ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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213話 唯一の治療法

 黒服の放った一言で、全員が唖然とした顔をした。

 

 その反応は想定内だから、黒服は気にせず説明する。

 

 

「この病は基本的に婚姻前に発症しますが、時期は性別によって様々です。時期としては、婚姻が決定してから。またはそうしようと思い立った時と言われています」

 

 

 だから小鳥遊ホシノは今で、カヤツリは昔なのである。

 

 カヤツリは契約満了近くで、人生の転機であった。あそこで、カヤツリは自身の感情を自覚したのだ。とっくに抱いていた小鳥遊ホシノに対する感情を再確認した。

 

 だから、同じ事を小鳥遊ホシノに施した。かなりの荒療治ではあったが、今しか機会はなかった。

 

 マリッジブルーは、婚姻の不安から起こるとされる。それが意味するのは一つだ。

 

 小鳥遊ホシノは、先を見始めたのではなく、もう先を考えられるようになった。

 

 カヤツリにとっては朗報だろう。自身がそれどころではない事と、計画が狂ったのが悲しいところだ。

 

 

「だから、こんな事を企んだの? その……マリッジブルーの治療の為に?」

 

「ええ、多少の変更はありましたがね」

 

 

 信じられない。そんな驚愕しか感じ取れない先生の表情に黒服は満足する。

 

 

「でも、こんな過激な事をしなくても……」

 

 

 先生の言うことは分かっている。もっと穏便な方法があるというのだろう。

 

 黒服には悪人であるという自覚はある。しかし、冤罪は御免だ。

 

 

「貴方たちは、どうしてここへ来たのか忘れたのですか?」

 

「あ……」

 

「お気づきになったようで」

 

 

 穏便な方法など、勿論用意していた。しかし、それは無駄になってしまった。少しばかり意地悪に、黒服は呟く。

 

 

「怒り心頭のホシノさんと一緒にやって来たのは、先生の方です。寧ろ、ここまで対応できたことを称賛してほしいくらいです」

 

「……それは、申し訳なかったけど……この映像を元々用意はしてたんだから。見せるつもりではあったんでしょう?」

 

「見せ方というモノがあります。私とて、こんな荒療治は避けたかったのですよ?」

 

 

 先生は本当に申しわけないと思っているようだ。黒服は嫌味はほどほどに対応するが、小鳥遊ホシノの後輩たちは不満そうだ。仕方なしに、本来の予定を話す。

 

 

「機会を見て、説明から入るつもりでした。それから、カヤツリ君の精神にダイブして頂くか、そうしないのかを確認するつもりだったのです。事情を知る、最低限の人数でね」

 

 

 黒服は、ここに来た時の小鳥遊ホシノを思い出す。冷静では無かったと胸を張って言える。あの様子では何を言ってもなしの礫だ。黒服にはバイアスがかかり過ぎているし、そのままカヤツリに会わせるわけにはいかなかった。

 

 だから、セトに交代してもらったのだ。セトに交代すれば、カヤツリは精神の奥に撤退できる。今頃は何も考えずに眠っているだろう。

 

 

「ホシノさんが癇癪を起こした時に備えて、セトさんに協力をお願いしましたが。……いきなり彼女たちをぶつけたならどうなったか」

 

 

 少なくとも、部屋一つの被害では済まなかっただろう。だからこその荒療治だった。

 

 

「一度落ち着かせる必要がありました。だから劇薬を使用したのです。些か効き過ぎたようですが」

 

「ん。だからって、加工するのはやり過ぎ」

 

「……? 何を言っているのですか? 砂狼シロコさん」

 

 

 砂狼シロコの発言に、黒服は思わず聞き返してしまった。聞き返された当の砂狼シロコは、不思議そうな顔をしている。他の後輩たちも同様だ。ゲヘナの二人は、どこか訝しむ表情だ。

 

 ただ、異世界組だけが、悲しそうな顔をしていた。それに気がつかないのか、砂狼シロコはもう一度黒服へ問いかける。

 

 

「ん。カヤツリ先輩の顔。あんな笑顔見たことない。だから、加工したんでしょ? 編集したって言ってた」

 

「ご期待に沿えず申し訳ありませんが……編集はしました。しかし、加工はしていませんよ」

 

