ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
カヤツリのバイクから飛び降りて、現場に到着したヒナは眉を顰めた。
どうにも場が混乱している様子だったからだ。
自身へ何も報告が上がって来なかった風紀委員会の部隊と、ヒナが一方的に知っているだけの小鳥遊ホシノが戦っている。
戦況としては、かなり小鳥遊ホシノへと傾いていた。幾ら数で勝るとはいえ、アコでは荷が勝ちすぎている。
内心溜息を吐きながら、前方を見る。便利屋とアビドスの生徒会、そしてシャーレの先生が、ヒナたち二人を見ている。まだ距離は離れていて戦闘音もあるからか、互いの声は聞こえない。先生たちは黙ってこちらを見ているが、違和感しか感じない。
──私の事を何て伝えたのかしらね
とても心理的な距離を感じる。恐らくは便利屋視点の情報とアコの暴走。それらが悪印象を与えているに違いなかった。
──どうしようか?
ヒナは悩んだ。このままカヤツリと二人で行こうと思ったが、揉めそうな気がする。
今回のトラブルを引き起こした。もしくは深く関わっている便利屋に、ヒナの頭痛が増した。彼女たちが被害と混沌具合を加速させるのは毎度の事だが、無自覚だからタチが悪い。
自覚があるなら、カヤツリの誘導と修正が効くだろうが。無自覚ではそれも望めない。
ここで思考がカヤツリに飛んだから。隣の、ここまでバイクで連れて来てくれた。否、強引に連れて来させられたカヤツリを見やる。
「どうする? アビドス側は、私たちを警戒しているみたい。スムーズに話が纏まらないかも。二手に分かれた方がいいと思う」
「悪かったな。ある意味俺のせいなのに」
どうやら、カヤツリは罪悪感でいっぱいらしかった。少し小さくなっている。
それは、ヒナの休みを潰したからかもしれないし、こっそり一人で解決しようとしたところをヒナに見つかったせいかもしれない。それか、アコの対応についてか。もしかしたら、思い出せない過去の事か。
ヒナとしては怒るなど。全くその気は無い。埋め合わせも無くていい。くれると言うなら有り難く貰うだけだが。カヤツリが、ヒナを誤魔化そうとしたのは。ヒナの事を思ってなのは分かっている。
「別にいいの。私の休みを潰したくなかったのは分かるし……最低限の連絡はしてくれたもの」
そうヒナは気にしていない事を伝えるが、カヤツリの反応は微妙だった。
「……気づいてないのか?」
「何を?」
聞き返すヒナに向かって、カヤツリは自分の眉間を指で叩く。ヒナが自分の眉間に手をやると、皺が寄っているのが分かった。
自分の相応に機嫌が悪い時の顔が、嫌でも想像できる。
思わず固まるヒナに、カヤツリは心配そうに言う。
「疲れてるか、気分が優れないんじゃないのか? 何でそんな臨戦態勢みたいな……」
「大丈夫。平気」
「本当か……? 最悪、どっちも対処してもいいけど?」
「カヤツリも人のこと言えない」
カヤツリは、未だに続く蹂躙と警戒心の強そうな便利屋たちを見ているが、ヒナには分かる。上手く隠してはいるけれど、顔が強張っている。
「二回目だけど。本当に気にしなくていいの。いつかは来ることが、今来ただけ。それはカヤツリも分かってたでしょう?」
「俺は良いんだよ。無いんだから……」
「嘘つき。心残りが、一欠片もないはずがない」
ヒナに短く刺されたカヤツリは何も言わなかった。
ヒナは知っている。カヤツリは記憶が無いからと、いきなり全てを捨てられる程薄情では無い事を。
そして、ヒナを関わらせないようにした事も。
ヒナが昔、小鳥遊ホシノへこだわっていた事や、カヤツリの記憶喪失を気に病んだのを覚えているからこその行動だろう。
その気遣いは嬉しいし、普段のようなものならいい。ただ、カヤツリは考えが甘いのだ。
数年間向こうから音信不通だったからと。穏便に終わる筈もない。カヤツリは小鳥遊ホシノの事とアビドスの事を全部は知らないのだ。それはもう虚空へと消え去ってしまったから。
だから、カヤツリが知っているのは紙の上の客観的な情報だけだ。カヤツリ自身が身を持って経験したものでは無いから、対応が片手落ち。
カヤツリ側から見れば、小鳥遊ホシノの対応からカヤツリがどうでもいいのだと思われているように見える。向こうからすれば、アビドスを捨てたようにも見えるから、恨まれているとすら思っているかもしれない。
だが、悲しいかな。カヤツリはそういう方面はニブニブだ。色恋のような、それこそヒナのような。損得勘定を大きく超えた好意に対しては、アンテナが鈍い。
──臨戦態勢? 当たり前だろう? 奪われた大事な物を取り返しに来ない女が何処にいる?
