ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
しみったれた部屋だった。
ホルスの居場所。そこへは二回目の侵入ではあるが、セトの感想は一回目の時と変わらなかった。
見た目だけは現実世界と同じ小鳥遊ホシノの居室。だが、全体的に整っていない。
ベッドの布団はぐちゃぐちゃのままだし、テレビの前の机は紙屑が山になっている。他の部分も目に余る。汚部屋までとは言わないが、整頓されているとは言いがたい。そんな、しみったれた部屋だった。
「また、突然押し掛けてきて……まさか、部屋のチェックの為に来たんですか?」
「まさか、君じゃないんだから。そんな事はしないよ」
「相変わらずの減らず口ですね……そうだったら、姑はどっちと言う話ですから」
そう不満を溢すホルスは、自身の言葉の通りに、相変わらずの無表情だった。そのまま、この間のように机に腰掛けている。
そんなホルスを睨め付けて。セトは昔の事。もう神話の中にしかない過去を思い出す。
──コイツはこんな顔をする奴だっただろうか?
一回目から思った事だ。コイツは、こんな出来損ないのポーカーフェイスを濫用出来る奴ではない。
──それに、矢鱈と口が上手い……。
こんな嫌味を飛ばして来る事はなかったように思う。良くも悪くも正論しか言わない奴だった。自分が正義と思った物を自分の都合でゴリ押してくる。此処の行く末を決める喧嘩の時もそうだった。
「それで、一体何の用事なんですか? こないだの事を今更になって言いに来たんですか?」
「そうだね。その件で合ってる」
思考の海から帰還して、静かに答えたセトを、ホルスは少しだけ眉を顰めて見て言う。
「……貴女は納得したから、帰ったんじゃないんですか? 文句を今更言いに来た所で、何も変わりませんよ」
「そうだね。何も変わらない。私が騒いだ所で、もう手遅れ。君の言うルートはもう固定されて動かない。君ですら、どうしようもないんでしょう?」
話の流れが変わろうとするのが分かったのか、ホルスの気配が張り詰めるのが分かった。まだまだ甘いとセトは内心で鼻を鳴らした。
「そして、それが目的だった」
ホルスは何も答えないが、その沈黙が答えみたいな物だった。
「他のルートが気に食わないのは本当。だけど、そのためだけにここまで均衡を乱すのは、君らしくはない」
「……らしくない?」
──らしくないにも程がある。まるで、あの女みたいな……。
一瞬、セトは自身の姉の事を思い出すが、その想像は速攻で抹消する。
あの魔女なら、もっと悪辣で屁理屈しか並べて来ない。マッチポンプなんかお手の物だし、他の奴らを扇動して外堀を埋めてくる。横槍で致命傷を与えてくるくらいだ。目の前のコイツ程、中途半端で温くはない。それなら、小鳥遊ホシノはああはならない。
目の前の姿の頃の小鳥遊ホシノは、昔のホルスに似ている。
正論しかぶつけて来なくて、それで世界は動くと思っている。皆んなが正義に溢れていて、正しい事は直ぐに罷り通る。そんな風に思っている。
目的はある、叶えたい夢もある。でもそれは、他人から投げ渡された物だ。
──あれは、本当なら貴方の物なのです。だから、あやつを倒しなさい。
そう他人から言われて、良いように使われているだけのただの子供。
だから、正面からセトに刃向かうなんて事をするのだ。あの時はまさかの無策とは思わなかった。まぁ、道理は通っているし、最終的にセトは負けたのだから、今更とやかくは言わないが。
それもあって、目の前のホルスには違和感しかない。
正道である事に拘り続けた。それしか知らなかったヤツらしくはない。
そのくせ、邪道に染まり切ってもいない。
やろうと思えば、セトに気がつかれないようにすることくらいは出来たはずだ。あの時はセトとカヤツリは分断されていた。だから、カヤツリが記憶の底に仕舞い込んでしまえば、セトには手を出せない。主導権はあくまでもカヤツリにあるからだ。身体を借りるのも、意識不明の場合を除いて許可がいる。
そして、あの思い出は、カヤツリにとってはタブーだ。小鳥遊ホシノと梔子ユメを天秤にかけるなど……。
簡単にはいかない選択で、それ自体がカヤツリにとっての呪いだった。だからこそ、セトはあの時怒りに燃えていた。
迷ったこと自体が、カヤツリにとっては恥で、裏切りだった。だから、言わせないようにする位は簡単だ。ホシノに知られたらどうなるか、仄めかすだけでいい。
でも、ホルスはそうしなかった。むしろ、カヤツリを責めた。ちゃんと選んだ事は肯定し、認めた上で、優柔不断だと詰った。
そうされたなら、カヤツリは黙らない。ホシノに対しての隠し事はしない。
全てが中途半端だった。その対応と、あの私欲が入り混じった俗な答えを出した人物像と重ならない。
「それで? どうしようって言うんです?」
「何回か聞きたくてね」
あの時と、一回目の時と同じ質問に、ホルスは片眉を上げた。
