ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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239話 本当に悪いのは?

「……これが、カヤツリがアビドスに帰らなかった理由。契約に縛られ、帰る理由もないともなれば、私たちゲヘナが引き取るしかなかった」

 

 

 ヒナの言葉に、ホシノは何の言葉も発さなかった。地面に崩れ落ちたまま、何事かをブツブツ呟いている。

 

 その様子に、ヒナは内心安心していた。

 

 別に、勝ち負けは関係ない。必要最低限の情報だけを開示して、納得させることが出来た。

 

 ヒナとて、無意味にホシノを傷つけたかったわけでは無い。今も十二分にホシノは傷ついているが、まだまだ序の口に過ぎない。今ならまだ被害者でいられるからだ。

 

 

「それでも! 連絡くらいは──」

 

「それは、無理なんです。シロコちゃん……契約と言っていたでしょう?」

 

 

 ホシノを庇うように前に立ったシロコが、ヒナに向かって吠える。けれど、それはノノミの言葉で尻すぼみになっていく。このネフティスの令嬢が、もしかしたら一番契約の効力を知っているからだろう。

 

 

「契約……なんで、連絡くらいはしたっていいはず……」

 

「したら、どうなると思う?」

 

「それは……」

 

 

 ヒナの言葉で、シロコのただでさえ尻すぼみになった声が小さくなる。それは、今さっきのホシノの様子で一目瞭然だった。この点に関しては、ヒナも疑問ではあったが。直に見て確信した。この様子では、契約に差し支える。

 

 もしも伝えることが出来たなら、黒服がそれを契約で制限しなかったのなら。ホシノはカヤツリに縋りついただろう。何としてでも、アビドスに縛り付けようとしたはずだ。

 

 この後輩たちは知らないだろうし、ホシノも伝えてはいないのだろうが。同時期に梔子ユメも姿を消している。一人ぼっちになってしまったホシノは、そうはなるまいと必死だ。絶対に手段を選ばない。

 

 カヤツリには記憶がないが、ホシノにとって。それは大した問題にはならない。無いなら教えればいいし、ホシノから見たカヤツリを押し付ければいい。

 

 そして、カヤツリもバカではない。記憶が無いのだとしても、自身がホシノをこうしたのだと、嫌でも理解するだろう。きっと無下には出来ないし、ホシノの我儘に付き合い続ける。ホシノがそうであってほしいカヤツリを演じるだろう。もしかしたら、カヤツリ自身ですら無自覚にそうするかもしれない。

 

 カヤツリには寄る辺が無い。記憶が無いからだ。それを、ホシノにとって都合の良いそれを差し出されれば、カヤツリはそうするしかない。

 

 だから、黒服は契約違反だと判断したのだ。自身でそれを選ぶのなら、それはカヤツリの選択だ。それを選ぶに足る記憶が、根拠がある。しかし、今回はそれが無い。アビドスに行ったところで、出来上がるのはホシノにとって都合のいいカヤツリだ。他人から押し付けられたものを、答えとするのは強引にもほどがある。

 

 

「これで、理解はしてくれたと思う。便利屋の処遇が決まったなら、風紀委員会へ連絡をお願い」

 

 

 ヒナは、足早に話を纏めにかかった。踵を返して、カヤツリとアコの待つ方へと帰らなければならない。

 

 これで、目的は達したから。これ以上の情報をこの場で浴びせる必要はない。ヒナの目的は、ホシノを痛めつけるためではない。カヤツリの代行だ。

 

 この話に、ヒナが首を突っ込む必要性はない。これは、カヤツリ自身の問題であって。ヒナとカヤツリの関係性でも首を突っ込むのは筋違いだ。

 

 けれど、ヒナは嫌だった。唯々、マトとカヤツリが泥を被るのが嫌だった。仲間外れで、独りぼっちにされるのが嫌だったのだ。

 

 マトが今もやっていることはさっき言ったとおりだ。なら、カヤツリは何をしようとしていたのか。ヒナには簡単に分かる。今、ヒナがやったことをそのままやるだけだ。

 

 唯々、あったことをホシノへ告げればいい。記憶を失った事、連絡しなかった事を言わずに、態度で示して。縋りついてきても、お前なんか知らないと突き放せばいい。

 

