ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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241話 人生の時間の使い方

 また映像機器が唸りを上げて、部屋の光景が切り替わる。今度は、見覚えのある場所だった。

 

 

「今度はアビドス校舎……? 暗……」

 

 

 セトは訝し気に周りを見回すが、どこからどう見てもアビドス校舎の教室だ。月明りに照らされた砂まみれの床と、入口から見えるオンボロの廊下が、そうだと主張している。

 

 確かに、投入したディスクにはミレニアムと書いてあった。前回のと同じであるのならば、ミレニアム校舎から始まるはず。渋面を作る隣のホルスを、セトは軽く小突く。

 

 

「また、カヤツリの記憶が飛んだところからだと想像してたけど?」

 

「あれは、レアケースです。ゲヘナルートへの分岐は、あれしかないので」

 

「ふーん……」

 

 

 ホルスの答えは納得できるものだった。ああいった事態でもなければ、カヤツリはアビドスを捨てては行かない。さっきホルスに言ったとおりだ。そのくせ、ホルスは納得できなさそうな顔なんかして……

 

 そこまで考えて、セトは声を漏らした。

 

 

「……今回は、そういうパターン?」

 

「そうですよ。今回も、いえ、今回は特に。私にとって胸糞が悪いです」

 

 

 ホルスは苛立ちを隠さずに、教室の机を指で小刻みに叩く。それを見たセトは、面倒くささを察知して、眉間に皺が寄る。

 

 セトが、カヤツリを擁護した時。ホルスは不満そうな顔をした。それはつまり、ホルスはそうは思わなかったという事だ。

 

 つまるところ、今回はカヤツリがそういうことをするのだ。記憶を失わないままに、アビドスを出て行くに違いない。ホルスにとっては胸糞が悪いだろう。

 

 どういった経緯で、そういった事態になるのか。セトには予想がつかない。そんな簡単にアビドスを捨てられるなら、それこそ話は簡単だったろうに。過去のセトも、テクスチャを書き換えようとしなくても良かった。

 

 

「今は、いつ頃なの? 夜みたいだけど」

 

「それはですね……おや?」

 

 

 兎にも角にも情報が足りない。セトは日時を尋ねるが、ホルスは途中で答えるのを止めた。止めて、廊下の奥を見ている。

 

 

「ん? 何?」

 

「……来ましたね。着いてきてください」

 

 

 勝手に自己完結したホルスは、セトを置いて。ゲヘナの時と同じように廊下へと出て行ってしまう。余りの配慮のなさに文句もそこそこで追いかけるセトの耳に、何やら声が聞こえてきた。

 

 

『嘘つき!!』

 

 

 ホルスが進む先。恐らくは空き教室。そこから、声は聞こえてきた。声の主は嫌でも分かる。

 

 

『何で!? 何で、今更、そんな事を話すの!? なんでもっと早く……!!』

 

 

 ホルスが、細く開けた教室の扉。そのせいで、声はさっきよりもよく聞こえた。隙間から覗けば、セトの予想通りに。小鳥遊ホシノが怒鳴り声をあげていた。

 

 怒鳴り声とは言うが、半分涙交じりだ。泣きながら怒鳴っている。そんな小鳥遊ホシノの正面で、カヤツリが俯いて、唯々ホシノの怒号を受け止めている。

 

 

「……今は、二年目のいつ?」

 

「ああ、髪型ですか」

 

「さっさと答えて。細かく言って、早く」

 

 

 泣きながら、カヤツリへと怒号をぶつけるホシノに歯噛みする。もう、結末は分かり切っていた。後は時期さえ分かれば、絵図が引ける。ホシノの髪型から、二年生のいつかは分かるが、それ以上は分からないから聞いているのだ。

 

 

「カヤツリの契約満了前です。細かく言うなら、カヤツリの様子がおかしくて、砂狼シロコや十六夜ノノミですら。何かに感づいていた時期。カヤツリが引継ぎ資料を作っていた時期ですね。二年生の春です」

 

「最悪……」

 

「ええ。本当にね」

 

 

 教室の中の雰囲気は最悪だ。カヤツリは何も言わないし、ホシノは怒鳴り続けている。そして、それを自分たちは陰から覗いている。その必要はないのに、何だか居心地が悪い。

 

 最悪なのは、教室の雰囲気だけではない。タイミングも最悪だった。

 

