ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
日がとっぷり暮れた暗闇の中、一台の車がアビドス砂漠を疾走していた。
その車は右へ左へと大きく蛇行していいて、公道なら違反切符を切られる事間違いなしの荒い運転だった。
「ひぃん!! 止まってよぉ!」
それを運転しているユメは完全にパニックに陥っている。止まっても何も、ハンドルを握っているのも、アクセルをベタ踏みしているのもユメだ。
焦らなくとも、ここはアビドス砂漠だ。砂丘にさえ気を付ければ、事故などそうそう起こさない。
「助けてセン君!」
「ハァ……」
しかし、そろそろ限界らしい。こっそり続けている助手席からハンドルを細かく切る作業を続けながら、センは短く言う。
「アクセルから足を離してくれ」
「え? ブレーキじゃ……」
ユメはようやく踏み間違いに気づいたらしい。アクセルから足を離すと、さっきまで爆速していたのが嘘のように車は大人しくなった。
「教えたじゃないか。右がアクセルで、真ん中がブレーキだって」
「うう……ごめんね」
落ち込んだユメのハンドル操作がまた怪しくなったから、センは右手でハンドルを細かく切り続ける。
ユメが落ち込んだりするたびに運転が乱れる。乱れた運転にまた落ち込む。さっきから、このループが続いている。このままではイタチごっこだ。
「最初は誰でもそうなんだって」
「でも、私がやりたいって言ったのに……」
アビドス砂漠で、こんな事をしている理由は簡単だ。
一昨日の朝に決めた事。今は宝石の見つかった場所へと向かっている途中。
二日もあれば、車とガソリンを用意するのは容易い。目的地までは、かなりの距離があるから、センが運転する予定だった。しかし、この時に車を見たユメが言ってきたのだ。
──折角だし、車の運転を教えて欲しいな。
この車はアビドス本館に放置されていた物を整備し直したものだ。これが終われば生徒会の備品になるから、運転出来るに越したことはない。
それに、最近やたらと聞いてくるようになった手伝いの事だ。ユメは、自身が出来る事を探しているから、チャンスだと食いついてきたに違いなかった。
センは向上心のある人間は嫌いではない。
だから、取り敢えずは簡単な操作を手取り足取り教えた。ユメは物覚えは良くて、運転は出来たのだが。焦ると今みたいになる。要練習といったところだろう。
「きっと直ぐに慣れる。ほら」
「うん……!」
ユメが落ち着いたおかげか、スピードと蛇行も落ち着いて来ていた。まだ緊張しているのか、ハンドル捌きはぎこちなさが目立つが、始めた初日にしては上出来だ。
この調子だとユメを褒めながら、センは口を開いた。
「じゃあ、今夜の予定の確認だ。聞き流しで構わないし、返事も余裕があればでいいからな」
砂漠は同じ景色だから、集中力が途切れやすい。ユメの集中の維持の為に、センはここまで温めていた計画を口に出す。
「今向かっているのは、昨日聞き出した宝石が見つかった場所だ。今のペースだと……あと二、三十分てところか」
ちらっと、コンパスを確認する。蛍光塗料の緑がしっかりと北を指している。集中切れと、さっきの蛇行で進路はそれていない事にセンは安心しつつ、口を動かした。
「その場所では、危険がいくつかある。先ずは砂漠の大蛇」
大蛇と呼ばれる正体不明の存在。ビームを吐くとか、ミサイルを撃つところからして機械か何かだと思われる。
そして、正面から戦うのは悪手だ。乱立する廃墟群なら兎も角、こんな開けた砂漠でビームやミサイルなど避けきれない。だから、センは色々と手を打ったのだ。
「まず対抗策として、夜を選んだ。不良たちの話じゃ、夜の闇に紛れて逃げられたらしい」
大蛇は熱源探知を積んでいないのかもしれない。それか積んではいるが、メインはカメラか何かの光学系なのか。必要なら切り替えると言った感じかもしれない。砂漠の日中は熱源探知などまともに役立つとは思えないからだ。
「次に、ドローンを使う」
センは、車の荷台へと注意を向ける。そこには飛行型のドローンが積んであった。流石に正規品は足が出るため、ジャンクで適当に組み上げた急造品だ。飛行機能と暗視カメラくらいしか搭載されていないが、それだけで十分だった。
「目的地のかなり手前に車を停めて、そこからこれで偵察する。大蛇が居たら諦めよう」
