ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「チッ、なんだ。黒崎か……急いで来て損した」
コユキが振り返っての、カヤツリの第一声は落胆の一言だった。コユキも銃を突きつけているのが、カヤツリだと分かったのか安堵の表情になる。
「な、なぁんだ。カヤツリ先輩じゃないですか……」
「……ハァ」
今の状況に気がついて、安堵の表情から冷や汗が止まらないコユキにカヤツリの方は溜め息が止まらなかった。
ここに来るまでの。正確には、パソコンをいじっている人間の正体が分かるまでの期待は無駄だったからだ。
何の事はない。一番可能性が高いものにぶち当たっただけ。期待するだけ無駄だっただけの話だ。
「ホシノ……来ないに決まってるよな」
「ヴェリタスの部長がどうかしたんです?」
「あ? 何か? 俺のパソコンを弄ったのはアイツの差し金か?」
ここでヒマリが出て来る理由が分からない。最悪のパターンを、想像してドスの効いた声しか出ないカヤツリに、コユキは怯えた様に答えた。
「ほしとか、ぼしとか、何とか言ったじゃないですか。あの人の苗字は明星でしょう……?」
「……なるほど?」
納得した。納得はしたが、期待外れだった失望感とコユキの格好がカヤツリの苛立ちを加速させる。
そもそも、こうなるように予想もしたし、誘導したのはカヤツリだ。しかし予想を大幅に上回る悪業に、頭痛と溜め息が止まらない。
精々が予算横領くらいだと思っていたが。まさかカヤツリの金に手を出すとは思わなかった。
あのカヤツリの口座は、ブラックマーケットの闇銀行の口座。
普通の検索ブラウザでは辿り着けない。ネットの深層にあるサイトから操作する会員制。かつて、仕事の資金調達や受け渡しに必要だから作った物だ。
アレの利点は、支店がある場所なら。金をいつでもどこでも引き出せること。しかも現金でもいい。何より魅力的なのは、誰にも手が出せない事。
カイザーは勿論。黒服だって出せない。あそこはブラックマーケット。カイザーや単一の会社の所有ではない。個人の事情で差押えられる事はない。
カイザーとて、ブラックマーケット全てを敵に回せない事をカヤツリは知っている。黒服は分からないが、デメリットが上回る。
この金は、出て行けと、顔も見たくないと、そうは言われても。はいそうですかと直ぐには割り切れなかったカヤツリの悪足掻き。償いで未練。アビドスに何かあった時のために資金をプールしている。アビドスにいるならアビドスに仕舞うが、居ない今はそうもいかないのだ。
アビドスを出て行く日に、ホシノへ伝えるよう黒服には頼んである。万が一の時には使う事と、それの引き出し方を。コユキが引き出せる筈もない。カヤツリの端末では、振り込みしかできない様にしてあるし、銀行の方も最近、何とか水着団とかいう銀行強盗が入ったとかで現金がないらしい。
結局、今は引き出せず。引き出せるのはホシノだけだ。そして、今になっても覗いた形跡すらない。
きっとホシノはカヤツリ関連の物は要らないのかもしれない。けれど、カヤツリはこれを止められる訳もない。
そんな風に煮詰まっていた時に、口座からアラートが来たから何かと思った。
誰かが口座を弄っていた。しかし、セミナーのパソコン経由だ。誰かがセミナーのパソコンを弄っている。
──ホシノ? 今は銀行が閉まっているし、下ろせもしないから、直接来た?
