ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
この日のセミナーは、喧騒に包まれていた。
いつもとは違う騒がしさに、カヤツリは喧騒の中心から離れたところに座って、それをやり過ごそうとしていた。
この間アビドスに行った時にも思った事だ。ノノミとシロコもアヤネもセリカもそうだったが、どこに行っても本当に女子というものは姦しい。文字通りに騒いでいるのも三人だ。
「どうしたの? あなたは見ない顔だけど……」
「本当ですね……道に迷ったんでしょうか……? コユキちゃん見覚えはありますか?」
「見たことないです。でも、ユウカ先輩。この娘、どことなく会長に似てませんか?」
「会長に? ……うーん。顔立ちは微妙だけど。確かに、こんなに長くて綺麗な髪と、この雰囲気は……」
ユウカとノアとコユキがやいのやいのと、一人を囲んで話し合っている。
囲んでいる一人の正体が気になって仕方がないのだろう。囲まれた方は、状況が分からないのか、カヤツリの方へと逃げ帰って来た。
「ハンドラー。不審人物からの保護を求めます」
「ほら、こっち来な」
カヤツリの返答に頷いて、三人に囲まれていた長い黒髪の生徒はカヤツリの後ろに隠れてしまった。
「不審人物……」
三人のうち、二人。ユウカとノアは不審者扱いされた事にショックを受けている様子だ。特にユウカはダメージが大きそうにフラついている。
「カヤツリ先輩。その子はどうしたんです? 攫ってきたんですか?」
「黒崎、お前……」
あんまりな物言いに、カヤツリはコユキを睨むが、コユキは意地の悪い笑みを浮かべている。カヤツリが睨んでも態度は変わらない。
ここ最近、コユキはカヤツリの事を舐め腐っている。
きっと、あのファミレスでの一件のせいだとカヤツリは確信していた。
「にはは……ダメですよぉ。幾ら小さい、私みたいな娘が好きだからって、こんな事しちゃあ」
コユキとて、本当にカヤツリがそんな事をするとは思ってはいないだろう。単純に揶揄う材料が出来たから、新鮮な内にそれを擦り倒しているだけだ。
コユキの、何やら碌でもない事を考えていそうな表情から、それが分かる。
「……データベース内を検索。該当単語発見。ロリコンをハンドラーの名称候補に登録しました」
「変な言葉を覚えるんじゃない」
教育上良くない言葉を覚えた挙句、それでカヤツリを呼ぼうとするのを。カヤツリは焦って止めた。
それに、コユキは不満そうな表情で追撃を放つ。
「でも、カヤツリ先輩は間違えたんですよね? 私とアビドスの人を」
また痛い所を突くものだと、カヤツリは舌打ちする。それは紛れも無い事実だから、カヤツリにはコユキを黙らせる材料はなかった。
ファミレスで全員集合していたのが、本当に良くなかったと、カヤツリは今更ながらに思う。
先生の介入で最悪の事態は避けられたとはいえ、代償は大きかった。全員の前で、お互いに状況説明をさせられたからだ。
ホシノとの誤解が解けたのはいいことではあるが、セミナーの人員との関係の変化が困り物だった。
コユキは見ての通りだし、ノアは何をどう思っているのか微笑ましい表情で見てくるし、ユウカは信じられないものを見るような反応だ。口が半開きで呆然としている。
反応は文字通りの三者三様ではあったが、同じ事もある。
「フフフ……カヤツリ先輩がそうだとしても、こんな事はしませんよね?」
微妙にフォローとは言えないフォローをノアが差し込んできた。表情は目を細くしての笑顔。何時ものノアの笑顔であり、全体の意図は読めないものの、揶揄いが混じっているのは分かる。
これが変化と言えば変化だ。
何時もは、カヤツリがコユキを締めるまで。場が落ち着いてからしか話しかけて来なかったユウカやノアが話しかけてくるようになっていた。
どういった心境の変化なのかは分からないが、こういった時。つまりはコユキの対処が面倒になった時には助かっている。
「しないよ。この娘は必要があるから、ここにいる」
「それは、カヤツリ先輩の都合って事ですね!?」
