ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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238話 不変の事実

「覚悟? 一体、なんの話? おじさんには全く見当がつかないけど」

 

 

 ヒナから見た小鳥遊ホシノは、昔の姿から様変わりしていた。

 

 姿も、纏う雰囲気も非常に緩い。表情もさっきまで、風紀委員会を蹂躙していたとは思えないほどの満面の笑み。ただ、一つだけ変わっていないものがある。

 

 

「そもそも、君は誰? 制服を見るに、ゲヘナの生徒みたいだけど」

 

 

 目の奥の鋭い眼光。そこに垣間見える鋭さだけは、過去の写真そのままだった。

 

 

『ホシノ先輩。ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナさんです。さっきの事を謝罪しに来てくれたんですよ。便利屋さん達も、此方に預けてくれるそうです』

 

「……随分、こっちへ譲歩してくれるんだね」

 

 

 理由が丸わかりな満面の笑みを一瞬で消し飛ばして、鋭さしかなくなった顔をホシノは向けてくる。それをヒナは正面から受け止めつつ、理由を説明する。

 

 

「先生たちにも言ったのだけれど。()()()に関しては、全面的にこちらが悪いもの」

 

「へぇ……さっきの人とは大違いだ」

 

 

 ホシノは納得したように頷いて、無線の向こうのアヤネに声を投げている。

 

 

「それで、アヤネちゃん。おじさんがここに来るまでの話はなんだったの? この件以外の話もしてたよね? いきなり覚悟とか言われても、おじさん困っちゃうよ」

 

『それは……』

 

 

 ホログラムのアヤネは、困ったような顔をして言い淀んでいる。彼女からしたら、とても言いにくいだろう。さっきまで、先輩の過去を想像していました。先輩がわざと暴れたのは、昔の同級生の為なんですか。そこに居るのは私たちの先輩になるはずだった人なんですか。なんて。

 

 

「……ホシノは、どうしてゲヘナが嫌いなの?」

 

 

 核心に迫る質問を投げ込んできた先生に、ホシノは戸惑っているようだった。そして、狼狽えもしないヒナと、対策委員会を見て会話の内容を察したらしい。ホシノが取り繕うのを止めたから、緩い雰囲気はどこにもなくなっていた。

 

 

「同級生を……私の相棒を奪ったんだもの。嫌いにならない方がおかしいよね」

 

「やっぱり……風紀委員会に喧嘩を売ったのも?」

 

「そうだよ。私は、カヤツリに来てほしかった。会いたかった。それで、予想は間違ってなかった。やっと会えたんだよ……」

 

 

 この様子だと、カヤツリはホシノと大した会話をしていない様子だった。カヤツリは、ホシノと戦闘行為にまでは発展しなかったらしい。恐らく、ホシノはカヤツリの姿を確認した瞬間に戦闘を止めたのだろう。

 

 

「ゲヘナの制服を着てても一目で分かったよ。あの人はカヤツリに間違いないんだ」

 

 

 沈黙したまま様子を伺うヒナの前で、ホシノは先生の問いへ、しっかりと頷いて答えていく。

 

 

「それでも、手段が強引じゃないかい?」

 

「あのまま終わっちゃったら、カヤツリは来てくれない。どうせ、会いに行っても会わせてくれない。それに手段が強引なのは、ゲヘナでしょ……!」

 

 

 先生の咎めるような問いに。そう、言い切ったホシノは、じろりとヒナを睨んだ。

 

 

「それで、覚悟って? あのマトとか言う奴だけじゃなくて、君も。カヤツリが居なくなったことに関係してるの?」

 

 

 関係しているどころか、その場にいた。それを今言っても、ホシノの怒りに油を注ぐだけに見える。油ならまだよくて、ガソリンかもしれないその答え。それを考えなしに投下するのは憚られた。カヤツリと会って、多少頭が冷えたと思ったのだが。

 

 カヤツリは暫く、ここまで来ない。アコや負傷したイオリや他の部員を纏めなければならないからだ。

 

 そうしなければ、ホシノは話など耳に入らないだろう。この様子では、カヤツリに意識が持っていかれて、話どころではなくなる。 

 

 だから、ヒナは情報共有から始める事にした。

 

