初めから、そうだと掛からないといけない環境が異常なんだ」

 

「そうだね……」

 

 

 そう言えばそうだったかもしれない。アビドスの外は、そうなのだろう。でも、それはアビドスの環境が異常だと言う事に等しい。

 

 ユメの反応で、セン君の声が少し止まった。傷つけたと思ったのかもしれない。

 

 砂が放り出される音とシャベルが砂に刺さる音の後、今度は質問が飛んできた。

 

 

「どうして、アビドスを復興したいんだ? 生徒会長だからってわけじゃないだろ?」

 

 

 きっと、全てを見透かしているだろう質問だった。ユメが生徒会長を押し付けられたことも予測しているのかもしれない。漠然とした自分の中の想いを、ユメは言葉として組み立てる。

 

 

「私は、豊かだったアビドスを知らない。私が物心ついた時、もうアビドスはこんな風だったからね」

 

 

 それを聞いた時、ユメはどう思ったのだったか。過去の記憶を、ユメは引きずり出す。

 

 

「私は、見てみたいと思ったの。皆が良いというモノを。良かったと言う光景を」

 

 

 恐らく、最初はそれだった。幼い子供特有のしょうもない興味。そして、それは時が経つにつれ、どんどん肥大化していった。

 

 

「それは、難しいな。自分が見たこともない景色じゃないか」

 

「うん。だから多分、私は皆に笑っていて欲しかったんだよ」

 

「ああ、そういうことか」

 

 

 納得したようなセン君の声に、ユメは頷く。

 

 ユメは人が笑っている顔が好きなのだ。逆に険悪な空気は嫌いだ。そして、アビドスはいつも空気が死んでいた。なんというか、滅びへ向かっていく空気と言うか、活気というモノが無かったのだ。

 

 それが、きっとユメには耐えられなかった。もっと空気が欲しい。もっと活気が欲しい。もっと皆に笑ってほしい。酸欠に喘ぐ魚のように、水面で口をパクパクさせていた。

 

 

「皆が笑うには、何をすればいいのか。それにはアビドスを復興させるしかないって。私はそう思ったの」

 

 

 内心を言い切ったせいか、妙にすっきりした。空を見上げれば、青い空が広がっている。いつの間にか、身体の熱はすっかり引いていた。

 

 何も解決したわけでは無いのに。真上の空のようにすっきりしたユメに、質問が飛んできた。

 

 

「それで? 肝心の梔子はどうなんだ? 笑えてるのか?」

 

 

 ドキリとした。そんな事を考えたこともなかった。思わず反論が無意識に飛び出る。

 

 

「それは、アビドスを復興させるしか……」

 

「そんなことは無いはずだ。だったら、それだけすればいい。あの時の俺なんか放っておけば良かっただろ」

 

 

 セン君の言う通りだった。アビドスを復興させないと笑えないと言うのなら、何故あの時に助けようと思ったのか。答えは簡単だ。さっき自分自身で言ったからだ。

 

 単純に困っている人が放っておけなかったからだ。それを見るだけで、ユメは嫌だったから。

 

 

「梔子が、やりたいことやればいいんだよ。少なくとも、俺はそれで嬉しかったんだから。朝からのこれだって、気を使ってくれたのは嬉しいさ。それに、ずっと暗い顔をされると、こっちも気が滅入るんだ」

 

 

 その言葉に、またユメは嬉しくなった。

 

 セン君はユメと同じことをしてくれたからだ。暗い顔をしているユメが放って置けなかった。ユメが他人にやって、他人にやってほしかったことだ。

 

 場の雰囲気から、ユメの気分が回復したのを察したのか、セン君は少し明るい声になる。

 

 

「そうそう。その方が良いと俺は思う。やり方くらいは言ってくれれば考える。丸投げは勘弁してほしいけどな」

 

「そこまでしてくれるの!? どうして!?」

 

 

 まさかの言葉に、ユメは思わず声が上ずった。それは、しばらく居てくれると言う事だからだ。図らずもユメの目的が達成されたことになる。

 

 でも、理由が分からない。セン君は先生ではない。仕事という訳でもない。少しだけ、ユメは期待する。どんな答えが欲しいのか、自分でも分かっていないくせに。

 

 

「だって、あれから、ずっと探して。準備してたんだろ? あのヘッタクソな脅しも、一生懸命考えたんじゃないのか? 一日手伝って、ハイ終わりなんて薄情だろう?」

 

 

 焦る様子も、恥ずかしがる様子も感じ取れない声色のセン君に、何故だか腹がたった。そんな事を思って、ユメは我に返る。

 

 

 ──まだ会って、話して、一日も経っていないのに。一体自分は、何を考えているんだろ?

 

 

 正体不明の感情が暴れ狂っている。感謝でもない。一人ではないという安心感でもない。これは一体何なのだろう。

 

 

「……それに、悪い気分じゃないと言っただろ。朝から大変だったけども、こういうのも悪くない」

 

 

 混乱するユメに、また言葉がぶつけられて。ユメの混乱は加速した。冷えた身体がまた熱くなってきた。

 

 そして、ゆっくりユメは穴へと近づいていた。少なくとも顔だけは確認してやろうと思ったからだ。

 

 こんなこっぱずかしい台詞を吐いているのだ。顔色くらいは確認してやらなければ気が済まない。

 

 ゆっくり、ゆっくり、気がつかれないように。得意の気配消しで、一歩ずつ進んでいく。

 

 しかし、あともう少しで見えると言う所で、穴から顔を出したセン君と目が合う。

 

 

「何かあったか?」

 

「あ……!」

 

 

 憎たらしいほど普通の顔で、ユメはそれを不満に思うが、直ぐに顔が熱くなる。距離が近すぎる。

 

 

「顔が赤いな」

 

「ひ……ひぃん!? そ、そうかな……」

 

「ちゃんと休憩してなかっただろ」

 

「む……」

 

 

 不満だったが、ユメは言い返さなかった。理由など言えるわけがない。口にするのが難しいし、ユメ自身よく分かっていない。それでも、飄々としているセン君が雰囲気を理解していないのはよく分かった。

 

 首をもう引っ込めたセン君に文句を言おうと、意思を固めたところで、シャベルが何か固いものに当たる音。シャベルと倉庫の扉が当たる音、その金属音があたりに響いた。

 

 時間切れだ。

 

 目的の物を掘り当てて、嬉しいはずなのに。セン君との会話が途切れたことが腹立たしかった。不満で、両頬をユメは膨らませる。

 

 その膨れっ面は、セン君が穴から出てきて理由を聞かれるまで、しばらく収まらなかった。

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