ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「堪え性が無さすぎない?」
またも炎上するキヴォトスを眺めつつ、セトは今回の感想を呟く。
過程は違うが結果は同じだ。余りにもしょうもなさすぎる。けれど、ホルスはそうは思っていない様子で、セトへと問い掛けて来る。
「あの娘がああなったのは、自業自得だと。貴女はそう言うんですか?」
「そうは言ってない。原因はアイツの所為だけとは言わないよ」
「じゃあ、何なんです」
答えは分かりきっているだろうに。往生際が悪いホルスへ、セトは言う。
「まずは……反転のトリガーが軽過ぎる。どれだけ敏感肌なの?」
「それは……」
言い淀むホルスに、セトは呆れる。その理由と違いを分かりやすく言う為に、最初の言葉を捻り出す。
「嫌味は置いといて……急に爆発した訳じゃない。反転のトリガーはそんなに軽くはない。こっちだって、あの能力だけは無法な地下生活者ですら。あれだけの人間を巻き込まないと出来なかった事」
反転など、簡単にはいかない。小鳥遊ホシノは多少なりやすいとはいえ、ほんの少しだけだ。その日の気分いかんで、世界を毎回焼かれてはたまらない。
だから、あれだけで反転したと言うことは、何かある。小鳥遊ホシノの急所か何かが。
ホルスはそれを知りたいのだろう。それを今知ったところで、ハッキリ言って無駄でしかないが。セトは言うだけ口に出す。
「アイツの地雷はね。変わらないこと」
「変わらない……?」
このホルスの反応から、何も分かっていない事を察して。セトは肩の荷が重くなる。
「ああ、分からない? なら、もっと簡単に言おうか」
バカにされたと思ったのか、ホルスはしかめ面だ。だから、こんな事になっているのだが。
「ここに来る前に言った事とおんなじ。アイツは昔の自分が大嫌いなの。梔子ユメを死に追いやった昔の自分が大嫌い。だから、変わりたくて仕方がないの」
セトはそう言いながら、どこかで聞いた話だと自嘲する。
字面だけなら良い言葉だ。失敗を乗り越えて成長する。成長という言葉は耳障りが良い。
失敗から人は目を背けるものだが、いつかは向き合わなければならない。失敗を乗り越える為に成長する。だがホシノのそれは毛色が違う。
「変わりたいのは、耐えられないから。梔子ユメを死に追いやった事が耐えられない」
「アレは、あの娘のせいではないですよ」
「そうだよ。君も私もカヤツリも、アイツだってそんな事は分かってる。心のどこかではね。でも、理屈じゃないの」
だからこそ性質が悪い。止めるキッカケが無い。そして、やり方も修正できない。
「過去の失敗をなかった事にするのが成長じゃない。成長の本質は再発防止。だからこそ、失敗を見つめて、その原因を炙りださなきゃならない。全く同じ状況で間違えないのはバカでもできる」
それは、辛い事だ。だが必要な事でもある。
「だけど、アイツはそれが分からない。それどころか、自身の失敗を見たくも無いから、今までの自分の全否定に走った。そんなのは変わるって事じゃない。失敗をなかった事にする逃げ。だから、怖くてなんにも決められない」
だから、あんな簡単に爆発する。今までの自分を否定するのは、とんでもないストレスだ。自分の欲求とは真逆の事をし続けること。自分を押し殺す行為に他ならない。
滑稽な話だ。毎回失敗する梔子ユメに文句を垂れていたのは、小鳥遊ホシノだったのに。
──ユメ先輩は学習しないんですか!?
