ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
突然の未知の感覚に、ビナーは震える。
理由は分からないが、何か間違いを犯したような。そんな予感だ。
予感の正体は、直ぐに明らかになった。
しかし、たっぷりと充填した熱線は、もう目標に向かって放たれている。放っているビナーですら、直撃すれば痛手を負う。その熱線はそういうモノだ。
──それなのに。
正面から熱線が切り裂かれていた。
青い光の刃が黄色い熱線を切り裂きながら、どんどん天へ向かって伸びていく。
これから起こる事を予見したビナーは、砂の下から自身の尾を引きずり出す。
ビナーは、新しく手に入れた力を解放して、黒の装甲を尻尾へと集中する。
防御力を跳ねあげてくれるだけでなく、一点集中や分散もできるのだ。
だから、
嫌な予感は晴れないが、これが無事なまま今のビナーに出せる最大硬度だ。
そして、ビナーを両断して余りある長さになった青の刃が振り下ろされて、ビナーの尾と正面から激突した。
──!!!
何とか刃を逸らしたビナーは、自身の尾を見て愕然とした。尾の半ばから綺麗に切り裂かれて断面が見えている。
このままでは膾切りにされると、潜行準備を始めるビナーに、二撃目は飛んでこない。
焦りに染まった視界で標的を見ると、標的は何かを振り切った姿勢のまま動かない。そして青の刃はすっかりと消えていた。
──作戦変更。接近戦へと移行。
ビナーは標的へと突撃する。人型サイズのそれは、反動なのか動かない。
恐らく、アレはさっきの熱線と同じような大技なのだ。短時間に連射する事は出来ないか、それなりの充填がいる。出来るなら、返す刃で両断されていたはずだ。
──それなら、充填などさせなければいい。
ビナーの強みは、火力の高さだけではない。この砂漠で泳ぐように移動できる機動性と、巨大な質量だ。
移動の余波で起こる砂の波で動きが鈍り、そこを巨体で押しつぶす。幾つかあるビナーの必勝パターン。それを標的に向かって繰り出した。
最初に砂の波が、人間サイズの標的を飲み込もうと影を落とす。何時ものように、獲物を飲み込もうとした波は、あっという間に吹き散らされる。
風だ。いつの間にか吹き始めた突風が砂の波を吹き飛ばしていく。その吹き飛ばされた砂塵が、逆にビナーを襲い始める。
ガリガリと音を立てて、鑢にでも掛けられたようにビナーの装甲が削れていく。
慌ててビナーは、尾の装甲の集中を止めて、全身の装甲の強度を上げる。しかし抵抗虚しく、それでも少しずつ削れていくのが分かった。
──ならば、下からだ。
地下からなら風の影響はない。地上での突進よりも勢いが削がれて威力は下がるが、この突風の前では変わらない。そして、このままでは削り殺される。
勢いよく潜行しようとしたビナーに何かが突き刺さる。それだけで、突き刺さった部分が機能停止した。
──なるほど。
ビナーは身体と突き刺さった物──雷槍と二本目を振りかぶる標的を見て、狙いを察した。
雷槍が突き刺さった部分は、ビナー本来の白い装甲が覗いている。装甲は薄紙のように裂かれて、中の回路も滅茶苦茶にされている。
接近戦をビナーは狙っているが、相手はそうではないのだろう。むしろ避けたいのだ。
相手の硬さは未知数だが、ビナー自身より硬いとは思えない。そうであるならば、接近戦を挑むはずだ。
ビナーの図体は武器でもあるが、弱点でもある。的が大きいと言う弱点だ。
弱点とは言ったが、普通なら気にすることもない。並大抵の火力では自身の装甲を抜くことはできない。黒い装甲を纏えるようになってからは猶更だ。
相手は装甲を抜けないとビナーは思っていたが、正しくはないのだ。全力の黒の装甲は抜けないが、そうでないなら抜くことが出来る。
だから、砂嵐で黒の装甲を分散させたのだ。そして、一番薄いところを狙撃してきた。このまま的にするつもりだ。
そして、充填を終わらせて両断してくる。その手には乗らないし、それには穴がある。