「否定はしないが」
コユキの言う事は間違いではない。カヤツリも一々否定するのも面倒臭いから、特に反論しなかった。
それを見て、コユキは勝ち誇った表情になる。また、何時もの事だ。普通に言えばいい要求をしてくるに決まっていた。
コユキにとっては後ろめたいから、こういう手段を取るのはお見通しだ。どうせ、カヤツリが指定した悪徳団体から巻き上げた金を使わせろとでもいうのだろう。
恐らくは、あまりの素行の悪さにユウカに管理されている小遣い。まだ月初めだが、盛大に使い果たしたのが目に見える。
予想通りにコユキは、カヤツリに要求する。
「にはは、ユウカ先輩が上の空の間に、私にもっとお小遣いを……ヒイッ!」
「コ〜ユ〜キ〜!!」
コユキの後ろにツノが生えたユウカが立っている。コユキは逃げようとするが、肩をがっしり掴まれてはどうしようもない。
「また何か企んでるわね!?」
「まだ、何もしてないじゃないですかぁ!」
「まだ!? 今、まだって言ったわね!」
「助けてカヤツリ先輩!」
助けを求めるように、コユキはカヤツリを見るが、カヤツリは薄く笑った。
「今は困るな。早瀬会計。この娘の説明をしなきゃならない」
「む……それもそうですね……」
「助かりました……」
カヤツリの後ろに隠れたままの少女を見て、ユウカは納得したように手の力を緩めた。
コユキはコユキで、逃げられはしないものの、ユウカの怒りが鎮火した事に安堵の表情を浮かべている。
今までなら、ここでコユキは放置したが。水族館のこともあるし、さっきの事もある。鉄は熱い内に打てとも言うし、カヤツリは後で愛の鞭とやらを振るうこととした。
「まぁ、この話はここまでとして、この娘の紹介と行こうか。ほら」
カヤツリの後ろから、トテトテと長い髪の生徒が現れる。
「私は……調月アリスと言います。よろしくお願いします」
教えた通りに自己紹介を終えたアリスは、またカヤツリの後ろへと戻ってしまった。どうにも、さっき囲まれたことが嫌だったらしい。ちらちらと三人を見ている。
「それで……そのアリスちゃんは、会長の妹さんなんですか? 私は聞いたこともないんですけど……」
ユウカは、少し怪しむようにカヤツリを見た。実際、同じなのは苗字と髪だけで。それ以外は似ても似つかないから、その疑問は仕方が無かった。
「親戚らしいぞ。それ以上は聞いてない」
それが本当かどうかは怪しいものだと、カヤツリは思っている。この間いきなり呼び出されたと思ったら、このアリスとか言う少女とご対面だ。同じ部屋にはリオとヒマリが居て、リオは微妙そうな表情、ヒマリは見たこともないくらいの笑顔だった。この時点で嫌な予感しかしない。
──貴方とリオには、明日からこの娘の面倒を見てもらいたいのです。
明日、雑巾を持ってきてください。そんな明日の連絡事項の様な気軽さで、ヒマリはそんな事を言った。期間は一ヶ月で、住居はリオの物を使うし学校終わりから登校まではリオの管轄だという。そして、カヤツリには学校での面倒を見て欲しいと。
勿論ヒマリには問い詰めたが、のらりくらりと躱されてしまった。リオも親戚の娘だとしか言わない。絶対に何かあるが、どうしようもない事は一目瞭然で。このまま押し切られてしまったのだ。
「どうして、カヤツリ先輩をハンドラーって呼ぶんですか? まさか、そう呼ばせているんですか? 会長はそれを許したと?」
「んなわけないだろ。生塩書記まで、黒崎みたいなことを言わないでくれ!」
冗談半分、本気半分のノアへ、カヤツリは心外だというように叫ぶ。それを見かねたのか、後ろからアリスがカヤツリの代わりに弁明した。
「おばあ……ヒマリは言いました。この人がアリスの面倒を見て、様々なことを教えてくれると。ここで、生きていくために必要なことを教えてくれると。この人は、アリスの保護者だと」
そして、まるで当然のようにアリスは言うのだ。
「なら、この人はアリスのハンドラーです。もう一つの名称は却下されてしまいましたから、仕方ありません」
「もう一つ……?」
