ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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251話 図々しさ

 アリスを連れての最初の一日は、つつがなく終わった。リオの家にもアリスを送り届け、今はリオの家での夕食が終わり、カヤツリは最後の仕上げに精を出していた。

 

 

「少し、手をかけ過ぎなのではないかしら……?」

 

 

 リオにしては珍しい、どことなく戸惑ったような声に、床に座り込んでいたカヤツリは動かしていた手を止めた。テーブルのリオを見上げれば、困惑が見て取れる。

 

 

「どこが? 仕方ないだろう。仕上げをして欲しいって言うんだから……」

 

「それは、そうなのだけど……」

 

「んあ……ハンドラー。手が止まっています」

 

 

 何だかリオの歯切れが悪い。しかし、膝上からの抗議の声に、カヤツリは作業を再開した。

 

 

「よし。これで綺麗になった」

 

「口内洗浄の終了と手順を確認しました。次回はアリス単独での実行が可能です」

 

「この様子なら、一人でも大丈夫かな……明日から一人でやってみるか?」

 

「再現性は百パーセントです」

 

 

 仕上げを終えたカヤツリは頷き、答えたアリスもどことなく自信有り気だ。

 

 ならば、明日から任せてもいいだろう。カヤツリは、歯ブラシセット一式をアリスへ渡す。

 

 

「じゃあ、これはアリスのだから。ちゃんと自分の場所に片付けて。洗面所の所だ」

 

「……!」

 

 

 起き上がったアリスは、まじまじと自分のものになった歯ブラシを見つめている。そして勢いよく立ち上がろうとした所をカヤツリは慌てて止める。

 

 

「待て待て。それで片付けたら、中で飛鳥馬が待ってる。二人で風呂に入って来るんだ」

 

「ハンドラーは入浴しないのですか?」

 

「するが、ここじゃない。自分の家で入るさ」

 

「理解しました……」

 

 

 アリスはトテトテと軽い足取りで洗面所へと消えていった。

 

 

「少し、疑問なのだけれど」

 

「どうぞ」

 

 

 ゴム手袋を外しながらのカヤツリに、気まずそうなままのリオが尋ねる。

 

 

「随分と手慣れているけれど……経験があるのかしら?」

 

「あるよ。今のアリスよりはましだが、同じような娘の面倒は見たことがある」

 

 この質問には、もう答え疲れてしまった。皆が皆、同じことを聞くのだ。どうしても投げやりな返事になるし、聞いてくれるなという面倒くさそうな雰囲気を抑えきれない。

 

 

「質問はそれだけか?」

 

「いいえ」

 

 

 今度のリオの返事は様子が違った。リオの方を見やると、これが本題なのか、リオの表情が強張っているのが見えた。

 

 

「今日の、あの娘の様子を教えてほしいの」

 

 

 質問自体は、リオの表情とはかけ離れた平凡な質問だ。だが、リオの態度が気にかかった。しかし、それだけで答えない理由にはならない。

 

 手早く片付けを済ませたカヤツリは、リオに向かい合うように座って言った。

 

 

「午前中はセミナーの仕事をした。ちょっとだけ仕事を任せたんだが……まぁ、凄かった」

 

「貴方の事だから、簡単な仕事だと思うけれど、一体何の仕事を任せたの?」

 

「簡単な確認。不備が無いかとかのな。これが速いのなんの。おかげで今日は楽だった」

 

 

 良く映画か何かで見るあれだ。本か冊子をバラバラまくって、一瞬で内容を覚えるというような。それの類の動作をアリスはやっていた。

 

 束になった書類をパラパラめくる。それだけで、不備があるのかないのかを仕分けられた。付箋を渡せば、不備の箇所に貼ってもくれる。

 

 凄いなと褒めれば首を傾げるあたり、アリスにとっては普通なのだろう。おかげで書類の仕分けが一瞬で終わり、定時どころか午前中で終わりだ。ユウカの夢でも見ているかのような表情が印象的だった。

 

 

「ええ、今日の報告を受けて耳を疑ったけれど。魔法の正体はあの娘だった訳ね」

 

 

 カヤツリの話を聞いたリオは感心するどころか、表情のこわばりが強くなっている様子だった。今の話に、そんな要素があっただろうかとカヤツリは思い返すが、カヤツリには欠片も思いあたる節はない。

 

 

「それで、貴方がここにあの娘を連れて来たのは夕方遅くになってからな訳だけど。昼から夕方まで、一体何をしていたのかしら?」

 

 

 何か悪いことをしたからと、問い詰められているような感覚に陥る。一つだけ心当たりがあるが、カヤツリは唯々事実を述べるだけだ。

 

 

「ミレニアムの部活を回ってた。許可が取れたところしか回ってないから、クレームはないはずだが……」

 