 ホルスの言う通りなら、カヤツリが限界だった時期だ。余りのストレスに、今のセトを生み出すくらいに苦しんでいた時期。

 

 けれど、結局カヤツリは持ちこたえた。ずっと秘密を抱え続けて、ホシノの大丈夫であろうタイミングまで我慢することが出来た。しかし、この様子では、そうは出来なかったのだろう。

 

 

『なんだ。結局ユメ先輩が大事だったんだ。私なんて、どうでもよかったんだ。だから、ずっとユメ先輩との秘密だったんだ……そんなの、そんなの……』

 

 

 予想通りの内容で、セトは呆れる。ホシノの精神状況も限界なのは分かるし、そこは同情するが。余りにも独りよがりだ。カヤツリの事を何も考えていない。辛いのは、ホシノだけではない。そのことにまで考えが及んでいない。最悪の結末へ転がり落ちていくのが嫌でも分かる。

 

 

『出てって! ()()()()()()()()()! 一人で好きにやればいいじゃない! ユメ先輩の言いつけ通りにさ!!』

 

 

 ホシノが叫んだ致命的な言葉に、セトは思わず両手で顔を覆った。今の言葉で、カヤツリの中の何かが砕けたのが分かってしまったからだ。

 

 

『分かった……』

 

『えっ……?』

 

 

 ようやく、ホシノはカヤツリの様子がおかしかったことに気がついたらしい。限界を超えてしまったカヤツリの様子に愕然としている。今頃、自分が言い放ったことが頭の中でリフレインしているに違いない。その証拠に、どんどん顔色が青くなっている。

 

 

『待っ──』

 

 

 カヤツリは、ホシノの言葉を無視して。教室の窓から飛び出してしまった。普通に昇降口から出ればいいが、カヤツリも一刻も早くここから出て行きたかったのが分かる。

 

 教室で立ちすくんだままのホシノを見て、セトは届かないし意味がないと知りつつも、悪態をつかずには居られなかった。

 

 

「さっさと追いかけなよ。間に合わなくなる」

 

 

 が、そうできていれば。ホルスがあの表情をするはずもない。ホシノは立ちすくんだまま、何もしない。

 

 どうせ、頭の中ではどうしようか考えているのだろう。しかし、どう謝って良いのか分からないのだ。それで、固まったままになっている。数分か、数十分か、それだけの時間を掛けて、ホシノが出した結論は最悪だった。

 

 

「あーあ。帰るんだ。逃げ出すなんて、最悪の選択なのに」

 

 

 さっき、自分自身が言った言葉を忘れたのだろうか。それとも、たった一日やそこらでできないとでも思っているのだろうか。もしかしたら、信じているのだろうか。明日になれば、お互い頭が冷えて、謝れば元通りだと。ホシノは、部屋から出て行けと言ったのだから、アビドスから居なくなるなんてあるわけないと。

 

 

「ハッ……バカだね。その最後の楔を砕いたのは自分自身なのに」

 

「楔? それは何なんです?」

 

「小鳥遊ホシノ自身に決まってるでしょう?」

 

 

 機嫌が悪そうに呟くホルスへ、呆れしかない声でセトは答えた。

 

 

「カヤツリはね。他の誰に、なんて言われようとも。最終的に意見を曲げなかった。ただ、それは外野だったから。外野だったから、距離を置いて意味を考えられた。アイツの為、アイツに対する責任がカヤツリを縛っていた」

 

 

 しかし、今回はそうではない。ホシノは意図せず、カヤツリの地雷を踏んでしまった。

 

 

「カヤツリがここに居たのはね。アイツと梔子ユメに対する罪悪感。それだけじゃないし、他にもいろいろある。比重だって違うんだけど、今の時期のカヤツリはそう思ってる。実際は違うのだとしても、カヤツリ本人がそう思うなら。そうでしかないんだから」

 

 

 そして、その本人から言われてしまったのだ。顔を見たくないと。出て行けと。

 

 

「ああ言われちゃあね。あの時のカヤツリは全部自分のせいだと思ってたから。だから、距離を置くか考えていた時期でもある。契約って言うアビドスに居る理由も無くなりかけていたし。()()の意味なんかも考える余裕はないか……」

 

 

 自分がいるせいで、梔子ユメの事を思い出すのではないか。そんなことを考えていた事をセトは知っている。ずっと迷って揺れ動いていたことを。

 