これからの小鳥遊ホシノが取るだろう行動が、ヒナには分かる。一時期、小鳥遊ホシノにこだわっていたから。それか、同じ女であるせいかもしれない。
絶対に穏便に終わるなんて事はあり得ない。ヒナの女の勘が盛大に警報を鳴らしている。
だからこその臨戦態勢だった。カヤツリの周りに、小細工をした甲斐もあった。
「それで? 俺はどっちに行けばいい? 考えがあるんだろう?」
カヤツリの声に、ヒナは悩んだ。普通に考えればヒナ自身がアコの方。小鳥遊ホシノへ対応すべきだ。
しかし、爆発の危険があった。しかも、相手はあの小鳥遊ホシノだ。一度、クールダウンさせるべきかもしれない。
悩んだヒナは、一方を選択した。
「アコの方をお願い。アコは後で、文句を言うと思うけど……」
「良いよ、良いよ。いつもの事だし、行政官サマが面倒臭いのは知ってる」
「私からも言っておくから……いえ、逆効果かも」
ヒナの脳内で、アコがカヤツリへ向かって吠えている。何時もの光景だ。
「アコもカヤツリが嫌いな訳じゃない」
「分かってる。そうじゃなきゃ、とっくに口も利いてない」
カヤツリは気にしていない風に言う。実際、全く気にしていないのだろう。割りかし、カヤツリは好き嫌いははっきりしている。嫌いな相手は視界にすら入れない。だから、アコは嫌われているわけではないし、アコも薄々感じている事だ。
「だからって、最低限の連絡事項しか話さないのはどうかと思う」
アコからしたら、試されているように感じてしまうだろう。他のメンバーには普通なのに、アコだけそうだから。だから、攻撃的なのだ。
このままでは、また同じ轍を踏む。アコも悪いが、カヤツリも考慮すべき点はある。大分アコには分が悪いけれども。
そこを指摘するとカヤツリは言い訳のように反論した。
「それは、信用してるからだし……アイツ、口で褒めても嬉しくないだろ」
「ハァ……」
ヒナは、カヤツリの回答に溜め息をついた。さっきのよりも大きいかもしれなかった。
そのまま、不満そうなカヤツリにヒナは正解を教える事にした。
「カヤツリの想像は正しい。アコは文句を言う。絶対に。でも、嬉しくない事はないと思うの。絶対、態度にも口にも出さないけれど」
「……面倒臭い」
その通りだ。面倒臭い。そこはヒナでも否定できなかった。けれど、アコもどうしようもないのだ。
「アコは、カヤツリに負けたくない。勝てないかもしれないけど。それでも、視界にはいたいの。カヤツリにそのつもりはないだろうけど、無視は止めてあげてほしい」
アコは、カヤツリに対抗意識を燃やしている。ヒナに対する貢献具合でだ。ヒナとしては、そんな事に優劣をつけること自体が間違っていると思う。それに、アコにもちゃんと感謝しているのだ。
そのことはアコとて分かっている。でも、どうしようもないに違いなかった。それを聞いたカヤツリが、心底疲れた様にぼやく。
「本当にめんどくさい……」
オフの時の、ヒナ自身の様なジト目になったカヤツリがおかしくて、ヒナは微笑んだ。
「そう、面倒かもしれない。でも、やらなきゃいけない事。それに、昔。カヤツリが私に言った事を忘れたの?」
一瞬呆けた顔を晒したカヤツリは、微妙な顔になった。黙りこくったままのカヤツリに、ヒナはお互い知っている答えを告げた。
「自分らしくしていいんだよね? 無理に他人の真似をしなくていいって。私は私だって。カヤツリはそう言った」
ヒナが昔、ドツボに嵌まっていた時。誰も助けてくれなかった時に言ってくれた言葉だ。ヒナはしっかり覚えている。
「……それを天雨にも適応しろと?」
「そう。アコにばかり我慢を強いるのは公平じゃない。私も、そうしてくれると嬉しい。本部の雰囲気は良い方が良いし……いつかはやらなきゃいけないこと。今のままじゃ、アコは認めてくれない」
「……天雨に祝福してほしいって?」
ヒナが頷くと、カヤツリは仕方なさそうに頷く。その後に何かを思いついた様子だった。いまだに戦闘音が響く、アコの居る方向へと向かいながら意地悪く呟く。
