ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「おい! 聞いてんのか!?」
「うおっ!?」
大人の怒鳴り声に、センは意識を取り戻して周囲を見渡した。全体的に薄暗く、外からの光で何とか部屋の中が見えた。誰もいない。
今いる場所は、どこか薄暗く小汚い事務所だった。幾つかの事務机に、ところどころが破れたソファー、土足で上がり込んだのか砂まみれの汚い床。
センは首を傾げる。どうにもおかしい。自身は部屋で眠っていたはずだ。センの部屋はこんな汚いところではない。ユメが攫われた工場にも似ているような気もするが、どこか違うようにも見える。
センの服も寝間着ではなく、いつものアビドスの制服だ。常識を超えた出来事が起こっていた。
「テメェ! 誰に口を利いてんだ!」
また大きな怒鳴り声が響く。どうにも部屋の外から聞こえているようだった。声の様子から、声の主は相当に機嫌が悪いらしい。
恐らくは出口であろう、開け放たれた扉を見やる。兎にも角にも、ここがどこで、何が起こっているのかを確かめなければならない。
部屋から出た外は、中とは大違いに明るかった。空には星が瞬いているが、星明りではない。至る所に止められた車と傍に貼られたテント、それらにぶら下げられた数多の電気ランタンが輝いているせいだった。
広場に多くの車両が止められている。一目で、何故かキャラバンだと分かった。運び屋の各々が持つ車両で構成された集団だ。
時間帯と様子から見て、もう一日の業務が終わったのだと言う事が分かる。近くに酒瓶も転がっているから、酒盛りの後なのだろう。酔っぱらったのか、地面でいびきをかいている者もいる。
車の傍のテントには、獣人がたむろしている。そして、人混みの中心で起きていることを複雑そうな表情で見ていた。怒鳴り声はそこから響いている。
「いいか! お前を拾ったのは誰だと思っているんだ!?」
怒鳴り声の内容は随分と一方的だった。怒鳴られている相手の声は聞こえない。余りの剣幕に圧倒されているのかもしれなかった。
人混みの中心。そこが何なのか。何故だかセンには分かっていた。あそこは、隊長陣が居る場所だ。つまりは誰かが上司に詰められているのだろう。
センは人が叱られている所を鑑賞する趣味はない。けれども、何故か確認しなければならないような気がした。しかし、それを見物しているだろう群衆が人の壁になっていて、どうにも良く見えない。
「うお!?」
人混みをかき分けようと突き出したセンの手が、群衆の中の一人の胴体を貫通した。タライに張った水に手を突っ込んだような手ごたえの無さに、センは手を振りまわす。
その振り回した手も全部群衆をすり抜けていった。バランスを崩して、群衆に頭から突っ込んでも、センの身体はそのまま擦り抜けていく。
地面も擦り抜けやしないかと心配するが、壁にでもぶつかったかのように身体は静止した。
どうにも都合の良い空間らしい。幽霊にでもなったかのような都合の良さ。だが、そのおかげで群衆の壁を擦り抜けられた。
だから、その現場がよく見えた。
「さっさとそのよく回る口を閉じろ!」
怒鳴り声を上げているのは大人の獣人だった。怒り心頭なのか、顔が真っ赤に染まっている。それか酔っているのか。手の中で酒瓶が揺れているし、テーブルの上には琥珀色の液体が波波と注がれたグラスが鎮座している。
「大丈夫かね」
「さあ? 最近は毎度の事だしな。手は出るかもしれないが……」
「仕事に支障が出る程にはしないだろ。アイツが居なくて困るのは俺たちなんだし、アイツも俺たちが居ないと困るんだ」
群衆も心配そう……いや、どうにも慣れている様子だ。大丈夫というのは、やり過ぎないかの心配だろう。今も怒鳴る獣人──隊長の手の中の酒瓶がユラユラ揺れている。いつ飛んでいってもおかしくない。
「最近、おかしい」
そう言葉を発するのは、ボロ布を頭巾代わりに被った小さな人物だった。その人物──ボロ布は本当に小さい。センの頭一つか二つ分は低いかもしれない。
それなのに、隊長に反抗していた。
「あの鯨、最近しつこ過ぎる。何か、知っているでしょう。隊長」
「俺は、とんと分からないがな。お前の気の所為だ」
中々苦しい言い訳だ。話を聞く前に気の所為だと断定するなんて。それでは心当たりがあると言っているようにしか感じ取れない。