最悪なのは、大蛇と鉢合わせすることだ。大蛇の行動範囲は正確ではないが、不良から話を聞いて大まかには絞っている。かなり余裕を持った距離からドローンを飛ばし安全確認。異常がなさそうなら突入し、そうでないなら撤退して明日以降。
かなり穴がある。というかお粗末ではあるが、金もないし道具もない。これがセンの精一杯だった。
「うん。分かったよ。特に言うことは無いかな」
それでも、ユメは納得してくれた。それはセンを信用してくれていると言う事で、少しだけ身体が熱くなる。
「ここだ。停めて欲しい」
夜の闇の中、暗闇に慣れた目でようやく見える遠く。そこに不良が言っていた目印である特徴的な岩が見えた。岩の上部が綺麗な円形で抉れている。あの大蛇のビームで抉れたと言っていたから、あれがそうだ。
そこから、コンパスを見つつドローンを目的の方角へ飛ばす。暗闇の中で浮かび上がる画面をユメと二人で覗き込むと、尋常ではない光景が飛び込んできた。
「何だ……? この穴の数は」
暗視装置を映す緑の画面には、黒い丸が幾つも映っていた。砂漠の砂原に、こんな数の穴が開くのは異常事態だった。
「セン君……画面だと小さいけど、この穴……凄い大きいんじゃないかな……」
ユメの言う通り、上空からの高度を考えればかなり大きい。そしてこの数だ。犯人は一人、いや一体しかいないだろう。
「大蛇が掘った穴か。奴の巣か何かか?」
センは思いっきりドローンの高度を下げた。しばらく穴だらけの地点を飛び回らせるが、何の反応もない。
「あ! 穴の周りに一杯何かあるよ」
「……例の宝石じゃないか?」
画面では影が潰れてよく見えないが、細かい石の様なものが大量に転がっている。砂漠にあの大きさの石は中々転がっていない。場所から考えて、例の宝石と考えていいはずだった。しかし、それは確定したわけでは無い。確定させるには、近づいて確認しなければならない。
ドローンを帰還させたセンは、ユメに言う。
「よし、ユメ。俺が今から穴の所まで行ってくるから、ここで待っててくれ」
「待ってよ。もし、その大蛇? が出てきたら、どうするの?」
「そのためにも、ここで待っててほしいんだよ」
あの宝石。アレが何なのか。それを確かめるために来たはずだ。あれが発見された場所で何かが見つかるとは、センは全く思っていなかった。あの宝石自体が特別なのだ。そんな予感があったからだ。
そして、それはユメも同じのはずだった。きっとユメはセンに過去を思い出すことを望んでいる。そのくらいの事はセンも分かっていて、そのための鍵があの宝石だった。
センは過去の事を掘り返されたくなかった。今は今で、過去は過去だ。ユメは、過去のセンがどうだろうと気にしないと言うが。それなら、過去を知りたがるのは何故なのか。ずっとそれがセンの中で引っかかっている。
だから、ここで白黒つけてしまうべきだ。
それに、きっとユメは諦めない。ここで退いて、明日以降もウジウジするくらいなら、サッと行ってくればいい。
「もし、出てきたら迎えに来てくれ。この車で逃げる」
「……」
黙っているユメに、センは畳掛ける。
「今は大蛇の姿が見えない。寝てるか、どこかに行ってるのかもしれない。チャンスなのかもしれない。それに、何回もここに通う余裕はないだろ」
「分かったよ……」
ユメは渋々納得してくれた。向かう準備をするセンに、指を一本立てたユメは言う。
「でも、危ないと思ったら早く帰ってくること。いいよね?」
「分かった、分かった」
いつもとは立場が逆なことに気がついて苦笑しながらも、スコップを背負ったセンは頷いて砂漠へ飛び出す。
ゆっくりと砂原を駆ける。光源は空からの月明かりと星明りだけだ。でもそれだけで十分で、しばらく歩くと目的の大穴が見えてきた。
本当に巨大な穴だ。しかも深い。奥は闇で吸い込まれそうなほどに真っ黒で、穴の底は見える気配もない。
それよりもと、センは穴の縁の周囲を見渡した。ドローンで見た石の正体を確かめなければ。
「おっ」
思わず声が出た口を急いで抑えた。少しの間、周りの様子を伺うが、何かが出てくる気配もない。一安心して、足元に散らばる宝石を手に取った。
恐ろしい事に、散らばっているのは、全部同じような宝石だった。
けれど、至近距離でまじまじと宝石を見つめたセンは、違和感に気がつく。
──少し、違わないか?
