ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
眩しさを感じたホシノは目を覚ました。朝日が部屋に差し込んでおり、ホシノが寝ているベッドを照らしていた。棚の時計を見れば目覚ましが鳴る直前だった。今すぐ起きなければ、遅刻してしまう。
寝起きでうまく回らない頭で、いつものように目覚ましが鳴る前にアラームを解除しようとする。時計の隣の二つの写真立てが視界に入り、ホシノは昨日の事を思い出した。寝起きの頭が一気に冷めたが、学校に行く気力も一気に冷めてしまった。
──そうだ。先輩と喧嘩したんだ。ホシノは昨夜の事を思い出した。自分のイラつきを先輩にぶつけてしまったのだ。自分が悪いのは分かっているが、昨日の今日で顔を合わせるのは辛いものがあった。それにホシノ自身の心の整理もまだ着いていなかった。昨日も気持ちがぐしゃぐしゃのままベッドに潜り込んで、そのまま蓄積した疲労もあって眠ってしまったのだ。
けれどホシノは昨日の制服のまま再びベッドに潜り込む。どんな顔で先輩に謝ればいいのかわからない。きっと先輩は許してくれるだろう。先輩は優しいから。だけどあの時の自分は先輩の事を何と思っただろう。
ずるいと思った。ひどいこともたくさん言った。いくらイラついていたとはいえ、自分があんなことをするとは思わなかった。自分が醜くて、情けなくて、あんな弱いとは思わなくて。しばらくホシノは自分を許せそうになかった。
言った言葉は正論だ。あんな砂祭りなど開催できるわけがないし、自分が仲間外れにされるのが悲しかった。きっと誰もが言うだろう。”君は悪くない”と。でも違うのだ。ホシノは砂祭りや仲間外れに怒ったわけではなくて。いや、少しはそれもあったけれど、一番の理由は違うのだ。
きっと自分は甘えていたのだ。カヤツリはきっと自分を選んでくれるって、でも先輩とずっと何かをやっているのを見て、秘密にされているのを知って、カヤツリは先輩を選んだと思った。だってカヤツリを取られたくなかった。自分の相棒だから、カヤツリは先輩のじゃないから。ホシノはずっと、カヤツリは自分と一緒にいて当然だと思っていた。
ずっと気がつかないふりをしていた。それを先輩に無自覚に突き付けられた。だからイラついたのだ。なんて浅ましい女だろう。別にカヤツリはホシノの物じゃないし、今になって思えばホシノの方が構われていたのに。なにが相棒だ。自分は縋りつくばかりのくせに。
失意のままホシノは掛け布団を頭まで被った。しばらくは一人で幸せだった日常の夢に浸っていたかった。
□
そのまま三日の時が過ぎた。毎度のようにホシノは目覚ましが鳴る前にアラームを止めた。ずっとベッドに潜り込んで、幸せだった時の夢を反芻する生活が続いていた。目覚ましの隣の写真立てのガラスに自分の顔が反射して映った。
──ひどい顔だな。自分の顔ながらそう思う。三日間ほぼベッドに籠りきりだ。髪はボサボサだし、とても汗臭い。本当はずっとこうしていたかったが、そうもいかない。カヤツリは一週間で帰ってくる。あと四日しかなく、このことを知られたくなかった。
知られるにしても先輩に謝ってからだ。先輩にも悪いことをしたし、しっかり謝っておきたかった。砂祭りの事はしっかりしてほしいと思ったが。それに先輩と仲違いしたままカヤツリが帰ってきたら、それを知ったカヤツリは関係修復に動くだろう。先輩ならともかく、カヤツリにだけは知られたくなかった。
写真立ての写真を見つめる。先輩と二人で撮った写真とカヤツリ含めた三人で撮った写真が飾ってあった。どちらの写真も先輩は笑顔だが、ホシノとカヤツリは仏頂面だ。特に三人のやつは二人とも顔が真っ赤だ。写真を撮った時期が時期だったから仕方ない。ただホシノは、写真の自分にもカヤツリにも睨まれているようで気分が悪かった。
「ユメ先輩、戻りましたよ」
ホシノは、まるで渋々戻ってきたかのような態度で生徒会室を開けた。そんな態度しか取れない自分が嫌になる。けれど先輩の声がしなかった。部屋を見渡すと誰もいない。今日は身支度をしてから来たから、いつもより来るのが遅い。この時間なら先輩はすでに登校してきているはずだった。
部屋を見渡すが特に変わったところは──あった。机にメモが張り付けてある。部屋の入り口からでは内容が分からないが、あの子供っぽい丸い字は先輩の字だった。
──いつもありがとう、ホシノちゃん!! お元気でね!
