ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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22話 ホシノの憂鬱

 夜のアビドスは暗い。ライフラインの寸断が頻繁に起こるために街灯や街の明かりもないからだ。そんな中をホシノは武装して歩いて回っていた。これはホシノの日課の夜のパトロールだった。先輩に会う前からの習慣で、先輩もカヤツリもこのことは知らない。

 

 日中のパトロールもあって先輩と会う以前よりも治安が改善したせいか、戦闘を行うことはほとんどなくなり、パトロールと言いつつも最近は夜の散歩と化していた。

 

 途中でアビドスの校舎に寄る。校庭から校舎を見上げると明かりが洩れていた。生徒会室の電気が消えているのに明かりが洩れているということは、カヤツリが空き教室にいるはずだった。

 

 

「まだやってる」

 

 

 ホシノはまたかと思った。パトロールの経路にアビドス校舎が入っているのは初めからだが、こんな時間に電気がついているのはひと月前からだった。ひと月前は校庭に車を出した形跡があるし、カヤツリにも先輩にも電話はつながらないしで、カヤツリと先輩が何かをやっているのは明らかだった。

 

 それに先輩の様子もおかしい。またカヤツリに探りを入れたが、反応からして手ごたえが微妙だった。久しぶりの二人でのパトロールの時間を使った割には成果は微妙で、他の話をすれば良かったとホシノは後悔した。

 

 

「今日も異常なし」

 

 

 声を出して成果を確認する。今日の夜も平和に終わり後は帰るだけだった。自分の家に帰ろうと振り向いた。目先の街灯に佇む人影を見た瞬間に、ホシノの気分は最悪まで落ち込んだ。

 

 

「こんばんは。良い夜ですね。ホシノさん」

 

 

 街灯の下には異形が立っていた。黒いスーツを着た黒い人型、ひび割れの走る顔面。ホシノにとっては忘れたくとも忘れられそうにない人物だった。

 

 

「なんの用。前の提案は断ったはずだよ」

 

「ええ。それは承知していますが、再度の提案をと思いましてね」

 

 

 黒服の人に対して、ホシノは辛らつな言葉で答える。こいつには入学直後から付きまとわれるようになった。いつも提案をしてくるが、ホシノはそれを飲むつもりは毛頭なかった。提案の内容自体も”アビドスを退学して向こうの指定する企業に入れ”などホシノにとっては考慮にすら値しなかった。以前は少し悩んだかもしれないが、今は全てが順調で、こんな提案などお呼びではなかった。

 

 

「何回もしつこいね。この先何度、私の前に現れようとあなたの提案を受け入れる気はないよ」

 

「……クックックッ、随分嫌われたものですね。日を改めましょうか」

 

 

 相変わらずの独特な笑い方だった。ホシノはさっさと話を切り上げようと、追い越すため一歩を踏み出した。そのまま通り過ぎるが、特にこれ以上の会話もなく、黒服の人は姿を消した。

 

 そのまま、家路を急ぐホシノの脳裏に疑問が浮かんだ。どうして今あれは現れたのだろう。毎回あれが現れるときは、こちらが困っているときだった。それは大体が借金が多すぎてお金に困っているときで、それは今ではないはずだった。

 

 ──自分の知らない所で何かが起こっている。

 

 家に着くまでホシノは、そんな嫌な考えが頭から離れず、その夜は中々寝付けなかった。

 

 

 □

 

 

 灼熱のアビドス砂漠を車が走っていた。いつものように運転はカヤツリで、隣の助手席に先輩かホシノが交代で荷台を行き来していた。今日は以前ホシノが提案した宝探しだった。結局何も見つからず、ただ疲れただけで終わった。それもあってホシノは荷台に照り付ける日差しに辟易していた。風は涼しいが日差しで台無しだったからだ。それに、昨夜の事もあって朝から寝不足で気分が最悪だった。

 

 

「ちょっとカヤツリ。ずっと運転席で涼しいのはずるいんじゃない。そろそろ交代の時間でしょ」

 

「運転できるなら、いつでも代わってやるよ。それに交代の時間までは少しだから我慢してくれ」

 

「じゃあ、運転は私が代わるね」

 

「「先輩は座っててください」」

 

 

 二人に止められた先輩はひんひん言っている。行きは先輩が運転していたのだが、アクセルとブレーキを踏み間違えたり、サイドブレーキを引きっぱなしだったりと、とんでもないミスを乱発したため、帰りはカヤツリが運転することになった。ビナー退治の時は運が良かったらしい。

 

 ホシノは荷台から車内の二人を見る。以前から思っていたことが確信に変わりつつあった。二人の距離が妙に近い。今だって目で会話して水筒の受け渡しをしている。

 

 ビナー退治の辺りからその傾向が強くなったとホシノは思う。先輩はカヤツリに話すことが増えたし、カヤツリも先輩相手には複雑な話をしている。元々先輩はカヤツリと話す方だったが、なんだか自分と話す時とカヤツリと話す時は妙に違う気がした。

 