「はい。アリスの残されたデータからは、もう一つの名称があります。こういった関係性の事を親子というのではないのですか?」
カヤツリは頭を抱えて蹲った。憐れみか呆れか、同情か。ノアはカヤツリには何も言わなかった。
何が、パパさんデビューですねだ。心底おかしそうに笑うヒマリの顔がリフレインする。車椅子に乗っているような奴でなければ、問答無用で発砲していた。
リオもリオだ。アリスから微妙に距離を取るほどに乗り気でないくせに、呼び方に関しては特に何も言わなかった。何が、貴女は私の家族のようなものよだ。上手い具合にママ呼びを回避していた。
カヤツリには、せめてもの抵抗に。アリスへヒマリをおばあちゃん呼びさせることしかできなかったのだ。
「はぁ……兎に角、俺がこの娘の面倒を見なくちゃいけないんだ。夜から朝まではリオが面倒を見てくれるから、朝から夜は俺が面倒を見なくちゃならん」
驚くべきことに、このアリスという少女は何も知らない。純粋無垢と言えば聞こえはいいが、何も知らないが故の純粋さだ。賢らにさっきから会話しているが、一々用語や知識を頭から引っ張り出して使っている感じだ。違和感しか感じない。ヒマリとリオが関わっていて、カヤツリに詳しい説明はない。正直、きな臭さしか感じなかった。
しかし、このアリスという娘は悪くない。悪いのは説明をしない二人だ。特にヒマリ。そして、カヤツリは仕事をちゃんとやる主義だ。
「俺が任されたのに、どこかに預けるなんて無責任なことはできない。だから、ここに暫く出入りすることになる。今日はそのための顔合わせをしようと思って連れて来たんだ」
「……よろしくお願いします」
昨日、カヤツリが最低限教え込んだことは実行できているようだった。学習意欲が高いのは褒められるべきことだ。三人と個別に挨拶を交わしたアリスを小さく褒めれば、アリスの口元が緩んだ。
早速とばかりに、カヤツリはアリスを連れて自分の席へと撤退した。
アリスに色々と簡単なことを教えながら、仕事をするカヤツリに三人の視線がビシバシと突き刺さるが、カヤツリは最後に愛の鞭を振るう。
「話が終わったから、黒崎を締めても構わないぞ」
「なんで──!」
「いや、早瀬会計は諦めないだろう? 説明しない限りは解放してくれないと思うが?」
コユキは、恐る恐る背後のユウカを見やるが、当たり前だと言う顔でユウカは頷いているのを見て、カヤツリに助けを求める。
「助けてくださいよぅ。大体、私の稼いだお金じゃないですか」
目尻に涙を浮かべたコユキの訴えを、カヤツリは否定しない。確かに、その通りだからだ。しっかり約束したことをカヤツリは覚えている。
「そうだな。確かに俺の指示で解錠した金は黒崎の物にしていい。使ってもいいとは言った」
「そうです! 話が違いますよ!」
「違わないな。自分の物にしていいとは言ったが。好きなように使っていいとは言っていない」
コユキは目を白黒させて、その時の事を思い出そうとしているが甘い。好きなようにしていいのは、カヤツリが指定した相手だけだ。それからの取得物をどうするかの決定権は無い。
「ちゃんと貯めてあるし、毎月決まった額。学生にしちゃ充分過ぎる程の額を渡したがな。通帳も渡したし、好きに残高も履歴も見れるだろう?」
「好きに引き出せないじゃないですか!」
コユキは不満タラタラだ。巷に聞く、親が預かってあげるからと懐に仕舞うようなみみっちい真似をカヤツリはしない。
ちゃあんと、金は全額コユキの物として保管してある。ただ、今は好きに引き出せないだけだ。コユキ対策に、ネットでの取引は出来ないようにしてある。
「何でそんなに欲しいんだ? 必要な理由を言えば全然出す」
「うっ……今月分は使い切っちゃって……」
カヤツリは天を仰いだ。余りにも金遣いが荒すぎる。これでは、この先困る事しかないだろう。普段なら無慈悲にユウカに引き渡すが、今日はアリスが居る。アリスの為にも教材になってもらおう。
「普通は、そうならないようにするもんだ。今みたいな事態にならないように考えて行動する。黒崎、足りなくなったら引き出せばいいって思っただろう」
