ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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226話 失楽園

 映像が終わって、画面が暗転した。

 

 マエストロ謹製の、短いスタッフロールも随分前に終わったばかり。だから、部屋は少しの喧騒に包まれている。

 

 

「続きは!?」

 

「ありませんが?」

 

 

 黒服の答えに場がさらに騒然となる。そうなる理由が黒服には分からない。

 

 あの映像を見ていたほぼ全員が不満顔で、例外は先生やテラツリなどの男性陣だけだ。

 

 

「早く続きを見せるべき!」

 

「あるんですよね……!」

 

 

 砂狼シロコと十六夜ノノミ。二人の圧が凄まじい。今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。あるにはあるが、この二人には。この場の全員に見る権利はない。権利があるのは一人だけだ。

 

 

「何が不満なのですか?」

 

「ん、ビナーが倒れた後! その後!」

 

「ありませんよ。貴女達が期待するものはね」

 

 

 一応の確認を投げかけて、返ってきた予想通りの答え。それをバッサリ黒服は切り捨てた。

 

 

「結果は分かりきっています。私たちがここに居て、この映像を見ている。つまり、カヤツリ君は帰って来た。それ以上の意味はありません。最初から言っている通りにね」

 

 

 有無を言わさない口調で、二人の勢いを殺した黒服は、核心を突いた。

 

 

「貴女達は、梔子ユメ生徒会長とカヤツリ君の間に、何があったかを知りたいのでしょう?」

 

 

 二人はバツの悪そうな顔になった。隠せていると思っていたのか、ただの勢いだったのか、どちらかの判断はつかないが。恥ずべき事だというのは理解しているらしい。

 

 それなら、少しばかりテストをすることにした。この二人には前科があり、それが改善されているのかのテストだ。契約には入っていないが、少しばかりのサービスである。

 

 黒服としては見せてもいい。カヤツリには許可は取ってあるし、見せなかったのも黒服の独断だ。あの二人が予想したような、後ろめたい理由ではない。

 

 しかし、動機は必要だ。下らないものではなく、しっかりとしたものが。

 

 

「逆に聞きますが、お二人は何があったと思うのですか?」

 

「それは……」

 

「だから、ホシノ先輩は帰って来ない」

 

 

 十六夜ノノミは意味深に言葉を濁し、砂狼シロコは一言だけで、後は黙りこくっている。

 

 この反応の感じからして、心配と罪悪感が半々といったところか。

 

 黒服には、二人の考えが手に取るように分かった。

 

 

「ホシノさんとカヤツリ君たちの事なら心配いりません。ただ話しているだけですから。ずっとやらなければなかった事を、今やっているのです。時間がかかるのは当然です」

 

 

 映像が終わってから大分経つ。そろそろ戻って来てもいい頃だが、その気配はない。随分と話し合いが白熱しているらしい。

 

 彼女達の考えの理解はする。ここに来た時の小鳥遊ホシノの様子なら、その考えが浮かんでもおかしくない。

 

 いつものことだ。嫉妬に狂った小鳥遊ホシノが、またぞろ暴れている。だから、まだ帰ってこない。

 

 後輩として、フォローしたい。でもその材料がない。だから続きを見せろ。きっと想像通りなんだから。そういう思考だろう。

 

 二人の答えに納得した黒服は、確認の言葉を返す。

 

 

「なるほど? 普通なら、あの状況なら、何か一言か二言あって然るべきだと。そういう事ですね?」

 

 

 ほぼ全員の総意だろう。映画で言うなら、この後が本番だ。

 

 元凶を倒して、後は報酬を手に入れる。古来からある。それこそ神話の時代からあるお約束でテンプレートだ。

 

 今回の場合は梔子ユメとの会話だ。一時の諍いで別れた二人を引き裂くビナー。それを撃破した報酬はそうなる。

 

 その報酬が無いのだから、観ているこちら側からすれば片手落ちだ。それを見せないと言うのだから、気になる秘密に見えるだろう。

 

 

「秘密は甘いものです。だが、秘密には秘密に足る理由がある。つい最近に貴女達二人は、それを身に染みて理解したはずでは?」

 

 

