ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
先生の中は感嘆の気持ちで満ちていた。例えるならば、ゲームか何かの、他人のスーパープレイを観ているような感覚だ。
あまりに現実離れしていて、その光景に思わず見惚れてしまう。
先生たちの目の前で起こっているのは、蹂躙だった。
数で勝る風紀委員会にホシノが蹂躙されているのではない。全くの逆だ。風紀委員会が、ホシノに蹂躙されている。しかも、ホシノは余裕さえ滲ませて。
一射一殺といった風に、ホシノは確実に風紀委員の数を減らしていた。攻撃はそもそも当たらないか、当たりかけても盾で防がれている。
それは、先生が見たこともないホシノだった。
風紀委員会に対する便利屋の警戒具合と、普段のホシノの様子を考えれば、あり得ない光景だ。
「止めないと……!」
このまま行けば、ホシノは風紀委員会を全滅させるだろう。その後のことはいい予想がつかない。やられたからやり返すといった、泥沼の闘争に突き進んでいく未来が見える。
そんな事になれば、アビドスの復興どころの話ではない。今すぐに、ホシノを止めなければならない。
しかし、シッテムの箱経由で呼びかけているにもかかわらず、ずっとホシノは指揮を拒絶している。先生の声は届かない。
指揮なしであそこまでの蹂躙が可能だとは、先生は全く知らなかった。
先生は手が無いかと頭を回転させるが、いい考えが浮かばない。
黙り込む先生に業を煮やしたのか、セリカが叫ぶ。
「兎に角、ホシノ先輩を止めるわよ! このままじゃ、ゲヘナと本格的に対立するわ!」
「アレに乱入するの? 少なくとも、私たちは無理だよ?」
セリカが、カヨコの言葉に便利屋を見るが、カヨコ含めて全員が首を横に振った。
「シロコ……」
「ん……先生の指揮があっても難しい。アレは、まるで……昔の……」
先生の方は対策委員会を見るが、シロコも悔しそうに言い淀む。どうにも打つ手がない。
「……このままでいいんじゃない?」
「ムツキ……」
どことなく、達観した表情で。カヨコとムツキが投げやりに言った。
「喧嘩を買ったのは風紀委員会。負けたところで向こうの自爆だし……私達にも、貴女達にも損はない。そもそもの原因は向こうだよ? この後の事を考えた方がいいと思うけど?」
「そうだね。最初にカヨコちゃんが風紀委員会を煽ったせいもあるけど。乗ったのは向こうだしねぇ……精々が、ゲヘナが騒がしくなるくらいじゃない?」
ゲヘナ生である便利屋は、静観の構えだった。カヨコは、このまま行った場合の事を想像しているのか、宙を睨んで口を開く。
「このまま、風紀委員会が負けたところで、ムツキの言う通りになるだけ。勝手に他校の自治区に侵入して、売られた喧嘩を買って、負けて帰ってくる。風紀委員会の面目は丸つぶれ」
「だから! そうなったら、やり返されるじゃない!」
「ならないよ?」
荒ぶるセリカに、ムツキが極めて普通の事のように言った。それが信じられないのか。アヤネも興奮気味に声を上げる。
『だって、外交問題ですよ!? いくら、アビドスからでは無いとはいえ。全滅させたりなんかしたら……』
「ならないよ。眼鏡っ娘ちゃん。それは、恥ずかしいからね」
『恥ずかしい……ですか?』
ムツキの冷静な答えに、冷や水を浴びせられたのか、アヤネは黙った。ムツキはそれを見て、静かに言う。
「私がさっき言ったじゃない? 後悔しなければそれで良いんだって。ゲヘナはそういう場所なんだよ」
「……何をしても許される。そういうことかい?」
先生は、感じた事をそのまま聞くと。ムツキは微妙な顔になる。
「うーん。ちょっと違うかも……」
「ゲヘナの生徒会。万魔殿が言うには、自由と混沌がモットーらしいよ?」
上手く説明出来ないムツキに、カヨコが口を挟んだ。
「何をやってもいい。社長みたいに起業してもいい。温泉が掘りたいなら、上に何があっても掘ればいい。気に入らない飲食店を爆破してもいい。そして、そうする生徒たちを取り締まってもいいの。何をするにも自由。誰も止めない」
その代わりと、カヨコは言う。
「嫌なことも受け入れなくちゃならない。自由と言えば聞こえはいいけど、止めない代わりに助けもしない。程度によるけどね」