「……頭がおかしくなったんですか? 言ったじゃないですか。やってないって」
「それは、カヤツリへのリトライの話でしょう? 分かりやすく言い直そうか?」
セトの一言で、ホルスはまた黙りこくった。無表情のままだが、その仮面に罅が入ったのが分かる。
なら、あとはもう一発打ち込むだけだ。そして、その準備は出来ている。
「君は?」
「……ああ、気付いたんですね」
ホルスの無表情が変わった。対して変わらないように見えるが、感じる印象が変わった。
感情が読み取れない無表情から、疲れが滲んだ老人のような印象へと変わっていく。
セトの考えは間違っていなかったらしい。あの時にカヤツリに言った事だ。
「君自身が時間遡行した訳じゃない。でも知ってる。なら、君は見て知った。気に入らないルートのカヤツリを見たんでしょう?」
だから、あの時。カヤツリにきつく当たった。不満を抑えきれなかったのもあるだろうが、一番は期待なのだ。自分ではどうしようもできない領域で、他者に頼るしかない時。人はその他者に当たるものだからだ。
「アレは、文字通りの試練だった。カヤツリに対する試練でもあり、君の計画に対する試練でもあった。君は、カヤツリに選んでもらう必要があった」
あの時間遡行で、ホルスがカヤツリに要求したのは一つだけだ。しっかりと選択する事。なら、それがホルスに必要だったのだ。
「君はルートの固定を最後まで迷ってた。お膳立てはしても、最終決定はカヤツリだった。理由は分からないけど、それは君の最後の意地だったんでしょう?」
「まぁ、大体合ってますよ……」
セトの静かな質問に、ホルスは仕方がなさそうに答えた。余りにあっさりとした答えに、セトは拍子抜けしつつもホルスを睨む。
当のホルスは、不思議そうな顔でセトを見ていた。
「昔みたく、問答無用で襲われるかと思いましたが。貴女も成長するんですね」
成長。成長か。急に可笑しくなって、セトは笑った。
確かに、その選択もありだ。以前の自分ならそうしただろう。あの砂漠で、セトの憤怒が対策委員会に襲い掛かったように。そうしなかったことが、ホルスは不思議だったらしい。
「君がごねるようなら、痛めつけるつもりだった。それに、答えようによってはそうなるけど。まぁ、私達には許されなかった成長というヤツなのかもしれないね」
それを望んだ当の本人は、成長どころか疲弊している様子だが。
「で? サッサと吐いて」
「ずいぶん強気ですね……この間の事を忘れたんです──ああ、対策はしてきたんですね」
薄く目を細めて、ホルスはセトを品定めした。
「サンクトゥムタワーの制御権……貴女、権限の一部分だけは残しておきましたね?」
「返したのはカヤツリだけだもの。それに、よく気がついたね」
案外早く気がつかれて、セトは少しだけ驚く。反対にホルスは、当然と言った様子ではあった。
「当然ですよ。サンクトゥムタワーが元凶なんですし、そのくらいしか思いつきませんから」
諦めたようなホルスの発言に、セトは眉をひそめた。それの管理もホルスの仕事だったはずだ。あっさりと匙を投げるのはどういうことか。そんな非難の視線に耐えかねたのか、ホルスは話し出した。
「貴女もご存じの通り、アレは今の学園都市のテクスチャを現実世界のキヴォトスに貼りつけている軛であり防衛機構。アレの制御権は、今の学園都市のテクスチャの制御権に等しい。だから貴方がやったように、権利を私と同等まで引き上げる事も可能ですね」
防衛機構と言ったが。あの日。色彩がサンクトゥムタワーを真っ先に破壊したのは、そういう意味もあった。アレがある限り、学園都市のテクスチャを剥がせない。剥がさなければ向こうのテクスチャ──虚妄のサンクトゥムを展開できなかった。
物質的な管理は連邦生徒会がやっている。ホルスがやっているのはテクスチャの管理。テクスチャが剥がれてしまわないように、この世界が壊れてしまわないように、彼女は点検をしている。
太陽越しに異常を確認して。現地とテクスチャの差異を調整する。毎日毎日が仕事で休みなどない。拷問染みた仕事の毎日。それもあって、セトはホルスの事を認めてはいた。そして、そのホルスが元凶だと言って、匙を投げるのだから。
「壊れた?」
「いいえ? 今も正常稼働中ですよ。世界が終わってないですし、貴女の権限も戻ったでしょう?」
調子を取り戻したのか、軽い口調のホルス。何だか肩の力が抜けているのが癪に障ったが、怒りだすようなことはしない。それは答えを聞き出してからだと、セトは自分に言い聞かせた。
「じゃあ、何?」
「どうぞ」
短いホルスの言葉と共に、虚空から何かが降り注いだ。しばらく降り注いだそれは、二人の間の机に山を作っている。
それは薄っぺらい円盤で、真ん中に穴が開いていた。どう見ても映像の入っているディスクだった。それが、目の前のホルスが見えない程の山になっている。目の前のこれが、かなりの枚数であることが予想できた。