「貴方が連れ出したの?」

 

「面倒を見るってのは、そう言う事だろ。囚人じゃないんだ。家と学校の往復だけなんて、悲しすぎるとは思わないのか」

 

「理由を教えて頂戴。貴方は無意味なことはしないはずよ」

 

 

 少しばかり強めに言い返すと、前のめりになってリオも言い返してくる。売り言葉に買い言葉で、リオの言葉も少しばかり厳しい。

 

 

「あの娘のやりたいことを探すためだよ」

 

「あの娘から言ったの?」

 

「いいや。あの娘は何もないって言ったよ」

 

 

 何も答えられない。その時の様子がとても寂しそうだったから。カヤツリはそうしたのだ。少しばかり、昔のカヤツリと被ったからと言われれば否定はしきれない。リオの目に何か良くない感情が浮かぶが、カヤツリはそれを無視した。

 

 

「だから、連れ回した。色々な経験をして欲しかった。何かを見つけられればいいと思った」

 

 

 アリスは、どの部活でもうまくやった。やってみてと、そう言われたものは、勧めた部員が驚くレベルでこなすことが出来たのだ。セミナー内での魔法染みた絶技を見た後では、納得しかなかったが、アリスの反応はその時と同じように微妙だった。

 

 カヤツリ達にとっては絶技でも。アリスにとっては、普通の事と同じなのだ。奇しくも、いつかのコユキと同じような状況だ。しかし、コユキのように介入すれば良いという訳でもなかった。

 

 どちらも人並外れた一芸があるという点では同じだが、動機が全く異なる。コユキはスペックを振るう機会を求めたが、アリスはそうではない。その前段階。欲求が薄すぎた。

 

 その欲求。アリスが求める物を知るために、カヤツリはとりあえず刺激を与えてみる事にしたのだ。

 

 そして、数多の部活を回った末、アリスは見つけたのだ。少なからず興味を引くものを。

 

 

「ゲーム開発部が、一番反応があった。夢中でやってたよ」

 

 

 恐らくは最初にやったのがRPGだったのが功を奏した。あれは仮初とはいえ、誰かになる事の出来るゲームだから。これが格ゲーやらシミュレーション、モモイが推してきたテイルズ・サガ・クロニクルならこうも行かなかっただろう。

 

 

「ゲーム開発部……? エンジニア部等ではなく? あの娘が興味を持った場所が……? そう、そうなのね……」

 

 

 急にリオは安心したかのように表情が緩んだ。相当安心したのか、座っていた椅子の背もたれにもたれ掛かっている。

 

 だから、カヤツリはゲーム開発部の現状を伝える事は止めて置いた。リオの事だから、概要なんてとっくに把握しているのかもしれないが、この空気を壊したくはない。

 

 ゲーム開発部は、廃部の危機に陥っている。純粋に部員が足りていないのと、目立った実績を出していないせいだ。この間のカヤツリの懸念が見事的中した形になる。

 

 

 ──大丈夫だよ! このモモイ様には秘策があるからね!

 

 

 そのモモイの言葉には、全く安心はできなかった。カヤツリが部室を出た後の言葉を漏れ聞いてしまったからだ。

 

 

 ──お姉ちゃん……どうするの?

 

 ──G.Bibleを見つけるんだよ! シャーレにも依頼を出しておいたし、場所の目当てもついてるから、大丈夫だって!

 

 

 カヤツリは、モモイの言うG.Bibleが何なのかは知らない。しかし、ここまで来て、物頼りなのはいただけない。

 

 絵に描いた餅、机上の空論、取らぬ狸の皮算用。脳裏によぎった、そんな言葉の末路は決まっていて、それを容易く予想もできた。このままでは廃部までのカウントダウンはそのままだ。

 

 カヤツリとしては、廃部になってほしくはない。ユウカの事もあるし、アリスの事もある。

 

 しかし、無条件で存続を認めるわけにもいかなかった。どういう経緯か知らないが、ゲーム作りの為に他の部活を襲撃するのはやり過ぎだ。

 

 あれだけは、甘い顔が出来なかった。ゲーム開発部内で完結する事なら、幾らでも配慮は出来るが、他の部活を巻き込んでしまえばそうもいかない。甘い顔をしてしまえば、依怙贔屓でしかない。それをセミナーは出来ないのだ。

 

 なんとか、他の部活も文句を言えないような。そんな実績が必要になってしまった。そして、それを当のゲーム開発部は知る由もない。ユウカが何とかしようとしているが、少し厳しいだろう。

 

 

「貴方から見て、あの娘はどうだった?」

 

 

 リオの再びの質問に、カヤツリは顔を上げた。ゲーム開発部への対処を考えている間に、状況が変わっていた。

 