コユキはそっぽを向いて聞こえないふりをするが、ユウカの睨みに負けて、カヤツリに向き直った。そんなコユキにカヤツリはチャンスをぶら下げた。
「早瀬会計の説教が終わったら、もう一回だけ今月分を出してやる」
「ホントですか!?」
「いいけど、ちゃんと早瀬会計に説明するんだ。めんどくさいと思うかもしれないが、お金は大事なんだよ。アビドスの出身の俺が言うんだ。一応は聞いておけ」
その一言に、微妙な表情をしたまま。コユキはユウカに引きずられていった。ユウカの事だから、こんこんとお金の大切さについて話すだろう。大して効くかは定かではない。最近、我慢できなくなった時は言ってくれるようになったのが唯一の成長だった。コユキも、少しは考えてくれればいいとカヤツリは思う。
部屋の奥へと消えたコユキの事をカヤツリは頭から消して、アリスの方へと向き直った。当のアリスは、今の騒動を興味深そうに見ていた。丁度良いと、カヤツリはアリスへ話す。
「それで、アリス。何か困ったら先に言うんだ。俺でもいいし、他の人でもいい。そうしないと、今のように面倒なことになる」
「どういうことですか?」
アリスはよく分からないらしい。けれど、分からない事を分からないというのは難しい事だ。しかし、それができるアリスは良い人間だという事は分かる。
「そうだな。もし、黒崎が普通にお金が欲しいと言ったら。どうなったと思う?」
「結果は分からないですが……怒られはしなかったと。そう思います」
「そうだけど。それはその場の利益。良い事を考えた結果だろう? 長い目、先の事を考えるとまた違う」
少しばかり、いつかの反省を込めて。カヤツリはそのいつかを思い出しつつアリスに言う。
「ちゃんと言えば、その場では何もないし、変わらないかもしれない。だけど、言ってくれたという事実は残る」
まだ、よく分からなそうなアリスへ、コユキの事をカヤツリは例えに出した。
「さっきの黒崎のことだってそうだ。金が無い理由を言ってくれたら、多少は怒られるだろう。でも、信用が一つ積み上がる」
「それは、そうですが」
「不満そうだな」
アリスは答えないが、思っていることは分かる。信頼など目に見えない。この反応を見るに、そんなものは、今のアリスにとってないのと同じなのかもしれない。
「一回じゃ大したことは無いが、何回か積み上げれば。黒崎だって金銭管理されるなんていう事態から脱せるかもしれない。もう、自制なく金を使うなんてことをしないと思ってもらえる。早い話がちゃんと人として受け入れてもらえる。第一印象や、他人からの風聞は案外大事だ。それに、被害を出さなくて済むかもしれない」
いつの間にか、アリスは興味深そうに話を聞いていた。
「だから、ちゃんと言うんだ。何か困ったことがあればな。それか、この間聞いた事でもいい」
「この間の……? そのことはアリスには、まだ理解できません……」
アリスの表情が沈んだのを見て、カヤツリはミスしたことを悟った。アリスと会って、最初の方に聞いたことだ。その時は分からなさそうな反応ではあったが、今はそのことが不満になっているらしい。
「アリスがやりたいことが無いのは仕方がない。まだ、自分の事もよく分かってないんだから。だから、今日はそれを探しに行こうかと思っている」
「どうするんですか?」
「今の仕事が終わったら、午後になってから行く。だから、それまでのお楽しみだ」
そう言うと、アリスは見かけ通りの子供の様に、全身から喜びを発信しているように見えた。カヤツリの手元と壁にかかった時計を見てそわそわしている。
「手慣れてますね。カヤツリ先輩……本当に」
「偶々だよ」
それは、シロコの事もあって手慣れているだけだ。むしろ、弱肉強食の理が無い分おとなしいから。些か楽かもしれない。
「呼ばせてあげてもいいんじゃないですか? この中だけでも」
「良く聞こえないな」
ノアは、少しばかり悪戯心の篭った表情でカヤツリを見たが、カヤツリは聞こえないふりをする。
そうして、カヤツリの。アリスとの一日目が始まった。