ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
──ツイていない。
大部隊と装甲車で、アビドスに足を踏み入れて。先ずアコが思った事が、これだった。
アコの見つめる画面の先では、元々は飲食店だろう残骸が鎮座していた。美食研究会関係の通報の際によく見る光景だ。最近では、見過ぎで飲食店かそうでないか分かるようになってしまった事が証明されて、アコの頭が痛くなる。
その前の開けた道では、便利屋とアビドスの生徒だろう何人かと、アコのお目当ての先生が此方を見つめていた。
その視線には、あまり良い感情というのは感じ取れない。便利屋は分かるし、アビドスがこういう態度なのも分かる。今のアコは横入りしてきた第三者なのだから当然のことだ。
今の状況が、アコの目的からは大きく離れた場所にある事に、頭を抱えたくなる。
「……便利屋68を引き渡してはくれませんか?」
そして、そんな態度をおくびにも出さずに、アコは開口一番にそう言った。
『それは、今すぐにかい?』
「ええ、そうです。シャーレの先生。当然の話でしょう?」
彼女たちの傍らに立つ大人。先生の答えに、アコのストレスゲージが何目盛りか上がる。
「便利屋68。彼女たちは、一応はゲヘナの生徒です。そこの元飲食店の瓦礫の山を見るに、それは彼女たちの仕業でしょう? 此方としても、然るべき処分をしなければならないので」
『君には悪いけど。それは出来ない』
悪い予想半分、良い期待半分で揺れていたアコへの答えは、悪い方へと傾いた。黙ったままのアコへ、先生は続ける。
『彼女たちはトラブルとはいえ、アビドス内の資産を破壊した。彼女たちにも、償う気持ちはあるようだし、まずは此方で処理させて貰えないかい? 君たちの手は余り煩わせたくないんだ』
内心でアコは舌打ちした。完全に、アビドス側に先生が立っている。ゲヘナの手は借りないと。そう言っている。理由は何だろうか? 便利屋のやらかしで、ゲヘナの悪感情でも抱いたか?
この有様では、穏便に先生へと接触するアコの作戦がメチャクチャだ。アビドスに被害が出た時点で、ゲヘナの心象は最悪なのに。被害が出た時点で、アコとしては迅速に撤退したいが、少しでも下がった心象を上げておきたかった。
しかし、ここでアコが謝っても、何の意味もない。頭を下げる事に意味があるのは便利屋だけで、アコではない。アコが出来るのは、便利屋に責任を取らせることだけ。それ以上の権利はない。
そして、奇妙だ。おかしい。
本来なら、アビドス側の代表が出て来る筈なのに、先生が対応してくる。ここまで敵愾心というか、そこまでではなくても、距離があるのがおかしな事だ。何か、アコの知らない何かが動いている。
トリニティに遅れる訳にはいかないのに。まさか、先に接触された時に何か吹き込まれたのだろうか? ならば、誠意を見せればいいのだろうか?
アコは攻め手を変える。
「被害に遭われた方には、すぐ保障はしましょう。しかし、その為には聞き取りをしなければならないのは、分かるでしょう?」
『アビドスが先にやりたいんだ。便利屋の皆にも決着をつける機会を与えたい』
ゲヘナから保障。金銭を出します。そうチラつかせてみたが答えは変わらない。先生の表情を窺うが、分かっていない訳ではない。
アビドスが、すぐに。この被害者に保障は出来ない。そんな金が無い事くらいは調べてある。
助かる筈だ。そうしなければ、ただでさえ貴重な経済基盤に亀裂が入る。ここがアビドス名義の土地でないとはいえ、アビドス内に人が留まり経済が回る理由の一つだろうに。
それは、大人である先生も分かっている筈だ。その為にここにいる筈だ。アコは態々調べたのだから。それなのに、その場の鬱憤を晴らす事を優先する?
理解不能だ。優先順位が違う。アビドスの、シャーレの依頼で動いているなら、先ずはアビドスの地盤を固めることではないのか? でも、そうでないことは先生の表情でハッキリ分かる。感情を優先する程、ゲヘナに対して思う所がある?
