ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「断る」
そのカヤツリの口から発された言葉が、ホシノには信じられなかった。すぐさま言葉が出てこなくて、頭の中で疑問が空回りする。
──何で? どうして、そんなこと言うの?
──だって、謝罪の後に聞いてきたじゃないか。どうしてくれる? じゃなくて。何をして欲しいって。それは、契約解除の後の事を聞いて来たんじゃないの?
勿論、ホシノとて、こんな謝罪で許されるとも思っていない。カヤツリが望むなら、何だってするつもりでいた。それなのに、カヤツリは何も要求してこない。妙だとホシノは思ったが、それはようやくカヤツリに会えた喜びで直ぐに忘れてしまったのだ。
そうだ。ホシノにとってカヤツリと会うのは久しぶりだった。だから、勢い余って胸の内が最初に零れてしまったのがいけなかったのだろうか? 何か、とんでもない思い違いをしている気がする。
ホシノはカヤツリの様子を確認するが、唯々機嫌が悪そうだという事しか分からない。
今日会えたのだって、本当に偶然だ。分かっているなら、ホシノだってこんな浮つかない。今はその浮ついた心は奈落へ真っ逆さまに落下中だが。
「……それは、今はってこと?」
最初とは打って変わって口数が少なくなったカヤツリに聞く。
「時間の問題だって、お前は思うのか? そんな訳無い」
またカヤツリの口から飛び出したお前の言葉が、ホシノの胸を突き刺した。
今日会ってから、カヤツリは前のようにホシノの事を呼んではくれない。むしろ前より酷い。前は少なくとも、苗字では呼んでくれたからだ。だが今はどうだろう。
お前だ。名前ですらないただの二人称。カヤツリから、凄まじい迄の距離を感じる。
今でも後悔しているあの夜。ホシノが吐いた言葉を理解して、滅茶苦茶な表情になったカヤツリ。あの時よりもだ。何かを完全に失敗したというのが、ホシノにすら分かる。
どうすれば良かったのか。ホシノは現実逃避だと分かっていても、それを止められなかった。このまま手をこまねいていても、何も変わらない事は分かっているのにだ。
──何がいけなかった? 私は何を勘違いしているの?
あの夜に心ない事を言った事だろうか? あそこで我慢出来ればカヤツリはまだいてくれたのだろうか?
きっと居てくれたという確信がある。ホシノが我慢さえ出来ていれば、カヤツリは離れて行かなかった。
あの時のカヤツリの顔を覚えている。空っぽだった。それなのに、目だけは泣いていた。本当なら、あそこで謝るべきだったのに。怒りと悲しみで現実逃避したホシノに、そんな事は出来なかった。それどころか、追い打ちすらかけた。
それでも、あの時のホシノはカヤツリの気持ち何て考える余裕なんてなかったから。全てを後回しにしたのだ。それが、とんでもない間違いだなんて、気がつかなかったし、思いもしなかった。そうすればどうなるか何て、とっくに知っていた筈だったのに。
翌朝、カヤツリは登校してこなかった。臍を曲げていると思っていたホシノは、あり得ない事に何もしなかった。
ノノミやシロコには喧嘩したと説明して、カヤツリとの。今となってはホシノの独り相撲だった耐久戦が始まった。しかし、それが三日も続けば話が変わる。電話もメールも、何もかもが無しの礫だ。
流石のホシノも心配になって、同じ様に心配する後輩達を置いて、カヤツリの家へ行ったのだ。
──三日もかかるとは……随分と遅かったですね。
そこには、黒服が待っていた。相も変わらずあの不気味な顔でだ。そして、ホシノへ向かって、こう言った。
──カヤツリ君とは、もう会わせません。
そう、黒服に言われた時。ホシノは目の前が真っ暗になった。次に、頭が怒りで真っ赤に茹だった。
──ああ、勿論。この事態は私の所為ではありません。分かっているとは思いますが、貴女の所為である事をお忘れ無く。ホシノさん。
黒服に摑みかかる勢いで、怒鳴ろうとしたホシノの喉は、その言葉で動かなくなった。真っ赤に茹だった頭も、一気に凍りつく。
そんなホシノを黒服は、可笑しそうに見ながら言うのだ。
──貴女が突き放したではないですか。