でも、隊長はそれで押し切る気らしい。押さえつけるかの如くに怒鳴る。
「いいか。お前の仕事は、あの鯨を追い払う事だ。それ以上でも、それ以下でもない!」
それには異論がないのか。ボロ布は黙って聞いていた。ただ苛ついてはいるのか、背中の対物ライフルは大きく揺れていたが。
「今日は危うく、一台がオシャカになりかけた。それはお前の不手際だ」
隊長はもっともらしい事を言うが、センの目には話を逸らしているようにしか見えない。それは、ボロ布も同じらしかった。
「自分の仕事の不手際を、俺のせいにするってか!?」
「そういう訳じゃない。対策したいから聞いてるんです」
隊長の怒声に怯まずに、ボロ布はバッサリと隊長の言葉を切り落とした。
「ここの所、やけに襲撃回数が増えてます。しかも、本当にしつこい」
「……鯨の考える事が、お前に分かってたまるか! だからお前の気の所為だ」
「最近、羽振りがいいですね」
そう言われた隊長は、急に黙った。何かを考えている様子だ。きっと、突かれたくない所を突かれたのだ。
「それは、俺たちが仕事を独占出来ているからだ。お前のおかげでな」
「……それだけじゃないですよね?」
ボロ布は、どこか確信を持っているようだった。全く誤魔化される気配がない。
「あの怪しげな依頼を受けてからでしょう? 何を運ばされてるんです? 俺に探させた、あの山のような宝石は何なんです?」
黙り込む隊長に、ボロ布は静かに問い詰める。
「縄張りの近くを通ったとはいえ、察知されるのが早過ぎる。あの宝石を運ぶ前はそうじゃなかった。だったら、アレを鯨は狙ってるんですよ? 今日はいいです。偶々、あの宝石が埋まっている場所を通ったおかげで何とかなりました。でも、次は分かりません」
「それを何とかするのが! 手前ェの仕事だろうが!」
怒声と一緒に酒瓶がボロ布に向けて投げつけられた。慣れた様子で首一つで躱すボロ布が気に入らないのか、遂には立ち上がって怒鳴り始める。
「どんな仕事を選んで! どれを優先するかは俺の領分だ! お前が首を突っ込むな! 俺は、お前らを喰わせなきゃならねぇ!」
言っている事は至極マトモだった。周りの群衆も感動したのか頷く者も多い。
反対にボロ布だけは、疑わしそうな雰囲気だ。
多分、本性というか本音を見透かしている。センは詳しい事情は分からない。でも、表面上なら分かる。
羽振りが良いとボロ布は言っていた。それだけで隊長の言葉と矛盾するのだ。隊長はまるで自転車操業とも取れそうな事を言うが、実際には違うのではないだろうか。
自転車操業なら、羽振りが良い筈が無い。軌道に乗ってきたのだとしても、普通は貯めておくものだ。
それにここはアビドスだ。先行きも不透明で、仕事も、いつまであるかは分からない。それなのに湯水とまではいかないだろうが、多額の金を使っている。
それは、何も考えていないか。それとも目的があるかの二つだけ。
考え無しというのはないだろう。こんな騙しの細工をしているのだ。馬鹿ではない。
残るは、目的がある場合だが。考えるに、隊長はここで稼ぎきるつもりなのかもしれない。
恐らくは、長年に渡ってこの仕事をしてきたのだろう。先も見えている筈。長続きしない事は分かっている。
だから、ここで危ない橋を渡ってでも、まだ需要がある内に、この後の人生の為の金を稼ぎ切るつもりだ。
羽振りが良いのも、想定の範囲内でだ。隊長がチマチマと貯金に走れば、部下は不安に襲われる。それでは隊長は困るのだ。最後に逃げきるまで気が付かれてはいけない。
部下は自己責任とでも言うのだろう。給金は出している筈で、それを空気に流されて浪費するのは、ソイツ自身の責任だからだ。
ボロ布はそこまでは辿りつけないが、キナ臭いモノを感じたのだろう。
羽振りが良いのに、必要以上にリスクを冒す。そこが引っかかったのかもしれない。
「じゃあ、武器を下さい。新しいヤツを」
そして、ボロ布は切り替えた。言うことを聞いてもらえないなら、望むモノを手に入れる事にしたらしい。
センは上手いなと思う。意図してかは分からないが、過度な要求の後の要求は通りやすい。基本的なテクニックであるが、センと同じ判断をするとは思わなかった。
「いや、真似か……?」
何となくこうなる事を予想していた気がするのだ。ボロ布が欲しいのは、仕事をこなす力だけで。今の言葉を言うためだけに、喧嘩を売ったのでは?