先生は、頭の中でカヨコの話を反芻して、ある程度は納得した。
つまりは、全てが自己責任なのだ。学生の身分は保証するし、それを守る限りはそう扱うが、それ以外は何もしない。
その法則が風紀委員会に適応されるというのなら、カヨコ達の反応も頷けた。
これが、生徒会組織である万魔殿からの命令であれば万魔殿が動く。
しかし、これはそうではない。風紀委員会の独断だ。知らん振りして終わりだ。
下手に騒げば、恥の上塗りで。その上、アコと言う生徒は、上役である風紀委員長に何も報告していないようだった。なら、泥沼の闘争という最悪の未来は回避できそうだ。
そして、そこまで思考が飛んだ先生は、思わず疑問が飛び出した。
「……そういえば、何であんなに怒ってるんだろうか」
「……そりゃあ、アビドスをバカにされたからじゃないの?」
「いや、ホシノもだけど、あのゲヘナの生徒もだよ。二人が怒り始めたのは同じタイミングじゃなかった?」
ホシノは、初めは怒っていなかった。便利屋を質問責めにした後は、寧ろ機嫌が良かった気さえした。
それが、あのアコと呼ばれた生徒とカヨコの会話が白熱するにつれて、悪くなっていたように思う。
ホシノもホシノだが、アコもアコだ。いきなり機嫌が悪くなった。それは、自身の
ここまで数日でしかないが、ホシノは目的も無しに、あんな危険な択を取らない気がする。ポヤポヤしていても、銀行強盗の時のリスク管理はしっかりしていたからだ。
これらの理由を探ることで、ホシノがああした理由も分かる気がする。これから先の事に、必要な事である気がした。
「カヨコが言ってた。あの人って?」
先生の言葉に、ノノミがハッとした表情になったのが視界の端に映った。それについて、先生が聞く前に、カヨコが口を開いた。
「……本質的には、風紀委員会の仕事は手遅れなんだよ。事件が起こってから動くわけだからね。絶対に間に合わない。被害を未然に抑えるなんてことは難しい。今回みたいに前もって捕まえようにも、ゲヘナだからね。罰が罰にならない。そもそも、そう言う部活は未認可だからさ」
「それなら、もっと厳しくすれば……」
真面目なセリカは信じられないのだろう。当然の疑問を口にするが、カヨコはまたまた首を振る。
「そんな部活が一つならいいけどね。幾つもあるんだよ。あんまりやり過ぎれば、徒党を組まれる。それを繰り返していけば、いつか手が回らなくなる。まぁ……今も回っているとは言い難いんだけど」
『……生徒会がちゃんとしてないんですか? そうなったら……』
「そうだね。全員が好き勝手やるのなら、いつか破綻を起こす。でも、万魔殿の議長は風紀委員会が嫌いだからね。正確には委員長なんだけど。それもあるし、さっき言ったモットーを妨害することの方が多いから。そして、ゲヘナのトップはマトモじゃ務まらない」
カヨコの言葉に、先生含めた全員が妙な顔になった。アヤネなど、ホログラムの上からでも分かるくらいに驚愕している。それを見たムツキは、揶揄うような口調で言う。
「じゃあ例えばさぁ。ゲヘナが普通の学園みたいな。喧嘩もしないし、好き勝手出来ないし、規則でガチガチに縛られて、罰則もとっても厳しい。そんな風になったら、どうなると思う? 多分、半日……三十分保たないよ? それで、そんな事をした代表はボコボコにされるんじゃない?」
今度は反論の雰囲気は出なかった。先生は話を戻すために、どこか嫌なことを思い出したようなカヨコに言葉を投げた。
「それを何とかしてるのが、カヨコの言ってた”あの人”?」
「そうだよ。兎馬カヤツリ。監査部っていう、組織のトップだね。まぁ、組織はあの人一人だけなんだけど」
先生はその部活の名前に嫌な響きを感じた。監査という名前自体がよろしくない。しかし、よくある反応なのか、カヨコは少しばかり笑っている。
「確かにね。万魔殿から支給される予算の使い道や活動内容を監査されるわけだから、嫌いな人間もいると思うよ。あの人は気にしてないだろうけど」
『……アルさんたちにも、予算が出てるんですか……!?』
「出てるわよ。最低限の、少しだけだけどね」
アヤネの信じられないような表情がまた深くなった。
『だって、便利屋自体が校則違反なんじゃ……』
「万魔殿からは出てないわよ。監査部から出てるの。普通に暮らす分にはちょっと多めの額が出てるのよ……」
