ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
黒い服の人との取引は蹴った。そもそも受ける気はなかった。まず先輩を置いていけないし、先輩の事だから反対するだろう。それにカヤツリを説得できるとは思わなかった。それに昔カヤツリが言ったように、対価と報酬が釣り合っていないとホシノは思ったからだ。
「じゃあ、行ってくる。先輩の事頼んだ。まあ大丈夫だとは思うけど」
「気をつけなよ。カヤツリ」
早朝の生徒会室でホシノとカヤツリは話していた。先輩はまだ来ていない。ホシノは相変わらず寝不足の日が続いていたし、カヤツリも変わらず夜遅くまで空き教室に籠っていた。先輩はあの日以降はしっかり帰っているようだった。
この日はカヤツリが出かける日だった。前にも聞いた通り今日から1週間ほどかかるらしい。こんなに長期間カヤツリがアビドスを空けるのは、ビナー退治の前後以来だが、特にホシノは心配していなかった。あの時のような変な雰囲気ではないからだ。
それに、先輩とカヤツリが二人一緒にいるところを見て、また胸が痛くなるのは辛かった。黒い服の人と遭遇してから今日まで、二人とまともに話せていない。ただ今日からはユメ先輩と二人きりだ。そうなるのは久しぶりで、前みたいに話すことが出来るはずだ。そうすればきっとこの胸の痛みもなくなるだろう。
そのまま、カヤツリが生徒会室から出ていくのを見送る。またろくに話せなかった。
ホシノはカヤツリとの時間が好きだった。
カヤツリが来て初めて同学年の仲間が出来たのだ。初めは悪人だと思っていたが、そういったことは時間を重ねるうちに払しょくされていった。だって、ホシノの意見は全部ではないけれど、おおむねは聞いてくれるし、先輩のいつもの失敗だって一緒に止めてくれる。何回か自分が失敗したときも軽口で流してくれる。
カヤツリがやってきてから少しずつ余裕も生まれてきて、砂色だと思っていた青春が輝きだした。今まで先輩と居た時間が楽しくなかったとは決して言わないが、同じくらい楽しいし、少し前までは3人の時間も楽しかった。
先輩はどちらかというと、ホシノが面倒を見ているような、尻拭いをしているような、先輩に引きずりまわされているような感じがして時々イラつくこともある。カヤツリの時は少し違った。
──ああ、ホシノはそうしたいのか。
──少し危ないから、やり方変えるぞ。ここは譲れないって? 譲れるとこはどこだ?
──これで良いな? よし、行こうか。
そんなふうにホシノのやりたいことを聞いて、それに修正を加える形でいくから、パトロールの時だって、そうではない時だって、達成感が違う。自分一人じゃないという安心感があった。ホシノのやりたいことは聞いてくれるが、逆にカヤツリはやりたいことをあまり言わない。そこは先輩みたいに図々しくなればいいのにとも思う。
「ホシノちゃん。おはよう!」
カヤツリと入れ違いに先輩が登校してきた。相変わらずテンションが高い。ただ今日は理由が聞けるだろう。先輩に挨拶を返してから、ずっと聞きたかった事を尋ねてみることにした。
「ユメ先輩。最近何かありましたか? ずっと機嫌がいいじゃないですか」
「うん。いいことがあるからね」
それは見れば誰でもわかる。ホシノとしては理由を教えて欲しいのだ。こっちはそれがずっと気になっているのに。
「それは今日の終わりに教えてあげるよ。ホシノちゃんのために、私もカヤツリ君も頑張ったんだからね」
何かのサプライズパーティか何かだろうか。ホシノは色々考えたが、予想がつかなかった。別に誰かの誕生日でもないし、記念日でもなかったからだ。それにカヤツリも頑張ったというのが気になった。
「カヤツリが何かしてるんですか? 今日から居ないのはそれのせいですか」
「今日の仕事は関係ないみたい。ただ私が忙しい分、私の分の仕事を代ってもらってたの。帰ってきたら少し仕事を減らしてあげないと」
どうもカヤツリが遅くまで残っていたのは、先輩の仕事を代わりにやっていたからだったようだ。でも、あの夜二人で話していたのは何だったのか、ホシノは聞いてみたくなった。ただストレートには聞くことはできない。夜隠れてパトロールしていたことがバレてしまうからだ。悪いことをしているわけではないのだが、なんだかばつが悪かった。ホシノは少し頭を使ってみた。まずは様子見から。荷物を下ろして机で仕事を始めようとする先輩に問いかける。