普通に考えればあり得ない。カヤツリからホシノに連絡は取っていない。ホシノはカヤツリの場所は知らない。でも、万が一の可能性に縋りたかった。許してくれないのだとしても、謝りたかった。
そして、焦って起きればこれだ。コユキの桃色の髪と、かつて結ってやったホシノの髪を一瞬とはいえ見間違えた。最悪だ。
その上、明日の仕事終わりに取っ捕まえて事情聴取するつもりが、予定が前倒しになってしまった。
「ふん……よくもまぁこのセキュリティを抜いたもんだ」
「これは、カヤツリ先輩が作ったんですか? それか、リオ会長が?」
「何でそんな事を聞く?」
少しばかり驚いた。コユキはいつもはそんな事をしない。いつもは下らない言い訳を捲し立てているが、今回はそれが無い。
「鍵なんて始めて見ました。気になるじゃないですか」
「へぇ……アレで漸く、鍵認定なのか」
セキュリティは黒服に金を払って丸投げした。無闇矢鱈と触られてしまうのは困るから、金に糸目はつけなかった。おかげで、今の所ヴェリタスにすら抜けられていない。
パソコンをセミナーに置きっ放しなのもその一環に過ぎない。カヤツリの自室の防壁を固めるより、リオが構築した防壁内の方がいい。その防壁もコユキにとっては濡れた障子紙以下だった様子だが、意味はある。
何故って、あの全知や彼女の古巣であるヴェリタスがカヤツリの事を嗅ぎまわっているからだ。
全知、明星ヒマリは調月リオと仲が悪い。
単純に方向性の違いだ。リオは現実主義で、ヒマリは理想主義と言うだけの話。
カヤツリとしては、リオ程のロマンチストはいないと思うが、ヒマリは分からない。いや、分かっていて、それに気がつかないリオに怒っているのかもしれない。
口喧嘩もカヤツリが早々に切り上げさせるから、さぞフラストレーションが溜まっているだろう。だったら普通に話せばいい。
それにカヤツリを探って、上にでも立ちたいのか知らないが、素直に言えばいい。
ヒマリとしては、あの口の汚さで悪意はない。リオが反論しないから、エスカレートしたとカヤツリは勝手に想像している。
早い話が、ヒマリはリオに甘えているのだ。分かってくれると甘えている。リオはヒマリと同じくらいには能力があるから。だから、するべき努力。説明する努力をしない。リオのやり方を否定して、ヒマリのやり方だけを残すのは、いいやり方ではない。
今は、まだいいだろう。しかし、いつか線を超える日がやってくる。ヒマリがやり過ぎるのか、リオが耐えきれなくなるのかは分からない。けれど、今のままでは。その日はいつか、必ずやって来る。
本当に見ていられない。かつてのカヤツリとホシノを見ているみたいだ。
ヒマリが思うほど、リオは冷血ではないし。リオが思うほど、ヒマリはリオを見限っていない。
それを何とかしたくとも、二人の関係に関してはカヤツリは外野だ。だから、リオに肩入れした。しばらく破綻を迎えないように口を出した。
リオは報われるべきだ。とても頑張っている事をカヤツリは知っている。出来れば叶ってほしいとも思う。
それが叶ったのなら、カヤツリがここへ来たのも無駄ではない。あの喧嘩に意味がある事になる。
だから、カヤツリは今やるべき事をやらなければならないのだ。荒療治だが、やらないよりマシだろう。これは、あの日にカヤツリがやらなくてはならなかったことだ。結局は何もかも手遅れなのだが。
「それで? どうする?」
カヤツリの問いかけに、コユキは呆けたような表情になった。
「怒らないんですか……?」
「何で?」
カヤツリは当然の答えを返した。コユキはどこか不安そうな表情を崩しもしない。寧ろ不安が強くなった印象を受けた。
「この間は庇ってくれなかったじゃないですか」
「この間?」
心当たりがなくて微妙な返事になったカヤツリへ、コユキは焦っているのか早口で急かす。
「ほら、反省部屋に入れられそうになっているのを。止めろって言ってくれたじゃないですか」
「ああ……アレか。別にそんなつもりで言った訳じゃない」
コユキの表情が硬くなる。良い意味ではない事くらいは理解したらしい。だから、カヤツリは説明してやる事にした。