 それが、カヤツリの願い。カヤツリの事を忘れて、ホシノには自由になってほしいという我儘な願い。

 

 カヤツリの手段は雑だった。徹底的に悪人になる。ホシノを唯々突き放せば、愛想を尽かす。そうして、全てを振り切ってホシノはカヤツリを忘れる。それが外側からの情報だけで、話せる情報を選んだうえで、必死に、ホシノを守るために構築したであろうカヤツリの計画。

 

 

 ──本当にカヤツリは……小鳥遊ホシノに甘すぎる。

 

 

 手口は荒っぽいが、全部小鳥遊ホシノの為だ。マトと黒服の情報から組み上げた。かつてのカヤツリの願いを叶える事。それをカヤツリは自身のけじめとしたのだ。

 

 

 ──それで、小鳥遊ホシノが本当に愛想を尽かすと。そうカヤツリは思ってる……相変わらず鈍いんだから……

 

 

 そんなわけはない。絶対にホシノは諦めない。記憶が無くてもカヤツリはカヤツリだから。ヒナも、そこだけはホシノと同じ気持ちだった。

 

 しかし、ホシノにカヤツリをあげるという訳にもいかない。何時までも、過去のカヤツリを求めたところで意味はない。カヤツリにもホシノの為にもならない。ホシノは一人で立たなければならない。

 

 だから、突き放した。真実の中の、ある程度強い情報で正面から殴りつけた。逃げ場を失くして、第三者であるように見えるヒナから殴りつけた。それは痛いだろう。とても辛い。怒りもあるだろう。でも、辛くても、どうしようもなくても、もう取り返せなくても、まだ選ぶことはできる。何時までも、過去に蹲っていてはいけない。そこに付け込む大人がいるからだ。

 

 そのまま昔のカヤツリとして縋りつくのは、今のカヤツリに対して酷いことだ。それを受け止めて、尚もカヤツリを求めるというのなら。ヒナは真っ向から立ち向かうつもりでいた。

 

 ここで全ての情報を打ち明ければ、ホシノは尋常でないショックを受ける。それは、ヒナも避けたいところだった。恋は戦争(love is war)とは言うが、ヒナも手段は選ぶ。

 

 しかし、今日はここまでだった。これ以上はオーバーキルになる。後日、ゲヘナへ押しかけて来たとしても、今の精神状態よりはマシだ。

 

 契約の抜け道はあるとはいえ、それは向こうも同じだ。それに受け取り手がこの様では、マトの取った手段は通じないだろう。

 

 

「契約は大丈夫なの?」

 

「……それは、どういった意味で?」

 

 

 そう思って、背を向けようとした身体を引き戻して。ヒナは振り返った。質問の内容と同じように、先生は心配そうな顔をしている。

 

 

「今、アビドスにいるじゃないか。それに、今私たちに話している。私は、その契約の範囲がどこまでかは知らない。けれど、大事なものなんだろう?」

 

 

 ヒナの背中に冷や汗が流れる。質問の内容は問題ないが、あまり契約の事を掘り下げられたくはなかった。

 

 

「大丈夫のはず。そうでなきゃ、カヤツリはここまで来ない。幾ら、呼ばれたからってね」

 

「なら、どうして今になって話すことにしたんだい?」

 

 

 やけに先生が食いついてくる。それは、今も項垂れたままのホシノの為なのだろう。少しでも、彼女の立ち直れる材料を探したいという意図が透けて見える。

 

 しかし、ヒナはここら一帯が地雷原に変貌した事を感じとる。先生は、きっと諦めない。下手な答えで逃げられない。しかし、あまり直接的なことを言えば、ホシノが立ち直れなくなるかもしれない。それはダメだ。一番避けなくてはいけない。やり過ぎは厳禁だ。

 

 

「……それは、去年の今頃に契約が満了したから。今、カヤツリは契約から解放されている」

 

 

 それを聞いた先生と幾人かは不思議そうな顔になった。その疑問が、アヤネの口からそのまま飛び出す。

 

 

『なら、どうしてその時に説明しなかったんですか? その時なら、まだアビドスはヘルメット団に襲われていませんでした。時間なら幾らでもあったはずです』

 

「もう一つ。別の契約があるの」

 

 

