ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
先生達が柴関がある場所へ到着した時。そこにはもう柴関は無かった。
目に映るのは、瓦礫の山になった柴関と、唖然と佇んでいる便利屋。そして、遠くに見える大部隊。情報量が多過ぎて先生の頭がパンク仕掛けるが、何とか優先順位をつけた。
「セリカとノノミは大将をお願い! 私たちは……」
「ん。アイツらを問い詰める」
先生の言葉を奪ったシロコが、固い口調で便利屋を睨んだ。
先生は横目で廃墟を見るが、配置に詳しいセリカが、腕力に優れたノノミと協力して、大将を助け出していた。大将は埃塗れで煤けているが、何とか無事のようで安心する。
問題は便利屋でもなく、シロコでもない。何だか慌てているような便利屋と、分かりやすく怒っているシロコはいい。勿論、遠くから迫ってきている大部隊でもない。
それらは、シャーレの権力でゴリ押す必要もあるだろうが。協力さえあれば、最悪何とかなる。人は話せば大体の事は解決するものだ。ただ、先生でもどうしようもないものはある。
人の話を聞き入れない人間だ。自分の殻に閉じこもって、一つの事にしか頭にない。それを果たさなければ、話すら聞いてくれない。
「……そうだね。話を聞こうか。シロコちゃん」
そんな風にしか見えない雰囲気を纏ったホシノが、シロコと同様に便利屋を睨みつけていた。
怒っているのは分かる。対策委員会の憩いの場であり、セリカのバイト先でもある柴関を吹き飛ばされたのだから当然だ。だが、怒りの種類が違う。ただひたすらに静かだ。それを、そんなに怒っていないと捉えるほど、先生はのんきでは無かった。
「私たちはアウ──」
「それは前に聞いたよ。おじさんたちを狙ってるってこともね。それで柴関を爆破したのは、どういう了見? こないだサービスしてもらった恩を忘れたわけじゃないよね? もしかして、毎度毎度。恩を仇で返すのが、ゲヘナ流って訳? それとも、大将を人質に取ろうとしたの? また、アビドスから奪おうとしたの?」
いつもの、のほほんとしたホシノから飛び出したとは思えない辛辣な言葉が、便利屋に叩きつけられた。何か言おうとしたアルは、前回の邂逅からの、あまりの豹変ぶりに言葉を詰まらせている。
ただ、それはこの時だけで。シロコの驚愕の視線を感じて、ホシノは我に返ったのか。一瞬、この場を支配していた刺々しい雰囲気は元に戻ってしまう。少し、先生は胸をなでおろす。
「よくもアル様に……!」
「止めなよ。結局、ここを爆破したのは私たちなんだから」
伊草ハルカが、両目を吊り上げて反論するのを鬼方カヨコが止めていた。浅黄ムツキは悪戯っぽい顔を崩してはいないが、黙ったままなのがやけに不穏だった。
「何で? どうして、柴関を爆破したのよ!」
大将を救出し終わったセリカが、便利屋たちを怒鳴りつけた。なぜか具合が悪そうなアルに代ってカヨコが口を開く。
「直接的な原因は私たちの爆弾だね。そこは否定しない」
「間接的な原因があるの?」
「ほら、あれだよ。シャーレの先生」
カヨコが視線をやった先には、距離が縮まり、さっきよりも大きくなった部隊の全貌が見えてきていた。そして、彼女たちが拡声器で叫んでいる内容も。
「ゲヘナの風紀委員会……?」
「それの……まあ、大部隊かな」
先生の呟きをカヨコは肯定した。
便利屋の初邂逅の後。アヤネが調べたことを思い出した。確か、ゲヘナで起業は校則違反だった。風紀委員というくらいだから、便利屋たちにとっては都合が悪いのだろう。
「それで、アイツらを柴関ごと吹き飛ばそうとしたって訳?」
「ちょっと違うかなー」
怒りを押し殺したセリカの言葉を、ムツキは否定する。
「あれにアルちゃんが焦ってね。自爆するしかないって言ったの。それで……」
「この子が先走っちゃったんだよ」
「結局アンタたちの所為じゃない!!」
納得しきれないセリカが、さらに気炎を上げた。それをカヨコは否定しなかった。ただ、セリカの怒りを正面から受け止めている。
「そうだね。私たちの所為だ。これをどうするか。謝るのか、謝らないのか。最終決定は社長が決める。ただ、その時間が無いんだよ」
カヨコの言う事は、納得しかない。帰結した一つの答えを先生は口に出した。