 そしてまた、範囲が広い質問だった。先ほどからリオの言葉の中には、色々な意味が含まれる気がする。

 

 

「良い娘だと思う」

 

「それはヒマリが言った様に。人懐っこくて、物分かりが良いからかしら?」

 

 

 カヤツリは首を横に振った。

 

 

「強いから」

 

「強い? それは、機能面の話?」

 

 

 またまた、カヤツリは首を横に振った。

 

 

「精神的に強いって事だよ」

 

 

 何故か、リオの瞳が小さく揺れているのがよく分かった。

 

 

「アリスは何も知らないんだろう? 知識はあるけどそれだけなんだ。それは、とても怖い事だと思うよ」

 

 

 例えるなら、知識はあるが知らない場所にいきなり放り出されたようなものだ。目が覚めたら、外国。キヴォトスの外に居たと言う方が正しいかもしれない。

 

 自分の知るものが何もない。何も、誰も、自分が何者かを保証してくれない。そして、自分がここに居ていいのかも分からない。

 

 自分の一挙手一投足が何を引き起こすか分からないだろう。何をするにも怖くてたまらない筈だ。何かをするのだって勇気がいる。そういう状態にアリスは居る。

 

 

「それなのに、アリスはそれを良しとはしなかった。知るために行動するし、その事を楽しんでる」

 

「それは、そこまで考えていないだけよ」

 

「そうかな。俺は違うと思うね」

 

 

 リオはやけに突っかかる。言葉にしなくとも、カヤツリの答えの意味を聞いているのが分かった。

 

 なら、カヤツリは答えるだけだ。それはとても簡単な事だから。

 

 

「学ぼうとする事自体が、恐怖に抵抗しているって事だろ? このままが、何も知らない自分が嫌だから。なんとかしたくて足掻く。アリスは無意識かもしれないが、そうしてる」

 

 

 そうでなければ、途中から自分からは来ないだろう。自発的にはならずに、ずっと受け身のままの筈だ。

 

 しかし、アリスはそうでない。朝に言った事もあるのかもしれない。でも、さっきの歯磨きだって向こうから来た。それを受け身だと、カヤツリは言いたくはなかった。

 

 

「リオだってそうだろう? アリスが怖いから、知ろうとしているんじゃないのか?」

 

 

 カヤツリの質問に、リオは暫く答えなかった。どれくらいの秒数が経ったか分からなくなった時に、漸くリオは口を開く。

 

 

「そうね。きっと、そうなのでしょう。私は、あの娘が恐ろしい」

 

「ふぅん……だから、大まかな事は飛鳥馬に丸投げなのか」

 

 

 学校から帰り、リオの家へと向かったカヤツリとアリスを迎えたのは、飛鳥馬トキだった。

 

 トキは、リオの付き人のようなものだ。C&Cの一員らしく、お馴染みのメイド服に身を包んだ彼女は、流れるような手際で二人を迎えてくれた。今も、アリスを風呂に入れてくれている。

 

 その時も、今も。リオは遠くから見ていただけだった。

 

 そして、今の今まで。リオはアリスに近づかない。名前もあの娘としか呼ばない。

 

 

「やはり、貴方に隠せはしなかったわね。嫌なら降りても構わないわ。ヒマリには私から説明しておくから」

 

「勝手に結論を出すな。俺はまだ何も言ってない」

 

 

 隠す気も何も、その気があったかどうか疑わしい。それに、リオの悪い癖だ。勝手に結論を出す。そして、自己完結する所だ。

 

 

「リオは知りたいんだろ。アリスのことを、アリス自身ですら知らないだろう何かを知りたい。でも怖くて、正面からは難しい」

 

 

 それが、リオの行動の理由だ。早い話が、カヤツリやトキやセミナーのメンバーを囮にした。もっと悪く言うのなら、実験の時のゴム手袋代わりだ。幾らでも代えがきく、使い捨てのゴム手袋。

 

 勿論、リオが本気でそう思っているとは思っていない。ただ、リオはそういう罪悪感を抱えていただけだ。

 

 だから、やめても構わない何て事を言う。

 

 

「別に辞めない。リオの気が済むまでやればいいと思う」

 

「理由を聞いてもいいかしら。貴方は無理をしているのではなくて? それとも、そうしなければいけない理由があるのかしら」

 

 

 再び、リオの顔に険しさが戻ってきている。ここまでくれば、何となくカヤツリにも見えてくるものはある。リオは、アリスだけでなく、カヤツリの事も探ろうとしている。

 

 

「あるけど、大した理由じゃないし、しなければならないなんて言う物でもない。ただ、見ていられなかっただけだ。リオの考え過ぎだよ」

 

「けれど、私は……」

 

 

 疑いか何かを捨てきれないであろうリオに、カヤツリは魔法の言葉を教える事にした。カヤツリも最近実感したことだ。

 