それが分からなくて、アコのイラつき具合がまた上がる。
「なら、皆さんをゲヘナへご招待しますよ」
何時ものようにゲヘナらしく行こう。アコは切り替えていくことにした。カヤツリのやり方は、アコは苦手だという事が再確認出来たのが収穫だろう。
元々の目的は、先生と接点を持つ事だ。あわよくば、協力してもらう事。穏便なやり方、カヤツリが好みそうなやり方はダメだった。思わぬ偶然で泡と消えた。
なら、ゲヘナに連れ込めばこっちのものだ。アビドスは理由を付けて、降り落とせばいい。たかだか五人程度、どうにでもなる。初めからこうすれば良かった。
「私たちの本部に場所を用意します。そこで、存分に話せばいいのでは?」
『それが、目的?』
「……何がですか? カヨコさん」
ナイフのように、鋭く差し込まれた質問に、アコは言葉を詰まらせずにはいられなかった。あまりの間抜けな自分の声に、今すぐ舌を噛み切りたいくらいだ。こんなの、図星だと言っているようなものなのに。
『本命は先生なんでしょう? 私たちは、アビドス侵入の口実に過ぎないんだ』
アコが黙っているのをいい事に、カヨコはつらつらとアコの企みを口に出していく。
『本当なら、偶然を装った遭遇で終わる筈だった。被害なんて出なくて、唯の顔見せで終わる筈だった。でも、この爆破は予想外だったんでしょう? だから、焦ってる。事が大きくなり過ぎた。私たちとアコの間で収まらなくなった』
──ああ、先に先生に入れ知恵した……! しかも、微妙に見当違いな事を……最悪! 本当に余計なことを……!
便利屋へ雨霰の如く悪態を吐くが、どうしようもない。苦し紛れの言葉がアコの口から漏れる。
「面白い想像ですね。そんなの……」
『あの人に電話したんだ。何も知らない様子だったよ? もしかして、風紀委員長も知らないんじゃない?』
「あんな奴の事なんか知りませんね。全く私たちには関係ありません。一々連絡をする必要なんてないんですから」
カヨコの言う、あの人。カヤツリの事を聞いて、アコのイラつき具合がまたまた増した。朝の事を思い出してしまったからだ。言うべきでない、胸の奥で燻っていた悪態が思わず飛び出した。
「それとも、あれですか? あの男の、兎馬カヤツリの部下にでも見えますか? 途中から来たアイツの方が上とでも言いますか? 違いますよね? アイツは監査部で、私たちは風紀委員会なんですから。関係なんかないんですよ。アイツが、私にグチグチ言う資格なんてないんです。私は金輪際、関わってほしくないくらいですよ」
でも、カヤツリなら、上手くやっていたのだろうか。そんな、ありもしない想像が、アコを苛んだ。
『ごめん。言い過ぎた……でも。まだ、間に合うよ。今すぐに退けば、先生も大ごとにはしないし。あの人も見なかった事にして、途中で帰る。私たちの続きは、ここじゃなくてゲヘナですれば良い』
カヨコの提案に一瞬、頭が沸騰し掛けた。計画の邪魔をした当人が言っているのだから始末が悪い。その上、アコの考えを悪く捉えられるような言い方だ。
そうだ。確かに邪な考えがあったのは認める。しかし、途中まではだ。シャーレの先生の気分を害したのかとアコは焦っていて、自分のできる範囲で補償しようとしたのに。それすら、少しばかりのアコの親切心すら無駄にした。
しかし、悔しいが、カヨコの言う通りだ。ここで意地を張る必要は全くない。言い訳したところで惨めなだけだ。大人しく退いて、委員長とカヤツリに怒られて、万魔殿から嫌味を言われればいい。
ペナルティは甘んじて受けよう。アコの自業自得だ。もう全身傷だらけだが、ただそれだけとも言える。命までは届いていない。
アコの部下や、ここまで着いて来てくれたイオリやチナツの事もある。勿論、風紀委員長の事も。
そう思って、素直に退こうとしたアコの耳に、声が聞こえた。
『風紀委員会がこれじゃあ、風紀委員長とやらも、そんな人なんだねぇ。おじさん。知らなかったよ』
それは小さな声で、微かに聞こえた程度だった。でも、アコの自制心に罅を入れるには十分だった。ブツと、限界だった堪忍袋の緒が千切れ飛ぶ寸前の音がした。
□
『今、なんて言いました?』
怒りに満ち満ちた声を聞いて、ホシノは内心で笑った。思った通りだったからだ。
こう言えば、絶対に食いついてくると。ホシノにはそんな確信があった。
「君がそんな何だもの。それを見逃してる風紀委員長とやらも、そうなんでしょ?」
ざわりと、風紀委員会の空気が騒めいた。ホシノの予想通りに、これが彼女たちの泣き所らしかった。
「先生に用があって、こんな手段をとった。こんな強引な手が思いつくんだもの。普段からそういう事をしているんでしょ?」
「ちょっと!? ホシノ先輩!?」
驚いたようなセリカの声を、意識的にホシノは無視した。他の後輩たちも、何事かというようにホシノを見ていた。
折角纏まりかけた話が壊れようとしている。しかし、ホシノにとっては、これはチャンスだった。もう二度とはないかもしれない唯一のチャンス。
カヨコは言った。このままこの事態が収束すれば、あの人は帰ると。
あの人の名前はアコが丁寧にも教えてくれた。途中から来たことも。
あの人は、カヤツリだ。ホシノがずっと会いたいと思っていて、会えないと思っていたカヤツリなのだ。
ならば、この騒動はまだ延長してもらわなければならない。そうすれば、カヤツリはここへとやって来る。