「仕事って何をやってもらったんです?」
「生徒会長の仕事かな。意外と大変なんだよ。ホシノちゃんもいつかやることになるんだからね」
「まだ、大分先の話じゃないですか」
少し涼しくはなってきているが、まだ季節は夏といってもよかった。先輩が言うようなことはまだ先のはずで、カヤツリにも同じようなことを言われたのを思い出す。少し嫌な気分になるが、今の話で少し安心した。
「だから、ユメ先輩はカヤツリとよく話してたんですね。その生徒会長の仕事を教えるためなんでしょう?」
「うん。でもカヤツリ君はすぐ覚えちゃったからね。今は私より速いんじゃないかな……」
先輩は自分で言って落ち込んだのか、語尾が落ち込んでいる。カヤツリが覚えるのが速かったのなら、余程の量を詰め込まれたのだろう。少しホシノはカヤツリに同情した。
「そんなに多いんですか。カヤツリも大変ですね」
「うーん。そんなでもないよ? 私も加減したからね。途中から私が疲れて、お喋りすることも多かったから」
先輩の回答にホシノは固まる。聞きたいことを聞けるかもしれなかったが、いざその段になってみると中々聞きにくかった。
「どんなことを話したんですか?」
「えっとね。これからの事とか、ホシノちゃんの事とか、私の事とか……色々?」
──なるほど。随分楽しそうに話したらしい。それを思い出した先輩の表情で察することが出来た。ただカヤツリが自分の事をどう思っているかなんて聞けるはずがなかった。ホシノにも羞恥心くらいある。
「じゃあカヤツリは、先輩の事なんて言ってたんですか?」
「うえっ?」
急にそんなことを聞かれるとは思わなかったのか、先輩が虚を突かれたような顔になった。その反応をみてホシノは嫌な予感がした。いつもの先輩なら何でもないような顔で言うはずなのだ。ホシノの視線に両手の指を突き合わせて何かをごまかすように先輩は言う。
「ホシノちゃんと方向は違うけど、頼りになる先輩だと思ってる……って」
「……もういいです。パトロールに行ってきますから」
すっぱり先輩との会話を打ち切って、逃げるように生徒会室から出た。
──聞かなきゃよかったな。ホシノは後悔した。あんな挙動不審な先輩を見るのは初めてだ。
考えてみれば当然で、カヤツリがホシノにやってくれていたことを先輩にやっていない方がおかしい。それを自分は夜のパトロールのたびに見ていたはずで、別にホシノだけを特別扱いしているわけではないのだ。そんな事にも気がつかなかった自分がバカみたいだった。
そんな暗い気分を振り払うかのように、ホシノは外へ駆け出した。
□
「こんなものですか」
足元に倒れ伏すチンピラたちを見下ろしてホシノは呟く。パトロールの途中で先輩から電話がかかってきたのだ。急いで向かえば先輩が連れ去られそうになっており、そのチンピラたちをなぎ倒して今の状況になっていた。チンピラたちは気絶して起き上がってくる気配はなく、ホシノは一息ついた。
「ひぃぃぃん……ありがとぉ。ホシノちゃん」
「あれほど外に出るときは気をつけてくださいって、言ったじゃないですか。何の用で外に出たんですか」
「ちょっと用事があってね……。探し物があったんだ。でも大丈夫! ちゃんと見つかったから」
さっきまで攫われそうになっていたとは思えない様子の先輩にホシノは呆れる。探し物がなんだか知らないが、毎度毎度同じミスをするのはいい加減にして欲しかった。ただ、もうそろそろ日が暮れる。早くしないと暗くなるし、またチンピラに絡まれるのも御免だった。それに、先輩が秘密にしていたことも教えてくれる時間が近づいていた。
生徒会室に戻れば、もう外は真っ暗だった。先輩はうきうきした様子で何かの用意をしていた。きっと朝言った”いいこと”なのだろう。
「じゃーん! ホシノちゃん見て見てー! アビドス砂祭りの昔のポスター! さっきやっと見つけたの! この時はまだオアシスが湖みたいに広がってたんだよねー。はい、これはホシノちゃんにあげるね!」
先輩が何かよくわからないポスターを広げて、ホシノに渡す。昔のポスターか何かで少し埃っぽかった。まさかこれを探してチンピラに絡まれたのだろうか。それにこれが”いいこと”なのだろうか? こんな、もうできる見込みもなさそうなお祭りのポスターが?
