ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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208話 駆けずり回る二日目

 分館のチャイムが校舎の中に響いていた。現在時刻は朝の九時。もちろん平日。世の中の学生は登校していなければならない時間だ。

 

 だというのに、分館の教室にはセン一人だけだ。来るはずの梔子ユメの姿はない。

 

 

「遅い……」

 

 

 遅刻だろうか。そう呟きながらも可能性の一つを吟味する。ただ、まだ会って大した時間は経っていない。初対面の時と昨日の二日しか話していない。だから、遅刻魔と断定するのも早計だろう。

 

 普通なら電話で連絡すればいいのだが、生憎センは携帯を持っていないから、ここで待つしかない。

 

 仕方なく昨日の事を思い出す。

 

 結局、あの掘り当てた扉はお目当ての倉庫の物だった。中には手つかずの物品が残っていて、そこそこの金額にはなった。

 

 しかし、そこで日が暮れてしまったのだ。仕方がないので、手に入れた金銭は梔子ユメに預けてある。

 

 そこで、金の持ち逃げと言う選択肢も浮かぶが即座に否定する。まず考えられない。それを選択できるのなら、とっくに逃げる事を選択しているだろう。

 

 それに梔子ユメが、そうするはずがない。そんな謎の確信があった。

 

 梔子ユメが何時まで経っても来ないので、もう一度最初から考え直す。

 

 昨日から見て明日。つまり今日であるが、その金額の使いみちを聞いてほしいという話だった。そして梔子ユメは別れ際に、こう言ったはずだ。

 

 

 ──また明日、学校でね! セン君!

 

 

 学校と言うくらいだ。集合場所は確かにここのはずだ。でも、時間になっても来ない。なら、思い違いなのかもしれない。

 

 学園と言ったが、まさか他の学園と言うオチは考えにくい。意地悪な謎解きではあるまいし。センに対して、そんな事をする意味が分からない。

 

 

「いや、まさか……本館か?」

 

 

 センの頭に天啓が舞い降りた。センにとって学園とは、この分館だ。けれど梔子ユメにとっては違うのかもしれない。

 

 分館があるなら本館だってあるだろう。梔子ユメにとっては本館が学園なのだ。センが来た時にはこの分館は使われていなかった。考えてみれば当然の話だ。

 

 頭の知識は、本館の事は何も教えてくれないから勘違いしていた。けれども、場所くらいは調べれば何とかなるだろう。

 

 そそくさと、センは席を立った。

 

 

 □

 

 

 そんなわけで、徒歩でアビドス高校本館までやって来たわけだが。センはまた新たな問題に直面していた。

 

 警備員や他の生徒に止められたという訳ではない。ただ、想像以上に本館が大きかっただけだ。案内図もいくつもあって、場所の把握がかなり困難だ。その上、人の気配もないから尋ねると言う事もできない。

 

 地図を何とか解読して、目的地を見つけ出す。生徒会室にならいるだろう。なにせ生徒会長なのだから。

 

 けれど、このだだ広い本館の生徒会室までのルートを組み立てて、踏み出した一歩目はいきなり挫けた。

 

 

「行き止まり?」

 

 

 先に続くはずの廊下は塞がれていた。防火シャッターが下りている。その理由はすぐに分かった。

 

 

 ──封鎖のお知らせ。

 

 

 目立つ場所にそんな紙が貼ってあった。

 

 内容は簡潔に、この先は砂で埋もれて危険だと丸っこい手書き文字で書いてある。確かに、シャッターの隙間から砂が漏れている。

 

 外から見た外観と地図の大きさが合わないと思っていたが。どうにも校舎の半分程が砂の下らしい。ここだけ綺麗なのは、出入り口だからだろう。ここが埋れればどうにもならない。

 

 折角の独自ルートが荼毘に付したが、心配はいらなかった。ご丁寧にも、貼り紙の下に手書きの案内図が書いてある。

 

 かなりの遠回りになるが、生徒会室までのルートが色付きで載っていた。

 

 上階はまだ無事のようで、そこを経由しなければならないようだ。

 

 案内板と格闘した時間は何だったのかと、舌打ちして手書きの案内に従って階段を登る。

 

 

「……静かだ。ホントに居るのか?」

 

 

 階段を登った先は、ちゃんとした廊下だった。ちゃんとしているのは外観だけで、ズラリと並んだ教室は閉め切られ、人の気配はない。床の隅にも砂の代わりに埃が溜まっている。

 

 足を踏み出せば足音がよく響く。それ程までに物音がなかった。

 

 扉の小窓から見える教室も、着くものがいない机と椅子が並んでいるだけだ。

 

 いつかは、この教室も全て生徒で埋まっていたのだろう。この廊下も綺麗だし、もっと騒がしかったに違いない。

 