「問答無用で連れていかれるってことかい?」
「そうだね。シャーレの先生。そういう事になる」
頷くカヨコに、戻ってきたノノミを加えての対策委員会は渋い顔だ。
「それは、貴女たちを匿えってことですか? あの風紀委員から匿ってくれないと。柴関の大将に対して、何もできないと。そういう事ですか?」
「そう聞こえたなら、謝るよ」
聞こえたならと、カヨコは言うが。対策委員会にはそうとしか聞こえないのだろう。先生にも、そういう意味が込められたように聞こえる。カヨコの無表情が、そう言った意味を倍増させているのもあるかもしれない。
「勿論。ムツキちゃん達も一緒に戦うよ?」
ただ、ムツキの言葉で、それは否定された。カヨコも頷いている。
『随分と殊勝ですね……』
「ああ、眼鏡っ娘ちゃんは気になるんだ?」
ホログラムのアヤネに対してのムツキの言葉。口調はおちゃらけてはいたが、内容は真剣だった。
「ムツキちゃんとしては、どっちでもいいんだ。アルちゃんが後悔しないなら、逃げても、逃げなくてもいい。でもさぁ、中途半端は良くないよねぇ。全力で振り切らなくちゃ。人生楽しんだ者勝ちでしょ?」
なんというか。彼女たちには、彼女たちなりのプライドというか。主義がある様子だった。これだったなら、対策委員会も満足する話し合いができるかもしれなかった。
「どういった風の吹き回し? おじさん。理由が分からないな」
「そりゃあ、そうだよ。前回はお仕事だったからね。お仕事はちゃんとしなきゃ」
あっけらかんと、ムツキは答えて。その答えにホシノは唖然としていた。とても驚いているようにも見える。ホシノを置いてけぼりにして、ムツキの答えは続く。
「でも、これは仕事じゃないしぃ。それにゲヘナでのものじゃないから。そう、お兄さんに言われたしね」
『お兄さん……ですか?』
アヤネが首を傾げている。セリカもそうだ。先生も首を傾げる。便利屋68はここにいる彼女たちで全員だったはずだからだ。それに、お兄さんというのも気にかかる。まるで、先生の様な男性がいるような口ぶりだ。
「お兄さんって言うのは……」
「ちょっと待って。ちゃんと答えるから」
聞こうとした先生を手で制したカヨコは、電話を掛け始める。数コールで通話が繋がって、電話口から、低い声が聞こえた。
「ちょっと助けて欲しい」
『やっぱり、泣きついて来たな。陸八魔は俺に内容を詳しく言わなかったが。割のいい仕事なんかなかっただろう? ある程度は、そっちで何とかしろよ』
「それは、そうだったし。それもあるんだけど。ちょっと別口」
『ああ? ……いいよ。言ってみな』
「風紀委員会の部隊が来てる」
その声は、カヨコの声に面倒くさそうな響きを漂わせていたが。最後の一言で向こうの空気が引きしまった感じがした。
『……どのくらいの規模だ』
「そうだね……温泉開発部とか美食研究会の時と同じくらいじゃないかな」
『少し……そっちに対しては過剰か。何をやらかしたか言ってくれ』
「ついさっき、アビドス内の施設を吹き飛ばしちゃって……」
『他校の施設を吹き飛ばした……!? いや待て、ついさっき……? 誰かが通報したわけでもない。そういう事だな?』
電話の向こうは誰なのか、先生は想像を巡らせる。ゲヘナの生徒は、キヴォトスへ来た時に一人と、便利屋の総勢五人しか話していない。ただ、話の運び方からして、どこかゲヘナらしさを感じない。
ただ、カヨコがこのタイミングで電話を掛けた事と、話している内容からして、首を突っ込んでくるのは確定だった。
「何々? 先生、お兄さんが気になるの?」
「そうだね。問題ないなら、教えてくれるかい?」
ムツキの問いかけに、一も二もなく頷く。対策委員会も気になるのか、興味深げに耳を傾けている。ただ、ホシノの様子がおかしかった。さっきまでの雰囲気は立ち消えて、不安と期待が混ぜこぜになった表情をしている。ノノミもそれを見て、どこか緊張しているように見えた。
「お兄さんはねぇ……なんて言えばいいかな。面倒を見てくれるって言うか……」
「私たちみたいな、非認可の部活の取りまとめをしてるのよ」
いざ説明をしようとして、言葉に詰まったムツキの代わりに、アルが短く答えた。茫然自失の状態から、ようやく復帰したらしい。もう答えを決めたのか、表情は引き締まっている。