 

 そう言われた砂狼シロコの表情が曇った。直ぐに眦を吊り上げて黒服に食って掛かる。

 

 

「カヤツリ先輩は、そうはならないって! 心配ないって! そう言った!」

 

 

 黒服は内心でため息をつく。これだから、アレは劇薬だったのだ。こうなるのが嫌でも想像できた。彼女たちにとっては信じたくない現実だ。小鳥遊ホシノとはまた違ったベクトルで受け取ったらしい。

 

 砂狼シロコが言っているのは、梔子ユメに向けた笑顔ではない。自然体の時だ。

 

 

「随分と眉間の皺が取れて、良い笑顔ではないですか。何が不満なのです」

 

「とぼけないで!」

 

 

 とぼけるも何も、本当の事だ。アビドスの後輩たちと一緒に居る時よりも楽しそうなのは。しかし、慰めの嘘は言わない主義だ。契約違反になる。

 

 

「私は嘘は言いません。映像自体の加工などしていません。彼のあの笑顔は本物ですよ。だからこそ、今ここに彼が居る事に価値があり、マエストロも失楽園と言ったのです」

 

 

 こうなるから、事前の説明が大事だと。今更になって黒服は痛感していた。まさか、小鳥遊ホシノ以外もこうなるとは、想定外だった。案外、カヤツリは黒服の想像以上に愛されているらしい。

 

 しかし、状況が混沌としてきている。流石に、小鳥遊ホシノ以外のメンタルケアの準備はしていない。先生もこの人数だから骨が折れるだろう。

 

 しかし、この混沌とした状況の救世主が現れた。

 

 

「シロコちゃん。落ち着いて」

 

 

 小鳥遊ホシノが、砂狼シロコを止めていた。さっきまでの怒りようが嘘のように、砂狼シロコは静かになった。他の後輩たちもだ。すっかり元に戻った小鳥遊ホシノを見たからだろう。マリッジブルーだと聞いたのも、理由にあるかもしれない。病人の前では騒ぐべきではない。そのくらいの良識は残っているようだった。

 

 

「いいタイミングでしたよ。助かりました」

 

「……別に。私は適当に連れてきただけ」

 

 

 黒服の感謝の言葉にも、セトは素っ気ない。タイミングは見計らったようだったが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。黒服はもう気にしないことにした。

 

 

「それで、黒服。セトちゃんが説明を聞けって。そう言うんだけど。シロコちゃんにも説明してよ。私もセトちゃんからは中途半端にしか聞いてない」

 

「ええ、ええ、もちろんですとも。お待ちしていましたよ。これでようやく本来の計画を始められます」

 

 

 随分と遠回りしてしまった。時間つぶしの質疑応答も、今からの説明に抵触するために中々答えられなかったのだ。

 

 手始めに前提から行くこととする。

 

 

「そもそも、失楽園。この言葉を知っている方は?」

 

 

 先生以外は手が挙がらない。先生も自信が無さげだ。それは仕方ないかもしれない。外の世界ではメジャーな話だが、キヴォトスではトリニティのシスターフッドがしまい込んでいるのかもしれない。

 

 ともかく、殆どが知らないと言う事で、掻い摘んだ説明を黒服は始めた。

 

 

「詳細は省きますが、かつて人は楽園に住んでいた。そういう話です」

 

「古則とは違うんだよね」

 

「違います。その古則に言われる楽園は、例えとしての楽園(エデン)です。失楽園の楽園(エデン)とは、存在自体の意味は同じですが。話の意義とは異なります」

 

 

 七つの古則。そのうちの一つ。”楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか”

 

 楽園に辿り着いた者は、楽園から出ては行かない。何故ならそこは楽園で、満ち足りた場所だからだ。その意味で言うなら、楽園は正しい。

 

 古則の問いかけは、楽園の存在を問うものだ。その人間は楽園の存在をどうやって知ったのか。楽園の情報は、楽園を出た者からもたらされたはず。しかし、楽園は出て行こうと考える場所ではない。そこは満ち足りた場所なのだから。そして、出て行こうと考える場所は楽園ではない。所謂禅問答であるのが古則だった。

 

 