ビナーは、前面にだけ装甲を一極集中させて、正面へと突撃した。先ほどの雷槍が飛んでくるが、装甲を貫通しないで止まる。砂嵐の砂も装甲の表面を滑っていくだけだ。
やはりとビナーは確信する。一極集中の装甲は、あの刃でないと抜けないらしい。それならこのまま突撃して引き潰せばいい。
咆哮を上げて、ビナーは突撃する。標的との距離がどんどん縮まっていく。三本目の雷槍を取り出したようだが、無駄だ。
ビナーは頭突きをするように飛び掛かった。そして、声が聞こえた。
「そう来ると思ってた」
消え去ったはずの嫌な予感が這い上がってきた。しかし、ビナーはもう止まれない。標的は雷槍を投げるのではなく、すれ違いざまに杭の如く突き刺してきた。
──取りつかれた。
装甲は抜かれていないが、頭の部分に何かが突き刺さっている感覚がある。そして、頭から後ろ、装甲のない背中の部分が、至近距離からの雷撃でズタズタにされているのも。
ビナーは、砂原から空中に飛びあがり、背中から落下する。しかし、そのまま押しつぶされるはずもなく、空中へと離脱していくのが確認できた。
ただ、それをビナーも待っていたのだ。背面のミサイルを全弾発射する。
風を操れるのは分かっている。しかし、このミサイルの爆風の中ではそうもいくまい。
動けない標的に向かって、ミサイルが殺到する。手前で雷槍に撃ち落されるが、それはそれで構わない。空中の標的に向かって、口を開いた。
──直撃。
狙いすました熱線だ。威力はさっき迄とはいかないが、通常なら塵も残らない火力。それでも、標的の原型は残っていた。
ただし、多少は効いたらしい。反撃らしい反撃もなく、離れた場所へと墜落した。
──追撃。
先手必勝とばかりに、ビナーは再度突撃を敢行した。地面に落ちたばかりの標的は反応しきれていない。苦し紛れか、左こぶしを握り締めて振りかぶっている。
内心でビナーは笑う。確かに、それくらいしか反応できないだろう。しかし、本当に苦し紛れでしかない。
幾ら怪力であったとしても、装甲を抜けるとは思えない。人の技術に鎧通しなるモノがある事は知っているが、あくまで人間用の技術だ。その程度で壊れるほどビナーは柔じゃない。
避ける必要はない。正面からすり潰す。装甲を全開にした頭部で上空から飛び掛かった。
ビナーの全体重と重力加速度が、標的に向かって牙をむく。ビナーの望み通りに標的の左手はぐしゃぐしゃにひしゃげた。
しかし、ビナーの頭部にも激痛が走る。あり得ない事態に、ビナーは痛みも追撃も一瞬忘れた。そのせいで軌道がズレる。
──理解不能。
確かに予想以上の怪力だ。正面から押し返すことはできるだろう。それを予想していたからこそ、自らの装甲と重力の助けを借りたのに。
困惑するビナーを置いてけぼりに激痛は続き、視界もノイズが走り始めた。
代わりに頭部全体に拡散していた痛みは治まり始めていて、一部分だけが変わらずの激痛を放っている。そして、その部分にビナーは覚えがあった。
そこはさっき、杭代わりの雷槍を突き刺された箇所だ。投げ槍の方は直ぐに消えたから、杭の方も消えたと思っていた。しかし、態々維持していらしい。
それを杭打ちハンマーの如くに殴りつけたのだろう。ビナーの突進の威力の相乗効果もあり、装甲を抜かれて、中で雷撃が暴れ狂っている。このままでは、中の回路を焼かれてビナーは死ぬ。
今まで感じたことのない、死の恐怖にビナーは震えた。
──対処を。
頭の中で誰かが囁く。余裕を失ったビナーは、その声に全てを明け渡す。すると、どんどんいい考えが浮かんでくる。
暴れ狂っている雷槍を消すのは、目の前の標的しかできない。それなら、殺せばいい。
最初と同じように、ビナーは口を開いて熱線の充填を始める。装甲を抜かれた頭部を晒す突撃は使えない。弱点を晒しての突撃など、串刺しにして殺してくださいと言っているようなものだ。
それなら、標的に向いている装甲だけを硬化させて、焼き払った方が良い。
尾で薙いでもいいが、足場を提供することになる。遮蔽物が何もない砂原なら、鴨撃ちできる。
──死ね!