 

「それに、待っていてくれただろう?」

 

「待っていた? 私が?」

 

 

 リオは覚えがないのか、首を傾げている。ついこの間の事なのに、リオには自覚がないらしかった。

 

 

「俺の事だよ。俺の隠していた事。言わなかった事。それをこの間、アビドスの皆と会って、それが明らかになるまで。それを聞かないで置いてくれただろう?」

 

 

 あれは、本当に助かったのだ。ヒマリがあの手この手で知ろうとしたそれを、リオは聞かないでいてくれた。

 

 

「聞いたところで、貴方は答えなかったでしょう? それは非効率だと思っただけよ」

 

「そうだったとしても、俺は勝手にそう思うんだ。勝手にありがたいと思うんだよ。皆そうなんだ」

 

 

 カヤツリがいくら心を砕いても、ホシノには伝わっていなかった。ホシノがいくら抱えるものがあっても、カヤツリには伝わっていなかった。

 

 口に出しても伝わらないし、人は自分に都合の良いように解釈する事もある。その内容が良い方向にも悪い方向にも解釈する。案外人間は身勝手に生きている。

 

 

「リオが、何を知りたいのか。何を不満に思っているかは分からない。けれど、俺は聞かない。聞かないでくれいていたし、聞こうとは思わない」

 

「それは、不合理だわ。私は、貴方に私の都合だけを押し付けているのよ。それ相応のつり合いというものがあるわ」

 

「俺は、それでいいんだ。それでいいと俺は思った。なら、それでいいんだよ。俺はリオにそこまで要求するつもりはない。そこまで、つり合いを取ろうとしなくていい」

 

 

 行動の価値は、人によって違うものだ。アビドスの事を聞かれなかった。リオにとっては何でもないそれが、カヤツリにはありがたかった。カヤツリには大したことでは無いアリスの世話も、リオにとってはとんでもない事なのだ。

 

 

「俺は、これまでの事と、この間の事の恩がある。それにリオの事も知ってもいる。ある程度の事は飲み込める。リオの思う善意を押し付けなくてもいい。それは誰も信じていないってことを突きつけるようなものだ。ちょっと、それは寂しくないか」

 

 

 つり合いは大事だが、関係性にもよるだろう。カヤツリの中でリオは融通が利く範囲の中に入っている。それをリオから否定されるのは、距離を感じる。

 

 

「もっと雑で良いんだ。リオも好きなようにやればいい。俺も好きなようにやるし、皆多分やってるんだ。明星の得意技だろう? 他人の善意に図々しく乗ってくるのは」

 

「そうね……」

 

 

 それにはリオも、少し頷いていた。

 

 ヒマリは、そう言う事が上手い。図々しいとは言っても、嫌われるラインまでは乗り越えてこない。それは足の不自由さから獲得したモノなのかは判然としないし、リオと足して二で割れば丁度良いと何度も思った。だから、ほんの少しくらいは見習っても良いと思うのだ。

 

 

「だから、まずは俺で練習しろ。やり過ぎても怒らないし、必要だと思ったら言ってくれればいい。つり合いが取れないと納得ができないなら、この間のファミレスの迷惑の償いとでも考えてくれ」

 

 

 そう言い終えたカヤツリは、大きく息を吐く。リオの方を盗み見れば、リオは何事かを考え込んでいた。不安と期待、それと何かの感情。少しだけ不安が勝った目がカヤツリを見た。

 

 

「なら、お願いするわ。ヒマリが貴方に言ったように、好きにして構わない。私も、少し甘える事にする」

 

 

 分かったと、カヤツリの短い返事でこの話は終わった。もう話すことも、用事も残っていない。何だか居た堪れなくなって、カヤツリは席を立った。

 

 

「帰るのかしら?」

 

「明日も早いから」

 

 

 その返答に、リオは少し考え込む。そして、カヤツリをじっと見た。

 

 

「……ここは、ミレニアムからとても近いのよ。通学時間は短い方が効率的なの。睡眠の向上は、仕事の向上に繋がるらしいわ」

 

 

 何となく、リオの言わんとするところをカヤツリは理解した。さっきの言葉の通りに、ヒマリの真似事をすることにしたらしい。リオも勇気が必要だったのか、どことなく顔が赤い。

 

 さっき、カヤツリ自身が実践しろとも、甘えるべきだとも、練習台にしろとも言った。しかし、頷くことはできない。何の用意もしていないからだ。リオの勇気を踏みにじるのは心苦しいが、断るのは自然な事なのだ。

 

 

「……また今度な」

 

「そう……その言葉。覚えておくわ」

 

 

 カヤツリは、目を逸らして、逃げの一手を打ったが。何だか逃げられたような気がしなかった。

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