 念入りな釘刺しに、二人の雰囲気が重くなる。同じ間違いを犯しかけたことに気づいているらしい。

 

 本人より前に、人に聞こうとするだけ成長はしたのかもしれない。しかし、それだけではいけない。それだけで他人の秘密に触れるのはいけない。

 

 

「気持ちは理解します。心配する気持ちだけはね」

 

 

 横目で、原型を留めていない部屋を見る。セトと小鳥遊ホシノ、二人が暴れた結果だ。さっきの考えの通りに、待つ方からしたら心配が勝ってもくるだろう。

 

 だが、見せたところで何もならない。これは終わった話だ。だから冷たく黒服は言い放つ。

 

 

「貴女達が出来ることは、何もありません。あれは、二人の問題ですから。幾ら、貴女達が助けたいと思っても、貴女達は後輩。初めから唯の外野に過ぎないのです」

 

 

 彼女達は、後輩という他人にしては境界線が曖昧だ。それは、アビドスの環境がそうさせたのかもしれないし、やってきた経緯もあるのかもしれない。そして、それがいい方向に働いた事もあったのだろう。

 

 しかし、今回は違う。距離感は大事だ。近くていい事もあれば、近すぎて悪い事もある。

 

 

「だから、待つべきだ。そうは思いませんか? 砂狼シロコさん」

 

 

 十六夜ノノミは正論で折れた。不満そうではあるが、納得せざるを得ないのが分かったらしい。必死に頭を回している。

 

 しかし、砂狼シロコは折れない。納得してはいない。目からそれが分かる。

 

 

「前回の砂漠横断鉄道。その時に叱られた筈でしょう? 分からない事に、分からないままに首を突っ込むなと。下卑た好奇心で、事態を悪化させた自覚が貴女にはあった筈だ。そこまでして知る理由など──」

 

「ある。だから、聞いてる」

 

「ほう……」

 

 

 予想外の答えに、黒服は口調を緩めた。その啖呵は嫌いではない。

 

 

「説明して頂いても? 私が納得できる理由をお聞かせ願いたい」

 

 

 黒服の圧に、砂狼シロコは怯んだようだった。しかし、これは砂狼シロコの戦いだ。もう一人の先輩たちも、先生も助けてはくれない。彼らはそんな無粋なことはしない。

 

 

「私は、分からないから聞いてる。分からないからって、知ろうともしないのは違う」

 

「それで? 知って、どうしようというのですか?」

 

 

 それを聞かれた砂狼シロコは、口を噤んだ。答えがないのではなくて、どう言おうか整理している。

 

 彼女のそんな苦心が目に見えて、黒服は待つ事にした。

 

 

「ホシノ先輩がもう一人の私みたいになった時。私たちはホシノ先輩と話した」

 

「ええ、知っています。内容までは知りませんが。そして、貴女達はホシノさんを引き戻した」

 

 

 幾ら不完全とはいえ、あれは偉業だ。彼女たちにとっても嬉しい事の筈。でも、砂狼シロコの表情は曇っていた。

 

 

「そう。上手くいった。でも、それはホシノ先輩の事を知っていたから。ホシノ先輩が何に苦しんで、何が嫌だったのか。ホシノ先輩が吐き出したそれを、少しだけ知っていたから。だから、私は、私たちはホシノ先輩に伝える事ができた」

 

 

 唇を噛んで、悔しそうに。砂狼シロコは言う。

 

 

「確かに、私とノノミは先輩達に酷い事をした。探られたくない事を興味本位で引っ掻き回した。それで事態は悪化した。だけど……」

 

 

 言葉に詰まる砂狼シロコを、黒服は沈黙する事で先を促した。

 

 

「だけど、そうしなかったら。私はホシノ先輩の事を何も知らなかった。何が嫌で、何が苦しかったのか。私は知らないままで……そのままだったら、きっと、ああは言えなかったと思う」

 

「……正しくない事は分かっているんです」

 

 

 今度は十六夜ノノミが話し出した。

 

 

「でも、心配なんです。私たちはずっと助けられてきたから。少しでも先輩達の役に立ちたいんです」

 

 