「それなら、天雨の優先度を一番にしていいのか?」
「勿論、一番は……私がいい……けど……」
ヒナは自分が何を口走ろうとしたのか。そのことに気づいて、羞恥心でぐちゃぐちゃになる。それでも、どもりながらも言い切ると、カヤツリはとても驚いたようだった。
「じゃあ、そうするよ……」
そう言って、カヤツリは戦闘の中と駆け出していった。気がつけば、ヒナの心持ちは楽になっていた。さっきの自分の発言で、ぐちゃぐちゃになったおかげらしい。もしかしたら、カヤツリは狙ってやったのかもと、ヒナは感心する。
「私も、頑張らないと」
ヒナは勢い込んで、先生の居る方。便利屋と対策委員会の前へと足を運ぶ。
お互いの声が聞こえる場所まで近づくと、便利屋の陸八魔アルの呟きが聞こえた。
「何であの人じゃなくて、風紀委員長がこっちに来るのよ……!?」
「その方が良いからだけど?」
ヒナの一言を聞いた瞬間。アルの身体が震え出した。
「もう終わりよ……便利屋68はここで終わるんだわ……」
「そんな事はしない。私がカヤツリに無断でそんな事をすれば、私が怒られる」
「え?」
ヒナにとって、当然の答えを聞いたアルは、呆けた表情で固まっている。それを鬼方カヨコが仕方なさそうに耳打ちしていた。
状況把握に忙しい便利屋を放置して、ヒナは先生たちの方に向き直った。
「まずは、謝罪させてもらう」
頭を下げたヒナに、対策委員会の息を呑む声が聞こえた。まさか、そうするとは思っていなかったらしい。アコの与えた第一印象の悪さを、ヒナは全身で実感していた。
「自治区外での戦闘行為、他自治区でのゲヘナ学生の捕縛の為とはいえ、この規模は内政干渉に当たる。ましてや、一方的な横入りなんて以ての外。私達、風紀委員会に他校に対して、そこまでの権限は無い」
カヤツリから聞き出した状況と現在の状況を統合して。ヒナは謝罪文を話す。
「だから、私はシャーレとアビドスの対策委員会に風紀委員会の長として正式に謝罪する。もう今後は許可なく、アビドス自治区内の侵入、取り締まりはしない。部隊は引かせるし、便利屋も一度そちらに預ける。それでどうか許してほしい」
頭を下げながら、ちらりとヒナはアビドス側を確認した。ヒナの謝罪に対して、先生が一人一人に確認を取っているのが見えた。
「アビドス側は、その謝罪を受け入れるみたい。本当は代表を通すべきなんだけど……」
「大丈夫。先生。そのことは把握済み」
仮の代表として、申し訳なさそうに言う先生に、ヒナは言葉を返す。すると、先生は未だに銃声が鳴りやまない方へと視線を向けた。
「それで、これからの事なんだけど……」
「戦闘の事なら心配しなくていい。直ぐに収まる」
ヒナは無線を起動して、アコに一声かけた。それだけで、正気に戻ったのか。風紀委員会側からの銃声が止む。そして、散発的に響いていた銃声も無くなった。
やっぱり、カヤツリを向こうに行かせて良かったと安心する。先生たちへの対応はヒナとカヤツリ、どちらでもいい。逆に、小鳥遊ホシノへの対応はカヤツリの方が良かった。問題は一つずつ解決するべきだからだ。
「……私は、あの人を呼んだんだけど。どうして風紀委員長が来たの?」
何かを怪しむような視線を向けた鬼方カヨコが、ヒナを見つめていた。便利屋からしたら、当然の疑問ではある。ヒナまで、ここに来る必要はないからだ。
カヤツリが現場に急行して、状況を確認。アコにはヒナから連絡を入れさせればいい。それで止まらなくても、カヤツリなら単身で止められるだろう。ヒナと毎日のように訓練した日々は伊達では無い。
ただ、ヒナはどうしてもここに来る必要があった。カヤツリと小鳥遊ホシノをお互い一人の状況で相対させない。そのためだけにだ。
そのために、態々小細工を弄していた。今回はそのうちの一つ、万魔殿の物が起動しただけだ。