「古則自体に意味はなく、答えにも意味はない。古則を通して、各々が感じた物に意味があり、どう向き合うかに意味があるのです。他人の出した答えに意味はないですし、地下生活者のように、出した答えを絶対の答えとするのも違います。古則とはそう言う物。思考させる唯の入り口に過ぎないのです」

 

 

 そして失楽園は違う。これは、理由付けの話だ。

 

 

「失楽園とは、読んでの通りに。楽園を失うと言う事です」

 

「自分で出て行ったの?」

 

 

 小鳥遊ホシノの質問に、黒服は首を横に振る。こう言った逸話には、そういった前向きな理由は珍しい。大体が愚かしさゆえの結果だ。

 

 

「人は禁を破りました。唆されたとはいえ、食べてはならないとされた”知恵の実”を食べてしまった。そして、楽園を追われたのです。よって人は楽園ではなく、荒野で生きねばならなくなった」

 

 

 それが失楽園。楽園からの追放。外の世界に数多に存在する。選択を間違えた者の話。

 

 

「この話は、納得の為に作られたのだろう。そう私は考えています。この世界を生きるのは苦しく辛い。その理由は何故なのか。自分たちが、過去に罪を犯したからだ。そう納得させるために。かつてのマダムがアリウスに行った手法と一緒ですね」

 

 

 全員が黙る。アビドスの面々の表情を見て、考えていそうなことは分かった。砂狼シロコが、途切れ途切れに呟いている。

 

 

「……カヤツリ先輩にとって、あそこが楽園だったの……? だから、あんなに楽しそうに……」

 

「それはそうでしょ。当たり前のことだよ。あれはカヤツリが望んだモノだもの。普通の学生らしくしてみたかったって言うね」

 

 

 黙り込んでいたセトが口を開いた。先ほどの小鳥遊ホシノとの口論と比べて、口調は優しいものの、内容の切れ味はそのままだ。

 

 

「毎日さ。借金の事とか、暗い将来の事とか、自分以外の事。特に後輩たちの進退の事なんて考えたくないに決まってるじゃない。さっきの、小鳥遊ホシノに言った責任の話になるけどさ」

 

「でも、カヤツリは自分で背負ったんでしょ……?」

 

 

 小鳥遊ホシノの言葉に、セトは鼻を鳴らした。

 

 

「カヤツリは優しいからね。君にも、後輩たちにも。君の中に居る、あの異常性癖の引きこもりにはもったいないくらい。でも、限界ってものはあるんだよ」

 

 

 苛立たしいのか、セトはつま先で床を叩く。

 

 

「カヤツリはね。何とかするために、今の今まで頑張ってきた。そうして準備してきた。それは、今までずっと邪魔され続けてきた。エデン条約に、ビナーに、色彩に、地下生活者に……気を抜けたのは、春先だけ」

 

「それって、カイザーの事件が終わった時の?」

 

 

 セトは、先生の質問に頷いて。小鳥遊ホシノの方を向き直した。

 

 

「凄い甘やかしてくれたでしょう? アレが素なの。君は気がついてないみたいで、以降は不満だったみたいだけど」

 

 

 苛立ちが治まらないのか、セトの床を叩く音が大きくなった。

 

 

「君は、紙だけなんて文句を言っていたけど。カヤツリだって分かってた。本来は、カヤツリが抱えた物を話して、それでアレを使うつもりだったの。でも、それは地下生活者のせいで台無しになった。だから、カヤツリはあの事件の時激怒したの」

 

 

 当の地下生活者は、今頃”死”の探究に勤しんでいるだろうが。それでセトの溜飲は下がらなかったらしい。

 

 

「カヤツリが悩んでいたことを先生は知っていると思ったんだけどね。……それで、今日でしょ? だから私が出てきたの」

 

「だから、マエストロは失楽園と言ったのですよ」

 

 

 話が逸れ始めていたから、黒服は話の主導権をセトから奪い取った。セトも言い過ぎたと思ったのかもしれない。抵抗しなかった。

 

 

「あの世界は、カヤツリ君にとっての楽園でした。しかし、彼はそれを失ったのです。楽園であるあの世界を捨て、荒野である現実へと戻ってきた」

 

「……別人って言った!」

 

 

