ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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243話 ミッドナイト・エスケープ

「ふぃー、久しぶりの外だぁ!」

 

 

 物理錠との格闘の末、反省部屋の外に出たコユキは、パジャマ姿のまま歓喜の声を上げた。

 

 何せ、久しぶりの娑婆だ。反省室の詰まった空気とは解放感が違う。大きく伸びをしたコユキから愚痴が零れた。

 

 

「全く、あのくらいで、あそこまで怒らなくてもいいじゃないですか……」

 

 

 たかが、セミナーの予算から一千万ほど資金を頂こうとしただけだ。全体から見たら端金だし、前に怒られたから、ほかの部からは取っていない。そんなに大事ならちゃんと仕舞っておけばいいのに。

 

 そんな言い訳を展開するも、セミナーの書記である生塩ノアの凄みのある笑顔を思い出して、コユキはぶるりと身震いする。

 

 淡々と、コユキ自身の行動を時間付きで問い詰められる。嘘をつけば、違いますよね? とあの笑顔で押し潰される。お前は間違っていると、確かな証拠で追い詰められる。

 

 コユキは閉じ込められるのが嫌いだ。反省部屋に監禁されるのは勿論、ノアの問い詰めも。

 

 ノアは全部覚えている。コユキのやった事を全部。とんでもない事だ。口では絶対に勝てない。コユキの自由をまた違った形で束縛している。

 

 そして、嫌な事からは逃げるに限る。

 

 

「早く、こんなところから逃げないと」

 

 

 コユキの頭の中で逃走経路が繋がって行く。ずっと暖めていた計画が火を噴く時だ。

 

 

「やっぱり、誰もいないみたいですね」

 

 

 脱獄の喜びもソコソコに、コユキは人気のない廊下をこっそりと覗く。

 

 閉じ込められていたせいで、曜日と時間は定かではないが、コユキの勘と窓の外の暗闇が、今が深夜である事を教えてくれていた。しかし、油断するにはまだ早い。

 

 抜き足差し足忍び足。気配と足音、息を殺して廊下を進む。

 

 向かう先は外ではなくセミナー本部。コユキの所属であり、私物が保管してある場所だ。

 

 勿論、鍵は掛かっているし、道中もそう。内部だってセキュリティが動いている。しかし、コユキにとって、そんなものはなんら障害になりはしない。

 

 

「それ!」

 

 

 押し殺した掛け声と共に、目の前の電子錠が音を立てて解錠される。

 

 これが、コユキの力だった。鍵、パスワード、暗号。そういったものの答えがノータイムで分かる。隠し持っていた、ヴェリタスからの押収品であるハッキング用の電子端末があれば、こんな物は敵ですらない。ニシシと笑いながら、コユキは呟く。

 

 

「ユウカ先輩も甘いですよ」

 

 

 ユウカはバカではない。これを隠し持った所で、すぐにバレてしまう。だからフェイクの端末をもう一つ隠し持っていた。

 

 ユウカは、フェイクの一つを見つけた時点で満足して、その後の検査は雑だった。

 

 そして、コユキの閉じ込められていた反省部屋。あれもただの物置だ。人を逃がさない様には出来ていない。電子錠に、後付けの物理錠がコユキを封じ込めていたが、あれは間に合わせだ。非力なコユキでも、時間を掛ければ破壊出来る。

 

 そして、この先全ては電子錠。セキュリティのパスワードも、何もかもがそうだ。それら全ての答えがわかるコユキには敵わない。コユキの目の前には自由が広がっている。

 

 

「にはははは! 誰にも私は止められなーい!」

 

 

 全てのセキュリティを手中に納めたコユキが扉に近づけば、頭を垂れる様に鍵が開いていく。まるで王様にでもなったみたいで、愉快な気持ちになって、足どりも軽くなる。

 

 そのままのテンションで、コユキはセミナー本部へと飛び込んだ。

 

 

「とうちゃーく!」

 

 

 本部はガランとしていて、怖い先輩達の姿はない。今頃は寮か家でグッスリ夢の中の筈だから、普段は出来ない事もできる。

 

 コユキは自身のロッカーから、予備の制服を取り出す。パジャマのままなのは、寝込みを捕まって反省部屋に押し込まれたからだ。いつも結んだ髪も解けて後ろへ無造作に流した状態だった。

 

 

「これでヨシですね」

 

