ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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227話 想いの重さ

 黒服の話が終わっても、二人は戻ってくる気配はなかった。

 

 そこそこの長さの映画を見たようなものだから、時間ももう昼過ぎだ。全員の胃が空腹を思い出して、大きな叫び声をあげている。

 

 仕方なしに昼休憩となり、昼食として選ばれたのは、半ばアビドス名物と化している柴関ラーメンだった。ここからは屋台まで距離があるはずだが、ラーメンは熱い湯気を噴き出している。全員の注文を取ったシロコ・テラーが、転移門を悪用したおかげだった。

 

 

「なんかさ……重くない?」

 

「ん。セリカだけ柴関ラーメンの大盛りでしょ。当たり前」

 

 

 グループごとに固まっての食事。対策委員会の場所でラーメンを突きながら、そんな声を上げたセリカに、シロコが事もなさげに返す。

 

 

「でぶシロコみたいに、()()が気になるなら、私と一緒にサイクリングに行く? いつでもサイクリング部は部員を募集中」

 

 

 当のセリカは、一瞬間の抜けた顔になった後。大声を上げた。

 

 

「違うわい! 重いのはカロリーじゃなくて、カヤツリ先輩の事よ!!」

 

「ん。見れば分かる」

 

 

 遠方の異世界組。無言のシロコ・テラーからの睨みを受け流しながら、シロコは首を傾げた。そりゃあ、あの体格だし男だ。重量的にはでぶシロコよりも重いだろう。

 

 

「シロコちゃん……。重いって言うのは重量的な意味じゃなくて。感情の話ですよね」

 

「そう! そうよ!」

 

 

 ノノミの言葉に、セリカはさっきよりも大きな声を上げる。そのせいで何事かと言う無数の視線を感じて、近づいて来たセリカにシロコは声を小さくして言う。

 

 

「……それがどうしたの?」

 

「どうしたって……ほら、あれよ。ホシノ先輩も大概だけど、カヤツリ先輩もって」

 

「ああ……そうかもね」

 

 

 言われてみれば、そうかもしれない。シロコにとっては特段驚くようなことではなかった。それが、セリカにとっては不満らしく、少し戸惑ったような声色になる。

 

 

「何よ、その反応は……シロコ先輩は、驚かないの?」

 

「うん。だって、知ってるから」

 

「は!?」

 

 

 またセリカが大声を上げる。今度はシロコの傍だったから、ビリビリと鼓膜が震えた。

 

 

「さっき、黒服の人に聞いてたじゃない!? 分からないから教えてくれって!?」

 

「それはそう。カヤツリ先輩が帰って来ないのは分からなかったけど、セリカが言うような事は知ってる。それだけ。ノノミもそう。だから聞いたんでしょ?」

 

 

 セリカは勢いよくノノミの方を振り向く。ノノミは申し訳なさそうに笑っているだけだ。それを見て、セリカも察したようだった。

 

 

「何よ! 知らないのは私とアヤネちゃんだけ!?」

 

「それは仕方ないよ。セリカ」

 

 

 仲間外れにされたのかと思ったのか、少し涙が見えるセリカをシロコは慰める事にした。

 

 

「……何が、仕方ないんですか? シロコ先輩」

 

「だって、三年になったカヤツリ先輩は上手くなったから。多分そうなんだと思う」

 

「上手くなったって……何がですか?」

 

「自分や私たちを誤魔化すこと」

 

 

 近寄ってきたアヤネに答えて、シロコは過去を回想する。まだ、シロコがここにやって来たばかりの頃の事を。カヤツリがおかしくなっていた時期のことを。

 

 今から思えば、あの時だけだったのかもしれなかった。それと、この間の砂漠横断鉄道の時。

 

 状況は大して変わっていないし、カヤツリの狼狽具合は変わらない。だから、その間に何もないように見えたのは、誤魔化していた事になる。

 

 自分たちやホシノにバレないように取り繕っていた。

 

 

「平気なわけはないって。そう思ってた。何か理由があって頑張ってて、その理由が私たちやホシノ先輩だと思ってた。でも、そうじゃないって。アレを見て思った。ホシノ先輩もそう思ったんだと思う」

 

 

 カヤツリは、アレをホシノにだけ見せる算段だったと言う。当たり前だ。あの映像のカヤツリ先輩をホシノ先輩が見たことは無いと言った。一番長く一緒に居たホシノ先輩がそうなら、シロコ達だってそうなのだ。