 砂狼シロコが、必死に叫ぶ。小鳥遊ホシノも思うところがあるのか、静かに聞いてくる。

 

 

「勝手に戻されるんじゃないの? 私の時はそうだったんだけど」

 

「それは、ルールを守らなかったからです」

 

 

 過去の世界は、現在から見れば同じ世界とはいえ異界だ。異界に居続けたいのなら、それ相応の決まりごとがある。

 

 

黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)というモノがあります。それは異界の食物を食べれば帰れなくなるというモノです。それは死後の世界の話で、冥界ではない今回はあまり強く作用はしないのですが……説明が難しいですね」

 

 

 少し黒服は悩んだ。一時期暇つぶしに見た、異界に迷い込み、神々が訪れる銭湯で働くことになった少女の映画。アレが一番分かりやすいのだが……あれは外の世界の物だ。ここにはない。

 

 

「異界に居続ける、異界の住人になるには三つの儀式をしなければなりません。一つは向こうで食事をすること。二つ目はその世界で名前を付けてもらい、認められること。二つは達成していますから、直ぐには戻されません。三つ目は保留中なのですから」

 

 

 また空気が冷えてきているが、黒服は構わず続ける。全員がそれでも話を聞いているからだ。

 

 

「三つ目は?」

 

「その世界に居たいと思う事です。元の世界の全てを捨てて、ここに居たいとね」

 

 

 小鳥遊ホシノへの回答が終わり、黒服は砂狼シロコの質問に答える。

 

 

「別人と言ったのは、記憶がないからです。兎馬……いえ、小鳥遊カヤツリを構成するエピソードの全てがない。過去に送った最小限の記憶と現地の神名文字で急造した身体ではね」

 

 

 先ほどの小鳥遊ホシノの妄言。”私が先に好きになったのに”

 

 あれは正しい。あそこにいるのは、梔子センと名付けられただけの未来から来たカヤツリだからだ。これまでの小鳥遊ホシノとの日々。それで構成されたカヤツリの経験で行動している。過去のカヤツリだったなら、水筒の下りで金銭を要求していただろう。

 

 梔子ユメのセンスも中々だ。自身の名前の変形では無駄だと察したなら、苗字の変形で来るとは予想だにしなかった。梔子からアカネ科、アカネから茜。それだと女性名だと言うことで音読みしたに違いない。

 

 それに、記憶と経験がその人間を形作るのだ。それを砂狼シロコは一番知っているはずだ。

 

 

「シロコさん。貴女は別世界の自分自身、アヌビスが居ますが。彼女と貴方は同一人物ですか? 記憶と経験が違っても、同一人物だと。貴女は言いますか?」

 

「……」

 

 

 砂狼シロコは、アヌビスをちらりと見て黙ってしまった。つまりは別人だと納得したのだろう。

 

 そこで、黒服は話を締めにかかった。

 

 

「今回のカヤツリ君の依頼。その事前説明は以上です。彼に何があったのか、貴方たちの疑問点。おおよそは答えたつもりです」

 

 

 黒服は小鳥遊ホシノに問い掛ける。カヤツリの契約を守るために。

 

 

「……記憶と言う知恵の実を食した彼は帰ってきました。今回、ホシノさんに知って頂きかったのは、その理由です。そして、どうしますか? 答えを聞かせて頂きたい」

 

 

 そう言われた小鳥遊ホシノは、何か思いつめた表情をしていた。その表情を見て、黒服は安堵する。

 

 理由を聞いてこなかったからだ。今までなら、さっき迄のように半狂乱になって掴みかかってくるくらいの事はしただろう。この様子なら部屋一つを犠牲にした価値はあったというモノだ。

 

 

「見るよ。続きをさ。カヤツリはそうして欲しかったんでしょ。偶には私が頑張らなきゃね」

 

 

 そう言う小鳥遊ホシノの目に、迷いはなかった。黒服も異論はもうなかった。

 

 

 □

 

 

 小鳥遊ホシノとセトが、ダイブ装置のある部屋に消えてから。数分が経っていた。今頃二人は休息中だろう。恐らくは会話もしないで集中しているのかもしれない。

 

 そんな中で、黒服は機材の準備をしていた。ちらりと先生の方を見れば、生徒たちと何やら話している。きっとさっきの話のショックを和らげているのだろう。生徒たちも多少は持ち直したようだった。