「無駄だから止めろって言った。お前は懲りないし、反省しない。罰を与えても顧みない。そもそも、悪いと思っていない。そんな奴に何をしたって無駄だろう?」
「え……」
コユキは呆けたままだから、カヤツリは追撃を放った。
「それで閉じ込めたところで、この結果だ。お前は脱走し、俺の金に手を付けた。ほら、意味なんてなかったろ?」
思考が止まっているのか固まるコユキへ、カヤツリはもう一度問い掛ける。
「それで? どうする?」
「どうするって……」
「ここからどうするって聞いてるんだ。お前はどうしたいんだ? どうしたくてこんな事をした?」
コユキは今にも泣き出しそうだった。ノアやユウカに詰められている時とは違う。カヤツリは全く怒っていない。怒るというのは、労力がかかる。怒るという行為は改善できると信じている人間にだけするものだ。今の所、カヤツリの中のコユキの評価はそんなものだった。
そして、そんな感情を向けられるなんて。きっとコユキは初めてだろう。ある程度の好意があると思っていた人間から、拒絶染みた態度を受けるなんてことは。
しかし、このままでは、そうなるだろう。ユウカもノアもリオも、いつかリスクを飲み込めなくなる。そうなった時に辛い思いをするのは双方だ。
経験した身で言わせてもらえば、あんな事は経験しない方が良い。コユキに自覚が無いなら猶更の事だ。だから、今ここで教えてやるのだ。
「私は、ミレニアムから逃げ出したくて……」
「いいぞ」
また、コユキは言葉に詰まる。彼女の望みのはずなのに、全く嬉しそうではない。カヤツリが思うに、コユキのこれは手段であって、目的では無いのだろう。
コユキには望みがあるが、それは横領とかそういったモノではない。まだ、手遅れではない。
しかし、それをコユキは分かっていない。その先を考えていない。だから、考えられるように。カヤツリは逃げ道を塞ぐことにする。ついでに不安を掻き立てるように、嫌な展望へと誘導する。
「しかし、逃げてどうする? その後は?」
「それは……お金を使って好きなようにしますよ」
「金が尽きたらどうする? また盗むのか? そして、それを延々と続けていくと?」
コユキは今度は黙り込む。言おうとしたことを先回りしたから、言葉が無いのだ。
「続くわけがない。早々に盗めるところが無くなるどころか、居られる場所だって無くなるだろう」
「でも、今はそうなってないじゃないですか。そうなら、辞めさせてくださいよ。私をここに縛り付けたのは、先輩達じゃないですか……!」
コユキの言う事は正しい。セミナーに入れられたのも、問題を起こしても矯正局送りにならないのもそうだ。リオが止めているし、ユウカやノアも望んでいない。
「お前。早瀬会計や生塩書記が、義務でお前の面倒を見て、怒ってると思っているのか? リオから言われたから、仕事だから。お前の面倒を見てるって? アレは、見せかけの優しさだと。そういうのか?」
「この前に逃げ出した時の、ミレニアム外の人の方が優しいですよ。私を怒ったりなんてしませんでした」
とんでもないことを言うコユキに、カヤツリは落胆の気持ちが強い。しかし、まだ諦めない。態度を見る限り、苦し紛れの一言だ。
やめていいという逃げ道は用意してあるのに、コユキはまだここに居る。だったら、コユキは薄々分かっているはずだ。
「周りの人間は優しいだろう。きっと気分だって良い。けれど、それはお前を見ての物じゃない。見てるのは金と力だけだよ」
金を落として、騙しやすいともくれば。そりゃあ優しくするだろう。煽てれば煽てるだけ金を落としてくれるのだから。後は利用するだけし尽して、味がしなくなったらガムみたいに捨てられる。まだ致命的に痛い目は見ていないだけ。
だが、痛い目を見るべきとは思わなかった。聞いて学べるならその方が良い。
一旦黙ったカヤツリとは反対に、コユキはカヤツリの言葉の反発が止まらない。
「それは、先輩たちと変わらないじゃないですか。私目当てなのは同じ……」
「お前は、そういう奴らと、リオや早瀬会計や生塩書記と同じだって?」
「リオ会長が言ったじゃないですか!? 私は危険だって! だから、ここにいて貰うって!」
コユキは怒ったように叫んだ。リオのあの言葉足らずの発言を覚えているらしい。