 でも、今はこの有様だ。センですら物悲しいと思うのに、梔子ユメはどう思っていたのだろう。

 

 毎日、毎日、生徒会室に向かう度にこの光景を突き付けられる。お前がこれを何とかするべきだと。そう言われているようなものだ。

 

 妙にはしゃいでいたのも納得がいく。一年生とはいえ、数ヶ月もこんな環境の中で。しかも一人とくれば、鬱屈とした気分にもなるだろう。寧ろ、今はしゃげるだけ良いと思う。

 

 

 ──どうすべきなのだろう。

 

 

 無人の廊下を歩いている間。ふと、そんな考えが浮かんだ。

 

 梔子ユメに対して、センはどうすべきなのだろうか?

 

 センには何もない。記憶も名前も目的も。だから、梔子ユメに付き合ってやる事はできる。

 

 

 ──だが、それはいつまでだ?

 

 

 彼女の目的はアビドスの復興だ。それが出来るにしろ出来ないにしろ、一朝一夕で成し遂げられるものではない。

 

 アビドスの全員が一丸となれば、何とかなるかもしれない。だが、それは不可能である事はセンの周りのガラ空きの教室が証明している。

 

 センが協力したとして、精々が延命程度にしかならない。このままズルズルと続けても、時間と労力の無駄だ。

 

 だから、センがすべきなのは説得だ。真に梔子ユメの将来を考えるのなら、アビドスを諦めるように説得する事なのだ。

 

 でも、センはそれをしたくはなかった。満足するまでやらせてやりたいという思いもあるのだ。相反する答えしか無くて、センは二律背反になっている。

 

 

「……大体が、なんでこんなに悩まなきゃならないんだ」

 

 

 そんな、誰に対するでもない文句が飛び出した。

 

 どうにも梔子ユメを放っておく事が出来ない。たかが会って数日の関係なのに。

 

 

 ──助けられたからだろうか?

 

 ──違う。借りはもう返した。

 

 ──身分を保証してもらったから?

 

 ──違う。アレは取引だからだ。

 

 ──名前を付けてもらったから?

 

 ──違う。あんなものは元の名前ではない。

 

 

 センが幾ら考えても答えは出ない。まさか、好意を向けられたからだろうか? 向けられた好意は無下には出来ないが、そんなに自分は単純では無いはずだ。

 

 センは頭を振って考え直す。

 

 何か、理由があるはずだ。センが梔子ユメに肩入れする理由が。何かがあるはずなのだ。そうでなければ説明がつかない。

 

 昨日、分館に帰ってから。一日の事を思い返した。

 

 水筒のくだりに差し掛かった時、懐かしい気持ちが溢れて泣きそうになった。結局我慢しきれずに、涙がボロボロ溢れて、どうしようもなかったのだ。

 

 

 ──もっと話していたい。もっと一緒に何かがしたい。一緒に何かを成し遂げたい。でも、何だか物足りない。

 

 

 こんな気持ちを抱くなんて。物足りなさも何も、初対面のはずだ。少なくとも、梔子ユメはそうだと思う。それじゃ、胸の中で暴れ狂う、この感情は何なのか。

 

 好意とも、尊敬とも、恨みとも、後悔とも、何とも言い難い。この執着は。

 

 それが知りたくて、朝から待っていたというのに。ここまで無駄足を踏まされて、イラついて来た。

 

 

「痛い!」

 

 

 ぶつけた頭の痛みでセンは悲鳴をあげる。

 

 イラつきながらの考え事で、前が見えなかった。そのせいでセンは生徒会室の扉に正面から激突したからだ。

 

 早足だったせいでかなりの勢いだったから、扉の小窓に映る額が赤くなっている。

 

 だが、痛みのお陰でセンの頭は冷えた。早速、小窓から中を覗くが誰もいない。

 

 

「おかしいな……」

 

 

 中は散らかっている。何というか、引っ越し途中といった感じだ。ダンボールが山のように積まれている。

 

 幾つかは蓋が開いていて、書類や制服が入っているのが見えた。

 

 

「鍵がかかってる……」

 

 

 ドアノブを捻るが開かない。下まで降りて、鍵を探すという手もある。ただ、センは懐から針金を取り出した。

 

 緊急避難というヤツだ。決して面倒だったわけではない。

 

 

「よし、開いた」

 

 

 センのテクニックに、生徒会室の鍵は数分でギブアップした。降参と言うように開いたドアが揺れていて、センは素早く部屋の中を確認する。

 

 部屋は散らかっているが、床や机に傷はない。単純に部屋が汚いだけだ。埃は端の方に溜まっているが、これは許容範囲内だろう。空気は熱く淀んでいるが、特有のにおいはない。

 

 

「争った形跡はない……埃もそんなに積もってない……それに、この空気……大分開けてないな」

 

 

 埃の積もり具合から見て一・二週間くらいか。その位開けていない。どういうことなのか、意味が分からなくなってくる。ここは梔子ユメの仕事場のはずだ。生徒会長は生徒会室に居るもので、実際に居た形跡もあるのだ。

 

 

 ──なのに、なぜ今になってここに居ない?