 

「しかし、私たちの方ではそうはならなかった。何故です?」

 

「さっき最悪って言ったけど……最悪なのはタイミング」

 

「そう変わりますか? 私たちの世界とそう時期はズレていません。そんな心変わりするような出来事なんて……」

 

「あったでしょう? 柴関の大将との会話が」

 

 

 セトの言葉に、ホルスは驚いたように目を丸くしている。

 

 

「それだけですか?」

 

「それだけで十分なの。あれだけで、あの言葉たちだけで。カヤツリは覚悟を決められた」

 

 

 ──これからは、もう誰のせいにもできないからさ。でもこれからは坊主がやったことと、その結果の責任は坊主がとるんだ。それが怖くて、不安で、たまらないんだろうさ。

 

 ──でも、何もしないということは、ずっとそのままでいるってことだ。ずっと怯えるのは誰だって嫌だろ? その”何とかしてやりたい”って気持ち自体は何も悪くないんだからな。

 

 

 大将の冷たいようで、暖かい。優しい刃物の様な言葉たちを思い出す。その言葉と、カヤツリ自身の意思。それを抱え続けて、カヤツリはあの時期を駆け抜けた。

 

 黒服の揺さぶりにも、ホシノの暴走にも、辛い現実にも立ち向かうことが出来た。しかし、ここのカヤツリはそうでは無いのだろう。

 

 

「大将と話す前。黒服から契約の満了をチラつかされた後。後輩たちと話す前。まだカヤツリの覚悟が決まっていない時期。将来の不安で揺れ動いていた時期。今回、そこにアイツは突撃した。してしまった」

 

 

 セトの居た世界では、我慢できずにホシノは暴走したが、あの時にはカヤツリの覚悟は決まっていた。契約満了直後というのもあるだろう。傷ついて、ボロボロになって破れかぶれになっているホシノを受け止められた。

 

 しかし、ここではそうはならなかった。まだ、カヤツリの覚悟が定まらない時期に、ホシノは突撃した。引き継ぎの書類と最近の様子のおかしさに不安を感じて、突撃してしまった。

 

 

「どうせ、引継ぎ資料の事を問い詰めて、カヤツリの隠してたことを聞きだしたんでしょう。カヤツリが、最後の最後まで隠してた秘密を」

 

「砂漠横断鉄道と梔子ユメの件ですか?」

 

「それ以外に何がある? カヤツリが隠してたのは、アイツが耐えられないと思ったから。それで、案の定耐えられなかったわけ。まあ当然のお話なんだけど……それよりもさぁ」

 

 

 つばでも吐くように、セトは吐き捨てて。仏頂面のホルスへ釘を刺した。

 

 

「その顔は何様なの? カヤツリの所為じゃない。タイミングが悪いのもそうだし、カヤツリも限界だった。そして、アイツは甘く考えすぎ。同じ轍をまた踏んだね」

 

 

 心のどこかで思っているのだ。カヤツリはずっといてくれると。そんな甘えをホシノは心に抱えている。それだから、あんなことが出来るし、追いかけもしなかったのだ。

 

 

「どうせ、明日になって謝ればいいとか思ってるんでしょうけど。学習しないね。梔子ユメはそうはならなかった。それを身をもって知ったはずじゃなかったの? カヤツリだって万能じゃないんだ。まだアイツと同い年なんだよ」

 

 

 そんな事を言っているうちに、セトはイラついてきた。もっとしっかりと自分で立てばいいのに。それが出来れば話が早いのに。それだけの事がいつまでもできない。そのくせ、それを自分で分かっているのだ。だから、いつも盗られやしないかと怯えている。

 

 怖くて、自分ではどうしようもできなくて、そのくせ、どうしてそんな気持ちになるのか分からない。カヤツリに当たる事しかできない。いっつも自分の都合だけ。だから社会性が無いというのだ。

 

 それを、カヤツリのせいにするのは筋違いだ。自身の情けなさは、そいつ自身の所為だ。さっきからカヤツリが悪いみたいなことを言うのに腹が立って。じろりと、セトはホルスをねめつける。

 

 

「確かに、カヤツリが居なくなったことが引き金かもしれない。けれど、それは八つ当たり。君が限界なのも考慮してもね。それ以上ふざけたことを言うなら、私は怒る。カヤツリはアイツを救うための道具なんかじゃない。君がやられて嫌だったことを、私が嫌だと思っているなんて、君が怒りを露わにした人間と同じことを言ってるって、露とも思わないの?」