 それを見るとホシノは妙に胸がざわついた。最初の頃は気にならなかったのに、最近はイライラして仕方がなかった。ヘルメット団やスケバンが増えたせいで、以前は二人で行っていたパトロールも分割の交代制になって、一人でのパトロールの回数が増えてから、もっとひどくなった。

 

 ──二人で話せていないせいだ。ホシノはそう思っている。夜のパトロールもやっているせいで昼以降は眠くなってしまうのだ。目が覚めればもう下校時間でそのまま帰宅することになる。だからと言って夜のパトロールをやめるのはホシノの性格上難しかった。

 

 

「ホシノ。お望みの交代時間だぞ」

 

 

 交代時間が来たようで、助手席まで移動する。車内は荷台に比べて涼しく、ホシノのイラついていた気持ちも少し落ち着いた。先輩が荷台に移動した後再び車が発進した。

 

 

「あとどれくらいで、校舎に着くのさ」

 

 

 ホシノは何を話していいかわからなくて適当な話題を振った。カヤツリは腕時計をちらりと見て、面倒くさそうに言う。

 

 

「あと、2時間くらい。先輩も同じことを聞いたな」

 

 

 その面倒くさそうな物言いに少し腹が立った。さっき先輩と話していた時はそんな顔をしていなかったのに。

 

 

「ユメ先輩には機嫌よさそうに答えたんだ?」

 

「……ハァ。……随分ご機嫌斜めだな。いや、最近はいつもか。寝不足かなにかか? 着くまで寝ててもいい。起こしてやるから」

 

 

 どこか労わるようににカヤツリが言う。確かに寝不足だが2時間程度では中途半端だった。それよりも聞くことがあった。先輩がいるところでは聞けないし、パトロール後では逃げられる。車内なら逃げられないし、それにホシノは今の状態でないと聞けなかった。

 

 

「ユメ先輩と、ひと月前に車で出かけたよね。あんな夜遅くに何しに行ったの?」

 

「……」

 

 

 ちらりとカヤツリが荷台の先輩を見て、開けていた窓を静かに閉めた。これで余程大きな声を出さない限り先輩には聞こえないはずだった。それを見てイラつきが増していく。

 

 

「本館まで、資料を探しに行ったんだよ。地質調査のやつ。先輩が車を出してほしいみたいだから一緒に行ったんだ」

 

「それで?」

 

「それだけだが?」

 

 

 先を促すホシノにカヤツリは困惑したようだった。

 ホシノが聞きたいのは、それではなかった。半ば確信を持って聞いた。

 

 

「車の中でユメ先輩と一緒に眠ったでしょ」

 

「……寝てないが!?」

 

 

 ホシノの質問を噛み砕くのに時間がかかったのか、しばらくの沈黙の後にカヤツリは否定した。

 

 ──嘘だ。少なくとも1日は砂漠で過ごしたはずなのに、どうしてそんなことを言うのだろう。

 

 納得しないホシノに呆れたのか、カヤツリが反論する。

 

 

「砂漠で見張りも無しに、寝るわけないだろ」

 

「あっ」

 

 

 確かにそうだった。寝てる間に砂嵐に呑まれたら大事だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、すっかり忘れていた。

 

 

「うへうへ桃色頭め。髪だけじゃなくて遂に頭の中まで桃色になったのか? 先輩とそんな事するわけないだろ。……ホントに寝た方がいいんじゃないか。それとも家まで送った方がいいか?」

 

 

 カヤツリに呆れを通り越して、心配されてしまった。カヤツリから見ても、今の自分は相当おかしいらしかった。ただ今の問答からカヤツリに、その気がないようで少し楽になった。

 

 

「何かあったのか? 夜眠れないとか」

 

「何もないよ」

 

 

 カヤツリの心遣いは嬉しかったが、あの黒服の人の事を言う訳にはいかなかった。言ったらきっと、自分の代わりに対応してくれるだろうが、あれは今まで見た大人とはどこか違う存在だった。あれの目当ては自分で、カヤツリを巻き込むわけにはいかなかった。

 

 しばらくカヤツリは黙って運転を続けていたが、心配そうに言った。

 

 

「来週から一週間空けるが、本当に大丈夫か? 先輩とホシノしかいないんだ。調子が悪いなら、仕事の方をずらすから」

 

「大丈夫だから。行ってきなよ。また私には話せない仕事みたいだし」

 

 

 自分で言った言葉に、胸の奥がずきりと痛んだ。自分には話せないのに、先輩には話すのだろうか。そんな考えが頭に浮かんで離れない。

 

 自分達は相棒だったはずなのに、ビナー退治の時より距離を感じて、ずっと胸が痛い。なんだか、以前のように話せない。二人でのパトロールが減った時から? ビナー退治の報酬が入った時から? それとも、先輩とカヤツリが二人きりで話すようになってから? いつからこうなったかホシノにはもう分からなかった。

 

 

 □

 

 

 またホシノは寝不足の身体を押して夜のパトロールをしていた。あの後は、考えこんだ挙句に眠ってしまったようで、気がついたら自宅の前だった。カヤツリが車で送ってくれたのだ。もう日も落ちていたので、そのまま寝ようと思ったが、中途半端に眠ったせいで目が冴えてしまった。だから日課のパトロールだけはやることにしたのだ。