 

 

「だから聞いた。遂にカヤツリ先輩があきれ果てたと思った。これが終わった後、どう顔を合わせていいか分からないから。こうなったのは、ホシノ先輩が治まらなかったせいだし、カヤツリ先輩が逃げ出したせいだけど。私たちは止めることだってできたはず」

 

 

 シロコは、セリカをじっと見た。

 

 

「セリカもそうでしょ。アヤネもそう。皆そう。どう顔を合わせればいいか分からない。だから、聞いたんでしょ?」

 

「……」

 

 

 セリカは何も言わなかったが、正解だと言っているようなものだ。言いたいことが上手くまとまらないのか、口が開いたり閉じたりしている。

 

 

「そんなに、気にしなくていいと思うよ」

 

「先生……」

 

 

 しっかりと話を聞いていたのだろう。先生がするりと会話へと入ってきた。

 

 

「気にしないって……そういう訳にも行かないじゃない」

 

「セリカ。どうしてそう思うの?」

 

「あんなの見せられたら、誰だってそう思うわよ……」

 

 

 セリカはいじけたような口調だった。カヤツリは自分たちと居るより随分と楽しそうだったからだ。そうではないのは、自分たちのせいだから。

 

 

「でも、カヤツリがいいって言ったから。あの映像を見れたんだよね? そうでしょ。黒服」

 

「ええ。そうでなくては見せませんでしたよ。カヤツリ君はいいと。そう言いました」

 

 

 その答えに、シロコはよく分からなくなった。ホシノにだけ見せる予定だったそれを、自分たちに見せた? どうしようもなくなって見せたのだと思っていたが、全く事情は異なっていたらしい。

 

 

「誤魔化すのを止めたんだと思うよ。違うかな? テラツリはどう思う?」

 

「さぁね。知りませんよ。器、返してきますから」

 

 

 先生に聞かれたテラツリは、そっけなく答える。何を思ったのか、シロコ達や他の皆の器を回収していく。そして、シロコ・テラーとテラノを連れて居なくなってしまった。

 

 

「……気を遣わせちゃったね」

 

「ククク……こうなる事。分かっていましたでしょう? 今頃、向こうでテラノさんに弄られているでしょうしね」

 

 

 黒服は先生の言う事が分かっているような口ぶりだ。それを見ていると、シロコは何だか腹が立ってきた。

 

 

「ん。先生。説明して」

 

「ああ。ごめんね」

 

 

 シロコの声に、先生は笑った。

 

 

「あの映像を見せたら、こうなることくらいカヤツリは分かってるんだよ。だから、最初は見せなかった。でも見せたってことは、シロコ達に対して、誤魔化すのを止めたんだと思うよ」

 

 

 それは、良い情報だった。少しばかり心が楽になるが、少しだけだ。カヤツリからそう言われたわけでは無いのが、少し嫌だった。

 

 

「……皆、不満そうだね」

 

「当り前じゃない……!」

 

 

 セリカがまた怒り出した。

 

 

「ずっと、思ってたけど。何で言ってくれないのよ! それだけで十分なのに! そんなに信用がないわけ!?」

 

 

 セリカの怒りに、対策委員会は誰も反論しなかった。少なからず思っていたことだからだ。ホシノですら思っているかもしれない。いや、思っているからこそのあの反応かもしれない。

 

 

「そういう訳じゃないと思うよ。言葉では言わないけど、結果で示してくれるだろう?」

 

「分かりにくいのよ! 口で言った方が速いじゃない!」

 

 

 セリカはヒートアップしていた。セリカの性格と、カヤツリのやり方は致命的に合わないのだ。セリカは良くも悪くも直情的だから。言ってほしいし、話してほしい。そんな思いが伝わってくる。

 

 

「最初にセリカが言った事が全てだと思うよ?」

 

「最初……? 何て言ったっけ……」

 

 

 先生は静かに言う。

 

 

「重いって。それが全てなんだよ」

 

「いや、先生。意味が分からないんだけど……」

 

 

 困惑するセリカは、先生に戸惑いの視線を向けていた。シロコ達も同じような目で先生を見る。

 

 

「セリカは、皆は言って欲しいんだよね? 何でもいいから、言って欲しいし。それだけで安心できる」

 