 らしい動機だ。目を細めて十六夜ノノミを見る。カヤツリが育てたのは知っているが、いかほどだろうか。そんな興味がないと言えば嘘になる。少しばかりの期待が、黒服をくすぐった。

 

 

「分からないままに首を突っ込むなと言われました。確かにそうです。だから、私は知りたいんです。全部じゃなくても、断片でもいいんです。そうじゃなきゃ、私は何にもできないじゃないですか……知って初めて、私はどうすれば良いか分かるんですから」

 

「……なるほど、知ることが目的ではなく。手段であると。その知識を持って判断し、介入すると。貴女達はそう言うのですね」

 

 

 知る事が手段であるなら。目的の為にその知識を使うなら。納得してやることはできる。前回、カヤツリが叱ったのは、知ることが目的だったからだ。

 

 カヤツリが秘密にしていた、梔子ユメと砂漠横断鉄道の事。

 

 それを知ったうえで、”心配している”とか”話してほしい”とか。そんな風にしていれば、あそこまでは拗れなかった。

 

 カヤツリも全てを秘密にする気はなかっただろうから、出せる情報を小分けにはしただろう。それを台無しにされて怒ったのだ。

 

 そして、十六夜ノノミは悪い事をしているという自覚があった。だから、姑息な手段を使った。それは知ることが目的になっていたからだ。そうでないなら、知ることが手段であるならば、正面から聞けるからだ。

 

 そのことを目の前の二人は理解して、そして今二人が帰って来ない理由を知りたいのだと言う。知って満足するのではなく。それを知って、何か問題があるなら手を貸したい。二人はそう言っている。

 

 

「いいでしょう。映像を見せる事は出来ませんが、顛末を話すことくらいはしましょう」

 

 

 黒服の言葉に、二人が驚いた顔をしていた。少しばかり苦笑する。

 

 

「最初に言ったでしょう。元々、貴女たちが来る予定では無かったと」

 

「……ホシノ先輩だけに権利があるってことですか?」

 

 

 十六夜ノノミの答えに、黒服は頷く。

 

 

「正確には、ホシノさんにしか意味がないのです。何故なら、カヤツリ君は何もしなかったのですから」

 

 

 テラツリを除いた全員が、珍妙な表情になった。行動だけなら意味不明だろう。だから、最初から話す必要があった。

 

 

「私は、この映像のタイトルを失楽園と言いました。そして、失楽園の意味も言いましたね?」

 

 

 それには全員が頷いた。

 

 失楽園。一度の選択で、楽園を追われた人間の話。

 

 

「カヤツリ君は、楽園を追われました。ですが、カヤツリ君の”楽園”とは一体何でしょうか?」

 

「それは、梔子センとしての日々じゃないのかい?」

 

「いいえ。先生。それは、梔子センにとっての楽園です。小鳥遊カヤツリにとっての楽園ではない」

 

 

 先生の答えは惜しかった。先生の答えであるのなら、記憶を取り戻したカヤツリは、ああいう悩み方はしなかった。あれは、帰る事前提の悩みなのだ。

 

 

「話は変わりますが、人と動物を大きく分けるものは何だと思いますか?」

 

「知能とかそういった意味じゃないんだよね?」

 

「ええ、先生は少なくとも、何人も見ているはずですよ。幾人はこの場に居ますしね」

 

 

 先生は考え込んだまま、固まってしまう。それを見た黒服は薄く笑う。候補が多すぎて分からないのだろう。

 

 

「そうですね……第三者の方が都合が良い。アリウススクワッドを例に出しましょうか。そのリーダー。錠前サオリが分かりやすいでしょう」

 

 

 ゲヘナの二人が緊張したように身体を強張らせるが、黒服は無視する。大した話では無いのだ。本題はカヤツリの事なのだから。

 

 

「彼女は、過酷なアリウス自治区で生きていました。あそこはマトモな環境ではありません。生きていくのですら厳しい場所です」

 

 

 マダム。ベアトリーチェはまだマシな方だ。少なくとも、内乱を治める事で一定の秩序は促しているからだ。色々唆したのは黒服自身なのだが。

 

 