 

「……すみません」

 

 

 仏頂面のホルスは、謝った後、居心地が悪そうにしている。それを無視して、セトは淡々と事実を積み重ねる。

 

 

「……カヤツリは、もう耐えられなかった。隠していたことを話したのがその証拠。大丈夫だと思って話したんじゃなくて、抱えきれなくなって話した。もう後先なんか考えられてない。アイツの事も、後輩のことも、アビドスの事も、自分自身の事ですら」

 

 

 しかし、セトはそれでもいいのだと思う。カヤツリにとっての幸せが一番だ。多少は距離を置いた方が良い事もある。時間が解決するという事もある。仕返しには丁度良いというくらい感情がある事は否定しないが。

 

 そして、カヤツリがこの後どうなったのか。それを確認する必要があった。

 

 

「ほら、カヤツリの場面を映して」

 

 

 セトに小突かれたホルスは黙って指を鳴らした。

 

 

 □

 

 

「随分とまあ酷い顔だ。何があったのです?」

 

 

 アビドス校舎から逃げ出したカヤツリを待っていたのは、オーナー(黒服)だった。相変わらず何を考えているか分からない表情で、カヤツリの自宅の前で待ちかまえていた。

 

 

「オーナーの事です。知ってるんじゃないですか?」

 

「クックックック……ええ。知っています。手酷く振られ……いえ、振りましたね。だからここに来たのですよ」

 

 

 それを聞いたカヤツリは顔を顰めた。顰めて、動揺を悟られないようオーナーへと問いかける。

 

 

「契約ですか?」

 

「その通りです。分かっているようですね」

 

 

 機嫌よく頷いたオーナーは、懐から紙を取り出した。見覚えのあるそれに、カヤツリから息が漏れる。

 

 契約は失敗した。カヤツリは今日を最後にアビドスから追い出される。あと数日が足りなかった。恐らくはカヤツリに何かをさせるために、ここまで足を運んだに違いなかった。

 

 

「契約満了まであと数日です。彼女と喧嘩したとはいえ、アビドスに居る事くらいは出来るでしょう。今夜は、明日からどうするかを聞きに来たのです」

 

「……え? 契約は……」

 

「何を驚くことがあるのです? 貴方への契約内容は、アビドス高校へ一年間入学すること。この対応は当然のことでしょう? アビドス高校はまだ残存している。そして、彼女が貴方を退学させようにも、理由失くしてそれは出来ない。そもそも、彼女は正式な生徒会長ではありません。ですから、数日後に貴方は自由の身になる」

 

 

 カヤツリの反応に、むしろオーナーの方が驚いていた。一通りの理由を話して、納得したカヤツリを心配そうに見つめている。心配……? この男が?

 

 正直信じられないが、向こうはそのつもりらしかった。声に安心が滲んでいるのが分かる。

 

 

「その様子では、今来てよかったという事です。流石、超人と呼ばれるだけはありますね。この事態など、お見通しという訳ですか。古い知り合いというのは、私にも意味が分かりませんが」

 

 

 ぶつぶつと呟いたオーナーは、三つの封筒を取り出した。それを、カヤツリに向かって差し出す。

 

 

「これは?」

 

「三大校への入学書類です。どうにも、私の偽造がバレていたようで。これをカヤツリ君にと」

 

 

 あっけらかんと話すオーナーとは対称的に、カヤツリの全身を焦りが覆った。そんなカヤツリを、オーナーは手で制止する。

 

 

「これは、私の不手際です。ですから、カヤツリ君が気にする必要はありませんよ。交渉は私がやっておきました。返事は何時でもいいそうです。寧ろ丁度いい機会だと思いますが」

 

「丁度いい? それは、アビドスを辞めろってことですか?」

 

「それ以外の選択肢があるのですか?」

 

 

 オーナーの言葉に、カヤツリは呻いた。オーナーは尚も追撃を重ねてくる。

 

 

「”()()()()()()()()()”そう彼女は言っていましたね。それを無視して、明日も登校して何の意味があるのですか? 貴方の貴重な人生の時間の浪費です」

 

「でも、シロコ達が……」

 