「そうよ」

 

 

 コクコクとセリカは勢い良く頷いているし、シロコもそうだった。

 

 

「それは、カヤツリも知っていると思うよ。でも、言わない事を選んだんだ。その方が良いとは思うけれど、それを選ばなかった」

 

「態と言わなかったってことですか? 言える選択も取れたけど言わなかったと?」

 

 

 アヤネが信じられないと言うような声を上げた。それが本当なら、ホシノ先輩よりもあれかもしれなかった。

 

 

「別に意地悪じゃないよ? セリカも言った通りのこと、カヤツリは知ってる。多分、一番知ってるんじゃないかな。だから、絶対に言わないんだ」

 

 

 先生のフォローの意味が分からない。口ぶりからして、善意で言わなかったことになるが、その理由も分からない。セリカの言う事が、カヤツリが分からない事もない。寧ろ一番分かっているのだと、先生は言う。

 

 

「言葉って言うのは凄いよ。思った事を伝えられるんだから。それだけで人は安心するし、争いを治める事もできる。言葉にはそんな力があるんだ」

 

 

 そのことをシロコはよく知っている。ホシノを止めたのは、引き戻したのは、シロコ達の言葉だったから。

 

 

「カヤツリはそれを知っているし。それの使い方も知っている。そして、今まで使ってきた。悪い大人を操ったり、誰かを止めたり、自身の望みを通したり。そんな風にね」

 

 

 良い事のはずなのに、先生の声はどこか無機質だった。

 

 

「カヤツリは言葉の力に頼りたくなかったんだよ。簡単に、それこそ口先一つで。何でもできる事をカヤツリは知ってる。だからこそ皆には使わなかった。操りたくなかった」

 

 

 その理由というか、原因はもう分かっていた。先生を除く全員が、薄笑いを浮かべる黒服を睨んだ。

 

 

「ええ。私の影響でしょうね。私はやり方を教えましたが、同時に恐怖も伝えましたとも。道具の使い方の基本です」

 

 

 あまりいい感情の乗っていない視線を正面から受け止めて、黒服は言う。

 

 

「しかし、私のせいだけでもないのです。ホシノさんの話と、映像を見れば分かると思いますがね」

 

「……梔子ユメさんだね」

 

 

 先生の一言に、黒服は頷く。

 

「ええ、その名前の通りに彼女は夢と希望を語りました。確かにホシノさんは一時的には救われたでしょうが、それは身を伴わないモノです。そして限界がやって来た。中身のない張りぼての柱では、何も支えられはしない。それを、カヤツリ君は間近で見たのです」

 

「だから。言わなかった?」

 

「正確には違いますね。言葉の力を信用はしても、期待はしなくなった。彼が取った手段は簡単です。言葉に身を持たせればいい。中身が確定してから言えばいい。無駄な期待は持たせない。期待を持たなければ、そんな苦しみとは無縁でいられるのだからとね」

 

 

 黒服は、薄く笑う。

 

 

「だから、言わないのですよ。言葉ではなく、行動で示すことが一番だと思っているからです。信用されていない。のけ者。それどころではなく、辛い思いをさせたくないと、愛されていた」

 

 

 セリカは何も言わなくなった。シロコも同様だ。カヤツリが、そうだと思った経緯は嫌でも分かる。目の前で、憔悴するホシノをずっと見てきた。ユメのように口先で幾らでも元気づける事は出来ただろう。

 

 でも、それは救いでも解決でも何でもないのだ。唯の延命処置に過ぎない。遭難中に喉が渇いたからと、海水をがぶ飲みするが如きの愚行。シロコは知っている。そうしたが最後、もっと苦しいのだ。

 

 そして、そうなってしまったホシノを、自分たちを。カヤツリは見たくなかったのだろう。

 

 

「カヤツリとね。こないだの喧嘩の時に話したよ」

 

 

 先生は少しだけ悲しそうだった。砂漠横断鉄道の時の喧嘩。その時にカヤツリと別口で話した時の事。

 

 カヤツリは、ヒフミやリオ、アリスに色々言ったのだと言う。それで彼女たちは背中を押されたのだと。先生はそれを褒めたのだと。

 

 

「カヤツリは講釈を垂れただけって言ったんだけど。アレは本気でそう思ってたんだよ。それだけじゃ片手落ちだと思ってた。他人ですらそれなんだよ。他人ですら、そう思うのに。シロコ達、ましてや、ホシノにそんな事は出来なかったんだよ」