──それとも、あれですか? あの男の、兎馬カヤツリの部下にでも見えますか? 途中から来たアイツの方が上とでも言いますか? 違いますよね? アイツは監査部で、私たちは風紀委員会なんですから。
この言葉を考えれば、カヤツリが下なのだろう。だから、カヤツリは帰って来れないのだ。脅されているのかもしれない。そして、カヤツリを攫ったのと同じ手で、先生を浚おうとした。同じ手を使うところが、非常に腹立たしい。
ホシノとて、これが一般的に見れば悪手であろうことも理解している。このまま、彼女たちの泣き所を蹴り上げ続ければ、我慢の限界に達した彼女たちは牙をむくだろう。ただでさえゲヘナ生なのだから、我慢出来ようはずもない。
『下手な挑発は止めてください。先生がいる安全圏だからって、手を出されないと思っているんですか?』
「そんな事は思わないよ? むしろ、そう思っているのは君たちだよね?」
ホログラムの、アコとか言われていたゲヘナ生が、苦虫を噛みつぶした表情になった。少しだけ、ホシノの鬱憤が晴れる。本当に少しだけだが。
確かに、彼女の言う通り。一斉に、この数の風紀委員に襲われる。そんな未来が容易く想像できる。しかし、それはホシノにとって大した問題ではない。
目の前の、額に青筋を立てている褐色で銀髪の生徒。見たところ、この場では彼女が一番だ。このレベルが一番だというのなら、ホシノにとっては欠伸しながらでも排除できる。
むしろ、ホシノは喧嘩を売ってほしいのだ。今のこの状況は、実に好都合だった。
ホシノが呟いたのは、唯の感想だ。実際、そう言われても仕方のない事を彼女たちはしている。そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言った。きっと、ホログラムの彼女には、とても良く聞こえただろうが。傍から見れば、ゲヘナが逆ギレしたようにしか見えないだろう。
ゲヘナの便利屋がアビドスの自治区内で被害を出す。ゲヘナの風紀委員会がアビドスの自治区内で勝手をする。それを、シャーレの先生の前で実行する。そうすれば、それなりの補償をゲヘナはアビドスにしなければならない。例えば、昔。アビドスから攫った生徒とか。
正面から行ったところで、カヤツリに会わせてもらえないのは明白だった。だから、こんな手段しかないのだ。風紀委員会に勝てばという但し書きが付くが、ホシノには何の問題も無い。
有利な立場に立つ為に、向こうから手を出させる手段は知っている。もう幽かになってしまったカヤツリとの記憶の中にいくつも転がっている。カヤツリがいなくなってから、ホシノはカヤツリのしてくれていた事を知ったのだ。なんて救えないヤツなんだろう。
借金の引き継ぎの時に、カイザー理事に怒りをぶつけられたのも仕方がない。黒服があの日から、ホシノがカヤツリとユメ先輩を失った日から接触してこないのも、呆れているのかもしれない。
ホシノは、目の前で必死に怒りを堪えようとしているアコを見て思う。
──あと、もう一。いや、二押しかな。
案外、我慢強い。少しだけ感心する。でも、ホシノには残弾がいくつもあるのだ。
「ゲヘナだから、アビドス程度は無視していいなんて思ってたんでしょ? ミレニアムやトリニティ以外はどうでもいいってことだもんね? だってそうでしょ? 先生を強引に、順番飛ばしで浚おうとしたんだものね? さっきの感想も当然のことだと。おじさんは思うな?」
『……』
アコは、歯を食いしばっている。よく耐える。昔のホシノが、その立場だったら我慢できなかった。
「ん。ホシノ先輩。もうやめよう。アビドスをバカにされて、怒ってるのは分かったから」
「そうですよ。ここで、揉めても何の得にもなりません」
普段ならホシノを止めてくれるシロコやノノミの声も、今のホシノには意味をなさなかった。ホシノは、ようやく奪われたものを取り返すのだから。
しかし、言えるとしても、後一つか二つだ。アコは無視を決め込むことにしたようで、会話になれば、幾らでもホシノは追撃を放てるが、黙ってしまえばそうもいかない。
今はホシノが怒っていると思って、静観してくれている先生も介入してくるだろう。
ホシノは、少し考える。一ついい考えがあるが、それはホシノ自身をめった刺しにするに等しい行為だった。一瞬躊躇するが、我慢できない。
「兎馬カヤツリだっけ? その人が来てくれたら、こうはならなかったかもね? 君じゃなくてさ?」
かつて、理事に言われた台詞の改変だが、手ごたえがあった。そんな感触をホシノは感じた。ホログラムだから、分かりにくいが。アコの顔からは完全に血の気が引いていた。
あといくらかで、噴火するだろうなと。そうホシノは考える。このまま、ホシノへ向かって風紀委員会を差し向けるだろう。風紀委員会も異論はないに違いない。そして、憎悪の対象はホシノ個人だ。アビドス相手よりも殴りやすく見えるだろう。アビドスに何かしようとしても、ゲヘナに正面から殴り込むだけだ。それより前に先生が止めるかもしれない。
それに、先生も先生だ。ホシノの中のカヤツリの思い出を塗り潰そうとする行動が腹立たしい。本人に自覚がないし、アビドスの為の行動だから、強く言えないのが。カヤツリの事を知らない後輩たちがそれを肯定するのも。ホシノの憤りに拍車をかけていた。
──よく分かるよ。腹の虫が収まらないよね? 自分がどうしようもない奴だって思うけど、どうしようもないよね? だから、目の前の奴を黙らせたくなるよね?