『非認可なのに……ですか?』
「ええ、そうよ。ゲヘナは非認可の部活がいくつかあって、なんていうか……」
「皆、やりたい放題なんだ。勝手に人の土地で温泉掘ったりとか。接客や味や食材の敬意が足りないとかで店を爆破したりとか」
その事実には先生もコメントに困った。ただ、取りまとめをしている理由は分かる。恐らくは、今ムツキが挙げた部活は、戦闘能力が高いのだろう。そして、被害の規模も大きい。ゲヘナ内部なら、どうにでもなるだろうが。ゲヘナの外で似たようなことをすれば大問題だ。
「大体は、風紀委員会に鎮圧されるの。お兄さんはその後始末かな。万魔殿と橋渡ししてくれたりとか。他にも、一文無しの時だけだけ。お金をくれたりとかあるんだけど……アルちゃんは、そっちの方が多いかな」
「うっ……」
話を聞くだけで、苦労がしのばれた。寧ろ、電話口の対応はかなりマシだったのではないだろうか。便利屋に金銭を渡すのも、窮した末に碌でもない仕事へ手を出すのを防ぐためだろう。その善意は今回ので荼毘に付しているが。
「でも。なんで今電話するのよ? 終わってからでもいいじゃない。下手したら連れ戻されるんじゃ……」
セリカが不審そうに電話を掛けるカヨコを見ている。言われて見ればそうだ。情報共有は早くするのは鉄則だが。便利屋たち、話から想像するゲヘナとはイメージに合わない。
それを答えようとするムツキだったが、電話を終えたカヨコが戻ってくるのを見て、口を閉じた。
「すぐ来るって」
「やっぱり?」
「アル様は分かりますか? 私は全然分かりません……」
「と、当然よ! ええと……」
ムツキとカヨコの意見は一致している様子だ。アルも分かっているかのような表情だが、冷や汗が一筋たれているのを、先生は見逃さなかった。
そしてハルカも分からない様子で、アルに聞くが。アルの様子はご覧の通りで、彼女は言葉に詰まっている。
「風紀委員会が来るのが早すぎるんだよ」
カヨコがため息交じりに答えを言うと、便利屋の二人と対策委員会はハッとした風に息を呑んだ。
ここからゲヘナは距離がある。そして、柴関が爆破されてから大して時間は経っていない。それなのに、風紀委員会はやって来ている。大部隊でだ。
便利屋を捕まえるため。それなら意味は通るが、時間が合わない。柴関爆破よりも、前もってゲヘナを出発していないとこのタイミングにはならない。
そして、ここはアビドスでゲヘナではない。通報も無しに介入するのは、幾らなんでも風紀委員会の仕事ではないように思われた。他校との折衝が必要だからだ。
「アヤネちゃん。ゲヘナから連絡は?」
『いいえ。ホシノ先輩。何もありません。メールも何も……』
「へぇ、アビドスはどうでもいいって思ってるってことかな? 昔と変わらないね」
ホシノの声に怒気が混じったような気がしたが、直ぐに鳴りを潜めた。ホシノは、カヨコへ静かに聞いた。
「それで、そのお兄さんとやらに電話したんだね? 何かきな臭いから」
「そうだね。折衝はあの人の得意分野だから。風紀委員会は何か狙いがあるんだと思う。私たちは唯の口実何だと思う」
カヨコの答えに、ホシノは納得した様子だった。ホシノだけでなく、他の対策委員も納得した様子を見たカヨコは、結論を口に出した。
「だから、私たちは利害が一致していると思う。私たちは風紀委員会から逃げたい。貴女たち対策委員会も、私たちの処遇について、風紀委員会に横から介入されるのは嫌でしょ。アビドスに知られたくない、何か別口の事を考えてるみたいだしね」
カヨコの話を聞いたシロコやセリカは、腹が立ったようで眉間に皺が寄っている。ノノミやアヤネも表情には出ないまでも、口元は厳しい。
対策委員会はアビドス高校、唯一の組織だ。そこに、黙って手を突っ込もうというのだから。全くいい気はしない。
「どうかな、シャーレの先生」
カヨコの提案に先生は思考を裂いた。カヨコの言う通りに利害は一致しているが、釘刺しはしておかなければいけなかった。先生は、全ての生徒の味方でありたいが。今は対策委員会の顧問だ。アビドスを優先する。
「風紀委員会を相手にするのはいいよ。でも、柴関の件についてはちゃんとしてほしい」
「それは、ちゃんとするわ。もう決めたもの」