傷つけられた事と、自身が死に追いやられそうになっている。その焦りと怒りを乗せた熱線が標的に向かう。
その熱線は、最初と同様に、振り下ろされた青い光の刃で受け止められた。
ビナーは怒りに震える。自身こそがこの砂漠の王なのだ。断じて、左腕を失って。今も右手が砕けそうになって呻いている、目の前のか弱い存在ではない。
今なら分かる。標的のあの攻撃は充填が必要なわけでは無い。今までの攻撃もそうだ。本来なら、溜め無しで気軽に振り回せるものだ。
しかし、それをやれば、今のようになる。反動で自壊する。ビナーとて条件は同じだが、許容量が違う。
全力での装甲展開を全身にやればそうなるだろうが、素のスペックが違うのだ。ビナーはそこまでしなくてもいい。
この砲撃が相殺されても、撃ち続ければいい。このままゆっくり耐久戦をすれば、勝手に標的──セトは死ぬのだ。
だったら、ビナーの勝ちだ。それをいつまでも、か弱い存在のくせに足掻こうというのだ。潔く死なない所に怒りを覚える。
そして、ビナーの砲撃が青の刃を相殺した。それを見たビナーは勝利を確信する。
そんなビナーの首に、右から横薙ぎの斬撃が襲い掛かった。
──あり得ない!
何とか刃と首の間へ盾代わりに尾を滑り込ませる。
理屈は分かる。縦の振り下ろし、その勢いで身体を捻って横薙ぎに繋げたのだ。動き自体に問題はない。
問題は今もビナーの尾を食い破ろうとしている光の方だ。負荷はもう限界のはずだ。連続使用には耐えられない。その証拠に、残った右腕にも罅が入り始めている。
──危険!
必死にビナーは装甲を集中させる。しかし、焼け石に水だ。先ほどまでの抵抗が嘘のように食い破られている。これでは砲撃を撃つ余裕がない。
つまり、全力を出しているのだ。この一撃に全てを賭けている。これを放ち終えれば、標的の後は長くない。
それが、そんな選択をする。その理由がビナーには分からなかった。
──理解できない。分からない。
この戦いは重要なものだ。それはビナーにも理解できる。しかし、もう一つ大事なこともある。
この戦いは手段でしかないという事だ。この戦いに勝った後の事を考えれば、全力など出してはいけないはずだ。目的が果たせなくなる。死んでしまえば君臨できない。
──対抗するべきか。
ビナーは迷う。兎にも角にも、この一撃を凌げばいい。そうすればビナーは勝てる。ただ、それが難題だった。
今までの装甲硬化では追いつかない。標的と同じように身を切らなければ。それほどまでに力を引き出さなければ防ぎきれない。
それと、もう一つの考えもあった。
──逃げるべきか。
逃げればいい。文字通りに尻尾を切って、尻尾を撒いて。そうして、またここに戻ってくればいいのだ。
ビナーにとっては、どちらも正しく、どちらも間違っていた。
まだ自身が有利なのに、尻尾を撒いて逃げるのはビナーのプライドが許さなかった。これまで負けたこともないし、相手を逃がしたのも向こうが逃げたからだ。
──……!!
嫌な感触。
その一瞬の後に、ビナーが自身の尾に目をやれば、もう切断されていた。さらに威力を増した刃が、首元にまで迫っている。
──間に合わない!!
装甲の硬化は間に合わない。一拍の間で出来るのに、それだけの時間がビナーには残されていなかった。
刃が首元に迫る光景がやけにスローに感じた。その引き延ばされた一瞬でビナーは思う。
あの一瞬。逃げるか逃げないかを迷わなければ、ギリギリで間に合っていただろう。でも、それが出来なかった。
けれど、標的は迷わなかった。その程度の差で、そのせいで、ビナーは負けた。
──迷わなければよかった。
そんな思考を最後に、ビナーの意識は途切れた。
□
「フゥー……」
カヤツリはボロボロの身体で、息を吐く。正面には首元が半ばまで切断されたビナーが、蜷局を巻いて佇んでいる。
流石に機能を停止して動かないそれに、カヤツリは近寄る。
「これか……?」
地面へと垂らされた頭。半ばまで切断された頸部。その切断面へと、自身の感覚に従って腕を突っ込んで。そこに隠されたものを引きずり出した。
カヤツリの手にあるのは、あの宝石だ。しかし、これまでの物とは大きさが違う。サッカーボールくらいはありそうだ。
手に力を入れる。それは、簡単に砕け散りカヤツリの身体へと入っていく。
崩れそうだった身体に力が漲って、押しつぶされたようになっていた左腕も元に戻った。
「元々、俺のだし。返して貰うぞ」
集めてくれたビナーに一声かけると、蜷局を巻いた機体が轟音を立てて崩れ落ちた。そのまま砂漠に沈んでいく。