そのケースには、タイトルと、何かの紙が張り付けてあった。短く一列に、アルファベットと数字の羅列が書かれたそれは、何回かセトは見たことがあった。
「…………ログ?」
セトはログの読み方は詳しくないが、大まかには分かる。どうやら、サンクトゥムタワーの使用記録らしい。それも、ホルス側の。
じいっとそれを読んだセトは、違和感に気がついた。
「時間が同じ……あと、誰? コイツは」
ログの時刻が全く同じだ。ミリ秒まで一緒の物がいくつもある。そして、実行者はホルスの名前ではない。適当な文字の羅列で、セトには意味を見出すことはできなかった。
「私が見たのは、それなんですよ」
ホルスの声と共に、ディスクの山は消える。残ったのは数枚のディスクだけで、ホルスはそれを忌々しそうに見つめていた。
「私が管理している領域とは別の領域で、誰かがシミュレートしていたようです。何度も何度もね」
ホルスは怒っているようだった。無表情で分かりにくいが、声に怒りの色が見える。このままでは、話が関係ない方向へ飛んで行きそうな予感しか感じない。仕方なく、セトは静かな口調で問い掛ける。
「並行世界みたいなもの? ほら、箱舟で来た私たちみたいな……」
「違いますよ。それは別サーバーから来た来訪者です。これは、違います。例えるなら、何度も何度も世界をやり直しているようなものです。正解のルートを引き続けるためにね」
「それが、この記録だと?」
セトの言葉に、ホルスは勢いよく頷いている。我慢しきれないのか、貧乏ゆすりが始まって、机が揺れている。
「犯人は見つかりませんでした。しかし、目的は一目瞭然です。コイツは経験値を積み上げたかったのでしょうよ。選択を間違えずに、一度の間違いも冒さずに、無傷で切り抜ける方法を探したかった。そして、強制的にそのルートを歩かせたかった」
君がやったことと同じじゃない。浮かび上がったそんな言葉を、セトはしっかりと飲み込んだ。
ホルスがやったと言う事実はそうだ。ホルスはカヤツリに対して、似たようなことをした。でも、ホルス自身も罪悪感はあったらしい。その証拠に目の前のホルスは、とんでもない荒れようだった。
「何ですか、それは? 私たちは決められたくなくて、その道を選んだはずでしょう!? 不自由を知っているくせに、それを他者に強制するなんて……!」
「……だから、選ばせたの?」
ピタリとホルスの貧乏ゆすりが止まった。静かになった部屋にホルスの小さい声が響いた。
「そうですよ……。だって、余りに理不尽です。私がやったことは、正体不明のソイツと一緒ですから。なら、出来るだけ配慮はするべきです。だから決断に必要なモノは、いくつも用意したんです。それに、どちらでも、そのようにするつもりでした」
だから、ホルスは選択を迫るだけだった。小鳥遊ホシノと梔子ユメの選択も、本当に選んだようにするつもりだったらしい。
セトはため息を一つ吐いて、二つ目の質問を投げつけた。
「それで、何でカヤツリなの? まさか、個人的に気に入っているからって、そこまでするわけじゃないでしょうに」
「…………!?」
無言のまま百面相を始めるホルスに、セトは呆れかえった。まさか、気がつかれてないとでも思っていたのだろうか。
小鳥遊ホシノを通して、カヤツリを見ているし。そのおかげで小鳥遊ホシノ自身の生活も豊かになった。連動してホルス自身も生活の質が上がっただろう。
そして、そんな事を確認するために聞いたわけではない。ホルスは真面目だから、個人に肩入れするには、相応の理由があるのだ。
「あのログで弄られていたのは、主に彼でしたから。何処かの誰かは、彼の立ち位置を再検証していたんですよ」
「それが気に入らない理由?」
「少しだけ、違います」
百面相が治まったホルスは真面目腐った表情になっていた。何だか活気が戻ってきているように見えて、微妙な気分になる。
「どの映像も彼なりに決断をしていました。それを何度も何度も繰り返すなんて……」
「ふぅん……」
カヤツリがホルスに対して怒ったのと似ている。世界をやり直すと言う事は、その都度世界を終わらせるのと一緒だからだ。まあ、不満に思うのも分からないでもない。でも、まだ弱い。
「それだけじゃないでしょう? 何で、無くなった方が良いなんて言ったの?」
「私の口で説明するよりも、見た方が早いですよ?」
ホルスは目で、机上のディスクを見るように促す。それを見たセトは嫌な顔になる。何が映っているかなんて、ラベルを見れば一目瞭然だったからだ。
顔を顰めてホルスを睨むが、ホルスは首をしゃくって、テレビの場所を示すだけだ。もう、ホルスは話す気はない様子だった。本当に説明するのが難しいのかもしれない。
仕方なく、本当に仕方なく、五枚のディスクを見る。
セトはその中の一枚。ゲヘナと書かれた一枚を手に取って、プレーヤーへと突っ込んだ。