門前の小僧習わぬ経を読むとも言うし、隊長がやっていたのを見ているうちに覚えたのだろう。隊長は全くその自覚などないし、誘導された自覚もないのかもしれない
「武器ィ? それで火力が足りないって言うのか?」
「足りないです。装甲が抜けなくなって来ている。それに、追加装甲か知らないけれど、黒い部分はさらに硬い。もっと火力のある物が必要です」
背中の対物ライフルを見た隊長は、少し考えた挙句に信じられない言葉を吐いた。
「お前なら、何とかなるだろう。今までもそうしてきたし、今日も何とかなった。そうだろ?」
「……」
それはセンからすれば、あり得ない言葉だった。それは現実逃避に過ぎなくて、問題を放置するに過ぎない言葉だった。
隊長にしてみれば、近々捨てる物だ。余計な金は掛けていられない。他の大人も同じ意見だから、なおさらそうなのだろう。
むしろ、さっきの言葉は真実なのかもしれなかった。ある程度は何とか出来ると信頼しているのかもしれない。決してそれはいい意味ではないのだけれど。
そんな事を言われたボロ布は黙ったままだ。ゆっくりと肩を落として、こんなことを言う。
「せめて、運搬用のワーカーくらいは下さい。足と盾にしますから」
「ああ、それくらいなら何とかしてやるとも」
今まで優勢だったはずの流れが変わってしまった。あんな歯が浮く様なおためごかしに騙されて、話の主導権を手放すなんて。
ボロ布の正面に周るが、顔はよく見えない。でも、固く引き絞られた唇は良く見えた。そして、その答えは隊長が教えてくれる。
「それに、お前もここが無くなったら困るだろう? お前には学籍が無いんだから」
ああと、センは納得した。退いた理由はこれなのかと。
ボロ布はここから離れられないのだ。何故なら学籍がないから。きっと身分を保障するものが何もない。アビドスから他に行くこともできない。だから、ここでずっと燻っていることしかできないのだ。
そう言われたボロ布は、トボトボとその場から離れていく。その足取りは重い。きっと、最後の言葉のせいだろうなと、センは思った。
気になって、ボロ布の跡をつける。車の隙間を縫って着いたそこは、ボロ布の寝床の様だった。そこには必要最低限の物しかない。ボロ布は眠るようで、毛布に潜り込んでいる。
毛布にくるまって眠るボロ布の顔が、何故か気になった。センの手は物をすり抜けるから、どうにか、体の向きを調整して覗こうとする。
その時、大きく風が吹いた。センの身体には影響しない、しかしボロ布は違う。思い切り顔にかかった布が捲れた。
「は……?」
その布の下の顔を見て、センはとぼけた声を出す。何故かって、その顔は見覚えがあったからだ。誰よりも見覚えがあるかもしれない。幼さが残るその顔は、セン自身の顔だった。
「何で……まさか……」
これは、センの過去なのだろうか。どうして今更になって、こんなものが? そこまで考えて、一つの原因に思いあたった。
夢の中である此処と、センの居る現実世界との共通点だ。つい昨日見て、ついさっきも見た物。
──宝石。
昨日不良から買い取った宝石もどき、それに過去のセンが言った宝石。アレは、まさか同じ物なのではないか?