小細工の名前は、棗イロハ。万魔殿の中でも常識人の部類に入る。マコトのストッパーには成りえないが、話は通じる部類だ。
勿論、彼女にも悪癖はある。サボり癖がある事だ。だから、ヒナはそこに目を付けた。万魔殿が風紀員会に押し付けてくる雑事。その内、イロハ担当の物をあまり断らないようにしていた。
その見返りとして、カヤツリの監視を頼んでいた。カヤツリをストーカーしろとか、そう言う事ではない。マコトが、ヒナの知らない所で、無茶なことをカヤツリにしないかどうかだけだ。その片鱗でもマコトがそうしようとすれば、ヒナの銃が火を噴くことになる。
イロハも、マコトのやり過ぎには戦々恐々としているから、一も二もなく了承した。万が一の際には、ヒナ自身がストッパーになるのだから、イロハが断る道理もない。
──私は、貴方たち二人の交換日記じゃないんですけどね。
そんな事を言いながらも、彼女がノリノリでやっているのは知っている。ヒナが頼んでもいないことまで聞いて、ヒナに教えてくれることもある。
今朝、急遽鳴った電話で。ヒナは今回のことを知った。その後、カヤツリからかかってきた電話に食らいついて、強引に着いて来たのだ。
「カヤツリが、アビドスに戻ったから。だから私はここに来たの」
「何それ。どういう事……」
意味が分からない。そんな風に見える鬼方カヨコだったが、それは当然だった。
だって、彼女は何も知らないから。きっと全てを知っているのは、あの黒い大人だけ。マトも、ヒナも、カヤツリも。そして小鳥遊ホシノも。あの日の真実は断片的にしか知らないのだ。
ヒナが知っているのは、マトが書きだしたことと、カヤツリから聞き出したことだけだ。でも、ヒナにはそれで十分だった。それだけで、大体の状況を把握できた。
「戻った……?」
先生が、ヒナの言葉に食いついた。普段なら失言だと反省するところだが、その必要はない。今となっては、もうどうでもいい事だったからだ。
先生は、全てを把握したのか、どう言おうか迷っている様子だ。アビドスの対策委員会も、そのことを察したのか、理解が広がっていくのが表情で分かった。
「戻ったって……元々、そのカヤツリって言う人は、アビドスの人だったってこと!? 先生の予想は当たってた……?」
「予想? 聞かせて貰ってもいい?」
「いいけど……」
黒髪のツインテールの生徒が零した言葉を拾って、ヒナは先生に要求する。要求した物は、おおよそ事実に近しいもので、ヒナは内心舌を巻いた。
「……先生は、この事をどうするつもり?」
「出来る事なら、手伝いたい。ホシノが心配なんだ。それに、そのカヤツリ君も」
ヒナは、その答えで。先生の大体の人物像を把握した。随分と人が良い大人だった。このキヴォトスでは珍しい。だからこそ、連邦生徒会長が呼び寄せたのかもしれなかった。
「先生。気持ちは嬉しいけれど。その必要はないの」
「え……?」
しかし、今回の件では出番はない。唖然とする先生に、ヒナは言葉を重ねる。
「これは、もう終わってしまった話なの。もう手遅れで、手のつけようがない。今日は、ずっと皆が放置していた問題の清算に来ただけ」
これが、事件当初なら。それか時間切れになる前なら、話は別だった。しかし、先生に資格はない。
「先生は、悪者になる資格は無いもの」
「悪者?」
「そう、悪者」
この話には、悪者が四人いる。万世マト、空崎ヒナ、兎馬カヤツリ、小鳥遊ホシノ。この中で、誰かが悪者になる必要があった。
きっとあの黒い大人が一番悪いのだとしても、この件には口を挟めない。これはヒナがやるべき事だ。
今までは、今も。マトが悪者をやってくれている。さっきはカヤツリが悪者になろうとした。でも、ヒナはそれが嫌だった。
「私にはある。悪者になる覚悟」
もう、止まっていた時計の針が動き出した。清算の時がすぐそこまでやってきている。その覚悟も準備も、ヒナはとっくに出来ていた。
だから、ヒナはこちらへ近づいてくる気配に向かって告げた。
「貴女の覚悟はどう? 小鳥遊ホシノ」