 

 

「一・二週間……?」

 

 

 一・二週間。その言葉は最近考えた気がする。その時に、センは何処に居た?

 

 答えは簡単だ。アビドスの外にいた。そして、その時に。梔子ユメは何をしていた?

 

 

「まさか、ずっと探してたのか? 数週間もずっと!?」

 

 

 ──電気が止まってる。通ってるのはここだけなんだよ。

 

 

 梔子ユメが、センの居る分館を特定できた理由。それをここで調べたのかもしれない。そして、場所の見当をつけた梔子ユメは張り込んでいたのだ。

 

 

「緊急避難、緊急避難……」

 

 

 そう自分に言い聞かせて、生徒会室の棚を漁る。目当てのファイルは直ぐに見つかった。

 

 ファイルは生徒の個人情報のファイルだ。そこから梔子ユメの住所を探る。かなり犯罪臭がする。というより犯罪そのものだが、緊急避難である。それに、梔子ユメもセンに対して同じことをしたのだ。お互い様である。

 

 

「やっぱり……本館と分館じゃ、分館の方が近い……」

 

 

 予想通りに、梔子ユメの自宅からは分館がほど近かった。つまりは分館を見張るなら、自宅からの方が効率が良いのだ。仕事は家に持ち帰って、そこですればいい。生徒会の資料を自宅に持ち帰るなど、情報リテラシーがなってない。でも、文句を言う人間など、もうどこにもいないのだ。それに、この無人の校舎に通うなど気が滅入るだろう。

 

 

「でも、何処に居るんだ……?」

 

 

 ここが閉め切られていた理由は分かった。でも、梔子ユメがここに居ない理由は分からない。仕事場が本館だから、ここに来た。でも仕事場はここではない。残る選択肢は一つだ。

 

 

「家か。自分の家。まさか、本当に寝坊じゃないだろうな……いや、待て」

 

 

 そこまで考えて、センは血の気が引いた。

 

 昨日、普通に別れたが、その後の事は知らない。梔子ユメをつけ狙っていたヘルメット団はもういない。だから安心していた。でも、昨日は狙われる理由があったはずだ。

 

 

 ──多額の現金。

 

 

 そう、昨日に発掘した倉庫から出た資材。それを売り払って得た現金だ。梔子ユメが、ケースに入れたそれを、重そうに引き摺っていたのを覚えている。

 

 それを、良からぬ輩に見られていたら。センも警戒してはいたが、全力ではない。別れた後、自宅に向かう所を襲撃されたのでは?

 

 考えすぎかもしれない。しかし、今日は一度も梔子ユメの姿を見ていない。ゆっくり行ってもいいが、早く確かめるに越したことは無い。

 

 センは身体に鞭打って、生徒会室を飛び出した。

 

 

 □

 

 

 駐輪場に放置されていたオンボロの自転車が、梔子ユメの自宅。マンションの前で大破した。

 

 全体に錆が浮いて埃塗れだったものの、よくぞここまで保ってくれたものだと思う。フレームが歪んで役目を終えた自転車に感謝しながらも、センはマンションの階段を登る。

 

 

「ここか……」

 

 

 空き室だらけの通路を通り抜け、ある一室の前に辿り着く。

 

 表札には、本館の貼り紙と同じ筆跡で、”梔子”と書いてある。住所もあっているから、間違いなくここが、梔子ユメの家だった。

 

 

「開いてる……」

 

 

 ノックしても反応が無く、ドアノブを静かに捻ると。何の抵抗もなくドアが開いた。

 

 

「失礼します……」

 

 

 静かに、足音と気配を殺して、部屋の中へと侵入する。部屋の中の空気は蒸し暑い。換気もしていないようだ。嫌な予感がする。

 

 

「靴はある……」

 

 

 玄関には靴が二足。一揃えで脱いである。しっかり揃えてはいなくて、脱ぎ散らかしたのか、一足はひっくり返っていた。

 

 一つ確かなことは、家には居ると言う事だ。気配を探るが、良く分からない。

 

 玄関から細い廊下を進み、洗面所やトイレ、他の部屋は後回しに、リビングへの扉を開ける。

 

 リビングに入って目につくのは部屋の中央のテーブルだった。そこには資料であろう紙の山と筆記用具が積んであった。

 

