ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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220話 それぞれの”やるべきこと”

 立つ鳥後を濁さず。そんな言葉がある。

 

 大した意味はない。立ち去るときは見苦しくないようにしようね。そのくらいの意味だ。

 

 その言葉の通りに、もうかなり見苦しいけれども。センは自らの後始末をしていた。

 

 後始末といっても大したことでは無い。センが居なくなった後の混乱を最小限にする程度だ。センが貰った物に比べたら、全く釣り合わない。

 

 

「腹が減ったな……」

 

 

 仕事がひと段落したところで、センは空腹感を覚えた。集中していたから気がつかなかっただけで、日は傾き始めている。まさかの昼抜きになった事に、センは憂鬱な気持ちになる。

 

 

「未練がましいヤツ……」

 

 

 仕事に集中していたと言えば聞こえはいいが。その実態は現実逃避に過ぎないことは分かっていた。

 

 しかし、これが最善の方法だ。今は辛いかもしれないが、後になって良かったと思う筈。被害が出てからでは遅いのだ。そうセンは、分かっている言い訳を重ねる。

 

 

「後は、挨拶周りか……ハァ……」

 

 

 また気が重い。不良達は良いとして、進行中の仕事はある程度は形にしておかなければ。ユメだけで何とかできる範疇にして初めてここから出て行ける。

 

 そのためには、担当が変わる事を伝えなければならなかった。そのために、目的地に向かって足を進める。

 

 

「最初は……店主か」

 

 

 この間の獣人の店主。あの人のいい笑顔を思い出して、センの気持ちがまた重くなる。

 

 きっと聞かれるだろう。ユメの事や、何が起きたかを。それで理不尽なのはセンの方だから、また色々言われるに違いない。

 

 それだけで嫌になる。経験したことは無いけれど、宿題を忘れるなり何なりして、怒られることが分かっている状態で職員室に向かう気分だ。

 

 そんな事を思いながらトボトボ歩く。そういうときは残念なモノで、時間の進みが速い。時間通りに、センの感覚ではかなり早くに着いてしまった。

 

 

「ああ、兄ちゃんじゃないか。こないだぶりだな」

 

 

 しかも、目ざとくセンを見つけた店主が話し掛けてくる。自棄に反応が速かった。それに内心ため息をつきつつも、センは口を開く。

 

 

「おはよう……いや、こんにちは。今日はちょっと、話がありまして……」

 

 

 さっさと要件を進めようとしたセンを、店主は片手を挙げる事で止めた。とてつもなく嫌な予感がする。

 

 

「ここを離れるのか?」

 

「……ユメに会いましたね」

 

 

 店主は黙って答えなかったが、嫌な予感は当たるものだ。恐らくは、ユメに会っている。ユメから話すとは思わないが、上手く聞き出したのかもしれない。

 

 

「止めますか?」

 

「いいや」

 

 

 先手を打つために、単刀直入に本題を入れ込んだ。でも店主の反応は、センの思う通りでは無かった。

 

 てっきり止められると思っていた。間違ってるとか、ユメが可哀そうだとか。そんな事を言って引き留めるのだと。

 

 店主は、そんな事をしなかった。難しい顔でセンを見るだけだ。

 

 

「止めないのが不思議かい?」

 

「いいえ」

 

 

 センはさっきの店主と同じ答えを返す。店主は今みたいな事をしそうな気もした。

 

 

「そうだな。兄ちゃんは聞かない。言われて直ぐに意見を変えるようなタマじゃない。だから、止めるなんてことはしないさ」

 

 

 なら、どうしてセンにこんな会話をするのだろう。センが説得を受けたところで、意見を翻さないと分かっているのなら、この問答は無駄だ。そうしない以上、店主には目的があるのだ。

 

 

「俺は、兄ちゃんに言いたいことがあるだけさ。そんで、それは兄ちゃんを止める言葉じゃない。聞いてくれるかい?」

 

 

 別に、店主の言葉を無視してもいい。必要な事だけ言って、それで終わりでも構わない。

 

 ただ、それはこの店主相手には取れなかった。正面からセンに相対してくれるのに、尻尾を撒いて逃げるのは余りにも情けなさすぎる。

 

 そして、この大人は分かっている。センには正面から行った方が話を聞くことを。

 

 