アルは感謝と悔しさが綯交ぜになった顔だ。アルからしたら、生活保護費で暮らしているようなものだから、気分は良くないだろうなと思う。
『……あぶれた非認可の部活の面倒を見てるってことですか? 生徒会が、認可していない部活の面倒を見ることが出来ないから……』
「そう。だから、風紀委員会は頭が上がらないんだよ。監査部は、問題集団に顔が効くから。問題行動を止めさせることはできないけど、頻度や方向を誘導することはできる。未然に事件を最小限にする事は出来るから。これは風紀委員会にはできない事だよ」
そこまで聞いて、先生は感心した。監査部は目に見えないけれど確かにあるモノ。そんな繋がりを活用している。
監査部は問題児たちにとっての駆け込み寺であり、最終安全弁なのだ。カヨコの言いようからして、どんな集団でも面倒を見るのだろう。最低限の、少しばかりは自由にできる金銭を支給している。そうすれば、切羽詰まってやりたくもない悪事に手を染める事もない。そうでなくとも、最終的に頼れる場所を切り離すのは心理的ハードルが高い。余計な干渉もなければ、関係を切るという手段も取りにくい。
「じゃあ……アレは八つ当たりなの?」
「そうだね。アコも分かってると思うよ? 問題集団の趣味嗜好を理解して、妥協案を出すなんてさ。自分に一番向いてないってことくらい。アコは今が一番向いてるところにいるって。でも、ほら、隣の芝は青く見えるものだし、他人の成功は良く見えるから」
人間、分かっていることを指摘されるほど嫌なことは無い。それが理論的に合っていて、反論も余地もないのなら猶更だ。でも、それでも、アコは一回は耐えていた。
ホシノが、そこを抉っていたのも気にかかる。それは、アコの事情を察していなければできない事だった。しかし、ホシノがアコや監査部の事情を知っているとは考えにくかった。
それよりも可能性の高い事柄が、もう一つだけ先生の頭には浮かんでいて、それを先生は口に出した。
「ホシノは、その……カヤツリ? を知ってたのかな」
「知ってるんだと思います……」
「私も、そうだと思う」
「ノノミ……? それに、シロコも……」
カヨコに期待しての質問に、シロコとノノミが答えたことに。先生は驚いて、二人を見た。二人の表情はどことなく、暗く沈んでいた。
「この間先生に、あの部屋を見せたでしょう? あの時、ホシノ先輩が何を呟いていたか。昔に、気になった私はこっそり盗み聞いたことがあるんです。……それは、人の名前だったんです。ホシノ先輩はずっと、その人に謝っていました……」
その人物の名前など、聞かずとも分かる。沈んだ表情のノノミに替わって、今度はシロコが続けた。
「私が、アビドスに来てから。ノノミとホシノ先輩の三人で戦う事が何度もあった。その時に、ホシノ先輩は一瞬だけ嬉しそうにした後に。いつも悲しそうな顔をして、謝る」
「……そういえば、見たことあるかも」
「そうでしたね……」
『私は、覚えがないです……』
ノノミとセリカも覚えがあるようで、シロコの言葉に同意していたが。アヤネは身に覚えが無いようだった。ただ、シロコにとっては、想定内らしく静かに頷く。
「ん。多分、時期とポジションの問題。私とセリカとノノミは、現地でホシノ先輩の援護をするけど。アヤネは後方からだから」
「それは……今のポジションに。昔は誰かが居たってこと? シロコ先輩」
「うん。だから、嬉しそうな顔をする。昔の事を、その人がいたことを思い出して。でも、現実はそうじゃないから……」
だから、謝るのだ。その人間とシロコ達を重ねたことに対して。それはとても酷いことだから。
「ああ……途中からって……そういうこと」
先生の頭で、全体像が少しずつ組みあがってきた。けれど、まだ足りない。それを埋めるために、カヨコに幾つか問い掛ける。
「そのカヤツリは、ゲヘナに何時から、どうやって来たの?」
「あー……なるほどね」
カヨコも、何かに思いあたったようだった。淡々と、事実だけを先生と対策委員会に話してくれる。
「あの人が来たのは、二年前。まだ社長もムツキもハルカも居ない時。秋口くらいかな。まだ、今とは役割が違った監査部に。万世マトがあの人を入部させたんだよ。最初から居たわけじゃない。他所から転入してきたんだ」