ここで黒服が出て来る理由は、ホシノが聞く前に黒服から教えてくれた。
──彼がアビドスに居たのは、私が依頼したからです。彼がアビドスから居なくなるというのなら、私が出ると言うのが筋ですから。
黒服はカヤツリの契約主だと言う。カヤツリは目の前の大人に縛られていた。なら、カヤツリがここに居ないのは黒服の所為なのではないか。
そう思って、ホシノは黒服を睨みつけるが、黒服はどこ吹く風だった。それどころか、逆にホシノを責め立てる。
──カヤツリ君が出て行ったのは、私の所為だけではありませんよ。貴女が捨てたのです。要らないと言ってね。それを聞いた私は、カヤツリ君を回収しただけです。他人の所為にするのはどうかと思いますが。
それでも、ホシノは諦める訳にはいかなかった。カヤツリがここに居ないのは、少なくとも黒服の所為だ。
その事を追求すれは、アッサリと黒服は認めた。
──ええ、そうです。私がそう決めました。当然です。このままでは彼との契約は不完全になってしまいます。これは私のポリシーに反することです。契約とは対等なモノですから。
ホシノと居れば、カヤツリの契約は不完全になる。だから、カヤツリと会わせない。つまりはカヤツリは黒服に縛られたままという事だ。黒服もそれに肯定した。
──概ねその考えであっています。ですので、探すだけ無駄です。カヤツリ君は諦めなさい。私は、そのことと、もう一つを貴女に通達へ来ただけですから。
そう言って、黒服は何やら重そうな封筒をホシノへ渡す。
──それは、カヤツリ君からです。中身は彼が積み立てて来た現金。その保管場所と引き出し方についてになります。好きな様に使っていいそうです。
ホシノは崩れ落ちそうになる。これでは、まるで手切れ金だ。こんな物よりカヤツリが帰ってくる方が万倍も嬉しかった。でも、カヤツリは帰って来ない。これが出てきたという事はそう言う事だ。
この前の夜の事を謝って、それで埋め合わせをしなければならないのに。ここにカヤツリは居ないのだ。ホシノに愛想を尽かして、アビドスから出て行った。もう二度と会う事は……
──本当に、そうだろうか?
ホシノの頭に疑問が浮かんだ。黒服が出て来るのが、どうにもおかしい気がする。
おそらく、黒服は嘘は言っていない。ここに居る理由は本当だろうし、カヤツリとの契約も嘘ではない。
どうにも、黒服は契約を重んじている。不完全な形で終わるのはポリシーに反するとも。それは、カヤツリにとってもそうでは無いのだろうか?
ビナー戦の時の話を思い出す。借金のカタに売られたようなものだと言っていた。つまりは黒服の言うことを聞かざるを得ないのだ。
そして、さっきも思った通りに
さっきから、ホシノの不徳の所為でもう会えないみたいな事を言っているが違う。契約の所為で会えないのだ。本当にカヤツリが会いたくないのなら、カヤツリを出せばいい。態々黒服が出てこなくても、カヤツリが話すのが一番話が早い。ホシノは直ぐに諦めただろう。
でも、そうはしなかった。黒服が出てこなくてはならない理由があったから、今こうしている。電話やメールに反応が無いのも、今ここに居ないのも、手切れ金を渡してきたのも。全部黒服の作戦だ。これを本気にしてはいけないのだ。
だったら、だったら。契約が終わればまた戻れるのだ。黒服からも解放されて、カヤツリは戻ってきてくれる。そして、謝ればいいのだ。そうすれば、すっかり元通りだ。
危なくまた騙されるところだった。そうと決まれば話は早い。ホシノは、アビドスを維持して、カヤツリを探し出せばいい。そして見つけたら、カヤツリの手伝いをすればいいのだ。
契約解除を一緒に頑張ればいい。カヤツリの助けになりたいのだ。そうすれば、ホシノの償いにもなる。そうしたら、また昔みたいに戻れる。
さっき迄はそう思っていた。しかし、どうにも状況が違う。
──契約で縛られて困ってるはずじゃなかったの? 何で断るの?
──時間の問題じゃないって何? 今すぐ助けが必要なんじゃないの?
──今まで姿を消していたのはカヤツリじゃないか。今更なんて、なんで会おうと思えばいつでも会えたみたいな言い方するの?