「……じゃあ、どうぞ」

 

 

 だから、センは不貞腐れた子供みたいな答えしか返せなかった。それなのに、店主は真剣な表情で告げた。

 

 

「俺が言いたいことは一つだけさ。一度だけでいい。嬢ちゃんの話を聞いてやりな」

 

 

 やっぱりと思う。それは、センの想定内の答えだった。ユメから話を聞いたのなら、きっとこの大人なら、まず最初に出てくる答えだった。

 

 

「ユメに何か入れ知恵をしたんですか?」

 

 

 

 店主の言葉を聞くたびに、センは気分が悪くなる。言外にセンが悪いと言われているような気がする。実際はそうなのかもしれないが、悪いと一括りに纏められるのは嫌だった。

 

 センとて、センなりの理屈はある。それを外野からやいのやいの言われるのは気分が悪い。その上、ユメの口を借りてセンの意思を捻じ曲げようとされている。店主にその気はないのだろうけど、一応の確認がこの言葉だった。

 

 

「いいや。兄ちゃんと話せとは言ったがな。どう話せとは言っていない。俺は話を聞いて、俺の所感を言っただけさ」

 

 

 店主は、センの事を見透かしているようだった。店主だからできるのかもしれないし、店主のこれまでの経験から来るものなのかは分からない。でも、悪意が無いことは確かだと感じた。

 

 

「兄ちゃんにも、適当に決めたわけじゃないんだろう?」

 

「そりゃ、そうですよ」

 

 

 感じた通りに店主の言葉はセンに寄り添ったもので、少しばかりセンの口が軽くなる。

 

 

「なら、俺の判断は間違ってなかったってことだ。これは兄ちゃんと嬢ちゃんの問題なんだからな」

 

「そう言うなら、ここまで首を突っ込んだのはどうしてです。ありきたりなアドバイスでもよかったはずだ」

 

「それは、悲しいと思ったからさ。嬢ちゃんを突き放したんだろう? 話も聞かなかったんじゃないか?」

 

「……」

 

 

 店主の問いかけに対するセンの答えは、沈黙だった。それは店主は分かっているのか、気にした様子もなく続けた。

 

 

「兄ちゃんの思う通りにするのか、それとも嬢ちゃんの言う通りにするのか。それは兄ちゃんが決める事さ。ただ、しっかり決めなきゃならない。後悔なんて、一片たりとも残しちゃなんねえ」

 

 

 ”分かっているだろう?”そう言われているみたいだった。責めているような言葉なのに、責められるようには感じなかった。だから、スルスルと内容が頭に入って来る。

 

 

 

「ちゃんと、納得の上で決めるべきだ。兄ちゃんが決めたことはそれくらいの事だ。だって、兄ちゃんだけじゃなくて、嬢ちゃんにも大きく関係することだ。だから納得とまでは行かなくても、出来る事はやるべきだと思うぜ」

 

 

 それは、心配だった。店主はユメを心配していた。それだけでなくセンの事も。今までの言葉からは、店主の誠意が感じられた。

 

 

「ちゃんと納得しないで別れて、二度と会わない。それはあんまりだろう? 嬢ちゃんにも、兄ちゃんにもさ? なら、やるべきこと。嬢ちゃんの話を聞くべきだ。そうできたなら、どんな結果も受け入れられる」

 

 

 これは強制ではなく提案でしかない。結果を強制してはいない。ただ、センとユメが心配で言ってくれているだけだ。なら、誠意には応えるべきだ。やるべきことをやりに行こう。

 

 

「……ユメはどっちに行きました?」

 

 

 センは、”はい”とも”いいえ”とも言わなかった。ただ、ユメの場所だけを聞く。

 

 

「あっちさ。勢いよく走っていったよ」

 

 

 店主はただ場所だけを答える。それがセンにはありがたかった。

 

 

「……急用ができました。失礼します」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 

 少しばかり店主の口元が緩んでいたけれど。センはそれを知らない振りをして、店主に背を向けた。

 

 

 □

 

 

 カイザー理事のオフィスで電話が鳴っていた。受話器を理事は手に取る。そこからは、聞き覚えしかない声が聞こえた。

 

 

『もしもし、この前の件ですが。都合はどうでしょうか?』

 

 