 

 そこまで考えて、少しだけ黒服は気になった。先生が話し終えた隙を見て、短く尋ねる。

 

 

「良いのですか?」

 

「全部聞き出そうとしなかったことかい?」

 

「ええ、生徒に甘い貴方にしては。多少突き放した対応でしたのでね」

 

 

 小鳥遊ホシノは、立ち直っている。セトに言葉責めにされて、自身を見つめ直した影響だろう。それでも先生なら、少しでも情報を引き出そうとすると思っていた。

 

 でも、しなかったのだ。ただ、小鳥遊ホシノを見送った。それが気になった。

 

 

「……カヤツリは、そうして欲しかったと思うんだ。それに、ホシノは一人で立つと決めたんだよ。それなら、何時までも手伝うのは違うだろう? いつかみんな巣立っていくんだ。その日が来ただけだよ」

 

 

 少しだけ寂しそうに呟く先生の言葉は、説得力があった。だから、黒服も少しだけ口が軽くなった。

 

 

「それは、寂しいですね……貴方も、私も」

 

 

 そういう意味でも、マエストロは失楽園と言う名を付けたのかもしれなかった。追放されたと言えば、聞こえが悪いが。あれは自立の寓話でもあるのだ。

 

 庇護者に管理された楽園から、手に入れた知恵で身一つで険しい荒野へ旅立っていく。永遠の命よりも、騙されたとはいえ人は、そちらを選んだのだから。

 

 

「バナナか石か。ホシノさんはカヤツリ君の選択を、どう解釈するのでしょうね」

 

「バナナ?」

 

「先ほど話した失楽園。あれは説話のカテゴリとして、バナナ型神話にカテゴライズされるのです。禁室型神話にも分類されるので変則的ですがね。知恵の実と言いましたが、本来は生命の実との択一なのです。人は楽園から追放されただけでなく、不死も失ったとされています」

 

 

 軽くなった口を誤魔化すように、黒服は説明することにした。幸いにも先生にはさっきの一言は聞こえていない様だったからだ。

 

 

「バナナ型神話とは、二つの内から一つを選ぶのです。一つは華やかで即物的なモノ。美女やバナナなどですね。もう一つは醜女や石。見た目では分かりにくい価値のあるモノとされています。そして、人は分かりやすい華やかなモノを選ぶ」

 

「どうなるの?」

 

「華やかなものは、いつかは終わりを迎えるものです。逆に石は長く残る。分かりにくく不恰好な石は永遠の象徴なのです。分かりやすく華やかなモノを選んだ人は、不死を失い死ぬようになった」

 

 

 人はなぜ死ぬようになったのか。その納得の為の寓話である。その話の骨子は、今回の事によく似ていた。

 

 あの小鳥遊ホシノの中の人物の言葉を思い出す。

 

 

 ──これは試験ですから、カンニングは禁止です。

 

 

 実に意地の悪い試験もあったものだ。記憶があるなら、カヤツリは梔子ユメに近づきすらしなかっただろう。リスクしかないからだ。

 

 あの人物にとっては、そうでなければ困るのだ。あの残酷な二択を強いるために必要な最低条件だから。もしかしたら、そうしなければならなかったのかもしれないが。

 

 セトが、ああも悪し様に言うのも納得だ。実にらしい視点だった。

 

 だが、カヤツリにとって、そんな事はどうでもいいのだろう。彼が望むのは唯一つだけだ。

 

 そのためにここまで準備した。小鳥遊ホシノを立ち直らせた。態々黒服自身の視点も見せた。

 

 マリッジブルーの特効薬。無いと言った。薬ではない唯一の治療法。その正体は、パートナー同士で話し合う事だから。

 

 

「カヤツリ君の選択。その時の彼の思いは、彼しか知りえません。しかし、今回。彼はそれを知ってほしいのです。自身の判断をホシノさんに知ってほしい」

 

「上手くいくといいね……」

 

「ええ、本当に」

 

 

 黒服は同意しつつ思う。

 

 カヤツリにとっての石。真に価値ある物。その答え。

 

 願わくば、小鳥遊ホシノにも、同じ答えを出してほしいと。黒服は、そう思った。

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