 

 

 重くない? さっきのセリカの言葉が、シロコの頭にリフレインした。全員が同じ顔をしているのが嫌でも分かった。

 

 それを知れば、カヤツリの思考は手に取るように分かる。

 

 そりゃあ、言わないだろう。

 

 ホシノに対して、もっとあるだろうと思った事は正直何度もある。もっと優しい言葉を掛けろとか、褒めろとか。全員がやきもきしていた。

 

 今回のことだってそうだ。言っておけば丸く収まった。

 

 でも、それは出来ないのだ。それをカヤツリは無責任だと思っている。それはそれで、不満が溜まるのだが。

 

 

「でも、言って欲しい」

 

「うん。それでいいと思うよ」

 

 

 不満ともに吐き出した言葉を肯定されて、シロコは目が丸くなる。

 

 

「良いの?」

 

「何で、ダメだと思うんだい? 今は、カヤツリの事を言ったけどね。それはカヤツリの考えであって、絶対の正解じゃない。事実、シロコ達は不満なんだろう?」

 

 

 対策委員会全員が、今度はしっかりと頷いた。

 

 

「なら、シロコ達の考えを押し付けても良いと思うんだ。自分の考えを押し付けるなら、押し付けられる事も考えなくちゃね。どうするかはそれからかな」

 

 

 先生はすっかり笑顔だった。それを見ると、シロコの中のもやもやが消えていく気がした。その場の全員がそうで、いつもの空気が戻ってきているような気さえした。

 

 

「クックック……流石、似た者同士なだけありますねぇ……」

 

「何か言いたい事でもあるの?」

 

 

 突然、黒服が揶揄うようなことを言うので、先生が反応した。珍しい事に、少しばかりムッとしているようにも見えた。

 

 

「いえいえ、重さというなら。先生も似たようなモノでしょう? それが、個人か集団かの違いというだけでしょうに。貴方は生徒全員に幸せになってほしいと願っている。重さで言えば、カヤツリ君と大して変わりはしない」

 

「……何が言いたいのさ」

 

「距離感は大事だと言う事ですよ。生徒との距離感をね」

 

「分かってるし、気を付けているつもりだよ」

 

 

 黒服がニヤリと笑ったような気がした。少なくとも、シロコにはそう感じられた。

 

 

「そうですか。ならば、あのセリフもちゃんと分かっていると言う事ですね。何でしたか……”私のお姫様に……”」

 

「何で知ってるの……!?」

 

 

 先生は信じられないような顔をしていた。シロコはそれにも驚く。先生がその類の台詞を言うなど、初耳だ。どういったシチュエーションなのか、非常に気になる。それに胸の奥がチクチクする。

 

 それは、みんな同じのようで。先生をジットリ見ていた。反対にヒナは隅の方で萎れていたが。

 

 

「貴方を見ていますよと、そう言ったことを忘れたのですか? 私は嘘は言いませんよ」

 

「うわ……」

 

 

 先生は心底身持ち悪そうな顔をしている。ストーカー全開の発言だが、黒服が言うと観察対象として見られているような気分だから。そうもなるだろう。

 

 先生は黒服を言い負かそうとしたのか、頭を捻っている様子だ。それを黒服は薄く笑ったまま見ている。

 

 それは難しいだろうと思う。カヤツリですら難しいと思う。それでも、先生は何とか、負けん気で言葉を絞り出したようだった。

 

 

「何で動画を編集したの?」

 

「……必要があったからですが?」

 

 

 おや、そうシロコは思った。何故か、黒服の言葉にキレがないような感じがしたからだ。それを先生も感じ取ったのか、勢いづいてこう言った。

 

 

「必要? 何か、変なモノでも映ってたの?」

 

「……見たいのですか?」

 

「見ていいなら見るけど……?」

 

 

 そう言われた黒服は、机から一枚のディスクを取り出した。シロコには、それが普通のディスクにしか見えなかった。

 

 しかし、黒服は違うのか。妙に扱いが丁寧だ。

 

 

「契約ですから。先生が見たいと言うなら仕方がありません。先生にも、共有してもらうとしましょうか」

 

 

 そう言う黒服の声は、どこかいつもと違うような。そんな気がした。

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