そう、梔子ユメに自分で言っていたろうに。これでは他人のことを全く言えない。
「……それは、今もそうだと?」
「ハッ、そうだったなら、あの喧嘩で私はアイツを認めなかった。問答無用で不合格にしてたよ。中から見てたはずだよね? 今もそのままなら、こうはなってないんじゃない?」
セトが宙を指差せば、仲良く一緒の布団で眠る二人が映って消えた。
今もそうだったなら、カヤツリとホシノは今夜もこんなことはしない。明日も二人一緒に出かけない。
確か、ホシノオリジナルのアクアリウムを作るとか作らないとか。まずは何があるのかを、デートついでに見にくらしい。昔のままなら、自分の趣味にすら走らない。趣味など余裕ある証だからだ。
それを見て、ホルスはどことなく悲しそうに呟く。
「どうしてですか? どうして……今回のあの娘は、こうならなかったんです?」
少しは自分の頭で考えろと言いたくなるが、セトは我慢した。どうせ頭がマトモに動かないのだ。だから、こんな事になる。
「私も君も見たでしょう? こっちのアイツも爆発したのを」
「地下生活者の時ですか……? あの反転はイレギュラーです。あの不届き者の所為。それに何の関係が?」
「そんな最近じゃない。アイツがカヤツリを歩けなくした事があったでしょう?」
「……アレですか? あれが?」
ここまで言っても分からないとは。ホルスの視野は大分狭窄しているらしい。
「二年の春。カヤツリの契約が終わった日。アイツはカヤツリを襲った。私が思うに、限界があの日。映像でも喧嘩してたから、多少の前後はあるだろうけど」
襲った理由はカヤツリが居なくなると思ったから。でも、あの日もホシノは信じずにカヤツリを襲った。
あんなにされても、映像のようにカヤツリは怒らなかった。それは、タイミングの問題だ。柴関の大将との会話が、カヤツリに腹を決めさせていた。
そのカヤツリの言葉を、ホシノは信じなかった。信じきれなかったのは、限界だったからだ。これを逃せば、自分が終わってしまうと分かっていた。
「アイツはきっと限界だった。自らの理想の先輩を演じるのは楽じゃない。誰にも隙は見せられないし、心が休まる暇はない。でも、ある程度の長期間は演じることが出来た。何でかと言えば息抜きが出来たからね」
永遠の、終わりのない苦行は辛いもの。しかし、安らぎがあると分かれば耐えられるものだ。そして、ホシノにとっての安らぎなんて一つだけだ。
「息抜きはカヤツリだった。カヤツリと二人の時だけは、先輩としての皮を脱ぐことが出来た。それが、無くなるかもしれないなんて知ったらねぇ……ああもなる」
だから、ああも暴れたのだ。まるで聞く耳を持たなかった。映像の時も、今の世界でも。そして、ホルスが知りたいのはその違いなのだろう。
カヤツリの覚悟もあるが、それよりも影響したモノがある。それは、ホシノが何を求めていたのか。ホシノ自身ですら分かっていないそれを。カヤツリが言えたかどうか。
「カヤツリはね。無意識……いや、分かってたのか。アイツに言ったの。ホシノが一番なんだよって。梔子ユメじゃなくて、小鳥遊ホシノが良いってね」
あれは、本物の殺し文句だった。あの一言は、ホシノを肯定するものだ。今のホシノだけではない。昔のホシノも、罪を犯したホシノも、今のホシノも。まとめて、ひっくるめて肯定する言葉だ。
その上、契約までセットで着いてくると来た。アレで止まらないわけがない。だから、ホシノはあの後、暴走らしい暴走はしなかった。少なくとも、自分が関わる事では一度もしなかった。
だから、この世界は上手くいった。しかし、映像の世界は違う。
「映像の世界線は、その言葉が無かった。その上、自分のせいでカヤツリが居なくなった。もう、耐えられなかったんだろうね。残った可能性。幾ら荒唐無稽でも、それに縋るしかなかった」
そして、その儚い願いが崩れたのがこの始末だ。ホシノは悟ったのだろう。もう救いはない事を。自分が、梔子ユメを失った時と何一つ変わっていなかったことを。
それで、反転したのだ。
そう一息に言い切ったセトを、責めるような目でホルスが突いた。
「それが、貴女の見解ですか? 結局全部、あの娘が悪いと?」
「そこまでは言えないかな。最初に言ったように、今回は、二人とも悪い。カヤツリも悪い所は沢山ある」
これが取り敢えずの見解だ。被害だけを見れば、ホシノが一番悪い。癇癪の度に世界を焼かないでほしい。けれど、カヤツリも悪いのだ。
喧嘩の後が大問題だ。あれから、拗れてこうなっている。小火を放って置いた結果がああなのが始末に負えない。
「まぁ、喧嘩は良いよ。誰だってするしね。問題はその後。まだ挽回するチャンスはあった。カヤツリから、連絡を取っても良かったんだよ」
カヤツリにも言い分はあるだろう。顔も見たくないと言われたのだから、行動を起こしにくいだろう。でも、未練があるなら行動するべきだったのだ。
本当に嫌いなら、ブラックマーケットの資金も携帯電話も何もかも。全部一新すれば良かった。未練がましく残している辺り、そういうことが出来なかったのだろう。
「さっき、アイツは逃げてるって言ったけど。カヤツリも逃げたの。見殺しにした自分から逃げたくてたまらなかった。でも残る理由がアイツだった。でも、拒絶されたからおかしくなった」