「そうだな。リオはそう言った。その側面も確かにあるんだ。だけど、それだけじゃない。あの後の言葉を覚えていないのか?」
「あの後……? カヤツリ先輩が何か言った後の?」
どうにもコユキはあの後のリオの言葉を覚えていないらしい。最初の言葉がショックだったのか、それでリオの第一印象が悪い方に固定されたせいだろう。以降の発言はシャットアウトしている。
ユウカやノアの説教もそうなのだろう。唯々、自分のやったことを怒られる。そして、悪気が無い事をいつまでも擦られても、心に刻まれるのは反省ではない。反抗心だけだ。それを、カヤツリはシロコのお陰で知っているのだ。
「どんな鍵も関係なく開けられる力は危険だ。それはミレニアムでもそうだ。その意味では、リオの言葉は正しい」
「……やっぱり、そうじゃないですか」
コユキが勢いづくが、カヤツリは気にしない。下手な強がりだからだ。
「それはお前にとっても危険なんだよ。さっきも言った通りに、余計なモノを呼び寄せる。そして、お前はそれに対処できない。違うか?」
コユキは反論できない。そうだと言えるなら、ユウカやノアに毎回捕まらない。あの時リオが言おうとした事を、もう一度コユキに言い放つ。
「リオはな。ミレニアムの全員に幸せでいて欲しいんだよ。それには、お前も含まれる。その力が、お前自身を傷つけないようにセミナーに入れた。そこなら、幾らでも対処できるからだ」
それは、リオの不器用な優しさだった。コユキの問題を分かっていても、自分が口下手だと知っているから場所だけ用意した。コユキが何とかなるまで、何度でもやり直せる場所を。
「そこから出て行ったらどうなるか。もう分からないお前じゃないだろう。というか、初めから分かってる。外に行ったら、本当に一人ぼっちになるって」
今回、コユキは盗む金を選んだ。実際の所、盗む金の出所は毎回違う。最初は他の部活の予算を盗んだ。怒られたから、次はセミナーの。そして、今回はカヤツリの物。
怒られたくないというのもあるのだろうが、それ以外の物もある。ユウカやノアの小言が全く届いていないわけでは無いとカヤツリは思う。
「それで、どうしたい? ミレニアムから逃げたいわけじゃないだろう。何から逃げたいんだ」
コユキにとって嫌なことを、耳が痛い事を、言われたくはない事を。淡々とコユキに言い続ける。そろそろ、コユキの怒りと不満のボルテージが上がってきた頃合いだ。これでも言わない様なら、カヤツリの負けだったが、そうはならない様子だった。
「何で、怒られなきゃいけないんですか……」
ポツリと、コユキが呟いた。
「なんで、普通にしちゃいけないんですか。何時まで我慢しなくちゃいけないんですか。皆はそうじゃないのに」
「我慢……?」
恨めしそうな目で、コユキはカヤツリへ反論する。
「ユウカ先輩だって、ノア先輩だって。普通に使ってるじゃないですか。私もそうだと思ってたのに……なんで、私だけ……」
「……ああ、なるほど。使いたいのか。大手を振って。いや、それが当然なのか?」
コユキが言った人間は、便利な力を持っている。ユウカは計算速度が異常だし、ノアは記憶力がおかしい。コユキ程無法ではないが、力ともいえるものを持っている。
というか、ミレニアムに居る人間は大体がそうだ。何かしらの一芸がある。あるから、ミレニアムに来るのかもしれない。
そして、彼女たちはそれを振るうのが当然なのだ。元々持っている力だ。カヤツリが物を持つのに手を使うのと同じだ。それくらいの感覚で使っている。一々、息をしたり歩くのに配慮する人間などはいない。
そしてそれは、コユキもそうなのだ。
「我慢できなくなったから、やるのか? 金は報酬で、本来は鍵開け自体が目的か?」
こくりとコユキは頷いて、俯いてしまう。もう、何も話す気はないらしい。多分、これはコユキの本音だ。倫理観がカスのコユキですら、言ってしまったら、ここには居られなくなると思っていた本音。
かつて、カヤツリがホシノにぶつけられたものと同じようなものだ。けれど、カヤツリは二回目で。コユキはホシノではない。距離がある分冷静に考えられた。