大体、真っ先にホシノはカヤツリを探そうとした。黒服の発言からして、アビドスには居ない事は確実だから、取れる手段は全部使った。
列車砲関連で、ゲヘナとも伝手が出来た。そこから、ゲヘナ内でカヤツリも探してもらっている。だから、ミレニアムとトリニティを探せばいいと思っていた。
けれど、順調なのはそこまでだった。兎に角、ホシノには時間が無かったのだ。金を稼いで、後輩の面倒を見て、不良を撃退、止めに夜のパトロール。それで一日のほとんどが終わってしまう。休日も使うが、アビドス外へ出かけるにもお金がかかる。借金の事も考えると、どうしても頻度は少なくなる。いつでも会えるなんて言うのは不可能だ。
それに、機嫌もおかしい。水族館の時点。ホシノとシロコだけの時点では、困惑が勝っている様子だったのに。先生を見てから、とてつもない速度で機嫌が悪くなった。意味が分からない。
シャーレの権力は凄まじい。誘拐されたセリカを探すためにセントラルネットワークを使えるくらいだ。それに先生も、これまでの実績で良い大人だと思っている。カヤツリの助けにだってなってくれるはずだ。それくらい、カヤツリだってわかるはずなのに。
カヤツリは居心地悪そうにしているけれど、その席順だってちゃんと考えたのだ。カヤツリの件に関係がある人間で固めているだけだ。それに黒服の邪魔が入るかもしれないから、守れるようにしているのもある。先生は事情を知らないのもあって、説明もしやすいだろうという事で同席してもらった。
それなのに、全部カヤツリを何とかしたくて考えたのに。なんでこうまでカヤツリは怒っている? まったく理由が分からない。
「……もう帰って良いか? 食事代は俺が全部出すからさ」
「ちょっと待ってください」
立ち去ろうとするカヤツリを、ノノミが止めた。立ち上がりかけたカヤツリは、おとなしくまた席に着いた。ホシノとの対応の違いに、ホシノの心が軋む音がした。
「……なんで、そんなに怒ってるんですか?」
「……遅いんだよ。何もかも。なんで今になってなんだ? 何でそんなに、気にもしていなさそうなんだ? 自分で言った事を忘れているのか?」
カヤツリの言葉の意味が分からなかった。けれど、ノノミはある程度は分かっている様子で、さらに聞いた。
「何を言われたんですか……」
「……十六夜後輩には関係ないだろう。大体がほとんどの人間が関係ないんだよ。別にどうでもいいんだ。何を言われたかなんてな。結局、俺が一番嫌だったのは。こんなことになったことだ。これは、俺とホシノの話なんだ。俺とホシノにとっては、そうだったはずなんだ」
そこまで言って、カヤツリはホシノをじっと見た。そこにあったのは、怒りでは無かった。諦めだ。そんな目でカヤツリはホシノを見ていた。
「いいよ。これが、偶然だったとして。今の今まで、俺に何もなかったのもいい。そっちにも色々あったんだろ。俺から何もしなかったのも悪かったさ。勇気が無かったことを謝るよ。だから飲み込む。我慢して飲み込んでやるさ。でもさ。でも、これは何なんだ?」
カヤツリは周りを見渡して、心底嫌そうな表情で吐き捨てる。
「ここまでしなきゃいけなかったのか? そんなに見せつけたかったのか? どこまで俺をバカにするんだ? ここまでしないと、言うことを聞いてもらえないってか? 俺は、そんな奴だと思われてたのか? なぁ、教えてくれよ。何で、なんで、こんな逃げ道を塞ぐような、晒し者にするような真似をする? それが俺に対する仕打ちなのか? あの時の言葉は本気で、結局は、俺の能力目当てだったって訳か?」
一息に、ホシノに覚えのない事を言い終えたカヤツリは、我に返ったかのように、また周りを見渡す。そして活力が抜け落ちたかのように、ズルズルと凭れ込む。そして、最後に。小さい呟きが聞こえた。
「何だよ……何で、一人で来てくれなかったんだ……何で、シャーレの先生なんかと一緒に……ちくしょう……俺は……俺は……対等だと……」
「まさか……まさか……カヤツリ先輩……」
ノノミは自分の携帯を取り出すと、どこかに掛けた。それと同時にカヤツリの方から、何かが震える音が聞こえた。
「ずっと、ずっと……カヤツリ先輩は待ってた……?」
そう茫然と呟いた後、ノノミはまだ困惑の渦の中に居るホシノの方を見た。どこか責めるような視線と口調でホシノを急かす。