 

「しているし、貴女の予想は当たっている。一緒に来たのは間違いなくカヤツリ。そして、私は小鳥遊ホシノ。貴女が知らないことを知ってる」

 

「……それがどうしたの? 君たちが、今の今まで。カヤツリを隠して、返さなかったことには変わらない」

 

 

 ──返さなかった。

 

 

 そのホシノの言葉に、ホシノがゲヘナに感じている、ある程度の事をヒナは察した。どうにも、ヒナたちゲヘナ側が、カヤツリを悪意を持って拘束したと考えているらしい。色々言いたいことはあるが、一先ずヒナはそれを飲み込んだ。

 

 

「けれど、私は貴女の状況を知らない。先生もいる事だし、すり合わせから始めたい。貴女の望み通りになるとしても、そうはならないにしても。先生がいた方がスムーズだから」

 

 

 ヒナの告げたもっともらしい利点をホシノは噛み砕いている。

 

 ホシノの目的は、カヤツリのアビドスの帰還だろう。それは色々な手続きがいるし、ゲヘナ内からの反発も必至だ。先生が居なければ、まあ無理な相談だ。

 

 そして、本当なら。ホシノとヒナの二人で片をつけるつもりだったが、先生やアビドスの後輩も巻き込むべきだ。この様子だ。下手をすれば、ヒナが対応を間違えた瞬間に暴発するだろう。

 

 少しばかり、マトから聞いた黒い大人の言葉の意味が分かった。確かに、契約違反だ。

 

 ヒナは頭を悩ませる。兎に角、現状をホシノは知る必要があるだろう。

 

 ホシノは、カヤツリしかいなかった時のままではない。後輩が出来るまでに、今の今まで努力し続けたのはホシノなのだから。それをしっかりとホシノに示せるのは、アビドスの後輩たちしかいない。それくらいは目の前にいる先生という大人はやってくれると信じるしかない。

 

 

「どう? 貴女も知りたい事があると思う。それに、先生も、貴女の後輩たちも。疑問があるはず。いきなり、見ず知らずの人間を先輩だと言われても混乱すると思うけど?」

 

「……そうだね。皆はカヤツリの事知らないんだもんね。いいよ」

 

 

 ホシノは、ちらりと先生たちの方を確認して。ヒナの提案を了承した。それにヒナは頷いて、先手を譲る。

 

 

「まずは、小鳥遊ホシノ。貴女からお願い。私もアビドスの時のカヤツリは知らないから」

 

「知らないの? カヤツリに聞き出したりとか……」

 

「いいえ。カヤツリは話さなかったから。私は知らない」

 

 

 それを聞いた途端に、ホシノの表情が明るくなる。それは一瞬だけだったが、ヒナは見逃さなかった。ずきりと胸が痛む。

 

 

「カヤツリは途中から……そうだね。丁度二年前の今頃、アビドスに来たんだよ」

 

 

 ホシノはゆっくりと、ヒナの知らないカヤツリの事を話し続ける。

 

 最初は仲が悪かったこと、ある事件を切っ掛けに相棒になったこと。それからの、ホシノにとっての、恐らくは当然だった日々の事を。

 

 それを、先生や対策委員会は神妙な顔で聞いている。便利屋たちは、空気を読んだのか。離れたところで様子を見ている。逃げる様子は微塵も感じられなかった。

 

 

「ある時。カヤツリは仕事に行くって言ったんだ。時々、カヤツリはそうやっていなくなることがあった。それで、カヤツリは帰って来なかった」

 

 

 話を聞いていたアビドスの対策委員会の息を呑む音が聞こえた。それすら聞こえないのか、ホシノは淡々と話そうと努めているように見えた。

 

 

「私は、最初大丈夫だって思ってた。その時は手が離せない……そんな状況じゃなかったのもあるし、カヤツリが帰って来ないなんて。私は夢にも思わなかったんだよ」

 

「ホシノ先輩……」

 

 

 対策委員会は、物悲しい雰囲気で満ちていて。ヒナの気分が落ち込んでくる。だが、まだ続きがある。まだ、ヒナの知る場面まで先がある。

 

 