 仕方なく、ヒナは隠し玉を切った。渋々といった様子で、焦る内心を悟られないようにヒナは口を開く。

 

 

「契約満了時。黒服はカヤツリの所まで来た。カヤツリの答えを聞きに来たの」

 

 

 ピクリとホシノが反応するのが、ヒナの視界の端に見えた。ヒナはそれを見ない振りして、先生へと答える。カヤツリの答えは知らないから言えないのだ。

 

 

「そこで、黒服とカヤツリは新しい契約を結んだらしい」

 

「らしい?」

 

「……私は、その場に呼ばれなかったから」

 

 

 またまた不思議そうな顔になった先生に、ヒナは小さく呟く。やっぱり、カヤツリみたいにはいかないという焦りが、ヒナの声を小さくさせていた。

 

 

「契約内容は、黒服がアビドスに手を出さないようにすること。その契約は今も続いてる」

 

「……なんで? カヤツリは、覚えてないんでしょ……!? なんで黒服にそんな事……」

 

 

 ホシノが俯いていた顔を思い切り上げた。目が真っ赤になって、縁に涙が溜まっている。けれど、ヒナがホシノに言えるのはこれだけだ。

 

 

「……分かってるはず。もしかしたら、私よりも。貴女はカヤツリを知ってるでしょう?」

 

 

 そう言われたホシノは黙りこくってしまった。今度は俯かずに、何かを考え込んでいる。それを見て、ヒナは良くない兆候に焦りを覚える。どことなく嫌な予感にヒナは絡めとられている。

 

 多分、記憶が無くても。カヤツリは黒服を怪しんだのだ。記憶はなくとも、経験はそのまま残っている。その経験が、カヤツリに何かを知らせたに違いなかった。

 

 

 ──本当に上手くやったと思うよ。カヤツリは小鳥遊ホシノを守った。

 

 

 紙に書かれたマトの言葉を不意に思い出す。思えば、最初から黒服の行動はおかしいのだ。カヤツリとの契約は善意に満ちたものに見える。しかし、それならアビドス以外が絶対に良いはずだ。借金でなくなる可能性も含めて、期間を一年に区切っているところからそれが分かる。

 

 黒服は、カヤツリにアビドスに居て欲しかったのだ。しかし、カヤツリが記憶を失った瞬間に、態度を変えた。アビドスには帰さない上に、それとなく口止めすらした。マト先輩は無視していたけれど、結果としては変わらなかった。

 

 つまり、黒服的には、直ぐにアビドスに戻られては困るのだ。

 

 

 ──あの大人の狙いは、小鳥遊ホシノなんじゃないかね。

 

 

 それが、カヤツリとマト先輩の結論だった。確かに、カヤツリの帰還で影響がありそうなのはホシノの状態くらいだったから。それで、カヤツリは条件を出したのだ。

 

 

「カヤツリとマト先輩は、他人へそれらを()()()()を禁じられた。代わりに、()()()()のアビドスの接触を禁じた。これで分かった?」

 

『……はい』

 

 

 アヤネは納得したように引き下がる。ホシノは少し回復したようだが、まだ立ち直ってはいない。他のアビドス生たちも何も言えずに、沈んだ顔をしている。

 

 

「そろそろ、お暇させてもらう。そちらも便利屋への処遇を決めなければならないはず。それに、この店の店主にも説明が必要」

 

 

 廃墟を指差せば、アビドス生たちはまだ座り込んだままのホシノへ、対応することにしたらしかった。

 

 ヒナの気分は一仕事終えた気分で、気が抜けていた。一安心して、帰ろうとしたヒナの背中に、ホシノの鋭い一言がぶつけられるまで。

 

 

「どうして、君は知ってるの?」

 

 

 □

 

 

「……さっき言ったはず」

 

 

 ホシノの目の前で、風紀委員長──空崎ヒナが静かに言う。その表情は無表情に近いが、どこか焦りのようなモノをホシノは感じ取った。

 

 

「二人は、他人へ話すことを禁じられたのに? どうやって知ったって言うのさ」

 

「……その契約前に聞いたのよ。二年生までの古い契約には、アビドスへとしか言われていないみたいだったから」

 

 

 その答えに、一瞬納得しかけた。確かに、それならつじつまが合う。古い方の契約には、アビドスへ伝える事を禁止していたのだろう。

 