「ホシノ先輩! この際、何を言ったか言わないかはどうでもいいです! 早く、二人だけで話すべきです! 早くしないと、取り返しの──」
『待ちなさい』
ノノミの言葉に被せて、どこか雑音の混じった声が響いた。いつの間にか、カヤツリの脇に置いてあったドローンが起動していた。そこから、また声が響く。
『これ以上の狼藉は許さないわ。カヤツリをどこに連れていく気? まさか、アビドスへとは言わないでしょうね?』
「会長……?」
ホシノ自身と同じ桃色の女生徒が言った言葉に、ドローンから光が放たれた。それはホログラムのようで、そこに黒髪の女生徒が現れる。
『まずは自己紹介からかしら。ミレニアムの生徒会。セミナーの会長を務めさせてもらっている調月リオよ。よろしくお願いするわ。シャーレの先生』
リオとか言う生徒は、ホシノの方を見向きもしない。先生に自己紹介してから、ようやくホシノの方を見た。
『……貴女がアビドスの代表かしら? カヤツリの知り合いで合っている?』
「そうだけど……急に何?」
リオの発言が、ホシノの癪に障った。カヤツリを名前呼びしているし、妙に馴れ馴れしい。リオはそんなホシノに、冷たい一言を浴びせた。
『これ以上のカヤツリへの狼藉を止めて頂戴』
「狼藉……? 何の事? 私はただ……」
ホシノの言葉の途中で、ドローンの向こう側から特大のため息が聞こえた。
『貴女、自分が何を言っているのか分かっているのかしら。カヤツリのアビドスへの引き抜きなんて。ミレニアムと事を構えたいのかしら』
何を言っているのか、よく分からない。確かに、他校の生徒を引き抜くのは問題かもしれないが、いきなり連れ帰るわけでは無い。ちゃんと手続きを踏むし、強引などもってのほかだとホシノは思っている。
「ちょっといいかな」
『何かしら。シャーレの先生』
これまで置いてけぼりにされていた先生が手を挙げる。リオの許可を得てから、信じられない事を口に出した。
「カヤツリ君は、セミナーの重役なのかい?」
『私の代行よ。つまりは生徒会長代行。私のパートナーを引き抜こうなんて、信じられない蛮行だわ』
「え…………?」
ホシノの頭が真っ白になった。それなら、カヤツリの態度と発言の意味が分かる。
それはそうだ。時間の問題ではない。カヤツリにも立場がある。すぐさま返事などできようはずもない。断るのも当然だった。
「待って、待ってよ。まさか……」
先生とリオの会話の外。ホシノの頭の中で最悪の想像が膨れ上がる。
ノノミがさっきやったことに思いあたって、ホシノは顔が真っ青になる。アレは、カヤツリに掛けていたのではないのか? そして、カヤツリの携帯は鳴っていた。通じていた。
まさか、まさか、電話は通じたのではないのか。黒服が妨害していると思って、あの日以降は無駄だからと掛けもしなかった。でも、通じなかったのはあの時だけだったのではないのか?
カヤツリはずっと待っていたのだ。ホシノをずっと待っていた。カヤツリから掛けられるはずもない。だって、ホシノが言ったのだ。顔も見たくないと。どうしてカヤツリから掛けられるだろう。
だから、不機嫌で怒っていたのだ。当たり前だ。それなのに、ホシノはそんなこと思いもしなかった。
それでも、カヤツリは我慢してくれた。それをホシノは踏みにじった。一人で来てくれればというのは、そう言う事だ。
一人なら、他のミレニアムの生徒が居ない状況なら、ホシノとカヤツリの二人だけだったら。カヤツリはカヤツリとして接してくれただろう。でも、ホシノは他の人間を巻き込んだ。そうしたなら、カヤツリはミレニアムの代行として振舞わざるを得ない。
そんなカヤツリにホシノは何をした? アビドスに戻ってほしい? 最悪だ。カヤツリから見たら、数で囲んで要求を飲ませようとするようにしか見えない。先生もいるのが最悪だった。
隣のノノミを見るが、ノノミの表情は完全に沈んでいる。カヤツリを見ても、もうホシノの方を見てもくれない。それはもうこれから先もそうだという確信がホシノにはあった。
チャンスはあった。やり直すチャンス。もしかしたら前よりも良くなれたかもしれないチャンスが。
ホシノはカヤツリに甘えていたのだ。きっと許してくれると。そう心のどこかで思っていたし、カヤツリもそのつもりだった。
でも、ホシノはそれを自分で滅茶苦茶にした。それはもう取り戻せない。ユメ先輩の時と全く同じように。
ホシノの中に、時間切れ、手遅れという言葉が響いて。ホシノは目の前が真っ赤になった。