「恐怖に駆られた私は、帰って来ないカヤツリの部屋を調べた。部屋中をひっくり返して、ようやくカヤツリがゲヘナとアビドスの境界に行ったことが分かった」

 

「二年前……ゲヘナとアビドスの境界付近?」

 

「ノノミ? 知ってるの?」

 

 

 何かに感づいたのか、ノノミが口を押えている。それを見たホシノは力なく笑って言った。

 

 

「シロコちゃんは知らなくてもしょうがないよ。小さい事件だったからね」

 

「爆発事故があったんです。カイザーの新兵器が暴走。ゲヘナの部隊に被害を出したと……」

 

 

 正直言って、今のヒナにはあまり気分のいいものでは無かった。罪悪感で胃がキリキリと悲鳴を上げている。これから先の事は知っているし、結果も知っている。そして、この話の結末も。

 

 

「その場所は、カヤツリの行った場所だった。そこで、私は……カヤツリの装備を見つけたんだよ……」

 

「もしかして、マトが来るようになったのって……その後かい?」

 

 

 先生の質問に、ホシノは小さく頷いた。そして納得したように、ノノミが呟く。

 

 

「だから、ホシノ先輩はゲヘナが嫌いなんですね……その事件の後に来るようになったのなら、関係があるとしか思えませんから……」

 

 

 なるほどと。ヒナは思う。これで、さっきまでの距離感の正体が分かった。ホシノがゲヘナに対して、敵愾心を隠そうともしなかったからだろう。あくまでホシノ個人の感情でしかなかったが。そんなところに、便利屋の爆破やアコの謀が襲来すればそう言った方向に傾くのも当然だ。

 

 強い視線を感じて、意識を向けると。話し終えたホシノが、ヒナを睨みつけていた。

 

 

「私の知ってることは話したよ。次は、君の番」

 

「私が話すのは、その仕事と契約について」

 

「契約……」

 

 

 何か、覚えがあるのか。ホシノは短く言葉を繰り返している。それを無視して、ヒナは契約について話す。

 

 

「契約は、まだアビドスに居た時のカヤツリと、マト先輩。万世マトとの間の物。内容は、アビドスに眠る宝物を探し出して、ゲヘナと取引する事。その見返りとして、ゲヘナはカヤツリへ。そうね……ざっと八十億円を譲り渡すこと」

 

『八じゅ──!?』

 

「そんなの、アビドスの借金を返してもお釣りが来るじゃない!?」

 

 

 アビドスの一年生の驚愕の声が聞こえる。二年生組も声は出さないが、驚きに目を見開いていた。ただ小鳥遊ホシノ一人だけが、驚いていなかった。それを確認して、ヒナは静かに、マトから聞いたことを口に出す。

 

 

「そう。カヤツリはそうするつもりだった。借金を返して、残金でアビドスを立て直すつもりだった。他にも色々、考えていたみたい」

 

「そうだよ……カヤツリが行くんだもの。そのくらい美味しいよね。払う気はあったか知らないけど」

 

 

 ホシノの言葉の意味は分かる。ゲヘナが払うつもりのない金額を提示して、罠に掛けたとでも言うのだろう。そうだったなら、どれほどよかっただろう。そうなら、カヤツリはあそこまで空っぽにならなかった。思わず、ヒナは反論した。

 

 

「別に、払うのが惜しくなったとか。そういった事情じゃない。あれは、本当に事故だった。契約は、そんなに甘くないし、まだ生きている。契約とはそういったモノだということを貴女は知っているはず。カヤツリが教えてくれたでしょう?」

 

 

 少しだけヒナの声に怒気が乗った。それが予想外だったのか、ホシノはそれ以上何も言わなくなる。

 

 

「あの爆発は事故だった。間違いなく。私は、そこにいたんだもの」

 

 

 アレは、ヒナの後悔だ。休めと言ったマトの言葉をヒナは無視した。その結果があれだ。マトの計画を破綻させたのは、ヒナ自身で。ヒナは、その後始末すら関わらせてもらえなかった。全部抱え込んで、マトは悪役になったのだ。

 

 今も、アビドスで遺産を探している。カヤツリとの契約を果たすこと。必要な事とは言え、それがマトの責任だから。もう居なくなった、マトが殺してしまったカヤツリへの償い。