きっと心のどこか。本音は戻りたかったのだろう。でも、それを口に出す勇気が無かった。柴関の大将との会話が無いせいで、芯が全く定まっていない。だから、中途半端な手段を取る。
「もう、心が滅茶苦茶になっている所にアイツがやって来たのが良くなかった。本当に良くなかった。よりによって一人じゃないのが本当に」
「そう言えば、そんな事を言っていましたね。一人であの娘が来たなら、変わったんですか?」
「変わった。もしかしたら、ハッピーエンドだったかもね」
ホルスの目の色が変わった。それに急かされるように、セトは説明する。
「後輩たちはまだいいの。先生が良くなかった。先生でなくてもよくはないんだけど」
「……よく分かりませんが」
「立場を逆にして考えたら分かりやすいと思うけど? アイツがよく怒ってることだよ。浮気だーってね」
喧嘩別れして滅茶苦茶になった。数年たったところに、その相手がやって来る。それで、その相手は知らない男と、かつてのカヤツリと一緒に居た時と同じ笑顔で居るのだ。その男がかつてのカヤツリの立場に収まったように見える。それを見て、今までの中途半端な対応を思い出して、完全に疑心暗鬼のスイッチが入った。
「もう、あの時のカヤツリは冷静じゃなかった。何を言っても無駄だろうね。さっさともう一回アポを取って仕切り直すくらいかな」
「なるほど……」
少しばかり、ホルスは元気を取り戻したように見えた。少し光明が見えたからだろうが、セトはそれに付き合うつもりはない。
「いつまで続けるつもり? こんな無駄な事をさ」
「無駄?」
カチンときたのか。ホルスはセトを睨みつける。続けて何かを言おうとするホルスを手で制して、セトは少しばかり真面目に言う。
「無駄でしょう? 君はアイツとカヤツリの関係ばかり気にしているようだけど。もう、今までの世界のようなことは起こらない。そうなりそうな砂漠横断鉄道の事件を、アイツとカヤツリは乗り越えた」
ゲヘナの事例はまた特殊だが、流れは一緒だ。恐らくはトリニティも、ネフティスも、王女は分からないがおおよそは同じだろう。ホシノが爆発する原因は様々だが、要因も一緒だ。
「結局は、アイツとカヤツリが梔子ユメの死を乗り越えられるかという話に終始する。それは、今いる世界では終わったこと。だから、幾らやっても無駄。もう、起きやしないんだから」
さっきからセトはホシノをボロクソにけなしているが当然だ。一番精神状態が危うい時のホシノの場面ばかりだから、どうしても辛口になる。そんなことを掘り下げたところで無駄だ。
「君が止めたいのは、今上手くいっている世界がどうにかされることでしょう? だから、あんな面倒な手段を使って時間軸を雁字搦めにした」
アレが出来た時点で、もう勝ちだ。だが、ホルスは心配で仕方がない。それは、分からないからだ。
「それでも、君は安心できない。ここで見た映像を演算した犯人の目的が分からないから。アイツとカヤツリをどうするか分からない。今のこの状況が、犯人の意に沿う物か分からない。いきなり全部ひっくり返されるのが怖くてたまらない」
「貴女は分かるとでもいうんですか?」
「全部はまだ分からない。でも、君よりは分かっているつもりだけど?」
不満そうにホルスは黙り込んだ。不機嫌そうな雰囲気を出して、無言のまま早く話せと急かしてくる。完全にへそを曲げたらしい。
「……続きを見せて。さっきのゲヘナとミレニアムの続き。アイツが反転する以外の終わり方。それと残りの三つも」
「ありませんよ。世界はご覧の通り何ですから……」
「そんなわけない。幾つもあるんだし、カヤツリはアイツにとんでもなく甘いの。ワンチャンスどころか、行動次第じゃ勝機すらあり得るのに」
「だから、殆ど結果が変わらないんです! だから、私はあの二人を何とかしようとしたんです!」
不機嫌なまま怒鳴るホルスの言葉に、やっぱりとセトは思った。全部ではない、殆どだ。
「何で、犯人は見る世界を変えたんだと思う? それは、目的を達成したから。その殆どの中から漏れる何かが、犯人の欲しかったモノだから」
「……世界が滅ぶのは変わりませんよ」
「だから、知りたかったのは滅び方。この痴話喧嘩以外で滅びる以外の滅び方」
恐らくは、世界が滅びる要因はこれ以外にも複数ある。少なくともセトは幾つかの心当たりがある。
犯人は、ホシノの暴走を止めたかったに違いない。それを模索する上で重要なのは反転以外の世界の終わり方だ。
だから、殆どないのだ。それを確認したうえで、他の世界線の演算を始めたに違いない。
こんなことくらいホルスですら気がつきそうなものだが。完全に疲労と休息不足で頭がマトモに動いていない。視野狭窄に陥っている。今ですら、目当ての映像の検索に手間取っている。
ようやく見つけたのか、ホルスはセトへディスクを突き出してくる
「とりあえずは、今見ていたミレニアムの続きです。滅ぶのは変わりませんが、そのルートで一番長続きした世界線です」
「残りは?」
「まだです。とりあえずは最初に見たゲヘナから探しておきますから……」
そう言って、ホルスは捜索に戻っていく。
それを脇で見ながら、差し出されたものを。セトは無言で再生機器に突っ込んだ。