「あ……?」
いつの間にか、周りが真っ暗になっていた。過去のセンも、車も、見上げるような星空も、何もかもが消えている。あるのは唯の暗闇だけだ。
それは、恐ろしいものにしか見えなかった。そこにあるのは、全てを飲み込む暗闇だ。自分の手や身体すら何も見えない。何かが当たる感触も、自分の息の音や心臓の鼓動の音すら聞こえない。
ここには、自身を保証するものがなにもない。いくら叫んでも、いくら走っても、何も感触がない。
何度叫んでも、返事をする声はない。聞こえないのだから、当たり前の話だ。
なんて悪夢だろう。
「……セ──君! セン君!!」
「──あ……」
暗闇に包まれたのと同じように、いつの間にかセンは戻ってきていた。部屋はすっかり明るくなっていて、もう朝だった。
着ていた寝間着はセンの汗でびしゃびしゃで、恐らくは何度も叫んだのだろう。喉が乾燥して少し痛い。
そして、ユメが心配そうにセンを覗き込んでいた。今までにないほど心配した目で、ユメはセンを見ている。
「ようやく起きてくれた……良かった」
ユメが正面から抱き着いてくる。温かいユメの体温が、ここが現実だと言う事を教えてくれて、センはようやく肩の力を抜いた。
□
「大丈夫……?」
ユメが、テーブルの向かいから話し掛けてくる。着替えたセンは、温めた白湯を飲んで、ようやく人心地がついた。
「どうして気がついたんだ?」
「全然起こしに来なかったから。それに、チャイムを押しても返事がなかったの。だから心配になって……合鍵で入っちゃったんだ」
時計を見れば、もう登校時間だった。それはおかしいだろう。いつもならもっと早く起こしているから、ユメが不安に思うのも仕方が無かった。渡した合鍵で勝手に入るのは間違いではない。
「そしたら、セン君の凄い叫び声が聞こえてね。すっごい魘されてたんだよ」
「ああ、ありがとう」
多分、暗闇の中で叫んでいた時だ。現実世界でも叫んでいたに違いない。それをユメが聞きつけたのだ。
「それで、何があったの? セン君がこんなに魘されるなんて、何かあったんでしょ?」
心配そうなユメに、隠し事は出来そうになかった。仕方なしに、夢の事を話す。勿論マイルドにした内容と、それがセンの過去かもしれないと言う事を。
それを聞いたユメは驚いた顔だ。
「私が探そうって言ったから……?」
「ああ、違うよ。多分、アレのせいだ」
泣きそうなユメを宥めるために、さっき回収した薄紫の結晶体を机に置く。それは昨日とは違って、やけに薄く、くすんでいるように見えた。
「昨日の? これのせいで、夢を見たって、セン君は思うの?」
「うん。夢にもこれが出てきた。俺はこれをどこかに運んでいたみたいだな」
それを聞いたユメは、何かを考え込むように俯いた。そして、おずおずとセンに聞いてくる。
「セン君。私、探してみたいんだ」
「名前が分かるかもしれないからか?」
「それもあるけど、セン君が心配なんだよ」
心配と聞いて、センは首を傾げた。悪夢くらいはもう平気だ。今回は取り乱してしまったけれど、次からは大丈夫なのに。そして、どこかユメの様子も変だ。確かにユメが切っ掛けかもしれないが、たかが夢だ。そんな気にすることでもない。
「悪夢は今回だけだ。だから、心配なんかしなくても……」
「でも、その人たちはセン君を探してるんじゃないの? それに、他の事も出てくるかもしれないし……」
「ああ……そうかもしれない」
出た言葉は歯切れが悪かった。何故かそんな気は全くしないが、否定材料もない。それに、センはあそこから逃げ出してきたのかもしれなかった。
ユメはちょっと困った、迷っているような様子で言葉を続ける。
「それで、探しに来たら。セン君はどうするの?」
「何ともしないよ。ここは居心地がいいから」
その言葉を聞いた瞬間、ユメの顔がいつもの笑顔になった。
「そっかぁ……そっか……良かったぁ……」
ユメは何か口の中でもにょもにょ言っている。すっかりいつものユメに戻っていた。
その反応を見て、何となくユメの様子の原因が分かった気がした。
ユメは、センが何処かに行きやしないかと考えていたのかもしれない。夢の内容からして、そんな事はあり得ないのだが。内容をマイルドにし過ぎたせいで、ユメには分からないから。だからどこか不安そうだったのかもしれない。
そんな心配は無用だ。センはここが気に入っている。あの運び屋たちが来たところで、突っぱねるだけだ。ここにはセンが欲しいものがあるからだ。
それに、探すのを止めるつもりもない。ユメを止めたところで納得しないだろうし、センが戦々恐々としていた過去も、大したことは無さそうだ。
それなら、ユメの好きなように、気の済むまでやればいいと思うのだ。
「じゃあ、ちょっと待っててくれ。朝ごはんを作るからさ」
「うん! 私はここで待ってるね!」
センは立ち上がる。さっき思った事を言ってもいいが、どこか恥ずかしかった。それに、ユメが調子に乗るような気もしたから。
テーブルで待機するユメを背に、センは調理を始める。フライパンの上に落とした卵が良い香りを放って、ユメがそわそわするのが気配で分かる。
もう普段の二人の空気が戻ってきていた。センは、ユメに気づかれない様に笑いながら、追加の卵を手に取った。