ホシノはメモの内容に頭が追い付かなかった。なんだこれ。まるで別れの挨拶みたいな……
嫌な想像が頭の中を駆け巡る。電話を掛けるとつながった。けれど電波が悪すぎてうまく聞こえない。
「ユメ先輩!!」
『ホシノちゃん……ごめんね。砂漠で砂嵐に……』
それを聞いてホシノは生徒会室を飛び出した。
──一日目、あの後電話はしばらくして切れてしまった。手帳や用事の事を先輩は話したが、途切れ途切れで場所や用事の内容は分からなかった。そんな事よりも、先輩がどこにいるかの方が大事だった。三日間ベッドで腐っていたせいで体力は有り余っている。夜通しでホシノは砂漠を駆けずり回る。見つからない。
──四日目、休息を挟んでまた砂漠を駆けずり回る。見つからない。明日はカヤツリが帰ってくる予定だ。カヤツリならドローンも使えるし、きっと見つかるだろう。
──十日目、予定の一週間を過ぎても、カヤツリは帰ってこない。カヤツリの空き教室には誰も居ないし、家まで押し掛けて中まで入ったが、埃がうっすら積もっていてしばらく帰っていない様子だった。でもカヤツリなら、きっと大丈夫だろう。今日も先輩を探して砂漠を駆けずり回る。見つからない。
──十五日目、アビドス市街地の方まで探しに行く。ヘルメット団が邪魔をする。全員なぎ倒した。邪魔した理由を問いただせば、この先は金になるジャンクがある場所らしい。確かに壊れたゲヘナの戦車がちらりと見えた。関係ないことに時間を取られてしまった。先輩は見つからない。カヤツリも帰ってこない。
──二十日目、先輩は見つからない。カヤツリも帰ってこない。
──三十日目、先輩を見つけた。
□
ホシノが先輩を見つけてから数日が経った。先輩を見つけた後の事はあまり覚えていない。ただ漫然と処理をしたのを覚えているだけだ。
生徒会室でホシノはうなだれていた。もうホシノは何もやる気が起きなかった。先輩はもういなくなってしまったから、もうホシノは先輩と会えないのだ。最後があんな会話になるなんて思いもしなかった。もっとちゃんと話しておけばよかった。三日間も腐っていなければ間に合ったかもしれないのに。
「ユメ先輩……」
幾らここで呟いても、”どうしたの?ホシノちゃん”なんて声はもう聞こえないのだ。最期に先輩はなんて思ったのだろう。自分に対する恨み言だろうか。それともそんなことを考える余裕もなかったのだろうか。
盾と、テープで不格好にも修復されたポスターを抱え込む。先輩が残した物はこれだけだ。何か書いてないかと思って隅々まで読んだが何もなかった。電話で言っていた手帳も、アビドス校舎の教室という教室をひっくり返したが見つからなかった。あの場所なんてホシノにはわからなかったのだ。
「ううぅ……先輩。カヤツリ」
幾ら泣いても先輩もカヤツリも帰ってこない。電話も掛けたが繋がりすらしなかった。どこに行ったかもわからない。本当はカヤツリも探さなければいけないのだが、今のホシノにはその気力がもう残っていなかった。
ホシノは一人になってしまった。先輩やカヤツリに会う前はずっと一人だったのに、今はそれが寂しくて仕方がなかった。今になってようやく先輩の言っていたことが分かった気がした。
本当に奇跡だったのだ。先輩との二人の日々とカヤツリを加えた三人の日々は。ホシノは終わらないものだと、朝日が昇るように、当たり前にやってくるものだと思っていたけれど、そうではなかったのだ。自分で思っていたくせに、奇跡は頑張らないと訪れないって。
ホシノはそんな努力をしていただろうか。先輩やカヤツリの努力にタダ乗りしていただけだ。そんなだから秘密にされたのだ。とんでもない愚か者だった。
気がつけば外はもう暗かった。いつの間にか日が暮れていた。ここ数日は朝、生徒会室に来て気がつけば日が暮れているというサイクルを繰り返していた。借金はビナー退治の報酬が残っているから、しばらくは何とかなるが、ホシノはまだ立ち直れなかった。