不良から貰ったものとは、どこかが違う。形は奇麗な六角形で一緒ではあるが、それこそ抜け殻みたくなってしまった二日目の宝石と似ている。それよりかは中身が残っているような印象もある。
ダメだとセンは思った。理由はないが、これではダメだと。この間の不良から貰ったものと、同じものでなければならない。
仕方なしに、目を皿のようにして地面を見つめて歩く。目に入るモノは殆ど全てが残りかすだ。それ以外は、抜け殻にも劣るゴミでしかない。
歩いているうちに、宝石の散らばり方に既視感を覚えた。掘り出して放置したと言う割には、規則性があるような気がする。それもどこかで見たような感じがするのだ。
そして、直ぐに思いついた。毎朝見ている光景だ。朝食のトーストを食べるユメが、ボロボロ零すパンくずと同じだ。
この残りかすは、きっと食べ残しなのだ。だから、穴の縁に積みあがっている。大蛇とて燃料無しに動けるはずがないのだから、当たり前の話だ。まさに、ここは大蛇の巣で、餌場なのだろう。
ならば、穴の縁には転がっていない。あるとしたら、穴の底か。しかし、ロープも無しに穴の底には降りれない。食べ残しがあるかもしれないが、この中から探すとなると時間が足りない。夜が明けてしまう。他の可能性を考えたセンは、もう一つの可能性に思い至る。
穴がない場所だ。穴がある場所で食事をしたのなら、そこにはお目当てのモノはない。探すなら、穴のない場所だ。
そして、その場所はここからよく見えた。穴だらけの中で、やけに手付かずの場所が残っている。
そこへ、何となく呼ばれた気がした。その場所に近づいて、予感の赴くままにスコップを突き立てる。
暫く掘ると、ガツンと固い手ごたえが返ってきた。喜び勇んで砂をかき分けると、そこには一つの宝石が埋まっていた。手に取らなくても分かる。この間のモノと一緒だ。
そうともなれば、こんな場所に用はない。足早にユメの所へと戻る。
「あ! どうだったの?」
「あった。見つけた」
宝石を見たユメは笑顔になった。そのまま運転席に座って、ハンドルを握っている。帰りも運転してくれるらしい。よっぽど嬉しいのだろう。何も言わずとも、二人が乗った車を発進させた。
行きとは違って、ユメの運転は安定していた。それはユメが慣れたせいかもしれないし、セン以上に、ユメは嬉しいのかもしれない。何しろ、今日も夢を見るだろうから。内容によっては、センの名前も、ここに至るまでの過去も、全てが明らかになるかもしれなかった。
それが分かった時、ユメはどうするのだろう。本当に言ったとおりに、受け入れてくれるのだろうか。
唯々、それだけの事が気になった。今も頬をなでる冷たい夜風の様な嫌な予感。それは、それぞれの部屋に帰って、布団に潜りこんでも。中々、センの頭からは消えてくれなかった。
□
「セン君。センくーん……おかしいな」
あの昨夜の砂漠の冒険から、数時間が経っていた。冒険と言うにはユメはハンドルを握っていただけの気もするが、ユメにとっては冒険なのだ。そして、とっくに夜は明けて、お日様が燦々と輝いている。
それなのに、センが出てこない。ユメを起こしにも来ないし、電話を掛けても出てくれないし、今も扉をノックしているのに反応がない。ドアノブを捻るが、鍵が掛かったままだ。
仕方がないので、ユメはさっきからセンの名前を呼びながら、ドアノブをガチャガチャいわせるといった行為を繰り返していた。その効果は全くないけれど。
「あっ、セン君……」
ようやくドアが開いて、喜びの声を上げたユメだったが、その言葉は尻すぼみになっていく。
センの姿はいたって普通。いつもの通りの制服だった。そこは問題ない、問題なのは雰囲気と表情だった。
まるきり様変わりしていた。昨日までの活気に満ちていたセンでは無かった。今にも何処かに行ってしまいそうな雰囲気と、どことなく暗い表情が違和感を際立たせている。
「……ごめん。朝食は出来てるから」
言葉少なくセンは、部屋の中へと消えていく。ユメは嫌な予感を抱きながらも、それを追いかけた。
部屋の中はいつもと変わりない。テーブルの上で湯気を立てている朝食もいつも通りだ。ただ、センだけが違った。二人は席について食事をとるが、いつものような会話は無かった。
いつもはセンから、今日の予定だとかを聞いてくれるのに。黙々と食事を口に運んでいるだけだ。その原因がユメにはすぐに思いついた。
「嫌な夢を見たの?」
「……叫んではいなかっただろ?」
センは肯定も否定もしなかったが、答えを言っているようなものだった。ユメが期待した事は起こった。センの手元に宝石があれば、過去の夢を見ることが出来る。それはきっと正しかったのだろう。