 テレビも、電灯も点いていないから、光源は窓からの日差しだけだ。無人の部屋に刺す昼下がりの明るい日差しが何となく不気味に感じた。

 

 

「──!」

 

 

 壁際のキッチンからの水滴の音に、センは飛び上がる。シンクの音がやけに大きく響いたせいだ。そして、その直後。壁の向こうから声が聞こえた。

 

 

「……」

 

 

 無言のまま、センは壁の向こうを睨む。あそこは確か寝室のはずだ。見取り図で確認したから間違いない。センは玄関まで戻り、寝室の扉を開ける。

 

 

「梔子!」

 

 

 扉を開けて飛び込んできたのは、制服のまま、ベッドにうつ伏せになっている梔子ユメの後姿だ。まるで、後ろから殴られたかのように、ベッドに倒れ込んでいる。最悪なことに、周囲を警戒しながらの、センの声掛けにピクリとも反応しない。

 

 

「誰にやられた……ん?」

 

 

 再度の声掛けをしながら、近づいたセンは耳を疑った。あり得ない音が聞こえる。

 

 

「寝息……? おい、まさか、ずっと寝てたってのか!?」

 

 

 すうすうと、気持ちよさそうな寝息が聞こえて。センはその場にへなへなと崩れ落ちた。よくよく見れば、現金のケースもベッドの下に転がっている。

 

 恐らく、梔子ユメは別れた後。この部屋まで戻ってきて、ベッドに倒れ込んだのだろう。そして、そのまま寝てしまったに違いない。実に気持ちよさそうに寝ている。

 

 

「ハァ──ッ。なんだよ。心配して損した……」

 

 

 長い長い溜息と共に、文句が飛び出す。これなら、こんなに焦ることは無かった。とても損した気分で、後味が悪い。

 

 一瞬、叩き起こしてやろうかとも考えたが、止めることにした。こうなった理由を考えれば、それは憚られたからだ。

 

 きっと、気が抜けたのだろう。数週間探した人物が見つかって、その人間が協力してくれて。そして、仕事も上手くいった。

 

 梔子ユメにとって、昨日は良い日だったに違いない。ようやくある程度は気を抜くことが出来たのだろう。それを考えれば、寝せてやるのも悪くない。明日もまだ時間はあるのだから。

 

 センは、今日の所はお暇することにした。部屋を出ようと最後に振り返って、つい呟く。

 

 

「しかし、寝相が良くないな。起きた時に酷いんじゃないか?」

 

 

 梔子ユメの姿勢は、床に膝をついていて、上体だけがベッドの上だ。このままでは起きた時に身体が軋んで悲鳴を上げるだろうに。

 

 

「直すか……別に悪気はないし……」

 

 

 誰に言い訳しているかは分からないが、そんな事を呟いて。センはとりあえず仰向けにした梔子ユメを抱きかかえる。よくある抱き抱え方。お姫様抱っこだったか?

 

 

「ああクソ。重いな……」

 

 

 聞かれていたら叩かれそうなことを言いながら、中腰になって何とかベッドに仰向けに寝かせる事に成功する。

 

 センの顔のすぐ下に、梔子ユメの顔がある。なんだか温かいし、良い匂いもするから、さっさと離れようとした。けれど、それは出来なかった。

 

 

「あー……セン君だぁ……」

 

 

 センの眼前に、梔子ユメの顔があった。寝ぼけ眼なのか、瞳はとろんとしていて半開きだ。

 

 そして、センに対して梔子ユメは予想外の行動に出た。

 

 

「……一緒に寝ようよぉ……気持ちいいよぉ……」

 

「ぐえっ」

 

 

 いきなり伸びてきた梔子ユメの両腕が、ギリギリとセンの身体を抱きしめる。この力では抱きしめると言うより、締め上げている。

 

 

「嘘だろ!? びくともしない……!」

 

 

 センは抵抗するが、姿勢が不安定の上、梔子ユメの力が予想以上に強い。ズルズルとセンは布団の中へと引きずり込まれていく。

 

 

「ダメだよぉ……もう、絶対に逃がさないんだから……セン君は、私と一緒に寝るんだよぉ……!」

 

 

 その上、梔子ユメの両腕はセンの胸を締め上げている。暴れれば暴れるほど力が強くなる。まるで離さないと言うようにがっちりとホールドされている。そのせいで息が上手くできなくて、センの意識は薄れ始めていた。

 

 

「助け──」

 

 

 その言葉を最後に、センの視界は真っ暗になる。そして、意識を失うセンが最後に聞いたのは、満足そうな梔子ユメの寝息だった。




ホシノたちへの説明回、黒服の弁護回を挟む予定です。
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