 

 制服に着替え終わったコユキは自信満々に胸を張る。髪は後でいい。今は先に優先するべき事がある。

 

 コユキの机は、ユウカやノアの机と比べて、雑多な物で溢れていた。それらをかき分けて、コユキは目当ての物を引きずり出した。

 

 

「後は……少しばかり頂いていきましょうか」

 

 

 コユキはパソコンを立ち上げて、手をつけて良さそうな資金を探し始める。

 

 今のコユキに必要なのは、一人で生きていける金だからだ。

 

 今日、コユキはミレニアムから逃げ出そうとしていた。理由は簡単だ。ここに自由は無いからだった。

 

 

「何で、私ばっかり……」

 

 

 中々、手をつけても直ぐにはバレなさそうな資金が見つからない。そのせいか、コユキの口から文句が溢れた。

 

 

「何で、ダメなんですか……ユウカ先輩たちはいいのに。どうして私はダメなんですか」

 

 

 一度溢れれば止まらない。言葉になるもの、ならないもの。コユキ自身ですら上手く言えない鬱憤がグツグツ煮えたつのが分かる。

 

 だから、コユキがこうなった。あの日のキッカケが嫌でも思い浮かんだ。

 

 

 ──なんか、面白い事無いですかねぇ……

 

 

 端的に言えば、ミレニアムに入学したばかりのコユキは退屈していた。

 

 それは、ミレニアムがコユキの思った場所ではなかったからだ。コユキは我慢しないでいいと思っていたのに、ここはそうではなかった。そのギャップが、退屈をさらに後押ししていて、それが破裂した日だった。

 

 コユキは我慢した。皆がダメだというからだ。理由は誰も教えてはくれないのに。しかし、いつまでもそうは出来ない事に頭が回らなくて。そして、あの日。ついやってしまったのだ。

 

 とても欲しい物が有ったが、コユキの手持ちでは足りなかった。貯めてから買えばいいと思うが、それは期間限定だった。その時のコユキには、どうしても手が届かないモノだった。

 

 普通なら諦める。お金は都合良く落ちてもいないし、足りない金額もそんな少額ではない。

 

 だが、コユキは普通ではなかった。コユキだけの力が、才能があった。あらゆるパスワードを、過程を無視して当てられる。そんな才能が。

 

 そして、その日のコユキは知っていた。新入生のミレニアム生、全員に周ってきたからだ。程近くの路地を抜ければ、キヴォトスに幾つか存在するブラックマーケットの一つがある事を。

 

 迷う理由はなかった。欲しいものがあって、それを手に入れるのに必要なお金を手に入れる力がある。それを持っているのは悪人ときた。コユキを止めるモノはもう何もなくて、コユキは我慢の末に押し殺していた力を解放した。

 

 

「ちぇっ……」

 

 

 その時の解放感を思い出して、現状と比較した時の落差にコユキは舌打ちする。あれはとても気持ちが良かった。ようやく息が出来たような感じがした。けれど、その代償は大きかった。

 

 コユキの能力は鍵を破るところまで。それ以降の金を移す作業や痕跡の隠蔽は、完全にコユキの力量に左右される。言われてみれば当然の話だった。

 

 後から聞いた話では、その点コユキは全くのど素人だった。金を奪われた事に気がついた悪人たちが、コユキを探し当てるのに。大した時間はかからなかったらしい。

 

 しかし、コユキは今も生きている。結局コユキは、ギリギリのところで助かった。攫われそうになったところを、展開していたC&Cに救出された。そこで、コユキはビッグシスター。調月リオに会ったのだ。

 

 

 ──大したものね。

 

 

 言葉ではそう言うが、表情は全くの無表情だった。そして、彼女は震えるコユキに沙汰を下した。

 

 

 ──黒崎コユキ。貴女にはセミナーに加入してもらうわ。

 

 

 意味が分からなくて、どうしてと叫ぶコユキに。リオは冷たい声で答えたのだ。

 

 

 ──貴女に拒否権はない。貴女は自由にしておくには危険すぎるもの。被害が少ない内に対処する。それが合理的な判断というものよ。

 

 

 噂通りの独裁者だった。コユキの道を勝手に決めて自由を奪った。だから、今も息が苦しいに決まっているのだ。だから、コユキは悪くない。呼吸するのを咎められる道理はない。

 

 