 

 後悔が滲んだ声で、ヒナは続きを口にする。

 

 

「その事故で、カヤツリは大怪我を負った。カヤツリは仕事をこなしたけれど、一ヶ月も目を覚まさなかった」

 

「それで、そのまま。そのままゲヘナに連れ帰ったってこと!?」

 

 

 ホシノが激昂する。その怒りをヒナは否定した。

 

 

「違う。マト先輩は、アビドスにカヤツリを帰そうとした。アビドスはそれどころじゃない状態だったもの。それを貴女は、契約と同じようによく知ってるはず」

 

「──ッ」

 

 

 ホシノは歯を食いしばって、叫びを押し殺す。そして、感情を失くそうと努力しただろう低い声が、ヒナまで届いた。

 

 

「じゃあ、どうして。どうして、カヤツリは帰ってきてくれなかったの!?」

 

「契約のせい」

 

「それは、ゲヘナの──」

 

「違う。マト先輩のでは無くて、もっと前から、カヤツリを縛り付けていた契約」

 

 

 全員が理解が追い付いていない。そんな顔をしている。だから、ヒナは話の方向を変えた。

 

 

「カヤツリは、交渉が得意。それこそ、誰よりも。材料さえあれば、誰が相手でも意見を飲ませられる。それは、アビドスでもそうだった?」

 

「……うん」

 

 

 頷くホシノに、ヒナは当然の答えを吊り下げた。

 

 

「なら、教えた人間がいる筈。カヤツリには才能はあったけど、それを教えて研磨した人間が居る。その人間との契約が、カヤツリを縛っていた」

 

 

 ホシノは黙ってしまった。何を思いついたか、つかないのか、表情が歪んでいる。それを見かねたのか、先生が口を挟んだ。

 

 

「それは……誰とのだい?」

 

「恐ろしい雰囲気を纏った大人。黒づくめの、黒服って名乗る大人だと。そうマト先輩は言った」

 

「黒服……! なんで……!? なんでカヤツリが……!? まさか黒服の紐付きだったの……! それで、黒服の命令で、アビドスに……!」

 

 

 ホシノが、狂乱したように身をよじった。余程信じられない事だったのか。それか、黒服をホシノは知っているのだ。それは、マト伝てに聞いた様子からも分かる。

 

 

「その大人は、カヤツリにこう言ったみたい」

 

 

 ──貴方をアビドスには帰しません。それは、貴方との契約に反します。

 

 

「契約……その内容は?」

 

 

 それどころではないホシノの代わりの先生の質問に、ヒナはため息をついた。

 

 

「カヤツリが何者なのか。それをカヤツリ自身がはっきりと言えるまで、その大人が援助する。その代わりに、カヤツリは言うことを聞く。そういう内容」

 

「え……?」

 

 

 先生は困惑の声を上げている。もっと酷い、悪意に満ちた契約内容を考えていたのだろう。けれど、内容はいたって普通で、むしろ善意に満ちた物だ。

 

 

「その大人は、カヤツリがアビドスに帰る事が。カヤツリの為にならないと判断した」

 

「……なんで?」

 

 

 俯いて、長い髪で表情が良く見えないホシノが、ヒナへと一歩踏み出した。

 

 

「何で! 黒服の命令で、アビドスに来たのは良いよ! なら、どうして! どうして、そんな事──」

 

「カヤツリは、アビドスの日々を失くしてしまったから」

 

 

 ホシノの足が、地面に張り付いたかのように動かなくなった。石像みたいに固まってしまったホシノに、ヒナは淡々と告げる。

 

 

「あの日、カヤツリが目覚めてから。カヤツリには何も残っていない。カヤツリは全部、失くしてしまった」

 

「あ……あ……あ……嘘、嘘だよ……」

 

 

 ヒナの言葉を聞いた瞬間。ホシノがヘナヘナと地面へ崩れ落ちる。そんなホシノへ、ヒナは出来るだけ感情を殺して言い放った。

 

 

「カヤツリは、記憶喪失なの」

 

 

 そんな言葉が、虚しくその場に響いた。ホシノからは、さっきまでのような反論は、なにもなかった。

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