「そこで彼女は生きてきた。そして、マダムの命令で調印式の事件を起こし、最終的にはマダムを裏切り、今は各地を転々として暮らしている。ああ、かの色彩襲来の際も協力してくれたようですね」

 

 

 中々に、波乱万丈の人生だ。これを乗り切れる人間は中々いない。

 

 

「彼女は決してまともな教育を受けていない。アリウス自治区は決して文明的ではない。あれほどの強さがあるのなら、獣のように生きても良かったはずだ。しかし、彼女はとても出来た人間だ。何故。彼女はここまで至ることができたのか?」

 

 

 答えは簡単だ。誰しもが背負って生きていて、煩わしいと思う物。

 

 

「それは束縛です。責任や義務。彼女を縛り、無意識にも彼女がそうあることを望んだ。そういったモノがあったからです」

 

 

 それが、人と獣を徹底的に分けるものだと黒服は思っていた。

 

 

「彼女には、仲間が居ました。家族と言ってもいいかもしれませんが。それを守る事は、彼女にとっての責任であり義務でした。そのために、彼女は努力したのです」

 

 

 獣は何もない。あるのは本能だけだ。だから、何をしても気にしない。しかし、人は違う。縛るものが、不自由がある。そして、人はそれを捨てられないのだ。だからこそ人は努力する。

 

 

「家族を守るために力を手に入れた。マトモな教育を受けられなくとも、必要とあれば自分で学んだ。家族を守るために、恐怖の象徴であり、絶対的な存在だったマダムを裏切った。あまつさえ、かつて敵対した相手である先生にすら頭を下げた。そして、彼女は守り切った」

 

 

 それは、獣にはできない事だ。生きる事や欲望を満たすことが目的と化し、縛るモノがない生き物にはできない事だ。

 

 だって、苦しいからだ。縛られることは不自由と言う事で、それは生物的には厭われるものだから。

 

 でも、人間は出来る。それが人間の特権だと黒服は思っていた。

 

 

「彼女にとっての家族。それに値するものが、カヤツリ君にもあったのです」

 

「それは、ホシノの事なんじゃ……?」

 

「今は、そうですね」

 

 

 今は。そう言われた先生の顔が引きつっていた。

 

 

「かつて、私が拾ったばかりのカヤツリ君には契約という束縛だけがありました。その束縛の影響で、カヤツリ君は様々な技術を得たわけですが。少しばかり、私はつまらないと思ったのです」

 

 

 だから、カヤツリをアビドスへと転入させた。それ以外の理由の割合の方が多いが、少しばかりこんな思いもあったのだった。

 

 

「そして、カヤツリ君はアビドスに転入する事になったわけですが……そこで色々な束縛がカヤツリ君を縛り付けました。それは皆さんの方が知っているはず」

 

 

 不愛想な同級生、頼りない先輩、借金、荒れ果てた自治区、底辺の治安、異常気象。両の指では足りない束縛。それらが、カヤツリに目的を与えた。

 

 

「それらが、カヤツリ君へ目的を齎しました。梔子ユメと小鳥遊ホシノ。二人を守りつつ、アビドスを復興させると言うね」

 

「でも……」

 

「そうです。その目的は途中で破綻しました。梔子ユメの死という形で」

 

 

 砂狼シロコの呟きを、黒服は拾い上げる。場の空気が冷え始めている。

 

 

「カヤツリ君は、新たな目的を作る必要がありました。そして、見つけたのですよ」

 

「……減らせなかったの?」

 

 

 察した先生が口を挟む。減らせなかったの意味は、黒服にはよく分かっていた。

 

 

「ええ、彼は目的を減らせませんでした。それは彼にとって、梔子ユメに対する冒涜であり、罪からの逃避だったからです。だから、彼は決めたのです」

 

「カヤツリ先輩は、何を決めたんですか……?」

 

「新しい目的ですよ」

 

 

 十六夜ノノミの震えた声は、静かな部屋に良く響いた。

 

 

「もう、梔子ユメを守れない。彼女は死んでしまったのですから。だから、せめて彼女が守ろうとした物。それら全てを守ろうとしたのです。カヤツリ君は、目的から梔子ユメの存在を消すことはできなかった」

 

 