──どうせ、また勝手に直っているんだろ。
そんな想像をしながら、カヤツリはある場所へと向かう。
「まだ、大丈夫そうだな」
そこには、過去のカヤツリが横たわっていた。さっきよりも身体の罅が広がって、今にも砕け散りそう。今のカヤツリとは正反対だが、カヤツリは安心した。これなら間に合うからだ。
手に意識を集中する。やり方は知らないが、こうすれば良いという考えがあった。
手の中に、さっきよりも一回り大きくなった宝石が出現する。そして、それを過去の自分へと押し込んだ。
「おお……」
カヤツリの口から驚きの声が漏れる。効果は劇的で、過去のカヤツリの罅が徐々に塞がっていく。消えそうだった過去のカヤツリは、はっきりと存在を取り戻し始めていた。
反対に今のカヤツリは、そうもいかない。外側は取り繕えているが、中はきっと滅茶苦茶だろう。直ぐに崩れて消えるのが嫌でも分かる。
でも、それだけで十分だった。後は車まで辿り着いて、ユメを本館まで送り届ければそれでいい。それくらいなら保つだろうし、それくらいの我儘は許してほしかった。
カヤツリの答えはこれだ。自分の世界に帰る事。小鳥遊カヤツリとして生きていく。それがカヤツリの出した答えだった。
ここは、カヤツリの世界ではないのだ。ここを生きる権利を持っているのは、過去のカヤツリで合って、今のカヤツリではない。
ユメが一緒に居たいと願ったのは、梔子センであって。小鳥遊カヤツリではない。
それなら、カヤツリは帰らなければならないのだ。誰からも求められていない。唯の自分の我儘だ。お菓子が買ってもらえないからと、スーパーの床で転がっている子供と何も変わらない。
最初に考えた通り、カヤツリの納得の問題だ。
そして、その納得は、利益とか損失とか。そんな今まで考えてきた物とは違う事だ。それで誤魔化せなくなったから。今こんなことになっている。
納得するにはどうすれば良かったのか。それは簡単に思いついた。
──ユメには何もできなかった。
それがカヤツリの呪いの根幹だ。全てが終わってから目を覚ましてしまった。目を覚ました時には全てが終わっていた。
あの時にカヤツリが居たら、何とかなったかもしれないのに。そんなもしもの後悔がこびりついて、何時までも離れない。口で幾ら賢らに語ろうと、心の底からは納得できなかった。
もし、出来ていたら。そう出来たなら。仕方が無かったと納得ができる。そうできなくて、ここまでカヤツリは拗らせた。
だから、今やるのだ。ユメの為に、自分の為に、納得の為に、カヤツリはやりたいようにやる。
カヤツリが、この世界から退避するのは絶対条件。そして、そうすれば。カヤツリの痕跡は全てが無かったことになる。
カヤツリに確認はできない。やったことは残らないかもしれない。何も変わらないのかもしれない。でも、それでいいのだ。やったと言う納得が、カヤツリの欲しいものだった。それなら、戦う価値はある。
そして、記憶がある今のカヤツリなら分かる。あれは通常のビナーでは無くて、何かの要因があってあそこまで強化されていると。
強化の原因など一つしかない。だから、ビナーを破壊した。破壊したビナーから宝石を回収した。それと、今のカヤツリに残っている物を使えばいい。そうすれば過去のカヤツリは救われるだろう。
過剰に投入したところで何も変わらないだろうが、カヤツリが渡すと言う事に意味がある。
──案外いいものだぞ。世界に自分がいた証を残すと言うのはな。
理事の言葉。理事がプレジデントを裏切った理由の一つ。
確かに、悪い気分ではなかった。この世界で生きていく権利を残すのは。自分に残すと言うのも変な話だ。
カヤツリの想いが、過去のカヤツリには残らないだろう。でも、信じてみるのだ。もしかしたら、この過去の自分は、ユメに手が届くかもしれない。ほぼほぼ無理だろうし、今のカヤツリの世界には影響はない。でも、信じるだけならタダだ。
「これから、色々なことがある」
眠る自分へ、エールともつかない声を掛ける。
「嫌な事もあるし、良い事もあるだろう」
きっと過去の自分には聞こえないし、覚えられもしないだろうが、必要なことだ。
「でも、それらは全部お前の物だ。誰にも盗られない。お前だけの物だ」
なんだかすっきりした気分で、言葉を続ける。もうこれだけ言えば終わりだ。カヤツリは、短く一言で告げる。
「だから、頑張れよ」
そう言い終えたカヤツリは、過去の自分に背を向けて、ユメと車の方へと歩き出す。
もう、カヤツリは振り返らなかった。