けれど、その過去が、ユメの思ったものでは無かったと言うだけだ。
そして、何を言おうか悩むユメに、センが言葉少なく言った。
「あの宝石の事はいいよ。ユメはユメのやるべきことをやった方が良い」
「そうかな……」
さっきから、ユメの嫌な予感が止まらなかった。この嫌な予感は前にも感じたことがあるもので、それを必死に思い出そうとするが中々思い出せない。そして、その答えは直ぐにやって来た。
「もう、手伝いは終わりだ。直ぐにここを出て行く」
「え……!?」
いきなりそんな事を言われたものだから、ユメは言葉に詰まる。
そして、そう言われた瞬間に思い出した。これは、別れを告げられる時の雰囲気だ。一年生になってから何度も経験した、後悔と諦めが入り混じった雰囲気だ。それが、センから漂ってきていた。
「どうして!? 何か理由があるんだよね!?」
「……」
センは何も答えない。けれど理由は明らかだった。
「嫌な夢だったの? 信じたくない過去だったの?」
ユメは必死だった。もう一人になりたくなかった。センを手放したくなんてなかった。だから、頭が回っていなかったのだ。センがどんな人間かなんて、ユメは分かっていたはずだったのに。
「大丈夫だよ! セン君の過去なんて、私は気にしないから! だから──」
「俺が気にするんだよ」
センが発した言葉に、直ぐユメは反応できなかった。固まったユメに、センは淡々と告げるのだ。
「夢の中でな。俺はカイザーのお偉いさんと話してたよ。とんでもなくえげつない事をしていた。人を人とは思わない。そんな事を無表情でしてたんだよ」
きっと今みたいな顔何だろうなとユメは場違いにそう思った。感情が全く感じ取れない表情だった。そのまま、センはユメの聞きたくない事を言うのだ。
「それで、ユメは気にしないなんて言えるのか? 全く、一片たりとも、気にしないって?」
「っ……言えるよ」
ユメは即答できなかった。以前なら、生徒会長になったばかりの、何も知らない頃だったなら言えただろう。でも、今は言えなかった。今までの経験が、センから教えてもらった事が、それを許さなかった。
ユメは良いかもしれない。けれど、センはどうだろう。さっきもセン自身が言っていたじゃないか。センが気にするんだと。それを無視して、ユメのエゴを押し付けるのは良くないことだ。
そうして傍に居てもらっても、きっとセンは笑ってはくれないだろう。楽しいのはユメだけだ。それに、直ぐに楽しくなくなる。センだけが辛い思いをするなんて、それはユメが目指したアビドスではないからだ。
センを残せば、センが辛い思いをする。センの言う事を呑めば、ユメの夢は叶わない。ユメがそう望んだアビドスは訪れない。
「良かった。迷えるんだな。安心したよ。それならきっと大丈夫だよ。ユメ」
センの儚い笑顔を見て、ユメは悟った。
センを取るか、アビドスを取るか。その二つを天秤に乗せて、ユメは選べなかったのだ。
だから、ユメの代わりにセンが選んだ。ユメが望んだモノを選んでくれたのだ。
「食事の片づけはやっておく、お金も多少は残す。昨日の車も残しておく。上手く使ってくれ」
食事を終えたセンは、食器を持って立ち上がる。
「ありがとう。ユメ。少しの間だったけど、楽しかった」
「あ……待っ……」
シンクに食器を置いたセンは、部屋から出て行ってしまった。何とも出来ずに、ユメは項垂れる。
止めなければならないのに、ユメは何もできなかった。何と言って良いのか分からない。ユメでは、センを説得することが出来なかった。だって、どうしようもない。
過去は変えられない。ユメがいくら肯定しても、センは肯定できない。アビドスの生徒会長の立場とユメの抱く夢が、それを許さない。
涙を流しながら、ユメは食事を続ける。悲しくて、辛くて、美味しいはずの食事は、何の味もしない。それに、センが最後にユメにやってくれたかもしれないことだ。残すことなんてできなかった。
食事を作業のように続けながら、ユメは後悔に悶える。
ユメが過去をほじくり返さなければ、センの名前を知りたいなど、余計なことを考えなければ。きっと前のままで居られただろう。
ユメがセンを傷つけたのだ。センはずっと乗り気では無かったのに。別れを、センから切り出させてしまった。ユメが決められなかったからだ。
ユメが望んで幸せだと感じた場所はもうなくなってしまった。ユメが、この楽園を壊したのだ。
ユメは、今度こそ独りぼっちになってしまった。
そのことに涙ぐみながら、ユメは思う。
”あんな宝石なんて探さなければよかった”。”あの時の幸せで満足しておけばよかった”と。