 しかし、それはおかしい。

 

 

「……今の話だよ。今の話は、知りようがない。その場にでもいない限りは」

 

「……」

 

 

 ヒナは黙ってしまう。ホシノは勢いづいて、更に畳みかけた。

 

 

「君は、そこに居なかったって言った。それなら知らないはず。でも、知っているのなら。契約で話せない。黒服はそんな甘い奴じゃあないし、ずっとアイツから接触はないからね」

 

 

 黒服はそういう奴だ。契約が守られている限り、それを絶対に順守する。それは、過去のカヤツリへの金払いを思い出せば納得できた。あのビナーの懸賞金も、黒服からだったのだろう。

 

 そして、黒服から接触が無いのはおかしい。一時期毎日のように契約を迫ってきたことを思えば異常事態だ。黒服なりの理由があるはずで、それは契約くらいしか思いつかなかった。

 

 

「唯一考えられるのは、盗み聞きだけど。それならそう言えばいい。どうせ全部、嘘っぱちなんでしょ」

 

「違う……」

 

 

 ホシノの全身に力が満ちた。さっきまでのショックは抜け落ちていた。もしかしたら、また嘘かもしれないのだ。また、騙されるところだったとホシノはヒナを睨みつける。

 

 

「じゃあ、カヤツリに会わせてよ。話をさせてくれたら、それでいいよ」

 

「絶対にダメ……!」

 

 

 今度はハッキリと、ヒナの顔に焦りが浮かんだのをホシノは見逃さなかった。自分の中の予想が確信へと変わっていくのが、よく分かる。

 

 

「そもそもさ。おかしいんだよ。伝える事が禁止されているのなら、なんであの女は私の前に何回も現れたの?」

 

 

 それは、矛盾だった。伝えられないというのなら、違う意図で現れたはずだ。もしかしたら、初めから騙すための布石だったのかもしれない。

 

 大体、カヤツリ、カヤツリと気に入らないのだ。そう呼んでいいのはホシノだけだ。さっきから、言葉の端々に感じる距離の近さがホシノの神経を逆なでしている。

 

 

「それは……」

 

 

 ヒナは口籠ってしまう。それを見て、ホシノは今までの話の信頼度を下げた。嘘と本当が混じっている気配がプンプンする。微妙につじつまが合っていない。

 

 

「……また後日にしよう。ホシノ」

 

「……急に、どうしたのさ。先生」

 

 

 いきなりそんな事を言う先生に、ホシノは怒りを滲ませて振り返る。先生は真剣な瞳でホシノを見ていた。

 

 ホシノの様な怒りではなく、純粋に心配の感情が乗っているのが分かった。ユメ先輩が時々する瞳だったことを思い出して、頭が少し冷えた。

 

 

「今、ホシノはちゃんと話を聞ける状態じゃないと思う」

 

「そりゃ、こんな出鱈目を言われたらね」

 

「……ヒナは嘘は言ってないと思う。それは、ホシノも分かってるはずだよ」

 

 

 先生はどこか確信を持っているようだった。それがホシノには腹立たしくしか映らない。皆が、カヤツリと会う事を邪魔するのだ。目の前のヒナも先生も黒服もマトも。冷えた頭が、また怒りで加熱されていく。

 

 

「……何でよ! 何で、誰も説明してくれないのさ!」

 

「してるよ。皆、ちゃんとしてくれてる」

 

「してない!」

 

 

 ホシノは叫ぶ。もう頭がぐちゃぐちゃだった。信じたい事と信じたくない事が頭の中でグルグル回って、もう滅茶苦茶だ。もう取り繕えなかった。

 

 

「ホシノが欲しい答えは、きっと何処にも──」

 

「──先生。ダメ! それ以上は……」

 

「ヒナ? なんで……」

 

 

 先生とヒナが、何やらモメ始めた。またもやホシノは置いてけぼりだ。後輩たちも事態の把握が出来ずに、オロオロしている。ホシノは、もうに何も分からなくなっていた。

 

 昔に、分かりやすく説明してくれたカヤツリは居なくなってしまった。ホシノはずっと頑張ってきたのだ。一人で頑張ってきた。ホシノの願いは一つだけだ。簡単な願いのはずなのに、それが全く叶わない。

 