それを聞いたノノミが、顔を青くして呟く。
「まさか……アビドスから?」
「そうかもしれない。それで、お互い納得した上での行動じゃなかったのかもね」
「だから、ゲヘナから……あの人が?」
そこまで分かれば、ホシノの行動にも納得がいった。事実はどうだか分からないが、少なくともホシノから見た事実は分かる。
「ホシノは、もう会えないと思っていたんだろうね。だから、謝ってたし、引き摺ってた。傍に居ないのも、仕方がない事だと納得させてた」
しかし、今回。そのホシノの中の前提が崩れてしまった。
「でも、そうかもしれない人を見つけてしまったんだろう。そのカヤツリ君が、ホシノの知り合いなのかもしれない。今もここに向かっているのかもしれない。でも……」
「私が、言っちゃったからね。帰らせるよって」
そう。カヨコのアコに向かった一言が致命的だった。あそこで問題が収束してしまえば、カヤツリはここへとやってこない。ホシノはカヤツリに会えない。だから、今暴れているのだ。問題にならないように、向こうから手を出させて。
『それに……風紀委員会も良くなかったのかもしれません。ホシノ先輩にとって大事だった人に、あんなことを言うなんて……』
あれは、ホシノの逆鱗だったのだろう。誰も知らない。ホシノしか知らない逆鱗。それを、アコたち風紀委員会は思いっきり踏みにじってしまった。
「でも、ほら! そのカヤツリって言う人に止めてもらえばいいじゃない! ホシノ先輩の理由は、その人なんでしょ!?」
「それは、そうなんだけど……」
先生は言葉を濁した。嫌な予感がするのだ。先生が予想できたのは、ホシノ視点の事実であって。カヤツリ視点の事実は知らないのだ。
「その、カヤツリ君が。どうしてゲヘナに来ることになったのか。ここにいる誰も知らないんじゃないかって思うんだ」
「それの何が問題なのよ……」
「セリカちゃん……アビドスにも電話はあります。ホシノ先輩だって携帯位持ってます。連絡ならいつでも取れるんですよ。でも、このカヤツリと言う人は、何もしなかったんです」
ノノミの言葉の通りだった。それは、異常事態だった。喧嘩別れをしたなら分かる。けれど、そう言った別れ方ではないような気がする。もしそうなら、ホシノはああまでしなかっただろう。
「ホシノに今まで連絡を取らなかった。それなりの理由があるはずなんだ。そして、その理由を知らないままに、ホシノはカヤツリと会おうとしている。とても嫌な予感がするんだ……」
地雷原の上でタップダンスしている。そんな物騒なたとえが出るくらいに落ち着かない。しかし、全部を知っていそうな人間には心当たりがあった。
「マト……。あの子なら何か知ってるかもしれない」
毎回のようにアビドスに来るゲヘナの生徒。何かを知っているのか毎回ホシノが追い払っていることからして、何かを知っているのは明白だった。電話でもなんでも、今すぐ連絡を取るべきかもしれない。さっきから、本当に嫌な予感が止まらない。
「カヨコ。悪いんだけど……」
先生は、カヨコへ万世マトへの取次ぎを頼もうとする。何となく知っていそうな気がしたのだ。最悪、先生が調べてもいいが。かなりの時間が掛かるし、電話を取ってくれるかも怪しかった。
「……先生。残念だけど、時間切れみたいだよ」
「え……?」
カヨコの、残念そうな返答に先生は思わず固まった。そして、先生の耳に何かが唸る音が聞こえてきた。その音はどんどん大きくなって。こちらへと近づいてきているようだった。
「ほら。来たよ。しかも、二人も」
カヨコの指さす方向を見ると、エンジンを唸らせたバイクが、此方へとやって来ていた。カヨコの言う通り、一台のバイクに二人が乗っている。
随分と対格差がある二人だった。ハンドルを握る大柄の生徒に、小さい、ホシノと同じくらいの白っぽい長髪の生徒が後ろからしがみついている。
「ヒッ……嘘でしょ」
「うわぁ。ちょっとマズイかもね」
その生徒を見たアルが、顔を引き攣らせていた。カヨコを含めた他の便利屋も、似たような表情になっている。
そして、困惑する先生の前にバイクは止まる。
「監査部のトップである兎馬カヤツリと、風紀委員会のトップである空崎ヒナ。これは、ちょっと荒れるかもしれないね……」
バイクから降りる二人を見る先生の耳に、カヨコの声がやけに大きく響いた。