「ああ、狼の……それもカヤツリ君が気にすることではありませんよ。アビドスに来たのは彼女たちの選択です。彼女たちの人生にカヤツリ君が責任を持つ必要はない。勿論、ホシノさんの人生もね。それにホシノさんが出て行けと言ったのです。彼女が後始末位はやるべきだと思いますがね。むしろそのつもりでしょう。登校したところで、怪訝そうな目で見られるだけです」

 

 

 言いくるめられようとしているのが、何故か分かった。オーナーは、カヤツリをアビドスから引き離そうとしていた。でも、反抗しようという気持ちが湧かなかった。カヤツリの中の芯が、ポッキリと折れていた。

 

 

「なんで今更、そんな事を。オーナーがアビドスに行けと言ったんでしょうに」

 

「ええ。そう言いました。しかし、期限は区切りました。それが近づいている今。カヤツリ君に選択権がある。貴方の人生なのですから当然のことです。もし今日の事が無ければ、私はこれを最後まで見せるつもりはありませんでした」

 

 

 カヤツリに渡した書類が無くなって、自由になった手で。オーナーはここから見えるアビドス校舎を指差した。

 

 

「カヤツリ君。貴方がアビドスに居たいというなら、それも良いでしょう。貴方の人生です。しかし忠告です。貴方の人生は、それでいいのですか?」

 

 

 いいとは、即答できなかった。以前なら迷う事もなかったそれが、その答えが。口から全く出てこなかった。

 

 今までは、契約で縛られていた。しかし、それはもうなくなるのだ。これから、どうすれば良いのだろう。

 

 ユメ先輩やホシノの事。それを助けたかった。それを許してくれるなら、カヤツリは頑張ることが出来た。それを理由にすることが出来た。

 

 

 ──出てって! ()()、顔を見たくない!

 

 

 しかし、その理由は砕けてなくなってしまった。オーナーの言う通りだ。カヤツリがアビドスに居る意味はない。

 

 カヤツリの所為で、ユメ先輩は死んだのだ。カヤツリの所為で、ホシノは苦しんでいるのだ。だから、顔も見たくないなんて言ったのだ。カヤツリの顔を見れば、嫌でも思い出すからだろう。アビドスから出て行ってほしいのは当然のことだ。

 

 

「あの時聞いた、カヤツリ君が何をしたいのか。その答えを急かすつもりはありません。しばらくは向き合う事も難しいでしょう。そして、別に、今までの事を捨てろと言っているわけではありません。アビドスに居なくとも、アビドスの為に出来る事はあるのではないですか?」

 

 

 手元の三つの封筒を睨む。ゲヘナ、トリニティ、ミレニアムへの封筒を。確かに、アビドスでなくてもできる事はある。金銭など最たるものだろう。アビドス以外なら、カヤツリは幾らでも稼げるのだ。

 

 しかし、ゲヘナはダメだ。何やらごたついているらしいから、マトに迷惑が掛かる。それにこれはカヤツリの不手際だ。砂漠横断鉄道の権利の恩もある。それは避けたかった。

 

 トリニティはもっとダメだ。あそこは、関係性が出来上がっているし、二年生からの途中入学など火種しか呼ばないだろう。監視だってつくかもしれない。

 

 なら、選択肢は一つだ。ミレニアム。あそこは新興の学園だから、しがらみというものは無い。しかも、あそこは技術などの実力主義。そもそも、最初。契約が終わったならミレニアムに行こうと思っていたくらいだ。

 

 それに、もう疲れた。オーナーの言う通りにするのもいいのかもしれない。ホシノに対して思ったように、悲鳴を上げ続けているカヤツリの心も、いつか時間が解決するのかもしれない。

 

 兎に角、カヤツリは何も考えたくなかった。ずっと、ホシノの言葉。”もう顔を見たくない”が頭の中でリフレインしている。

 

 

「……これにします」

 

「分かりました。明日から準備を始めれば間に合うでしょう。ホシノさんの邪魔は入らないようにします。その方がきっといいでしょうから。良い夢を。カヤツリ君」

 

 

 どこか上機嫌な黒服に封筒を返して、挨拶もせずにカヤツリは部屋の中に倒れ込んだ。玄関の中で仰向けになってしまって、固い床で背中が痛い。

 

 何故だか涙が止まらなかった。それが背中の痛みの所為なのか、胸の痛みの所為なのか。それとももっと別の事なのか。それが何なのかも分からないまま、カヤツリは逃げるように目を閉じた。

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