 ──言葉が少なすぎる。足りない。言いたいだろう事の半分も伝わってない。

 

 

 ふと、コユキの回想にリオ以外の声が混じった。コユキではなく、リオを責めるような声だ。

 

 

「……カヤツリ先輩も、なんで助けてくれなかったんですか」

 

 

 コユキが反省部屋に閉じ込められていたのは久しぶりだったりする。コユキが怒られるのは毎回の事だが、普段は庇ってくれる人がいたのだ。最初の時と同じように。そう咎められたリオの話は覚えていないが、庇われた事だけは覚えている。

 

 

「毎回、庇ってくれてたのに。なんで今回だけ……」

 

 

 コユキはぶつくさ文句を言う。普段はカヤツリが庇ってくれていた。そのおかげで、ユウカやノアに怒られはしても、反省部屋行きになる事は数えるほどだった。けれど、今回は全く庇ってくれなかった。

 

 

「代行になったからですかねぇ……庇ってくれたのも、役職が無かったから。結局、それだけだったり?」

 

 

 そういえば、リオの代わりである生徒会長代行という役職になったのだったか。それだから、コユキを庇わなくなったのだろうか。どうせやっていることはいつも変わらないというのに。

 

 最初に庇われた時、コユキは嬉しかったのに。少しは我慢出来ると思ったのに。結局は、コユキが勝手にそう思っていただけだった。ユウカは、つい最近来た先生という大人の所に行くことが増えたし、ノアは怖いし、リオは姿を見せない。カヤツリはさっき言った通りだ。相変わらず、世界はコユキに優しくはなかった。

 

 まだ良さそうなものは見当たらなくて、回想の方に意識が行ってしまう。そこで、コユキは名案が思い浮かんだ。

 

 

「そうだ。カヤツリ先輩のパソコンなら……」

 

 

 理由は定かではないが最近、カヤツリはパソコンをセミナーに置きっぱなしにしている。それに代行というくらいだ。それなりの物が入っているかもしれない。そして、リオやユウカたちと違って、電子方面に明るいというイメージはない。勝手にいじってもバレないのではないか。

 

 そんな囁きがコユキを誘惑する。そして、コユキは迷わなかった。

 

 

「やっちゃいましょう! カヤツリ先輩が庇ってくれないのが悪いんですよ!」

 

 

 今回の件の不満が後押しして、コユキはカヤツリのパソコンを立ち上げる。パスワード入力画面は秒で突破して、パソコンの中身を総ざらいする。

 

 

「うーん? めぼしいものが全然ない?」

 

 

 コユキ自身のパソコンよりも情報自体は沢山ある。しかし、あまりお金に関連するものでは無いのだ。他の部活の予算分配とか、企業案件の物ばかりで、良さそうなものが全く見つからない。

 

 

「ん? 何ですかね? これは」

 

 

 コユキの勘がここだと囁いた。何か違和感があってファイルを調べると、設定で隠されているものがあった。期待に胸を膨らませてクリックする。

 

 

「ショートカット……?」

 

 

 何かのファイルへのショートカットだ。名前は付いているが、意味の通じない唯の記号の羅列だ。それを開こうとしたコユキは、はたと思い至った。

 

 

 ──男性は恥ずかしいものをこうやって隠すのだという。これは、そういったモノではないのか?

 

 

「にはは……良いものを見つけちゃいましたねぇ」

 

 

 よく分からないモノだなんて、とんでもない。これは面白いものを見つけた。お金のことなどすっかり忘れ去って、コユキはそのショートカットをクリックした。

 

 

「またパスワードですか。こんなもの……」

 

 

 それを無意識に解こうとしたコユキの指が止まった。嫌な予感がしたからだ。これを解くこと自体は簡単そうに見える。ただ、妙な気配がした。

 

 この作業は、コユキにとっては、精々数ピースのパズルを完成させることそのものだ。実際これまではそうできていた。今、コユキの目の前に浮かんでいるのは、これまでと同様の穴あきパズルであることに変わりはない。

 

 だが、黒い。パズルの絵柄が真っ黒で、妙に難易度が上がっていた。形から何を嵌めればいいかは分かるが、コユキが見たセキュリティとは一線を画すものだ。

 

 

「にはははは! 何ですか!? これ!?」

 

 