今のアコの気持ちが、ホシノにはよく分かった。
劣等感と自分への失望と不甲斐なさ。大切な人の役に立てていないという鬱憤。そして、その人の近くに、自分よりも有能な人間がいる事への嫉妬。
それらが、アコを苛んでいる。だから、ああ言ったのだ。一番言われたくない事を。思いっきり。
──お前よりも、カヤツリの方が有能で、風紀委員長の役に立つんじゃない? お前は何の意味もないんだよ? だって、今がまさにそうでしょ?
そんな風に、アコには聞こえただろう。耐えきれるはずもない。今のホシノですら、想像しただけで身震いするからだ。
普段なら言わないでいられただろう。でも、もう無理だ。ホシノは、目の前のこのアコという生徒が、心底気に入らなかった。
ゲヘナだから? アビドスをバカにしたから? 違う。それらは、ホシノが気に入らない理由に比べたら、とても些細なことだ。
──昔の私みたい……
アコは、風紀委員長が大事なのだと言う。アコは、カヤツリが気に入らないのだという。ホシノは、その風紀委員長とやらを知らないが、おおよそホシノがバカにした人間像とは真逆なのだろう。だからこそ、アコは怒ったに違いなかった。そして、カヤツリが気に入らないのは、アコ自身よりも、その風紀委員長とやらの役に立っているからだろう。少なくとも、アコはそう思っているのだ。
アコの立場をホシノにすれば、風紀委員長の立場をユメ先輩にすれば。そのまま昔のホシノそっくりだ。まだ、とても自分が恵まれていたことに気がついてすらいなかった愚かな自分そっくり。
思い出したくもない過去を、一々見せつけられているようで、とても気分が悪い。その上、アコはまだ何も失っていないのだから、怒りもひとしおだ。
──君は、何も失っていないのに。どうして私は全部なくなって仕舞ったんだろう。
アコは恵まれている。だって、間違いを犯したのに何も失っていない。風紀委員長も、カヤツリも、自分の立場も。何も失わない。精々絞られる程度だ。
それなのに、ホシノは何なのだろう。アコと同じように、一回の過ちで。ホシノは全てを失ったのだ。ユメ先輩は死んでしまった。カヤツリもそうなってしまった。さっきまで、そう思っていた。
──君はさ。何様なの? 全部持ってるじゃない。その上、一つは私から盗った物じゃないか。君と私で、何が違ったって言うのさ。
唯々、黙っていればそれでよかったのに。アコはカヤツリに文句を言った。カヤツリに、色々言われて耳が痛い毎日に対して、文句を言った。金輪際、関わってほしくないなんて、そんな事を言った。
それは、ホシノが死ぬほど欲しくてたまらないものなのに。それは、奪われてなくなってしまったものなのに。それを奪った側が要らないなどと、何の価値もないように言うのだ。
──なんて言いました? それはこっちの台詞だよ。そっちこそ、何を言っているの? ふざけてるんじゃないよ。私の気持ちなんて、何も知らないくせに!
過去の自分にそっくりな女が、自分から奪った大切なモノをいらないと喚いている。そのくせ、間違っても何も失っていないときた。我慢なんかできるモノか。あの言葉を聞いてから、ホシノはずっと怒っているのだ。
だから、返して貰うのだ。いらないなら、これまでの分を、熨斗をつけて返して貰う。
感情を爆発させたアコが、ホシノ個人へと宣戦布告するのを見て。ホシノは昔の。カヤツリと一緒に戦っていた時の様な。獰猛な笑みを浮かべて、風紀委員会へと突撃した。