 黒服だ。この間の理事の頼みごとの件だろう。都合も何も、今は手すきのタイミングだ。それを見計らって掛けてきていると考えるのは容易だった。

 

 

「構わない。この間の件か」

 

『ええ。ビナーの件です。良い報せと悪い報せ。どちらからにしますか?』

 

「良い報せから」

 

 

 理事は簡潔に答える。こういう時は、良い報せから聞くのが定番だ。大抵が悪い報せの方が重要なのだから。

 

 

『貴方の競合相手。カイザーPMC理事。彼の企みは失敗するでしょうね。おめでとうございます』

 

 

 なんともまあ、白々しい。

 

 黒服が何事かを吹き込んでいたのは知っている。困窮している相手に手を差し伸べると聞こえはいいが、利益が一番高い時に売りつけているだけだ。それは黒服の常套手段であることを理事はよく知っていた。

 

 

「ビナーだったか。あの大蛇がそれほどまでに手強いと言うのか?」

 

 

 PMC理事が失敗するとはそういう事だからだ。ビナーの破壊か撃退に失敗する。そう黒服は言っている。そして、まだ悪い報せが残っていると言う事は、PMC理事のせいではない。殆ど確定であの大蛇のせいだ。

 

 

『ええ、そういう事になりますね。PMC理事。彼では手に負えないでしょう』

 

 

 黒服は心底楽しそうな口調で言うので、理事はうんざりした。黒服には他人ごとだが、理事にとってはそうではないからだ。次は理事がビナーの相手をしなければならない。

 

 

「手に負えない? あの男に解決方法を伝授したはずだろう?」

 

 

 黒服は決して信用してはいけない相手だ。隙を見せてはいけないし、無条件に信じるなどもってのほかだ。しかし、唯一無条件に信用している部分はある。

 

 対価だけは嘘をつかない。ビナーを撃退できると言うのなら、その方法は必ず有効であるはずだからだ。

 

 

『ええ。あの時点まではそうでしたね。確かに、ビナーに対して、あの兵器は有効なはずでした』

 

 

 黒服の声は歯切れが悪かった。つまりは、予想外の事態が起こったのだろう。

 

 

『悪い報せと言うのは、この事になります。ビナーの状況が変わりました』

 

「どう変わったのだ? あの黒く染まったことと、何か関係があるというのか?」

 

 

 悪い報せの程度が、どの程度か分からなくて。理事は黒服へ質問する。

 

 

『まずは、これを見てください』

 

 

 黒服の言葉と同時に、理事のパソコンにメールが着信した。中には映像資料が添付されている。早速それを解凍し、中の映像を確認した。

 

 

「何だ……これは……」

 

 

 また黒みがかり具合が増したビナーが砂原に居る。そこまではいい。しかし、何かを食べている。地面の中に頭を突っ込んでは、何かを口に含んでいた。薄い桃色、いや紫か。宝石のようにキラキラ輝くものが、ビナーの口から零れている。

 

 

『本来なら食事ではありません。どのような理屈か。彼ら、デカグラマトンの預言者たちはエネルギー補給を必要としませんから』

 

「ならば、これは何だと言うのだ」

 

 

 黒服は最初から説明するらしかった。いつもは結論だけを放り投げてくるのに、一体どういった心境の変化だろう。

 

 

『ビナーは、これまで何度か鉱石等を捕食するような行動が確認されています。その後は暫く姿を消すという行動もセットでね。つまりは、どこかに鉱物を運搬していた』

 

「それでは、この映像もその一環だと?」

 

『いいえ、違います』

 

 

 黒服は短く答えた。これは、唯の前置きらしい。本題はこの後の様で、少し興奮でもしているのか、口調が速い。

 

 

『初めはそうだったのでしょう。価値のある鉱物を見つけたと思ったビナーはそうしたのでしょう。しかし、その鉱物が問題でした』

 

「それは、神名文字とかいうモノか? PMC理事に集めさせている?」

 

 

 多少は知っている。何時だったか黒服があれば買い取るとか言ってきた物の中にあった。そして、PMC理事に集めるように言っているのも。それは丁度、ビナーが食べているような色をした、宝石のようなものだったはずだ。

 

 

『ええ。そうです。まさか、こんな事になるとは、私も予想外でしたが』

 

 