 コユキの全身が歓喜に包まれる。久しぶりに息を吸って吐いている感じだ。反省部屋から脱獄した時とは比べ物にならない。コユキがセミナーにとらわれるキッカケになった時より、それより大きな快楽への予感がコユキを襲っていた。

 

 

「まずは……これですかね」

 

 

 コユキの視界で真っ黒なパズルのピースが嵌まる。反応はなくセーフだ。続けて勢いよく、本能の赴くままにピースを嵌めていく。

 

 楽しかった。コユキは今、とても楽しかった。ようやく、皆がやっていることが出来ているからだ。皆はしているのに、コユキだけしてはいけないと言われていることを。

 

 今までにないくらい、コユキは集中していた。そして、空いた場所は一か所だけになる。そしてピースは残り二つだ。

 

 

「二分の一ですか……いいですね。面白くなってきましたよ……」

 

 

 一つがアタリで一つがハズレ。コユキの大好きな運試しだが、こういう時は勘に頼るのが一番いい事をコユキは知っていた。そして、それは正解だったらしい。

 

 パスワードは無事に認証され、ファイルが展開される。その中にある一つのショートカットと口座データーを見てコユキは小躍りした。

 

 

「これって、カヤツリ先輩のへそくりですかね。どのくらいあるか楽しみです」

 

 

 個人のパソコンに隠されている物だ。きっとへそくりだし、少なくないお金が眠っているはず。そう思ったコユキは、口座へのショートカットをクリックする。そして、表示された金額に目を剥いた。

 

 

「何ですか……この金額は……一、十、万、千万、一億……!?」

 

 

 コユキの予想を超える金額だった。この位の金額は予算横領の時によく見る。しかし、個人持ちの金額では見たことが無い。そして、こんな金額なのに引き出した形跡が一切ない。流石にコユキにも、何の金かは確認するくらいの分別はあった。

 

 

「アビドス……?」

 

 

 今気がついたが、口座名はアビドスだった。最近、ユウカから聞いたことがある様な、無いような名前にコユキは頭を捻る。他のファイルの名前も、よく分からないモノばかりだ。

 

 

「……この銀行のサイト。見たことがない……」

 

 

 コユキが使い込みの時に見るミレニアムが使う銀行ではない。それに、この口座を開くのに、見たことのないブラウザが立ち上がっている。なんだか居心地の悪さというか、見てはいけないものを見ているような感じがして、コユキは撤退を決めた。

 

 

「こんなにあるんですから、少しくらい貰ってもバレないですよね」

 

 

 誰に対しての言い訳なのか、コユキ自身にも分からない。兎に角、コユキは口座の金を自分の物へ移そうとする。

 

 

「へ? 何で……」

 

 

 しかし、全く操作を受け付けなかった。パスワードは突破しているから、これはカヤツリ側からの操作であるはずだ。それなのに、無機質なエラーの表示が出るだけだ。何度もリトライするうちに、コユキは答えに辿り着いた。

 

 

「カヤツリ先輩でも、権限が無いってことですか……?」

 

 

 そうとしか考えられなかった。この口座の金は動かせない。そもそも、そういう風にできていないのだ。口座の設定がそうなっている。

 

 コユキは悩んだ。さっさと切り替えて、他の財源を探す方が良い。しかし、目の前の大金も捨てがたかった。

 

 足がつかなさそうな大金で、一生遊べる額だ。これを何とか出来れば、ミレニアムから逃げ出せる。他を探しても、何もないかもしれない。それなら、これだけどうにかすればいい。もしかしたら、上手くいくかもしれない。その欲がコユキを捉えて離さない。

 

 

「あともう少しなのに……明るい未来までもう少しなのに……ヒッ」

 

 

 そんなコユキの背中に、固い何かが押しあてられた。それが何なのか、コユキには嫌でも分かった。かつて押し当てられた経験があったからだ。

 

 拳銃だ。キヴォトスではありふれたものが、コユキの背中に押し当てられていた。

 

 コユキは固まって動けない。拳銃の所為ではない。それを押し当てている誰かの所為だ。

 

 今までに感じたことのない怖気のようなものが、後ろにいる。それから発される何か強い感情。怒りと祈りにも似た強いモノ。それにコユキは動けないのだ。コユキはこんなものを今までぶつけられたことは無かったから。

 

 

「……両手を挙げて、こっちを向け」

 

 

 だから、そんなドスの利いた声に、コユキは従うしかなかった。

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