 

「会いたいよ」

 

 

 思わず零れた呟きは、ひび割れたアスファルトに吸い込まれてなくなってしまう。砂漠に吸い込まれた水みたいで、思わずホシノは涙がこぼれた。

 

 もう、ホシノの心はカラカラに干からびていた。冷たい水が欲しいと叫んでも、それは目の前で消えてなくなってしまう。

 

 いつもこうだ。ホシノがいくら頑張っても、全部取り零して消えてなくなる。もう、ホシノは限界だった。誰も、ホシノを分かってくれない。誰も本音で話せる人間が居ない。

 

 だから、ホシノは叶わない願いをもう一度言う。

 

 

「会いたいよ。カヤツリ……」

 

 

 けれど、幾ら口に出したところで。叶わないのは分かっている。ホシノが望む答えは何処にもないのだ。

 

 

「くるしいよ。助けてよ……」

 

 

 孤独がホシノを苛み続けている。弱音が口から溢れるが、何も変わらない。

 

 

「ユメ先輩……」

 

 

 思わず溢れた言葉に、ホシノは情けなくなってくる。カヤツリよりも会えない人に助けを求めたところで、どうしようもない。そもそも、ホシノのせいで居なくなってしまったのに。

 

 

「あ……待ってよ。嫌だ……嫌だ……そんな」

 

 

 ホシノは、愕然とした。嫌な考えに思い至ってしまったからだ。

 

 

 ──話せない。それは、文字通りの意味ではなかったのか?

 

 

 ヒナは言った。話せないと。それは、話せないだけで。他の物なら契約をすり抜けられる。そういう事ではないのか?

 

 例えば、手紙とか。それなら、話していない。書いただけだ。だから、ヒナは知っていたのだ。それに、黒服の方もそうであるのかもしれない。

 

 黒服からだ。黒服からの接触が禁止なだけで、ホシノからは禁止されていない。

 

 ワザとだ。カヤツリと黒服のことだから、お互い分かってやった。この穴が、お互いの妥協点だった。

 

 

「あ…待って、それなら、それなら……私は、私は……」

 

 

 そう。今の想像が正しいのなら。マトは伝えに来てくれたのだ。口で言えなくても、何か別の方法を使うつもりだったのかもしれない。

 

 それを、ホシノは拒絶した。ユメ先輩とカヤツリが居なくなったことに耐えられないホシノは、カヤツリの分をゲヘナへ被せたのだ。

 

 ゲヘナが悪いと。カヤツリが居なくなったのはアイツらのせいで、ホシノは悪くないと。実際、それは一部分は正しかった。ただ、その後は違う。

 

 話を聞かなかったのは、ホシノ自身のせいだ。ホシノが諦めたのだ。ホシノ自身が、カヤツリを手放した。カヤツリの生存の可能性よりも、ゲヘナという便利なサンドバッグを維持することを選んだのだ。ゲヘナのせいにすることが、ホシノの中で当たり前になった。

 

 

 ── 疑念、不信、暴力や嘘。そういうものを当たり前だと思うようになったら自分を見失っちゃうよ。

 

 

 ユメ先輩は、正しかった。そうなったホシノは、自分自身を見失った。そのせいで、カヤツリを取りこぼした。そのせいで、カヤツリは帰ってこない。もし、もしも、マトの話を聞いていたら。カヤツリは隣に居たかもしれない。記憶がなくても、また一からやり直してくれたかもしれない。

 

 それをホシノは、自分から放り捨てた。何にもホシノは変わっていなかった。その事に気がついてから、乾いて、軋み始めていた心がバラバラになりそうな程にくるしい。

 

 

「何だ。私のせいじゃないか……私が、カヤツリを……」

 

 

 カヤツリだけではない。ユメ先輩もだ。全部、ホシノが何とか出来た筈なのに、出来なかった。それどころか、何もしなかった。自分を守るので精一杯だった。

 

 それが導き出す答えは一つだった。短く、諦めと絶望が混じった声で、ホシノは言葉を吐き出した。

 

 

「私が、カヤツリを……ユメ先輩を……二人を、殺したんだ……!」

 

 

 その瞬間に、世界が赤紫に染まるのをホシノは見た。そして、それが、小鳥遊ホシノとしての最期の光景だった。

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