 それは、梔子ユメに対する唯一の償いだった。だからこそ、小鳥遊ホシノをおざなりにすることが多々あった。

 

 

「そして、それが今回カヤツリ君が失った。捨てた物なのですよ。梔子ユメへの贖罪という束縛に縛られた日々。それが彼の楽園でした」

 

「楽園……? それは楽園と言うよりも……」

 

「……地獄だね」

 

 

 ゲヘナの二人は表情が沈んでいた。その内の一人は罪悪感だろう。

 

 

「彼にとっては地獄でもあり、楽園でもありました。現状は地獄ですが、そうありたいと思う理由がそこにはあった」

 

 

 その時の様子。梔子ユメの死後、病院で契約の続行を決めたカヤツリを思い出す。目的の無い楽園か、目的のある地獄を提示した時。カヤツリは長くは迷わなかった。

 

 

「彼にとって、ホシノさんが大事なのは変わりません。それは一貫している。だからこそ、カヤツリ君はホシノさんと交際し、彼なりに大事にしている。さぞ嬉しかったでしょう。しかし……彼はまじめですから。全てが終わった後の事を考えてしまった」

 

 

 カイザーの件がひとまず落ち着いて、余裕が出来ただろう。その時までは大丈夫だったはずだ。多少、浮かれてすらいたかもしれない。

 

 しかし、ここで不安に思った。これから先のことを考えてしまった。全てが終わり、目的を失った時の事を。

 

 

「カヤツリ君にとっては、アビドスの方が簡単なのです。利益と不利益の話ですから、しかし、男女関係は違いますでしょう? そう簡単にはいかない。感情というものは時に理不尽ですから」

 

 

 他人を幸せにする。それは独りよがりではできない事だ。それの解消のためには、お互い話し合わなければならない。

 

 しかし、それは不確定なモノなのだ。当の本人ですら、幸せというモノが分からないことがある。

 

 

「償いはいつか終わるものです。それが見え始めた時、カヤツリ君は恐怖に襲われました。これから先の事は、彼にとって地獄でしかなかった」

 

「え……ホシノ先輩との事なのに……?」

 

「考えてもみてください。ある日いきなり、自由。自己決定権を投げ渡されるのです。全て自分で、自己判断と自己責任のみで、自身の人生の舵取りをしなければならない。その上、カヤツリ君は他人の人生まで背負わなければならないのですよ? 相談すべきパートナーは精神的な傷を負っていると言う状況で」

 

 

 それを想像したのか、ほぼ全員が青い顔になっている。

 

 

「先ほど、束縛が人を人足らしめると言いました。それは逆も言えます。人は極限の自由には耐えられないのです」

 

 

 人は皆、何かに縛られ生きている。それは、常識であったり、身だしなみであったり、社会風紀だったりする。しかし、束縛も悪い事ばかりではない。

 

 人はレールに乗って、束縛される日々の中で、安心感も覚える生き物だからだ。

 

 

「恐ろしいと思いますよ。これまでと違って、最終目的があやふやです。そういった今まで戦った事、向き合った事の無いものに向き合わなくてはならなくなった」

 

 

 カヤツリには圧倒的に経験が足りなかった。そう言った事は黒服は教えられないし、理事ですらそうだろう。それは、適した他人と交流することで磨くものだからだ。

 

 しかし、カヤツリの相手は大人がほとんどだった。子供、生徒相手は難しい。利益の話が通じないからだ。感情は損得の話を超越することがままある。

 

 小鳥遊ホシノに向き合うのは苦しかったはずだ。向き合うと言う事は、そういう面も含まれる。ただ日々を悪戯に過ごすことは、カヤツリには出来なかった。しかし、耐えられもしなかった。

 

 

「大分、生きやすかったと思いますよ? 目的。アビドスの復興に邁進している間は安心していられるのですから。あれは、彼にとっての楽園であり免罪符なのです」

 

「マリッジブルーって言ったのは……」

 

「人生のパートナーとの将来を想像し、不安に襲われる。そして、日々の業務に逃避する。そして、自分でよかったのかと懊悩する。まさに、マリッジブルーでしょう?」

 

 

 黒服はそう言って、ため息をついた。

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