──もうここで泊まっていこうかな。ホシノは家にも帰りたくなかった。写真の先輩やカヤツリ、自分にも責められる気がして写真立ては伏せたままだ。そういえばカヤツリもよく学校に泊まっていたなと思い出した。
「あ……」
──カヤツリの空き教室だ。鍵がかかっているし、カヤツリの自室みたいになっているから中までは調べなかった。でも先輩も自分も鍵は持っている。ビナー退治の後、カヤツリが押し付けてきたのだ。確か、中の道具は使いたかったら使っていいとか言っていた。もしかしたら先輩が何か置いたかもしれない。それにカヤツリの事も何かわかるかもしれない。
「うっ。埃っぽいね……」
扉を開けると淀んだ空気が吹き付けて埃が舞った。電気をつけると普段と変わらないように見えるが、パソコンが置いてある机の上に、生徒会室にあったようなメモと何かの紙が置いてあった。手帳ではないことに少しホシノは落胆したが、それらを確認する。
──ホシノちゃんの事をよろしくね
メモの内容はそう書かれていた。きっとカヤツリ宛だろう。ホシノの目から、また涙があふれてきた。先輩はホシノが戻ってくると信じてくれていたのだ。先輩の残した言葉で少し元気が出てきた。紙の方を見てみると、生徒会加入の紙だった。カヤツリの名前と先輩のサインがある。これは関係なさそうだった。
パソコンも電源を入れて探してみる。カヤツリが仕事で、どこに行ったか分かるかもしれなかった。カヤツリは下調べを異常なほどするタイプだ。たぶん前聞いた昔の事のせいだろうが。履歴を漁ると、アビドスの市街地の地図が出てきた。ゲヘナ地区よりの所にある砂に埋もれた市街地だ。
「あれ?でも、ここは……」
ここは先輩を探しに一度行った場所だ。確かヘルメット団が邪魔をしてきて全員無力化したのを覚えている。確か、ジャンクがどうのとか言っていた。ちょうど目の前にパソコンがある。調べれば何かわかるかもしれない。
すぐに情報は出てきた。クロノスの番組や他のニュースもある。
──カイザーコーポレーションの試作機が暴走! ゲヘナ学園に損害。
──カイザーコーポレーションは関与を否定。 ゲヘナ学園は賠償請求。
どうやら、カイザーの試作機が、この場所近くで演習をしていたゲヘナの部隊を急襲したらしい。その試作機は鎮圧したものの、それでゲヘナの部隊はほぼ壊滅。それに激怒したゲヘナが賠償を要求しているといった話だ。他の学園からも非難が集まり、カイザーは火消しに苦労しているようだ。
確かに写真を見れば戦車や壊れた装備などが散らばっていて、地面は大穴が開いている。これをヘルメット団は拾っていたようだ。
「あ……っ」
事件の日付がカヤツリが仕事に行った日と同じだ。そして、ホシノは見つけてしまった。現場を映した写真の中に見覚えのある物があるのを。それは地面に突き刺さって歪んではいたが、ホシノにはすぐに分かった。ほぼ毎日見ていたものだからだ。
──カヤツリのレールガンだ。
「……っ取りに行かないと」
──でも取りに行ってどうするの? そんな考えが浮かんだ。すぐに振り払おうとしても、頭にこびりついて離れない。
──もう死んでるかもしれないのに?
だってニュースには死者はいないって。探しに行かなきゃ。
──瓦礫の下に生き埋めになってたら、わからないよね? それにもうどれくらいたったと思ってるの? ひと月だよ。もう死んでるよ。
うるさい。黙れ。
──それに、あのレールガンも、もうないよ。どれだけ前の写真だと思ってるの? とっくにジャンクとして回収されてるよ。
うるさい。やめろ。
──最初に来た時に、よく見ればよかったのにね。もしかしたら、助けを求めてたかも。そうでなくても、先輩の盾みたいに回収できたかもね。
……うるさい。
──お前のせいだよ。お前のせいで、ユメ先輩とカヤツリは──
「うるさい!!」
嫌な考えを振り払う。きっと生きているはずだ。明日といわず、今すぐに探しに行こう。
そんな、なけなしの願望を握りしめて、ホシノは準備を始めた。