 不利益になりそうなことなのに。あっさり黒服はミスを認めた。それよりも優先することがあるかのようで、理事は嫌な予感が止まらなかった。

 

 

『そもそも、私がビナーと呼ぶ存在。あれは最初は唯のAIでした。それが、神秘を得て今のようになりました。方法としては単純なモノでしたが』

 

「単純?」

 

『ええ。単純ですよ。我々が普段無自覚に行っている事です』

 

 

 話が大分逸れている気がしたが、黒服にとっては関係ないらしい。ただ、自身の考えを話し続けている。

 

 

『人は無力な存在です。しかし、我々は思考することが出来ます。そして、その思考する事。それ自体は真実であるのですよ。よく言うでしょう。”我思う、故に我あり”とね』

 

 

 理事には全く聞き覚えはないが、黒服にとっては常識らしかった。

 

 

『正確には、自身を疑う事ですが。自身とは何者か。他者からの問い掛けにより自身の存在を確立した。だからこそ、アレはビナーになったのです。第三のセフィラ。ビナーにね』

 

「つまり、あれか。思考することだと? それだけで、あのビナーとか言う奴はああなったと?」

 

『その通りです。第三のセフィラ。ビナーに決まった形はありません。アレは領域の名前ですから。大蛇でも、船でも何でもいいのです』

 

 

 頭がおかしくなりそうだったが、理事はなんとか、それを嚙み砕いた。

 

 

「それで、今回の件と何が関係あると言うのだ。あの大蛇は、自分をビナーだと思っているのだろう? 心変わりでもしたと言うのか?」

 

『ええ、そうです。心変わりと言うよりも、決めつけられたと言う方が正しいですが。他人から言われて自覚したのだから、他人の影響を受けやすいとも言えますね』

 

 

 またぞろ、訳の分からない話になってきた。伝わらない報告など、報告の中では最低の部類になる。その不満を察したのか、黒服は説明を続ける。

 

 

『神名文字は、神秘の欠片です。故に神秘を纏っている。そして神秘とは無色透明のモノではありません。必ず何かの要素を含んでいる。それを大量に摂取すればどうなるか』

 

「……その神名文字の影響を受けていると?」

 

『そうです。元々、唯の無垢なAIです。それが他者の影響を受けて今のビナーになった。元々のビナーには確固たるものが無いのです。確固たる欲望や自我がない。他人から言われたから。お前はビナーだと、そう言われたから。今はビナーであるだけ。つまりは、とても移ろいやすく変質しやすい』

 

 

 ようやく理解が追い付いた。ビナーには、自分で考えて決めた、やりたいという意欲がない。欲望がない。だから、自己がぶれやすいのだ。

 

 黒服から見てビナーは染まりやすいのだろう。今まさに真っ黒に染まっている。その神名文字の影響をもろに受けて、変質していると言う事なのだろう。

 

 

「それで? どう変質したのだ?」

 

『最近、ビナーは夜の行動が増えています。昨夜など、随分と遠出をしていたようですし、今までとは真逆ですね』

 

 

 それは、そうだった。確かにここ数日は夜の行動が増えている。以前までは日中の行動が多かったはずだ。

 

 

『あの神名文字、あれは恐らくセトのモノでしょう。そして、ここはアビドスです。ビナーは砂漠を泳ぐ蛇。鯨の要素もありますが、蛇だと言うのが性質が悪い。アビドス、セト、蛇、夜。これらの要素から導き出されるのは、一つだけ』

 

 

 小さい声で黒服は呟いた。それなのに、やけにはっきりとその声は聞こえた。

 

 

『アポピス。あるいはアぺプ。邪悪と混沌の化身。太陽を飲み込む大蛇』

 

 

 名前だけで、不吉な予感が理事を襲う。そんな理事を置き去りにして黒服は話す。

 

 

『今のビナーは、その影響を受けています。かなりの戦闘力、防御力の向上が見込まれるでしょう。そもそも、アポピス自体が強大ですからね。そしてビナーはかなりの飢えを感じているはず』

 

「飢えだと? 奴は物を喰わないと言ったではないか。まさか、食事を探してアビドス砂漠を彷徨っているとでもいうのか?」

 

 

 そもそも機械だから、飢えと言うのもおかしいし、黒服の発言とも矛盾する。理事は電話の向こうの黒服の答えを待つ。

 

 