カヨコの代わりに、アルがはっきりと答えた。さっきまでの冷や汗は無くなっていることに、先生は安心した。他の対策委員会も、それならというような雰囲気だ。
しかし、話が纏まろうとしたところで、ホシノが小さく、でもハッキリと言葉を発した。
「いくつか聞いて良い?」
「何?」
少しだけ、空気が張り詰めた。先生はさっきのアルと同じように冷や汗が流れ始める。ホシノのゲヘナ嫌いがここで発動するとは思わなかったからだ。嫌いは嫌いでも、それを状況によっては飲み込めると先生は思っていたのだが。
ここで、ホシノが拒否すれば。対策委員会も続くだろう。そして、風紀委員会との距離を考慮すれば、再度、話し合いをする時間はないこのまま、便利屋と風紀委員会、対策委員会で三つ巴の泥沼になる。先生のシャーレの権限を使っても、彼女たちが止まるかも定かではない。
この先どうなるかは、ホシノの一言にかかっている。先生は、ホシノの言葉に集中するが、その内容は拍子抜けするものだった。
「そのお兄さんは、何年生で、どこの所属なの?」
「は……? 私と同じ三年生だよ。所属は独立してる」
「へぇ……その所属にさ。万世マトっているでしょ?」
「いたけど……今は休学中だったと思う。その後継が、あの人だよ」
「ふぅん……背はこれより高い?」
ホシノは、その、お兄さんとやらが気になるようだ。聞かれているカヨコ自身も、困惑しているのか目を白黒させながら答えている。警戒しているのか、名前などの個人情報は言おうとしない。
ホシノは、細かく身体的特徴を聞き出していた。どことなく必死さを感じさせる様子で、対策委員会も少し退いている。
「さっき、仕事の事も言ってたよね。それは、その人の受け売り?」
「そうだよ……?」
飄々としているはずのムツキも、カヨコと同じように困惑の表情を隠せないでいた。先生も、状況が飲み込めないが、ホシノにはどうするか決めてもらわなければならなかった。
「ホシノ。質問途中で悪いんだけど、便利屋とはどうするの?」
「別に異論はないよ? ちゃんと、大将にも向き合ってくれるんでしょ。風紀委員会が、それの邪魔をするって言うんだったら、協力するのは構わない」
それなら、今のホシノの質問は全くの私情という事になる。先生が今まで見てきたホシノらしくは無かった。
質問自体も、まるでナンパの質問だ。おじさんを自称しているとはいえ、まさか本当にそんな事をするわけではあるまい。それは、対策委員会もそうなのか、目を丸くしている。ただ、ノノミだけが、どこか引っかかっている様子だった。
「大丈夫だよ。先生。これで最後にするから……」
「ホシノ……」
ホシノの目は潤んでいた。状況が全くの見込めない先生を置いてけぼりにして、ホシノはブツブツと呟いている。
「やっぱり、電話の声は聞き間違いじゃなかった。生きてたんだよ。私を捨てたわけじゃなかったんだ。アイツは口止めされてるとか言って、何も話さなかったけど、やっぱり私を騙そうとしたんだ。奪おうとしたんだ。退学じゃなくて、休学扱いにしておいて本当によかった。でも、やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、やっと……見つけたよ。何もなかったのは、仕事の失敗の事で、もしかして脅されてるのかもしれないね。それで、立場を押し付けられたんだね。でも、ようやく取り戻せるんだ。絶対にアビドスに連れ帰るから……」
その様子は、先生が今まで見たことのないもので。何も言えない先生をよそに、ホシノはカヨコに聞く。
「それで、そのお兄さんの名前は? もしかして、カヤツ──」
「ようやく見つけたぞ!! 便利屋68!!」
ホシノの質問は、突然の大声。拡声器から発された声に遮られてしまった。声の方を振り向けば、風紀委員会の部隊が展開していた。その最前列で、褐色の生徒が拡声器を構えている。もう、時間切れだった。
けれど、対策委員会と便利屋の間の話は最低限纏まっている。先生も矢面にはちゃんと立つつもりだ。だから、そんなに怯えることは無い。便利屋も、対策委員会も、全員がお互いを見やって頷いている。
ただ、先生の中には一抹の不安が残っていた。一瞬だけ、見たからだ。
質問を遮られた瞬間。怒りで激しく歪んだホシノの顔を。