 

 いつも通りに何事もなくパトロールが終わる。目の前にはアビドス校舎があるが予想通りに部屋に電気が煌々とついており、その部屋は生徒会室だった。その中には二人の人影が見える。考えなくてもわかった、先輩とカヤツリだ。今日は暑いせいか窓が開いていた。カーテンも開いているので、先輩やカヤツリの表情もよく見える。

 

 それが目に入って収まっていたムカつきが再燃した。こんなことならパトロールなんてしないで、おとなしく寝ておけばよかった。もう後の祭りだった。日中とのカヤツリとの会話で多少収まっていたのに。もう耐えきれそうになかった。

 

 先輩のカヤツリと話す時の表情を見ればホシノにはわかった。自分と話す時とは全く違う。あんな顔は見たことがなかった。あれはきっと、カヤツリにしか見せない顔なのだ。カヤツリもそうだ。あんな顔はそれこそ、ビナー退治のあの時しか見たことがない。それをこれ以上見たくなかったホシノは、踵を返して走り出した。

 

 それなりの速度で走っているのに、なぜだか身体が寒かった。気づけば出鱈目に走っていたので市街地の方まで出てきてしまっていた。立ち止まって息を軽く整える。全快とはいかないが多少気分が落ち着いた。

 

 

「……クックックッ、何かあったようですね」

 

 

 今、一番聞きたくない声を聞いてホシノの気分がさらに急降下した。確かに昨日の夜、日を改めると言ってはいたが、このタイミングで来てほしくはなかった。声の方に振り向けば、いつもの黒服の人がいた。機嫌の悪さもあってそいつをにらみつける。

 

 

「昨日、私が言ったことをもう忘れた? 物忘れが激しいなら病院を紹介しようか?」

 

「いえ、今回は新しい提案を用意してきましてね。きっと貴方も興味があると自負しているのですが」

 

 

 そいつが指を鳴らすと黒い車が静かに横付けした。乗れという事だろうか。ホシノが判断を迷っていると、そいつは続ける。

 

 

「別に取って食おうというわけではありません。ただ、聞いて正しい判断をして欲しいだけです。偏った知識で契約を結ぶか判断するのは愚か者のすることですから。もちろん強制はしませんし、今まで通り契約を拒否しても構いません。そうなっても私は貴方の前に再び現れるだけですので」

 

 

 それなら特に問題はないだろう。そう判断してホシノは車の後部座席に乗り込んだ。車内は思ったより広くシートの座り心地もよかった。異形は助手席の方に乗り込み何かを操作した。前の座席シートについている画面が点灯した。これで説明をしてくれるらしい。

 

 

「貴方は今のアビドスの状況をどの程度分かっていますか」

 

 

 それは痛いほど分かっている。借金、災害、治安の悪さ。数え上げればきりがなかった。それを聞いて、そいつはくつくつと笑った。

 

 

「そうです。言葉にすれば数えきれないほどでしょう。それで貴方は何に対処していますか?」

 

 

 何と言われても、治安はパトロール、借金はアルバイトや指名手配での報酬、災害はどうしようもないので放置している。

 

 

「ええ、貴方のような子供が対処できるのはそのくらいです。ですが、それらには原因があるはずです。貴方にもわかるでしょう?」

 

「砂嵐」

 

「正解です」

 

 大仰にパチパチと拍手する。それにホシノは眉をひそめた。確かに大本の原因が砂嵐による砂漠化なのは分かっている。ただそれはどうしようもないものだ。

 

 

「ええ、砂嵐自体は純然たる自然現象ですが……まあそれは置いておきましょう。それによるマンパワーの低下でこうなったわけです」

 

 

 画面に災害直後のアビドスの写真が出る。そして写真が切り替わっていった。枯れたオアシス、砂に沈んでいく街並み、そこを去っていく人々、最後にアビドス校舎の写真で終わった。

 

 

「何が言いたいの。分かり切ったことを聞かないでよ」

 

「砂嵐の被害を減らせるかもしれないと言ったら?」

 

 

 砂嵐を止める? 疑わしい目で睨む。それは全盛期のアビドスでもできなかったことだ。こいつの得体の知れなさと資金力は認めるがそれでどうにかできるとは思えなかった。

 

 

「そこで、提案です。貴方への条件を覚えていますか?」

 

「覚えてるよ」

 

「そこに彼を加えてください。彼を説得するなりして、条件を飲ませたうえで連れてくれば、そうですね。借金の半額とは言わずほぼ満額を出してもいいでしょう」

 

 

 彼とは誰なのだろう。そんな疑問を読み取ったのか、画面に写真が出た。それはホシノが良く知っている人物だった。

 

 

「答えはここで聞かせてください。是なら、最良の結果を約束しましょう。否なら、ここでこの話はおしまいです。どうしますか。小鳥遊ホシノさん」

 

 

 カヤツリが映った画面を表示しながら、黒服の人は笑ったような声色で言った。

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