『彷徨っている理由は間違っていません。アレは、矛盾に苦しんでいる。ビナーとアポピスの二足の草鞋は履けませんからね。その苦しみを取り除くには、どちらか片方に振り切るしかない。しかし、取り込んだ神秘は排出できない』

 

「その神名文字を摂取する方向に振り切れたと。だから、それを探してアビドス砂漠を彷徨っているのか?」

 

『その通りです。悪い報せとは、この事なのですよ。アポピスに振り切れたビナーは……いや、アポピスですか。完全体になれば手が付けられません。通常兵器では歯が立たず、生半可な神秘は食われるだけです。アビドス砂漠は禁足地になるでしょう』

 

「対処法は?」

 

 

 結論を理事は急いだ。この話が本当なら、非常にマズい事になる。プレジデントの求める物は、アビドス砂漠にある可能性が非常に高いのだ。アビドス砂漠が禁足地になれば、その目的は果たせない。

 

 この話も、黒服の仕掛けなのかもしれない。でも、躊躇う余裕はなかった。

 

 

『あります。どんな存在にも天敵は居るものです。それを探し出せばいい。目星はつけてあります』

 

「確保はしたのか」

 

『PMC理事が。今夜にも手に入れるようですよ。その標的と真っ当に交渉すればいいのですが……』

 

 

 それを聞いて、理事は黒服がここまで話した理由が分かった。

 

 

「あの男に何と言ったのだ? まさか……」

 

『貴方の計画に必要な大事な部品だと。そう言ったのですがね。どこか不安が残るのですよ。彼は焦っているようでしたから』

 

 

 黒服の言葉を聞いて、理事は頭を抱えたくなった。

 

 その天敵とやらは、人間なのだろう。そして、どこかに所属しているのだろう。黒服が交渉と言ったのはそう言う事だ。

 

 カイザーは大企業だ。真っ当に、時間をかけてやれば交渉は決裂することは無い。話し合って、妥協点を探る。教科書通りに普通にやればいい。

 

 しかし、PMC理事には時間が無いのだ。そういう訳ではないが、そう思い込んでいる。自分の地位が脅かされて、功を焦っている。

 

 そういった人間が取る手は一つ。状況を短時間で打開するために、過激な手段を取るのだ。

 

 黒服からしても、無用なリスクは冒したくないはずだ。時間は有り余るほどはないが、焦らないでいいほどの余裕はあるのだから。

 

 ただし、それをPMC理事に言ったところで逆効果だ。正論ほど人を苛立たせるものは無い。それが余裕のない時なら猶更だ。

 

 初めから、今のように理事に頼るのもいけない。それはPMC理事から見たら黒服が乗り換えたように見える。そう思ったPMC理事が何をするか分かったものではない。

 

 黒服は理事を二の矢にするつもりだ。尻拭いと言ってもいい。PMC理事の尻拭いをさせるつもりなのだ。

 

 

「ハァ……今夜だったか。後半日もないが、PMC理事は何をしようとしているのだ」

 

 

 他人の尻拭いなど、心底嫌いだが、今回の場合はどうしようもない。それに尻を拭うにも準備が必要だ。仕方ないとの理事の質問に、黒服は答える。

 

 

『標的の所属する運び屋に仕事を依頼したようですよ。これまでも神名文字の運搬を依頼していたようですがね』

 

「……お抱えにするつもりか?」

 

 

 今までも仕事を依頼していたと言うのなら、運び屋ごとお抱えにすればいいのだ。これまでの働きを加味してとか、理由付けは十分だ。懐は痛むかもしれないが、このやり方がスムーズだろう。

 

 

『また、何かあれば連絡します。それに、私の手が必要であれば連絡を。今回の件に関しては対価は要求しません。それでは』

 

 

 色々とPMC理事の思考を探っている間に、黒服からの電話は切れてしまった。

 

 珍しい事に対価は要求しないらしい。黒服もPMC理事への対処を間違えたと感じたのかもしれない。恐らくは、相応に不安を煽ったのであろうから。詫びを兼ねての発言だろう。

 

 

「ハァ……仕方あるまい。これも仕事だ」

 

 

 そう理事は呟いて、仕事の準備を始める。ふと外を見ると、窓の外からは夕日が射しこんでいた。

 

 夜までもう数時間だった。

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