震えるホシノの様子に気づかない先輩はそのまま話すのをやめなかった。
「えへへ、すっごく素敵でしょー? もし何か奇跡が起きたら、またこの頃みたいに人がたくさん集まって──」
「奇跡なんて起きっこないですよ。先輩」
ホシノは怒っていた。奇跡? 別に奇跡自体をホシノは否定はしない。先輩が言うなら、ホシノやカヤツリが来たことだって奇跡だし、あのビナーとかいう奴を倒せたのだって奇跡だろう。
ただ奇跡は座して待つだけでは訪れないことをホシノは知っていた。奇跡は頑張って初めて訪れることをビナーとの戦いで知っていた。そんなものは気軽に訪れない。そんな事があったらこんなことにはなっていない。イライラと胸の痛みがまた噴出してきた。カヤツリを巻き込んで、自分があんな思いをして、今も苦しいのに、出てきたのがこんなもの?
「そんなもの、あるわけないじゃないですか。それよりも現実を見てください! こんな砂漠のド真ん中にもう大勢の人が来るわけないでしょう!? 夢物語もいい加減にしてください!」
もうホシノは自分を止められなかった。今までため込んでいたものが噴出していた。こんなポスターなんかの事を、先輩とカヤツリに今まで話してもらえなかったことが悲しかった。なんだか涙が出てきて前が良く見えなかった。
「うえぇ、ホシノちゃん……ごめんね? でもね。まだ続きがあって、カヤツリ君と……」
「……っ」
自分の中でまた何かが切れた音がした。カヤツリといったか? まさか、この1ヶ月相手にしてくれなかったのも、このポスター関連のせいなのだろうか?
先輩に頼まれたらカヤツリは断れないだろうから。それとも喜んで協力したのだろうか。カヤツリは自分より先輩の方が大事なのだろうか?
私の事を相棒だって言ったのに。ずるい。ずるい。ずるい。先輩ばっかり。
「もっとしっかりしてください! あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!? もう少しその肩に乗った責任を自覚したらどうなんですか!」
自分の頭の冷静な部分が叫んでいる。これは八つ当たりだ。今すぐやめた方がいい。先輩の話の途中だ。これは先輩だけの問題じゃないこともわかっていた。先輩がもっとしっかりしていたら、カヤツリがもっと頼ってくれていたら、自分がもっと強かったら、今こうはならなかった。
分かっている。1ヶ月前からずっと胸が痛くてとっくに限界だったことも。これがただの嫉妬だということも。自分より先輩を優先したのが気に入らなかったことも。自分じゃ先輩には勝てないことも。今すぐに、落ち着いて先輩の話を聞いた方がいいことも。
ただ自分の心と身体は言うことを聞いてくれなかった。怒りと悲しみと嫉妬でどうしようもなかった。手に持ったポスターを破り捨てる。もうホシノの何もかもが、今破れたポスターみたいにぐしゃぐしゃだった。
「もう二人で仲良く勝手にやってください! もう知りません! 先輩もカヤツリも、もう知りません! もう三人の生徒会は終わりです!」
「ホシノちゃん! 待ってよ! 話を──」
先輩が何か言いたそうに声を上げるが、ホシノは無視して生徒会室から飛び出した。全力で走ったせいか先輩は追ってこなかった。