多分、コユキは我慢していたのだろう。電子錠ならどんな鍵でも開けられる。そんな力の強大さは知らないが、他の人間とは違う事は分かっていた。
だから、ミレニアムへ来たのかもしれない。自分たちと同じような人間がいるそこなら、普通にしても良いと思っていた。その力を、コユキにとっては呼吸と同等の物を振るっても良いと思っていた。
しかし、コユキにとっては普通でも、ミレニアム生にとっても普通でなかった。それを、コユキは薄々分かっていた。だから、ある程度は我慢したのだろう。
けれど、それは我慢できるのものではない。例えるなら、利き手を使わずに生活しろと言うようなモノだ。出来る。出来るがいつまでもは出来ない。出来て当然の事をしないように、手間がかかるように強制されるのはストレスがたまる。周りはそうでないのだから、それは加速するし不満が溜まるだろう。
そして、コユキはギャンブルが大好きだ。それが、鍵開け技能と最悪のシナジーを生み出した。
コユキは理由もなく盗まない。そして、人間はストレスが溜まれば発散したがる生き物だ。そのストレスが向かう先は色々ある。食事だったり、趣味だったりだ。
コユキの場合はギャンブル。もしくは浪費だ。そんなときに、身の回りにはたくさんの金がある。その金は、ちゃんと鍵が掛かっているのだが。コユキにとっては無いに等しい。コユキ視点では、むき出しで札束が置いてあるようなものだ。
そこで手を出す部分の倫理観は擁護できないが、納得できる理由ではあった。それなら、ある程度の配慮はする。カヤツリはコユキの評価を多少上げることにした。
「出来れば、ミレニアムには居たいのか? けれど、我慢もしたくないし、皆にも嫌われたくはない」
そんな我儘な要望に、またコユキは頷く。少し、カヤツリは考えて、頭の中でパチパチ算盤をはじいた。
「好きなようにしていい。鍵を開けて、金を取ってもいい。その金を使ってもいい。後始末も俺がしてやる」
「話が美味すぎません? さっきと全然違うじゃないですか」
「もちろん条件はある」
カヤツリの言葉に輝いていたコユキの顔が曇る。
「我慢できなくなった時、何かしそうな時は言え。標的を用意してやる。何でもやって良いのはそいつだけだ」
それを聞いたコユキは、信じられないような声を出す。
「本当ですか? 本当にいいんですか?」
「いい」
コユキの目に輝きが戻って、陰鬱な雰囲気はもうどこにもなかった。コユキが歓声と共に小躍りしそうなほどに喜んでいるのが、よく分かった。
「その代わり、早瀬会計には怒られろよ」
「うえ!? 何でですか!?」
「ここに来るのに、物理錠壊したんだから誤魔化せる訳ないだろう。なんだかんだ言って、早瀬会計は一番にお前のところへ来るんだから」
コユキは絶望したような顔になるが、当たり前だ。やらかしたことは自分で責任を取るべきだ。それに、甘やかすだけでは為にならない。今のコユキなら、ユウカの説教を多少は聞けるだろう。
助けを求めるような視線を感じるが、無理なモノは無理だ。コユキは諦めたのか、トボトボと反省部屋へ戻ろうと引き返していく。
「ああ、それと。明日は朝早くから仕事がある。ミレニアムの水族館の視察だ」
「それがどうしたんですか……」
庇ってくれない事に、コユキは不満げだ。カヤツリはため息をつく。
「距離があるから、早めにここを出なきゃいけない。明日付いてくるなら、早瀬会計に言ったらどうだ?」
「……! 分かりました!!」
小躍りして、コユキは反省部屋へ戻っていった。説教が短くなることに気がついたらしい。どっちにしろ、ユウカは途中まで一緒だから。短くなるのはほんの少しだが。
カヤツリを落胆させた仕返しとしては、これで十分だろう。
「たく……世話が焼けるが、悪くはなかったかな」
あの日の事はもう何度思い返したかも忘れたが、今回は少しだけ気が楽だった。あの経験に多少の意味を持たせられたからだ。
コユキは直ぐには変わらないだろう。あの欲求とはコユキは付き合っていくしかない。しかし、どうにかなるのではないかという思いもあった。なにせ、コユキの周りに居るのはお人よしばかりだから。
「本当に、俺と同じ轍を踏まなくてよかったな。黒崎」
動いた形跡のない、口座の金を見つめて、カヤツリは短く呟いた。